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人に勧められて飼い始めた可憐な文鳥が家人のちょっとした不注意からあっけなく死んでしまうまでを淡々とした筆致で描き、著者の孤独な心持をにじませた名作『文鳥』、意識の内部に深くわだかまる恐怖・不安・虚無などの感情を正面から凝視し、〈裏切られた期待〉〈人間的意志の無力感〉を無気味な雰囲気を漂わせつつ描き出した『夢十夜』ほか、『思い出す事など』『永日小品』等全7編。(解説・三好行雄)
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Posted by ブクログ
この一冊がオムニバス。しかも「夢十夜」「永日小品」「思い出す事など」はそれぞれ10、24、33の独立した小品からなる。それゆえ、どこからでも、どれからでも読み出せる代わりに、一品一品を味わいながら読むと、とても数日では済まない(すなわち、時間をかけて楽しめる)。 なかでも「永日小品」には、唸るような...続きを読む小品が多い。たとえば「猫の墓」。飼っていた老猫が死にゆくさま、漱石自身ではどうにもならぬこと、まわりのみなが無関心なさま、しかし亡くなった途端に関心が向き、その死を悼む、それが感動的なまでに書かれている。「クレイグ先生」は、ロンドン時代に個人教授をしてもらった老先生の思い出。そのアパートの様子、先生のしぐさやアイルランド訛りの話し方までが目に浮かぶようだ。終わり方も余韻を残す。 本書の冒頭は「文鳥」。登場するのは鈴木三重吉。三重吉の人間味がよく出ていると思う。
文章の流れを追うのが難しい短編集ではあるが(夢十夜は読みやすい)漱石先生の豊かな語彙が遺憾無く発揮され読んでて気持ちの良くなる短編集。夢十夜の第一夜、第六夜は高校の時に課題でやったなと懐かしく思った。第六夜の「大自在の妙境に達している」というセリフどんだけ生きてても絞り出せる気がしない。132ページ...続きを読むの行列は読んでてニヤニヤしてしまうほど微笑ましい描写で大好き。思い出すことなどでは修善寺の大患での漱石先生の日記のようなもので修善寺の出来事を詳しく知りたかった自分には大変興味深かった。吐血して危篤状態となったことの意味を深く考察した漱石先生の文章がとても切実で身に染みる。特に5章19章が大好き。漱石先生が大病にかかりそれをいかに文学に活かせるか深く考察しており、大変面白い。19章が本当に好き。漱石先生の人間観、社会観が垣間見える。ラストの「願わくは善良な人間になりないと考えた。」の文章を読んだ時は頭が晴れるような快感に襲われた。 漱石先生の文章心がざわついてる時に読むとスッキリする。
高校以来の再読。夢十夜、文鳥ともに短編だが、凄い充実感。ほんとに読んでよかった。夢十夜はいろんなひとの解釈と自分の解釈を比べるのも楽しい。文鳥は"綺麗で上手い文章"と読みやすさが両立していて本当に好き。
第一夜で引き込まれて、 第三夜で恐怖し慄き、 第八夜が物凄く面白く好きだった。 オムニバス的で読みやすく、一夜のたびに引き込まれて非常に味わい深い十夜でした。
庭に植えたわけでもない百合の花が咲いて、夢十夜を読みたくなり読む。 百年待って咲いた百合の花の露滴る白い花弁に接吻。はぁ~とため息。 あらためて読んで気になったのは第十夜。 「豚に舐められますが好う御座んすか」 舐められたくはない。次から次へとやってくる豚の鼻先を杖で打ちつけること七日六晩。とうと...続きを読むう舐められて倒れる。稀有なことではなく、こんな日常を送っているって気がしないでもない。
「夏目漱石」は学校の教科書に載ってたかどうか記憶も定かでなはなく、作品を全く読んでないに等しいのですが、とあるきっかけでこの本を手に取って読んでびっくり。読むのが難しいんだろうな…と恐る恐るでしたが全くそんな事はなく、情景や心情の描写が細く映像が目に浮かび、また表現が素晴らしく引き込まれました。時に...続きを読むクスッと笑ってしまうような所もあったり、不思議な…一体どういうことなんだろう…と心にずっと残る事もあり、いろんな感情を引き起こされました。これをきっかけに夏目漱石作品をどんどん読みたいなと思いました。
