夏目漱石のレビュー一覧
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小説なんか本を開いたところをいい加減に読んでいるのが楽しいという主人公の青年画家に「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋の外に何か読むものがありますか」と、山里の温泉宿で出会ったわけありな宿の娘の那美が返すのだが、本作はその那美の台詞に応えるように、筋以上に素晴らしい「画」がたくさん出てくる。宿での中庭越しに、少しだけ空いた障子の隙間に、一人つかっている湯船の湯煙越しに、主人公がとらえる那美の姿。人が誰も入ってこないような森の奥の池の椿の大群生、那美の兄の家から眺める蜜柑畑の広がり、出征する那美の従兄弟を停車場に送るまでの舟からの通り過ぎゆく眺め。それらが画題を切り取るように画家の目を通して描写
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長い。文字数が多いからなのか。長い。
吾輩は猫である、という語りから入るから猫目線の人間の日常やら猫同士の日常を書いてあるのかとあもったらそれは最初だけ。
それ以降は、吾輩と主人の周りで起きた日常を、ひたすら書いてあるだけ。それに猫(漱石?)がツッコミを入れていくというなのがだらだら続く。
途中挫折しそうになったが、いざ終わってしまうともっと日常を見ていたいという気がして、寂しいから不思議。
最後の章で女性のダメなところをかいてあるところがあるのだか逆にその時代の女性からみた男性のダメなところはどういう風に笑い話にしていたのか気になった。
最後に教えてくれるのは
酒の飲み過ぎは良くないのと
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『明暗』の前にこの作品があるのだなと思うと感慨深い。
筆者自身の環境の変化(入院と退院)がこの批評に影響をもたらしてるのは多分にあるが、本作品中盤から、人物描写がさらに透徹していき小説家としてまた違うステージに立っているような気がする。この小説家としての技巧の変化は『明暗』に引き継がれていったのだなという淡い感想を抱いた。
谷崎潤一郎は『明暗』を屁理屈を重ねたものだというような批判をしていたような覚えがあるが確かに受け入れることの出来る批判だ。
しかし各登場人物の行動を細部にまで理屈立ててその原理を描写し、あたかも登場人物に対して絶対的な神のような存在になったかのように思えるまでの心理描 -
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夏目漱石
(1867-1916)1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。 -
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夏目漱石の表の傑作が『こころ』なら、裏の傑作は『道草』と言ったところでしょうか。
裏と言うだけあり、誰にもおすすめしませんが、自分は読んで良かったと思いました。
自伝的要素を持つ本作は、幼少期の不遇な境遇を混じえつつも、何か特別大きなイベントがあるわけでも無く、多少の起伏がある程度の話が淡々と進んで行きます。内容は書くまでも無く、親類縁者から金を無心される話と、心を通わせられない夫婦の会話に終始しており、ラストもケリがついたと思いきや、主人公の言葉に含むものがあり、なんだかスッキリしません。まさにタイトル通り、著者の作品に付き合った読書体験そのものが『道草』だったかのよう。
そのスッキリし -
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人の夢の話って本当につまらない。その人の中の知識の共有のないまま、ランダムで不条理で支離滅裂だからだろう。
でも夏目漱石のこの作品は名作としてずっと残っている。
まず、第一夜の死の床にある女との会話がロマンチックだ。「百年待っていてください」という頼みも、真珠貝で掘り起こすところも。彼女の姿ではないけど、百合の花で再会とするところは、ブッダの生まれ変わりの話みたいだといつも思う。
第三夜の目が見えない子供を負ぶう話も、ちょっとホラー仕立てで面白い。
第十夜は、水菓子やの水蜜桃、林檎、枇杷と色鮮やかな果物を描写する漢字の単語が美しい。
イラストが美しいし、夢十夜の雰囲気ともとても合っている。特