講談社文芸文庫の検索結果
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使徒的人間──カール・バルト
聖書のもつダイナミズムを解き放ち、人間の救済を志向する。 理性への信頼に基づく近代主義、あるいは人間中心主義を根底とした自由主義神学の内部から、それを打ち破るかのように登場したカール・バルト。神学を人間学へと解消する潮流に抗し、キリストと行動をともにした使徒によるドキュメントとして聖書をとらえ、神の言葉と啓示がもつ直接性の復活を果たす。使徒という存在に近代の超克を読みとり、来るべき人間として思想と文学の起点にすえる、画期的な長篇評論。 佐藤優 使徒は、人間を救済するという自覚を持つ人間だ。この救済は、個別具体的である。救済の一般理論は存在しない。(略)神の存在が生成において人間に理解されることに対応し、富岡氏の思想的営為も常に生成過程にある。イエス・キリストという名に徹底的に固執することによって、日本人の歴史物語、特に天皇と救済の関係について、いつか適切な言葉が見つかることを信じながら、富岡氏は評論活動を展開しているのだと私は見ている。――<「解説」より> ※本書は、講談社刊『使徒的人間――カール・バルト』(1999年5月)を底本として使用しました。 -
春秋の花
妥協を許さぬ小説や批評の書き手で知られる大西巨人は幼少期より古今東西の詩文を愛好してきた。成長し老境に至るまで折りに触れ愛唱してきた断章は、柿本人麻呂、西行、正岡子規、石川啄木、与謝野晶子、斎藤茂吉、斎藤史、松尾芭蕉、西東三鬼、金子兜太、島崎藤村、三好達治、佐藤春夫、茨木のり子、森鴎外、夏目漱石、樋口一葉、有島武郎、中野重治、小林秀雄、吉本隆明、柄谷行人…と、万葉の世から現代まで幅広く、また意外性すら湛えて季節毎に丁寧に並べ置かれている。 文学を愛する者として人後に落ちない大西巨人が年月をかけ丹精して選んだ詩文の精髄がここにある。 -
娼家の灯/面影 川崎長太郎新聞連載随筆集
いわゆる赤線、著者が描いてきた「抹香町」、玉の井やその他私娼街など、娼婦の街に生きた女たちの姿を、感傷を排して描く「娼家の灯」。 小田原をはじめとする西湘地域の時代的な変遷をたどった「西湘今昔」。 徳田秋声や宇野浩二ら長太郎が交友した作家たちの姿を活写する「面影」。 当時の社会への批評や自身の日常にまつわる出来事を綴った「週言」。 自らをもクールに見つめ容赦なく素材として使って描きつづけた私小説作家ならではの、感傷を排した筆致でありながら、どことなくユーモアの気配漂う昭和文士の文章の芸が様々な角度から存分に堪能できる、講談社文芸文庫オリジナル編集の傑作随筆集。 -
小説家の帰還 古井由吉対談集
小説家としての新境地に至った『楽天記』の連載中の1991年2月から4月にかけて、古井由吉は頸椎間板ヘルニアにより約50日間の入院を余儀なくされる。その経験は小説『楽天記』そのものに影響を及ぼしたであろうことは予想に難くないが、直接的には連載完結後の1992年に次々と雑誌に掲載された対談において詳しく語られることになる。 本書冒頭に置かれた江藤淳との「病気について」はそのストレートな表題もさることながら、病が精神にいかに影響するかという体験を、一見嬉々として語り合っているだけのようだ。しかし、それは迂回しながら肉体というものの本質に迫ろうという試みであったろう。 次の吉本隆明との「漱石的時間の生命力」では直接的に古井の病については触れられていない。しかし、モチーフは「夏目漱石」である。非常に精神的に追い詰められた感のある文学者をめぐるやりとりである。また、漱石を扱うということで、先の江藤との対談をひそかにではあるが承けてもいる。