講談社文芸文庫の検索結果
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日本の家郷
長谷川利行のデッサンが想起させた、著者自身の家郷――。 川端康成や富岡多恵子、徳田秋聲、永井荷風などの作品と、家郷を求めて彷徨する「くらさ」の関係を読み解く第一章。 「みやび」の連鎖が「日本」を形作ってきたと説く第二章。 「日本」とは「現実」ではなく「空無」と向き合う時にのみ「日本」だとする第三章。 日本文学の本質を画期的な手法で抉出することを目指した、第六回三島由紀夫賞受賞の鮮烈な文芸評論集を、著者をよく知る元編集者による解説と教え子による年譜と著作一覧を付して文芸文庫に収録。 -
柄谷行人の初期思想
【本書は『柄谷行人初期論文集』、のち『思想はいかに可能か』として刊行された単行本の文庫化です】 2022年に「哲学のノーベル賞」と呼ばれるバーグルエン哲学・文化賞をアジア人として初めて受賞した柄谷行人が、1969年の群像新人文学賞評論部門当選作「〈意識〉と〈自然〉――漱石試論」以前に書いた「思想はいかに可能か」(東大新聞五月祭賞佳作)「新しい哲学」(同)や、群像新人賞当選作を読んだ「ユリイカ」編集長三浦雅士の依頼によって書かれた「サドの自然概念に関するノート」など、1966年から72年にかけて発表された7編からなる初期論文集。 著者によれば「遠い過去でありすぎ」また「幼稚な考え方や言葉使いが多くて閉口」しつつも「近年において自分が考えていることに近いところが少なからずあって、驚きもした」テクストである。 すでに思想家柄谷行人の思考の基本的構造が現れていたという意味において、本書を味読することは、最新刊『力と交換様式』読解にも役立つであろう。 -
柄谷行人対話篇
1969年に「〈意識〉と〈自然〉――漱石試論」が第12回群像新人文学賞評論部門当選作となり、文芸評論家としての執筆活動をスタートした柄谷行人氏は様々な相手と刺戟的な対話をおこなってきた。本書ではこのうち気鋭の文芸評論家として活躍していた1970年から『探究』連載開始前年の1983年になされた7篇を精選。現在は思想家としての執筆・発言が主な活動となっている柄谷氏が当時どのような知識人に関心を抱き、どのように語ってきたかあらためて知ることは、現代の社会を行きていくうえでも重要な道標となるであろう。柄谷ファンに限らず、知的刺戟を求める読者必読の書。 第一弾は、吉本隆明、中村雄二郎、安岡章太郎、寺山修司、丸山圭三郎、森敦、中沢新一。 -
オールド・ファッション 普通の会話
一九八五年四月八日。東京ステーションホテルにて、 日本を代表する批評家が初対峙する。夕食とともに開幕した 「普通の会話」ならぬ前代未聞の「知の饗宴」は、 食後のブランデー、チョコレートを愉しみつつ一日目を終了、 翌朝も食堂、客室と舞台を移しつつ、正午近くに及ぶ。 文学、映画、歴史、政治から、私生活に人生論まで。 ユーモアとイロニー、深い洞察に満ちた、歴史的対話篇。 -
ファウスト
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 (ファウスト)俺の喜びはただこの大地から生まれこの世の太陽だけが俺の悩みを照らすのだ。(メフィスト)それならためらうことはない。さあ契約だ。……地上にある限りの日々……人間がまだ見ぬものを見るのです。神ならぬ人間の身で世界のすべてを究めたい欲求に憑かれたファウストは、悪魔メフィスト―フェレスと契約を結ぶ。文豪ゲーテ畢生の対策が柴田翔の躍動する新訳で甦る。 -
夏目漱石論
「則天去私」「低回趣味」などの符牒から離れ、神話的肖像を脱し、「きわめて物質的な言葉の実践家」へと捉えなおしてまったく新しい漱石像を提示した、画期的文芸評論。 -
坂口安吾と中上健次
