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Posted by ブクログ
夏目漱石、前期3部作は『三四郎』『それから』『門』。3作品は、恋愛→結婚→結婚後 という、つながりが感じられます。眼前に現れる景色が違い、訴えてくるものも違うため、3作品の優劣はつけ難いです。
しかし、『門』は派手な部分はないけれど、しっとりした余韻を感じるところがいいです。ひとつの事実や心理を表現する描写が巧みで、心に奥深くまで刺さります。恐ろしいぐらい、うまい。3作品共通して言えるのは、日本語のゆかしさが感じられ、文章に落ち着きと骨力があるということ。現代の小説よりも漢語が多く使われているため、漢語から伝わるイメージが作品世界を作っていました。漢籍の教養が下地にあるということは、すごいことです。
若くても大人度の高い方はいますが、私は中年になってようやく、大人の世界に入れたように思います。直接、間接的に経験した苦しみや悲しみがなければ、そこから学ぶことをしなければ、どんなに年月を重ねても子供のままでした。
大人の世界に入れた中年の今、読んだからこそ、本書が心に刺さりました。
本書には、宗助とお米夫婦の日常が淡々とつづられています。2人には共通する重苦しい過去がある。宗助、安井、お米は三角関係だった。そのことが起因しています。その秘密が明かされる場面は、ドキドキ感がハンパなく、ぐいぐい引き込まれました。ミステリー度も高いです。一方、小説中にはおもしろいエピソード(泥棒が入った話)もあり、飽きることがありません。
『三四郎』に登場する女性、美禰子、『それから』の三千代には度胸というか、男性よりも精神面で上に立っている感じを受けました。『門』のお米とは明らかに違う。お米は、夫の宗助とは違った形で自分が背負った悲しみを受け止めていました。夫と同一歩調といかないまでも、夫婦のひとつの愛の形を見た気がします。
小説中の“因果”“敲いても駄目だ。独りで開けて入れ”という言葉が印象に残ります。“人間、何かしら苦しみや悲しみを抱えながら生きている。心の平安は、誰かがもたらしてくれるものではなく、自らがどうにかしなければならない。グレーな部分がありつつも前を向いて。”そんなことを考えながら、大人になってから読む小説だと思いました。
Posted by ブクログ
「こころ」に次いで好きになりました。場合によってはこころより好きかもしれない。解説に、「物語の後半寺に入ったのは作品の欠点という説もある」とあったけど、僕はそうは思わなくて、宗助の足掻きという名の逃げを表すのに効果的だったし、まぁこれがなければきっと宗介とお米のストーリーは彼らが死ぬまできっと今のまま平行線。結構な出来事も自分たちの中で理由をつけて卑下して逃げてるように見えるけど、その生活をさも美しく描いてる漱石ってやっぱ…嫌なやつ 笑(褒めてます)
安井からお米を奪った時の描写の少なさ、なぜ彼らが今の暮らしを選んだかの背景、会話の返事を待たずして(あまりにも明らかだからか、意図したものかはわからない)次の展開に移る作風が気に入りました。
Posted by ブクログ
宗助は過去の罪があるがゆえに御米と自分だけの世界で生きていくことを徹底している。
宗助は日々役所勤めをしつつ、何か楽しみがあるわけでもない。ただ、御米との閉じた世界で生きていくためには、働かなければならないだけで、それ以外の生きる意味や目標のようなものは何もない。
そんな宗助の生き方の割には、作中では割と外からの働きかけが描かれている気がする。小六が二人の生活に割り込んでくるところも、外的な働きかけであるし、家主の阪井との交流もそう言えそう。
特に阪井を経由して、安井との邂逅の可能性が立ち上がってくるあたり、宗助と御米の二人だけの世界は二人の中では強固でありつつも、様々な快適要因に揺さぶられる可能性があるものでもある気がする。
しかしながら、出来事として起こる御米の病気も、安井再会危惧からの突如始まる禅寺での日々も特に何か二人の生活に壊滅的な打撃を与えるわけでもないあたり、実際世の中そういうものよねとも感じる。
最後の宗助の「又じきに冬になるよ」というセリフもどこか薄暗いものを感じさせるけれど、冬が終わればまた春が来るし…と考えると、何か雲行きが怪しい出来事が起こってもまた季節が巡ってなんとでもなっていく暗示なのか…?
宗助は安井との再会の可能性が生じたところで、「時間が解決するは通用しない」と悟ったはずだからそれはないのか…?
御米と宗助の二人の関係の描写が婉曲的でよい。
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