あらすじ
鎌倉の海岸で、学生だった私は一人の男性と出会った。不思議な魅力を持つその人は、“先生”と呼んで慕う私になかなか心を開いてくれず、謎のような言葉で惑わせる。やがてある日、私のもとに分厚い手紙が届いたとき、先生はもはやこの世の人ではなかった。遺された手紙から明らかになる先生の人生の悲劇――それは親友とともに一人の女性に恋をしたときから始まったのだった。
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Posted by ブクログ
一般的には語り手、先生、Kの関係性が注目されるのかと思うが、個人的にはそれ以上に、近代日本の社会構造とその問題点をこの時点で描ききっていることに驚かされた。地方の若者が進学で地元を離れ、郷里の人々とは意識の差が広がっていく。この延長線上に、現在の東京一極集中と地方の空洞化の問題はある。もう「こころ」の後に、小説が書くべき重要な問題は何も残されていないのではないか、「こころ」がすべて書き尽くしたのではないかと茫然とした。夏目漱石が近代日本文学を代表する存在である理由が、この一冊で納得できる。直球ど真ん中の名作。
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高校時代に読んだのだろうか。恥ずかしながら、ストーリーをまったく思い出すことができず、未読なのだろうと思いながら読み進めたところ、襖の描写に至って、高校時代の記憶がよみがえった。
授業中、他の説明文か何かを読み進めている合間に、教員の解説に耳を傾けず、この箇所を読み進め、襖に鮮血が飛び散っているのを想像していたことを思い出した。少なくともその場面に関しては、確かに読んでいた。
ただし、「先生と私」および「両親と私」の部分については、本書を手に取って初めて読んだ。授業でこの作品がいかに扱われていたのか、記憶は全くない。
今となっては。現代文の教員がこの作品をどう読み解き、いかなる指導をするのか、大いに関心を惹かれるところである。
本作の主題は、突き詰めれば、人物における「こころ」の変遷は複雑で、他者の「こころ」の内実はわからない。すなわち、我々に観測しうるのは、他者の動作や一挙手一投足といった外面のみであり、そこから内心を推し量ることしかできない。その本心そのものに到達することは、不可能である。だからこそ人間は面白いというのが、私の率直な感想である。
「先生と遺書」よりも、個人的には「先生と私」の部分が好みである。私自身が私と年齢的に近いこともあり、この関係性の描写に共感した。
15頁
「その時分の私は先生と余程懇意になった積りでいたので、先生から少し濃やかな言葉を予期して掛ったのである。それでこの物足りない返事が少し私の自信を傷めた。私はこういう事でよく先生から失望させられた。」
16頁
「先生が私に示した時々の素気ない挨拶や冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったのである。傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づく程の価値のないものだから止せという警告を与えたのである。」
22頁
「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事の出来ない人―これが先生であった。」
私がいかに先生を慕っていたかが伝わる。人との関係性に悩んだ際には、この一文を思い返し、自らへの慰めとしたい。
42頁から47頁にかけての「恋は罪悪ですか」に始まる先生と私の掛け合いも人間関係の本質を凝縮したもののように思われる。慕われれば慕われるほど、その期待を裏切りたくないと願う先生の心情が、痛切に伝わってくる。
97頁
「私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。然しどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るには余りに単純すぎる様だ。私は死ぬ前にたった1人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたは腹の底から真面目ですか」
これは、叔父の一件によって人間不信に陥ったというよりも(その影響も皆無ではないだろうが)、むしろかつてKに対して自らが取った行為こそが、先生の言う「過去の因果」の実質をなしているように思われる。先生は自分自身を最も信用し得ないからこそ、他者をも疑わずにはいられないのではないか。
