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自分史の書き方
これからの人生(セカンドステージ)をデザインするためになにより必要なのは、これまでの人生(ファーストステージ)を見つめ直すことである。そして、そのための最良の方法は自分史を書くことである。 2008年、シニア向けコースとして開講された「立教大学セカンドステージ大学」。著者が受け持った「現代史の中の自分」には数十人のシニア世代の受講生が集まった。 自分史を書かないと自分という人間がよくわからないはずだという信念に基づく本書は、自分の年表を作ること、なにを書くべきか、長い文章を書き続けるコツなど、自分史にまとめるための実践理論を軸に、それに応えた受講生たちの自分史を引用しながら、世の中の広い読者に向けた1冊。 -
中世ヨーロッパの結婚と家族
学術文庫ですでに、『中世ヨーロッパの城の生活』、『中世ヨーロッパの都市の生活』、『中世ヨーロッパの農村の生活』、『大聖堂・製鉄・水車』、『中世ヨーロッパの家族』、『中世ヨーロッパの騎士』が好評を博している、ギースの「中世ヨーロッパシリーズ」の7冊目。本作では、人間の社会を構成する最も基本的な単位、「家族」と、その核心をなす「結婚」から、中世の社会史を掘り下げる。初訳。古今のあらゆる社会において、「家族」は、人が食べ、学び、経済生活を送る普遍的な場であったが、同時に、常に変化し続けるものでもあった。今日の家族は、ヨーロッパ中世が生み出した歴史の産物なのである。古代には、貴族の一夫多妻は当然であり、ローマ時代の「ファミリア」は、血族だけでなく奴隷や召使いをも含んでいた。中世の1000年間に、「解消不能な一夫一婦制」という原則はどのように定着し、「夫婦と子どもたちが一つの家に住む」という家族観はなぜ生まれたのか。14世紀の大災厄、黒死病以降に、家族のあり方や、子どもへの接し方はどう変わったのか。貴族や中流階級、農民や職人など、様々な人々の「結婚」と「家族」の進化の道筋を丹念に描く。[原著:Frances and Joseph Gies, Marriage and the Family in the Middle Ages,1987 ]目次/第一部 起源 第一章 歴史家、家族を発見 第二章 原点――ローマ人、ゲルマン人、キリスト教/第二部 中世前期 第三章 ヨーロッパの家族――五〇〇―七〇〇年 第四章 カロリング朝時代 第五章 アングロ・サクソン時代のイングランド/第三部 中世盛期 第六章 十一世紀の家族革命 第七章 十二世紀――新しいモデル 第八章 黒死病以前の農民たち――一二〇〇―一三四七年 第九章 貴族の系譜――長子相続がもたらす危機 第一〇章 中世の子どもたち/第四部 中世後期 第一一章 黒死病の影響 第一二章 中世後期の農民の家族――一三五〇―一五〇〇年 第一三章 イングランドの土地持ち紳士階級の家族 第一四章 十五世紀のフィレンツェ――商人の家族/第五部 中世末期 中世の終わり 第一五章 遺産/訳者あとがき -
愛と欲望のナチズム
《すべての性欲を解き放て!》 第三帝国が企てた「快楽」と「生殖」をめぐる大衆動員の実態とは? ナチズム研究をリードする著者による衝撃的論考の増補文庫化! 産めよ殖やせよ。強きゲルマン人の子らを━ナチスは人間の欲望、とりわけ性欲を解放させることで、人々を生殖に駆り立て、社会を支配せんとした。 「厳格で抑圧的なナチズム」という通説のイメージを、膨大な同時代資料を渉猟することによって覆し、性と権力、快楽と大衆操作が絡み合い展開した「欲望の動員」の実態に光を当てる、決定的研究! 【本書「はじめに」より】 本書はこのような観点から、第三帝国下の「性-政治」の実態を描き出そうとするものである。そこでの性と権力の複雑なからみ合いを、体制側の狙いと個々人の実践との齟齬や矛盾にも留意しつつ、性教育、同性愛、裸体文化、婚外交渉などの争点ごとに検証していきたい。その際とくに、従来の一般的な見方とは異なって、ナチズムが市民道徳への反発から性的欲求の充足を奨励し、ある種の「性の解放」を促進したプロセスに注目する。ダグマー・ヘルツォークの研究が明らかにしているように、彼らにとって性は生殖のためだけのものではなく、快楽や喜びをもたらす一種の刺激剤でもあったのであり、それを徹底的に活用した点にこそ、この運動の動員力を説明する手がかりがあると考えられる。その意味で本書は何よりも、生殖と快楽の問題にとりつかれた体制の「欲望の動員」のメカニズムを解明することをめざしている。 【本書の内容】 はじめに 第一章 市民道徳への反発 第二章 健全な性生活 1 性的啓蒙の展開 2 性生活の効用 第三章 男たちの慎み 1 男性国家の悪疫 2 結婚を超えて 第四章 美しく純粋な裸体 1 裸体への意志 2 ヌードの氾濫 3 女性の魅力 第五章 欲望の動員 1 新しい社交 2 悪徳の奨励 3 道徳の解体 おわりに 補章 注 図版出典 あとがき 学術文庫版あとがき 索引 *本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
禅門の異流 盤珪・正三・良寛・一休
◆権威など眼中になし! 激しく、自由に、そしてしなやかに“ほんとうのこと”を求めた禅の巨人たち◆ 血まみれになるまで考え抜いた:“不生禅” 盤珪 徳川家旗本から42歳で出家:”在家禅”正三 厳しい自省を静かに徹底した:”大愚禅”良寛 人間性丸出し「大妖怪」:”風狂禅”一休 強烈な個性をほとばしらせた禅者たちがいた。かれらはいずれも、時の権威に背を向け、反骨をむき出しにして、まことに独創と言うべき道を選んだ。それはなぜか。かれらの言葉をふんだんに引き、かれらの激しく厳しい禅は「本流」にも劣らない「偉流」を成したのであったことを明らかにする。 鈴木大拙の愛弟子である著者が、自身のうちにある「万腔の反骨心」を投影させながら、激しく生き抜いた四者それぞれの禅のかたちを描いた異色作。 著者に師事した竹村牧男氏による解説をあらたに付した文庫化。 【本書より】 ひとたび禅経験(大死一番、絶後蘇息)を、わがものにしてからのちの、禅者の生き方は、まことに自由で、多彩をきわめている。そこにわれわれは、真に“個性的”な人間の生き方を見ることができる。(「まえがき」) 【解説より】 あらためて本書を読んでみると、実に巧みに必要かつ十分な解説を適切に施していることに気づかされた。(中略)それらのすべては、禅を究めた達道の士ならではの指摘である。(中略)各人の独自の本質を十分に描いていて重厚であり、読み応えのある書物となっている。この四人を一堂に並べての説述によって、日本の禅仏教がいかに豊かなものであるかが、ますます明らかとなっていよう。 【本書の内容】 まえがき 不生の仏心の説法・盤珪禅師語録 一 不生の人 二 盤珪禅の特色 三 不生禅の提唱 四 禅師の行履 二王坐禅と在家仏法・正三道人『驢鞍橋』 一 禅門の一匹狼 二 曠劫多生の修行 三 正三の二王禅 四 正三の在家仏法 わが詩は詩にあらず・良寛禅師詩集 一 大愚の生涯 二 詩でない詩(『草庵集』鈔) 風狂の禅と詩と・一休禅師 一 風狂の自由人 二 祖師禅の源流にくんで 三 栄衒の徒を呵して 四 狂雲は大徳下の波旬(悪魔) 五 性の自由境を謳歌して 六 「風狂の禅」私見 参考文献 (付記)序・著作集版に寄せて あとがき 解説 「偉流の人」が描く、禅の圧倒的な個性と多様な魅力[竹村牧男] *本書の原本は、1992年に筑摩叢書より刊行されました(初出は1967年に同社より刊行) -
音楽教程
古典的学識に通じ『哲学の慰め』『算術教程』などを著した「最後のローマ人」ボエティウス。その著作群は大きく4つに分けられる。数学的諸学科に関する教育的作品、アリストテレス、キケロ、ポルフュリオスなどの著作の翻訳と注釈、キリスト教神学の哲学的考察、そして最後に『哲学の慰め』。『音楽教程』は第一期に属するもので、ピュタゴラス以降の音楽理論を総覧し詳述しており、後世とくに中世~18世紀までの西洋音楽理論に絶大な影響力を維持していた。「協和・不協和」「音程と旋律」「オクターヴ」「5度」「4度」「全音」「半音」など、音の性質を体系立てたことの意義は大きい。オクターヴの完璧さは何に由来するのか、5度、4度の協和が「完全」である理由は何なのか、また、半音は本当に全音の「半分」なのか、あるいは、旋法の構造はどのようなものなのか。 聴覚に甘美に響くことが音楽の起源ではあるにせよ、そこに判断のすべてを任せる姿勢を批判し、強調されるのは最終的な完全性と認識は理性に存するという一点である。そのうえで探求されるのは、音程あるいは協和音に関する数学的解明であり、モノコルドの弦長を二分割、三分割、四分割……と計算を尽くす方法で「数比」の重要性を明確にし、音程の根拠を示すこと。1500年ほども前に形作られたこの理論の骨子は、音響科学などの知見をもって近代の音楽理論が挑んだ刷新の試みにも完全に克服されたとは言えず、いまだに西洋音楽の基盤をなすものである。 本書は、19世紀のラテン語版刊行物を底本とし、英・仏・独・露語版を参照して翻訳した初めての日本語版である。 -
バラの世界
