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近世日本国民史 維新への胎動(中) 生麦事件 文久大勢一変 中篇
文久二年五月勅使大原重徳、添役島津久光東下、将軍家茂と相見し、慶喜を後見職、春嶽を総裁職に任ずべき勅旨を伝達。長藩、開国航海の看板を撤去、尊皇攘夷に転向。久光、幕府をして勅命奉承実施するに至らしめ、八月京都へ復命すべく上京の途に就く。行列川崎を過ぎ生麦へ差し掛かりし時、日本の風習を知らざる英人供先へ騎馬にて乱入。言語通ぜず、供頭一名を殺害。世にいう生麦事件を惹起す。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
親指はなぜ太いのか 直立二足歩行の起原に迫る
太くて他の指に対向する親指の形、硬くて平らな臼歯の動きと働き。ヒトの独特の形状の由来を「口と手連合仮説」は説明する。主食が霊長類の手(指)と口(歯)を決定すると。樹上から草原に下りた人類が獲得した主食とその生態的地位とは。また直立二足歩行への必然性とは。霊長類観察の蓄積に加え、足の親指まで包括的に解明した著者渾身の研究成果。(原本:中公新書、2003年) [本書の内容] 第1章 アイアイに会うために 第2章 レムール類の特別な形と主食のバラエティー 第3章 アフリカの原猿類の特別な形と主食 第4章 ニホンザルのほお袋と繊細な指先 第5章 ナックル・ウォーキングの謎 第6章 ゴリラとオランウータンの謎 第7章 初期人類の主食は何か? 第8章 直立二足歩行の起原 終 章 人間の足の親指が太いのはなぜか? -
『改造』論文集成 革新の現象学と倫理学
本書は、ドイツの哲学者エトムント・フッサール(1859-1938年)が日本の総合雑誌『改造』のために執筆した連続論文とそれに関連する草稿を集成したものです。 1900/01年の『論理学研究』で注目されたフッサールは、独自の超越論的な哲学を追究し、『イデーンI』(1913年)によって「現象学」を確立しました。3年後にフライブルク大学の正教授に就任し、その地位を確かなものとしたフッサールは、しかし1910年代後半から20年代の大部分をほぼ何も出版せずに過ごしました。 まさにその時期にあたる1922年8月、改造社のベルリン駐在員がフッサールに宛てて書いた手紙が残されています。そこには「あなたに自己紹介なしにお手紙をお送りすることについて、お詫び申し上げます。しかし、私が今こう述べれば、あなたはおそらくそれを理解してくださるでしょう。私は日本の東京の雑誌『改造』(Reconstruction)の代表者としてベルリンに在住しており、私たちの『改造』のために、あなたにご論考を寄せていただくことを心より望んでいる、と」と書かれていました。この依頼に応えて1922年秋から翌23年初頭にかけて執筆されたのが、本書に収められた5篇の論文です。 その地位を確かなものとした哲学者がなぜ日本の雑誌に寄稿することを決めたのか――本当の理由は分かっていません。フッサールはのちに改造社に4篇の論文を送付したと述べていますが、『改造』に掲載された論文は3篇である上、5篇目の論文も残されています。 このように謎に包まれた5篇の連続論文で、フッサールは社会倫理学に属する内容を扱い、「ヨーロッパ文化の革新」を掲げました。これは、のちの『ヨーロッパ諸科学の危機と超越論的現象学』(1936年)を予告するものです。『改造』論文全5篇を、11本の草稿、および内容上の関連が深い公開講演「フィヒテの人間の理想」を合わせて集成した本書は、哲学者が晩年の思索に向かう過程を示す貴重な記録であるとともに、危機の時代における「革新」という今日につながる主題を追求した重要な作品であることは間違いありません。 [本書の内容] 〔第一論文〕革 新――その問題と方法 〔第二論文〕本質研究の方法 〔第三論文〕個人倫理学の問題としての革新 〔第四論文〕革新と学問 〔第五論文〕人間集団の発展における文化の形式的諸類型 附論I~XI フィヒテの人間の理想[三つの講演] 訳者解説 -
戦国大名の外交
合戦だけが戦いではない。 列島に統一権力なき時代、地域国家の主権者として割拠した戦国大名たちは、軍事同盟や国境再編、自治勢力「国衆」との関係構築の成否に自らの存立を懸けた。それはまさに外交と呼ぶべき営為であった。交渉者「取次」が奮闘し文書が飛び交う、「現場のリアル」を描き出す、戦国史研究の精華! 【本書より】 なぜ、武田信玄と北条氏康は、直接面会して和睦交渉を行わなかったのであろうか。これは、現在の外交儀礼と比較するとよくわかる。現代においても、外交交渉というものは、外交官が事前に予備交渉を行い、大筋の話をまとめたうえで、外務大臣や国家元首が対談し、協議事項に合意をするという手順を踏むのが一般的であろう。これは戦国時代においても変わりはない。 この時の武田・北条両国は、敵対関係にあった。したがって、いきなりトップである戦国大名同士が交渉することには慎重にならざるをえなかった。そこでまずは、大名の家臣同士が交渉の細部を詰め、それを踏まえて大名が直接書状をやりとりする、という手順を踏んだのである。 こうした外交交渉を担当する家臣は、史料用語で「取次(とりつぎ)」「奏者(そうじゃ)」「申次(もうしつぎ)」などと呼ばれる。いずれも交渉内容を大名に取り次ぐ、執奏する、申し次ぐ人物という意味である。ただし、このうち「奏者」「申次」という言葉は、目下から目上への言上内容を披ひ露ろうする役割を担う側近家臣を指す用語で、対等な戦国大名同士の外交を担当する家臣を呼ぶには相ふ さわ 応しくない。このなかでは、「取次」という言葉が一番上下関係を表すニュアンスが少ない。そこで筆者は、戦国大名の外交担当者を、単に「取次」ないし「外交取次」と呼んでいる。この取次という存在が、いってみれば戦国大名の「外交官」の任を果たしたのである。 【主な内容】 序章 戦国大名という「地域国家」 第一章 外交の作法 第二章 外交による国境再編 第三章 外交書状の作られ方 第四章 取次という外交官 第五章 戦国大名の使者 第六章 外交の交渉ルート 第七章 独断で動く取次 第八章 取次に与えられた恩賞 終章 戦国大名外交の行く末 補注 補論一 武田・徳川同盟の成立と決裂 補論二 外交から考える本能寺の変 補論三 取次の失態が招いた小田原合戦 主要参考文献 あとがき 学術文庫版あとがき 索引 -
変身物語
古代ローマの詩人オウィディウス(前43-後17/18年)が残した唯一の叙事詩、待望されて久しい文庫版での新訳! 内乱が続いた紀元前1世紀の古代ローマは、その一方で「黄金時代」と呼ばれる詩や文学の最盛期でもあった。その初期を代表する詩人がウェルギリウス(前70-前19年)なら、後期を代表するのがオウィディウスであり、そのオウィディウスの代表作が本書『変身物語』にほかならない。 愛する男女の往復書簡という体裁をとる『名高き女たちの手紙』、恋愛詩人としての本領を発揮した『恋の歌』といった初期作品で知られるオウィディウスは、愛を成就させるための技法を性的なものまで含めて赤裸々に指南する『愛の技術』を書いたことが一因となって、のちに流刑の憂き目に遭った。このあと後期の円熟を遂げるオウィディウスが、ローマの祝日や祭礼の縁起を説く『祭暦』(未完)とともに着手したのが、本書『変身物語』である。 ウェルギリウスの『アエネイス』と並んでローマ文学における最高峰をなす本書は、オウィディウスが手がけた唯一の叙事詩であり、全15巻から成る大作となっている。その背景にあるのは「万物は流転する。すべての形あるものは生成しつつ、移ろう」(本書第15巻178行)と表現される世界観、宇宙観であり、事実、本書は原初の混沌から秩序としての世界の創造を歌う「序詞」から始まり、「金・銀・銅・鉄」の四時代、イアソンやテセウス、ヘラクレス、オルペウスといった英雄たちの時代、そしてトロイア戦争を経て初期の王の時代に至る壮大な世界史を描き出す。 その質においても量においても他を圧倒する本書が後世に与えた影響ははかりしれない。その代表が、シェイクスピアやミルトン、モンテーニュであり、ルーベンスやブリューゲル、ダリである。にもかかわらず、文庫版で手にできる現代にふさわしい日本語訳は長らく存在していなかった。数々の名訳で知られる訳者が自身のライフワークとして手がけたこの新訳は、今後のスタンダードとして長く読み継がれていくことを確信するものである。 「上」には第1巻から第8巻を収録。上下巻それぞれに「人名・神名索引」と「地名・民族名索引」を掲載した。 -
パリ万国博覧会 サン=シモンの鉄の夢
絶景、奇怪、絢爛。"物神【フェティッシュ】の聖堂"のスペクタクル! 現在も世界各国が競って開催する万国博覧会。 それは、サン=シモンという男が思い描いた「産業という宗教」を奉ずる者たちが、物神たる機械と商品の数々によって荘厳した神殿として創められた。 万博というものを、単なる近代産業技術のひとこまとしてではなく、来たるべきユートピアとして構築され、資本主義文明の展開そのものを懐胎した運動であったことを活写する、この著者だからこそ書けた万博論の決定版! 【本書「まえがき」より】 もしこの万博理念の形成過程史が解明され得るなら、それは、むしろ実際の万博の歴史よりも、絶対に面白いはずだ。なぜなら、それは単なるモノの歴史ではなく、モノに関するイデアの歴史、さらに言うなら近代文明についての観念の歴史となるはずだからである。 【本書の内容】 まえがき 万博の神学、あるいは万博史の逆説 第1章 サン= シモンの鉄の夢 第2章 転向サン= シモン主義者ミシェル・シュヴァリエ 第3章 パリ万国博覧会にむけて 第4章 万博理念の確立 第5章 サン= シモン主義のユートピア、一八六七年パリ万 国博覧会 第6章 アミューズメントとしての万博会場 第7章 博覧会場の外で 第8章 新たなユートピア〈恒久的万国博覧会〉にむけて 文献目録 ※本書の原本は、『絶景、パリ万国博覧会』として1992年に河出書房新社より、その後2000年に小学館文庫より副題「サン・シモンの鉄の夢」として刊行されたものです。 -
病が語る日本史
平安時代の人々は病気に罹ると怨霊・物の怪の所為とそれにおびえ、加持祈祷を大々的に行った。また仏教の伝来、遣唐使の派遣は海外の伝染病をもたらした。そして疾病の蔓延は人々を苦しめ、政治を動かし、大きく変えもした。 寄生虫に冒され、結核やポリオも病んだ縄文・弥生の人々、贅沢病ともいえる糖尿病で苦しんだ藤原家一族、江戸時代猛威をふるったインフルエンザやコレラ。 その他、天然痘、麻疹、梅毒、眼病、脚気など、各病気と当時の人びとがいかに闘ってきたかを、歴史上の事件、有名な人物の逸話を交え、〈病〉という視点を軸に展開していきます。 日本武尊の死因・脚気の原因はいつ明らかにされたか? もし武田信玄がガンで急死しなかったら? 具体的な謎解きをまじえ、読者の興味を引き付けながら、それらの病が日本の歴史に及ぼした影響をさぐってゆきます。 医学史研究の第一人者が語る病気の文化史であり病気の社会史です。 原本 『病が語る日本史』講談社、2002年刊 ●主な内容 第一部 病の記録 骨や遺物が語る病/古代人の病/疫病と天皇/光明皇后と施療/糖尿病と藤原一族/怨霊と物の怪/マラリアの蔓延/寄生虫との長いつきあい 第二部 時代を映す病 ガンと天下統一/江戸時代に多い眼病/万病のもと風邪/不当に差別されたらい・ハンセン病/脚気論争/コレラの恐怖/天然痘と種痘/梅毒の経路は?/最初の職業病/長い歴史をもつ赤痢/かつては「命定め」の麻疹 第三部 変わる病気像 明治時代のガン患者/死病として恐れられた結核/ネズミ買い上げ--ペスト流行/事件簿エピソード/消えた病気/新しく現れた病気/平均寿命と死生観 関連文献 あとがき -
