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口達者はダメ
論語だいたい挫折してきたんだけど、これは読めた。面白かった。下村湖人さんが物語として上手く面白く仕上げてる。
下村湖人
1884年佐賀県生まれ。作家、社会教育家。本名虎六郎。東京帝国大学文学部卒。大学時代には「帝国文学」の編集委員として文学評論に活躍。のち台北高等学校校長となったが、1931年教職を辞して上京、大日本青年団講習所長として青少年教育に従事。1937年ごろからは文筆と講演の生活に専念した。1955年没。主著に『次郎物語』『教育的反省』ほか多数。
儒教・・・中国の代表的思想。春秋時代末期の孔子(こうし)(孔丘)に始まり、戦国時代には諸子百家(しょしひゃっか)の一つであったが、漢(かん)の武帝(ぶてい)の紀元前136年(建元5)に国教となり、それ以後清(しん)朝の崩壊に至るまで歴代朝廷の支持を得、政治権力と一体となって中国の社会・文化の全般を支配してきた。また漢字文化圏とよばれる日本、朝鮮半島、東南アジア諸地域にも伝わり、大きな影響を与えている。同類の語として儒学・儒家があるが、中国では儒教の語はあまり用いられず、学派を意味する儒家、その学問をいう儒学の語によってこれを示すことが一般的である。儒教の語は、外来の仏教に対して300年ごろに生じたものであるらしく、後世に至るまで主として儒仏道三教を並称するような場合に使用されていた。儒家・儒学に対していえば、儒教は教化の面を重視する語であり、いくぶんか宗教的な意味を含む語であったといえよう。思うに儒教は本来が士大夫(したいふ)(治者階級・知識人)の学とされており、その意味で儒家・儒学と称することがふさわしかったのである。そしてこの点は日本でも同様であった。ところが明治以後の日本では、学派、学問、教化のすべてを含んで広義に儒教と称するようになった。おそらくは世界史的視野にたってキリスト教、仏教、イスラム教などと並称する場合、やはり儒教とよぶことがもっとも便宜であったのであろう。儒教は宗教ではないが、その中国に果たしてきた役割からすると、欧米のキリスト教に匹敵するからである
孔子一門(孔子と弟子、家族)
孔子は長寿で72歳まで生きたので、40歳以降にできた弟子が多くいました。孔子との年齢差をみると、子路は割と近いのですが、その他の弟子は30歳から40歳は年下でした。孔子一門の通称、姓名、字(あざな)などは、以下の通りです。通称は、論語の文で登場する名称です。
孔子(こうし),姓=孔,名=丘,字=仲尼(ちゅうじ),孔子(本人)
子路(しろ),姓=仲,名=由,字=子路(しろ)or季路or仲由,孔子の弟子,9歳下
子夏(しか),姓=卜,名=商,字=子夏(しか),孔子の弟子,44歳下
子游(しゆう),姓=言,名=偃,字=子游(しゆう),孔子の弟子,45歳下
子貢(しこう),姓=端木,名=賜,字=子貢(しこう),孔子の弟子,31歳下
冉有(ぜんゆう),姓=冉,名=求,字=子有or冉求,孔子の弟子,29歳下
宰我(さいが),姓=宰,名=予,字=子我,孔子の弟子
顔回(がんかい),姓=顔,名=回,字=子淵(しえん)or顏淵,孔子の弟子,30歳下
閔子騫(びんしけん),姓=閔,名=損,字=子騫(しけん),孔子の弟子,15歳下
伯牛(はくぎゅう),姓=冉,名=耕,字=伯牛(はくぎゅう),孔子の弟子
仲弓(ちゅうきゅう),姓=冉,名=雍,字=仲弓(ちゅうきゅう),孔子の弟子
子張(しちょう),姓=顓孫,名=師,字=子張(しちょう),孔子の弟子,48歳下
曾子(そうし),姓=曾,名=参,字=子與(しよ),孔子の弟子,46歳下