冬のバラを好み、わざわざエジプトから取り寄せていたという皇帝ネロ。晩餐会で天井から大量のバラの雨を降らせ、客を窒息させたほどの愛好家だった暴君ヘリオガバルス。古代ローマ人は悪酔い防止にバラの花冠が効くと信じ、中世の詩人や作家、画家はこぞってバラを描いた……。ただの「花」がなぜ憧れの象徴となり、かくも人々を虜にし続けるのか。野生から改良種まで、世界の多様な品種を眺めつつ、はてなき美の世界を旅する! まえがき 第1章 クノッソス宮殿の謎 クノッソス宮殿/青い鳥/それはバラか、バラなら/バラとする根拠/ロナ・ハースト/バラは単なる花 第2章 ギリシアとバラ テオフラストス/バラを詠む/バラ熱の兆し/何が魅力か 第3章 ローマとバラ 高貴な花へ/日常を飾る花に/休日はペストゥムで/ローマのバラとは/バラの花環/生活に欠かせぬ花に/バラの下で 第4章 バラの植物学 レーダーはいった/バラの容姿/バラの葉/托葉/バラの花 第5章 バラの園芸化の歴史を辿る 八つの野生種/一八六七年/グループとは/オールド対モダーン 第6章 オールド・ガーデン・ローズ ローザ・ガリカ/バラ水のバラ/ジョセフィーヌの幸運/2000を超す園芸品種/ダマスクバラ/バラ戦争/マルメゾン庭園のダマスクバラ/秋に返り咲くダマスクバラ/秋に咲くダマスクバラの再来/ローザ・アルバ/ボッティチェルリの『ヴィーナス誕生』のバラ/<ジャンヌ・ダルク>/キャベジ・ローズあるいはセンティフォリア 第7章 モダーン・ガーデン・ローズの黎明期 コウシンバラとは/ハーストの見解/コウシンバラの標本/英国のコウシンバラ/英国外でのコウシンバラ/二つのチャイナ・ローズと二つのティー・ローズ/スレーターズ・クリムソン・チャイナ/パリ自然史博物館の標本/カルカッタ植物園/パーソンズ・ピンク・チャイナ/ヒュームとパークスのティー・ローズ/ノワゼットバラの誕生/ブルボン 第8章 バラの花譜 バラの画家ルドゥーテ/マルメゾンの館/フランスのバラ図譜/英国のバラ花譜/ドイツ・オーストリアのバラ花譜 第9章 世界の野生バラ 〇中国のバラ 〇ヒマラヤのバラ 〇西アジアのバラ 〇ヨーロッパのバラ 〇アルプスのバラ 〇アメリカのバラ 第10章 日本のバラ ノイバラ/テリハノイバラ/ミヤコイバラ/ハマナス/サンショウバラ/カカヤンバラ 第11章 バラの現在・未来 -
独立のすすめ 福沢諭吉演説集
speechを「演説」と訳したのは福沢だった。 そして福沢自身、抜きん出た名演説家だった。 日本の近代化・文明化のためには、独立した個人が自らの思想を大いに論じ合わなければならない。 明治という時代が大きく動き出す中で、日本のよりよき未来を、熱く巧みな弁論で語り尽くした、その記録。 著作で見せるのとはひと味違う、福沢のライブ感溢れる言葉が、時代を超えて日本人の心を撃つ! 今日における福沢の思想史的再検討をリードする編者が、残されている速記録や原稿から「名演説」を厳選し、わかりやすい解説を付して編集した、画期的演説集。 【本書より】 日本世界をもっとわいわいとアジテーションをさせて、そうして進歩するように致したいと思う。それが私の道楽、死ぬまでの道楽。何卒皆さんも御同意下さるように。 【主な内容】 第一章 「演説」と「交際」の創始 演説はなぜ必要か/政府の専制から人民の政府 など 第二章 実業界へ出でよ 智識交換・世務諮詢に不景気なし/道徳は説くのではなく示せ など 第三章 立憲国家の国民へ向けて 経済学芸への注意を怠るな/学問に凝る勿れ など 第四章 個人の独立、国家の独立 銭は「人生独立の母」なり/政論の下戸となるな/学者は飼い殺せ など 第五章 次世代へのメッセージ 老却せる老生からの勧告/排外主義と自尊自大の戒め など 編者解説 -
畠中尚志全文集
「畠中尚志」という名を目にした人は多い。しかし、その名を刻印して書かれた言葉と結びつけて記憶している人は少ない。――本書は、その思いから生まれました。 本書の著者・畠中尚志(1899-1980年)を知る人のほとんどは、『エチカ』をはじめとするスピノザの著作(岩波文庫)の「訳者」として記憶していることでしょう。その訳業はスピノザの全哲学著作に及び、優れた日本語訳をすべて文庫版で読めるようにした功績は、どれだけ称えても足りません。 しかし、その全7作品に収録された訳者解説を通して読んだことのある人はどれだけいるでしょうか。その同じ人が、ボエティウス『哲学の慰め』や『アベラールとエロイーズ』、さらには『フランダースの犬』の訳者でもあることを、雑誌『思想』で論争を繰り広げたことを、そして数々のエッセイを雑誌に寄稿していたことを知っている人がどれだけいるでしょうか。 仙台の旧制二高で学び、東京大学法学部に進んだものの、若い頃から病に苦しめられた著者は、やがてスピノザと出会います。中でも「この書はその後幾度か崩れ落ちようとした私の精神生活をさゝえてくれる支柱の一となった」(「仰臥追想」)と回想される『エチカ』に惹かれた著者は、独学でラテン語を学び、療養生活の中で全訳を完成させるに至りました。淡路島の洲本、東京、軽井沢、富士見、福岡、そして四国への疎開を経て、再び東北へ――各地を転々としつつ悪化する症状と闘いながら翻訳と執筆を続けた著者は、公表された最後の文章で書いています。「全集邦訳と並んで私の若き日の目標の他の一半であったスピノザの伝記とその哲学解説の作成は、邦訳終了後しばしば試みたにもかかわらず病いと種々の故障に妨げられて遅々として進まず、今の視力ではいつ出来上るかも当てがない。それを思うと私はいつも胸の痛むのをおぼえるのである」(「スピノザを訳した日々のこと」)。本書は、ついにかなわなかったその「目標」の完成した姿を想像させてくれます。それは著者が自宅の庭に植えて大切にした馬酔木が花を咲かせたように、読む人の中で別の姿に成長してくれるはずです。著者の長女である畠中美菜子氏によるエッセイ、そして國分功一郎氏による渾身の解説を収録し、ここに「著者」畠中尚志の完全な集成をお届けいたします。 [本書の内容] 第I部 論 考――訳者解説 1 スピノザ 2 ボエティウスからフランダースの犬まで 第II部 論 争 第III部 随 筆 エッセイ(畠中美菜子) 解 説(國分功一郎) -
太平記<よみ>の可能性
太平記よみの語りは、中世・近世を通じて人びとの意識に浸透し、天皇をめぐる2つの物語を形成する。その語りのなかで、楠正成は忠臣と異形の者という異なる相貌を見せ、いつしか既存のモラル、イデオロギーを掘り崩してゆく。物語として共有される歴史が、新たな現実をつむぎだすダイナミズムを究明し、戦記物語研究の画期となった秀作、待望の文庫化。 これほど、読むたびに知的興奮を覚えさせられる本は、めったにない。10年前、兵藤さんからこの本を贈られ、一気に読んでそのスリリングな議論展開のとりこになって以来、『太平記<よみ>の可能性』は、文字通り私の座右の書になった。そのときどきの私の関心に応じて、さまざまな読み方ができ、そのたびに啓発される。この本自体、豊かな<よみ>の可能性にみちているのだ。――<川田順造「解説」より> 〔原本:1995年刊行の講談社選書メチエ〕 第1章 太平記の生成 第2章 もう1つの「太平記」 第3章 天皇をめぐる2つの物語 第4章 楠合戦の論理 第5章 近世の天皇制 第6章 楠正成という隠喩(メタファー) 第7章 『大日本史』の方法 第8章 正統論から国体論へ 第9章 歴史という物語 -
近世日本国民史 遣米使節と露英対決篇 開国初期篇
万延元(1860)年一月、咸臨丸浦賀を出港、我が遣米使節一行も米艦に乗り品川を出帆。ワシントンに着し閏三月二十八日米大統領に謁見、条約書の交換を了す。翌文久元年、東洋における列強勢力角逐のとき、露人対馬の一角を占拠、対馬は露・英の争地となる。秋に英艦隊司令官、対馬に至り露艦隊の不法を詰問、露艦撤去。されど「前門虎を拒み、後門狼を進む」の危惧は拭えず、開国初期の緊泊は続く。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
ドゥルーズの哲学原理
今日に至るまで絶大な影響を及ぼし、議論を引き起こし続けているフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-95年)は、デイヴィッド・ヒュームやアンリ・ベルクソンなどを対象とした哲学史研究から学問的経歴を開始し、主著『差異と反復』(1968年)、そして『意味の論理学』(1969年)を公刊して、その地位を確かなものとした。 飛躍を求めたドゥルーズは、精神科医フェリックス・ガタリ(1930-92年)との「二人で書く」企てに挑戦し、物議を醸した『アンチ・オイディプス』(1972年)、『千のプラトー』(1980年)を送り出す。さらに晩年には映画論や芸術論に取り組み、その全容は公刊が始まった講義録を通して、より明らかになりつつある。 こうした多彩な相貌を見せるドゥルーズの「哲学」全体を貫く「原理」はあるのか? あるとすれば、それはどのようなものだったのか? 「20世紀最後の哲学者」の方法と対象を精緻に分析し、その核心と実践的意義に迫った本書は、広く評価され、多くの読者を得てきた。生誕100年、没後30年を迎える2025年、改訂を施し、新稿を加えた決定版として、講談社学術文庫に登場する。 [本書の内容] 第I章 自由間接話法的ヴィジョン――方 法 1 自由間接話法 2 哲学研究の課題 3 哲学の課題 第II章 超越論的経験論――原 理 1 超越論哲学と経験論哲学 2 無人島 3 出来事 4 超越論的な原理 5 超越論的な原理の発生 第III章 思考と主体性――実 践 1 思考の強制 2 思考の習得と方法 3 物質に付け加わる主体性 第IV章 構造から機械へ――転 回 1 ガタリとの出会い 2 構造と機械 3 構造と構造主義 4 セリー、ファルス、原抑圧 5 『アンチ・オイディプス』と分裂分析 第V章 欲望と権力――政 治 1 ミシェル・フーコーの歴史研究 2 『監獄の誕生』における二つの編成 3 権力と二つの編成 4 一元論と二元論 5 欲望と権力 6 欲望のアレンジメントと権力装置 文献一覧 研究ノート I 自然主義について II 総合的方法 III 法/制度/契約 IV 個の心と衆の心 V 国家と考古学 追加された研究ノート I スピノザにおける個体の概念と微分法 II 類似的他者の概念 III ドゥルーズの政治的発言 IV 絵画とアナロジー V 目と手、ビジュアルとマニュアル、エジプトとギリシア -
