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満州事変 戦争と外交と
泥沼の十五年戦争は、なぜ、どのように始まったのか? 端緒である1931年の満州事変と翌1932年の上海事変は、中国北洋軍閥間の争いの混乱に乗じた前者、民族的抵抗の形成を見た後者と、それぞれ異なる性格を有している。両者について経緯を詳述し、さらに5年後の盧溝橋事件による全面戦争展開へつながる時代の流れを示す。その時内閣は、軍部は、日本の世論は、列国や国際連盟の反応は、両国各部隊の進路は――? イデオロギーを排し、史実のみを丹念に追うことで中国侵略の発端の全貌を明らかにする、近代史研究における古典的名著。(原本:中公新書、1974年刊) -
憲法問題
本書は、一流の法哲学者である著者が死の3年前となる1964年に世に問うたものです。恒藤恭(1888-1967年)は、何よりもまず第一高等学校で同期だった芥川龍之介の親友として、旧姓の「井川恭」の名で知られており、1927年に35歳の若さで自害した親友のために、『旧友芥川龍之介』(1949年)という著作を発表しています。 恒藤自身は、京都帝国大学に進んで法学を修め、1929年には同大学法学部の教授に就任します。ところが、1933年に法学部の同僚である刑法学者の滝川幸辰に文部省が休職処分を下し、これに大学も従うという「滝川事件」が勃発すると、抗議のために辞表を提出した教授の一人に恒藤も名を連ねました。退官後は大阪商科大学(現在の大阪市立大学)に移った著者は、新カント派の法哲学を基礎にしつつ、社会科学・人文科学の成果を取り入れた独自の法哲学を築き上げます。その成果は、『法の基本問題』(1936年)や『法の精神』(1969年)などに結実しました。 本書は、こうした不世出の法学者が、1949(昭和24)年から1960(昭和35)年のあいだに雑誌に寄稿した文章を新書として刊行したものです。言うまでもなく、本書収録の最も古い文章が書かれた1949年の時点では、日本はまだ占領下にありました。日本が主権を回復すると同時に日米安全保障条約(旧安保条約)を締結するのは1951年、それが現在に至る新安保条約に改定されるのは1960年のことです。その間、国内では1947年に施行された日本国憲法に対して「押しつけられたもの」という評価を下し、改正を求める声があがります。その動向を見てきた著者は、確かに主権回復後日本は憲法を改正する資格を手にしているが、それは「法的条件」にすぎないと言います。 「日米新安保条約のために、わが国が米国に対して高度の従属関係に立っているかぎりは、日本国民の真実の総意に合致するようなしかたで憲法改正が行われ得るための十分な条件が欠けている状態が持続する」。そして、著者はこう続けています──「だから、日本国民が真に自主的な立場から日本国憲法を再検討し、その改正に着手すべき時期は、現在未だ到来していない、という認識こそは、憲法問題、とりわけ改憲問題を解決するための基準である、と考えられるのである」。 本書が刊行されてから半世紀以上を経た現在、この言葉に私たちはどう答えられるでしょうか。恒藤恭の著作初の文庫化となる本書は、今こそ私たちに問いを投げかけています。 [本書の内容] 一 戦争放棄の問題 二 日本民族の更生の途 三 憲法と新しい道徳基準 四 平和憲法と日本の運命 五 平和憲法と国民の真情 六 憲法問題解決の基準 七 平和憲法と最高裁の使命 解 説(角田猛之) -
レイシズム
日本人論の「古典」として読み継がれる『菊と刀』の著者で、アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトが、1940年に発表し、今もロングセラーとなっている RACE AND RACISMの新訳。 ヨーロッパではナチスが台頭し、ファシズムが世界に吹き荒れる中で、「人種とは何か」「レイシズム(人種主義)には根拠はあるのか」と鋭く問いかけ、その迷妄を明らかにしていく。「レイシズム」という語は、本書によって広く知られ、現代まで使われるようになった。 「白人」「黒人」「黄色人種」といった「人種」にとどまらず、国家や言語、宗教など、出生地や遺伝、さらに文化による「人間のまとまり」にも優劣があるかのように宣伝するレイシストたちの言説を、一つ一つ論破してみせる本書は、70年以上を経た現在の私たちへの警鐘にもなっている。 訳者は、今年30歳の精神科医で、自らの診療体験などから本書の価値を再発見し、現代の読者に広く読まれるよう、平易な言葉で新たに訳し下ろした。グローバル化が急速に進み、社会の断絶と不寛容がますます深刻になりつつある現在、あらためて読みなおすべきベネディクトの代表作。 -
地中海世界 ギリシア・ローマの歴史
古代ローマ史の泰斗による、古代地中海世界の歴史。講談社現代新書で好評を博したシリーズ「新書西洋史」全8冊のうちの第2巻として刊行されたが、単なる概説書にとどまらず、古代史への新しく、大きな視座を提供した、定評ある意欲作。 本書は、ほぼ2000年にわたるギリシア・ローマの歴史を扱うが、「ギリシア」と「ローマ」という二つの歴史を扱っているのではない。「ギリシア・ローマ」という一つの世界の一貫した歴史として追及する。 現在の西半球の主要な歴史の担い手とその文化は、地中海世界を母胎として生み出されたものであった。ラテン的・ゲルマン的世界、ギリシア的・スラブ的世界、オリエント的・アラブ的世界は、地中海世界の崩壊の中から生み出された第二次的世界であり、キリスト教的東西ヨーロッパ文明、イスラム的アジア文明は、地中海世界の転生の中から生まれたものだった。地中海世界は、それらすべてのものの出発点であり、母胎であり、故郷なのである。巻末解説を、東大名誉教授・本村凌二氏が執筆。〔原本:『新書西洋史2 地中海世界――ギリシアとローマ』講談社現代新書、1973年〕 -
英雄伝説の日本史