江戸東京地名辞典 芸能・落語編
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 古典落語を中心に講談、浄瑠璃、歌謡などに現れる江戸の地名を採録。秋葉の原、池の端、永代橋、お歯黒溝、神楽坂、角海老、兼康、思案橋、痔の神様、とげ抜き地蔵。落語・講談・浄瑠璃・狂歌など大衆芸能にはその時代々々の地名が人々の日常を伴って生き生きと登場する。江戸・明治期のこれらの地名はその後どこへ消え、どう変わったのか。町名、橋・坂名、寺社、大名家、妓楼など1500余を収録し、解説する。(講談社学術文庫) -
室町社会の騒擾と秩序 [増補版]
「ハードボイルド」で「アナーキー」な、現代人には到底受け入れがたい中世社会を活写しながら、そこに存在する中世人独自の秩序を魅力的に描いてきた著者の原点! 「荘園制と室町社会」および原本に未収録だった幻の博士論文「序章」の一部と「終章」を収録。「喧嘩両成敗」も「大飢饉」も「耳鼻削ぎ」も、すべてはここから始まった――。 流罪に処されると、そのほとんどが道中で殺害されてしまい流刑地にたどり着くことさえできない一方で復讐を目的に自害し、また諸大名の軍勢が御所を取り巻いて将軍に異議申し立てを行うかと思えば、没落が確定した大名屋形には都市民衆が火事場泥棒に押し寄せる――。室町時代は現代人の目にはなんとも騒がしく物騒な社会に映る。しかし、それはよく言われる「自力救済」の暴力のみが支配する無秩序なものでは決してなかった。多様でいささか奇異な法慣習や民間習俗を分析対象としながら、その背景にある複雑で微妙なバランス織りなされる中世人の論理を、著者ならではの筆致で活き活きと豊かに描き出す。 さらに、そのようないわば中世的文化の「野蛮さ」が、江戸時代最初の100年を通していかに変容しひっそりと払拭されていくのか、それでもなお残りつづけているものとは何なのか、各主題を通じてその変容が浮かび上がる。 禁酒令、耳鼻削ぎ刑、梟首(晒し首)、都市民衆に開かれた禁裏など、魅力あふれる意外な視点から、中世社会を動的かつ大きな展望のもとに描いたデビュー作の決定版! (原本:吉川弘文館、2004年) 【本書の内容】 序章 ふたつの室町文化 第1部 室町社会の法慣習 第一章 「御所巻」考――異議申し立ての法慣習 第二章 中世社会の復讐手段としての自害――復警の法慣習 第三章 政権抗争劇のなかの都市民衆――掠奪の法慣習 第四章 室町幕府「流罪」考――失脚者の末路をめぐる法慣習 第五章 室町殿の紛争解決法――紛争解決の法慣習 第2部 室町時代の都市生活 第一章 足利義持の禁酒令について 第二章 正長の徳政一揆と山門・北野社相論 第三章 ある室町幕府直臣の都市生活――『碧山日録』と「春公」についてのノート 第四章 荘園制と室町社会 第3部 戦国時代の文化変容 第一章 室町後期における都市領主の住宅検断 第二章 織豊政権の成立と処刑・梟首観の変容 第三章 「耳鼻削ぎ」の中世と近世 第四章 戦国期における禁裏空間と都市民衆 終 章 あとがき 学術文庫版あとがき -
戦国時代
大名はいかに戦ったか。民衆はいかに生き抜いたか。日本はいかに変容したか。戦後日本史学の巨人が、戦国時代というものの全体像を描き出した決定的論考。戦国大名たちはいかに統治し戦ったか。人々はいかにして戦乱の時代を生きたか。新技術によって木綿や鉄砲が普及し何が変わったか。後北条氏の台頭から豊臣政権まで、時代の全体像と動因を、明晰かつ生き生きと描き出す!―四つの「時代を見る目」で読み解く―第一に、群雄だけでなく全社会層の動きを構造的にとらえる。第二に、動乱のもたらす社会変動を、もっとも深奥から考える。第三に、革新と創造の時代として描く。第四に、世界史的な視野の中で見通す。解説(本郷和人・東京大学史料編纂所教授)より―永原の研究成果は、対峙する人間を選ばない。どんな立場から歴史を研究するにせよ、それが実証的であれば必ず、彼の到達に直面する必要に迫られる性質のものである。研究者は永原の提示した推論に学ぶ。それを学んで、乗り越えるべく努力を重ねていく。ある研究者は、努力の末に、永原論のある部分を乗り越えることに成功するだろう。ある研究者は懸命に挑戦しても、永原論の確かさを追認するだけにとどまるだろう。ともあれ、彼の研究業績は、後からやってくる研究者のチャレンジを静かに待っている。乗り越えられることを待っている。この意味で永原は実にフェアーで、尊敬すべき先達なのだ。中世史の良心というべき偉大な研究者、それが永原である。※2000年刊『戦国時代 16世紀、日本はどう変わったのか』(小学館ライブラリー)上下巻の合本復刊【主な内容】戦国時代の開幕惣・一揆と下克上の社会状況「世界史」の成立と新技術関東・東北の争覇戦中国・四国の戦い軍事力の構成領国経済体制都市と商人九州の情勢とキリシタン大名畿内政権と京・堺大名国家と日本国織田信長の進出一向一揆と本願寺「天下布武」 -
エウセビオス「教会史」
キリスト教史の最も重要な1章 イエスの受肉からコンスタンティヌスによる「公認」までを描き、その後の西欧精神史に決定的影響を与えた最初のキリスト教会史! イエスの出現から「殉教の時代」を経てコンスタンティヌス帝のミラノ勅令による「公認」まで、キリスト教最初期300年の歴史。以後記される教会史の雛形となって著者エウセビオスを「教会史の父」と呼ばしめ、アウグスティヌスの著作とともに現代に至るキリスト教世界の価値観の原点ともなった『教会史』全10巻を全訳、詳細な註と解説を付す。 エウセビオスの『教会史』は、イエスの出現からはじまってキリスト教が帝国の「公認宗教」と認知されるまでの、教会形成と発展の過程における歴史を語ったものである。その歴史とは、キリストについて「証しする」ことがキリストのために「殉教する」ことと同義語であった時代の歴史であり、キリスト教側の弁証家や護教家が、ユダヤ教や諸宗教にたいして、自己が奉ずる宗教の「存在理由」を明確かつ強力に主張するために、それを「定義した」時代の歴史でもある。――<「訳者はしがき」より> ※本書の原本は1986~1988年、山本書店から刊行されました。 -
イブン・ジュバイルの旅行記
本書は通称「イブン・ジュバイルの旅行記」、原題「旅路での出来事に関する情報覚え書き」の全訳です。才智あふれるジュバイルが美文で綴ったこの「旅行記」は、12~13世紀にあっては優れたメッカ巡礼案内として広く読まれ、また後にはイブン・バットゥータ(14世紀)などの旅行記のお手本とされ、多くの旅行記編者が都市の記述を「借用」してきました。そして現在、中世イスラム社会の事情を知る上では欠かせない、貴重な文献となっています。 敬虔なイスラム教徒で、ムワッヒド朝のグラナダ太守に書記として仕えていたジュバイルは、太守が戯れに「酒盃七杯飲むべし」と下した厳命に抗えず、禁を犯してしまいます。それを悔いた太守が盃七杯に金貨を満たして与えると、ジュバイルは罪を償うためにその金貨を元手にメッカ巡礼に旅立ちました。キリスト教徒の巡礼者と同船してアレクサンドリアへ。メッカでは大モスクやカアバ神殿の威容に触れ、メディナからバグダッドへ。そして「東方の真珠」ダマスクスでウマイヤ大モスクに圧倒され、十字軍支配下にあったエルサレムでは、かのサラーフ・アッディーン(サラディン)の勝利の目撃談に触れる……。ベドウィンの襲撃、船の難破に遭うなど、艱難辛苦の旅を詳述した「旅行記」ですが、十字軍時代の地中海東方事情を知るための基本図書でもあります。 〈原本:『旅行記』関西大学出版部、1992年〉 【目次より】 まえがき(監訳者による) 1 グラナダ~エジプト 2 メッカ巡礼 3 聖都メッカ 4 メディナ~バグダード 5 マウシル~アレッポ 6 ダマスクス 7 アッカ 8 シチリア~アンダルス -
ジークフリート伝説集成
ジークフリートは、ゲルマン・ドイツの伝説に登場する英雄です。竜を退治した際に、その血を浴びて「不死身の肌」になりましたが、背中にある唯一の急所を槍で刺されて暗殺されることで知られています。一方、ジークフリートは、ニーベルンゲン族を倒してその財宝の所有者となったことから、「ニーベルンゲン伝説」の英雄の一人でもあり、本書の表題に掲げられた「ジークフリート伝説」とは、さまざまな物語を含むニーベルンゲン伝説の中で、とりわけ英雄ジークフリートの冒険と暗殺を扱った部分を指す名称です。 ニーベルンゲン伝説の原型は、五~六世紀のゲルマン民族大移動の時代まで遡り、現在のフランクフルト西方にあたるライン河畔フランケンの領土で英雄歌謡の形で生成したと考えられています。その後、北欧に伝承され、『歌謡エッダ』、『散文エッダ』、『ヴォルスンガ・サガ』、『ティードレクス・サガ』などに記される一方で、ドイツ南方のバイエルン地方から現在のオーストリア地方にあたる東方にも伝承され、一三世紀初頭には英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』が成立することになります。 中世後期から近代初期にかけて、この伝説を素材として韻文作品や職匠歌人ハンス・ザックスによる戯曲作品、民衆本などが作られました。その後、忘却の時期を経て、再び注目されるのは、一八世紀後半から一九世紀。ルートヴィヒ・ティークをはじめとするドイツ・ロマン派の詩人たちによって再発見され、数多くの作品が作られましたが、その集大成と言えるのが、ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環》でした。 本書は、日本語ではまとまった形で読むことができなかった「ジークフリート伝説」をなすめずらしい作品群を集成したものです。資料としての価値は言うに及ばず、ニーベルンゲン伝説やワーグナーをより深く味わうために最良の1冊となることは間違いありません。 [本書の内容] I スノリの『散文エッダ』におけるジークフリート伝説――北欧第一次伝承 II 『ティードレクス・サガ』における英雄ジグルトの物語――北欧第二次伝承 III 韻文版『不死身のザイフリート』――一六世紀の新しい英雄像 IV ハンス・ザックスの悲劇『不死身のゾイフリート』――一六世紀の職匠歌人による戯曲 V 民衆本『不死身のジークフリート』――一七二六年版の「読んで楽しい」民衆本 VI ティークの二つのロマンツェ――『若き日のジークフリート』と『竜殺しのジークフリート』 -
和歌と漢詩 古典日本語のイメージ
