物語の舞台は奈良時代。
二上山(ふたかみやま)の麓にある當麻寺(たいまでら)に、ひとりの娘が迷いこんだ所から物語は始まります。
娘の素性は藤原南家郎女(ふじわらなんけのいらつめ)、藤原鎌足を祖先に持つ貴族の姫君でした。
本来なら家来にかしずかれ、立ち歩くことさえ稀であるはずの姫が、一晩中山を歩きとお
...続きを読むしたあげく女人禁制の寺の境内で見つかったのですから、僧たちも藤原家も大騒ぎです。
姫に家を忘れさせ、寺の禁忌を破らせたもの。
それは何百部もの写経の末に見た奇蹟であり、
二上山の向こうに顕れた御仏の尊いお姿であり、
女人には禁じられているはずの思索と自我の萌芽でした。
しかし掟は掟、罪を償うまでは家に帰すわけにはゆかぬといきりたつ僧たち。
それに対して姫が取った贖罪の方法とはーー
當麻寺に伝わる當麻曼荼羅や中将姫伝説、万葉集に登場する大津皇子の悲劇など、壮大な古代史ロマンを基軸にした折口信夫の原作に、
近藤ようこさんの繊細な感性と鋭い批評精神が融合したユニークな作品です。
原作は時系列を混乱させていたり、語り手が章ごとに変化したりと万人向けとはいえない難解な小説ですが、
近藤版は姫とその周囲の女性たちの視点で物語が進んでゆくので、ストーリーが追いやすい。
郎女が大津皇子の訪いに怯えつつ、その来訪をいつしか心待ちにする様子、
郎女を申し分ない姫君(=意志のない人形)にするべく教育してきた(はずの)乳母が、郎女の意志の強さを目の当たりにして思わず涙ぐむ様子、
滅びゆく者である語り部の媼が、自身の生きた証を残すべく郎女に全てを注ぎこむ様子、
ーーなど、「女の物語」に焦点が当てられているのも近藤版の特徴と言えるでしょう。
近藤版『死者の書』は、古代の名もなき女性たちに対する鎮魂の書でもあるかのようです。
取ってつけたようなハッピーエンドで話を盛らなくても、語り継ぐことそれ自体がすでに鎮魂の作法なのではないか、
物語とは本来そういうものなのではないかと考えさせられる、稀有な漫画でした。