夏目漱石のレビュー一覧
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ネタバレ一言でいえば、裏切りの連続って感じだった。まず上「先生と私」で主人公の一人称が「私」というだけでてっきり女性かと思っていたら男性で、そこでえっっっとなった。やたらと先生に執着心を持つから、同性愛的な話なのかと思えば、中「両親と私」の最後の方で先生が死ぬという急展開でまたも「えっっっ」となった。正直ねちねち些細なことを細かく描写する文体?に飽き飽きしていたが、この展開でやっと読み切ろうという気持ちになったのは印象的だ。
最後の下「先生と遺書」では、上と中の伏線回収のような感じだった。この手紙は先生から私宛に書かれたものだが、「私」に向けた「あなた」が次第に呼んでいる自分自身のことを指しているのではないかと思うくらい、先生の経験したこと、思いに同情させられた。親友の恋する人を奪ってしまった、親友を間接的に殺してしまった自分に後ろめたく思ってしまう感情は誰にでもよくあるのだなぁというのは、この本が今日まで名著とされていることからもよくわかる。。親友Kが亡くなった理由は直接的に書かれていないが、もし先生と同じような理由だとしたら、良いタイミングだと思ったのかなと、はたまた先生とお嬢さんの結婚とは別件で、Kのある種のストイックさがかえって自分で自分をあえて苦しめる、追い込んでしまったからなのか、と思ったり、いろいろな要因が考えられて頭がごちゃごちゃした。
そうなると、次に思ったのは、上で先生に惹きつけられる私を描写する必要性だ。なんとなく、先生に異常なくらい執着する私が、どことなく先生に似ているなとも思う。もしかしたら、そういう私に警告するために、遺書を書いたのかもしれない。
いずれにしろ、同じ出来事を視点を変えてもう一度読ませるという書き方が、読者を引き込ませる夏目漱石の策略だったのだと思う。ほかにも、先生としいたけを結びつけた理由とか、私が父と先生とを比較する描写とか、全部の主人公を振り返ってからもう一度題名の意味ってなんだろうとか、もっと詳細を考えてみたいなと思った。中学生のときに挫折した本書を、数年後に読み切ることができて、自分の成長を感じたと同時に、自分の中での「意味深」な部分を消化できずにいられてもやもやともしている。 -
購入済み
ユーモアと切れのいい文章
夏目漱石のデビュー作であり初期の代表作でもある。「作者は処女作の中にその後の全てがある。」という格言があるが、大文豪 夏目漱石もその代表例である。小学校高学年の頃初めて読んだが、難しい単語はともかくとして そのユーモアと切れのいい文章にとても惹かれ、何回も読み直したのを覚えている。その時の感動は今でも生きている。
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Posted by ブクログ
この作品は、地の文が苦沙弥先生の家に住み着いた猫に
よるもので一貫されていて、人間心理の内側はまったく見えないので、
各人の言葉の裏側をのぞき見ることができません。
猫は実質主人公ですが、ストーリーを動かす力はまったくなく、
折々のシーンの空間に『居ても構わない』立場、
かつ、人間よりも幅広い高低差レンジでの機動力を活かして
人間を俯瞰視しつつ、事細かい観察でもって数々の批評を
繰り出しては読むものの笑いを誘います。
恐らくこの作品はオートフィクションであり、漱石本人の
自虐ネタがふんだんに盛りこまれていて、
それをとりまく家族や交友関係を巻き込んだ
壮大なイタズラ心で出来ていると思います。
発表された当時の本人の周辺は、いろんな意味でさぞかし
ざわついていた事だろうと思いますが、これが単なる暴露本でなく、
当時の、西洋文化をどんどん吸収して変化していく日本の在り方に
警鐘を鳴らす様なメッセージを随所に込められている点が、
この作品をただの娯楽本と一線を画するものとしている
重要な点だと思います。
彼は、あの当時では普通でない留学を経験し、何足飛びかで
未来の日本の姿を既に予測していたわけで、自国民が元々持っていた
文化や思想が西洋からのそれに書き換えられていく姿に対して、