同じ月でも、万葉の空には暖かく明朗に輝いていたけれども、平安王朝の人びとにとっては孤独な悲哀感を伴う冷たく澄明な光を降りそそぐものだった。 「梅」と「桜」はともに春を代表する花ではあるが、それが表象するものごとには、微妙だが決定的な相違がある。 古典的景物の代表が「雪・月・花」であって、風や雲、雨、もみじや菊などではないのはなぜか。 日本の作品だけを見ていては、日本語のことばが担うイメージにどのような構造的な秩序があるのか、知ることはできない。 なぜなら、古典日本語は、中国大陸からもたらされた多くの文物、とりわけ漢詩文を基盤にして創られたものだったからだ。 奈良・平安びとは、膨大な漢文を書写・訓読・翻訳し、さらに模倣的創作を盛んに行った。 そうして形づくられた「王朝漢文世界」を基盤として、 「和と漢の相互干渉」という平安文学のダイナミズムが生まれ、 古典日本語固有のイメージが形成されたのである。 和歌と漢詩を丹念に見比べ、豊かな古典詩歌の深い森に分け入って、「イメージの文法」を見出す。 日本古典と漢文学の双方を比較「和漢比較研究」に取り組んできた著者がおくる、 古典の世界を深く味わうための、イメージやシンボル、比喩に注目する「読む辞典」。 -
中右記 躍動する院政時代の群像
道長が「この世をば我が世とぞ思う……」と口ずさんでから約70年。道長の玄孫にあたり、のちに右大臣に昇る藤原宗忠は宮廷での日々を綴り始めた。宗忠が職を辞するまで、52年にわたり書き続けられた『中右記』は、華やかな宮廷生活はもちろんのこと、「武者の世」へと大きく時代が動いていく院政期社会の実像を伝えてくれる。貴族の旅行や交通事情、京で起こったさまざまな犯罪、落馬を恐れる貴族と牛車に四苦八苦する武士たち――宗忠は時に家族との死別に涙して仏事に奔走し、息子たちの栄達を願って心を砕く一方、自らを妨げた者、助けてくれた者の一覧を記すような面も日記のなかで見せている。 膨大な日記の海から、著者ならではの視線で重要な記述をすくいあげ、およそ900年前を生きた多様な階層の人々の暮らしをあざやかによみがえらせる、不朽の院政期社会史。 院政期の第一級史料である『中右記』は実にさまざまなことを語ってくれる。従一位、右大臣にまで昇りつめた宗忠の日々の苦労や悲喜こもごもはもちろん、熊野詣や伊勢への具体的な旅程と旅先ならではの交流、当時の警察・裁判機構の長官である検非違使別当として記した京の犯罪とその取り締まりの実態、それをめぐる人間模様、強訴を繰り返す悪僧たちの躍動、京の民衆が熱狂した田楽、そして警備などを通じて静かに存在感を増していく武士たちの姿……。 宗忠が生きた時代は、白河院による院政が始まり、「武者の世」の足音が聞こえはじめた、激動の予感に満ちた時代である。摂関家を中心とする藤原一門の栄華には翳りがさし、宗忠の日記には王朝貴族の秩序が崩れていくことへの悲憤や嘆きもにじむ。同時に武門の随兵・郎等のあり方からは、院政時代特有の武士像もうかがえる。 膨大な日記のなかから宝物のような手がかりをすくいあげ、同時代の日記や史料をも駆使して、900年前を生きた人々の体温や息遣いまで感じられるほどに、当時の世界が描き出される。(原本:そしえて、1979年) 【本書の内容】 はしがき 一 立身の道 二 熊野・伊勢への旅 三 検非違使の記録 四 院政期諸階層の生態 五 宮廷貴族の晩年 藤原宗忠関係年譜 解 説 髙橋昌明 -
建築論
本書は、建築家・建築研究者である森田慶一(1895-1983年)が、自身の建築理論を包括的に論じたものです。 東京帝国大学工学部で建築を学んだ著者は、京都帝国大学で教鞭を執るようになり、1934年から36年にはフランス、ギリシアに留学して、古典建築を学びました。教育活動に加え、建築家としては、京都帝国大学楽友会館(1924年)、京都大学基礎物理学研究所湯川記念館(1952年)などの設計で知られる著者は、博士論文の主題でもあった古代ローマの建築家ウィトルーウィウスの『建築書』の研究を続け、唯一となる日本語訳を刊行しています(講談社学術文庫より近刊予定)。 京都大学退官後に東海大学教授を務めた著者は、古典建築の研究に裏打ちされた思想を理論化し、多くの学者を育てた日本の建築学・建築理論の創始者にほかなりません。 本書は、東海大学での講義を基にした「建築論概説」、「建築論の特殊問題」、「西洋建築思潮史」の三編に、ポール・ヴァレリーの建築論的な対話篇である『エウパリノス』(1923年)の日本語訳を加えて構成されています。物体性、効用性、芸術性、超越性を軸にした総論である「概説」から始まり、様式、法則、造形をめぐる各論である「特殊問題」を扱った上で、古代ギリシアからロマン主義に至る歴史を一望する「建築思潮史」に至る構成は、講義ならではの明快さも相俟って、類を見ない建築論概説となっています。末尾に配置されたヴァレリーの『エウパリノス』は、他の訳書も知られている作品ですが、建築家であるからこそ可能な妙味をもつ貴重な訳業だと言えるでしょう。 著者が生涯を賭して研究したウィトルーウィウスの訳書とともに、その主著をも合わせて学術文庫に収録されることで、この大家の仕事が長きにわたって受け継がれることを願っています。 [本書の内容] 建築論概説 序 章 一 物体性の問題 二 効用性の問題 三 芸術性の問題 四 超越性の問題 五 建築の各存在様態相互間の相関 むすび 建築論の特殊問題 一 様式の問題 二 法則と自由 三 建築造形における表現の諸相 西洋建築思潮史 一 古代ギリシアの建築思想 二 ウィトルーウィウスの建築論 三 中世の建築観 四 ルネサンスの建築思想 五 近世フランスの建築思想 六 古典主義とロマン主義 ポール・ヴァレリー「エウパリノスまたは建築家」 解 説(田路貴浩) -
日本列島 空襲の記録
80年前、空からの爆撃で、日本の都市は焼き尽くされた。この無差別空襲は、全国都道府県のすべてにおよび、終戦の日まで続けられ、その死傷者数はいまだ確定されていない。 本書は、戦史研究家・平塚柾緒氏が主宰する太平洋戦争研究会による全国各地への取材・調査と、アメリカ国防総省などから入手した膨大な写真をもとに、北海道から沖縄まで、日本本土への米軍の空襲の実態を解き明かす。 日本への米軍機の空爆は、昭和17年4月の「ドゥーリットル空襲」に始まる。その後、「超空の要塞」B29の投入によって昭和19年から本格化する日本本土への空襲は、おもに軍需工場を標的にした「精密攻撃」、昭和20年3月の東京大空襲を皮切りに5月まで続いた大都市への焼夷弾による無差別爆撃、さらに5月以降の全国中小都市への焼夷弾爆撃へとエスカレートし、広島・長崎への原子爆弾の投下にいたった。 その間に日本本土へ出撃したB29機はのべ3万3041機。連合国軍機が投下した爆弾は約16万トン。この「爆撃の嵐」にさらされた日本国民の体験とはいかなるものだったのか。日本列島をカバーするデータと、250点あまりの貴重写真から、あらためて考えていきたい。〔原本:2015年、洋泉社刊『日本空襲の全貌』〕 目次 はじめに――八〇年前、米軍の無差別攻撃で日本の都市は焼かれた 第一章 B29の開発と本土攻撃の開始 第二章 狙われた日本の軍事産業 第三章 東京大空襲への道:ルメイの無差別攻撃 第四章 炎につつまれた五大都市:名古屋・大阪・神戸・横浜・川崎 第五章 地方都市への拡大 第六章 アメリカの原爆投下作戦 〔特別ルポ〕原爆誕生の地・トリニティサイトをゆく -
日本の俗信
「靴の紐が切れるとよくないことが起こる」本当の理由、ご存知ですか? 予兆、卜占、禁忌、呪術、妖怪、憑物……全国各地で採集された俗信、すなわち「超人間的な力の存在を信じ、それに対処する知識や技術」を体系的に整理。”非科学的で取るに足らぬもの”から日本文化の基層を明らかにする、民俗学の精華! (解説:廣田龍平) [本書で扱う主な俗信ーーその由来とは?] ○烏が屋根で啼くと死人が出る ○膝を絶えず小刻みに動かすと貧乏になる ○婚礼に雨が降ると縁起がよい ○一富士、二鷹、三茄子、四葬式、五火事 ○厄年に生まれた子は捨子にする ○ものもらいは七軒の家から米をもらって食べるとよい ○手振水をかけられた人は死ぬ ○丙午(ひのえうま)の年は出生数激減(次回は2026年!) …… [目次] はしがき 第一章 俗信概論 一 俗信の概念 二 予兆 三 卜占 四 禁忌 五 呪術 第二章 信仰と俗信 第三章 厄年および年祝い 一 はじめに 二 従来の諸説 三 厄年行事の要素 四 贈答の意義 五 厄年行事の意味 六 信仰と俗信 七 厄年受容の基盤 八 結び 第四章 呪的な食べ物ーー味噌の魅力 一 食習研究と味噌 二 葬式と味噌 三 家移りと味噌 四 味噌つき日の吉凶 五 味噌煮の日 六 持ち寄るもの 七 せち味噌 八 山の神と味噌 九 味噌長者 十 呪的な食べ物 第五章 妖怪の地域性 第六章 妖怪と信仰 第七章 死と俗信 一 生と死との境 二 忌の飯 三 死の忌 四 種々のまじない 参考文献 解説 俗信の概念と発生について 廣田龍平 索引 (*本書の原本は、1975年に弘文堂から刊行されました。) -
フロイトとベルクソン
ジークムント・フロイト(1856-1939年)とアンリ・ベルクソン(1859-1941年)。ウィーンとパリで同じ時代を生きた二人は、同じ知のネットワークに属していたばかりか、同じ対象に関心を抱き、独自の思索を展開した末、対極から同じ領域に迫ろうとした。しかし、彼らには直接の交流はおろか、著作での言及も皆無に等しい。この謎めいた事実は何を意味するのか──本書は、この問いに挑み、二人の知の巨人を隔てる深淵に肉薄する。 著者は言う。「精神医学にせよ、哲学にせよ、およそ学問的な企てが総じて追求しているのは、人間の幸福だと言っていいだろう。つまり、幸福を否定してくる不幸事の調査研究も含めて、人生の幸不幸の研究こそが、いっさいの学問の根本の任務なのである」(第V章)。この「幸不幸」という問題に決着をつけるために、著者は「フロイトとベルクソン」という問いに到達した。だが、その問いは著者が生み出したものではなく、「この二人の「無意識の発見者」から発せられていると強く実感される」ものだった。 本書は人間と切り離せないこの問題に向き合うすべての人への贈り物である。 [本書の内容] プロローグ 小林秀雄の声を聴いたこと/直覚された二人の関係 第I章 生 同時代人/誕生の頃/修学時代/無意識・心の基体の発見/ユングという体験/ミンコフスキーの精神病理学/晩年/再び、直覚された二人の関係に焦点を合わせる 第II章 夢 記憶の円錐体について/ベルクソンの「夢」の講演/『夢解釈』の裏側の世界/冥界への歩み、果てしなく/快原理のもろさ/刺激保護膜の無機物的性質/快原理の/夢の「彼岸・前史」/涅槃原理のほうへ/無意識から、無意識へ/ベルクソンという覚醒 第III章 抑 圧 ベルクソンの思索と「抑圧」メカニズム/抑圧されたものとエスについて/生命のダブル・バインド/円錐体という意味過剰の渦動/「一ツの脳髄」から「感想」の破綻(終焉)へ/現実原理/快原理と円錐体、エロース/死の欲動とエス/シュレーバー語のダブル・バインド/円錐体の時間とエスの時間/無機物(フロイト)と物質(ベルクソン)と 第IV章 自 我 自我制作を企てるか否か/ベルクソンの精神病観/フロイトの自我(概念)制作の必然について/フロイトの企ての特質/中断された投射メカニズム研究/投射から企てへ/オイフェミスムス/アナクロニスムに発する投射のメカニズム/記憶の円錐体と投射メカニズム 第V章 進 化 ベルクソンと進化/死後の霊魂の不滅について/トルストイの『イワン・イリッチの死』を再読する/『イワン・イリッチの死』と正宗白鳥/弛緩の至福/フロイトと退化/反復 エピローグ――エスが企てる -
