あらすじ
鎌倉の海岸で、学生だった私は一人の男性と出会った。不思議な魅力を持つその人は、“先生”と呼んで慕う私になかなか心を開いてくれず、謎のような言葉で惑わせる。やがてある日、私のもとに分厚い手紙が届いたとき、先生はもはやこの世の人ではなかった。遺された手紙から明らかになる先生の人生の悲劇――それは親友とともに一人の女性に恋をしたときから始まったのだった。
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Posted by ブクログ
ウン十年振りの再読。当時は先生と遺書が好みだったが、何十年とたった今は圧倒的に先生と私が好みだった。私が考察する先生のこころに潜むものの描き方がとてもよかった。
先生と遺書のラストが、先生が死んだ後でも妻が生きている以上は、すべてをあなた(=私)腹の中にしまっておいてくださいの一文で終わる。これを読んだ瞬間に「私よ、直ちにその約束を破れ、律儀に先生との約束など果たさず、直ぐに誰かに告げてしまえ。そうでなくては次はきみが死ぬぞ」と思った。私には生きてほしい。
Posted by ブクログ
先生はいったい何を考えていたのか
Kはどうして死んだのか
私はどうすればよかったのか
そんなことを考えさせられる小説だった。
先生と私の会話はいつみても距離があったように感じる、その距離は近づくこともあるけれど、近づいた分だけ遠ざかる。
先生が過去を少し吐露したあの日が最も近づいた日だろうが、それ以降先生は彼にやはり必要以上に近づこうとはしていなかった。
しかし、これは私だけでなく奥さんにもそうであった。奥さんがお嬢さんになったその日から、先生はきっと今のように過ごしてきたに違いない。そんなことを考えると奥さんには気の毒でしょうがない。
しかし、それ以上に先生が気の毒で哀れでしょうがない。Kが死んだのが先生のせいなのかは定かではないし、Kも先生をここまで苦しめるつもりが当たったのだろうかと思う。
自分なりの意見だが、先生はKの死についてここまで苦しむ必要はなかったように思う。それは彼自身のためにも、奥さんのためにも。
最後、先生は私に手紙を送っている。先生は死ぬ覚悟ができたらしい。しかし、なぜこの時期なのか。死の間際にしっかりと約束を守る先生であるが、私の父が死の間際にいる中で、どうしてさらに追い打ちをかけることができるのだろうか。
もしかすると、この小説で最も哀れで狂気的なのは先生なのかもしれない。
先生はどうしてこうなっていったのだろうか
Posted by ブクログ
まず思ったのは、こんなに長い手紙ある?でした。
なんとも言えない後味の悪さは、先生の犯した罪を妻に言わないのは、一貫して妻に翳りを宿したくないから、でした。
でも、真実を伝える勇気がないのを、妻を汚したくないから、にすり替えてるように思えました。
Kはどこまで考えて死に至ったのか。
死ぬ直前までは、友人の裏切りによって、どんな人間も信じることはできないという絶望からで、だけど絶命の瞬間には、友人に一生の呪いをかけることができる、と思ったのではと感じました。
主人公の私は、父の大変な時にそれを上回る告白を受けて大丈夫か?と思いますが、私は若さゆえのしなやかさを感じるので大きく乗り越えていける予感はします。
また、私が夏目漱石の文章の中でも特に好きなのは、たった数行で心情や情景がガラリと変えることができるところです。
この本でいうと、
・植木屋で日が暮れ始めるところ
・卒業に対する病身の父の思いを聞いた後の主人公の心変わり
・下宿先で一見して床に飾ってある花や琴が、そこの娘の存在を感じたところで厭ではなくなった心境
とりあえず軍鶏鍋食べたい。
あとは小石川散歩したい。
Posted by ブクログ
読んでよかった。
難しい言葉も出てくるけれど、勉強になった。
恋愛か友情かは、とても難しい問題。
矛盾するような感情で成り立ってるこころや気持ちはたくさんあるんだなと思った。
詳細を詳しく書きすぎず、読者に想像の余白を残しているのは、意図的か分からないけれど、作品に奥行きを持たせていると感じる。
小説内で共感できる部分を見つけると、時代を超えて気持ちを共有出来ている感じがして嬉しくなった。
また時間が経ったら読み返したい作品。
Posted by ブクログ
倫理と愛、そして手段としての死の関係について深く考えさせられた。作中の愛が想像以上のパワーを持っていることが興味深かった。
会えるかどうかも分からない先生を案じて、父の死を看取る前に家を即座に飛び出した私は考えものだった、自分なら血縁関係を優先すると思う。
先生の遺書を読んで私の心がどのように変わったのか、父の最期に立ち会わなかっただけの価値があったのか、遺産問題はことなきを得たのかなどの遺書後の物語も気になった。
最初に私が先生に対して、どこかであったような気がするという感じていたが、ただの気のせいだったのだろうか。精神的な繋がりがあったってこと?