なんとしても声をあげたかったんでしょう。
例え話は無数に挙げられていますが、特に自分の心に残ったのは、
向こうに檜があるだろう。あれが目ざわりになるから取り払う。
とその向こうの下宿屋がまた邪魔になる。
下宿屋を退去させると、その次の家がしゃくにさわる。
どこまで行っても際限のない話さ。
独仙の言葉この部分で、トンネルを掘る、橋をかける、
西洋文化は、なんでも合理的にすることに目線が向いていて、
無理に移動しなくてもその場で事足りるようにする、
かつての日本なりの美徳やつつましやかさを、上書きさせられている。
この考えは、確かになぁ、と頷くものがありました。
自分たちで学識を積むでなく、婿を取り、金の力で箔をつけようと
画策する金田一家に対する皮肉はほぼ全編にわたって描かれていますが、
これも金と権力で人を動かそうとする金満主義への非難を
投影したもののように感じました。
登場人物の主要キャラクターである、迷亭、寒月、東風、独仙の
4人は、当時を生きていないうえに夏目先生の身の回りの人間関係も
まったく無知の自分にとっては、それらにモデルがあったかどうかも
謎ですが、彼らは苦沙弥戦隊ゴレンジャーを形成して、
それぞれ個別の概念を象徴するものして描かれているのだと思います。
迷亭=生まれたての個人主義
寒月=知的好奇心
東風=保守主義
独仙=禅
ゆがみひずみはあるものの、ここには、古き良き日本人の心を
宿す者の、この時点での現代・未来への憂いが凝縮されているのかなと。
この作品が発表された時からは120年近くの時間が
経過していますが、個人主義の社会が導く人の世って、ホントに
手放しでいい世の中に繋がっているのかな?って疑問はあります。
むしろ、一人一人を分断して結束する力を削ぎ落として
支配者階層の体の良い言いなりになる様に仕向けている様な気はします。
夏目漱石には何が見えていたのか、何が言いたかったのか。
なかなか一読して全容が掴みきれるものではないですが、
ほんのすこしだけ伝わった様な気がします。
伝説的・夏目漱石の記念すべき第一作。
楽しませてもらいました。 -
Posted by ブクログ
苦慮して作り上げた文体は正直なところ意味を掴めないが、美しさは伝わってくる。西洋的なハイカラな思想が昔ながらの考えにぶつかる、そこで起きる波紋というのも一つのテーマとして感じる。藤尾は美しく傲慢な女として描かれているが、こんな人は現実に実際いそうだ。自分の美しさを把握しているから、人に対して小悪魔に振る舞ったりする。その我儘さが美しさに拍手をかける。みたいな。まぁ、こんな人には敵わない。なんだかんだで結局美しさに敵うものはないのではないか。と勝手に思ったりもする。
藤尾だけではなくて、この小説に出てくる人は皆現実にいそうだと感じる。それぞれが自立した性格を持っていて、そのもつれの中で結末を迎える。この小説の登場人物の内面が外界に働きかけることで小説が歯車のように回って、動いていく様は、少し離れたところで精巧で大きな機械仕掛けの時計を見ているような気持ちになる。
どう考えても、自他共に認める失敗作には思えなかった。 -
Posted by ブクログ
夏目漱石の未完にして遺作。しかし、もしここで漱石は『明暗』の完了を考えていたとしたらどうだろうか。『明暗』を読み終えて、小説がここで終わっていてもいいのではないかとも思える。
漱石と言えば、私は高校生の時に現代文の授業で、『こころ』を読み通し、読み込む授業を受けた。クラス担任の国語の授業である。『こころ』は日本近代文学の最高傑作であるとされ、当時国語が苦手であったので、知識や読解力がなく、深い意味がよく分からなかった。大人になった今、読み直してみたい作品である。
これまで、『こころ』の他に『坊ちゃん』『三四郎』『それから』『門』『草枕』を読んだ。どれも当然面白かったが、何度読み返しても面白いだろうし、新たな内容と意味が発見できるだろう。幼い頃、家にあった『吾輩は猫である』を読み始めたが、最後まで読んだか記憶にない。