切手の歴史【電子特典付き】
1840年――日本で天保の改革が行われていた頃、イギリスで誕生した小さな紙片が、世界の通信網を一気に変えた! 発売初日に410万枚も売れた「ペニー・ブラック」伝説。東欧で大ブレイクしたヌード切手の謎。19世紀末に、毎週5万フラン(当時の大英博物館館長の年俸10年分)もの大金をつぎこんだ、オーストリアの貴族蒐集家。12歳の少年が売った1セント切手が50年後に1億円相当に高騰するオークションのからくり。ドイツ独裁時のヒトラーの切手と崩壊後の顛末や精巧な贋作から幼稚な偽物まで玉石混合、切手偽造名人列伝まで・・・・・・。奇跡・珍事の数々や、ユニークなアルミ金箔、異形デザイン紹介など、切手を愛し、蒐集に生涯を捧げた暦学者による、ユニークかつ白眉の切手学・入門書。 「趣味の王者・王者の趣味」といわれた、切手の歴史と魅力を網羅する! (撮り下ろし図版も満載!!) ★国王の顔に消印禁止! イタリア ★なぜ天地逆? 逆刷500文切手の妙 日本 ★世界一優雅で繊細な凹版切手 オーストリア ★名画に加筆…切手と著作権をめぐる事件 アメリカ ★0が17桁! インフレ切手に窮余の策を ハンガリー 三角、八角、ダイヤ型、金箔にアルミ箔まで…変形、珍素材切手も大集合! 本書の原本は、1976年10月、講談社より刊行されました。 文庫化にあたり、底本切手画像の劣化を解消するため、解説者・田辺龍太氏の私物撮影を施しました。 -
日本仏教再入門
昨今、仏教研究は進展を見せ、従来の常識は大きく書き換えられつつある。 「日本仏教」とは何かから説き起こし、古代から中世の仏教の思想と歴史の流れを、聖徳太子・空海・法然・親鸞・道元・日蓮などをキーに解き明かしていきます。 そして、明治維新以降、西洋の文明に触れて大きな変貌を遂げた日本仏教が、日本の近代社会の中で果たしてきた役割を改めて問い直します。廃仏毀釈に始まり、日清・日露戦争を経て、大正デモクラシー、日中戦争から第二次世界対戦を経験する中で、仏教は重要な位置を占めています。戦後復興、そして大震災などに対して、実践としての仏教があらためて登場しつつある現状の意味を問うていきます。 また、日本仏教の深層にある思想的、歴史的な背景を読み解いていきます。葬式仏教にどのような意味があり、どのような思想を背景にしているのか。日本仏教のおおきな特色となっている「大乗仏教」の起源を探ります。また神と仏の関係を、中世の神仏習合に遡って、読み解き、仏教が日本の思想や哲学に与えた影響を検証していきます。 本書を読めば、日本仏教の思想と歴史の概観と肝要なポイントがすべてわかる、格好の入門書です。 *本書は、『日本仏教を捉え直す』(放送大学教育振興会)を底本に、大幅な加筆(第二章 1最澄の生涯と思想)と改稿をし、改題しました。 【目次】 はじめに 「日本仏教」という問題 第一章 仏教の展開と日本 序説 第二章 仏教伝来と聖徳太子 日本仏教の思想1 第三章 空海と最澄 日本仏教の思想2(頼住光子) 第四章 法然・親鸞と浄土信仰 日本仏教の思想3 第五章 道元と禅思想 日本仏教の思想4 第六章 日蓮と法華思想 日本仏教の思想5 第七章 廃仏毀釈からの出発 近代の仏教1 第八章 近代仏教の形成 近代の仏教2 第九章 グローバル化する仏教 近代の仏教3 第十章 社会活動する仏教 近代の仏教4 第十一章 日本仏教と戒律 日本仏教の深層1 第十二章 葬式仏教 日本仏教の深層2 第十三章 神仏の関係 日本仏教の深層3 第十四章 見えざる世界 日本仏教の深層4 第十五章 日本仏教の可能性 まとめ 学術文庫版あとがき -
技術の哲学 古代ギリシャから現代まで
「技術とは何か?」「技術といかに付き合うか?」ーー古代ギリシャからキリスト教的中世を経て、近代の科学革命、そして現代の最新テクノロジーーー生殖技術、原発、AI……ーーに至るまで、人類数千年の足跡を具体的な事象をベースに辿りながら、普遍かつ喫緊の問題の解答へと迫る、泰斗による決定版・入門書! 不確実で危険に満ちたこの世界を生き延びるための哲学が、ここにある! [目次] はじめに 序章 なぜ、現在、技術は哲学の根本問題となるのだろうか? 第一章 人間にとって技術とは何かーープロメテウス神話と哲学的人間学 第二章 宇宙の秩序に従って生きるーープラトンと価値の問題 第三章 自然の模倣ーー古代:アリストテレス 第四章 「無からの創造」の模倣ーー中世:キリスト教 第五章 自然の支配ーー近代:F・ベーコン 第六章 科学革命ーー近代科学の成立と技術の役割 第七章 イデオロギーとしての科学と技術ーー近代のパラドックス 第八章 技術は科学の応用かーー知識論の「技術論的」転回 第九章 技術と社会ーー技術決定論から社会構成主義へ 第一〇章 技術の解釈学ーー変革可能性のために 第一一章 技術の創造性と設計の原理 第一二章 フェミニスト技術論 第一三章 技術との新たな付きあい方を求めてーーJ・デューイとH・ヨナス 終章 技術・事故・環境ーー福島第一原子力発電所事故からの教訓 補論 日本における技術哲学ーー西田幾多郎、三木清、戸坂潤 引用・参考文献 索引 -
自然真営道
上に立つ者の驕りが、世の乱れを生む! 階級社会批判・エコロジー思想の先駆と称される、江戸時代の比類なき思想家による諫言の書。 江戸中期、封建社会の低層たる農民の生活を根拠としながら、独特の時代批判をものした安藤昌益。万物の根本原理を説く「大序」、孔子ら聖人の作為を暴く「私法儒書巻」、記紀の誤りを糺す「私法神書巻」、階級社会を批判し、理想社会への道標を示す「法世物語巻」「真道哲論巻」――主著のエッセンスを通して明らかになる、「土の思想家」昌益の核心。 野口武彦氏による詳細な解説に加え、管啓次郎氏によるエッセイも収録! * * * [本書の内容] ○エッセイ 昌益の道、土の道 管啓次郎 ○自然真営道 安藤昌益 ・大序 ・私法儒書巻(抄) ・私法神書巻(抄) ・法世物語巻(抄) ・真道哲論巻(抄) ○解説 土の思想家 安藤昌益 野口武彦 ○年譜 -
レヴィ=ストロース 構造
本書は、現代最高峰の人類学者クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009年)の全貌を描いた決定版の誉れ高い1冊です。 ベルギーに生まれたレヴィ=ストロースは、フロイトやマルクスに触れた青年期を経て、南仏で高校教師になりました。その中で育まれた情熱を抑えられなくなった1935年にブラジルへ旅立ち、カデュヴェオ族やボロロ族、そしてナンビクワラ族の調査に乗り出します。その後、第二次世界大戦の勃発を受けて従軍しますが、1941年にはユダヤ人への迫害を回避するべくアメリカに亡命したレヴィ=ストロースに、ニューヨークで決定的な出来事が訪れました。それが言語学者ロマーン・ヤコブソン(1896-1982年)との出会いです。 のちに『音と意味についての六章』として公刊されるヤコブソンの講義の内容は、レヴィ=ストロースの中で若い頃からあたためられていた「構造」の概念と交錯しました。そうしてヤコブソンの勧めを受けて書き始めたのが、構造主義の誕生を告げる『親族の基本構造』であり、4年をかけて完成されたこの大著は1949年に刊行されることになります。 ここから旺盛な執筆活動を開始し、『人種と歴史』(1952年)、『悲しき熱帯』(1955年)、『構造人類学』(1958年)を生み出したあと、1959年にはコレージュ・ド・フランス教授に就任したレヴィ=ストロースは、一世を風靡した『野生の思考』(1962年)を発表すると、ついに全4巻に及ぶライフワーク『神話論理』(1964-71年)に着手しました。 その後も100歳で逝去するまで活躍し続けた偉大な人類学者が残した数々の仕事を、その生涯や時代との関係を描きつつ明快に解説してみせた本書は、1996年の刊行以来、概説書のスタンダードとして四半世紀にわたって読み継がれてきました。このたび、最新の書誌情報を追加するとともに、生前の著者と深い交流のあった小泉義之氏の書き下ろし原稿を併載した文庫版としてお送りいたします。 [本書の内容] 序 章 構造主義のエシックス 第一章 歴史の影のなかで 第二章 声とインセスト 第三章 旅の終わり 第四章 神話と詩のあいだに 第五章 幻想から思考へ 第六章 新石器のビルドゥングスロマン 1――南半球の森から 第七章 新石器のビルドゥングスロマン 2――北半球への旅 終 章 「構造」の軌跡 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 レヴィ=ストロース略年譜 解 説 小泉義之 -
精霊の王
柳田國男の代表作に『石神問答』があります。石神=シャグジは四千~五千年前ほど前、この列島に国家が存在しなかった時代へと遡る「古層の神」です。国家が誕生するとこの古層の神は零落してしまいます。しかしながら、この縄文的な精霊は、芸能と技術の専門家たちの世界で、たくましく生き残っていたのです。「宿神(しゅくじん)」という名前で、能や造園といった分野では深く敬愛される存在でした。国家などの秩序を支える神に力をあたえ、秩序の世界に創造をもたらす存在は、中世には「後戸(うしろど)の神」と呼ばれていました。本書の旅は、蹴鞠の名人・藤原成通の不思議な話から始まります。そして金春禅竹の秘伝書『明宿集』と中世における宿神の奇跡を辿り、縄文的要素の残る諏訪へと向かいます。そこで出会う太古の記憶は不思議な感動を覚えずにはいられません。そこからさらにユーラシアに散在する宿神的な痕跡をおいかけることで、その人類的な普遍性へといたります。熱く力強い筆致でわたしたちの前に現出する世界に圧倒されずにはいられません。本当に世界を動かしている驚くべき力に触れる壮大な人類史を描ききった瞠目の書です。 -
新装版 日本風景論
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 明治の大ベストセラー。明治期の地理学者による、日本を地理学的に解説した初期の書籍であり、詩情豊かな文章でこの国の風土を讃えるものです。科学的・実証的な論述でありながら、日本文学の古典を豊富に引用し、明治画壇きっての名手である樋畑雪湖・海老名明四の挿画とあいまって、日本の自然の美しさを述べた古典的名著です。日本人の景観意識に重要な変革を与えた記念碑的作品です。(講談社学術文庫) -
大日本人名辭書