284頁
「私は彼の目遣を参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。」
人の目線というものは実に不可思議で、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、この描写もまた、人間の機微を鋭く捉えたものと言えよう。
318頁
「(略)そう容易くは解決が着かないように思われてきました。現実と理想の衝突、―それでもまだ不十分でした。私は仕舞にKが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうかと疑がい出しました。」
人の心とは、けっして容易に理解できるものではない。その苦悩の内訳は決して1つの物事ではなく、いかなる要因がいかなる比重でKの心を圧迫し、彼を苦しめていたのかは、先生のように遺書によって詳細に綴られない限り、他者の窺い知るところではない。
だからこそ難しい。
そして、その難しさゆえにこそ、先生はそれを語らぬまま世を去るのではなく、自らを慕ってくれた私に対し、最後には心を開いたのだろう。
人の心は、難しいからこそおもしろい。
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学生時代、教科書や読解問題などで触れたことはあったが、読める自信がなくずっと手にしていなかった
夏目漱石。
さすがこれが日本の文豪の作品なのか。
人間のこころの動き、感情の表現がすごい。
読めて良かった。
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漱石先生の代表作。高校の国語の教科書で〈下〉の一部を読み、凄みを感じて以来、しっかりと一冊を通して読んでみたいと思っていたが、今回純白に金文字の限定ブックカバーverに惹かれて遂に購入。
「先生」の人生を巡る壮絶な物語。日本人たるもの一度は読むべき傑作である。
Posted by ブクログ
非常に面白かったですね。
しっとりと心の中に物語が沈んでいくような感覚がありました。
初めてこれを読んだのは高3でしたか、高2でしたか、先生の遺書の一部だけが教科書に載っていまして、割としっかりめに読まされた記憶があります。
割としっかりめに読んだ記憶があります。
当時の僕は正直、面白さがよくわからなかったです。
三角関係の末自殺するなんてKも馬鹿だなとすら思ってました。
おまけにそれで病んで自殺する先生も先生だろとさえ思っていました。
大学生になり、せっかくだし、『こころ』全部読んでみるかと手に取ってみましたが、近代的な文章が肌に合わず、全く内容が頭に入ってこない。
そんなこんなで途中で読むのをやめ、別の本をまあまあ読みましたね。
2年ほど月日が経ち、その間にドストエフスキーやジョージオーウェルを読んだことで鍛えられたのでしょうか、このまま埃を被せておいていいのかと思ったのでしょうか、それとも全部読みもせずにこれほど著名な作品を語っていいのかと思ったのでしょうか、ふと思い立ってまた読むことになりましたね。
まあ、一番の理由は恋だとか愛だとかについて、何かと考えることが増えたからでしょうが。
この本は何と言っても、3部構成であることが重要です。
「先生と私」、「両親と私」、「先生と遺書」。最も重要な部分は「先生と遺書」ですが、前の2つがなければこの遺書がどのような思いの中で書かれたのかを理解することはできなかったでしょう。
「先生と私」では、2人の出会いから、親交が深まっていく様が描かれます。当時、東大の学生である私は、同じくかつて東大の学生でありながらも、現在働かずに生きている先生に強く惹かれます。
私はきっと哲学を専攻していたのでしょうか。先生の思想に強く惹かれ、学校で習うことよりも先生と言葉を交わすことがより有意義であるとみなしていました。
しかし先生はこの態度をどこか冷めた目で見ていました。きっと馬鹿にもしていたでしょう。
私はそれによって向きになり、先生の過去を探ろうとします。これが、先生にとっては少なからず見直す出来事だったのではないでしょうか。
「両親と私」では、私が、死の淵に立つ父のために実家へ帰省します。
かねてより父が重大な病にかかっていることを承知していた先生は、私に、遺産についてのアドバイスを、「生きているうちにしっかり話をつけておいた方がいい」というアドバイスをかなりしつこくしていました。