ここでは静かに不穏な空気が満ちていくのである。 続く平出隆との「「楽天」を生きる」と松浦寿輝との「「私」と「言語」の間で」は、年少のきわめて鋭敏な感覚を持つ詩人と、胸襟を開いて会話を楽しんでいるように見える。平出とは『楽天記』という作品について、また松浦とは古井流の散文表現そのものについて、それぞれ深いところまで語っている。 解剖学者養老孟司との短い対談「身体を言語化すると……」では、身体と文学作品の関係についてテンポよく展開されている。使われる表現も平易で、とてもわかりやすい。 掉尾を飾る大江健三郎との「小説・死と再生」は、同時代を生き、かつ年齢の近いもっともすぐれた小説家同士による対話であり、まさに談論風発、小説という表現についてあらゆる角度から話そうとする試みが、読む者を元気づけてくれる。この二人の小説家が歩んだのは、けっして楽な道ではなかったろうが、振り返ってみると素晴らしい旅だったのではないかと想像できるのである。 1990年代初頭という現代日本の曲がり角において作家古井由吉の感じていたリアルを追体験できる貴重な言葉の集積として、この『小説家の帰還 古井由吉対談集』は2024年に再生するのである。 -
小説の未来
村上春樹『スプートニクの恋人』、村上龍『希望の国のエクソダス』、川上弘美『センセイの鞄』、大江健三郎『取り替え子』、高橋源一郎『日本文学盛衰史』、阿部和重『ニッポニアニッポン』、町田康『くっすん大黒』、金井美恵子『噂の娘』、吉本ばなな『アムリタ』など、1990年代の日本文学を深く読み込んでその本質を読解したうえで、現代文学に初めて接する若者の読者に紹介できるレベルまでやさしく丁寧に伝えようとして書かれた、実験的でありつつも実践的な文芸批評の傑作。 -
新旧論 三つの「新しさ」と「古さ」の共存
昭和初期に鮮やかに出現し、いまなお文学に関心を抱く者がどこかで出会う、小林秀雄、梶井基次郎、中原中也―― 彼らの文芸評論、小説、詩はどこが新しく、どこが古かったのか? 著者は通念にとらわれず、すべてをゼロから読み解くことで、この三人の文学者の表現を徹底的に検討し、思いの外自らに近いところに三人の存在があるという理解に至る。 「早稲田文学」1981年11月号に発表されたものを徹底的に加筆訂正し、1987年7月に刊行された二番目の評論集『批評へ』に収録された長篇文芸評論が37年を経て再刊される。 文芸評論家としての加藤典洋の出発点に再び光が当てられる。 -
新撰 小倉百人一首
「沖の石の讃岐以外は悉皆非代表歌、式子と定家とあと二、三人を除けば、他は一切凡作――」。定家の百人一首が「凡作」揃いだとの批判は多い。だがあえて定家と同じ人選で、まったく別の「百人一首」を編んだ強者はいない。本書は前衛歌人・豪腕アンソロジストが放つ、定家への挑戦状である。どちらが秀歌か。読者ひとりひとりの判断を待つ。※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
自伝の世紀
文学の長い歴史のなかで成長を続けた小説ジャンルといえども、20世紀になるとその地位がゆらぎ、あたかも生命体のごとくに、老化衰退の様相を呈し始める。その間、自伝ジャンルは、「私」のイメージの拡大とともに、目ざましい急成長をとげる。本書は、自伝ジャンルこそ20世紀文学の中核的位置を占めるものである、という主張を基軸に執筆された、著者畢生の自伝論である。芸術選奨受賞作。 -
常識的文学論