歴史を彩る「英雄」は、どのように語り継がれ、創作され、人々の記憶と歴史認識のなかに定着してきたのだろうか。特に、政争や戦乱の敗者が伝説を介し、復活し、再生する過程を、中世から近世、近代への長いスパンでたどっていく。その「蘇り方」は決して直線的ではなく、多くの屈折と虚像を伴うが、その道筋を追うことが、新しい歴史学の楽しみとなる。 たとえば、安倍晴明のライバル蘆屋道満や、酒呑童子退治の坂田金時ら、実在の疑わしい英雄は、歴史のなかでどのようにリアリティーを吹き込まれていったのだろうか。 そして、平将門や菅原道真らの怨念への畏怖が語らせる「敗者の復活」。坂上田村麻呂や藤原利仁、源頼光に託された、「武威の来歴」の物語。鎮西八郎為朝や源義経が、西国や東北、さらに大陸へと伝説を拡大させた「異域の射程」。本書はこれらを三つの柱とし、伝説のなかに中世史の再発見を試みる。江戸の浄瑠璃や歌舞伎、往来物から、近代の国定教科書まで、伝説の変貌の過程から「歴史の語られ方」を豊かに汲み上げる。〔原本:『蘇る中世の英雄たち――「武威の来歴」を問う』中公新書、1998年〕 -
クラシック名曲の条件
≪モーツァルトだからといって、ことごとくが「名曲」というわけではない≫日頃、何となくわかっているつもりでも、よく考えてみると曖昧な点が多い、クラシック界「名曲」の条件。傑作と呼び名の高いあの曲、シンフォニーは、果たして本当に「名曲」なのか。「一度聴いたら忘れられない」曲には、どんな仕掛けがあったのか。時も国も超えて、未来へと愛され続ける、楽曲の力はどこに秘められているのか。ベートーベン研究家として名高い、文豪ロマン・ロラン(1866~1944)、フランスの大批評家クロード・ロスタン(1912~70)、ブルックナー研究の大家ロベルト・ハース(1886~1960)や、作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)、指揮者フルトヴェングラー(1886~1954)などの楽曲的考察を採取。「第九」「雨だれ」「ニーベルングの指環」など誰もが知る12曲を、創作エピソードや譜面から読み解きます。名著『クラシックの条件』(1982年 中公新書)の復刊。内容紹介ショパンは、情緒に流されて構築の計算を忘れるようなタイプのロマンチストではない。それどころか、計算がまったく表に出ないほどに巧妙な、洗練の極みをいく絶妙のバランス感覚の持ち主なのである。≪雨だれ≫の中間部に認められた「膨張」。この膨張の計算の的確さに気づく時、ショパンの情緒のふくらみが、驚くべき感性の制御のもとにあることが見えてくるのである。――――「≪雨だれ≫の構造」より -
菩薩 由来と信仰の歴史
観音菩薩をはじめ、弥勒菩薩、文殊菩薩、地蔵菩薩、日光・月光菩薩・・・などなど、様々な姿で親しまれ、信仰の対象となっている菩薩とは、いったいなにか。それぞれの名前の由来や、役割と利益、形像の特徴、日本への伝来と信仰の歴史などを分かりやすく解説する。菩薩とは、サンスクリット語のボーディ=サットバに由来し、「悟りを求める人」という意味を持つ。それも、ただ自分中心の修行ではなく、仏の慈悲行を通して一切衆生を救おうとする、大乗仏教の理想的修行者像を意味する。最初は釈迦菩薩だけだったのが、大乗仏教の発展の中で、弥勒、観音、勢至・・・など「十方世界」に多くの菩薩が修行につとめていると考えられるようになったという。なかでも観音菩薩は、ヒンドゥー教の影響も受けて、十一面、千手千眼、馬頭など、多様な変化観音に分化し、その性格や利益をそれぞれに示している。写真や図版、イラストをまじえて、20以上におよぶ各尊の特徴も示した、仏教学の入門書。仏像鑑賞の手引きにも最適。〔原本:『菩薩―仏教学入門―』 東京美術、1982年刊〕 -
西洋占星術史 科学と魔術のあいだ
「○○座生まれのあなたは……」などと始まる「星占い」――雑誌やテレビはもちろん、ネット上でも頻繁に見かけるおなじみの存在ですが、「○○座生まれ」というのはどういうことか、ちゃんと説明できる人は実はそう多くないでしょう。ましてや、星占いはいつ誕生したのか、はじめから今見るようなものだったのか、といった問いに答えられる人となると、もっと少ないに違いありません。本書は、科学や科学技術の歴史に詳しい専門家が誰にでも分かるように、そして面白く読めるように占星術の歴史をコンパクトにまとめた1冊です。占星術を生み出したのは、現在のバクダット南方に位置するバビロニアで紀元前9世紀頃から勢力を伸ばしたカルデア人でした。天文学に長けていたカルデア人は、日蝕や月蝕、彗星の出現などを地上に起きることの前兆として捉え、将来訪れる災厄を予言する技法として、占星術を開発したのです。この技法が、のちの紀元前4世紀に登場したアレキサンダー大王がバビロニアを征服したことをきっかけにしてギリシア世界に流入し、さらに古代ローマに継承されていくのが「西洋占星術」の発展につながっていきます。当初はもっぱら天下国家の運命を対象にしていた占星術は、やがて個人の運命を占うようになりました。個人といっても、はじめは皇帝や王だけがその恩恵にこうむることができましたが、時代が進むにつれて、一般の人たちも自分の運命を知るために占星術にアクセスするようになったのです。当代随一の占星術師である鏡リュウジ氏が解説を書き下ろしたこの文庫版を手にすれば、何気なく触れてきた「星占い」も、ぐっと深みを帯びて、まったく違う魅力的なものに見えてくること間違いなし、です![本書の内容]1 カルデアの知恵2 ギリシャ人の科学3 ホロスコープの技術4 「占星社会」ローマ5 ルネサンスの大論争6 近代科学からの脱落7 現代を生きる占星術 あとがき 解説 鏡リュウジ -
ベースボールの詩学
百年以上も前に、ピラミッドをバックネット代りに試合をしたアルバート・スポルディングの世界一周興行。塁間九十フィートを決めたアレグザンダー・カートライト。その距離が、盗塁や併殺のクロスプレイをうみだしてきた……。ベースボールの起源をたどり、詩との同一性を見出す鮮烈な名篇。「ただ一個の白いボールが、この本全体なのである」。(講談社学術文庫) -
俳句と川柳
俳句も川柳も、同じ17音の文芸。季語や切字の有無だけでは区別がつかない。「風景を詠むと俳句、笑いを詠むと川柳」なのか。しかし、笑いを詠む俳句もあれば、風景を詠む川柳もある。本書では、まず連歌の発句・平句、狂句、前句付など、俳句と川柳のルーツを探る。また、新旧の名句を鑑賞し、また俳人や川柳作家の創作観を紹介しながら、それぞれの本質を探る。観賞にも創作にも必読の書。(講談社学術文庫) -