私はそれを不思議に思い、なぜかと問うと先生は、「どんな人であれ、一つのきっかけで人は罪深くなる」と答えます。さらにそれは何かと問うと、「金だ」と答えるのです。あまりに平凡な答えに、私はがっかりしました。
私が実家に帰省しているとき、既に東大を卒業しています。母は、父を安心させるために立派な職についてほしいと願います。実際、私もそれで焦っていたように思われます。
私は先生にいい人脈はないかという手紙を送りました。
先生から返ってきた手紙は、手紙とするにはずっしりと重たい、長い長い遺書だったのです。
私は、父の病床に伏しているにも関わらず、電車へと飛び乗りました。
ここからの内容は知っている人も多いと思うのでここからが感想ですね。
そこそこの大学に入学するか、受験に伴い意識の高さが芽生えだした年頃には、「私」とかなり共通点の多いところがあるように思われます。
この頃の学生は、特に僕の周りにいる人ということになりますが、就活やらなんやらで意識が高くなっていく人が多いのではないでしょうか。
投資やらビジネスやらに触れだし、自己や世の中について語る人が多くなるのではないでしょうか。
実際、「私」も「先生」も、「K」ですらも、そういうことに憑りつかれたことでしょう。先生が自殺する前に、己の過去をさらけ出した遺書を私に送り付けたのも、そこに対する指摘のためだとも解釈できます。というか、そうでしょう。
人から裏切られ、人を裏切り、人間そのものを信用できなくなった自分が妻を愛しているという矛盾を抱えた先生は、実際に偉くなる以前に精神のみに立派な考えを宿すことが無意味であると悟っていたようです。
この遺書を読んで「私」がどう感じたか、今後どのように変化していくかが語られていないのは、作者自身がその答えを持ち合わせていないからだと僕は判断しました。
しかし、人間の一例として、先生の遺書は人としての学びに少なくない影響を与えることは間違いないと思うのです。
精神をどこに着地させるかは結局個々人に委ねられ、そこに甘えなのない道を選んだ人は生きづらいだろうなと思います。
矛盾なんてどこにでもあるのだから、甘んじて受け入れて開き直ればいいのにと僕は思うわけですが。
むしろそれこそが人間のおかしさ、愛おしさだと思うのですが。
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さすがとしか言いようがない。
読みやすく、心理描写が深く、惹きつけられる。
特に「先生と遺書」のK登場からの後半は、ぐいぐい引っ張られ、先が気になってしかたなかった。
何十年も前に一度読んだことがあったから、読み進めていくうちに結末を思い出しはしたけど、その時よりもさらに素晴らしさが理解できた。
これは再読の価値ありです。
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タイトル通り人間のこころと向き合うような内容です。
展開としては単純なのに、なぜこうも名作と言われるのか。
恋愛沙汰で自殺するなんて。
と初めて読んだ学生のころはよく分かりませんでした。
歳を重ねて改めて読み返してみると心理描写がとても丁寧で、どんどん自分の中にも黒い影が渦巻いてくるようでした。
自分に正直であること、人に正直であることの難しさを感じました。
大正の頃の小説なので、今とは男女の価値観が違い、女性の立場からだと理不尽に思うところもありました。
現代では使われない漢字や表現も多いので、全てが理解出来たかと言われれば難しいのですが、再読を重ねるとまた新たな感想が出てきそうです。
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久々に読んで読後にため息。
つらつらと読んでいるだけで、淡々と進む細かい描写で解像度上がりすぎ。追体験してるようで心が忙しい。
大まかなストーリーはそこまで意外ではないと思うのですが、そのせいか登場人物の心情により入っていきやすかったのかな。
「サラッとあらすじを教えて」と言われたら、私の説明ではきっと「どこが名作なの?」となると思います。
ここまで緻密にやってくれるからこそ、それぞれの言動の背景までキッチリ理解したうえで迎えるこの展開。特に先生の遺書の章は胃がキリキリしそうでした。
あーもーこれ以上は!と、ズッシリ重くなりきって「ハァー」と終わりました。
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ウン十年振りの再読。当時は先生と遺書が好みだったが、何十年とたった今は圧倒的に先生と私が好みだった。私が考察する先生のこころに潜むものの描き方がとてもよかった。