Posted by ブクログ
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こころ
著者| 夏目漱石
出版| 新潮社
発売日| 1952年 3月4日
「あの冷やかしのうちには、君が恋を求めながら得られないという深いの声がまじっていましょう」
ーーーー
夏目漱石は、自己否定感とエゴイズムの権化を作り出した。
自殺するを殉死とする。
殉死が自責の念からの解放手段として使えてしまった。
解説にあった、漱石の自己の葛藤に対しての自己制裁がえげつないと思った。
先生の死は殉死として書かれる。
主君主体ではない、近代日本の人に向けての批判に〈殉死〉が使われるのは、もう効力を示さない時代遅れな手法だと漱石はわかっていた。それでも、漱石は明治天皇の死に続いた乃木大将の殉死に感動した。ゆえに、殉死を書き、それを世間に否定させることで、漱石の殉死に感動してしまう自分を殺した。
自分に厳しいひとの、自分自身の手による自分への制裁は、その人を大切に思う人からしたら、とんでもないエゴイズムだ。
自殺だってエゴイズムの一つとも言われているように感じた。
エゴイズムになってる人の心境は、ほとんどその人本人にしかわからない。ひたすらにループする、自己否定、過去の映像、自己呵責、懺悔…
その他者には、わからない心境を事細かに描いた作品だとおもった。
もうひとつ心に残った言葉が以下。
「あの冷やかしのうちには、君が恋を求めながら得られないという深いの声がまじっていましょう
恋の満足を味わってる人はもっと暖かい声を出すものです。然し君。恋は罪悪ですよ。」
ドキッとする。
本当は欲しいと思ってるのに、自分が得られないから、得られないのではなく、得ないことにしてると思い込ませるための他者を下げる冷やかしによる、逃避。恋に限らず、この逃避を自覚して、素直に欲しがれようになったとき、前に進めるのだろう。
そして、恋は罪悪。
これを、友人を死においやった先生の口から出てくるのは相当な重みがある。
だれかを傷つけないでいられる、何も失わないでいられる恋は難しい。恋にはどうしてもエゴイズムが入ってくる。愛とのバランスが大切だと感じた。
Posted by ブクログ
『人間が嫌い』というよりは、雁字搦めになった自分自身を先生は嫌いになってしまったように思いました。
恋愛に友情に家族に仕事に…明治から令和へと時代は確かに変わりましたが、人の悩みの根源は変わらないですね。
学生時代には気付けなかった、人間の業を勝手に覗いた気分です。
先生の遺書は本当に文章が綺麗ですが、手紙で書かれているため都合良く語られているようにも見て取れました。
もし「私」が「先生」の所へいち早く駆けつけ、口頭でこのお話を聞けていれば、先生はどのように語られたのだろうと考えずにはいられません。
一概に先生が悪い、Kが悪いとは思えませんが…最初から最後までエゴに付き合わされたお嬢さんが1番気の毒です。
でも、人間ってそう簡単に言い切れる程単純なものじゃない…いろいろありますよね…。
Posted by ブクログ
友情か恋心か。現代でもよく題材とされるが、自分の心の弱さが故に引き起こされた友の死、恋を果たしても黒い影が常に付きまとう。私がその歳の先生だとしたら違う決断が出来ただろうか考えさせられる物語ただった。
Posted by ブクログ
10年ぶりに読んだら面白くて一気に読み進めた。最後の内容はわかっていても先生のミステリアスな過去について惹き込まれるような文章表現から飽きずに読み進められた。
高校時代に読んだ時は恋で人はそんなに狂うのか?と懐疑的な感想だったが、今読むとKや先生の自殺する理由も一定の理解はできる。
・先生は自殺してしまった。Kを騙してまで手に入れたお嬢さんとの幸せな結婚生活かと思えば、その奥さんをみればKへの罪悪感から自分自身を追いつめてしまい、自殺することが自分にとって一番救われると感じてしまったのかもしれない。それは仕方のないことかもしれない。
・Kの「覚悟」とは何だったのか。学問に進む覚悟であれば自殺することとはリンクしない。やはりお嬢さんとの恋だったのか。そうであればなぜすぐに告白しなかったのか。Kはお嬢さんが先生を好いていることを知っていた?それとも知らないが、先生がお嬢さんを好いていることは分かっていたが、先生への恩や友情から何度か先生の本音を聞き出してから先生が告白しダメなら自分がアタックしようとしたのか?
・Kが自殺してしまったのは、道に外れお嬢さんへ恋をしてしまったこと、お嬢さんが手に入らないと分かったことも1つの理由であるがそれだけの単純な話とも思えない。お嬢さんが手に入らない悔しさの他にも、先生が友人として自分に本音を打ち明けてくれずに騙すようにしてお嬢さんを手に入れたことへの友情が失われた悲しみの方が実は大きかったのではないだろうか。
・先生がKにお嬢さんへの恋心を打ち明けられなかったのは自尊心から?先生はKが自分より先にお嬢さんへの恋心を薄情されたときに負けたと感じ悔しさ、ずる賢さからKを「精神的に向上心のないやつは馬鹿だ」と非難。そして婚約した後も自分からは打ち明けられず、また奥さんやお嬢さんを通して打ち明けることも、自分がずる賢い人間であることが周囲にばれてしまうことへの自尊心からできなかった。そしてKが自殺した直後もまずは遺書を確認して先生への非難などはないか確認する程人間が小さい。プライドが高いことへの注意となる。
・お嬢さんはKと先生、どちらに関心があったのだろうか。私は女心が分からないたちであるため、お嬢さんの態度は先生への嫉妬心をくすぶらせるために映り、こういう態度は先生同様に好ましくなくないように感じた。でも嫉妬心で狂わせられるような恋の気持ちがないと愛着心が沸くことは難しいのだろうか・・・。
・先生が私にだけ告白したのは、私が過去の経験から学びを得たいと懐深くに入ってきたから、最初は信用できなかったが私の真っ直ぐな姿勢から信用した。奥さんに打ち明けられなかったのは、奥さんを美しい穢れのないものとして大事にしており、それを汚すことだけはできなかった。Kの自殺のときも奥さんに見せなくてよかったと安心している。