まあいいんであるが、時代を経てきていないために処世訓としても生硬の感が否めない。熱っぽく「子が親に、臣が君に仕えないようでは世の中は終わる」というようなことを弁じているが、親、君主が発狂して国家全体を危機に陥れるような場合を想定していない。当時、戦国春秋時代までの中華でそのような事例が観測されていなかったために想定すらしていないといった印象である(そんな奴は放っておいても滅っしたため)。誰が親、誰が君主であるというのは分別妄想為二(Vikalpa)である。彼らがVikalpaに執着したが為に手酷い痛手を経験するには、新の王莽を俟たねばならないのである。
- When it comes tyr...続きを読む anny, the revolt becomes duty.
【引用】
- 腓が股より太ければ(臣が君より強大ならば)、早く走ることはむつかしい。
- 心に姦計を抱く臣は、諸国の弁士を求め、国内の口達者な者を養成し、かれらをして己が利になることを語らしめる。
- 七には威強(威光と強み)である。何を威強というか。人に君たる者は、群臣百姓を以ておのが威強としている。群臣百姓が善しとするものは、君もまた善しとし、かれらが善しとしないものは、君もまた善しとしないのが常である。
- そこで賢者はありもせぬ能力をあるかに見せて君に仕えることはしない。
- その三は、僻事を行ない、気ままで、列国に無礼であれば、身を亡ぼすこと必至である。
- ある。その九、内に自分の力を量らず、外に他国を頼りにすると、国を削られる恐れがある。
- 大臣は、この愚かな、心汚れた人々をかかえて、上に向かっては、この人々とともに主上をあざむき、下に向かってはこの人々とともに私腹を肥やし、民から利を漁る。仲間同士談らい、口裏を合わせて君を惑わし、法を破って士民を乱す。ために国家は削られ危うくなり、主上は苦労し辱しめられることになる。これは大罪である。臣下にこの大罪があるのに、君主が禁絶しないというのは、大過失である。もし、上に立つ君にこの大過失があり、下なる臣に右の大罪があったとすれば、国が亡びないようにと願っても、叶わぬ仕儀である。
- 昔、弥子瑕は衛の君に寵愛された。衛国の法では、勝手に君の車に乗った者は足切りの刑に処せられる。弥子瑕の母がたまたま病気になった。人が夜ひそかに弥子にそのことを知らせに行った。弥子は君命と詐り、君の車を走らせて見舞いに出掛けた。君はそのことを聞いて、偉いやつじゃと思って言った、「何と孝行者ではないか。母のために足切りの罪さえ忘れるとは!」またある日、弥子は君と果樹園に遊んだ。桃を食ったところ甘かった。食い尽くさずに、食いかけの半分を君に食わせた。君が言う、「何とわしを愛してくれることよ。自分の食いたさを忘れて、わしに食わせるとは!」後年、弥子の容色衰え、寵愛が薄れるに及んで、君にお咎めを蒙ることになった。君が言うには、「こやつはもともとわしの命令と詐って、わしの車に乗ったことがある。またわしに食い余しの桃を食わせたことがある。」
- 昔、呉起は楚の悼王に、楚国の風俗について戒めた、「大臣は権力が過ぎまする。領主(春申君など、君の眷族)が多過ぎまする。かようであれば、大臣と領主と、上には君をしのぎ、下には民を虐げましょう。これは国を( 16)貧しくし、兵を弱くする道でござる。領主の子孫は、三代たてば爵禄を没収し、百官の禄高を( 17)減らし、不急の( 18)技官を少なくして、それでもってよりぬきの兵士に手当てしてやったがよろしゅうござろう。」悼王はそのとおりにした。一年にして身まかった。呉起は楚で大臣たちに八つ裂きにされた。
- 宮殿、楼台、池に凝り、乗り物、着物、骨董に贅沢をして、百姓を痩せるまで苦しめ、貨財を湯水のように冗使いする君は、亡ぶであろう。 日の吉凶を気にし、鬼神をやたら大切にし、卜筮を信じ、祭祀を好む君は、亡ぶであろう。
- 妄りに刑することを好んで、法律に当てはめることはせず、弁舌を好んで、物の役に立つことは求めず、華やかな文辞に溺れて、まこと手柄ある者を顧みない君は、亡ぶであろう。
- 根性曲がりでうちとけず、諫言に逆らい、言い負かすことを好み、社稷を顧みずに、軽々しく行動して自信たっぷりな君は、亡ぶであろう。
- 国内の豪傑は役につけずに国外の士を捜し求め、まことの手柄を以て試そうとはせず、好んで名聞によって抜擢する。ために、渡り者が当初から高い位に就き、古い地著きの臣の上に出る。かような国は、亡ぶであろう。
- 天然の要害もなく、城郭も粗末で、蓄積はなく、財物は少なく、敵を防ぐ備えもないのに、軽々しく敵を攻める。かような国は、亡ぶであろう。