近世日本国民史 徳川吉宗
「我は天下の政務を摂する心なれば、深宮に手を拱せず」と、紀州徳川吉宗藩鎮より入りて八代将軍を襲職するや果断勇決、白石・詮房の徒を退け、幕政の京都化を阻止、万機を親裁し、頽廃糜爛せる人心を一新。大岡忠相を擢用し秩序を正し風俗を矯正、文教の普及を図るのみならず蘭学を奨励、もって広く知識を世界に求むるの端を啓く。後世の史家をして鎖国日本の後頸家光に比し、開国日本の先駆、徳川幕府中興の祖といわしむる善政を布く。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
公と私
中国思想史の第一人者が描く「公私」に潜む数奇なドラマ! 中国における「公」と「私」は、日本語における「オホヤケ」と「ワタクシ」と同じものを指すのか――。 社会における基本的な二つの位相や領域、政治的な場面における基本的な二つの態度は、中国と日本でいかに異なっているのかを、古代中国から近代にいたる、言葉の歴史を辿ることで、「公共性」をめぐる議論に一石を投じる。 本書の原本は、1996年に三省堂「一語の辞典」シリーズより刊行されました。 目次 はじめに オオヤケの語源 訓読と音読 オホヤケの原義 「ヤケ」の意味 国語辞典での定義 公の語源 中国語の公 甲骨・金文の世界での公 「私」のない世界 公の概念について おおやけ・わたくし概念の特徴 一人称としての「私」 公のなかの「私」 おおやけ領域とわたくし領域 公私概念の特徴 平分と姦邪(ルビ:かんじゃ) 中国の公と日本のおおやけ 公私と倫理 近代の公 日本と中国 近代日本の公 公平の原理 天下の公理 中国の「理」 公における日・中の共同性 領域の共同とつながりの共同 公と共同性 領域の公 つながりの公 公私のけじめ 中国人の公私観念 日本の私的所有と中国の共有制 日本人の私有意識 中国の宗族制 個と共同 公と公界(ルビ:くがい) 「領域の公」と公平 日常的な「私」と社会的な「私」 政治的わたくしと「おおやけ事」 解説(伊東貴之) 索引 -
賄賂と民主政 古代ギリシアの美徳と犯罪
参政権の平等と民衆の政治参加という理想を追い求めた古代ギリシアの人々。しかし、政治の暗黒面を避けて通ることはできなかった。それが賄賂である。では賄賂とは、いつから、なぜ、「犯罪」とされるようになったのだろうか――。 紀元前5世紀なかばに直接民主政の骨格を完成した都市国家アテナイを、国力の絶頂期に導いたペリクレスは、「賄賂になびかない政治家」として知られる。友人からの供応を嫌い、宴会の招きに応じることもなかったという。それが贈収賄の温床になることを知っていたのである。 しかし、賄賂と贈与はどう違うのか。古代ギリシアはもともと、贈与交換が重視される社会だった。贈与の機能は多様であり、現代ならば、それは謝礼、賃金、報償、あるいは賄賂となるが、それは総じて「贈り物」と呼ばれたのである。そのなかで、私的な利益を誘導する賄賂への態度は、民主政の始まりによって一変したわけではなかった。賄賂を断罪する姿勢があらわれるのは、ギリシア人がペルシア戦争という未曽有の困難に直面し、賄賂が公共性にとって破壊的な結果をもたらすことに気づいたときだった。アテナイのパルテノン神殿の建設という大公共事業に際しても、贈収賄事件を実証する記録は1件も見当たらないという。 〔原本:『賄賂とアテナイ民主政――美徳から犯罪へ』山川出版社、2008年刊〕 目次 1 賄賂と贈与 2 贈り物は神々をも説得する 3 ペルシア戦争という転機 4 さまざまな賄賂 5 罪と法 6 賄賂と民主政 あとがき 学術文庫版あとがき -
国民とは何か
「国民の存在は日々の人民投票である」―― この有名な言葉が見出される本書は、エルネスト・ルナン(1823-92年)が今からちょうど140年前、1882年3月11日にパリのソルボンヌで行った名高い講演の記録です。 文献学者として出発したルナンは、その手法を用いて宗教史に取り組み、コレージュ・ド・フランスの教授に就任しましたが、イエスを「比類なき人間」だと断言したことで物議を醸しました。その主張は1863年に『イエスの生涯』(邦訳・人文書院)として出版され、たちまち大ベストセラーとなって名を馳せます。 そんなルナンが、なぜ「国民」について論じることになったのか? そのきっかけは普仏戦争(1870-71年)での祖国フランスの敗北にあります。第二帝政の崩壊、パリ・コミューンの騒擾、そしてアルザス・ロレーヌの割譲といった政治的悲劇を目のあたりにした宗教史家は、にわかにナショナリストとしての顔を見せ始め、政治的な発言を積極的に行うようになりました。その白眉とも言うべきなのが、敗戦から10年あまりを経て行われた本書の講演にほかなりません。 振り返れば、フランス革命に起源をもつとされる「国民国家」の根幹をなす「国民」とは、いったい何なのでしょう? ルナンは、人種、言語、宗教、さらには利害の共通性、国境など、さまざまな要因を検討した上で、それらのいずれも「国民」を定義するには不十分であることを明らかにします。そうして至りついたのが「国民とは魂であり、精神的原理です」という主張でした。国民という「魂」を形成しているものは二つ――過去の栄光と悔恨の記憶、そしてともに生きていこうとする意志です。これら二つを現在という時の中に凝縮した形で述べた定義が、冒頭に挙げた「国民の存在は日々の人民投票である」だったのです。 本書は、フィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』(1808年)と並ぶ「国民」論の古典中の古典として読み継がれ、アーネスト・ゲルナー『国民とナショナリズム』(邦訳『民族とナショナリズム』岩波書店)、ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』(邦訳・書籍工房早山)など、20世紀のナショナリズム研究を生み出す基礎になりました。その流れは、グローバリズムの進展の中で逆説的にも国民国家が存在感を増している今日もなお継続されています。 にもかかわらず、本書は日本では文庫版で読むことができずにきました。最適任の訳者を得て実現した明快な新訳は、現代世界を理解するために不可欠の1冊となるはずです。 -
