辻邦生の作品一覧
「辻邦生」の「辻邦生電子全集 13巻 未完小説『フーシェ革命暦』ほか」「辻邦生電子全集 3巻 後期長篇小説(ロマン)『嵯峨野明月記』『西行花伝』ほか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
私はこの本は、本知人が「思春期の青少年にぜひ読んでもらいたい」と言っていたので(思春期ではないけど)読みました。
確かにその推奨の言葉の通り、古代ローマ帝国時代の話ではあるけれど、困難な人生に投げ出された若きユリアヌスが迷ったり苦しみながらも自分で進んでゆく姿は、現代の読者も彼の気持ちに沿いながら読んでいけます。
だからこそこの4巻は、ユリアヌスの危機、もどかしさ、空回り感が息苦しかった…(T_T)
青少年の皆様、ぜひユリアヌスと共に人生の道のりを体験してください。
私のような青少年をとっくに過ぎている皆様(笑)にもおすすめです!
※※※以下ネタバレしています※※※
皇帝コンスタンティウス二世の軍隊の前に苦戦を強いられるユリアヌス。だが、、なんと「皇帝コンスタンティウス二世が熱病で急死した。遺言では唯一の肉親であるユリアヌスを皇帝に指名した」との知らせが入る。ユリアヌスは首都コンスタンティノポリスの宮廷にり、反ユリアヌス派を退け正式に皇帝指名受けた。
だが彼の皇帝就任の演説は宮廷の人々を戸惑わせた。ユリアヌスは、正義を持ってローマ帝国の広大な土地のあらゆる人々の秩序を解き、そのためには一人ひとりの力が必要なこと、そして寛容を持って帝国を治めることを宣言したのだ。
現代感覚では、寛容とか、一人ひとりが当事者として国を作るとか、施政者として素晴らしいではないか!と思うんだけど、この頃のローマ皇帝には全く求められていなかったんですね…。宮廷の人々は「正義?秩序?寛容?それは学校で哲学者が言うことだよな?皇帝が言うことか??」という反応だった。
この後も皇帝としての勅令を出してもあらゆることがうまく伝わらない。
ユリアヌスは国政のために哲学者を呼び寄せたが、哲学者はあくまでも議論や学問として哲学を用い、責任や困難が伴う政治に関わりたがらなかった。
ローマ帝国の精神は古代ギリシャ・ローマの神々への信仰により培われたと考えるユリアヌスは、古代の神殿を再興し儀式を命じるが、神官たちはすでに形式だけの儀式しか行う気がなく、いまさら本気で信仰を戻すことはできない。ユリアヌスの古代宗教回帰は、人々の笑いものになるばかりだ。
さらにユリアヌスはキリスト教も認めてはいたのだが(宗教の自由を認めた)、キリスト教徒たちは「皇帝は絶対に禁止令を出す!」と決めつけて暗殺計画や暴動を起こしまくる。それに対して寛容で対応しても、キリスト教徒たちはさらに暴動を起こすばかり。
ユリアヌスが現実的に一般市民の経済や食糧安定を図るが、上級役人が名ばかりの役職で膨大な給与を得たり、飢饉のときには役人や商人が食料を買い占めて市民が飢え死にするのを見ながら料金を釣り上げて膨大な資金を得る。
人々は、哲学や宗教(古代神へもキリスト教でも)で「平等、秩序」を口にするが、実際には飢え死にする人が増えれば「買い込んだ食料の値が上がる!」と大喜びする、これが人間の現実だ。