本書は、明治十九年初版発行、昭和十一年新訂版発行、昭和四十九年に小社より復刻版を刊行した『大日本人名辞書』(全五巻)をそのままの内容で縮刷し、学術文庫に収録するものである。本書はもと田口卯吉の編集にかかり、独創的な名辞典として広く流布普及した。以来半世紀にわたって改訂増補を重ね、ここにみる「新訂版」として完成した。人物の網羅、記事の精確、収録の広汎等我が国人名辞典の王者として不朽の名著である。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 維新への胎動(下) 勅使東下 文久大勢一変 下篇
文久二年十月、正使三條實美、副使姉小路公知の両勅使東下。将軍家茂と相見し、攘夷実行、親兵選貢を旨とする勅書を授くるに、家茂勅諚奉戴の答書をたてまつる。巷間、志士による私刑横行し乱世の兆し顕著にして、幕威ますます墜つ。一方、幕府を通ぜず諸大名に直接命令を下されるがごとく朝権一層伸張し、天皇親政の実を半ば現呈せんとする形勢。今や「尊皇攘夷」は理想でなく現実となり来った。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 和宮御降嫁 久世・安藤執政時代
井伊大老横死後幕府の実権を握った久世・安藤は、大老の遺策となった和宮降嫁を朝廷との軋轢緩和の一とするも、乾坤一擲、外夷掃除の大力量はなかった。時に公卿岩倉具視、御降嫁を公武合体の楔子とすべく天皇の諮門に答えて上書。はじめ忌避していた和宮もついにこれを承諾。「惜しまじな君と民とのためならば身は武蔵野の露と消ゆとも」と詠じて東下。自ら将軍家茂の御台所としてその生涯を捧ぐ。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
国家について 法律について
本書に収録された二篇は、共和政ローマで活動した著作家にして政治家・弁論家マルクス・トゥッリウス・キケロー(前106-前43年)がプラトーンの『国家』と『法律』の衣鉢を継ぐ著作として構想・執筆した対話篇です。 前51年に刊行された『国家について』は、前129年に小スキーピオーを中心に行われた討論を再現する形で書かれています。前129年前後といえば、グラックス兄弟を中心とする改革派とこれに対抗する保守派によって国民が二分され、国家が混乱の極みにあった時期でした。それはキケローが目前にしていたポンペイウスとカエサルが激しく対立する状況に酷似し、国家の危機のただなかでローマ国民にみずからの国家の偉大さを自覚させ、その安定と確立のために奮起を促すことを目的としています。 この著作は、後代の国家思想はもちろん、テルトゥッリアーヌス、ラクタンティウス、アウグスティーヌスなど、キリスト教徒の著作家にも多大な影響を与えましたが、ルネサンス期には写本が発見されず、独立した著作として伝えられていた第6巻の「スキーピオーの夢」以外は失われたと考えられていました。ところが、1819年にヴァティカン図書館で写本が発見され、全体の約四分の一が復元されました。こうしてキケローの国家思想のほぼ全容を知ることができるようになったわけです。 『法律について』は、『国家について』執筆中に続篇として構想されたと考えられています。しかし、前51年の夏からキリキア総督として多忙な日々を過ごし、その任務を終えてローマに帰国してまもなく、前49年初頭にはカエサルとポンペイウスの対立から勃発した内乱に巻き込まれることになったため、未完に終わりました。全5巻以上の規模をもつものとして執筆されましたが、現存する写本に含まれるのは第3巻の途中までです。 本書では、過去から現在に至る法律が吟味され、それらは本当に法律の名に値するものなのかが検討されます。キケローが定めようとする法律は第一義的にはローマ国家の改革を目的とするものでしたが、それが自然本性に基づく法律であるかぎり、いかなる時代にも、いかなる場所でも普遍性を失わないものとして提示されています。 こうして、激動の時代に生きたキケローは、理想的な国家と、その礎をなす理想的な法律を今日のわれわれに伝えてくれています。国家への信頼が揺らぐ今、碩学が残した偉大な訳業を初の文庫版でお届けいたします。 [本書の内容] 国家について 第一巻 第二巻 第三巻 第四巻 第五巻 第六巻 スキーピオーの夢 個所不明の断片 法律について 第一巻 第二巻 第三巻 個所不明の断片 訳者解説 人名索引 解 題(山下太郎) -
仏教名言辞典
何万、何億もの人々の批判に堪え、何百年もの世の変遷を超えて今に残る仏家の言葉を、悩み問題別に選定し、歴史的背景と思想的系譜を解説。インド仏教の理論性、中国仏教の実用性、日本仏教の情緒性の違いを味わいながら、仏教通史を学べる。 検索に便利な人名解説と名著リストも備えた、日々に役立つ画期の書! 目次 1 人 間 人/心/人生 2 世 間 自然/夫婦・家/国家・社会/歴史 3 学 問 真実/知恵 4 道 徳 感情/道徳 5 宗 教 修行・信仰/仏/各宗 付録 人名辞典 書目改題 仏家別名言 本書は『仏家名言辞典』(1971年12月 東京堂出版)を改題したものです。 -
チベット旅行記
仏教の原典を求めて、1900年当時厳重な鎖国をしていたチベットに、困難を乗り越えて、単身入国・帰国を果たした河口慧海師の旅行記です。最高の旅行記かつ、生活・風俗・習慣の的確な記録として、チベット研究の第一級の基本文献です。『西蔵旅行記』(1904、博文館)を底本とし、挿絵も全点収録しています。また、改訂版(1940年)と英訳本(1909年)も参照し、完全な形になっています。(講談社学術文庫) -
精選訳注 文選
中国古典文学の集大成であり、中国文学の誕生とその進化を体現する、中国最古にして最大の詞華集「文選」(もんぜん)。南朝梁の昭明太子蕭統(しょうとう)が編集した、唐以前の詩文の精華となる美文集であり、模範文例集です。中国では科挙の模範とされ、日本では万葉集や日本書紀に影響を与えました。日本では平安貴族の必読書となり、明治期までは文章の手本とされてきました(清少納言、吉田兼好、大田南畝、永井荷風ほか多数)。 本書では、全三十巻から王粲、曹植、劉邦、李陵、陸機、曹丕、諸葛亮孔明などの秀作を厳選し、中国の古典文学研究の第一人者による充実した解説とともに全容を一望します。 【本書「総説」より】 現在の日本語の中で用いられている「文章」の語は、詩歌に対する散文を意識させることが多いが、中国語のもとの意味は、韻文・散文をひっくるめたありとあらゆる種類の書きものということである。そしてこの「章」という字の原義も、やはり「あや」とか「かざり」とかにほかならない。だから「文」ないしは「文章」の語には、「美しい」という概念が生まれついてのもちまえとして備わっているといっても、決して言い過ぎではないのである。 【目次(抄)】 序 総説 文選の序 賦 登楼の賦 洛神の賦 蕪城の賦 恨みの賦 詩 大風歌 秋風の辞 蘇武に与う 三首(うち一首) 怨歌行 飲馬長城窟行 古詩十九首(うち五首) 短歌行 七哀詩 二首 従弟に贈る 三首(うち一首) 雑詩 二首(うち一首) 公讌 応氏を送る 二首(うち一首) 美女篇 雑詩 六首(うち一首) 詠懐詩 十七首(うち二首) 悼亡詩 三首 詠史 八首(うち三首) 洛に赴く道中の作 二首(うち一首) 雑詩 十首(うち一首) 五君詠(うち一首) 池上の楼に登る 石壁の精舎より湖中に還りて作る 江中の孤嶼に登る 詠史 東武吟 宣城に之かんとして新林浦を出で版橋に向かう 雑体詩 三十首(うち二首) 范安成に別るる詩 文章 出師の表 呉質に与うる書 典論論文 山巨源に与えて交わりを絶つ書 情事を陳ぶる表 北山移文 -
ペリー日本遠征随行記
幕末の黒船、ペリー艦隊で来日し、ペリー自身の日記や公式記録とは異なる視線で日米交渉の一部始終を目撃した首席通訳による貴重な記録。 1837年、日本人漂流民を送還しようと浦賀に来航した米商船モリソン号に同乗したサミュエル・ウイリアムズは異国船打払令により砲撃を受けマカオに退去したが、日本人船員から日本語を習い、ペリー日本遠征の通訳として1853年艦隊に同行。沖縄、小笠原諸島を経て久里浜に上陸し、開国を求める米大統領フィルモアの親書を浦賀奉行に渡した。翌年再び日本に来航して神奈川条約を締結した。鎖国の重い扉をこじ開ける「むずかしい任務を達成するための欠くべからざる奉仕」に尽力したとペリー提督が称賛した首席通訳の随行記には、遠征への冷静な目と日本人に対する優しい眼差しがあった。 下田で密航を企て黒船に乗り込んだ吉田松陰、金子重之輔に応対し、「明らかに教養のある人物だった」とその人柄を見抜く眼力も備えていた。また黒船来航の報に急遽出島から駆け付けたオランダ大通詞・森山栄之助など幕府の様々な役人や沖縄の宮廷高官とも交流。さらに散策で訪れた横浜、下田、箱館などでの植物や魚類、花鳥風月から住民の風俗、性格まで好奇心のままに詳細に観察、外国人による幕末日本の貴重な記録としても高く評価される。〔原本:『新異国叢書8 ペリー日本遠征随行記』雄松堂出版、1970年刊〕 -
万葉集原論
「おそらく、私は「万葉集原論」を生涯の課題としていくことだろう」。 本書は日本を代表する文学者、中西進の真骨頂である。 現存する最古の歌集『万葉集』。七、八世紀の歌、四千五百首余が二十巻に収められ、額田王、柿本人麻呂などの著名な歌人、天皇、皇族から、防人、遊女に及ぶ作者と作品の豊かさは、世界的にみても異彩を放っている。 この『万葉集』研究の第一人者であり、幅広い文学活動でも知られる著者は、古代日本文学の本質に迫ると同時に、世界のなかの日本文化を問う視座を持ち続けてきた。 『万葉集』とは何か。真摯にそれを見極めんとした本書が示すのは、学問とは何か、その方法はいかにあるべきかという切実な問題意識に裏打ちされた、著者だからこそ到達しえた比類なき『万葉集』の姿である。(原本:『万葉集原論』桜楓社、1976年) 【主な内容】 学術文庫版まえがき 一 万葉集研究の方法 文学史の方法――その「歴史」について 文学研究の方法 万葉集研究の方法 研究と批評 二 万葉集の構造 万葉集の構造 万葉集の生成 万葉集の原点 万葉集の集団性 三 万葉集の表現 万葉歌の形式 万葉歌の方法 古代的知覚――「見る」をめぐって 古代文学の言語 万葉集の漢語 桜楓社版後記 解題 犬飼公之 -
シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー
人文地理学者で無類の親日家のE・R・シドモアは、ポトマック河畔の桜植樹の立役者でもあった。明治17年の来日以降、たびたび日本を訪れ、人力車で全国各地を駆け巡り、鋭い観察眼で明治中期の日本の世相と姿を生き生きと映し出す。自然と共に生きる日本の歳事伝統と日本人の優しい心。日本を愛したアメリカ女性の描く日本印象記の傑作。(講談社学術文庫) -
ハンムラビ法典