闘う知性が読み解く、事件としての安吾と中上――日本の怠惰な知性の伝統の中で、「事件」として登場した坂口安吾と中上健次。二人は、近代文学の根源へ遡行しつつ、「自然主義」と「物語」の止揚を目指す。安吾は、自らを突き放すような他者性に文学の「ふるさと」を見出し、中上は、構造に還元することなく、歴史の現在性としての「路地」と格闘する。闘う知性としての安吾と中上を論じた、74年から95年までの批評を集成した、伊藤整文学賞受賞作。 ◎「文学」とは、どんな秩序にも属さず、たえず枠組を破ってしまう荒ぶる魂であった。文学をやっている人がすべてそうなのではない。むしろその反対である。文学という枠組を吹き飛ばすようなもの、それが「文学」だった。私と中上は文壇において暴風雨のような存在であった。そして、われわれがともに敬愛していたのが坂口安吾である。(中略)私は安吾を高く評価していた。しかし、小説家としてではない。私にとって、彼の作品は、哲学であり、歴史学であり、心理学あり……、それらすべてをふくむ何か、要するに、「文学」であった。<「著者から読者へ」より> -
逆髪
漂流する現代家族をラディカルに描く傑作長篇!――かつて姉妹漫才で鳴らした鈴子・鈴江。今はカンペキ主婦に身をやつす姉と、独身の物書きとして芸界の周辺に生きる妹。正反対のようで同じ血縁という強烈な磁力に搦めとられて彷徨う二人の日常の背後に、狂女逆髪と盲人の琵琶法師の姉弟が織りなす謡曲「蝉丸」の悽愴な光景を幻視、富岡節ともいうべき強靭な語りの文体で活写。『冥途の家族』『芻狗』など、家族や性をテーマに書き続けてきた著者の到達点とされる傑作。 ※本書は、『富岡多惠子集6 小説5』(1999年6月、筑摩書房刊)を底本として使用しました。著者の一閲を得て誤植を正し、振り仮名を多少増やすなどしましたが、原則として底本に従いました。 -
評伝 長谷川時雨
「女流文壇の大御所」といわれた、美しき作家・長谷川時雨。明治末期、歌舞伎界初の女性作家として華々しくデビュー。至福と修羅に揺れた、流行作家・三上於菟吉との生活。昭和初年代、女性のための雑誌「女人芸術」創刊、輝ク会結成、林芙美子・円地文子・佐多稲子ら多くの女性たちを支援、育成した偉大な業績。著者は関係者を訪ね、資料を博渉し、そのドラマティックな生涯を浮彫りにする。新田次郎文学賞受賞作品。 -
恋ごころ 里見弴短篇集
14歳の夏休みに、養家の盛岡を訪れ、そこで知った親戚の少女に淡い恋心を抱いた思い出を語る表題作。家を出て、大阪での芸者との恋愛・結婚の経緯を清新に描いた「妻を買う経験」等、自伝とフィクションを綯い交ぜに、流暢な文体と精妙な会話で、人の心の機微を巧みに描いた名作5篇を収録。明治、大正、昭和の文芸界を悠々と生き抜いた「馬鹿正直」で「一徹」で「涙脆い」、白樺派最後の文士・里見弴の真骨頂。 人の生の営みの機微を描いた心温まる短篇集――“最後の文士”里見は、94歳の最期まで現役作家として活躍した。抒情的で穏やかな、哀愁を帯びた感動を与える私小説の世界。読売文学賞受賞の表題作他6篇。 -
相撲記
生家の筋向かいに、当時全盛を極めた「友綱部屋」があり、取的が出入りし、関取と並んでチャンコ鍋をつつくという幼少年期を過ごした著者は、戦後、横綱審議会委員となり、視力を失う最晩年まで務めるなど、文壇きっての相撲通として知られる。土俵、仕切り、行司の変遷、双葉山始め名力士の技倆の分析など、厖大な知識と熱意で綴る。迫り来る戦火に、相撲という伝統美を死守するの心意気で書かれた耽美派作家の異色の日本文化論。 -
西鶴の感情
商都大坂、銀(かね)が銀(かね)を生む世の実相と、色と欲に翻弄される人たちの生態をリアルに描いた井原西鶴。伝記もなく、ほとんど知られざるその実像を、作品の行間から、また同時代の遊女評判記などから鮮やかな手付きで攫みだし、西鶴が生きた「時代」と「場所」を臨場感たっぷりに現前させる。中勘助、釋迢空など、評伝に新境地を拓いた作者の批評精神が最高度に発揮され、伊藤整文学賞、大佛次郎賞両賞を受賞した傑作。 西鶴は俳諧師から身を起し、後に浮世草子の作家になったという通説を見事に覆し、西鶴が生きた時代と場所を臨場感溢れる描写で追体験。評伝に新境地を拓く傑作!