先生と遺書のラストが、先生が死んだ後でも妻が生きている以上は、すべてをあなた(=私)腹の中にしまっておいてくださいの一文で終わる。これを読んだ瞬間に「私よ、直ちにその約束を破れ、律儀に先生との約束など果たさず、直ぐに誰かに告げてしまえ。そうでなくては次はきみが死ぬぞ」と思った。私には生きてほしい。
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高校の教科書に抜粋で載っていました。当時、退屈な古典の授業中に、違うページに載っていた『こころ』の抜粋を、先生の話しを聴かずに読みました。その時に、これはとんでもないことが書かれている、人の内面に深く入り込んだ小説だと思いました。教科書には抜粋だけでしたので、その日のうちに書店で単行本を購入して一気に読みました。
当時の衝撃は忘れられません。傑作です。
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知ってはいたけど内容までは詳しく知らなかった為、読んでみた。
人間模様、先生の罪悪感、Kの考え、複雑でとりあえず活字が難しかった…けれど読んでよかったと思っている。
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先生はいったい何を考えていたのか
Kはどうして死んだのか
私はどうすればよかったのか
そんなことを考えさせられる小説だった。
先生と私の会話はいつみても距離があったように感じる、その距離は近づくこともあるけれど、近づいた分だけ遠ざかる。
先生が過去を少し吐露したあの日が最も近づいた日だろうが、それ以降先生は彼にやはり必要以上に近づこうとはしていなかった。
しかし、これは私だけでなく奥さんにもそうであった。奥さんがお嬢さんになったその日から、先生はきっと今のように過ごしてきたに違いない。そんなことを考えると奥さんには気の毒でしょうがない。
しかし、それ以上に先生が気の毒で哀れでしょうがない。Kが死んだのが先生のせいなのかは定かではないし、Kも先生をここまで苦しめるつもりが当たったのだろうかと思う。
自分なりの意見だが、先生はKの死についてここまで苦しむ必要はなかったように思う。それは彼自身のためにも、奥さんのためにも。
最後、先生は私に手紙を送っている。先生は死ぬ覚悟ができたらしい。しかし、なぜこの時期なのか。死の間際にしっかりと約束を守る先生であるが、私の父が死の間際にいる中で、どうしてさらに追い打ちをかけることができるのだろうか。
もしかすると、この小説で最も哀れで狂気的なのは先生なのかもしれない。
先生はどうしてこうなっていったのだろうか
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説明の必要もない、夏目漱石の代表作。
「先生」が自殺した。先生の遺書には先生と友人Kとの過去のやり取りが書かれていた。
高校生の時教科書で読んで、一部だけだったから他の部分が気になって、本屋に買いに行って一気読みした。それを今回読み直した。
基本私は夏目漱石の明るい話が好きなんだけど、やっぱり「こころ」は名作だ。まず読ませられてしまうストーリー。そして美しい文体。最後には今も人の心に迫る、人類の普遍的悩みを描いたところ。
この話は疑問が次々湧き上がってくる。なぜKは自殺した?お嬢さんは誰が好きだった?先生とKが直接対決してたらどうなってた?先生やKの生い立ちとその後の人生もしっかりリンクしててもうため息しか出ない。すごすぎる。
日本近代文学の傑作
誰しもが読んだことのある傑作。
三章仕立てのこの小説は、前半で先生との出会い、中盤で父との関係、終盤で先生の過去を描いている。読者にとって最も謎なのは、先生の自殺の原因だろう。彼は何に悩み、なぜ「僕」にだけ過去を明かして自殺したのか。
どうやらこの謎に、多くの批評家や小説家が挑んだらしい(この記事を参考にした:https://naruhoudou.com/kokoroisun/)。名だたる批評家が挑んだこの謎を一般読者が解くのは難しいと言わざるを得ないが、だからこそ挑む価値があるとも言える。何故なら、結局誰にもわからないのだから。
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中学の朝読書の時間に読んで以来の再読。