宮中五十年
明治35年、学習院在学中の著者は宮中に召し出された。4、5人の少年たちとともに、大人たちが出入り禁止の奥御殿で天皇に仕えるのである。10歳の少年が近くで見た明治天皇は、大声で厳しく、几帳面ながら、優しい思いやりを見せた。「大帝崩御」後は、昭憲皇太后、大正天皇、貞明皇后、秩父宮らに近侍し、半世紀を宮中に仕えることとなる。近代史研究者にたびたび引用されてきた重要史料の、初の文庫化。原武史氏が解説執筆。 -
「世間体」の構造 社会心理史への試み
世間の目を意識する日本人特有の行動原理とは? 世間に対して体面・体裁をつくろい、恥ずかしくない行動をとろうとする規範意識――それが世間体である。唯一絶対神をもたない日本人は、それを価値規準とし、世間なみを保つことに心を砕いてきた。世間の原義と変遷、また日本人特有の羞恥、微笑が生まれる構造を分析し、世間体を重んじる意味を再考する。世間論の嚆矢となった出色の日本文化論。(講談社学術文庫) -
包み結びの歳時記
古代、人は生きるために必要にかられて、結ぶこと・包むことを考えました。神が人間だけに授けた特殊な技法「包みと結び」が私たちの精神文化の基調となり、“礼法”という域に昇華するまでには、どんな変遷を辿ったのでしょうか。今や当たり前の景色となった「包み」と「結び」の起源を年中行事や風習から訪ね、由来と意味を解説。日本人の豊かな美の世界を堪能する! 本書は、1991年10月、福武書店より刊行されました。 目次 はしがき 一 年中行事と歳時 はじめに 1年中行事の始まりと広がり 2「包み」の働き 3「結び」のしくみ 4暮らしの中の包み結び 5年中行事と包み結び 6中国の歳時記 二 新年の季寄 はじめに 1門松 2しめ飾り 3結び昆布 4生花初め 5馬騎初め 6着衣始め 7おけら祭り 8お年玉 9掛鯛 10幸木 11猿廻し 12しめ縄の四手 13綱引き 14包み蓬莱 15蘇散 16綯い初め 17縫初め 18初髪結い 19箸包み 20常陸帯の神事 21宝引縄 22万歳と鼓 23結び柳 24大黒天と布袋 三 春の季寄 はじめに 1梅若忌 2事始め 3桜餅 4凧 5新茶 6針供養 7三つ葉 四 夏の季寄 はじめに 1青簾 2菖蒲打ちと菖蒲の枕 3葵祭り 4鵜縄 5団扇 6扇子 7蚊帳 8柏餅 9祇園会 10鱚 11薬玉 12三社祭り 13代掻きと田植え 14襷 15端午の節句と粽 16茅の輪 17夏帯 18夏足袋 19夏場所 20匂い袋 21袋掛け 22 浴衣 23蚊遣り火 五 秋の季寄 はじめに 1牛祭り 2風祭り 3霞網 4鴨 5菊供養 6島田帯祭り 7ずいき祭り 8相撲節会と衣裳 9晴明神社祭 10俵編み 11七夕 12中元 13盆行事 14重陽 15風呂敷 六 冬の季寄 はじめに 1綾取り 2亥の子餅 3襟巻 4縁結び 5事納め 6紙衾 7角巻 8七五三と紐解き 9しめ作り 10障子 11頭巾 12歳暮祝い 13鎮魂祭 14縄跳び 15袴着 16日蔭の鬘 17鰤 18頬被り 19足袋 20羽織と胸紐 21節分 七 通過儀礼 はじめに 1新生児 2誕生祝い 3褌祝い 4結納祝い 5婚礼 6岩田帯 7還暦祝い 8葬礼 9法要 10水引 11熨斗(のし) 12袱紗(ふくさ) 八 日本文化における包み結び はじめに 1神道的なもの 2仏教的なもの 3陰陽五行的なもの 4再び年中行事を考える 5包み結びとのかかわり あとがき -
そば学大全 日本と世界のソバ食文化
日本が誇る伝統食にして健康食、そば。しかし、植物であると同時に作物でもあるソバの文化は、日本だけのものではない。ソバの本場・信州で研究を積んだ農学者が、世界のソバ食文化を探訪して日本のそばの魅力を再発見する。さらにその栄養と味覚、健康食品としての機能や、品種改良についても解説。 江戸の農書に表れる「ソバめくそ」「めくそ飯」とは何か? 「普通種」よりも収量が多くて安定しているダッタンソバ、ニガソバは、なぜ日本で栽培されなかったのか? なぜ「手打ちそば」が上等なのか? 朝鮮半島のシミョン、カルクッス、中国の「猫の耳たぶ」マオアルドウ、ネパールのソバの腸詰、ウクライナのソバカーシャ、スロベニアのソバ団子、フランスのガレットに、イタリアのポレンタ・・・各地のソバ食レシピをみれば、日本の「そば切り」を本流とする麺食ばかりがソバではない。縄文時代から親しまれる、ソバをもっと楽しむ本。〔原本:平凡社、2002年刊〕 -
日本の敬語
東京は京都より敬語が多い? 「ご遠慮ください」は失礼? 「お前」は敬語だった? 貴人は「する」より「なる」? 「敬語は日本語の美しさである。しかし、度をすぎるとうんざりする。」敬語はなぜ生まれたのか。尊敬と相殺される親愛の感情は、どう表現したらいいのか。原日本語、上代から奈良、平安、そして現代へ。敬語の起原と変遷をたどり、情況にふさわしい使い方を考える。一級の言語学者がじっくり向き合う、敬語の歴史と実用。(解説・滝浦真人) 底本:『日本の敬語』角川新書、1959年 【本書の内容】 第一章 序説 一 英語と日本語 二 日本の敬語は文法的 三 日本の敬語は相対性敬語 四 敬語の起原と階級 五 敬語の起原とタブー 六 アイヌの妻女 七 アイヌの婦人語と敬語 八 アイヌ代名詞の構造 九 日本代名詞の構造 一〇 名詞の敬称 一一 結 論 第二章 起原:どうして日本の敬語が起ったか 一 原日本語と敬語法 二 上代日本語の敬語法1 「ます」考 三 上代日本語の敬語法2 「せす・けす・めす・をす・なす・こやす」考 四 上代日本語の敬語法3 「たまふ」考 五 上代日本語の謙称動詞1 「たぶ・たばる・まつる」考 六 上代日本語の謙称動詞2 「まをす(申)」考 第三章 変遷:奈良から平安への敬語のずれ 一 上代敬語と古代敬語の対比 二 平安時代の敬語助動詞の起原 三 奈良・平安の相違 四 万葉語における「頂戴す」について 五 「見めす」の忘却 六 「せす」のまちがい 七 御立為之の誤訓 八 物語文学と敬語 九 後代の敬語 第四章 現代の敬語:どうあり、どうなるべきものか 一 序 論 二 名詞・代名詞 三 動詞 四 地方別 五 現代敬語の無軌道さについて 第五章 結論 一 敬語のとどかない名歌 二 歌から見た敬語の本質 三 結びの言葉 付録 これからの敬語 解説 滝浦真人 -
