非常に面白かったですね。
しっとりと心の中に物語が沈んでいくような感覚がありました。
初めてこれを読んだのは高3でしたか、高2でしたか、先生の遺書の一部だけが教科書に載っていまして、割としっかりめに読まされた記憶があります。
割としっかりめに読んだ記憶があります。
当時の僕は正直、面白さがよくわからなかったです。
三角関係の末自殺するなんてKも馬鹿だなとすら思ってました。
おまけにそれで病んで自殺する先生も先生だろとさえ思っていました。
大学生になり、せっかくだし、『こころ』全部読んでみるかと手に取ってみましたが、近代的な文章が肌に合わず、全く内容が頭に入ってこない。
そんなこんなで途中で読むのをやめ、別の本をまあまあ読みましたね。
2年ほど月日が経ち、その間にドストエフスキーやジョージオーウェルを読んだことで鍛えられたのでしょうか、このまま埃を被せておいていいのかと思ったのでしょうか、それとも全部読みもせずにこれほど著名な作品を語っていいのかと思ったのでしょうか、ふと思い立ってまた読むことになりましたね。
まあ、一番の理由は恋だとか愛だとかについて、何かと考えることが増えたからでしょうが。
この本は何と言っても、3部構成であることが重要です。
「先生と私」、「両親と私」、「先生と遺書」。最も重要な部分は「先生と遺書」ですが、前の2つがなければこの遺書がどのような思いの中で書かれたのかを理解することはできなかったでしょう。
「先生と私」では、2人の出会いから、親交が深まっていく様が描かれます。当時、東大の学生である私は、同じくかつて東大の学生でありながらも、現在働かずに生きている先生に強く惹かれます。
私はきっと哲学を専攻していたのでしょうか。先生の思想に強く惹かれ、学校で習うことよりも先生と言葉を交わすことがより有意義であるとみなしていました。
しかし先生はこの態度をどこか冷めた目で見ていました。きっと馬鹿にもしていたでしょう。
私はそれによって向きになり、先生の過去を探ろうとします。これが、先生にとっては少なからず見直す出来事だったのではないでしょうか。
「両親と私」では、私が、死の淵に立つ父のために実家へ帰省します。
かねてより父が重大な病にかかっていることを承知していた先生は、私に、遺産についてのアドバイスを、「生きているうちにしっかり話をつけておいた方がいい」というアドバイスをかなりしつこくしていました。
私はそれを不思議に思い、なぜかと問うと先生は、「どんな人であれ、一つのきっかけで人は罪深くなる」と答えます。さらにそれは何かと問うと、「金だ」と答えるのです。あまりに平凡な答えに、私はがっかりしました。
私が実家に帰省しているとき、既に東大を卒業しています。母は、父を安心させるために立派な職についてほしいと願います。実際、私もそれで焦っていたように思われます。
私は先生にいい人脈はないかという手紙を送りました。
先生から返ってきた手紙は、手紙とするにはずっしりと重たい、長い長い遺書だったのです。
私は、父の病床に伏しているにも関わらず、電車へと飛び乗りました。
ここからの内容は知っている人も多いと思うのでここからが感想ですね。
そこそこの大学に入学するか、受験に伴い意識の高さが芽生えだした年頃には、「私」とかなり共通点の多いところがあるように思われます。
この頃の学生は、特に僕の周りにいる人ということになりますが、就活やらなんやらで意識が高くなっていく人が多いのではないでしょうか。
投資やらビジネスやらに触れだし、自己や世の中について語る人が多くなるのではないでしょうか。
実際、「私」も「先生」も、「K」ですらも、そういうことに憑りつかれたことでしょう。先生が自殺する前に、己の過去をさらけ出した遺書を私に送り付けたのも、そこに対する指摘のためだとも解釈できます。というか、そうでしょう。
人から裏切られ、人を裏切り、人間そのものを信用できなくなった自分が妻を愛しているという矛盾を抱えた先生は、実際に偉くなる以前に精神のみに立派な考えを宿すことが無意味であると悟っていたようです。
この遺書を読んで「私」がどう感じたか、今後どのように変化していくかが語られていないのは、作者自身がその答えを持ち合わせていないからだと僕は判断しました。
しかし、人間の一例として、先生の遺書は人としての学びに少なくない影響を与えることは間違いないと思うのです。
精神をどこに着地させるかは結局個々人に委ねられ、そこに甘えなのない道を選んだ人は生きづらいだろうなと思います。
矛盾なんてどこにでもあるのだから、甘んじて受け入れて開き直ればいいのにと僕は思うわけですが。
むしろそれこそが人間のおかしさ、愛おしさだと思うのですが。