改めて読むと、先生は誰にも弱みを見せられず、本音を語れない人だと感じる。
そしてその不器用さのしわ寄せは、いつも周囲の人間へと向かっていく。
青年が緊迫した状況の真っただ中にいるにもかかわらず、自分の苦しみを優先して重い秘密を託してしまう先生の行動は、身勝手に感じてしまった。
先生には切実な思いがあったのはわかる。
それでも、あの状況に置かれた青年の気持ちを思うと、私ならそんなことはとてもできない。
思えば、かつて周囲の気持ちを置き去りにして、自分の思いを通そうとした先生の姿と、その本質は変わっていないように思う。
そう感じたのは、最近の自分の出来事も影響しているのかもしれない。あの状況であのような手紙を託されることは、私にはあまりにも酷なことに思えた。
書かれていない部分を読者に委ねるからこそ、読む年齢や経験によって、まったく違う『こころ』が見えてくる作品だと思う。
今の私には、先生の苦悩よりも、先生の生き方によって翻弄される人たちの姿のほうが心に残った。
Audibleにて。
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日本文学史で最高傑作の一つに数えられる本作。
高校生の時に読んだ以来、久しぶりに再読。
大きな物語がある訳では無いが、先生が自殺するに至った背景や心理、お嬢さんとの関係、Kとの関係、奥さんとの関係など、常に切迫感を持って読み手に迫ってくる感じがした。
自分の望むものを手に入れたいがために、生活を助けたいと望んだ友人の心情を、冷静にかつ慎重に言葉を選びながら仕留める。
そして、そこから続く後悔や罪の意識。最愛の妻にはそれを告げないままこの世を去るエゴイズム。
読むタイミングや自分の状況により、読むポイントが違ってくるようだ。
あと、感じるのは現在と明治の死生観の違い。
今は新生児の死亡確率が低く、医療の発達もあり私たちにとって死は割と遠い存在である。
ただ、明治は現在よりも死亡率は高く、子供の頃に亡くなる人も今より多かった。
そんな中、明治の人々にとって、生きることはすなわち死ぬことと隣合わせであり、どう生きるかはどう死ぬかと近しい意味があったのでは無いか。
そんなことを考えさせられた。
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教科書で読んだのはごく一部だったんだと気が付いた。全体を読んでみると、Kが出てくるのは最後の遺書のところで、教科書ではいきなり自殺してしまったので、何のことやら高校生には理解できなかった。今読んでもなぜ自殺しなければならなかったのか、よくわからない。女に振られたくらいで死にたくなるのかな。意外にも第1部の部分が楽しく読めた。文章は素晴らしく、本当に目の前に風景画広がるようだった。
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夏目漱石前・後期各三部作のうちではやはり「こころ」が群を抜いて面白く、また、高校生の自分がなぜこれを読んでいたのかも何となく理解した。
正直、「こころ」以前の5作品は物語に大きく影響のないような風景もスケッチのように細々と描かれていて、少し退屈な部分もあるのだが、「こころ」はかなりドラマチックな作風。
「先生」というキャラクターのミステリアスさ、見え隠れする過去の謎、「先生」、「御嬢さん」、「K」という3人のスリリングな関係、そして後期三部作共通のテーマである「嫉妬」が暴発した結果もたらされる悲劇という、お話としての面白さ。
さらには、異性を好きになることの苦しさ、最愛の妻にさえ言えない秘密を抱えて生きることの孤独。
こうしたものがまだ感受性が豊かだった自分に響いたのだろうと思う。
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倫理と愛、そして手段としての死の関係について深く考えさせられた。作中の愛が想像以上のパワーを持っていることが興味深かった。
会えるかどうかも分からない先生を案じて、父の死を看取る前に家を即座に飛び出した私は考えものだった、自分なら血縁関係を優先すると思う。
先生の遺書を読んで私の心がどのように変わったのか、父の最期に立ち会わなかっただけの価値があったのか、遺産問題はことなきを得たのかなどの遺書後の物語も気になった。
最初に私が先生に対して、どこかであったような気がするという感じていたが、ただの気のせいだったのだろうか。精神的な繋がりがあったってこと?