日本の古式捕鯨
本書の中心は太地五郎作氏の著作『熊野太地浦捕鯨乃話』です。古式捕鯨とそれを行った人々の思考と感情を、内部から正確に観察し繊細に表現した驚異的な著作です。国際社会からの深刻な問い「日本人はなぜ捕鯨をあきらめないのか」という問いに対して、答えるための必読書です。 捕鯨には二つの側面があります。 一つは海中を泳ぐ「富」=鯨を捕らえた後、その富を貨幣へと変えるマニファクチュアの原初形態があったことです。鯨を、肉、油、髭、骨、皮などに分けて、利用しつくすための加工過程のすべてが集合し緊密に組み合わされています。 そして、二つめが鯨を捕るという行為に、組み込まれた「戦争機械」において、人間は媒介を通さず、直接的に自然の力と戦うことです。物理的な力では鯨に劣る人間が、知力をもって集団で鯨に対峙し、執拗な攻撃を加え、鯨を弱らせ、最後に羽刺と呼ばれる若者が海中に飛び込み、一騎打ちをおこないます。その戦いで鯨を仕留めることが、この戦争機械の活動の終了地点となります。 この古式捕鯨の二重構造は、とても日本的と言えるでしょう。非農業的マニファクチュアと農業型ものづくりマニファクチュアは、「半農半漁」を営んでいた海民の生活形態の二重構造と関係が深いと思われます。 以前の輝きを失った日本のものづくりは、農業的マニファクチュアを基礎として発達をとげてきたが、その方法論は、非物質的情報産業が中心の現代では通用しなくなっているのかもしれない。 日本はものづくり、産業の根本に立ち返った自己認識を必要としている。そのとき「異形のマニファクチュア」としてそのレガシーを今日に伝える、太地古式捕鯨の本質を再考することは、未来の文化再生に向けて重要な意義を持つ。本書は、過去を追慕するだけにとどまらない、未来的な意味を持っています。 【目次より】 学術文庫版序文(中沢新一) 太地五郎作『熊野太地浦捕鯨乃話』について 原本口絵より 熊野太地浦捕鯨乃話(太地五郎作) ・太地捕鯨の起源 ・徐福来熊の批判 ・事務所の事 ・大納屋の事 ・山見の事 ・沖合の事 ・勢子船の事 ・六鯨の事 ・鯨切り捌きの事 ・明治十一年の大惨事 和田金右衛門「明治十一年寅十二月二十四日 旧十二月朔日也 背美流れの扣へ」 追 記 ・太地にて初めて洋式にて鯨を捕りたる ・きおいの式 鯨潮を吹く吹かぬの説に就いて実例を説明して置く 熊野太地浦捕鯨の談 昔の鯨の捕り方 ・捕鯨の起源 ・熊野捕鯨の終末の原因 ・太地にて初めて洋式捕鯨の事 鯨肉の料理に就いて 原本あとがき 鯨を捕るということ(サイモン・ワーン) 解 説 中沢新一 -
イギリス紳士のユーモア
山高帽にこうもり傘、優美なマナーとさりげないダンディズム。英国紳士たちの悠揚せまらぬ精神から大英帝国を彩るユーモアが生まれた。当意即妙、光る知性、グロテスクなまでにブラック、自分を笑う余裕。ジョンソン博士、イヴリン・ウォー、チャーチルほか、帝国最上の産物たる紳士の最高のユーモアを味わいつつ、英国流人生哲学の真髄にせまる。(講談社学術文庫) -
暗号 情報セキュリティの技術と歴史
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ソーシャル、モバイル、クラウド、スマート……。爆発的発展を遂げる情報化社会は、有史以来、軍事・外交の「秘匿」を担った暗号の役割を、「認証」へと一変させた。情報セキュリティを担う現代暗号の特性とは? 「共通鍵暗号」「公開鍵暗号」「零知識対話証明」の数理も平易に解説。暗号の歴史と倫理、その技術基盤のすべてがわかる格好の入門書。(講談社学術文庫) -
近世日本国民史 元禄時代 政治篇
五代将軍綱吉の時代は、幕府中心主義が実行せられ、天上天下・国外国内何者も幕府に刃向かう者はなく、将軍の命令に反抗する者はなかった。即ち、綱吉の初政は堀田政俊に輔佐せられたが、正俊横死事件は幕閣の仕組みに一大変化を来し、御側御用取次役の制は閣臣を牽制、佞臣柳澤吉保の登用は、綱吉をして享楽に耽溺せしめ、母桂昌院の迷信は佞僧隆光に利用され生類憐愍の悪政を招き、遂に悪貨製造、物価騰貴の原因を作るに至った。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 徳川家康(三) 家康時代概観
今日は今日だけの仕事をなしつつも百年の後を考えた家康は、征夷大将軍の職を秀忠に譲り、将軍職世襲を天下に宣言し、自らは駿府に退いて、江戸との二次政治による徳川氏永久政権構想を進めつつ大坂役を画策。役後ただちに武家諸法度・公家諸法度を定め、武力に代わる法の制定と運営を通じ、公武分離を原則とした幕藩体制の理論的基礎を確立、戦国以来の下剋上にとどめを刺し、波瀾万丈の七十五年の生涯にも見事な終止符を打った。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 徳川家康(二) 家康時代 大阪役
家康、関ヶ原役後征夷大将軍に登るも二年にしてその職を子秀忠に譲り、徳川氏世襲の緒を開く。その間大阪における秀頼は日に壮に赴きつつあり。時に家康七十余歳、己が頽齢を顧慮、「国家安康」の大仏鐘銘を理由に、餓虎の羊に向かうごとく大阪城を包囲、冬・夏の陣を経て遂に豊臣氏を滅亡の淵に逐う。公正なる史家は、家康その人を論ずるに稀代の政治家と驚嘆するも、倒行逆施の大阪攻めをもって、家康の中なる最大悲劇を看破する。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 徳川家康(一) 家康時代 関原役
秀吉の死後利家また去るや、天下は群羊一虎、家康の存分となる。三成、反対派に追われ佐和山城に屏居、時節到来を俟つ。景勝会津へ帰国。三成、兼続、恵瓊ら黙契神会、奥州不穏。家康東征中における上方事変を予期、悠悠として景勝征討の途につく。時勢正に醗酵、三成ら挙兵、家康の罪状を天下に表白。家康三万余の兵を率いて西上。慶長四年九月十五日、東西両軍十四、五万の兵関ヶ原を中心として屹然として相対峙、激戦の火蓋を切る。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 赤穂義士 元録時代 義士篇