中国の歴史
講談社創業100周年企画として2004年~05年に出版された全集「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版が、いよいよ刊行開始。本全集は、2014年には中国で、2016年からは台湾で翻訳出版され、そのレベルの高さと視点の新しさから累計で150万部を超えるベストセラーになっている。 待望の文庫化、第1回配本は、第1巻と第2巻の同時配本。第1巻では、長年、中国での遺跡発掘を手掛けてきた著者が、「三皇五帝」や「盤古伝説」などで知られる中国の神話の表す史実を探り、「夏王朝」「殷王朝」の謎に迫る。 中国の古代文明といえば、かつては「黄河文明」を指したが、現在では、長江流域をはじめ、各地の多様な自然環境から展開した多元的な古代文明と理解されている。現在の中国のさまざまな地域社会や風土を考える際にも、こうした先史時代から続く地域文化の脈絡を無視できないのである。約1万年前の新石器時代、南北の文化地帯の周縁でアワ・キビ農耕や稲作農耕が生まれ、そこから牧畜型農耕社会と遊牧社会が分離し、さらにその周辺には狩猟採集民が存在した。こうした基本的生活様式が誕生した中から、いかにして初期国家が生まれたのか。最古の王朝とされる夏王朝と二里頭文化の関係とは――。 文庫化にあたり、原本刊行後の重要な遺跡と発掘成果を大幅に加筆。〔原本:2005年、講談社刊〕 -
天球回転論 付 レティクス『第一解説』
地球は動いている――。プトレマイオスからおよそ1400年続く天文学を覆したコペルニクス(1473-1543年)。ケプラー、ガリレオ、そしてニュートンへと続く「科学革命」は、この発見に始まる。それは「革命」という言葉の華々しさとは裏腹に静かに、本人さえその帰趨を自覚しないままに始まった。 コペルニクスはいかにして地動説に至ったのか。『天球回転論』全6巻のうち、地球の運動について記された第1巻と、『天球回転論』の公刊に先立ってコペルニクスの地動説を初めて世に知らしめた弟子ゲオルク・ヨアキム・レティクス(1514-74年)の『第一解説』の本邦初訳をあわせて収録。 コペルニクスが生涯をかけた書物『天球回転論』が、ニュルンベルクの出版社から届けられた1543年5月24日、それを待っていたかのように同日コペルニクスは他界する。「プトレマイオスを模倣しようとした」、「天文学の再興者」と言われるほどに、その構成や研究に対する姿勢は、プトレマイオスの『アルマゲスト』に倣ったものだった。ただ一点、「地球が動いている」ということを除いては――。 1400年の長きにわたって支配的であったプトレマイオスの天文学およびアリストテレスの自然学体系に、『天球回転論』がうがった小さな穴は、やがて大きなひび割れとなって従来の伝統的宇宙観を根本から打ち破り、人間の世界に対する認識を大きく変容させることになった。 神学者や世間の反応をおそれて長らく原稿の公開をためらっていたコペルニクスに、出版を強く勧め最終的に承諾させたのが唯一の弟子レティクスである。かたくなに出版を渋るコペルニクスは、レティクスがまず『天球回転論』を簡潔にまとめたものを世に出すことで妥協した。この『第一解説』の好評に力を得て、コペルニクスはついに公開を決意する。『第一解説』は、その後もコペルニクス説の入門的概説として版を重ねることになった。 コペルニクスはいかにして地動説を導き出し、前代未聞の「地球の運動」をどのように語ったのか。文字通り「世界を動かした」書物の最重要部分と本邦初訳となる『第一解説』を収録! (『完訳 天球回転論』みすず書房、2017年より第一巻を収録、レティクス『第一解説』は新訳) 【本書の内容】 『天球回転論』第1巻目次より 宇宙は球形であること/大地もまた球形であること/地球の大きさに対する天の広大性について/地球が、いわば中心として、宇宙の真中に静止しているとなぜ古代の人たちは考えたのか/地球に複数の運動が付与されうるか、および宇宙の中心について/地球の三重運動についての論証……など。 レティクス『第一解説』目次より 恒星の運動について/古代の天文学者たちの仮説が廃棄されねばならない主な理由/天文学全体の新仮説……など。 -
港の世界史
港とは、いつの時代でもその時代の生産力と流通システムの決定的な影響を受ける、いわば「歴史の鏡」である。本書は、横浜で港湾経済史を研究してきた著者が、古代から現代までの世界の港の発達と、それをうながす生産・流通関係などの歴史を、ひとつの「物語」として描いた「港から見た世界史」である。 人類史上、漁労から発生した港は、古代オリエントや地中海、また中国においても、権力者が所有する軍事的・政治的な場であったが、やがて商取引を行う「交易の場」として発展を始める。ビザンチウムからベネチアへ引き継がれた中世の経済的伝統、大航海時代のセビリアやリスボン、オランダ全盛時代のアムステルダムを経て、産業革命期のロンドンに全く新しい時代の港が現れる。内陸の工業都市の発達により、それまでの商人船主は貿易商人と船主に分化し、港は単なる船着き場としての「ドック」から、巨大資本と行政によって多くのドックが統一された「ポート」へと変貌するのである。さらに20世紀後半には、ニューヨークに代表される大港湾で、コンテナ輸送とコンピュータ・システムによる「海運の大革命」が起こっている。 巻末解説を、イタリアの港町や東京など水辺の都市史の研究を深めてきた陣内秀信氏(法政大学特任教授)が執筆。〔原本:朝日新聞社、1989年刊〕 -
古代エジプト動物誌
「あの世の闇」すら光り照らす猫の目を敬い、蛇の脱皮する姿に「復活」を想起し、糞玉を押す黄金虫に太陽を運ぶ神を想う……。ナイルの恵みで農業国として繁栄したエジプト中王国ー新王国時代。時に神と崇め、時に恐れ敵対した動物たちとエジプト人との関係や、動物ミイラの作り方、当時の社会や宗教観まで活写した、異色歴史書! 内容一部紹介 ◎古代エジプト人と猫の暮らし◎ *夢に大きな猫が出たら吉兆。大豊作になる。 *猫女神バステトは出産の神。新婚夫婦は欲しい子供の数だけ、護符に猫の絵を描く。 *火事になったら火を消すよりも猫を助けよ。 *飼い猫が死んだら家族全員、眉を剃って喪に服す…等 序 文 第一章 猫 世界最古の家猫図/オシリス神話/女神バステト/猫の聖地ベニ・ハッサン/パケト信仰/猫のミイラと棺/闇を退治する目/ネフルよ、ネフルよ/ブバスチスの「猫王」/バステトの祭り/猫の墓/エジプト人の愛猫心 第二章 犬 アヌビス信仰/西方の者/絵画と彫像/『二人の兄弟の物語』/エジプト犬のミイラ 第三章 蛇 二つのエジプト/『難破船水夫の物語』/悪蛇アポピス/翼ある蛇 第四章 ライオン 大スフィンクス/王たちとライオン/ライオン狩り 第五章 黄金虫 スカラベと太陽神/『死者の書』の図像/記念スカラベと印章スカラベ/護符スカラベ 第六章 鰐 ナイルの暴れん坊/ソベク神殿/オシリスを救う神 第七章 ハゲワシ 白い女神ネクベト/王冠飾りと棺の飾り/ハヤブサとトキ 第八章 牛 雄牛の神/雌牛の神 第九章 驢馬、馬、駱駝 砂漠と不毛の神/夷狄のもたらしたもの/洗浄の主役/奉仕のみの動物 学術文庫版解説・・・・・・・ 河合 望(金沢大学古代文明・文化資源学研究所所長 金沢大学新学術創成研究機構教) 古代エジプト略年表 本書は『古代エジプト動物記』(文藝春 1984年刊)を改題したものです。 現在では差別的とされる表現が含まれていますが、本書が執筆された時代環境を考え、また著者が故人であることから、そのままにしてあります。差別の助長を意図するものではありません。 -
古代文字の解読
発音も不明な謎に満ちた文様――エジプト聖刻文字、楔形文字、ヒッタイト文書、ウガリット文書、ミュケーナイ文書。主要古代文字が解読されるまで推理、仮説、検証を重ねた、気の遠くなるような忍耐と興奮の軌跡を、言語学と旧約聖書研究の泰斗が、平易かつ正確に描写。数千年を超えた過去との交流を先人とともに体感できる、心躍る書!(解説・永井正勝) まえがき 第一章 言語と文字 高津春繁 第二章 エジプト聖刻文字の解読 関根正雄 第三章 楔形文字の解読 関根正雄 第四章 ヒッタイト文書の解読 高津春繁 第五章 ウガリット文書の解読 関根正雄 第六章 ミュケーナイ文書の解読 高津春繁 学術文庫版解説 永井正勝(人間文化研究機構人間文化研究創発センター特任教授) 索引 地図 内容紹介 両者の解く古代文字解読の世界は、解読当時の学者達や社会の常識を踏まえつつ、解読者の心境を代弁するかのような語り口でなされている。そこに時折加えられる古代社会の記述も相まって、読者は解読当時の様子をこの目で見ているかの如く本書を読み進めていくことができる。(略)本書の魅力は、文化に対する深い理解と愛を持った卓越した研究者の手になる部分が大きい。 ――――――「解説」より *本書の底本は『古代文字の解読』(岩波書店 1964年10月刊)です。文庫化にあたり読みやすさに配慮して、旧字を随時、常用漢字に置き換え、送り仮名も新字対応とし、ルビの追加を行い、明らかな誤植は訂しています。 経年などにより説明が必要と思われた箇所は、編集部註として[ ]で補足いたしました。「最近」「現在」などの表記につきましては、原本が出版された一九六四年時点の時制といたします。 本書には現在では差別的とされる表現も含まれていますが、著者が故人であることと差別を助長する意図はないことを考慮し、原本刊行字の文章のままとしております。 -
ドラキュラ・シンドローム 外国を恐怖する英国ヴィクトリア朝