原憲(げんけん),姓=原,名=憲,字=子思(しし),孔子の弟子
南宮适(なんきゅうかつ),姓=南宮,名=适,字=子容(しよう)、南容,孔子の弟子
澹臺滅明(たんだいめつめい),姓=澹臺,名=滅明,字=子羽(しう),孔子の弟子,39歳下
子羔(しよう),姓=高,名=柴,字=子羔(しよう),孔子の弟子,30歳下
樊遲(はんち),姓=樊,名=須,字=子遅,孔子の弟子,36歳下
公西華(こうせいか),姓=公西,名=華,字=子華(しか),孔子の弟子,42歳下
有若(ゆうじゃく),姓=有,名=若,字=有子,孔子の弟子,43歳下
巫馬期(ふばき),姓=巫馬,名=期,字=子旗,孔子の弟子,30歳下
伯魚(はくぎょ),姓=孔,名=鯉,字=伯魚(はくぎょ),孔子の息子,19歳下
子思(しし),姓=孔,名=伋,字=子思(しし),孔子の孫
孔子の弟子が論語に登場している回数
顔回(顔淵)は孔子からベタ誉めされている印象が強く、子路はちょくちょく論語に登場している印象ですが、論語の登場回数はどうなっているでしょうか。孔子の弟子が論語に登場している回数(トップ10)をまとめてみました。
第 1位 子路, 41回
第 2位 子貢, 37回
第 3位 子夏, 20回
第 3位 顔回, 20回
第 3位 子張, 20回
第 6位 冉有, 16回
第 7位 曾子, 15回
第 8位 子游, 8回
第 9位 樊遲, 6回
第10位 閔子騫, 5回
第10位 公西華, 5回
孔子が弟子をどのように思っていたか
論語の文では、孔子が弟子を評した言葉が多くあります。先進第十一編では、特に個々の弟子について言及している文が多いです。孔子が弟子をどのように思っていたかをまとめてみました。
子路
政務に優れている(先進第十一_03)
孔子の側で武骨な態度(先進第十一_13)
粗暴(先進第十一_18)
積極的(先進第十一_22)
子貢
弁舌に優れている(先進第十一_03)
孔子の側で和やかな態度(先進第十一_13)
金儲けをしている、彼の予想はよく当たる(先進第十一_19)
子夏
文学に優れている(先進第十一_03)
顔回
徳の実践に優れている(先進第十一_03)
理想のため貧しい生活をしている(先進第十一_19)
子張
見栄っ張り(先進第十一_18)
冉有
政務に優れている(先進第十一_03)
孔子の側で和やかな態度(先進第十一_13)
引っ込み思案(先進第十一_22)
曾子
のろま(先進第十一_18)
子游
文学に優れている(先進第十一_03)
閔子騫
徳の実践に優れている(先進第十一_03)
孔子の側で恭しい態度(先進第十一_13)
伯牛
徳の実践に優れている(先進第十一_03)
仲弓
徳の実践に優れている(先進第十一_03)
宰我
弁舌に優れている(先進第十一_03)
「【*6】年少者だからといって、すべてに自分より後輩だと思ってはならぬ。年少者という者は馬鹿に出来ないものじゃ。ぐずぐずしているとすぐ追いついて来るのでな。だが……」
「【*5】万一にも、お前がその病気を恥じて、顔をかくしているとすると、それは正しいとは云えない。お前の病気は天命じゃ。天命は天命のままに受取って、しずかに忍従するところに道がある。しかも、それこそ大きな道じゃ。そして、その道を歩む者のみが、真に、知仁勇の徳を完成して、惑いも、憂いも、懼れもない心境を開拓することが出来るのじゃ。」 伯牛は嗚咽した。その声は、窓のそとに立っている孔子の耳にも、はっきり聞えた。