歴史的に、ユリアヌスの死後彼の古代の神々回帰は全て反故にされ彼はキリスト教にとって「背教者」の名前をつけられる。
ユリアヌスは「民衆一人ひとりがローマ帝国」といいながら、「古代ギリシャの神殿に一日100頭の牛を生贄にすることを命令する!」などと、現実が見えていないこともしてしまっている。
しかしユリアヌスはあくまでも「融和」を唱えた。ユリアヌスにもっと余裕と味方があったなら、宗教による迫害や戦争は少なくなっていたかもしれない、というあり得なかった未来も考えちゃうんだよなあ。
そして物語の終盤。ユリアヌスは大群を率いてペルシアに進軍する。
はじめこそユリアヌスの戦略があたり、そして軍人にとってユリアヌスは熱狂的に指示されていたので、この本では久しぶりの明るい展開。…いや、大いなる犠牲が出た戦争で「明るくなった」ってのはおかしいんですが、あくまでも本の印象ってことで…。
そんな戦争の折にもユリアヌスは哲学書を読みふけっていた。戦争、政治、経済、宗教に悩まされているからこそ、それら全てよりももっと大きい真理が哲学なのだ。
物語の最後はユリアヌスの死。(その後の歴史のことは一切触れない。物語として潔いいなあ)まだやることはたくさんあっての死だ。しかしユリアヌスは、人間の生を越えた真理を感じて目を閉じるのだった。
Posted by ブクログ
副帝としてガリア地方(現在のフランスとかベルギーとかのあたり)統治を任されたユリアヌスは、現地の兵士たちからの圧倒的な指示を得ていた。
だが皇帝コンスタンティウス二世の宮廷の高官たちはユリアヌスの失脚を謀る者たちばかり。唯一の味方は、皇帝コンスタンティウス二世の皇后で、ユリアヌスと愛し合うエウセビアだ。本来は明るく、唯一皇帝コンスタンティウス二世を説得することができ、政治的目線も優れているエウセビアだが、ユリアヌスへの愛に苦しみ衰え、ついには密かな大罪を犯し、病に伏せていた。
ユリアヌスはルテティア(パリ)を本拠地として、ガリア地方では圧倒的な指示を得た。だがそれはローマ帝国の正当性を訴え、皇帝コンスタンティウス二世の元での統治と心得ていた。だが唯一の味方エウセビアがいなくなった宮廷には、ユリアヌスを失脚(そして処刑)しようとする者たちばかりになった。彼らからの讒言に、皇帝コンスタンティウス二世はユリアヌスとその軍隊に向かって無茶な命令を次々に送る。ガリア地方の住人、軍人たちは我慢の限界に達し「我らがユリアヌスを皇帝に!」との叛乱を起こす。
彼らに担ぎ上げられる形で、ユリアヌスは「皇帝」を名乗ることになった。
…このあたり史実ではどうなんでしょうね。小説ではあくまでも「ローマ帝国の正当性を訴え続けたが、皇帝コンスタンティウス二世の宮廷からあまりにも軽んじられ命を粗末にさせられるので、民衆から担ぎ上げられた」という形です。
幼い頃は幽閉され、青年時代(今も若いけど)は哲学や古代文学に親しむユリアヌスは、軍略や政治に優れ、演説もうまかったことは書かれます。
財政
「財源不足対策として一般農民に追加税は反対する。まずは無駄な支出を抑える。支払いも延滞(リボ払い)を制限して一括払いにさせよう。なんといっても、一般人民のための国家財政なんだから、その財源を確保するために一般人民を苦しめるなんてもってのほか」
…現在にも通じるんだけど!!!