急成長を遂げた周辺国からの侵略恐怖、増加する貧窮移民の不安、友好国へのぬぐいがたい不信、新たな感染症の脅威……「ドラキュラ」の恐怖と魅力の源泉には、黄昏を迎えた大英帝国の外国恐怖症があった。ゴシック・ホラーの金字塔に織り込まれた、ヴィクトリア朝イギリス社会の闇を描き出す! 世界でもっとも有名な吸血鬼「ドラキュラ」。 数ある吸血鬼作品のなかでも特権的な地位を得て、現代に至るまで映像化が繰り返され、日本では吸血鬼の代名詞にもなっています。 そのドラキュラの恐怖と魅力の源泉には、19世紀末イギリス社会に蔓延する深刻な外国恐怖症がありました。 「太陽の沈まぬ帝国」、「世界の工場」と謳われた栄光は過ぎ去り、軍事・経済ともに急成長を遂げつつある周辺国からの侵略恐怖、増え続けるユダヤ人など貧窮移民への不安、搾取してきたアジアの植民地から入ってくる新たな感染症の脅威……。 落日の大英帝国に生きる人々は心の奥底で何を恐れ、そしてドラキュラは生みだされたのか。 『パンチ』などに掲載された風刺画をふんだんに使いながら、ゴシック・ホラーの金字塔から読み解く世紀末ヴィクトリア朝の社会! イントロダクション 第1章 ドラキュラの謎 第2章 ドラキュラの年は西暦何年か 帝国主義の世紀末 第3章 侵略恐怖と海峡トンネル計画の挫折 第4章 アメリカ恐怖と「栄光ある孤立」の終焉 反ユダヤ主義の世紀末 第5章 ユダヤ人恐怖と外国人法の成立 第6章 混血恐怖とホロコースト パストゥール革命の世紀末 第7章 コレラ恐怖と衛生改革 第8章 瘴気恐怖と細菌恐怖 おわりに――ヴィクトリア朝外国恐怖症の文化研究 増補 もうひとつの外国恐怖症――エミール・ゾラの〈猥褻〉小説と検閲 学術文庫版あとがき 引用史料一覧 コラム 吸血鬼の系譜/シャルコーの催眠術/一八九三年一〇月二日のピカディリ・サーカス/ダイヤモンド・ジュビリー/火星人/海峡トンネル・パニック/ベアリング銀行の投機失敗/ロスチャイルド一族の結婚/ロンドンとテムズ川の汚染……ほか -
新視覚新論
「外なる世界と内なる心、という分別は誤りだと思う」 見たり聞いたりする知覚の風景が自分の「心の中」にある心象風景だと感じる人はまずいないだろう。しかし、痛みや気分、悲喜の感情、思い出や希望、空想や妄想、そして意志といわれるもの、これらはまぎれもなく自分の「心の中」のものだ、と人は感じている。 しかしそれは、人が抱く根本的な事実誤認ではないか? 世界そのものが悲しく喜ばしく恐ろしく、回想や希望も現在も、常にひとしく四次元の全宇宙世界の立ち現われなのである。 このことを、光学虚像や幻覚・幻像、時間と空間、幾何学、芸術、自由と意志などさまざまな角度からていねいに論じる。陥りがちな誤解をほぐしながら、日常と科学を重ねながら、「世界の一項目としての私」を「世界のあり方としての私」に組み変える。 世界そのものが、悲しく喜ばしく恐ろしい。 こうして「私」は抹殺され、私が復元されたのである。 解説: 野家啓一 本書の原本は『新視覚新論』(東京大学出版会、1982年)です。 【目次】 1 見ることと触れること 2 見えている 3 何が見えるのか 4 「表象」の空転 5 鏡像論 6 過去透視と脳透視 7 空間の時間性 8 自由と「重ね描き」 9 言い現わし、立ち現われ 10 心 -
日本冷戦史 1945-1956
〈日本にとって冷戦とは何だったか。冷戦にとって日本とはいかなる存在だったか?〉 1945年8月に崩壊した旧日本帝国の空間をいかに管理するかをめぐる同盟国間の対立が激化、ここにこそ冷戦、とりわけアジア冷戦の起源があるという認識から、本書は出発する。 連合国という同盟関係は、枢軸国という敵の消失とともに内部での齟齬が拡大し、12月のモスクワ外相会議において形式的にも終焉を迎えた。そして同時に、のちのサンフランシスコ条約の規定にいう、旧大日本帝国が「放棄」した台湾、朝鮮半島、千島、満洲といった地域の主導権をめぐって、英米ソ中の各国による主導権争いが始まる。モスクワのケナン臨時大使が、冷戦の開始を告げる著名な電文を送るのに先立つこと2ヵ月前のことである。帝国崩壊後の日本列島やポスト帝国空間の管理をめぐる対立こそ、広島への核兵器投下が核時代への移行を告げたことと並んで、冷戦の文字どおりの第一頁となったのである。 冷戦の起源は、ヨーロッパをめぐる米ソ対立にあるというのが、欧米と日本いずれの歴史学でも自明とされてきた。この場合の冷戦とは、戦後国際政治の中で米ソが覇を争った状況を指している。しかしながら、米ソだけがその過程に関わったわけではない。グローバルな冷戦の起源において日本こそは枢要な現場であり、そしてアジア冷戦においては終始重要な舞台であり主題であり続けた。そうした視角から、本書の論考は展開される。 旧大日本帝国、東欧、そして核。この三要素による多元的利害関係のもとに米ソ中英仏が駆け引きを繰り広げる中、日本政治、とりわけ日本共産党の動向と響き合い、歴史が展開してゆく様を、ロシアはじめ各国の史料から丹念に描き出す話題作、全面増補改訂! 【本書の内容】 序章 第一章 日本占領と冷戦の起源 第二章 日本管理、東欧管理、核管理 第三章 冷戦のなかの日本(一九四六―一九五〇) 第四章 同盟・戦争と講和 第五章 危機の中の日本共産党 第六章 五五年体制―冷戦の再編成 終章 -
〈イスラーム世界〉とは何か 「新しい世界史」を描く
ジャーナリズムで、また学問の世界でも普通に使われる用語、「イスラーム世界」とは何のことで、一体どこのことを指しているのだろうか? ムスリムが多い地域のことだろうか、それとも、支配者がムスリムである国々、あるいはイスラーム法が社会を律している地域のことだろうか。ただ単に、アラビア半島やシリア、パレスチナなどの「中東地域」のことを指しているのだろうか? 本書は、高校世界史にも出てくるこの「イスラーム世界」という単語の歴史的背景を検証し、この用語を無批判に用いて世界史を描くことの問題性を明らかにしていく。 前近代のムスリムによる「イスラーム世界」の認識、19世紀のヨーロッパで「イスラーム世界」という概念が生み出されてきた過程、さらに日本における「イスラーム世界」という捉え方の誕生と、それが現代日本人の世界観に及ぼした影響などを明らかにする中で、著者は、「イスラーム世界」という概念は一種のイデオロギーであって地理的空間としては存在せず、この語は歴史学の用語として「使用すべきではない」という。そして、地球環境と人類史的視点から「新しい世界史」を構想し叙述する方法の模索が始まる。 本書は刊行当時、歴史学者・イスラーム学者の間に議論を引き起こし、アジア・太平洋賞特別賞を受賞した。文庫化にあたり、原本刊行後の議論を踏まえて「補章」を加筆。〔原本:『イスラーム世界の創造』東京大学出版会、2005年〕 -
説苑
「説苑(ぜいえん)」は、中国上代~前漢中期までの故事説話集。前漢の大儒・劉向(りゅうきょう)の編纂になり、皇帝の教育用の書として作られた。先行する書物をもとにして大幅に増補、内容別に整理して各編に序文が付けられている。編者は説話を通して自己の政治的主張を述べようとしたと考えられる。「君道」「臣術」「建本」「立節」「貴徳」「復恩」「善説」「権謀」「至公」「弁物」「修文」など全部で二〇篇からなり、一つ一つの説話は他書と一致するものが多く、諸子百家すべての系統の話が含まれている。そこで説かれている思想内容の基調をなすのは「尊賢論」と「節倹論」であるが、その根底には儒家思想が流れている。収録されている具体的な説話は「君子は争わず」「民に利あり」「陰徳あるものは陽報あり」「虻蜂とらず」「存亡禍福はみな身から出づ」「人の心は金次第」など、人口に膾炙したものも多く、普遍的な知としての有用性は現代人にも大いに役に立つものとなっている。 -
音楽の理論
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 なぜベートヴェン「田園」は穏やかな感興をもたらすのか。バッハの紡いだ旋律の根幹とはいかなるものか。日本のクラシック音楽評論の泰斗が、楽曲をより深く愉しむための「楽理」を詳らかにし、バロック以前から無調・多調音楽まで三七五もの名曲の譜例を採り、和声・リズム・旋律・対位法・形式・転調の真髄を説く。空前絶後の音楽理論書!-----------------------------------------本書は和声とか対位法とか音楽形式とかの寄せ集めではなく、一つの体系的な音楽理論であって、その中に和声や対位法や音楽形式、そしてさらに旋律とリズム編までも含んでいるのである。は、私が音楽史と音楽美学の研究から得た私自身のものである。──本書より-----------------------------------------【本書の内容】第1部 基礎の理論 第2部 和声の理論第3部 転調の理論第4部 リズムと旋律の理論第5部 対位法の理論第6部 形式の理論 -
風と雲のことば辞典
日本の空には、こんなにも多彩な表情がある――。気象現象のみならず、比喩表現、ことわざから、季語、漢詩、詩歌、さらに方言や歌謡曲に至るまで、尽きるところのない「風」と「雲」にまつわる語彙を、豊富な引用でお届けする。最先端の気象用語解説、災害への備えにも言及した、充実の「読んで面白い辞書」。ロングセラー『雨のことば辞典』の姉妹編。文庫書き下ろし。※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
〈身〉の構造 身体論を超えて
前著『精神としての身体』で、心身二元論では我々が具体的に生きている身体のダイナミックスは捉えられないとした著者は、本書では、皮膚の内にとざされた身体という固定観念を取り払い、身体を超えた錯綜体としての〈身〉を追究。さらに、空間が均質化して「身体は宇宙を内蔵する」という身体と宇宙との幸福な入れ子構造が解体している今日、我々にとってどのようなコスモロジーが可能かを問う。 -
博徒と自由民権 名古屋事件始末記
