Posted by ブクログ
2019年05月26日
2010年に刊行された「天皇の歴史」シリーズの文庫版。2016年の天皇明仁(当時)が発した「象徴としてのお務めについてのおことば」を契機とした議論の高まりが文庫版の出版に繋がったようだ。副題にある通り、神話時代における天皇系譜の成立過程を探るのが本書の趣旨であり、それは史料なき時代の考証を、記紀やそ...続きを読むの他の後世の史料の批判的読解から行おうとする試みとなる。当然ながらわかり得ぬものを扱うため推測が混入することを防ぐのは不可能だが、各種史料を複合的に批判してその裏にあるものを炙り出そうとする専門家たちの苦闘がよく伝わってくる。
国内の史料が乏しい「倭の五王」以前を扱う第1章は比較的シンプルでわかりやすく、特に践祚に必要とされるレガリア(「三種の神器」)が魏から卑弥呼への下賜に起源することを論ずる下りは説得的。第2章では主に「記紀」を批判的に読み解くことにより、皇統が重視されるに至った経緯を明らかにしつつ、同時に大和朝廷成立における帰化人の役割や、天皇と祭祀の関わりが語られる。
第3章からは大和朝廷における畿内政権と地方豪族の関係が論じられるが、この辺りから議論がかなり複雑になる。著者の専門領域は奈良・平安時代の律令制であるため、考証史料を各種律令から持ってくることが多くなり、律令制に関する知識が乏しい読者にはややハードルが高い記述になっているように感じた。
第4章におけるテーマである天皇という称号や日本という国号の成立に関しては、中国大陸や朝鮮半島との関わりが内外の史料を用いて重層的に論じられている。個人的には、飛鳥の奇妙な石造物が、蝦夷との朝貢関係を維持していることの他国へのアピールであるとする著者の見解はやや突飛ではあるがシンプルで説得的であるように思えた。
全般的に根拠史料の掲出が豊富で、これらを丁寧に読み込んで行けばこの時代の溢れるロマンを十分に味わうことができる。門外漢には辛い部分も多いが、著者の言うように京都よりも奈良にシンパシーを感じる古代史ファンなら相当に楽しめる内容だと思う。