バビロン第1王朝第6代の王ハンムラビ(在位前1792-前1750年)は、内政に力を注いだあと、治世29年頃から近隣諸国の征服に乗り出し、小さな都市国家の中心にすぎなかった王国を拡大して、治世37年頃までにはバビロニアを統一し、メソポタミアの北部の一部を含む大王国を築き上げた。ハンムラビ法典は、この大事業が完成したあと、ハンムラビ王の命令で編纂されたものである。 ハンムラビ法典は、長らく「世界最古の法典」とされていたが、ウル第3王朝の創設者ウルナンマ(在位前2112-前2095年)が作らせたウルナンマ法典やイシン王国のリピト・イシュタル法典、ハンムラビ法典よりやや古いエシュヌンナ法典などの断片が発見され、現在ではこれらの法典の伝統を受け継いでできあがったものだと考えられている。 ハンムラビ法典碑は、1901年から02年にフランスの発掘調査隊によってエラムの旧都スーサ(現在のイランの南西部)で発見され、現在はパリのルーヴル美術館に収蔵されている。法典碑のオリジナルがほぼ完全な形で残っているのはハンムラビ法典だけである。さらに数多くの写本が残っており、当時の書記(学者)たちが盛んに書写したことが想像される。そこでは裁判、犯罪、被害者の救済、兵士、社会構成、農業、商業、結婚、家族、遺産相続など、さまざまな事例が扱われており、ハンムラビ法典は当時の社会を反映する重要な史料として、揺るがぬ価値を持ち続けている。 本書は、「目には目を、歯には歯を」という同害報復の規定でも知られるこの貴重な記録を全訳するとともに、読解を助ける訳注はもちろんのこと、各条文についての詳細な「注解」、時代背景の説明を含む懇切な「訳者解説」をも併載した、碩学による偉大な訳業である。単行本として刊行された旧版を全面的に改訂し、初めての文庫版として生まれ変わった本訳書は、不滅の輝きを放ち続けるだろう。 [本書の内容] ハンムラビ法典 注 解 訳者解説 1 ハンムラビのカタカナ表記について 2 ハンムラビとその時代 3 ハンムラビ法典とは何か 4 王碑文としてのハンムラビ法典 5 判決集の配列 6 ハンムラビ法典碑と諸写本 7 ハンムラビ法典以前の諸法典 8 古代メソポタミアの法形式 付 論 1 「私の彫像」か「私のレリーフ」か 2 ハンムラビ法典の写本一覧 3 ハンムラビ法典と日本の現行の法律 参考文献 -
アドルノ 非同一性の哲学
本書は、20世紀を代表するドイツのユダヤ系思想家であり、フランクフルト学派の中心人物テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ(1903-69)の波乱に満ちた生涯と、その不屈の思想を丁寧にたどる決定版ガイドです。 フランクフルト・アム・マインに生まれ、哲学、社会学、心理学、音楽学を貪欲に学んだ早熟の天才アドルノは、わずか21歳で哲学博士号を取得。コーネリウスのゼミで終生の友人ホルクハイマーと出会い、戦後にフランクフルト「社会研究所」の所長に就任します。ここに集った研究者たちとともに形成されたのが、後に「フランクフルト学派」と呼ばれる思想潮流です。 ナチス政権下で教授資格を剥奪されたアドルノは、イギリスを経て1938年にアメリカへ亡命します。1949年に帰国した後、ホルクハイマーと共に社会研究所を再建、亡くなるまでその活動を続けました。 近代合理性の闇を暴き、西欧文明の自己批判を徹底したアドルノ。アメリカの大衆文化批判、反ユダヤ主義への応答、そして「新しい主体」や芸術と哲学の連帯を模索する彼の思想は、現実とのすさまじい緊張関係の中から生み出されるもので、安易な解釈を許しません。 本書では、音楽への情熱、クラカウアーやベンヤミンとの友情、ホルクハイマーとの共同作業など、その思想を育んだ生涯をたどり、主要著作『啓蒙の弁証法』『否定弁証法』『美の理論』の読解を通して、危機の時代に生きた知の巨人の核心に迫ります。アドルノ研究の泰斗による、最良の概説書です。 [本書の内容] まえがき プロローグ 肯定的なアドルノを求めて 第一章 音楽の揺りかご 第二章 星々の友情 第三章 否定弁証法のオリジン 第四章 亡命のオデュッセウス 第五章 理性の原史をたずねて――『啓蒙の弁証法』の射程 第六章 新たな「唯物論」へ――『否定弁証法』と「客観の優位」 第七章 『美の理論』の告げるもの エピローグ パウル・ツェランとアドルノ 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 あとがき 学術文庫版あとがき アドルノ略年譜 *本書の原本は、1996年に「現代思想の冒険者たち」第15巻として小社から刊行されました。 -
魔性の文化誌
聖にして穢、善にして悪、神にして魔! 人類普遍の「魔の構造」を明かす、文化人類学の到達点。 聖なるものはなぜ呪われたものでもあるのか。清純な白と無気味な白・左の神秘・双子の習俗、魔女・憑きもの・不思議な来訪者……日本・バリ・アフリカの民俗をたずね、文化/自然・男/女・昼/夜など、二元的カテゴリー間の均衡を攪乱する「どちらつかずの中間領域」に魔性の発生を見いだす。文化人類学の大家による画期の書! [目次] 序章 妖怪と両義性 ■第一部 自然の認識――原初的分類 第一章 清純な白と無気味な白 第二章 左の神秘 第三章 方位の意味 ■第二部 水・双子・音 第一章 さかさ水 第二章 双子の習俗 ■第三部 魔性の構造 第一章 魔女、死霊のイメージ 第二章 女性の魔力 第三章 不思議な動物 1 第四章 不思議な動物 2 第五章 不思議な動物 3 第六章 不思議な来訪者 注 あとがき みすずライブラリー版あとがき 解説 聖の迷宮 真島一郎 索引 (*本書の原本は1976年に研究社出版より刊行されました。学術文庫化に際しては、1998年刊行のみすず書房版を底本としています。) -
精神病に関する医学=哲学論
幽閉・排除すべき狂気から治療・ケアすべき精神疾患へ――近代の精神医学はここからはじまった。 近代精神医学の祖とされるフィリップ・ピネル(1745-1826年)。自由・平等・博愛といった啓蒙精神と人類愛が高まる革命期のフランスで、精神疾患に罹患した友人の治療に関わったことを機に精神医学に関心を覚えたピネルは、ビセートル病院とサルペトリエール病院の医長を歴任し、監護人ピュサンとともに「狂人」と呼ばれ鎖に繋がれていた精神病者を解放し、人道的な治療を始めた人物として知られる。その狂気の分類・治療実践と狂人の解放神話はヘーゲルやミシェル・フーコーにも取り上げられ、医学のみならず哲学分野にも大きな影響を与えた。 ピネルの思索と実践を記録した本書は、精神医療の改革と近代化をうたった最初期の重要文献のひとつである。同じタイトルながら内容がかなり異なる第二版が存在することが知られている本書。さまざまな「精神病」の疾病分類を体系的に行おうとする第二版とは異なり、初版である本書では、マニー(躁病、気分障害、統合失調症、妄想、パーソナリティ障害などを含む概念)の疾病分類がなされ、それまでの瀉血や薬物、水療法など身体を対象とした療法ではなく、「心」にアプローチする「心的療法(モラル・トリートメント)」が提唱される。この療法は食事や労働などの生活習慣、社交、そして感情への配慮をもとにしたもので、「ケア実践」の源泉といえる。ピネルが臨床経験を重視し実践家に学びながら、新しい治療法を確立しようとした苦難の軌跡である。 巻末には、ピネルの略伝、著書刊行年の謎、鎖からの解放神話の真相、ピネル研究史などを丁寧に論じた訳者による「あとがきに代えて」「講談社学術文庫版あとがき」、さらにフーコーを軸に本書の意義を明らかにする精神医学研究の気鋭・上尾真道による詳細な「解説」を付した。 ピネル没後200年にあたる2026年、近代精神医学の誕生を告げる記念碑的著作を文庫として刊行する。 *本書の原本は、1990年に中央洋書出版部から刊行されました。 (主な内容・目次) マニー論 本書の全体的構成 第一章 周期性もしくは間歇性マニー 第二章 精神病者の心的療法 第三章 精神病者の頭蓋の形態的欠陥についての解剖学的研究 第四章 精神病の明確な種類の分類 第五章 精神病者の救済院で確立されるべき院内規律と監護 第六章 精神病者の医学的療法の諸原則 あとがきに代えて 講談社学術文庫版あとがき 解説 精神医療とモラル フーコーと読むピネル『精神病に関する医学=哲学論』(上尾真道) (上尾真道) -
東京裁判への道
「A級戦犯」被告28人はいかにして選ばれたのか? 昭和天皇「不訴追」の背景は? 無視された証言と証拠、近衛の自殺、木戸の大弁明――アメリカに眠る膨大な尋問調書から明かされる真実。極東国際軍事裁判をめぐる歴史ドラマが、ここに開幕する! 第一人者による東京裁判研究の金字塔! 「A級戦犯」被告28人はいかにして選ばれたか 「天皇不訴追」決定の真実、無視された証言と証拠、近衛の自殺、木戸の大弁明──アメリカに眠る膨大な尋問調書から明かされる真実。極東国際軍事裁判をめぐる歴史ドラマが、ここに開幕する! 「A級戦犯」28人はいかにして選ばれたのか。天皇不訴追の決定プロセスの真実とは。釈放されていく「大物」たち、免責された毒ガス・細菌戦。冷戦が本格化してゆく中で、無視された証言・証拠……アメリカに残されていた膨大な尋問調書を丹念に読み解き、語られざる歴史の実相と当事者達の人間ドラマを描き出す。東京裁判はこうして始められた! -
定本 中世倭人伝
中世アジアの海の世界を鮮烈に描いた書籍の決定版! 苛烈な略奪を繰り返し諸国を悩ませた前期倭寇。その結果生まれた倭人居留地「三浦(さんぽ)」は、朝鮮に巣食う「腫瘍(しゅよう)」とまで呼ばれ、後期倭寇は、アジアに進出してきたヨーロッパ勢力をも巻き込み、銀をめぐる密貿易で世界史に躍り出る……。彼ら倭寇・倭人は日本のものとは明らかに異なる「倭服」に身をつつみ「倭語」を操る、国籍や民族を超えた集団だった。14世紀から16世紀にかけて東アジアの海を舞台に、国家や民族集団からドロップアウトし、しばしば暴力をともないながら、自由に、どこまでもしたたかに生きた人々を描き出す。 「倭人は帯方の東南、大海の中に在り」。邪馬台国の史料としてよく知られる『魏志倭人伝』。ここからおよそ1200年後の朝鮮王朝の記録に、再び「倭人」は現れる―― 14世紀後半、女性や子供にも容赦ない前期倭寇の略奪が『朝鮮王朝実録』に恐怖の記録として生々しく克明に記された。倭寇に苦しむ朝鮮王朝がとった懐柔策によって15世紀に誕生したのが、倭人居留地の三浦である。エネルギッシュで、自由奔放で、論理を越えた倭人がひしめく三浦は、猫のひたいほどの場所でありながら、周辺の朝鮮社会に巨大な経済的影響をあたえ、やがてソウルの政財界まで巻きこんだスキャンダルを引き起こしていく――。 三浦を中心に、倭寇王の後継者として豊臣秀吉が登場するに至る中世東アジアの海域世界を描いた『中世倭人伝』。文庫化にあたって、原本には入れられなかったソウルの倭人たち、江南沿海域を中心とする後期倭寇の猖獗、石見銀山の爆発的増産によって世界を駆け巡った日本銀、さらに16世紀ヨーロッパの古地図に描かれた、銀と海賊に特徴づけられる日本像などの論考を増補し、倭人たちが躍動する海の世界を大きく広げた決定版登場!(原本:岩波書店、1993年) 【本書の内容】 学術文庫版はしがき I 中世倭人伝 「魏志倭人伝」によるプロローグ 一 国境をまたぐ地域 二 「三浦」──異国のなかの中世 三 密貿易の構造 中華の崩壊によるエピローグ 文献案内 あとがき 『中世倭人伝』韓国語版刊行によせて II 倭人群像 一 三浦の鎮城と関限――薺浦を中心に 二 倭人たちのソウル 三 三浦の乱時のソウル倭館 四 石見銀山と倭人ネットワーク 五 海賊、銀山、ザビエル――ヨーロッパ製古地図を読む 六 琉球王国と「倭寇」 七 中世日朝貿易における経典の輸入 学術文庫版あとがき -