〔変革が振り落とす人々の怒りと願いを甦らせる、鬼気迫る歴史研究〕 明治維新による社会変革の反作用として巻き起こった自由民権運動が政府の弾圧をうけ行き詰まると、各地で「激化事件」と呼ばれる過激活動が勃発した。 激化事件の代表的事例とされる「名古屋事件」では、実力による政府転覆を果たさんとして、その軍資金調達のために富豪からの強盗・紙幣偽造が企てられ、実際に実行犯20人による強盗事件が50数回ほど実行に移された。 そして、このような過激な活動の中枢は、「ばくち打ち」「博徒」と呼ばれる者たちによって担われていた。 渡世無頼の徒として、江戸後期より徒党を組んで東海道を闊歩した「アウト・ロー」たちは、なぜ、いかにして明治の世に「自由」を掲げ、暴力的な挙に及んだか。 自由民権運動の実態にまったく新しい角度から切り込んだ記念碑的研究の成果。 明治社会の光と影を、現代的問題関心から問い続ける松沢裕作氏による懇切な解説付き。 1979年『思想』「社会史」特集号に著者が発表した論文「変革期における庶民エネルギーの源泉」を併載。 [本書より] 自由党=国会開設運動と、博徒=無法者(アウト・ロー)とはいったいどこで、どう結びつくものなのであろうか。私はこの疑問を、名古屋事件に参加した博徒たちの足跡を幕末期までさかのぼって克明に調べることによって、解いてみようと思いたった [解説より] 研究史上の画期性とか、歴史像の刷新とかいった問題は、些末なことのように思えるほどの迫力が本書にはある。 [本書の内容] I 博徒の群れ II 尾張藩草莽隊 III 明治初年の博徒 IV 自由民権運動 V 名古屋事件 むすび その後の博徒 あとがき 付録・変革期における庶民エネルギーの源泉 博徒─草莽隊─「愛国交親社」の系譜に探る 解説 「乱世」との向き合い方(松沢裕作) *本書の原本は、1977年11月に中公新書より刊行され、1995年4月に平凡社ライブラリーに収められたものです。 -
仏教の歴史
およそ2500年前にインドで生まれ、アジア各地に伝播してさまざまな発展を遂げた世界宗教、仏教。インドで誕生した仏教が、中国を経て日本に伝わり近代に至るその軌跡を、仏教学の泰斗がコンパクトに通観する。 原始仏教の誕生から、仏滅後に部派仏教に分かれ、そこから大乗仏教、さらに密教が出現するインド仏教史。 ときに大規模な迫害にあいつつも、鳩摩羅什、さらには玄奘らの尽力による経典の翻訳を重ねながら、浄土教や禅宗など独自の哲学的な思想が花開いた中国の仏教史。 そして、朝鮮半島を経て欽明天皇の時代に列島に伝わり、奈良時代の皇室の仏教から平安時代の貴族仏教、そして広く民衆の仏教である鎌倉新仏教へと展開し、明治の廃仏毀釈を経て清沢満之らの新仏教運動に至るまでを描く日本の仏教史。 「唯識」や「中論」など難解に思われがちな仏教用語も、歴史的文脈のなかで平易に解説。世界中で多彩な展開を見せた宗教の全体像をつかむ、最良の入門書!(原本:仏乃世界社、1972年) 【本書の内容】 はじめに インド仏教史 仏教の成立/原始仏教の教理/仏陀滅後の教団/部派仏教の教理/大乗仏教の出現/新しい仏陀の出現/法華経と龍樹/唯識と如来蔵/密教の出現とチベット仏教 中国仏教史 中国仏教のはじめ/羅什以後の仏教/禅と念仏の興起/隋唐時代の仏教/唐より宋へ/宋代以後の仏教/中国の寺院 日本仏教 仏教の伝来/聖徳太子の仏教/奈良仏教/平安仏教/鎌倉の新仏教/宗派仏教の発展/明治の仏教 解 説(佐々木閑) -
ホメロスの世界
古代ギリシアの詩聖ホメロスと、その2篇の叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』。文学だけでなく、芸術と思想、道徳や人間観、社会規範など、西洋文明のあらゆる分野に影響を及ぼした「古典の中の古典」である。しかし、日本人にとっては読みにくく難解であり、挫折した読者は多いだろう。そんな「読まれざる古典」の世界を、古代ギリシア史の泰斗がやさしく案内する。 古代ギリシア人の著作の多くは、現在では世界的な古典になっているが、その古代ギリシア人自身の間で「古典」といえばただ1種類、ホメロスの叙事詩だった。ミュケナイ文明が崩壊し、文字の使用も途絶えた「暗黒時代」に、なぜこの傑作が朗誦によって残されたのか。著者は、ホメロスの奇跡的な天才だけでなく、それを支えた社会の構造も奇跡的だった、という。貴族と一般民衆の全体を聴衆とし、担い手としたからこその生命力を備えているのだ。 トロイア戦争における総大将アガメムノンと戦士アキレウスの「喧嘩」を発端とする50日間のドラマ『イリアス』。トロイア戦争に勝利し、故郷に凱旋するオデュッセウスの漂泊と冒険を描く『オデュッセイア』。神々と人間が入り乱れる物語の読みどころと、反映された史実、古代人の人間観が、この1冊で初めてわかる。1966年の初刊以来、半世紀にわたって読み継がれる定番解説書。〔原本:1996年、新潮社刊〕 目次 はじめに 第一章 ホメロスの背景 1 歴史的背景 2 吟遊詩人としてのホメロス 3 口承詩の筆記と原典の成立 第二章 『イリアス』について 1 アキレウスの怒り 2 アガメムノンの権力 3 アキレウスの友情 4 戦闘の栄光と悲惨 5 ヘレネの苦悶 6 ヘクトルの責任感 7 プリアモスによる閉幕 8 英雄の条件 9 死者の魂の行方 10 オリュムポスの神々 11 詩的な宗教 12 比喩の世界 第三章 『オデュッセイア』について 1 戦後十年目の世界 2 英雄叙事詩と民話 3 オデュッセウスの冒険談 4 桃源境での三日間 5 漂泊の精神的意味 6 漂流地はどこか 7 テレマコスの活躍 8 王妃と求婚者たち 9 オデュッセウスの帰国 10 夫妻の再会 11 詩篇の背後にある現実の社会 第四章 古典としての価値 -
ジャイナ教
ヒンドゥー教や仏教と並ぶインドの伝統宗教、ジャイナ教。 古代インドで仏教とほぼ同じ時代・地域に誕生したこの宗教は、やがて世界宗教としてインドから世界に広がっていった仏教とは異なり、いまもインドの地に深く根を下ろし、約2500年にわたりインドの文化や経済に大きな影響を与え続けている。 「ジナ(輪廻から“勝利した者”)の教え」を意味するジャイナ教は、紀元前6ー5世紀ごろ、24人目のジナとされるマハーヴィーラという祖のもとで、反バラモン主義運動として興った。輪廻と業(カルマン)を前提とし、厳しい苦行によってそこからの解放を目指す宗教である。 ジャイナ教の世界観では、宇宙は永遠に興亡を繰り返し、衰退の時代には救済者が現れて教えを説くとされる。人間はその世界での行為によって業が霊魂に付着し、果報を生むため、輪廻から逃れることができない。輪廻を断つためには、行為そのものをできる限り停止し、すでに付着した業を苦行によって落とさなければならないと考える。 本書では、不殺生・非暴力の徹底と無所有を中心的な教義とし、あらゆる存在に生命を認め、その生命を何より尊重するという希有な宗教、ジャイナ教について、その知られざる歴史、教義、戒律、白衣派と空衣派という二大分派の違い、そして出家者と在家信者の実践をわかりやすくまとめた。 [本書の内容] 第1章 序言 第2章 ジャイナ教の興起した背景 第3章 六人の自由思想家の教説 第4章 マッカリ・ゴーサーラ 第5章 祖師マハーヴィーラの生涯 第6章 白衣派の聖典 愛7章 空衣派の聖典 第8章 ジャイナ教の教義 第9章 ジャイナ教の生活 第10章 ジャイナ教の戒律 第11章 ジャイナ教の在家信者 第12章 不殺生の教えと霊魂の種類 第13章 現在のジャイナ教教団 第14章 ジャイナ教と仏教の比較 ジャイナ教を知るための文献案内 あとがき 解説 河﨑豊 *本書の原本は、2006年に現代図書から刊行されました。 -
鈴木大拙 その生涯と思想
海外でもっともよく知られる日本の思想家は、いかに生き、何をどのように考えたか。 対立と混迷が深まる時代だから、 いまこそ世界には「大拙」が必要だ! 世界にもっとも知られた日本人思想家は、いかに生き何をどのように考えたか。 青年期からの西田幾多郎との濃密な交流をひとつの軸として、その霊性に満ちた生涯をたどりながら、東西を統合する新たな文明創造を期した思想の核心を読み解く。 大拙の孫弟子でもある著者が、もっとも重要なポイントにしぼって平易に語る、現代人のための決定的解説書。 [本書より] 禅体験に基づく「超個の個」の宗教哲学は、キリスト教の伝統的な神を失った欧米の思想界に、今後ますます大きな影響を与えていくであろうと思っております。 実際、大拙は、禅ないし仏教等に現われた「東洋的な見方」を、主客二元分裂以後しか見ていない西洋の人々に、何とかして伝えようとしたのでした。その伝道活動が欧米の世界に大きな影響を与えたことは、まぎれもない事実です。その意義は、人類の地球規模の思想史の中の画期的な出来事として、正当に評価されるべきでしょう。 [本書の内容] 第1章 大拙の生涯と西田幾多郎との出会い 第2章 自由への気概──禅に基づく自由論 第3章 釈宗演老師への参禅──アメリカ渡航まで 第4章 衆生無辺誓願度の覚り──大拙と西田 日米間の交流 第5章 浄土教への接近──学習院から大谷大学へ 第6章 戦争への悲嘆──大拙と西田の憂国の思い 第7章 日本的霊性について──絶対無条件の大悲に包まれて 第8章 日本禅宗史への視点──盤珪禅への敬慕 第9章 大拙の禅思想 I ──「即非の論理」と「超個の個」 第10章 大拙の禅思想 II ─ただはたらいてやまない境涯 第11章 東洋と西洋──二元分裂以後と以前 第12章 日本の復興を願って──華厳思想に基づく民主的社会の提言 *本書は、2023年にNHK出版より刊行された、NHKラジオ「宗教の時間」通年講座ガイドブック『鈴木大拙 願行に生きる その生涯と西田幾多郎との交遊(上・下)』を合本し、増補改訂したものです。 -
哲学の慰め