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・
こころ
著者| 夏目漱石
出版| 新潮社
発売日| 1952年 3月4日
「あの冷やかしのうちには、君が恋を求めながら得られないという深いの声がまじっていましょう」
ーーーー
夏目漱石は、自己否定感とエゴイズムの権化を作り出した。
自殺するを殉死とする。
殉死が自責の念からの解放手段として使えてしまった。
解説にあった、漱石の自己の葛藤に対しての自己制裁がえげつないと思った。
先生の死は殉死として書かれる。
主君主体ではない、近代日本の人に向けての批判に〈殉死〉が使われるのは、もう効力を示さない時代遅れな手法だと漱石はわかっていた。それでも、漱石は明治天皇の死に続いた乃木大将の殉死に感動した。ゆえに、殉死を書き、それを世間に否定させることで、漱石の殉死に感動してしまう自分を殺した。
自分に厳しいひとの、自分自身の手による自分への制裁は、その人を大切に思う人からしたら、とんでもないエゴイズムだ。
自殺だってエゴイズムの一つとも言われているように感じた。
エゴイズムになってる人の心境は、ほとんどその人本人にしかわからない。ひたすらにループする、自己否定、過去の映像、自己呵責、懺悔…
その他者には、わからない心境を事細かに描いた作品だとおもった。
もうひとつ心に残った言葉が以下。
「あの冷やかしのうちには、君が恋を求めながら得られないという深いの声がまじっていましょう
恋の満足を味わってる人はもっと暖かい声を出すものです。然し君。恋は罪悪ですよ。」
ドキッとする。
本当は欲しいと思ってるのに、自分が得られないから、得られないのではなく、得ないことにしてると思い込ませるための他者を下げる冷やかしによる、逃避。恋に限らず、この逃避を自覚して、素直に欲しがれようになったとき、前に進めるのだろう。
そして、恋は罪悪。
これを、友人を死においやった先生の口から出てくるのは相当な重みがある。
だれかを傷つけないでいられる、何も失わないでいられる恋は難しい。恋にはどうしてもエゴイズムが入ってくる。愛とのバランスが大切だと感じた。
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『人間が嫌い』というよりは、雁字搦めになった自分自身を先生は嫌いになってしまったように思いました。
恋愛に友情に家族に仕事に…明治から令和へと時代は確かに変わりましたが、人の悩みの根源は変わらないですね。
学生時代には気付けなかった、人間の業を勝手に覗いた気分です。
先生の遺書は本当に文章が綺麗ですが、手紙で書かれているため都合良く語られているようにも見て取れました。
もし「私」が「先生」の所へいち早く駆けつけ、口頭でこのお話を聞けていれば、先生はどのように語られたのだろうと考えずにはいられません。
一概に先生が悪い、Kが悪いとは思えませんが…最初から最後までエゴに付き合わされたお嬢さんが1番気の毒です。
でも、人間ってそう簡単に言い切れる程単純なものじゃない…いろいろありますよね…。
Posted by ブクログ
呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。『吾輩は猫である』1906
智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ。『草枕』1906
愛嬌は自分より強いものを斃(たお)す柔らかい武器であり、不愛想は自分より弱いものを扱き使う鋭利な武器である。『虞美人草ぐびじんそう』1907
僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。『それから』1909
冷酷に見えた父も、心の底には自分以上に熱い涙を貯えていたと考えると、父のかたみとして、彼の悪い上皮だけを覚えているのが、子として如何にも情けない心持がする。『彼岸過迄』1912
君は山を呼び寄せる男だ。呼び寄せて来ないと怒る男だ。地団駄を踏んでくやしがる男だ。そうして山を悪く批判する事だけを考える男だ。なぜ山の方へ歩いて行かない。『行人こうじん』1913
鋳型に入れたような悪人は世の中にいない。平生は善人で普通の人間が、急に悪人に変わる▼私は淋しい人間です。私は淋しい人間ですが、ことによると貴方も淋しい人間じゃないですか。自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味はわなくてはならない。『こころ』 1914★4