元禄十四年三月十四日浅野内匠頭、吉良上野介に刃傷、その日のうちに切腹。悲報赤穂に飛び、翌年十二月十四日大石良雄ら長短の家来党を組み、吉良邸に押し入り亡君の讐を報じ、翌年二月義士ら斉しく切腹。時に元禄の晩年、天下は泰平の糜爛期にあり、この一挙の世道、人心に及ぼしたる影響まことに甚大。義挙か暴徒か、四十七士か四十六士か。時代の縮写図をこの事件の中に見たる著者は博引旁証、みごとにこれを歴史的に証言する。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 豊臣秀吉(四) 豊臣氏時代 庚篇 桃山時代概観
露と落ち露と消えぬる我身かな 浪華のことは夢のまた夢/慶長三年八月十五日、病床の秀吉は家康・利家・輝元・秀家の四大老を枕元に招き、秀頼の将来を依頼、十八日朝六十三歳を一期として不帰の客となるや、桃山文化もまた幕を閉じた。日本歴史ありて以来の全国統一された桃山時代は秀吉時代といってよく、この豪快児が舞躍を逞しくした晴れ舞台であり、活気と創造的空気に満ちた、日本的「近世」の道を準備した時代でもあった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 西南の役(七) 西南役終局篇
田原坂の激闘以後、転戦しつつ敗走せる薩軍、城山に籠城。九月二十三日夜、西郷隆盛諸将を営中に招き訣別の宴を開く。翌払暁、四面の官軍総攻撃を開始、西郷らは洞窟を出でて岩崎谷へ向う。乱弾忽ち西郷傷つく。西郷、別府晋介を顧みて「晋殿、もうここでよか!」と。すなわち跪坐し、襟を正して東天を拝す。時に五十歳。戦治まり猛雨一陣、城山の戦血を一洗。後人曰く、「西郷永く死せず」と。ここに士族の時代はその終焉を告ぐ。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 堀田正睦(四) 安政条約締結篇
堀田正睦はハリスと三次にわたり会見、鎖国の不可、開国の国是を脳裏に印象づけられ、一切ハリスの要求を容るる旨告げる。幕府は直ちに井上清直・岩瀬忠震を全権委員に任命、安政四年十二月十一日、九段下蕃所調所にて日米修好通商条約の談判を開始、彼我の懸隔を討論、十三次に及び漸く締結。本篇はその堀田、ハリス会見および条約談判記録であり、開国当時の最も困難な内外情勢下に、当局者がその最善を尽くしたのかの迫真篇である。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
イギリス貴族
政・官・軍のリーダーとして大英帝国を支えつつ、空前の豊かな生活を送った貴族たち。その知られざる実態とは!? イギリスの貴族は、国の主導者として法律を作り、政治を司り、軍隊を指揮する一方で、宏壮な邸宅では社交、狩猟、スポーツに熱中した。今では世界中に広がる「英国的」な文化にも、彼らエリートが育んだものが多い。イギリスを知るには、貴族への理解が不可欠なのだ。とはいえ、そうした貴族の実態は、多くのイギリス人にとって謎に包まれてきた。 たとえば、貴族の身分はどのように決まるのか、カントリー・ハウスでの豪奢な生活はどのようなものか。貴族と紳士の違いは何か。どのような社会的役割を果たし、他方で社交に興じていたのか。そもそも、貴族の起源とは? 多くの事例とともに、軽妙な語り口でわかりやすく紹介する好著。(解説・新井潤美) プロローグ――大英帝国の先頭に立つ者 第一章 貴族は稀族 第二章 貴族の豊かな生活 第三章 貴族の教育 第四章 ノブレス・オブリージュ 第五章 金と暇が生み出したもの 第六章 貴族の生き残り作戦 エピローグ されど、貴族 参考文献 あとがき 解説 新井潤美 -
リズムの生物学
地球上に生まれた瞬間から40億年近く、あらゆる生物は太陽の光、月の満ち欠け、潮の流れに同期しながら、体の中にリズムを奏で続けてきました。我々の小さな細胞がなぜ、宇宙のサイクルに呼応してしまうのか。眠り、刺激、脳波、心臓――体内で繰り返し起こるリズム発生のメカニズムとは? 「繰り返し」に安らぎを感じてしまう人間の本能を、生命の神秘にまつわる21の視点から解き明かします。 本書は1994年10月に中公新書より刊行された『いのちとリズム』を改題、加筆したものです。 目次 1天体の動きとリズム 2サーカディアンリズムの進化 3サーカディアンリズムの分子生物学 4眠りのリズム 5刺激の伝達のリズム 6脳波のリズム 7心臓の拍動 8非線形振動 9線虫の運動のリズム 10受精波 11細胞分裂のリズム 12細胞という繰り返し構造 13細胞性粘菌の集合のリズム 14ベローソフ-ジャボチンスキー反応 15体節という繰り返し構造 16進化のリズム 17DNAの繰り返し構造・ 18遺伝子の繰り返し構造 19非平衡系と生命現象 20繰り返しと心の安らぎ 21文化とリズム おわりに 参考文献 講談社学術文庫版あとがき -
最澄と天台教団
令和3年6月、天台宗の開祖である伝教大師・最澄の1200年大遠忌を迎える。平安時代に真言宗を開いた空海とならび、日本の仏教史で大きく語られる最澄の評伝と、その後の弟子たちの活動、さらに江戸時代に至るまで日本史の中で天台宗が果たした役割をコンパクトに学ぶ良質な概説書。 最澄が生きた時代、仏教は単に「信仰」の対象だっただけではなく、学問そのものであり、社会制度を支える思想であり、律令国家を成り立たせ、安定させる機能をも期待されていた。僧侶は思想・教養を備え、宗教的に訓練されたいわば国家公務員として位置づけられているなかで、最澄ほど、律令制度の中で十分に機能する僧侶のあり方を追究してやまなかった僧はいない、とすらいえるのである。そして比叡山からは、円仁・円珍をはじめ、良源、源信、徳川家の信任を得た天海らの高僧を輩出して、天台宗は国教にひとしい地位を占めた。また、最澄以来培われた一乗仏教の思想からは、いわゆる鎌倉新仏教が派生していったことから、比叡山・天台宗は「日本仏教の母胎」とも呼ばれる。最澄と天台教団を軸に、日本仏教の1200年の歴史を読み直す。巻末解説を、著者の子息で大正大学特任准教授の木内堯大氏が執筆。〔原本:教育社刊、1978年〕 -
