夏目漱石のレビュー一覧
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常日頃考えていたことが言語化されるタイミングが、読んでいてとても多かった
また、高校生の時に授業で教科書版に省略されたものを読んで、よく記憶に残っているフレーズも多かった
明治の精神や、自分の心に殉ずることなど、考える余地のあるものが多い
自分の不純さを自分が一番理解していて、それでいて(そこを隠して)相手に自分を受け入れてもらおうとする自負に辟易していたのでよく刺さった
また、(法律的、実際的に)義務でなくても、そうしないといけないと強制的に(自分で)自分を縛り付けているものがあるのならそれは、ある意味それは義務であると常々考えていてそれの是非もよくわからない(明治の精神と一緒で)
正解の道から逸れてしまって、道に戻ることは可能ではあるが、そこには痛みが伴い、その痛みは自分にとって尋常でないということもよくわかる
叔父と私の本質的な醜さには違いがあると思ったけど、そこはまた考える余地がありそう
なんか容量をえない感想を書いてしまった -
Posted by ブクログ
20年ぶりの再読
人生の時間は、
長いようで短く、短いようで長い。
あの時、目の前の人と向き合えたなら。
あの日、あの言葉を言わなければ。
Kは、自分の理想と現実の狭間で思い悩み自ら命を断つ。
先生は、友を追い詰めた自責の念と、その思いと共に生き続けることが出来ず死を選ぶ。
私は、今まさに亡くならんとする父と遺書を送り付けてきた先生の間で葛藤する。
高校生の頃は、先生やKや御嬢さんと近い目線で三角関係のお話だと思っていたのに。
自分の人生を誰かへ語り残したくなる先生、卒業証書を見て満足した私の父、胸のうちを明かしてもらえないと思いながらも夫の側に居続けた妻。
たくさんの幸福とたくさんの後悔を抱えて、
生きてゆけるひと。
生きてゆけぬひと。
きっと、どちらも人間の自然な姿なのだ。
それにしても、
私、先生、K、御嬢さん、父母、兄妹、と。
名前が一つも出てこないところもまたとんでもないのである。 -
Posted by ブクログ
高校の授業ぶりに再読した。授業でこの小説を取り扱う前に、夏休みを使って「こころ」を全部読んできなさい、という宿題が出て、半ばいやいや全部読んだのを覚えている。フロリダにむかう飛行機の中で読んだ。国語の宿題はそれだけだった。
当時は高校2年生でこの作品のすごさがよく分からなかったけど、あれから10年近く経ったいま再読してみると、やっと、こんなすごい小説だったのか!と気づくことができた。序盤で先生が亡くなっていることが示唆されているので、分かりきった結末に向かっている最中の緊張感が心地よかった。当時は「中」のパートいるか?とも思っていたけど、親元を離れて暮らし始めてしばらく経ってから読むと味わい深い。自分は、親の死ぬときをいまかいまかと待っている間、どんな気持ちになるんだろう、そのとき、尊敬する人からただならぬ手紙を受け取ったら?と、暗い気持ちにはなったけど、不思議と嫌な気持ちにはならず、上中は一気読みした。
下は言わずもがなだけど、「精神的に~」のセリフが出てきたあたりから文章に前に引っ張られる感じがしてどんどん読んだ(三島の「憂国」とか、久米正雄の「父の死」を読んでるときも同じ気持ちになった)。日本人の当時の死生観とか、いまの私たちにも共通する普遍的な心理とか、すべての要素がうまく混ざっているまさに名作だと思う。また10年後に読んだら感想が変わるのかもしれない。当時は「こんなドロドロした思い恋愛小説(?)がなんで高校の教科書に載ってるねん」と思ってたけど、文学の入り口としても国語の勉強としてもこれ以上適切な小説はないな、と今ならわかる気がする。 -
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良すぎました。これは何度か読み直したい作品です。高校だったか、国語の教科書に一部が載っていたような、載っていなかったような、当時文学にまるで興味のなかった私にはうる覚えなのですが、四十手前にして、最初から最後まで読み、感銘を受けました。お札になるのも納得です。
タイトルのとおり、人の心情の動きを上手にとらえ、描写しているように思いました。後半の先生からの手紙からが特によく、童貞非モテ男が恋をした時、嫉妬の炎に身を焦がした時に感じることを巧みな表現で描いていて、あたかも自分の青春時代が蘇ってくるような感覚を覚えました。
また、漱石が今の日本語の礎をつくったのだと思うのですが、とにかく一文一文が美しかったと思います。一文は短くシンプルなのですが、無駄なく、洗練された文の連続体であったように思います。
「然し君、恋は罪悪ですよ」
美しい。 -
