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Posted by ブクログ
難解な中にもこの時代の美しい文体を楽しむことができる。
宗近の云う「真面目になること」は自分の心に備え置いてきたことと重なり合う。
「真面目になれる程、自信力の出る事はない。真面目になれる程、腰が据わる事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が厳存していると云う観念は、真面目になって初めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。安心する・・・」
Posted by ブクログ
苦慮して作り上げた文体は正直なところ意味を掴めないが、美しさは伝わってくる。西洋的なハイカラな思想が昔ながらの考えにぶつかる、そこで起きる波紋というのも一つのテーマとして感じる。藤尾は美しく傲慢な女として描かれているが、こんな人は現実に実際いそうだ。自分の美しさを把握しているから、人に対して小悪魔に振る舞ったりする。その我儘さが美しさに拍手をかける。みたいな。まぁ、こんな人には敵わない。なんだかんだで結局美しさに敵うものはないのではないか。と勝手に思ったりもする。
藤尾だけではなくて、この小説に出てくる人は皆現実にいそうだと感じる。それぞれが自立した性格を持っていて、そのもつれの中で結末を迎える。この小説の登場人物の内面が外界に働きかけることで小説が歯車のように回って、動いていく様は、少し離れたところで精巧で大きな機械仕掛けの時計を見ているような気持ちになる。
どう考えても、自他共に認める失敗作には思えなかった。
Posted by ブクログ
面白い!
明治の知識人階級の男女の四角(五角?六角?)関係であり、家や財産の相続、親の介護、若者特有のプライド、職業的マウンティング、恋愛と結婚、自我と世間体、本音と建前などなど、話自体はまあ渡る世間とかその辺のベタなホームドラマとそれほど変わらないはずなのに、なぜこれほどまでにスリリングでリアルなのか!?と考えるに、ストーリーテリングとしての純粋な面白さに加えて、普遍的な人間心理に対する漱石の鋭すぎる洞察と描写。それに尽きる。
特にそれまでずっと表面上は穏やかに行儀よく、しかし水面下ではハイコンテクストな湾曲表現による高速パンチと寝技の応酬を繰り広げていた人たちが、クライマックスで突然全員がベタ足で本音をぶちまけ始めるあたりのカタルシスが尋常ではない。例えるなら「8マイル」ラストのラップバトル。
表層的には「義理を立てるか、我を通すか」で悩む近代日本人だったりするのだけれど、もちろんそう単純な二項対立で済むわけもなく、最終的には「生きるか死ぬか、ぎりぎりの淵に立つ自己存在」みたいな場所まで行きついてしまうのが漱石の恐ろしいところ。
どうしても気になるのはこの物語のその後で、小野さんと小夜子がこの後一緒になってお互い幸せになれるとはどうしても思えないし、糸子は甲野さんの良き理解者には違いないけれども、甲野さんの方に愛はあるんか?そもそもこんな泥沼を経たあとにあの義母と同じ屋根の下でうまくやっていけるのか?と考えるに、唯一明るい未来が想像できるのはザ・体育会系男子の宗近さんくらいだったりする。
これが100年以上前の小説って、本当に信じられない。漱石は代表作くらいしか読んだことなかったけど、ちょっと今から地道に過去作ディグるわ…
Posted by ブクログ
幾度と無く挫折してきた虞美人草。初めて読み切った感想は「私は大人になった」。少なくとも難しい言葉に惑わされることなく表現の意味するところと文脈を読み取れる程度には。漢文と日本文化の素養に溢れた流麗な言葉遣い素晴らしいですね。
舞姫やこころと同じく、頭が良いけれど優柔不断な男が八方美人をして思いを断ち切るのを躊躇っているうちに、周りの人間が可哀想な思いをする(もしかしたら当時の人は高慢な女に降った罰に拍手喝采なのかもしれないが今は自立して美しく賢い藤尾の何が悪い)ので、小野を許すことはできないですが、女性に象徴される「文明」と「伝統」の間で揺れ動く文明人として小野くんは苦悩していたのでしょう(小野に憤慨しないだけでも大人になった)。
男が3人、女が3人、それでも決してハッピーエンドにはならない、この結末は、皆が自分で考え始めたこの時代から始まる。それにしても18節の宗近と糸の立派さ!「真面目になれる」「お迎えに参りました」漱石の本でこんなに胸が熱くなるとは思わなかった。自由恋愛で先進的な男女のこの小説でも古い道義とか誠実さとかが勝つんだなぁ。良くも悪くも。
「此処では喜劇ばかりが流行る」
Posted by ブクログ
2017.8.11
とてもよかった。さすが夏目漱石、読むだけで日本画や歴史、言葉遣いも勉強になる。
登場人物のだれもがリアルで、いろんな視点で語られるので性格が細かく描写されていてとてもおもしろい。家族の関係、兄妹、師弟、恋の駆け引き…それぞれの想いが見えてどうなるんだろうと読み進めれば、宗近君がすべてまっすぐにまとめてゆく。
結婚となると恋愛ほど単純ではなく、両家の関係や今までの義理、相続など、いろいろな思惑が絡んでくるのがよくわかった。男性陣が27,28、女性陣が24くらいで、ちょうど同世代であるから余計に感情移入したのかもしれない。
結婚前のわたしにこれを渡したのは父親の計らいなんだろうか…笑
Posted by ブクログ
『夢十夜』で初めて漱石を知り、『草枕』で文体に衝撃を受け、この『虞美人草』で面白さにどっぷりと嵌った。漱石の小説の中で一番好きかも。
よく「漱石は女性が描けない」とか言われるけど、だからって別に男性が描けているとも思わない。小説を書いている。
それはともかく、この人間関係、マンガ的で面白い。ちゃんとキャラが立っている。男も女も。
それを「通俗的」だと言われれば確かにその通りなんだろうけれども。
職業作家としての初めての長編小説。「面白い小説」を書こうと苦心したんだろうな。
装飾華美な文体や、ほんの少しハミ出ている「セオリー」たる主張のようなものがちょっとくどいような気もするけど、それはご愛敬。
この頃の書簡で「維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつてみたい」とか言っちゃってるし。そこがまたイイ味出してるんだと思える。
これ、最後をどう受け止めるかは、評価の分れるところなのか知らん。
自分は、うまくまとまって大団円、と読んだけれども。
宗近君の説く「真面目」の話や糸子の「人が何と云ったって――それがなぜ悪いんでしょう」というくだりとかは、読んでいて正直気持ち良かった。これ、傍線引きまくりの文庫本を他人に貸してしまって恥ずかしいやら恐ろしいやら。
ところで漱石先生の別の書簡に、こんな言葉があるのが可笑しい。
「分りもしないのに虞美人草の批評なんかしやがる。虞美人草はそんな凡人の為めに書いてるんぢやない。博士以上の人物即ち吾党の士の為めに書いてゐるんだ。なあ君。さうぢやないか。」
「なあ君。さうぢやないか」って……なんだろうこの気概。初めて読んだとき笑ってしまった。冗談としてではなく。「真面目」だ。
良んだよなあ漱石。とっても。
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