本書は、「最後のローマ人」と評されるアニキウス・マンリウス・セウェリヌス・ボエティウス(475/77頃-526年頃)が生涯の最期に残した著作である。 ローマ貴族の家に生まれ、アテナイに留学したあと故郷で研究・執筆を行ったボエティウスは、プラトンやアリストテレスの著作をラテン語訳したほか、神学者としては三位一体論を扱う著作を書き、音楽の理論書である『音楽教程』(講談社学術文庫)を、数学の理論書である『算術教程』をものして、四学科(幾何学、算術、天文学、音楽)の基本的な体系を中世に伝えた。 プラトンの『国家』で語られる「哲人政治」を理想としたボエティウスは、政治家としても東ゴート王国のテオドリック王のもとで宰相の地位にまで昇り、510年には西ローマ帝国の執政官となる。しかし、コンスタンティノープルとローマ教会の首位権をめぐる抗争、東ローマ帝国と東ゴート王国の対立に巻き込まれ、叛逆罪の嫌疑をかけられてパヴィアに投獄、処刑された。本書は、獄中で処刑直前に書かれたものにほかならない。 散文と韻文が交互に配され、人格化された「哲学」との対話形式を採った本書は、中世には聖書に次いで読まれた著作として知られる。研鑽を積んできたギリシア哲学を土台としつつ、自身の悲痛な体験を背景に抱えながら、理性によって俗情を克服し、徳と善の中で生きる境地を示した本書は、古代哲学の倫理学的な美しさを今に伝える古典である。 本書の日本語訳は、これまで4種類を数える。その中で最も古いものが、スピノザの翻訳で知られる畠中尚志(1899-1980年)による1938年のものである。「旧字体・旧かな遣い」のままになっていたこの名訳を、「新字体・新かな遣い」にして、お届けしたい。今日の読者にとって読みやすくなる工夫を施すとともに、『畠中尚志全文集』(講談社学術文庫)で熱意あふれる解説を執筆した國分功一郎氏が再び解説を担当した本書は、最新の校訂・研究に基づく他の訳書が存在する中でも、唯一無二の価値を持ち続けるだろう。 [本書の内容] 第一部 第二部 第三部 第四部 第五部 ボエティウス――生涯・業蹟・文献 解 説(國分功一郎) -
交流する身体 〈病い〉と〈ケア〉の現象学
病いに苦しむことと手を差しのべることは、同じ出来事の二つの現れである――。 パーキンソン病・統合失調症・小児・末期ガン・緩和ケア……〈ケア〉という営みは、病む人の苦しみに引き寄せられ、ときに痛みや辛さの表情に押し戻され、それでもその傍らにとどまり続ける態度のなかにすでに現れはじめている。看護学生と新人看護師の経験と語りを「鏡」として探る、来たるべき「ケア共同社会」への道しるべ。 [目次] 序 〈病い〉は患者のなかに閉じられているのか ■一 身体に耳をすます――看護学生の経験から 第1章 動かぬ身体との対話 第2章 押し戻す〈病い〉/引き寄せる〈病い〉 第3章 「患者の立場に立つ」ということ 第4章 〈病い〉の経験が更新されるとき ■二 二人でひとつの〈病い〉をつくる――新人看護師の経験から 第5章 看護がよくわからない 第6章 協働する身体 第7章 「気がかり」が促す実践 第8章 他者の痛みを感じとる――病名告知と〈病い〉経験 終章 〈ケア〉を捉えなおす 注および引用文献 あとがき 学術文庫版へのあとがき ケア共同社会への里程標 (*原本:『交流する身体――〈ケア〉を捉えなおす』NHKブックス、2007年) -
比叡山
その山のふもとに生まれ育ち、少年のころから、あらゆる小路を幾度となく歩いては、様々な風景を目にしてきた、著者にとっての母なる山・比叡山。 歴史を学んだのち、再び同じ路をたずね、峠を越え、川を渡りながら、仏教美術学者はあることに気づく。自然の山、川、その位置を度外視して、決して歴史は考えることができないのだとーー。 天台法華宗の根本道場にして、学山として数多くの高僧を輩出した比叡山。 その3塔16谷の霊谷を案内しつつ、歴史地理というユニークな観点から、1200余年にわたる叡山の宗教と歴史をひもとく! 本書は『比叡山 日本仏教の原型とその展開』 (角川選書 1975年9月刊)を底本とし、文庫化にあたり、ベストセラー『京都ぎらい』の著者であり、国際日本文化研究センター所長・教授の井上章一による解説を加えました。 目次 1 地文と人文のあやなす位置 2 霊峰比叡へはいる路 3 山上の霊所をめぐる路 4 最澄と比叡山 5 入唐求法の旅 6 天台法華宗の開立 7 比叡山寺の規模と構成・ 8 教学と法儀 9 回峰修験 10 一山大衆 11 僧兵強訴の歴史 12 山門派と寺門派のあらそい 13 巨大な経済をささえた山門領 14 東塔 15 西塔 16 横川 17 門跡寺院の出現 18 日吉山王社 19 門前町坂本 20 近江路の主要な末山 21 信長の焼き打ちとその再興 比叡山歴史年表 比叡山の道しるべ あとがき 解説 井上章一(国際日本文化研究センター所長) -
第二次世界大戦 忘れえぬ戦争
1939年9月1日早朝、ドイツ軍が宣戦布告なくポーランドへ侵攻。ここに第二次世界大戦の幕が上がった。 第一次世界大戦の惨禍を経て、パリ不戦条約や国際連盟の設立により平和を誓ったはずだった世界が、未 曾有の大戦へと突き進んでしまったのはなぜか。ファシズムの台頭、植民地主義帝国の衰退、アメリカ自 由主義の伸長、資本主義と共産主義の対立……列強各国の緊迫した外交とイデオロギーの衝突が、世界を ふたたび戦火に巻き込んでいく。その果てに待っていたのは、ホロコーストや原爆投下といった人類史上 最悪の惨劇であった。 ローズヴェルト、チャーチル、スターリン、ヒトラー、ムッソリーニ、ド・ゴール、ティトー――歴史を動 かした指導者たちは、あの時代に何を思い、いかなる決断を下したのか。日中戦争を起点とし、太平洋戦 争へと突き進んだ日本は、どのような運命を辿ることになったのか。名著『第一次世界大戦』(講談社学 術文庫)の著者が鮮やかに描く、「戦後秩序の原点」となった大戦争の全貌。 [本書の内容] 序 章 悲劇の発端 大戦の様相 I 「彼らの最も輝かしいとき」 ついにダウニング街一〇番地 フランス休戦の賦 野望、海峡に散る 静かな幕間 II 大戦における一九四一年 迫りくる独ソ戦 スターリン、沈黙を破る 宣戦の詔書 III 雪原のかなた、砂漠の果て 第二戦線を、いま 偶然とみえるダルランの存在 カサブランカの集いを経て IV 去りゆく者と、よみがえる者と 最初の三首脳会談まで みずからを解放したパリ クリミアの短い蜜月 V すべてが語り尽くされる頃 死のさまざまな影 米英ソ大同盟の最後の歩み あとがき 参考文献 解説 戦後を戦前、戦中にしないために(池上 彰) 略年表 *本書の初版は1986年に社会思想社より現代教養文庫として刊行された。文庫化にあたっては『歴史・人間・運命 山上正太郎歴史叙述集2』(2000年、文元社)所収版を底本とした。 -
御家騒動
「主従」とは闘争である。 時代小説や歴史ドラマなどでおなじみの、「家中のトラブルが幕府に露見して改易される」といった筋書きだか、実際にはそうした事例はほぼなかった。 有力大名家に勃発した鍋島騒動、黒田騒動、対馬の柳川一件、伊達騒動……いずれも改易とはなっていない。 子細にその経過をみてみると、幕府が騒動に積極的に介入したというよりは、むしろ大名・家中の側から幕府に積極的に訴訟し、自ら幕府の介入を招いているような節がある。 では、大名や家臣たちはどうしてこのような危ない橋を渡ろうとしたのだろうか? 本書は、御家騒動を引き起こす当事者たちの行動の原理がいかなるものであったのかを探り、「忠臣が身命をなげうって悪臣を排除し、騒動の禍根を未然に絶って御家の危機を救う」勧善懲悪ストーリーとは一味違うリアリティを、幕藩制という時代相のなかから具体的に解き明かす試みである。 "大名家のスキャンダル"を歴史学の眼で徹底検証する、スリリングな歴史研究! 【本書より】 元禄以降の十八世紀には、主従不和や家中騒動が「公儀」に対する罪過である、という固定観念ができあがっているが、それ以前に生じた騒動に対してはそうした「色めがね」(固定観念)をはずして見直してみるべきではないか。家中騒動が「公儀」に対する罪過ではなかったからこそ、大名や従臣たちは将軍・幕府に騒動の調停を強く求めることができたのではないか、という逆の視点から騒動をみていくことが必要なのである。 そのためには、当時に作成された一次的な史料に基づいて騒動全体を見直すという作業が必要となるのはいうまでもない。 【本書の内容】 第一章 近世武士の主従観念と「御家」 第二章 主君を廃立する従臣たち 第三章 従臣を排除する主君たち 第四章 主君を選り好みする従臣たち 第五章 御家騒動の伝統化 補章 「御家騒動」のなかの女性たち *本書の原本は、2005年に中公新書より刊行されました。 -
輪廻の思想
幼いころに父を亡くした著者は、あるとき、幾晩か続けて大きな蜘蛛が風呂場の天井にいることに気づいた。母にそれをいうと「お父さんかもしれないから、いたずらしてはいけない」と言われてびっくりした、という。かつては、死んだ血縁の者が、場合によっては他の動物になっている、ということを多くの人が信じていたのである。 こうした「業報輪廻」の考えは、仏教思想の中心というよりも、ジャイナ教やヒンドゥー教など東洋の宗教全体の大きな前提になっているという。そして、キリスト教などの一神教がダーウィニズムの挑戦を受けて思想的な見直しを迫られているように、輪廻思想と仏教も、進化論やバイオテクノロジーなどとの対決を迫られている。アレキサンダーの東征や、匈奴の強大化などがもたらした紀元前後の数百年間の仏教の危機の時代を、「阿弥陀仏」という新たな信仰によって乗り切ったように、新たな神話を創生していく必要があるというのだ。 さらに、スーパーマンとしての観世音菩薩、イエスとブッダの説話の類似性、親鸞の仏陀観の変化など、仏教社会の倫理と道徳を支えてきた「輪廻の思想」をめぐる講演と随筆を集成。〔原本:1989年、人文書院刊〕 目次 1 輪廻の思想――インド・中国・日本 2 仏塔信仰と大乗仏教 菩薩の平和思想 ブッダとイエス 3 本願力ということ 親鸞の仏陀観 親鸞における信心の深化 4 マングース物語 人と猿と神 仏教における非神話化 不老長寿 脳死・堕胎・中有 王舎城の温泉 チベットの牧象図 言語同断 蚕と蜘蛛――追悼 抱石庵 久松真一先生 お盆の思い出 海外の三人の師 無相さんと私 武生の雪 木村無相『念佛詩抄』 山頭火と私 -