戦争略奪
「婦女暴行禁止」というのは、兵士たちも「まあ自分の母・姉妹・娘がそんな目にあったら嫌だから、敵の女性にそうしてはいけないというのは納得しましょう」だったけど、「略奪禁止」には「だって給料もらえないんだからしかたないじゃん!略奪できるからこそ徴兵に応じてるんだけど!!」という声を抑えるのには苦労している。
キリスト教司祭「神の前にはみな平等。ローマ帝国は支配者と被支配者を作っている。人間の力を神の前に委ねるのだ。」
ユリアヌス「人の世には統制が必要。人々それぞれの幸福はただ平等だけでは実現できない。秩序を持って統治者が全体への配慮を行うという意味での階級は不可欠。」(P107あたり)
ユリアヌスは、哲学も政治も軍事も同じ根底は精神が流れていると考えている。そして広大なローマ帝国には、多くの民族、多くの市民、多くの宗教、多くの風習があることも分かっている。そこで秩序のための根底として、哲学による統治を望んでいる。ユリアヌスははっきりと「このローマ帝国の基盤となった古代の神々の復活」を命じるのだった。
3巻の終わりは、ただ守っているだけでは皇帝コンスタンティウス二世には声は届かないとして、首都コンスタンティノポリス(コンスタンティノープル)へ進軍する。
ガリヤ軍の熱狂的な支持とユリアヌスの戦略により戦況は順当だった。しかしローマ帝国宮廷には敵だけのユリアヌスは他の将軍たちの協力を得ることは難しいうえ、宮廷からの密偵にも裏をかかれて…。
Posted by ブクログ
前巻で、粗野ながら皇帝の親族としての誇りを見せ、性格の違うユリアヌスとは妙に気の合った異母兄ガルスは、副帝となってアンティオキア(現在のシリアとトルコの国境あたり)に向かう。巨大なローマ帝国の反乱を抑えるのだ。
しかし冒頭は、ガルスと、その妻コンスタンティア(コンスタンティヌス大帝の娘で、皇帝コンスタンティウス二世の妹)の残虐行為が並べられてげんなりする…_| ̄|○
現在のローマはキリスト教を国教としているが、ガルスとユリアヌスの父はローマの多神教を信仰していたために殺された。ガルスもユリアヌスも、キリスト教に開教しているが、ローマ帝国での立場はかなり悪い。ちょっとしたことで反乱を疑われるし、もともとのキリスト教派閥からは失脚を狙われている。
もともとプライドが高く粗野なガルスは猜疑心を高めて、役人にも任地の人々へもあまりにも過酷で残虐な行為を行う。
妻のコンスタンティアは、本来兄と夫の取り持ちの役割なのだが、彼女がまた恐ろしく高慢で冷酷で自分こそが女帝になるべきだと思っている。
…もう、この夫婦、手がつけられません、目が合っただけで酷い殺され方しそう…(-_-;)
一連の残虐行為は、ガルス(と、ユリアヌス)の失脚を狙う大司祭エウセビウスたちには格好の口実となり、ついにガルスは皇帝コンスタンティウス二世に呼び出される。そんな折に、コンスタンティアが熱病で死んでしまう。もう誰もガルスを助ける者はいない。ガルスは罪人として処刑される。
ユリアヌスは、ローマ帝国の大都市ニコメディアにいた。哲学を学び、密かにギリシャ古典や宗教に親しみを感じている。身分を超えた友達もできた。金髪で明るい目のゾナス、高名な軽業師一味の花形ディア。ディアはユリアヌスを愛しているのだ。
ゾナスたち学友とはいい関係だし、ユリアヌスが知らないことをたくさん教えてくれる。しかし立場により見えているものの違いがある。ゾナスは政治論議をするが、ユリアヌスは実際に政治的理由で命も危うい。ゾナスは葡萄の収穫量から葡萄酒の相場を予測するが、ユリアヌスは葡萄相場を仕切る商人や役人たちが収穫量を減らすために葡萄畑を焼き払うことを知っている。市井の人々は一杯の葡萄酒を唯一の楽しみとし、それを巡っての争いもある。しかし取り仕切る人たちは自分たちが儲けるために手荒い真似をする。
そんな学びを行っていたユリアヌスだが、ガルスを排除したキリスト教派の次の標的はまさしく彼だった。処刑の危険に晒されるユリアヌスに運命のような出会いが訪れる。皇帝コンスタンティウス二世の皇后エウセビアだ。
