目次
★羅生門
★鼻
芋粥
★運
★袈裟と盛遠 けさともりとお
邪宗門 じゃしゅうもん
好色
★俊寛 しゅんかん
改めて羅生門凄すぎるなと思ったけど、あそこまで心情がビッチリ描かれてると、映像化すると特に何も起きてないレベルの些細な出来事であることを忘れるよな。
小説を書く人が皆頭良いとは別に思わないけど、芥川龍之介はめちゃくちゃ頭良さそうな物語書くよな。
芥川龍之介の作品ってめちゃくちゃ凄いなと思うのと、ピンと来ないものの差が激しい。
「 ――人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。そうして何時の間にか、消極的ではあるが、或敵意をその人に対して抱くような事になる。――内供が、理由を知らないながらも、何となく不快に思ったのは、池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからに外ならない。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「 内供は慌てて鼻へ手をやった。手にさわるものは、昨夜の短い鼻ではない。上唇の上から顋の下まで、五六寸あまりもぶら下っている、昔の長い鼻である。内供は鼻が一夜の中に、又元の通り長くなったのを知った。そうしてそれと同時に、鼻が短くなった時と同じような、はればれした心もちが、どこからともなく帰って来るのを感じた。 ――こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。 内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「では、この話の主人公は、唯、軽蔑される為にのみ生れて来た人間で、別に何の希望も持っていないかと云うと、そうでもない。五位は五六年前から芋粥と云う物に、異常な執着を持っている。芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事を云うのである。当時はこれが、無上の佳味として、上は万乗の君の食膳にさえ、上せられた。従って、吾五位の如き人間の口へは、年に一度、臨時の客の折にしか、はいらない。その時でさえ飲めるのは、僅に喉を沾すに足る程の少量である。そこで芋粥を飽きる程飲んで見たいと云う事が、久しい前から、彼の唯一の欲望になっていた。勿論、彼は、それを誰にも話した事がない。いや彼自身さえ、それが、彼の一生を貫いている欲望だとは、明白に意識しなかった事であろう。が事実は、彼がその為に、生きていると云っても、差支ない程であった。――人間は、時として、充されるか、充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。 しかし、五位が夢想していた、「芋粥に飽かむ」事は、存外容易に事実となって、現れた。その始終を書こうと云うのが、芋粥の話の目的なのである。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
昔から私にはたった一人の男しか愛せなかった。そうしてその一人の男が、今夜私を殺しに来るのだ。"芥川龍之介『袈裟と盛遠』
「「が、予は姫君が恋しゅうて、御意得たいと申すのではない。予の業慾に憧るる心は、一度唐土にさすらって、紅毛碧眼の胡僧の口から、天上皇帝の御教を聴聞すると共に、滅びてしもうた。唯、予が胸を痛めるのは、あの玉のような姫君も、この天地を造らせ給うた天上皇帝を知られぬ事じゃ。されば神と言い仏と云う天魔外道の類を信仰せられて、その形になぞらえた木石にも香花を供えられる。かくてはやがて命終の期に臨んで、永劫消えぬ地獄の火に焼かれ給うに相違ない。予はその事を思う度に、阿鼻大城の暗の底へ逆落しに落ちさせらるる、あえかな姫君の姿さえありありと眼に浮んで来るのじゃ。現に昨夜も。――」」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「「もし岩殿に霊があれば、俊寛一人を残したまま、二人の都返りを取り持つ位は、何とも思わぬ禍津神じゃ。お前はさっきおれが教えた、少将の女房を覚えているか? あの女もやはり岩殿へ、少将がこの島を去らぬように、毎日毎夜詣でたものじゃ。ところがその願は少しも通らぬ。すると岩殿と云う神は、天魔にも増した横道者じゃ。天魔には世尊御出世の時から、諸悪を行うと云う戒行がある。もし岩殿の神の代りに、天魔があの祠にいるとすれば、少将は都へ帰る途中、船から落ちるか、熱病になるか、とにかくに死んだのに相違ない。これが少将もあの女も、同時に破滅させる唯一の途じゃ。が、岩殿は人間のように、諸善ばかりも行わねば、諸悪ばかりも行わぬらしい。尤もこれは岩殿には限らぬ。奥州名取郡笠島の道祖は、都の加茂河原の西、一条の北の辺に住ませられる、出雲路の道祖の御娘じゃ。が、この神は父の神が、まだ聟の神も探されぬ内に、若い都の商人と妹脊の契を結んだ上、さっさと奥へ落ちて来られた。こうなっては凡夫も同じではないか? あの実方の中将は、この神の前を通られる時、下馬も拝もされなかったばかりに、とうとう蹴殺されておしまいなすった。こう云う人間に近い神は、五塵を離れていぬのじゃから、何を仕出かすか油断はならぬ。このためしでもわかる通り、一体神と云うものは、人間離れをせぬ限り、崇めろと云えた義理ではない。――が、そんな事は話の枝葉じゃ。康頼と少将とは一心に、岩殿詣でを続け出した。それも岩殿を熊野になぞらえ、あの浦は和歌浦、この坂は蕪坂なぞと、一々名をつけてやるのじゃから、まず童たちが鹿狩と云っては、小犬を追いまわすのも同じ事じゃ。唯音無の滝だけは本物よりもずっと大きかった」」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「わたしは御主人とその翌日、この島の火山へ登りました。それから一月程御側にいた後、御名残り惜しい思いをしながら、もう一度都へ帰って来ました。「見せばやなわれを思はん友もがな磯のとまやの柴の庵を」――これが御形見に頂いた歌です。俊寛様はやはり今でも、あの離れ島の笹葺きの家に、相不変御一人悠々と、御暮らしになっている事でしょう。事によると今夜あたりは、琉球芋を召し上りながら、御仏の事や天下の事を御考えになっているかも知れません。そう云う御話はこの外にも、まだいろいろ伺ってあるのですが、それは又何時か申し上げましょう。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著