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Posted by ブクログ
会社を辞めてからずっと、「意味のあること」を仕事にしたいと思ってきた。
しかし、意味と仕事の接続は、簡単ではない。
自分が信じる意味は、時に独りよがりなものになってしまうからだ。
鷲田清一『だれのための仕事』を読んで、仕事のヒントだと感じたのが、「よろこび」と「ひととしての限界」。
まずは、自分がよろこびを感じられること。
それは、生きるうえでの大前提だと思う。
そのよろこびの先に、自分の能力が育まれる。
そして、その能力がだれかの限界を担うことができたとき、はじめて仕事は、ほんとうの意味を持つのかもしれない。
きっと、そういう順番なんだと思う。
Posted by ブクログ
まるまるしっかり理解しようとするのは難しいが、断片的にすっと入ってくる部分にはとても救われる。仕事をする意味(というか大義)や自己実現というのをいつのまに求めすぎて苦しくなるとき、自分がスランプにあると感じているとき立ち返る。
労働のなかに〈遊び(=私にとっては業務の中身そのものを改めて考え直したり効率化を試行錯誤したり、そこからプラスアルファで何かを得ようとすること)〉を見出す余裕をつくりたいし、他者との関わりのなかに自分の業務があるという実感を定期的に思い出したい。
そして新卒3年目を目前に色々と葛藤があるいま、改めてこの文章を心にとどめておきたい。
『会社に入ればみな、だれでもできる仕事しかさせてもらえない。だれでもできる仕事を工夫しながら丹念にくり返しているうちに、じぶん流のやり方を見つけ、また周囲にも認められるようになる。そうしてはじめて、他のひとにはできない仕事が生まれる。会社員のみならず、「職人」でも「先生」でも「お坊さん」でも、みなおなじことだ、と。(p.168)』
Posted by ブクログ
子どものころからの、評価される自分は偽の自分である、という感覚と、仕事をしていてその意味づけに苦労したり、誰かの役に立っているという実感をもとめたりすることが無関係ではないと気付きました。
仕事について書かれた本だけど、これからどうやって生きようか、整理して考えることができます。
阪神大震災の後に書かれた本なので、ボランティアのことも書かれていて、311のあとで感じた、何かしなければ、という感覚と、でも理性ですぐに被災地に乗り込んでいくのを抑えていた時の感じがどこから来ていたのか、分かってすっきりしました。
ここから先、成功も失敗もするだろうけど、自分が仕事に求めることの軸は失わずに、丁寧に社会に関わっていきたいなと思います。
Posted by ブクログ
・「冒険する組織のつくりかた;安齋勇樹著」本を読み進めている中で、そもそも“仕事のやり甲斐“の意味は何かと疑問に思い、久々に本書を再読しました。
・仕事は社会的な営み故に、他者・他社との関わりに応じて「仕事のやり甲斐」は絶えず変化していく。
・鷲田さん(著者)の主張は、変化を楽しむ「冒険的組織」を目指す上で押さえるべきポイントと感じました。“仕事を通じた自己実現“と“組織を通じた社会的使命“が結びついた時に「仕事のやり甲斐」を得られ、深い満足感に達することが出来るのかもしれません。ただ「自己実現と社会的使命」は抽象度が高い言葉の為、これらの言葉に振り回され無いよう、自分なりの具体的な回答を見つけたいです。
Posted by ブクログ
1 前のめりの生活
・「時は金なり」という言葉で表現されるように、現代では時間を無駄にしないことが重要だとされる。ジョンロックは、生命と財産の保全のために所有権の理論を構築し、累進的増大を徳目とする思想を提唱した。また、労働は価値ないしは富の源泉とした。資本主義を支えるこの勤勉・勤労というエートスが、人間の活動はたえず価値を生産しなければならない、それもつねにより多く、より速やかに、つまりはより効率的に、という強迫観念を生み出してくる。結果として、現代人は、未来をよりよくするために、今を効率的に生きなくてはならないという思想に縛られるようになった。
2 インダストリアルな人間
・現代では、労働は人生を意味づけるもの、生きがいとして受け止められるようになっている。さらに労働のみならず、余暇や消費、さらにはじぶんの身体といったものにも勤勉・勤労のエートスが浸透するようになる。
・たえず変化していなければならないという強迫的な意識が、惰性的に反復されてきたのが20世紀社会であった。
3.深い遊び
・仕事と遊びが、労働と余暇という関係へと二極化され、労苦とそれからの解放というふうに、両者が対立物として規定され、その差異が強調されることで、皮肉にもそれぞれが空疎なものになってしまった。
4.労働 VS 余暇 のかなたへ
・仕事の「内的な満足」は、未来の目的とではなく、現在の他者との関係と編みあわされている。すなわち自己のアイデンティティとの関連で与えられるものであり、「生きがい」とよばれるものである。
・なにかに向かっているという感触が充実感やときめきを与える。そしてそういう感覚のなかでは目標点ではなく、通り過ぎる風景のひとつひとつが、回り道や道草もが意味をもつこととなる。
・現在を不在の未来の犠牲にするのでなく、「いま」というこのときをこそ、他者たちとのあいだでときめかせたいものだ。
Posted by ブクログ
本書では、自らが行う「仕事」について、労働と余暇といった二項対立の議論では収まらず、双方が相互に「入りくんでいる」様相であり、現実的に対処できないことを示している。この説明にあたっては、例えば、「目的の有無、価値の生産と消費、効率と非効率、規律と自由、まじめとあそび、つらさとたのしさ」(p.11)や自由と自律というように対比させ、これらを軸としている言説は、巷のエッセイやSNS上でもよく目にする。著者はそうした背景には、多くの人々が《労働社会》に生きていることが生活の基盤となっているためと指摘する。その背景には仕事を含めた日常生活における様々な過程で求められる「前のめり」の意識と姿勢があるという。自分自身も、労働時間以外の余暇という時間に対して、更なる意義・意味・目的・充実感を求めることは多々ある。そのプロセスが楽しい瞬間もあるが、著者に言わせれば〈インダストリー〉というエートスにとらわれている、という状況にある。さらに社会という段階でみれば、常に前のめりで変化し続けることが標準となり、他方、安定を求めればそれは後退と揶揄される時代が今日といえそうだ。とはいえ、私のクラスターには、こうした時代に見事に適応した人々がわりと多い。
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