『明暗』には、主人公津田由雄と延夫妻を中心に周囲に登場する人物達との人間模様と人々の心理が描かれているが、社会や世間や結婚や恋愛や人間心理と全てが詰まっている。灰汁の強い友人小林、津田の妹の秀子、親戚や仕事関係の人達などの喋る言葉が多声的に内面心理と共に描かれ、物語を面白くする。
この作品の登場人物達が自分の主張を通そうとするエゴイズム(利己主義)を描くために、各人の言葉と心理を多声的にしたことがあると思う。それに付け加えるべきもう一つの特徴は、延や秀子などが語り、その心理が描写されている点である。女性の声をこれほどまでに真実に近く違和感なく描けるのは、流石日本一の文豪夏目漱石であると思った。男は女のことが分からないのだ。女もそうなのだろうか、女に生まれてみなければ分からない。男女は分かり合えないが、歩み寄ることが大事なのかもしれない。
総じて、やはり全ての描写が素晴らしく完璧だ。津田は延との結婚に満足していない。津田は昔付き合っていた清子が、なぜ自分を捨てて、他の人と結婚したのか分からない。そして最後の場面で、津田の手術後の湯治場で清子と会う。そこで物語は終わる。それからどうなるの、という所である。もっともっと漱石の作品を読み続けていたかった読者の一人である。 -
購入済み
キラリと光る小粒の宝石
永日小品とならんで夏目漱石の中でもっとも好きな作品である。これでもかと言わんばかりの大作名作揃いの作品群の中でキラリと光る小粒の宝石のような作品である。とりわけこの作品は幻想味があって漱石としては大変に珍しい作品である。
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作品末尾の漱石節
草枕の頭の漱石節は有名ですが、
本編ではほぼほぼ最終ラウンドで漱石節が炸裂、
考えさせられます。
ハムレットの恋人役のオフェーリアを彷彿させる藤尾さんの最期、
脳足りんの毛唐と違って、元祖ツンデレの藤尾さんの方が全然いいです。
漱石といえば三角関係の白眉となる出来の本作をお楽しみ下さい。
お好みで。 -
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オープニング
虞美人草の最後と、草枕のオープニングは漱石節炸裂の1番美味しいところ。
草枕は英訳の訳者に恵まれていて、ピアノ奏者のグルードも好んでよく読んだそうな。
グルードが読んだ英訳された草枕も読んでみたいものです。
日本でも売れる気はする。少なくとも、自分は購入します。
お好みで。 -
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漱石のエッセイ
漱石のロンドン時代や帰国してからの身の回りの出来事 子供の頃の思い出などを、現代でも十分に味わうことのできるわかりやすい文章で綴られたエッセイである。「蛇」のようにやや不気味なもの、「行列」のように巧まぬユーモアを秘めたものなど様々な味わいの作品がある。中でも散文詩のような「昔」が特に心に残った。
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台風に荒れる活火山阿蘇
この時期の夏目漱石の特徴である「世相批判」的なセリフがしばしば出てくるが、それよりも、台風に荒れる活火山阿蘇の大自然描写が見事である。草千里の背の高い草が生い茂った中を強引に歩む二人が、とてもリアルに描き出されている。
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Posted by ブクログ
「もしあなたがたのうちですでに自力で切り開いた道を持っているかたは例外であり、また他(ひと)の後に従って、それで満足して、在来の古い道を進んで行く人も悪いとはけっして申しませんが、(自己に安心と自信がしっかり附随しているならば、)しかしもしそうでないとしたならば、どうしても、一つ自分の鶴嘴で掘り当てる所まで進んで行かなくっては行けないでしょう。
行けないというのは、もし掘りあてることができなかったなら、その人は生涯不愉快で、終始不愉快で、終始中腰になって世の中にまごまごしていなければならないからです。」本文より
ためになる内容だった。
繰り返し読んで自分の中に落とし込みたい。