わざわざ人の嫌がるようなことを云ったり、したりする。そうでもしなければ僕の存在を人に認めさせる事が出来ない。仕方がないからせめて人に嫌われてでもみようと思う。『明暗』1916
夏目漱石
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政夫。15歳。年上の民子(17歳)に恋。民子さんは野菊のように可憐で気品のある人。しかし、民子は別の男のもとに嫁ぎ、流産して亡くなる。亡くなったとき、手には政夫からの手紙と写真が握られていた。政夫は民子の墓の周りに野菊を植える。伊藤左千夫1906
「学んだことがない」と「学んだことがあるけど忘れた」は違う。むしろ忘れた後に本当の学問の効果が残る。内田百聞ひゃっけん
もし我々に死がなかったら生の倦怠をどうしようか。死こそは実に我々に恵まれた甘露である。とはいえ、私もまた生の執着をもっている。ただ執着である。愛ではない。中勘助『しづかな流』
悲観しているから厭世というのは浅薄(せんぱく)である。倉田百三『愛と認識との出発』
夏目漱石「こころ」に触れ
朝日新聞で100年ぶりに連載されたことをかなりたってから知った。
明治時代の大学生、勿論家庭もそれなりに裕福であろう。しかし、どうしてもその時代の大学生は、自分の生きざま、思想に陶酔しているように感じてしまう。
文学者であれ、芸術家であれ自分は特別な存在として身を置いているようだ。
それが、現代の若者と似ても似つくさない、ある意味とても魅力的に写る時代背景、ロマンを感じることができる。
明治、大正の堅物であるが故の純粋な恋心が伝わる。
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男の嫉妬ほど醜いものはない。嫉妬からはじまり、命まで取られるのだから救われないお話である。内容の暗さからは想像できないほどに文章は読みやすい。書かれた時代を考えると、さらさらと読めるのには驚く。夏目漱石全集とまではいかなくても、メジャーな本はおさえよう。長い時代の洗礼を受けて尚、読み続けられる理由が確かにある。
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もちろん私にはむずい
絶対何回も読みたい
解説もみたい
「私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。」
回避型とか現代でインフルエンサーとかが言ってたりするけど、
この現象について、深みを感じられる表現にこんなに感じるなんてびっくり
「香かぎ得るのは、香を焚き出した瞬間に限る如く、酒を味わうのは、酒を飲み始めた刹那にある如く、恋の衝動にもこういう際どい一点が、時間の上に存在しているとしか思わないのです。」
ワーすごい、ちゅごい
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高校生の頃読んで以来、40年近く経って再読。今読み返すと良さがわかるなかな、と思いまして。
漱石の小説って、当時のエリート層が好んで読んだのかも知れませんが、そんなに名作なのかしら、という印象。
心理描写の文章力はすごいのかもしれませんが、そういうジャンルを作ったあるいは完成させたかもしれませんが、ドロドロしたエゴや自己嫌悪、気が滅入るわ。
Posted by ブクログ
* 「東京と違って田舎はうるさいからね」
* 明治の時代も東京と地方で周囲の人間への介入の仕方に差異があったんだな。
* 人はそんなに変わらない生き物なのかもしれない。
* 嫉妬と独占欲
* 先生のKに対する気持ちが令和の今でも共感できる普遍的な人間の心の動きだった。
* 御嬢様の気持ちはどうだったんだろう。
Posted by ブクログ
登場人物それぞれの心の弱さや葛藤が丁寧に描かれており、人間の内面が鮮明に伝わってくる作品で、とても引き込まれました。
「私」が先生から受け取ったものをどう受け止め、この先どう生きていくのか。
想像の余地を残した終わり方が印象的である一方、どこかモヤモヤした気持ちも残りました。
人は心の弱さや孤独から、ときに自己中心的な選択をしてしまうのか。
先生も、そしてKもまた、それぞれの葛藤や苦しみを抱えるなかで、自分の心に勝つことができなかったのかもしれません。
人の心の複雑さについて、深く考えさせられる一冊でした。
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心理描写度:⭐⭐⭐⭐⭐
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