こんな夢を見た。 自分はとあるサーカスで働く道化の少年である。白と黒の化粧をし、同じ色の白黒の道化服を着て、毎日客の前に立っている。年齢は幼く、サーカスのヒエラルキヰでいえば底辺に属するような位置である。賃金も大変に少ないが、しかし、自分はさして悲しんではいなかった。自分の隣には、道化の相棒がいる...続きを読むからである。相棒もまた、白黒の紛争をしているが、少しだけ赤色の混じった服を着ている。身長は自分よりわずかに高いが、自分より痩せていた。 自分と相棒はサーカスの部屋でいつも同室であり、二人で共有している錆の浮いた焼き菓子の缶箱がある。 古びたその中には、菓子は入っていない。入っているのは、僅かばかりの金銭である。自分達の賃金から生活費を引いた時に残った、些少の蓄えである。 いつか、ここを出て、二人で成功しよう、と相棒と話している。 缶箱の中では、手垢で汚れた硬貨がわずかに散らばるばかりである。けれど、自分も相棒も、夢が叶う事を疑ってはいなかった。 客の前に立って芸をするうち、相棒のほうが芸に優れている事が分かってきた。ジャグリング、綱渡り、宙返り。相棒はなんでも器用にこなすが、一つ弱点があった。相棒は人付き合いが苦手であった。異様な程に引っ込み思案で、他の団員ともあまり口をきかない。客に対しても同様である。練習ではあれ程見事に芸をこなすのに、客の前に立つと不思議なくらいに何も出来なくなる。そもそも、道化が人前に立つのが苦手、というのが無茶な話なのだ。 そこで、自分は相棒と他の人間との緩衝材になる事に決めた。自分はさして芸も上手くはなかった。しかし、相棒が唯一打ち解けて話せる相手であったし、それなりに人あしらいも上手いと自負していた。 団員と相棒の仲を取り持ち、客の前では相棒の助手を勤める。相棒の代わりに口上を述べ、相棒にリラックスするように心がけさせた。 その甲斐あってか、歳を経る毎に自分と相棒の二人は有名になる事が出来た。二人で共有していた焼き菓子の缶は大きな宝石箱へと変わっていて、その中に入っているのは、真新しい紙幣がぎっしりと詰まっていた。 自分は鼻高々であった。相棒のおかげ、という事も勿論承知していたが、心の何処かで、この成功は自分の功あっての事である、と思っている。相棒の事は信頼していたが、心の何処かで、自分がいなければならないのだ、と思っていて、自然と相棒への言葉も居丈高になっている。 相棒といえば、相変わらずに芸は見事であるが、自分に対してはいつも眉根を下げた困ったような笑みで喋るようになっていた。人あしらいは上手くはないように見え、些か卑屈にさえ感じていた。 自分は他の団員にも、相棒は自分がいなければ駄目だ、と語っている。他の団員は自分の傲慢に辟易したような顔をしているが、自分が気付かない。 ある時、とうとう痺れを切らした団員が、自分に、相棒はお前がいうような人間ではない、と言った。 自分がむっとしているのが分かると、団員は自分をある場所に連れていった。そこはサーカスの練習場であったが、そこに相棒が黙々と練習していた。驚いたのは、その周囲に、何人も団員が集まって談笑していた事である。相棒が何かを言うたび、周囲はどっと湧く。その口上は相棒に気づかれぬ位置で聞いている自分よりも、余程人あしらいの上手いものであった。 自分はそれを聞いて、さっと赤くなった。ひどい羞恥の感情である。相棒が、芸だけでなく、人との付き合いやあしらいも、自分などより上手くなっていた事に気づいた自分は、己の傲慢さに顔が上げられなくなる程に苛まれた。 自分は走ると、相棒との相部屋に駆け込んで顔を覆った。誰にも会いたくはなかった。 その羞恥の感情といたたまれなさは、相棒と二人で貯めた宝石箱を見て、余計に高まった。 