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まず他人を信じなくなる訳を書き、そして自分を信用しなくなる経緯を書き、先生が自殺しなければならない理由を読者によく説明した。一人の内心の葛藤を最果てまで曝露し、しかも拵えを全く感じさせない文学作品はどれぐらいあるだろう。明治が終われようとする時代背景もこの作品の重さを増している。
中盤、父の重体に陥っている間、「私」が先生の遺書を受け取り、父か先生かという二者択一の問題に臨む部分が特に絶妙であるだけに、汽車で先生の遺書を読んだ後の「私」の感想、それからの行動や現在の思考など、一切書かれていないことが遺憾だ。(あるいはそもそも書けないかもしれないが) -
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親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。(p5)
とても有名なこの書き出し。しかし実際に読み通したことはなく、初めて手に取った。
主人公の「坊っちゃん」は正直でまっすぐで、曲がったことが嫌いな、いかにも「江戸っ子」という男。
田舎の中学校に赴任した坊っちゃんは、生徒や教師たちとの人間関係に翻弄されながら、最終的には嫌いな教師を懲らしめてその地を去る。
「近代文学」と聞くとどうにもお堅い印象を持ち、とっつきにくいという人は少なくない。私の周りでもそのような声を聞く。
しかしこの『坊っちゃん』という作品は、まったくそんなお堅い印象はなく、テンポが良く、切れ味のいい主人公の物言いが面白いので、すらすら読めた。
なんとなく世間に、「読書=勉強」というイメージが流れていて、ただの一娯楽としての読書の楽しみを失っている人が多いのではないかと考えたりすることがある。
『坊っちゃん』にしても普通に面白いのに、「読書」「文学」と聞くと、「そこから何か学びとらなければ」という考え方になる人が多いのかもしれない。
読書は、別にしなくても死にはしない。人生においては不可欠ではないという意味では、無駄な行為、つまりただの娯楽でしかないと言える。
しかし、娯楽だからこそただ読んで「楽しかった」でも別に構わないし、それが豊かな人生だと思う。
きっと、世間にある「コスパ」「タイパ」を追いかけすぎて、「読書=勉強」になってしまっているのだろう。
読んでみれば面白い本なんて、人間一人の人生を使い切っても読みきれないくらい世界にあるというのに、もったいないと思う。
主人公の坊っちゃんのように、ただ思うままに、自分に素直に、良いものは良い、悪いものは悪い、好き嫌いと、言い切れるような生き方というのは、現代では羨ましく思われる。 -
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高校の時に全部読みはしたが、教科書に載っていた部分、Kが登場する場面しかまともに覚えていなかった。当時は、先生の人間らしさが印象的だった。再読した今も、考えすぎる性格によって苦しんだり、人間不信のまま人と関わったりする様子が特に共感できた。
ただ、上と中の「私」が語り手である部分では、私自身も先生が(人間らしさとは別の点で)魅力的な人物に見え、「私」のように惹かれていった。先生の人生に影を落とした過去や、そうした過去から厭世的であったり人間を信じられずにいたりする点、懊悩に苦しみつつも「私」や妻に過去や内面を見せない点が、彼のわからなさや矛盾がそう感じた理由だと思う。
Kが自殺した理由について、のちに先生は、恋愛と修行との葛藤や失恋だけではなく、「私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果」ではないかと考える。人の内面はそもそも伝えようとしない限り伝わらず、それが他人に正確に理解されるかどうかも怪しいし、正しいかどうかは本人にしかわからないため証明しようがない。つまるところ人は他人と関わりつつも一人で生きていくしかないのではないか。自分自身の内面、心とはどのように向き合うべきなのか。
逆に言えば、一人じゃないと感じられるのは、自分の内面を晒してもいいと思える人がいて、相手にそれを受け入れてもらえる時なのかなと考えた。そう思える人や思ってくれる人がいたらいいなと思うし、そんな関係を大切にしたい。 -
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⭐️『道草』
「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」と健三。
細君は黙って赤ん坊を抱き上げた。
「おお好い子だ好い子だ。御父さまの仰ゃる事は何だかちっとも分りゃしないわね」
細君はこういいいい、幾度か赤い頰に接吻した。
たくましい御住!ナイスだ!
重く苦々しい内容だが、ラストに光が見える。
健三は大変だ!兄、姉、義父を支援、そして養父「島田」、養母「御常」からの金の無心、無心、無心の嵐!
島田、御常を憎みきれない切なさ!こんな境遇の健三には、
性格が正反対の御住がなんだかんだいっても必要なのだな!