デパートの誕生
劇場のように華やかな装飾。高い天窓からふり注ぐ陽光。シルクハットで通勤するしゃれた従業員。乗合馬車で訪れる客を待つのは、欲望に火を付ける巨大スペクタクル空間! 帽子職人の息子アリステッド・ブシコー(1810-1877)と妻マルグリットが、様々な施アイデアで世界一のデパート「ボン・マルシェ」を育て上げた詳細な歴史を、当時を描く仏文学作品や、19世紀初頭のデパート商品目録など稀少な古書から丹念に採取。 パリの世相や文化が、いかに資本主義と結びつき、人々の消費行動を変えていったのか、 仏文学者にして古書マニア、デーパート愛好家の著者だから描けた、痛快・ユニークなパリ社会史! 内容紹介) 客の目をくらませてしまえ!世界だって売りつけることができるだろう! 「白物セール」のときには、それぞれの売り場が白い生地や商品だけを優先的に並べたばかりか、上の階の回廊や階段の手擦りを白い生地で覆いつくし、造花も白、靴も白、さらに家具にも白のレースをかぶせるなど、全館をすべて白で統一し、 1923年の「白物セール」では、「北極」というテーマに従って、アール・デコ調にセットされたシロクマやペンギンが、ホールに入った客を出迎えるようになっていた。 ようするに、ブシコーにとって、店内の商品ディスプレイは、〈ボン・マルシェ〉という劇場を舞台にして展開する大スペクタクル・ショーにほかならなかったのである。 ――第二章「欲望装置としてのデパート」より *本書は『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書 1991年11月刊)に「パリのデパート小事典」を加筆し、改題したものです。 -
日本人の死生観
仏教学に民俗学の方法を接続し、日本人の宗教を深く掘り下げた五来重。本書は、厖大な著作を遺した宗教民俗学の巨人の「庶民宗教論」のエッセンスを知るのに最適な1冊である。 日本人の死生観とは、すぐに連想される「ハラキリ」や殉死など、武士道的なものだけではない。貴族や武士の死生観、いわば「菊と刀」ばかりでなく、「鍬」を持つ庶民の死生観は、一体どんなものだったのか。本書では、教祖・教理・教団から成る西洋起源の宗教や、文献研究と哲学的思弁にこだわる仏教学ではなく、仏教伝来以前からの霊魂観や世界観が息づく根源的な「庶民の死生観」を明らかにしていく。 著者によれば、庶民にとってあらゆる死者は一度は怨霊となる。それは鎮魂によって「恩寵をもたらす祖霊」に変えなくてはならない。そのための信仰習俗や儀礼の有様を探索し、日本列島を歩きに歩いた著者の視線は、各地に残る風葬や水葬の風習、恐山のイタコと円空仏、熊野の補陀落渡海、京都の御霊会、沖縄のイザイホウ、遠州大念仏、靖国神社などに注がれる。 巻末解説を、『聖地巡礼』『宗教と日本人』の著者・岡本亮輔氏(北海道大学准教授)が執筆。〔原本:角川書店、1994年刊〕 -
ローマの哲人 セネカの言葉
パクス・ロマーナ期、ローマ帝国で弁護士、元老院議員、財務官、法務官、そして皇帝ネロの顧問官を歴任したセネカ(?~65年)は、思想家として人生、死、貧困、徳、欲望と快楽、真の自由という、誰の人生にも関わるテーマについて普遍的なメッセージを遺している。「どうしてこんな面白いものが今まで日本ではほとんど読まれなかったのだ」――特定の他者にあてた書簡の形で著した十数篇の文章を、『清貧の思想』『ハラスのいた日々』の作家・中野孝次が晩年自らの翻訳で読み解く。道徳的退廃に陥った21世紀の日本を憂え、人として生きる術を説くいきいきとした箴言として提示した、現代人のためのセネカ入門。(原本:2003年岩波書店刊) -
伊勢神宮と出雲大社 「日本」と「天皇」の誕生
こうして「日本」は形づくられた! なぜ、大和は出雲を必要としたのか? 朝日と夕日、太陽と蛇、陸と海、現世と他界― 天武・持統の大和王権を守る「両端の象徴的霊威」をになうものとして伊勢・出雲をとらえ直し、日本の起原に鋭く迫る試み。 「神とは何か」という民俗学による理論的分析の視点と、歴史学による記紀をはじめとする文献研究、考古学の発見を融合させた、新しい古代探究! 【本書の内容】 第一章 伊勢神宮の創祀 第二章 〈外部〉としての出雲 第三章 祭祀王と鎮魂祭 終 章 〈日本〉誕生への三段階 ※本書の原本は、2008年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
中世の罪と罰
「やーい、お前の母ちゃん、でべそ!」 誰もが耳にしたことがありながら、よく考えると意味不明なこの悪口。そこに秘められた意味とは? ありふれた言葉を入り口に、今は遠く忘れ去られた日本の姿が、豊かに立ち上がる。 「お前の母ちゃん…」のような悪口が御成敗式目にも載るれっきとした罪であり、盗みは死罪、犯罪人を出した家は焼却処分、さらに死体の損壊に対しては「死骸敵対」なる罪に問われれた中世社会。何が罪とされ、どのような罰に処せられたのか。なぜ、年貢を納めなければ罰されるのか。それは何の罪なのか。10篇のまごうかたなき珠玉の論考が、近くて遠い中世日本の謎めいた魅力を次々に描き出す。 稀代の歴史家たちが、ただ一度、一堂に会して究極の問いに挑んだ伝説的名著、待望の文庫化!(原本:東京大学出版会、1983年)解説(桜井英治・東京大学教授)より本書を通じてあらためて浮き彫りになるのは、中世社会が、現代人の常識や価値観では容易に解釈できない社会だということ、つまりそれは私たちにとって彼岸=異文化にほかならないということである。……日本中世史研究がまばゆい光彩を放っていたころの、その最高の部分をこの機会にぜひご堪能いただきたい。【主な内容】1 「お前の母さん……」 笠松宏至2 家を焼く 勝俣鎭夫3 「ミヽヲキリ、ハナヲソグ」 勝俣鎭夫4 死骸敵対 勝俣鎭夫5 都市鎌倉 石井 進6 盗 み 笠松宏至7 夜討ち 笠松宏至8 博 奕 網野善彦9 未進と身代 網野善彦10 身曳きと“いましめ” 石井 進討論〈中世の罪と罰〉 網野善彦・石井進・笠松宏至・勝俣鎭夫あとがき 笠松宏至あとがきのあとがき 笠松宏至文献一覧解 説 桜井英治 -
箴言集
われわれの美徳とは、偽装された悪徳にほかならない――17世紀フランスの激動を生き抜いた公爵にしてモラリストが、人間の本性を見事に言い表した「箴言」。鋭敏な洞察と強靱な思考、そして豊かなユーモアによって紡ぎ出された一行が、神からの自立を果たした近代人の抱える「自己愛」という宿命を撃ち抜き、さらには現代のわたしたちの心に深く刺さる。原文が醸す空気までをも伝える新訳。【訳者まえがきより】彼の人間を見る目、そして自分自身を見る目は鋭く、個人的体験のいかんにかかわらず、神からの自立をとげ、人間中心主義を標榜する近代人の本質、本性を早くから見抜いていたと思われる。彼は、自分自身、そして自分の個人的運命さえも客観視できるだけの強靱な精神、心の余裕、ユーモアさえ備えており、だからこそ、彼の人間観察は現代にも通用する普遍性を獲得しているのである。【主な内容】書肆から読者へ 道徳的考察 削除された箴言 没後収録の箴言 さまざまな考察 ラ・ロシュフコー自画像 -
京都の平熱 哲学者の都市案内
古い寺社は多いが歴史意識は薄く、技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々に三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり――。〈聖〉〈性〉〈学〉〈遊〉が入れ子になり都市の記憶を溜めこんだ路線、京都市バス206番に乗った哲学者の温かな視線は生まれ育った街の陰と襞を追い、「平熱の京都」を描き出す。(講談社学術文庫) -
風姿花伝
世阿弥元清が、亡父観阿弥の教えをもとにまとめた『風姿花伝』。「幽玄」「物学(物真似)」「花」など、能楽の神髄を語り、美を理論化した日本文化史における不朽の能楽書を、精緻な校訂を施した原文、詳細な語釈と平易な現代語訳、解釈を深めるための余説で読み解く。息子の観世元雅に幽玄能の奥義を伝えるべく書きつづった『花鏡』の翻刻を併録する。(講談社学術文庫) -
ルネサンスの神秘思想
千年の「暗黒時代」の後、ルネサンスが花開く。エジプト、ギリシア、古代ヨーロッパの数多の神々が召喚され、<古代神学>が大興隆。ヘルメス、ゾロアスター、ピュタゴラスらの教説の神秘主義的刻印とは? 哲学・思想・宗教的諸説混淆(シンクレティズム)の精神風景を、オカルトも交え描く。15世紀フィレンツェで咲き乱れた神秘思想へのコンパクトで本格的な入門書。(講談社学術文庫) -
山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰
蛇と猪。なぜ山の神はふたつの異なる神格を持つのか? 日本古来の社の祭神の起源は、祖霊としての蛇神であった。6~7世紀、中国から将来された易・五行による新たな神々が、原始蛇信仰の神々と混淆し、山の神は複雑な相貌をもつようになる。神島の「ゲーターサイ」、熊野・八木山の「笑い祭り」、御田神社の「烏喰神事」などの祭りや習俗を渉猟し、山の神にこめられた意味を読み解く。(講談社学術文庫) -
イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む