歴史小説、推理小説は「文学」に値するのか? ――大衆文化の隆盛とともに、文学の世界においても、大衆小説や中間小説が文壇の主流へと登場しつつあった1960年代初頭。こうした流れを、純文学にとってかわるものとして擁護する批評家の言も含め、歴史小説や推理小説の実体を根底的に批判した、ポレミックな文学論。<『蒼き狼』論争>となった井上靖への批判、深沢七郎の『風流夢譚』批判、松本清張批判など、スリリングな文芸時評16篇。 「昨年中から大衆文学、中間小説の文壇主流進出を認容する論調があった。現象自体は現代の大衆文化進展の一環であり、別に不思議もないが、われわれの伝統や世界文学史に基いた文学の理念をこわしてまでこれを擁護しようとする批評家が一部にあった。(略)私はそれらに対して、文学の原理を争うのではなく、諸君の礼拝している淫祠邪教の実体はこれなのだ、と摘発する方法によった。」(「序」より) -
聖火
第一次大戦後の英国上流家庭。事故で半身不随となりながらも快活にふるまう長男が、ある朝、謎の死を遂げる。美しい妻、ハンサムな弟、謹厳な母、主治医、看護婦らが、真相を求めて語り合う。他殺か、自殺か。動機、方法は? 推理小説仕立ての戯曲は、人生と愛の真実を巡り急転する。二十世紀随一の物語作者が渾身の力を注ぎ、挑んだ問題劇。今なおイギリスで上演され続ける、普遍的名作。 -
西南役伝説
御一新から十年、下野した西郷隆盛のもとに集結した士族たちが決起した西南戦争。その戦場となった九州の中南部で当時の噂や風説を知る古老たちの生の声に耳を傾け、支配権力の伝える歴史からは見えてこない庶民のしたたかな眼差しと文化を浮き彫りにする。百年というスケールでこの国の「根」の在処を探った、名作『苦海浄土』につらなる石牟礼文学の代表作。 -
〈世界史〉の哲学
シリーズの最初の巻「古代篇」では、〈世界史〉の中のミステリー中のミステリー、イエス・ キリストの殺害が、中心的な主題となる。もし、〈世界史〉の中で、われわれの現在に最も大きな影響を残した、たった一つの出来事を選ぶことが求められれば、誰もが、迷うことなく、イエス・キリストの十字架上の死を挙げることになるだろう。 どうして、イエス・キリストは殺されたのか? どうして、たった一人の男の死が、これほどまでに深く、広い帰結をもたらすことになったのか? われわれの現在を、社会学的な基礎において捉えるならば、それは「近代社会」として規定されることになる。近代化とは、細部を削ぎ落として言ってしまえば、西洋出自の概念や制度がグローバル・スタンダードになった時代である。その「西洋」の文明的なアイデンティティは、キリスト教にこそある。とすれば、キリストの死の残響は、二千年後の現在でも、まったく衰えることなく届いていることになる。キリストの死は、どうして、これほどの衝撃力をもったのだろうか? イエス・キリストは、わけのわからない罪状によって処刑された。その死は、今日のわれわれのあり方を深く規定している。必ずしもクリスチャンではないものも含めて、その死の影響の下にある。どうしてこんなことになったのか?…… (「まえがき」より) -
世俗の詩・民衆の歌 池田彌三郎エッセイ選
懐かしの童謡、唱歌の世界。歌でたどる都市の風俗――折口信夫の高弟にして、日本芸能研究の重鎮である著者の歌と言葉をめぐる軽妙なエッセイの数々。小学生時代と重なる大正期、その時、口ずさんだ童謡や唱歌を記憶のなかから甦らせ、都市の風俗と言語生活の変遷をたどり、宝塚少女歌劇から戦後の歌謡曲まで、そこに息づく庶民の心を読み解く。軍歌の一方的排斥に異を唱え、歌詞のなかの言葉遣いへの辛辣な評言も著者ならでは。 ◎「文学の歴史の叙述にも、文学作品そのもの、あるいは作者の歴史に対して、読者の歴史が書かれなければならないように、歌の場合にも、それを聴き、習い、歌った、つまり与えられた側の歴史が書かれてもいいと、わたしはかねて思っていた。わたし達のまわりにあるものは、それを制作して与えてきた側の記述が多く、それを聴き、習い、歌った側の記述がほとんどないからである。それには、わたしはかなり不満であった。」<「あとがき」より> -