数の日本史
暗算は得意なのに、なぜ日本人に理数嫌いが多いのか。その原因には、歴史的・構造的な要因があるのではないか? 物理学の泰斗がそんな素朴な疑問から、古来、人間の文化・文明に欠かせない「数の知識」と日本人社会とのかかわりを、たどってみるとーー。 12進法を使って土木建築を行ったといわれる縄文時代、ピタゴラスの定理で平城京を作り、飛鳥時代に日本初の元嘉暦を生む。奈良時代には正確な計測が不可欠な班田収授の法を採用するも、平安時代には「金勘定はいやしい仕事」と一気に理数離れが起こるーー。江戸時代の寺子屋と算術教育、日本初のサイエンス・和算の誕生、明治時代の算術から算数への大変換、そして戦後の数教育まで、5000年超の通史を豊富なエピソードで活写。理数科は単なる技術を支える手段ではない。数理に対する関心と尊敬心が高まる、ユニークな数学読本!/解説:上野健爾(京都大学名誉教授 四日市大学関孝和数学研究所長) 筆者の言葉) 「歴史家は数学に興味を持たない人が多く、科学史家はそれぞれの専門を守っている。理系に身を置いてはいるが、数学や歴史学に素人の筆者が本誌を書くに至ったのは、こんな事情であまり知られていない数の日本史に、現代人に強く訴えるものがあると感じたからである。 (中略) 社会の専門化によって閉塞感に悩んでいる現代知識人にとって、日本文化の意外な再発見と解放感をもたらすだろう」 -
トリストラントとイザルデ
本書は、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》で知られる「トリスタン伝説」の最古の姿を伝える書の本邦初となる全訳です。 ケルト起源のトリスタン伝説は、11世紀後半から12世紀初頭にウェールズとブルターニュに伝えられ、語り継がれていったと推測されます。多様に発展した物語を12世紀後半に古フランス語でまとめたものがトリスタン伝説の原典(エストワール)ですが、残念ながらこれは散逸しています。 しかし、この原典に基づいて物語を作る人たちが現れます。その一人が同じく12世紀後半に活躍したフランスの詩人ベルールでしたが、作品は断片しか残されていません。それと同じ時期、同じ原典に基づいてドイツ語で物語を書いたのがアイルハルトであり、その作品こそ本書にほかなりません。完全な姿で残されたこの作品によって、私たちは原典の内容を推測できます。ここにはトリスタン伝説の最古の姿があるのです。 韻文で書かれた本書は、その後「民衆本」と呼ばれる散文作品として流布し、16世紀にはハンス・ザックスによって戯曲『トリストラントと美しきイザルトの悲恋』に翻案されました。一方、ベルールと同様に原典(エストワール)を基にして12世紀後半にフランス語で『トリスタン物語』を書いたトマの系列としては、ドイツ語で叙事詩『トリスタンとイゾルデ』を書いたゴットフリートがおり、ワーグナーに着想を与えました。 複雑な経緯をたどって伝承されたトリスタン伝説は、現代でも小説にされたり(ローズマリー・サトクリフ)、映画にされたり(ジャン・ドラノワ)、多くの人を魅了し続けています。その最古の姿がようやく日本語で味わえるようになります。 [本書の内容] 1 聴衆への前置き 2 トリストラントの出生と養育 3 トリストラントのマルケ王宮廷への旅 4 トリストラントとモーロルトの闘い 5 トリストラントの傷を治すためのアイルランドへの旅 6 トリストラントのアイルランド求婚の旅 7 愛の媚薬 8 ブランゲーネ 9 トリストラントとイザルデの愛をめぐっての揉め事 10 有罪の判決と逃走 11 森での生活 12 アルトゥース騎士ヴァルヴァーンとトリストラント 13 追放後のトリストラントとイザルデの一度目の逢瀬 14 ハヴェリーン王のもとでのトリストラント 15 追放後のトリストラントとイザルデの二度目の逢瀬 16 追放後のトリストラントとイザルデの三度目の逢瀬 17 ケヘニスとガリオーレ(1) 18 追放後のトリストラントとイザルデの四度目の逢瀬 19 追放後のトリストラントとイザルデの五度目の逢瀬 20 ケヘニスとガリオーレ(2) 21 トリストラントとイザルデの愛の死 -
インテリジェンスの基礎理論
テロリズム、インテリジェンス、サイバーセキュリティ等は、遠い世界のことと思いがちですが、こうした問題は意外にも私たちの日常生活とも密接に結びついています。20世紀の冷戦構造があった時代には、世界情勢の中心は米ソを軸とした二極の対立でしたが、ソ連崩壊後の世界では、民族・宗教・思想の対立が複雑化・混沌とし、テロや紛争が各地で絶え間なく起こっています。 社会の諸課題が複雑化して既存の知識や分析枠組みが通用しにくくなる中、ガバナンス的思考は今後更に重要になるでしょう。こうした領域の一端に触れることによって、ガバナンス的な思考センスを身につけるためにも有効な一冊です。 さて、インテリジェンスとは何を指すのでしょうか? 「インテリジェンスとは、『政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を行うために政策決定者に提供される、情報から分析・加工された知識のプロダクト、あるいはそうしたプロダクトを生産するプロセス』のことを言う」。 この定義にしたがって、本書では、情報分析の素材となる情報の収集方法、情報の加工の方法、またその過程における有効な方法と陥りやすい誤りなど、実践的な知識を提供しています。 そして、CIAやモサド、MI6や公安などインテリジェンス機関の活動の一端についての紹介やコラムで実際の事件を扱います。インテリジェンス機関と犯罪捜査機関との相違点もあきらかにされます。 得られた情報に、分析という加工を経たプロダクトの優劣の考え方、また、ミラー・イメージング、クロス・チェックといったプロダクト生成時の問題や改善法などについても述べられます。 インテリジェンス入門として、情報収集と情報加工の教科書として、格好の入門書です。 [原本] 『インテリジェンスの基礎理論 第二版』立花書房 学術文庫に収録するにあたり、全面的に改訂した。 【目次より】 学術文庫版はしがき 第一章 インテリジェンスとは何か 定義、機能、特徴 第一章の補論 第二章 インテリジェンス・プロセス 第三章 インテリジェンス・コミュニティ ― 日米の組織 第四章 インフォメーションの収集 第五章 インフォメーションの分析 第六章 その他のインテリジェンス機能 第七章 インテリジェンスの課題 伝統的な課題から新たな課題へ 第八章 インテリジェンス組織に対する民主的統制 【巻末資料】 解説 佐藤優 -
死と生の民俗
ひと昔前の、普通に生きた人々の中にある、ごくありふれた日常。そこには「死と生」にまつわる、さまざまなエピソードが共存していた――。近代化とともに「家」から死が遠ざかり、死への意識が希薄化した現代社会。明治から昭和初期の消えゆく風習を丹念に聞き取りながら、閉塞感ある今の社会の課題を解くヒントを掘り起こす。愚直で素朴で、とてつもなく豊穣な、隠れた民俗学の名著、復刊! 目次 はじめに 第一部 明治末期から大正期の「死の民俗」 1) 生の中の死 1 日々のなかにある日常の続きとしての死 2 日常を断ち切る死の予言 2) 死の儀礼に出会った体験や見聞 1 「湯灌」と奥納戸 2 「角寄せ」 3 「棺造り」や「納棺」と結核患者 4 「親戚へ音をする」「悔やみを言う」 5 「斎(とき)」 6 「葬儀」と「野辺送り」 7 「焼場」と「骨拾い」 8 「木・飯米」 3) 子どもの頃に「人の死」に出会った契機 1 葬式や野辺送りの場面に出かけた契機 2 聴聞や法事の場面に出くわした契機 4) 「人の死」は子どもにとって何であったか 第二部 明治末期から大正期の「生の民俗」 1) 大人への道・自立の旅 2) 結婚 1 仲人 2 結婚 3 こぶり合わせる 4 結婚の祝い 5 離婚 3) お産と産後 1 出産 2 団子汁 3 産湯とあと産 4 産後 4) 健やかな成長を祈る 1 五香 2 祝福 3 七歳までは神のうち 4 「拾い親」の民俗 5 子育てと戦中戦後の労働 6 休み・楽しみ・生きがい 5) 死と生の間を生きる 1 信心・感謝 2 老境(年をとらねば分からないこと) おわりに 注 聴き取り対象者一覧 並びに聴き取り年月日 あとがき 解説 諸岡了介(島根大学教授) -
維新暗殺秘録
開国に揺れる万延元年(1860)の「桜田門外の変」から、明治4年(1871)の広沢真臣惨殺まで、暗殺事件でみる幕末維新史。 維新前夜の傑物で英雄豪傑と称される清河八郎や、肥後藩の儒学者で明治政府に出仕した横井小楠といった「大物」から、勤皇派の恨みを買って三条河原でなぶり殺された目明しの「猿(ましら)の文吉」といった弱者まで、30の事件を取り上げる。田中光顕や谷干城が語る坂本龍馬の最期、若き伊藤博文が山尾庸三とともに風説を信じて斬り捨てた相手、佐久間象山の息子が仇討ちを狙っていると聞かされた暗殺者・河上彦斎の平然ぶり、幕吏への情報漏洩が疑われて殺された絵師・冷泉為恭の妻とのロマンスと、まさに秘話の集成である。 明治33年(1900)に生まれ、故郷・土佐の歴史を中心に多くの著作をなして司馬遼太郎の信頼も厚かった著者は、「暗殺は文明と野蛮を問わず、古代から現代まで人間社会の一現象として起こる」といい、「明治維新とか、昭和維新とか、変革を呼ぶ時代に暗殺の頻度が多いことは既に歴史が証明している」という。本書はまさに「昭和維新」が叫ばれたテロの時代、昭和5年(1930)に発表され、その後、何度も版を変えて読み継がれてきた。 巻末には、100件を超える事件が並ぶ「維新暗殺史年表」。幕末維新史の研究者、一坂太郎氏が解説を執筆。 〔原本:1967年白竜社刊、1978年新人物往来社刊、1990年河出書房新社刊〕 目次 暗殺談議――序に代えて 大老 井伊直弼 土佐藩参政 吉田東洋 島田左近と宇郷玄蕃 本間精一郎 目明し 猿の文吉 平野屋寿三郎と煎餅屋半兵衛 国学者 塙次郎・鈴木重胤・中村敬宇 播州家老森主税と用人村上真輔 江州石部事件 多田帯刀と村山加寿江 千種有文家臣 賀川肇 儒学者 池内大学 清河八郎 雙樹院 如雲 大藤幽叟 大坂町奉行与力 内山彦次郎 絵師 冷泉為恭 因州藩暗殺事件 姉小路公知 佐久間象山 水戸藩士 住谷寅之介 一橋家用人 原市之進 坂本龍馬と中岡慎太郎 御陵衛士頭 伊東甲子太郎 秋月藩士 臼井亘理 パークス要撃事件 奥羽鎮撫使参謀 世良修蔵 参与 横井小楠 兵部大輔 大村益次郎 参議 広沢真臣 維新暗殺史年表 解説(一坂太郎) -
新論