カール・クラウス 闇にひとつ炬火あり
稀代の作家・ジャーナリスト・編集者カール・クラウス(1874-1936年)。ただ一人で評論誌『炬火』を編集・執筆し、激動する世界の中で権力や政治の堕落・腐敗に〈ことば〉だけで立ち向かったクラウスは、ベンヤミンやウィトゲンシュタインが敬愛した人物にほかならない。著者が深い思い入れと情熱を注いだ本書は、生い立ちから雑誌での活動、代表作の紹介まで、巨人の全貌を描いた日本語による唯一の書物である。 -
宇宙の哲学
宇宙の歴史は有限か無限か? 「この宇宙」はどのように生まれたのか? 時間以前には何があったのか? …… 宇宙の謎をめぐる人類の探究の歴史を、ケプラーのSF的宇宙探索物語、パスカルの無限空間への恐怖、ニュートンの普遍力学、カントのコペルニクス的転回、ラプラスの魔、パースの進化論的宇宙論といった魅力的なトピックとともに、コンパクトかつ深く辿る! ビッグバン宇宙論や多宇宙論など、物理学の最新成果を踏まえた、哲学の泰斗による「新しい自然哲学」構築の試み。 解説は、『なぜ宇宙は存在するのか』の野村泰紀氏(理論物理学/カリフォルニア大学バークレー校教授)。 [目次] ■講義 自然哲学の行方 第一講 コスモロジーの自立 (われわれの生きる宇宙/…新しい自然哲学の時代のとばぐち/…) 第二講 ケプラーの夢 (伝統的思考法からの独立/…世界初のサイエンス・フィクション/…) 第三講 無限宇宙の永遠の沈黙 (…沈黙する宇宙と人間の孤独/…パスカルの根源性と先駆性) 第四講 時空をめぐる論争 (ニュートン力学が切りひらいた問い/カントによる時空論の総合/…) 第五講 レヴォリューションーー回転か革命か (世界観の転換/…時空やカテゴリーは固定的か) 第六講 決定論の崩壊 (ラプラスの魔/…非決定論の方へ) 第七講 ビッグバンの方へ (「人類の偉大な一歩」/…哲学に役割は残されているか/…) ■補講 宇宙の時間、有限か無限か 補講一 有限説と無限説 (カントの「誤り」を超えて/…宇宙の歴史は無限か/…) 補講二 カントのアンチノミー (アンチノミーが暴くもの/…ゼノンのパラドクスから一九世紀の数学・論理学へ) 補講三 パースの宇宙論 (進化論的宇宙論ーーカオスからコスモスへ/…現実の「外」へと目を向ける方法) ■解説 新しい自然哲学は未解決問題に挑めるか 野村泰紀 ■人名索引 -
航西日記 パリ万国博見聞録 現代語訳
1867(慶応3)年、パリ万国博覧会が開催された。日本が初めて参加した国際博覧会であり、幕府は徳川慶喜の弟である昭武を公使として派遣した。使節団には幕臣となっていた渋沢栄一が随行。帰国後、渋沢は、外国奉行支配調役として同行した杉村譲(愛蔵)とともに、全6巻の詳細な渡欧記録をまとめ、1871年(明治4)に刊行した。 この記録には、フランスの繁栄を誇ったパリ万国博での見聞のほか、ナポレオン3世やイタリアのヴィットリオ・エマヌエレ2世、オランダ国王ウィレム3世ら欧州要人たちと徳川昭武の謁見、産業革命のただなかにあったイギリスの工業化や、政治・経済のシステムへの驚きなどが、生々しく描写されている。 従来、この日記は、渋沢の単著として扱われてきたが、近年の研究により、旅の前半を幕臣として同行し、後に明治政府の官僚となった杉村譲の日記と渋沢の日記から編纂・執筆されたものであることがわかってきた。こうした旧幕臣の体験と知識が、その後の近代化に大きく生かされたのである。 文庫化にあたっては、『世界ノンフィクション全集14』(筑摩書房、1962年)所収の大江志乃夫現代語訳を原本とし、「付録」として、一行の帰国の事情と帰国後の動向を記した、渋沢栄一談/小貫修一郎編著『渋沢栄一自叙伝』(渋沢翁頌徳会、1937年刊)の13章1節から4節までを収録した。 -
天明の浅間山大噴火 日本のポンペイ・鎌原村発掘
「地獄というものも、これほどひどくはないだろう」―― その日、山に、村に、何が起こったのか? 史料と発掘調査で甦る、埋もれた歴史の真実! 天明三(一七八三)年旧暦七月、浅間山は空前絶後の大爆発を起こす。大地は鳴動し、黒煙は天を覆い、火砕流・溶岩流が麓の村々を焼き尽くし埋め尽くした。この未曽有の事態に、人々はいかに対したのか。史料と埋没集落・鎌原村の発掘調査から、当時の村の社会状況、噴火の被害の実態、そして人々が生きた現実を再現する、驚天動地の歴史ドキュメント! [目次] 第一章 近世の埋没集落 第二章 天明三年の大噴火 第三章 浅間大噴火の被害 第四章 浅間大噴火の影響 第五章 浅間山鎌原村 第六章 鎌原村の発掘 「天明三年の悲劇の日、人々はわれ先にと必死になって観音堂めがけて駆けつけたはずである。もちろん無事駆け上がった人もあるが、いま一歩というところで、背後からおしよせた火砕流に呑まれた人もあるはずである。この埋った石段のどこかにそんな人がいるのではないか……。」――「第六章 鎌原村の発掘」より -
時間の分子生物学 時計と睡眠の遺伝子
ほぼすべての生物の遺伝子が、「24時間」のリズムを刻む謎。 生物はなぜ眠るのか? この生命最大の謎にまだ完全な答えはありませんが、約24時間のリズムを刻む生物時計は、人間や高等動物だけではなく、昆虫、草木、単細胞生物にも備わっていて、ほとんど同じ遺伝子を使っていることがわかってきました。 なぜか午前中は時間が早く経つように感じられる。目覚まし時計の少し前に目が覚める。時差ボケがつらい――こうした多くの人の経験は、春になると桜が咲くこと、渡り鳥が方角を間違えないこと、蛹がかならず早朝に羽化することと同じ、この生物時計のリズム(サーカディアン・リズム=既日周期)によるものです。そして、地球上のほとんどすべての生物の遺伝子には、先天的にこのリズムが組み込まれています。 この生物時計はどういう仕組みで動き続けているのか。そこで「眠り」はどういう役割を果たしているのか―ー? 生物時計と睡眠研究の第一人者である著者が、解明されてきた謎といまだ解明されない謎をわくわくする筆致で描いたベストセラー。日々の実感と地球生物全体が遺伝子でつながる感動に、最新の成果を盛り込み、待望の文庫化! ・平成16年、講談社出版文化賞・科学出版賞受賞作 ・本書のテーマのひとつ、「概日周期を制御する分子機構の解明」は、2017年のノーベル医学生理学賞受賞 【目次より】 1章 なぜ生物時計があるのか 2章 脳の中の振り子 3章 生物時計の部品の発見 4章 分子生物学が明かした驚異のしくみ 5章 不眠症のハエから睡眠遺伝子を探る 6章 睡眠の謎 7章 生物時計は睡眠をどう制御しているか 8章 睡眠研究の突破口 ナルコレプシー ■生物時計と睡眠をもっと知るためのブックガイド -