1946・文学的考察
ここにあるのは若気の過ちではなく、若気の夢、――軍国主義を呪い、詩を愛した日本の青年の知的な客気である。――<「あとがき三十年後」より>。1946年・敗戦翌年、<マチネ・ポエティク>のメンバー 加藤周一・中村真一郎・福永武彦の共同執筆により「世代」に連載された時評は、新しい時代の新しい文学を予告した。時代を超えた評論は日本近代文学史上必読の書となり、なお不動の地位にある。戦後日本文学はここに出発した。 -
漱石山房の人々
私が漱石山房に出入したのは明治四十年から大正五年先生が亡くなられた時まで、十年間である。その間に私はただの一度も先生に叱られることがなかった。それは私が入門した時の事情から、先生がとくに私の神経をいたわって下さったということもあろうが、とにかく私は一度も先生から叱られたことがなかった。それで私は先生を恐いと思ったことがなかった。神経衰弱でいじけており、この偉い先生の前で畏まってはいたが、恐いと思ったことは一度もなかった。こんな優しい人が世にあろうかと先生の在世中も思いつづけたし、死後の現在でもあんな優しい人には二度と遭えないと信じている。(「世にも優しい人」) 漱石晩年の弟子の眼に映じた師とその家族の姿、先輩たちのふるまい……。文豪の風貌を知るうえの最良の一冊。 -
贈答のうた
「うたはあのようにも詠まれてきた。/ひとはあのようにも心を用いて生きてきた。」ーー歴代の勅撰和歌集、私家集、さらに物語や日記文学の中で、華やかな独詠の陰に埋もれがちな贈答のうた。詠み交す事で深化増幅する人の心と精妙に響き合う贈答歌に光をあて、自在な口語訳を付しつつ読み解く。王朝人の豊饒な言葉の贈物への密やかな答歌とも評された名著。野間文芸賞受賞作。 -
対談・文学と人生
独自の創作理論を打ち立てた、二大巨人による実践的文学論。文学の<現在>はここから始まる――独自の文学世界を打ち立てた二大巨人=小島信夫&森敦による長篇対談。昭和20年代半ばからの知己である二人が、これまでの交遊を振り返りつつ、創作理論の<現在>を縦横に語り合う。悲劇と喜劇、内部と外部、小説におけるモデル問題、夢と幻想、演劇論など、多岐にわたるテーマを通して、二人の文学の根柢に迫る、スリリングでアットホームな試み。幻の未刊長篇対談、待望の文庫化。 ◎小島信夫「この対話は色々の問題をもってきて、互いに論じるというようなものとは大分ちがう。問題も材料も互い自身である。これは息苦しいものであるし、空を切ることもあるので、ときどき散歩をすることもある。ときには、自分自身をダマす必要もある。(略)今月、悲劇、喜劇という言葉が出現して、私は刺戟をうけた。まどろみかけた目がひらいた思いがした。(略)今回のような談話の中での文脈の中でおどり出たのだから、これは生きた言葉である。生きた言葉であるだけに、今後何度も俎上にのぼり、たのしまなければならない。」<「第四回・追記」より> -
対談 文学の戦後
「戦後文学」をどう評価するか? 敗戦後34年を経て、詩誌「荒地」時代からの友人である典型的な戦中派の二人が、社会と文学の動向を縦横に論じ、戦後文学史に新たな視座を提示した、衝撃の対談集――詩誌「荒地」に拠って、戦後現代詩を主導してきた鮎川信夫。詩人として、また文学と思想の新たな理論を展開し、現代をリードしてきた吉本隆明。戦中派の巨人ふたりが、敗戦の衝撃から、身を以て戦後文学史を生きてきた34年を振り返り、社会と文学の動向を鋭く問う。第一次戦後派の限界、江藤淳批判、ソルジェニツィン『収容所群島』の現代史的問題、現代文学の変質など、白熱の議論を交わした対談集。「戦後文学」との別離を告げた記念碑的作品。