【幕末に「志士」たちを生み出した最重要思想書、その全貌を読む!】 ―臣ここを以て慷慨悲憤し、自から已む能はず、敢えて国家のよろしく恃むべきところのものを陳ぶ― 「序論」「国体」「形勢」「虜情」「守禦」「長計」からなる全篇の本文読み下し。平易な現代語訳・懇切な語釈を掲載。 さらに参考資料として、正志斎がのちに開国政策を提言した『時務策』を併載! 文政八年(1825)、幕府は異国船打払令を出し、日本近海に接近する外国船全てに対して砲撃を加え、排除することを決定した。会沢正志斎が『新論』を完成させたのは、まさにその直後のことである。 一読するとわかるように、その内容は西洋諸国と直面をせまられ始めた日本全体の、今後の政策を提言するものである。だが、水戸藩主を通じて幕府を動かそうという正志斎の期待は実現されることもなく、また異国船打払令も徹底されずに、沿岸には外国船が自由に航行することが常態化した。 しかし本書は、正志斎の関係者から友人へ、その友人から別の友人へと筆写が重ねられ、日本全国へと広まっていくこととなる。それは匿名の著作ではあったけれども、人々を引きつける何かがあったのは確かであろう。天下太平と呼ばれた時代にあって、その裏にあった言いしれぬ不安というべきものを明らかにした、という理由もあろう。結果的にこの書は、全国の志ある多くの人々を目覚めさせることとなった…… *本書は訳し下ろしです。 -
龍の世界
竜巻と共に天に昇り、海底深く龍宮に潜る。天空から海底まで自在に駆ける霊獣は、古来、皇帝から人民まで、中国人が最も愛する瑞祥だった。この想像上の生きものは、いつ、どのように誕生し、人々の暮らしに浸透していったのか。中国・日本・インドの龍とギリシア神話のドラゴンとの比較。龍を食べる怪鳥、正倉院に収められた龍の骨と歯の正体。四方から財宝を寄せると言われた「銭龍」や、薬用「龍眼」、中国人が畏れる「辰年の怪」まで、長年に亘る中国取材や様々な文献史料から、龍の逸話を丹念に採取!! 本書は『龍の百科』(新潮選書 2000年刊)を加筆、改題したものです。 目次 一 龍は、どう考えられていたか 二 龍は、どう形づくられてきたか 三 龍は、どのように自然界に潜むか 四 龍は、どう変わってきたのか 五 龍は、どのように語られてきたか 六 龍は、どう暮らしにかかわるか おわりに 索引 学術文庫版あとがき -
遠野物語 全訳注
全部読まなければ、この本のすごさはわからない! 日本民俗学の創始者である柳田の原点にして代表作には、いったい何が論じられ、企てられたのか。 「平地人を戦慄せしめよ」という高らかな宣言に込められたものとは何か。 「ザシキワラシ、オシラサマや河童たちが躍る不思議な世界」 「叙情豊かな日本人の原風景」 という本書がまとってきたイメージの奥にある真価を読み取るための、 懇切な解説つき全文現代語訳。 -
荀子
古代戦国期、秦帝国出現前夜の激動の時代を生き、儒家ながら、伝統的な儒家の枠組みに収まりきらない異色の思想を展開した荀子。「性悪説」で名高い人間観や「天人の分」で知られる自然観、「礼の王国」論に見られる国家観等々、現実的かつ合理性に貫かれたその思想像を多角的に探り、中国古代思想史上の位置を明らかにする。 -
バロック音楽
モンテヴェルディからバッハまで 実り豊かな古楽の花園 名曲の数々、音楽の花園、実り豊かなバロックの世界。装飾的で即興性を重視、ドラマの原理が支配する宇宙。モンテヴェルディのオペラ、ヴィヴァルディのソナタ、クープランのクラヴサン曲、バッハのカンタータ。華やかな宮廷舞曲や多様な世俗器楽や厳かな宗教音楽。音楽ファンを虜(とりこ)にするバロック音楽とはどんなものか。その特徴と魅力をあまさず綴る古楽への本格的な案内書。 最近バロック音楽がひろく聞かれるようになりましたものの、まだ後期バロック音楽に偏している気味が強いようです。初期や中期バロックの作品、またフランスやイギリスの作品、さらに中世やルネサンス期の音楽も、もっともっと聞かれてよいはずです。ひろく、しかも実り豊かな古楽の花園に分け入り、未知の音楽の喜びを見いだされるために、この本が少しでもお役に立つことができれば、執筆者としてこれに過ぎる喜びはありません。――<本書「はじめに」より> -
メルロ=ポンティ 可逆性
本書は、現象学を前人未踏の域に導いたフランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティ(1908-61年)の生涯と主要著作をていねいにたどる至高の概説書です。『モードの迷宮』(サントリー学芸賞)や『「聴く」ことの力』(桑原武夫学芸賞)など、多くの支持を得てきた著者が、みずからの出発点にある哲学者と真摯に向き合い、全力で格闘した稀有なドキュメントがここにはあります。 フランス西部のロシュフォールで生まれたメルロ=ポンティは、高等師範学校でサルトルやボーヴォワールと知り合うい、そしてフッサールの現象学と出会いました。初めての著作が『行動の構造』(1942年)と題されたように、メルロ=ポンティは「生活世界」に注目した後期フッサールを引き継ぐとともに、その中心に身体をもつ人間を据えることで独自の道を歩み始めます。その最大の成果が主著『知覚の現象学』(1945年)です。 戦後はリヨン大学で教鞭を執ったあと、1949年にはソルボンヌの教授、そして1952年には異例の若さでコレージュ・ド・フランスの教授となったメルロ=ポンティは、サルトルとの共同編集で『レ・タン・モデルヌ(現代)』誌を発刊し、『ヒューマニズムとテロル』(1947年)などでマルクス主義に関する考察を続けることで現実と向き合いました。さらにサルトルの実存主義、ソシュールの言語学を取り入れたメルロ=ポンティは、1960年代にはさらなる高みに到達し、『シーニュ』(1960年)を発表しましたが、翌年、惜しまれながら急逝します。残された遺稿は『見えるものと見えないもの』(1964年)や『世界の散文』(1969年)として公刊されました。 これら燦然と輝く著作の数々を激動する時代の中で繰り広げられた生涯に位置づけつつ精緻に考察していく本書は、まさに著者の「主著」と呼ぶべきものです。このたび学術文庫版として新たな装いをまとうことで、永遠の生命を得ることでしょう。 [本書の内容] まえがき プロローグ 現象学の地平へ 第一章 構 造――〈行動〉の研究 第二章 運 動――〈身体〉の現象学 第三章 スティル――〈変換〉の現象学 第四章 偏 差――〈隔たり〉の現象学 第五章 可逆性――〈肉〉の存在論 エピローグ 現象学の臨界点 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 あとがき 学術文庫版あとがき メルロ=ポンティ略年譜 -
ドゥルーズ 流動の哲学 [増補改訂]
没後20年を過ぎた今も世界中で多くの読者を獲得し続けている哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-95年)。初の単著『経験論と主体性』(1953年)から『ニーチェと哲学』(1962年)、『カントの批判哲学』(1963年)を経て『ベルクソニスム』(1966年)に至る哲学者のモノグラフィーを発表したドゥルーズは、続いて『差異と反復』(1968年)と『意味の論理学』(1969年)を解き放ち、世界に衝撃を与えた。進化を続ける哲学者は、次に精神分析家フェリックス・ガタリ(1930-92年)との協働を始動させ、『アンチ・オイディプス』(1972年)と『千のプラトー』(1980年)という恐るべき著作を完成させる。その後、記念碑的な映画の哲学『シネマ』全2冊(1983年、85年)、ライプニッツ論『襞』(1988年)といった単著の執筆に戻ったドゥルーズは、最後にもう一度、ガタリとの共著『哲学とは何か』(1991年)を発表。そして、1995年11月4日、みずから命を絶った。 本書は、1976年から83年――『千のプラトー』から『シネマ』へと至る時期にドゥルーズ本人の薫陶を受け、その指導の下で博士論文を書いた著者が、主要著作の読解を通して師の歩んだ道のりをたどり直し、初めて1冊にまとめたものである。2001年に講談社選書メチエとして出された原著は、20世紀最大の哲学者の全容に触れたい人の「最初の一冊」として広く親しまれてきたが、このたび、大幅な加筆・訂正を経た決定版をお送りする。 ひたすら愚直に、そして誠実に主要著作を読み解いていった約20年前の作業を現在のまなざしで見直した著者は、「いまはドゥルーズについて書くべきことを書き終えなければ、と思う。量ではなく、質の問題、いやまさに強度の問題である」と書いている。こうして生まれ変わった本書は、今後も新たな輝きを放ち続けるだろう。 [本書の内容] この本にいたるまで――学術文庫版に寄せて プロローグ――異人としてのドゥルーズ 第一章 ある哲学の始まり――『差異と反復』以前 第二章 世紀はドゥルーズ的なものへ――『差異と反復』の誕生 第三章 欲望の哲学――『アンチ・オイディプス』の世界 第四章 微粒子の哲学――『千のプラトー』を読み解く 第五章 映画としての世界――イマージュの記号論 第六章 哲学の完成 エピローグ――喜びの哲学 文献一覧 あとがき 学術文庫版あとがき ジル・ドゥルーズの生涯と主要著作 -
イミタチオ・クリスティ キリストにならいて
著者のトマス・ア・ケンピスは14世紀終盤ドイツで生まれ15世紀後半まで生きた修道士。神秘思想家として数々の著作を残している。その著作は文章のわかりやすさ、章節の短さなどから普通の庶民にとって読みやすいこと、また救いに繋がる安らぎと瞑想を誘う深みを与えてくれることから、中世以降現代まで『聖書』に次ぐ多くの読者を獲得したと言われている。 内容構成は全四巻、章としては114章を数えるが、それぞれの章は数ページからなるものが多く、どの章も深い味わいを持っている。「キリストにならい、世の空しいものを軽んずべきこと」「自身について謙遜であるべきこと」「過度の親しみを避けるべきこと」「艱難の効用について」「心配ごとはすべて神にゆだねるべきこと」「自愛が、最高善からとりわけ人を引き離すこと」「誰がいっているのかということよりも、何がいわれているかに心を用いよ」など、生き方の知恵としてキリスト教徒でない日本人の心にもひびき、参照すべき項目が多い。 -
雇用、利子、お金の一般理論
この本が、経済学を変え、世界を変えた。 ――正確で明快な新訳で読む社会科学史上の偉業 物が売れない、職がない――なぜ市場は自由放任では機能しなくなることがあるのか。ケインズは自らも通暁する古典派経済学の誤謬と限界を徹底的に見据え、ついに現代経済学の基礎となる本書に至った。現実世界に直面し理論をラディカルに(皮肉とユーモアも効かせて)更新する、科学という営みの理想形。 本書の核心を定式化したヒックスの重要論文『ケインズ氏と「古典派」たち』も採録。 ポール・クルーグマン「イントロダクション」より 経済停滞は、経済繁栄の過剰に対する必然的な罰なのだという発想は根強い。経済がそもそもどうやって停滞するに至ったかではなく、どうやって停滞にとどまるかを分析することで、ケインズは経済の苦悶に何か懲罰的なものがあるという発想を葬り去った。つまり『一般理論』は、知識の豊かな規律あるラディカリズムの成果なんだ。