これを、何処か自分一人の手柄だと考えていた自分にほとほと嫌気がさしている。その上自分は、相棒を見下してさえいたのだ。相棒のあの困ったような笑みは、自分の傲慢に呆れ、哀れまれていたのではないかと考えて、一層に恥ずかしくなった。 此処にはもういられない、と自分は考える。恥ずかしかった。本当に恥ずかしかった。 自分は宝石箱の中身に一切手をつけず、サーカスから飛び出した。もう帰るつもりはなかった。それ程までに恥ずかしかった。 相棒ならば、一人でも上手くやるだろう。むしろ押さえ付け、遠慮を強いる自分がいないほうが、上手くやれるのではないかとすら思った。 自分は夜半の街を駆けた。駆けて駆けて、走って、どれくらいになるのか。不意に、自分を呼び止める声がした。振り向くと、自分の後ろに相棒が立っていた。奇妙な顔である。 相棒は何事かを叫んでいるのだが、自分はその言葉がどうしても聞こえない。 そうして、そこで目が覚めた。 だから、相棒がその時言った言葉が、傲慢であり逃げ出した自分に対する罵倒だったのか、それとも心優しい相棒の同情の言葉だったのか、自分にはわからない。 多分一生分からないだろうと思っている。
娯楽というよりは勉強だった。 これは夏目漱石の「小品(しょうひん)」が七編入っていて、そもそも小品って何?ってところから私は分からなかった。 最初は小品の意味も分からず読んでいて、これは何?小説?それとも漱石のセッセイ?とどんどん分からなくなったので、解説を一旦読んでみると、何となく分かった。 ...続きを読む 小品は日本特有とも言えるジャンルで、小説でもなく、感想でもなく、短編小説と随筆の間のような、曖昧な領域なのだとか。 面白い。 でもそれで少しこの文体とかになっとく。 最後まで読んだけど、ちょっと難しい(不慣れな)ところもあって、全部を全部堪能できた訳ではいけど、最初の「文鳥」はとんでもなく良かった!! 家で飼っていたセキセイインコのてれちゃんが懐かしくなり、涙してしまった。 これは鳥飼った人にしか分からない事なのか、そうでなくても感動するものなのか。 とにかく私には強いインパクトを残して、とても短い小品なのに、すごい!さすが文豪!と感激。 その次は、「夢十夜」内の「第一夜」がものすごく綺麗だった。美しかった。 あとは「永日小品」内の「モナリザ」の雰囲気も独特で好きだったし、 「思い出すこと」の中のドストエフスキーの生死と漱石自身の生死を比べるところも面白かった。 最後の小品の「手紙」は比較的読みやすく、楽しめた。最後どうなったのかすごく気になる!! ちょっと読むのが大変だったときもあるけど、とりあえず1番は、「文鳥」を読めたことだけでも嬉しい!てれちゃん、うちに来てくれてありがとう〜!!いつも精一杯可愛がってるあげられなくてごめんね〜(涙)
『夢十夜』のみ読んだ。 夏目漱石の作品は全然読んでないけど、この十編を読むだけで彼の凄さが分かった。語彙こそ難しいものの、非常に簡潔で分かりやすい文章。そして「夢」の再現として優れている。「高熱のときにみる夢」とかいう安直な喩えが心底嫌いなのだけど(喩えられているそれは多くの場合単に混沌としている...続きを読むだけ、そして俺はそんな夢見たことがない)、そういった紛い物の「夢らしさ」とは違い、微細な異常や潜在的な恐怖が的確に表現されており、それでいて引力が強い。勿論多少の作者の恣意は否定できないけど、かなり再現性の高い「夢」だと思った。 お気に入りは第一夜と第七夜。死を前者は甘美なものとして、後者は恐怖として描いているように読める。ちょっと危なかっしい。
正直、漱石の表現したい事は十分理解できなかったが、十ある場面の憧憬は私の頭に鮮明に、くっきり浮かんだ。
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文鳥・夢十夜(新潮文庫)
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