中世イタリアの都市と商人
海賊さながらに武装する商人、巨大化するガレー船、移住する地主と小作人、都市・農村行政を支える公証人……。 古文書館に眠る証書や帳簿、登記簿などの史料を丹念に掘り起こし、中世イタリア都市社会・地中海世界を生き生きと再構成。のちの中世イタリア史研究の芽はすべてここにあるとも形容される、稀代の中世社会史学者の到達点。 (解説:池上俊一) * * * [本書の内容] 1 地中海商業と海賊 2 ジェノヴァ・キオス・イングランド 3 地中海貿易とガレー船 4 イタリア中世都市の「市民」と「非市民」 5 中世末期イタリアにおける職人・労働者の移動 6 中世末期イタリアにおける公証人の活動 7 イタリア中世都市論再考 8 イタリア中世都市論再考――清水廣一郎氏遺稿 解説 かけがえのない細部を慈しむ 池上俊一 -
オーストリア皇太子の日本日記
本邦初訳!「サラエボの悲劇」の主人公が綴る日本紀行 長崎―熊本―下関―宮島―京都―大阪―奈良―大津―岐阜―名古屋―宮ノ下―東京―日光―横浜 1892年末、オーストリア帝国帝位継承者、皇太子フェルディナントは世界周遊の旅に出た。翌年長崎に到着した彼は東京を目ざすが、その途次、各地で日本文化との出会いを堪能しつつ、のちにウィーン民族学博物館日本部門の礎をなす18000点もの美術品等の蒐集も行う。21年後、サラエボで暗殺される悲運の皇太子若き日の日本紀行。 園内は無数の提灯がまるで妖精のようにきらきらと輝き、真昼のような光に満ちあふれていた。日本人というのは、まことに照明の達人だ。簡素きわまりない装置を巧みに用い、すばらしい効果を生み出す術をじつによく心得ている。(熊本クラブの庭園にて) -
幻獣の話
「むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」。ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899-1986年)は、『幻獣辞典』の序でそう語る。 マルコ・ポーロがスマトラで目にした一角獣、フランスの教会の壁面に刻まれた大耳人間、日光東照宮を彩る幾多の霊獣に、目まぐるしく姿を変える千変万化のバルトアンデルス.......。古今東西の書物に記された、不思議で興味深い生きものたちをめぐるエッセイは、まさにボルヘスが語る「喜び」に満ちている。 龍のように、洋の東西を超えて同じような想像上の生きものが生み出されるのはなぜか。人間はなぜ、くり返し、異様なもの、奇妙なもの、ときにはグロテスクなものを生み出したがるのか――。軽妙洒脱な語り口で繰り広げられる世界に引き込まれていくにつれて、私たちの意識に、あるいは無意識のうちにこそひそむ「幻の獣」の姿が浮かび上がる。 古代中国の『山海経』から、二十世紀にカレル・チャペックが生み出したロボットに至るまで、書物を広く深く愛した著者ならではの幻獣奇譚集。 1 一角獣――マルコ・ポーロが見たもの 2 アジアとヨーロッパ――幻獣という知の遺産 3 不思議な生きもの、不思議な人――狂気と文学のあいだ 4 幻獣紳士録1 5 幻獣紳士録2 6 百鬼の奇――日本の幻獣 7 霊獣たちの饗宴――日光東照宮の場合 8 中国の宝の書――『山海経』入門 9 私という幻の獣――寺山修司の夢 10 ゴーレムからロボットへ――二十世紀の幻獣 -
悪魔の話
悪魔。神の教えと対をなし世界の半分を支配するとされた闇の帝王たち。その誕生から性格、分類、風貌、材質、総数、そして悪魔と契約する方法まで。ヨーロッパが育んだ「悪魔」の観念は、どこから生まれどこへ行くのか。その歴史を追い、人類史上最大の悲劇が生起する過程にまで迫る。人の世のいたるところにいる悪魔たちを凝視した決定版〈悪魔学入門〉。 -
鶴屋南北 かぶきが生んだ無教養の表現主義
19世紀、遊里とかぶきの全盛を過ぎ、文化と衰退と爛熟が肌で感じられた江戸化政期。それは地震・噴火・洪水と、鎖国の綻びの時代でもあった。「四谷怪談」「桜姫東文章」などで知られる四代目鶴屋南北は、奇抜な趣向で当時の「現代」を写しとり、かぶきに新たな地平をひらく。彼は世に何を仕掛けたのか。伝統の革新とは何か。稀代のかぶき研究者畢生の渾身作。 -
役人の生理学
革命後、ジャーナリズムが勃興したフランスで一気にブレイクした「生理学」シリーズ。現代の「スーパー・エッセイ」のたぐいですが、バルザックの観察眼にはなかなか唸らせられます。冒頭の定義があります。「役人とは生きるために俸給を必要とし、自分の職場を離れる自由を持たず、書類作り以外なんの能力もない人間」現在と同じではありませんか! 付録に、一九世紀の役人文学3篇を追加。(講談社学術文庫) -
近世日本国民史 豊臣秀吉(三) 豊臣氏時代 丙篇
九州役後、関白秀吉の威令全国に及ぶも、ひとり関東の北條氏これに服せず。秀吉の炯眼北條の平和的手段にて済度するべからざるを洞見、出師の名義を眞田氏居城紛争に得、大軍を擁して小田原城を包囲すれば、奥羽の伊達正宗もこれに来応、北條氏全くの孤立無援。世にいう「小田原評定」の末、北條氏遂に降伏。家康を関東に移封後、秀吉の政令、津軽より薩摩に及び、中央集権は名実共に実行され、太閣検地の丈景の縄は全国津々浦々に及ぶ。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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