- 国家の庫は空で、大臣の庫は満ち、地著きの家は貧しくて、渡り者が富み、耕し且つ戦う士は困窮して、商工業に従事する民が利益を得る。かような国は、亡ぶであろう。
- 君たる道に明らかな人主は、家来の前の言葉と後の言葉が互いに矛盾することを許さない。矛盾すれば、仕事は成功しても、必ず罪に処する。これが下々に事をまかせるしかたである。たとえば国費節約について意見具申する者があるとしよう。少しだけ節約し得ると言いながら、多大の節約ができた場合、前の言上が噓ということになる。噓をついた者は罰せられる。言葉通りに手柄があった者は必ず賞せられる。こうなれば、群臣のだれも言葉を飾って君主をだまそうとする者はない( 17)。
- だからわたしは、「法を明らかにする者は強く、法をゆるがせにする者は弱し」という。強弱の原因はかほどに明瞭である。それに世間の君主は努力しない。その国が亡びるのも無理はない。
- その七、約束どおりで、詐りがない(法令にうそがない)。
- 魏の恵王が卜皮に言う、「その方、わしの評判を何と聞く?」「王様は慈恵のお人と聞いております。」王は欣然として喜んで言う、「然らばわが功はどこまでゆくかな(王者か覇者か)。」卜皮「王様の功は亡びるところまで参りましょう。」王「慈恵は行ないのうちでも善いものじゃぞ。それを行のうて亡ぶとは何事じゃ?」卜皮「そもそも慈とは人に忍びぬ心、恵とは施しを好むことでござる。人に忍びないならば、罪を犯した者も死刑にせず、施しを好めば、手柄のない者にまで褒美をやることになります。罪あって罰せられず、手柄もないに褒美をもらうのでは、国が亡ぶのも尤もではござるまいか。」
- 鄭袖が口の悪臭の話をしたばかりに、新しい妾は鼻切られた。
- 中山に身分の低い公子がいた。馬は痩せこけ、車はぼろぼろ。公子の左右に、心中公子にこころよからぬ者がある。これが公子に代わって中山王に願い出た、「わが公子はひどい貧乏にて、馬が痩せこけております。王様、公子の馬の飼料をふやして頂けませぬか。」王は許さない。左右の者はそこで、人を使って、人知れぬよう、夜中に秣小屋に火をつけさせた。王はあの公子のしわざと思いこみ、これを死刑にした。
- 利のあるところに、民は馳せつける。名の揚がるところに、士は命を捨てる。されば法に外れたところで手柄を立て、しかもそれに賞が加えられれば、お上としては、もはや、民が自分のもとに馳せ参じてくれることを期待できない。法に外れたところで名を揚げ、しかもそれに栄誉が与えられれば、士は自分の名を揚げることに努めて、君のもとには居つかない。
- いわゆる重刑とは、悪事による利益は小さく、上から降りかかる災難が大きいもの。民は小利のために大罪を加えられたいとは思わないから、悪は必ず止む。いわゆる軽刑とは、悪事による利益は大きく、上から降りかかる災難が小さいもの。民はその利を慕い、その罪を見くびるから、悪は止まない。されば昔の聖人の諺に「山に躓かずして垤に躓く」とある。
- 法を犯して罰せぬでは、国全体を見捨てるようなものである。
- 当今、学者の説は、本業(穀物を育てる)を務めずに、些末な事(貸与褒美)を好み、空虚な古聖人の故事を語って、民に取り入ることしか知らない( 33)。これは、何もないのに餓えた人に食事を勧めるに等しい言説である。かような言説は、明君は受け容れない。
- 宋(殷の後裔が封ぜられた国)の人が田を耕していた。田の中に切り株がある。そこへ走って来た兎が、切り株にぶつかり、頸を折って死んだ。その人はそこで鍬を捨てて、じっと切り株の番をして、また兎がぶつかるのを待っていた。しかし兎はもう手に入らず、その人は国じゅうの笑いものになった。今、先王の政を以て、当世の民を治めようとするのは、すべて切り株の番をする類いである。
- 一体、官吏が税を取り立てる相手は農民である。お上が養う相手は学士である。農民は重税を課せられ、学者は多くの賞をもらう。そのようなことをしておいて、民が耕作に精出して、政道をあげつらわないことを要求しても、できない相談である。
- 父でありながら子に譲り、君でありながら臣に譲るというのは、位を安定させ教えを斉一にする道ではない。わたしの聞いたところでは、「臣は君に事え、子は父に事え、妻は夫に事う。三つのこと順ならば、天下は治まる。三つのこと逆ならば、天下は乱る」という。これが天下の常道である。明君・賢臣といえども、これを変えることはできない。こうなれば人君がいかに愚かでも、臣下は敢えて侵すことはできない。