日本観光文化研究所所長時代に行われた幕末・明治期の紀行文を読む講義のうち、昭和51年9月から52年3月まで全7回の『日本奥地紀行』の講義録。一英国人女性旅行家が目をとめた不思議な国「日本」の事象をきっかけに、その資料的価値、バードの視点の出色さを指摘するにとどまらず、著者自身の比類ない観察眼と聞き取り調査に裏打ちされた該博な見識が縦横無尽に紡ぎ出され、宮本民俗学の入門書ともなっている。(講談社学術文庫) -
古代エジプト文明 世界史の源流
◆2025年「ラムセス大王展」開催!◆ ◇ラメセス二世がなぜ最強のファラオなのか・最高によくわかる!◇ ―すべての道はナイル河谷へ通ず― アフリカ最奥から到来した人々が築いた文明は、オリエントや古代ギリシアなど周辺世界に決定的影響をもたらしながら三千年の栄華を誇った。 古王国時代からローマ帝国時代まで強大なファラオたちを核にして展開した歴史は、まさしく西洋世界の源流となったのである。 古代エジプト研究をリードする著者が、古代エジプト文明を西洋世界の源流のひとつとして捉え、最新の研究成果をふんだんに盛り込みながら、教科書では描かれきれない新たな歴史像を描き出す! ◯異民族「ヒクソス」の実像&彼らとラメセス大王が戦った「最古の戦争」カデシュの戦いとは? ◯一神教の「起源」はモーセか、アクエンアテンか? ◯エジプト王国最後の象徴クレオパトラの実像は? ◯謎の民族「海の民」の正体とは? ◯「エジプトの神々」と「来世信仰」は世界にどのように広がったか? 【本書の内容】 プロローグ 序章 古代エジプト文明の誕生 第1章 ミノア文明と古代エジプト文明 第2章 異民族ヒクソスの時代 第3章 アクエンアテン王の宗教改革と多神教世界 第4章 アマルナ時代とアマルナ文書 第5章 ラメセス二世vs. ヒッタイト 第6章 ラメセス三世と「海の民」 第7章 アレクサンドロス大王とアレクサンドリア 第8章 女王クレオパトラ七世のエジプト 第9章 古代ローマ帝国と皇帝たちのエジプト文化 終章 古代エジプト文明は世界史の中へ 補章 「タニスの遺宝」が語るエジプト文化の変容 注 図版出典 参考文献 古代エジプト文明年表 索引 【本書より】 たとえ我々に馴染みのある教科書の中の記述はわずかであったとしても、世界史の中において、古代エジプトの果たした役割は、決して少なくはない。世界史の主人公がエジプトであった時期は確かに存在した。(中略)古代ギリシア世界も、強靱で巨大な古代ローマ世界も、あるいはビザンツ帝国もフランク王国でさえも、古代エジプトという強固な礎なくしては、世界史に名を残すことはなかったであろう。本書を読破した後、あなたは古代エジプトとはすでに失われてしまった過去の文明ではないことに気づくはずである。古代エジプト文明の血脈は、人々の記憶の中へと潜り込その後も世界史の中で脈々と流れ続けているのである。 *本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
日本料理史
寿司も天ぷらも精進料理も、その起源は海外にあった! 古代から現代まで、和食の料理体系の全貌を描く! いまや世界中で愛される日本食は、どのように生まれ、現在の姿になったのか。本格的に米を採り入れた弥生時代、茶の湯と懐石料理の戦国時代、料理文化が花開いた江戸時代、西洋料理が入ってきた明治時代、そして国際化・多様化の進む現代へ――。食器、調理法、食事作法から国家・社会・経済との関わりまで、沖縄・北海道を含むあらゆる日本の食文化を網羅する通史。増補決定版! 【目次】 はじめに――和食という料理 序 章 食の意義と日本料理 第一章 日本料理の前史と文化――先史時代の食文化 第二章 古代国家と食事体系――日本料理の源流 第三章 中世料理文化の形成と展開――大饗、精進、本膳そして懐石 第四章 近世における料理文化の爛熟――自由な料理と庶民の楽しみ 第五章 明治の開化と西洋料理――西洋料理の受容と変容 第六章 大正・昭和の市民社会と和食――日本料理の変容と展開 終 章 料理からみた日本文化 補 章 平成・令和の食――メモ風に コラム1 スシ コラム2 テンプラ コラム3 スキヤキ おわりに 学術文庫版あとがき 参考文献 索 引 -
風俗画入門
古代から近代まで、人々の暮らしや心情を映し出す風俗画は、壁画、絵巻、屏風、浮世絵、漫画、落書など、様々な形で残されてきた。中国の影響から独立、展開し、近世に花開くその歴史は、高松塚古墳壁画から鳥獣戯画、洛中洛外図屏風、見返り美人図、北斎漫画までをも包み込む。古代の落書の精神は平安時代の絵巻に昇華し、仏教的な厭世観(憂世)は刹那主義的な現世肯定の精神(浮世)に受け継がれている。 日本美術史の第一人者が語り尽くす、類いまれな戯画全史。カラー図版多数掲載! 【目次】 第一章 風俗画の東西 第二章 唐美人の移入 第三章 やまと絵の風俗画 第四章 鎌倉、室町時代 第五章 戦国から桃山へ 第六章 桃山風俗画の満開 第七章 初期風俗画の爛熟 第八章 風俗画としての浮世絵 あとがき 学術文庫版あとがき 参考文献 -
中世ヨーロッパの色彩世界
明日、何を着ていこう――冠婚葬祭をのぞけば、服選びで色がもつ意味を気にする人はいないだろう。ところが中世ヨーロッパではそうはいかない。たとえば緑は恋を、青は誠実さを意味し、黄は忌避される色だった。中世の色は現代よりもはるかに饒舌で、絵画や文学で描かれた人々の衣服の色には、単なる色の美しさや好みを超えた、さまざまな意味が託されている。中世の人びとはどんな色に囲まれ、どんな気持ちで色を身につけていたのか、あるいは目の前の人物が纏う色から何を読みとっていたのか。 多彩な史料から複雑で精緻な色彩コードを読み解き、中世人の日々の感情生活を豊かに描き出す。あの絵画もこの伝説もいっそう深く理解できる、色が語る中世世界への招待!(カラー口絵付き。電子書籍版はオール・カラー図版) 待ちに待った初めての逢瀬。恋焦がれた女性が鮮やかな青に緑のオウムをちらしたドレス着て現れたら、相手の男性は有頂天になるだろう。なぜなら、そのドレスの意味するところは「誠実にあなたを愛します」。ところがある日、夢に現れた彼女が全身緑の衣をまとっていたら、悲嘆に暮れてしまうかもしれない。青が意味する誠実さに対し、緑は恋の色であると同時に変動の色でもある。彼女の心変わりが青を脱がせ、緑を着せたのだ――。 このように単なる色の好みや色づかいの美しさを越えて、中世の色は複雑な精神世界を織りなしている。「中世の色は饒舌であり、中世の人びとは意味もなく色をつけることはない」。たとえば黄色には負のイメージがつきまとい、縞柄は道化師や娼婦、気まぐれな運命女神のものである。権威と権力を示す赤、醜い色からやがて「悲しみの色」として大流行する黒……。 ブリューゲルやジョット、ヤン・ファン・エイクの絵画、数々の華麗な装飾写本の挿絵に、アーサー王物語をはじめとする騎士物語、貴族の家計簿や財産目録など多彩な史料から、当時の染色技術も視野にいれつつ、色彩に込められたメッセージを読み解き、色から見えてくる中世世界を描き出すのが本書である。 グリーンゲイブルスのアンはなぜ「赤毛」を嫌ったのか、ルーレットやバカラなどのカジノ台はなぜ緑のフェルトでおおわれているのか、囚人服は縞柄で、スーツにダークカラーが多いのはなぜなのか。現代社会に今なお息づく色彩に秘められた歴史に迫る!(原本:『色で読む中世ヨーロッパ』講談社選書メチエ、二〇〇六年) 【本書の内容】 序 章 色彩文明の中世 第1章 中世の色彩体系 第2章 権威と護符の赤 第3章 王から庶民までの青 第4章 自然感情と緑 第5章 忌み嫌われた黄 第6章 子どもと芸人のミ・パルティと縞 第7章 紋章とミ・パルティの政治性 第8章 色の価値の転換 終 章 中世人の心性 -
ブリヤ=サヴァラン「美味礼讃」を読む
18世紀フランスの政治家・法律家にして稀代の美食家であったサヴァランが著した『Physiologie du Gout(味覚の生理学)』は、「ガストロノミー」、食というものについての総合学の聖典として、世界中で現在まで読み継がれている。 とりわけ日本においては、『美味礼賛』という邦題と、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」という警句とともによく知られるが、では実際にどのような事が書かれているのか、なぜこの本が、サヴァランという人物が、かくも偉大なものとされているのかについては、詳しく知る者は多くはないだろう。 日本の料理文化を大きく展開させた辻静雄が、食はもとより歴史・地理・美術・文学についての広汎な知見を総動員し、サヴァランの思考を辿り、料理の精髄を縦横無尽に語り尽くす! 【本書より】 「私は豚肉を食べています。それで……」と言ったら、ブリヤ=サヴァランは人となりなど言ってくれるどころか、絶句して卒倒してしまうんじゃないでしょうか。 【本書の内容】 第一講 ブリヤ= サヴァランと『味覚の生理学』 I ブリヤ= サヴァランはどういう人だったか II 『味覚の生理学』初版その他 III 『味覚の生理学』の構成、その他 第二講 食べ物と新しい歴史学 I 『味覚の生理学』の背景も知っておきたい II ブリヤ= サヴァランの対極にいた人たち III パリの食糧、その他 第三講 「おいしさ」とその表現 I 「教授のアフォリスム」を読む II ブリヤ= サヴァランが好んだ料理 III 「おいしい」という言葉/味の表現 第四講 ワイン事情 I ブリヤ= サヴァランとワインのことなど II 一九世紀のワイン事情 第五講 ガストロノミーとガストロノームの系譜 I ガストロノミーとグルマンディーズ II ガストロノームの系譜 あとがき 参考文献 ※本書の原本は、1989年に岩波書店より『ブリア-サヴァラン「美味礼讃」を読む』として刊行されました。