「費には、治むべき人民がおります。祭るべき神々の社があります。そして、民を治め、神々を祭ることこそ、何よりの生きた学問であります。真の学問は体験に即したものでなければならない、とは常に先生にお聞きした事でありますが、特に、子羔のように、古書について学問をする力の乏しい者は、一日も早く実務につかせる方がよろしいかと存じます。誰だって、実務を目の前に控えて、ぐずぐずしてはおれませんから。」
「お前は、自分で自分の欠点を並べたてて、自分の気休めにするつもりなのか。そんな事をする隙があったら、なぜもっと苦しんで見ないのじゃ。お前は、本来自分にその力がないということを、弁解がましく云っているが、ほんとうに力があるか無いかは努力して見た上でなければわかるものではない。力のない者は中途で斃れる。斃れてはじめて力の足りなかったことが証明されるのじゃ。斃れもしないうちから、自分の力の足りないことを予定するのは、天に対する冒瀆じゃ。何が悪だといっても、まだ試しても見ない自分の力を否定するほどの悪はない。それは生命そのものの否定を意味するからじゃ。しかし……」「お前は、まだ心からお前自身の力を否定しているのではない。お前はそんなことを云って、わしに弁解をすると共に、お前自身に弁解をしているのじゃ。それがいけない。それがお前の一番の欠点じゃ。」
「金銭が欲しいばかりが慾ではない。慾はさまざまの形であらわれる。申棖が負嫌いで我執が強いのもその一つじゃ。慾というのは、理非の弁えもなく、人に克とうとする私心を指していうのじゃ。天理に従って金を貯めるのは慾ではない。これに反して、かりに金には冷淡でも、私情にかられて人と争えば、それはまさしく慾というものじゃ。申棖は慾がきつい。あんなに慾がきつくては、剛いとは云えまい。」
「【*1】学問に大切なことは、学ぶことと考えることだ。学んだだけで考えないと、道理の中心が摑めない。だからいつも行き当りばったりだ。丁度真暗な室で、柱をなでたり、戸をなでたりするようなもので、個々の事柄を全体の中に統一して見ることが出来ないのだ。むろん考えただけで学ばないのもいけない。自分の主観だけに捉われて、先人の教えを無視するのは、丁度一本橋を渡るように危いことだ。向うまで行きつかないうちに、いつ水の中に落ちこむか知れたものではない。事柄によっては、いくら考えても何の役にも立たない事さえあるのだ。【*2】いつだったか、私は、食うことも寝ることも忘れて一昼夜も考えこんだことがあるが、何一つ得るところがなかった。そんな時、古聖人の残された言葉に接すると、一遍に道理がわかるのだ。とにかくどちらも軽んじてはいけない。学びつつ考え、考えつつ学ぶ、これが学問の要諦だ。ところでお前は、そのどちらもまだ十分でない。それも、結局、お前に敬しむ心がないからではないかね。」
「礼は簡に失してもならないが、また過ぎてもならない。【*9】過ぎたるはなお及ばざるがごとしじゃ。人間にはそれぞれに分というものがあるが、その分を上下しないところに、礼の正しい相がある。分を越えて親を祭るのは、親の霊をして非礼を享けしめることになるのじゃ。のみならず、大丈夫の非礼はやがて天下を紊るもとになる。親の霊をして天下を紊るような非礼を享けしめて、何が孝行じゃ。」
「口の達者なものは、とかくつまらんことを云い出すものじゃ。出まかせにいろんなことを云っているうちには、結構世の中の憎まれ者にはなるだろう。仲弓が仁者であるかどうかは私は知らない。しかし彼は口だけは慎んでいるように見受ける。いや、口が達者でなくて彼も仕合せじゃ。誠実な人間には、口などどうでもいいことじゃでのう。」
(小人がつけ上るのも、怨むのも、また嫉妬心を起すのも、結局は自分だけがよく思われ、自分だけが愛されたいからだ。悪の根元は何といっても自分を愛し過ぎることにある。この根本悪に眼を覚まさせない限り、彼等はどうにもなるものではない。)