この物語に出てくる女性はそれぞれが個性的です。
ユリアヌスの母のバシリナの明るさ。
コンスタンティウス大帝の娘コンスタンティアは冷酷で高慢で鋼鉄のよう。
軽業師の花形ディアが身分違いのユリアヌスに向けるまっすぐな想い。
そして皇帝コンスタンティウス二世の皇后エウセビアは、酷薄なコンスタンティウス帝を唯一動かせる妻で、性格も前向き、政治手腕もある人物。
そしてユリアヌスと皇后エウセビアはお互いを愛し合うようになる。もちろん秘密中の秘密。皇后エウセビアは、ユリアヌスを助けるために政治手腕を働かせたりコンスタンティウス帝を動かしたり尽力する。
ちょうどその頃、ガリア地方(現在のフランスとかベルギーとか辺り)ではゲルマン人との戦闘が起こっていた。皇帝コンスタンティウス二世はユリアヌスと自分の妹ヘレナを結婚させ、副帝としてガリア地方反乱の抑えとして赴任させることにする。
恋する皇后エウセビアは苦しさのあまりに政治どころでなくなる。その隙をつき、大司祭エウセビウスとその一派はユリアヌスを失敗させるために、自分の派閥の人間をユリアヌスの周りに配置する。
恋の苦しみのさなかに合った皇后エウセビアは、自分が完全に遅れを取ったことに気が付き、信頼できるサルスティウスをユリアヌスの側近として送り込むことで精一杯だった。
戦闘経験のまったくないユリアヌスが、兵訓練で経験を積む場面で彼の本質がよく見えるんですよ。
指示の失敗で軍隊が混乱したときに、自分の失策を認めて反省と更なる向上を使ったうえで「しかし兵の一人ひとりが自分と一心同体になり、自分の意志を読み取ってくれ!そうすれば等しく正しい動きができるはずだ!」と真摯に語りかける。
兵士たちは、経験もなく年も若く力も弱そうで、大帝の親族とは言え政治的には傍流であるユリアヌスの直接の言葉に、それまでの指揮官とは違ったものを感じ取った。
そしてユリアヌスは、ガリア地方を任されたからには「ガリア人の幸福」のための政治を行わなければならないと思っていた。これもいままでの指揮官とは違う考えだ。
<この若い副帝は、そうしたことを辛い境遇のなかで知らされながらも、なお人間本来の夢のような理想に憧れている。(中略)
人間が地上に生まれて、ただ一回きりの性をしか生きられないのなら、人間が果たせぬ夢と思い描いたこの美しい夢をどうして描かずに済ますことができるのだろう。あるいは、こうして夢を見続けた人間があるからこそ、ローマ帝国はこのように普遍の正義を保ち得たのかもしれぬ。(P385)>
ユリアヌスは政治的には傍流だったために、むしろローマ帝国のあちらこちらに行ったり、勉学に励むことができた。そこで自分なりの宗教や政治の考えを持ち、自分で友人を選ぶこともできた。
このころのユリアヌスの宗教に対する考えは、キリスト教は人間に向いていて、ギリシャ・ローマなど他の神々は儀式や祈りだけ。しかしそんなキリスト教を信仰する人々は、政治的利用であり人々のことを考えておらず、自分の栄誉のために人を貶め蔑ろにする。
ギリシャ・ローマの神々は、昔からこの地にいた。それが急で強引なキリスト教布教により神々が消え去ることなどないだろう。(キリスト教はそれまでには激しい弾圧に合っていたんですけど)
ガリア地方に向かったユリアヌスは、ローマ帝国の「疲労」を感じる。
ギリシアの神々を信仰しながらキリスト教の神にも祈るある女性が言った。「キリスト教徒は、自分を捨て、何もかも神の前に投げ出して、すべてを神の思し召しのままに委託する。そこに安らぎがある。ギリシャには美しい文章や高雅な彫刻があるが、人生の不安に怯えるときにそのようなものが何の役に立ちましょうか。キリスト教はただ真実だけで飾ることをしないのです。」
そしてアルプスを通り、ガリアとの辺境レーヌス河(ライン川)を越えてゆく旅路でユリアヌスはその地方の光景に天啓を受けた心地になる。
ついにゲルマン人との戦闘が始まる。激しい戦闘。だがユリアヌスと兵士たちは一体となり乗り越えたのだった。