あらすじ
花も鳥も風も月も――森羅万象が、お慕いしてやまぬ女院のお姿。なればこそ北面の勤めも捨て、浮島の俗世を出離した。笑む花を、歌う鳥を、物ぐるおしさもろともに、ひしと心に抱かんがために……。高貴なる世界に吹きかよう乱気流のさなか、権能・武力の現実とせめぎ合う“美”に身を置き通した行動の歌人。流麗雄偉なその生涯を、多彩な音色で唱いあげる交響絵巻。谷崎潤一郎賞受賞。(解説・高橋英夫)
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西行の一生を架空の弟子藤原秋実が追う物語。
21帖700ページに及ぶ大作で、近代小説的なナラティブに最初面食らったが、それでしか書けない物語があると読み進めていくに思い直した。
辻邦生さんが思う「芸術家はかくあるべし」という理想が、西行を通して存分に描かれている。
辻さんは芸術家の一生を追う作品をいくつも描いているが、これが彼の最高傑作ではないか。
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西行の弟子・藤原秋実が西行の関係者たちに西行の人生を聞く。北面の武士として天皇に仕えながら、歌に生きることで、女院や崇徳天皇などと関わりながら現実を見つめる西行。
前半は佐藤義清だった頃の西行の人生がメイン。後半は歴史的な動きを西行の人生に絡めながら進んでいく。女院や崇徳天皇との関係や歌に対する想いなど、読んでいると止まらなくなる。久々にとても良い本を読んいるな〜って思いながら読んでいた。
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花の季節に、西行墳のある弘川寺を訪ねようと思っていた。今年になって鳥羽の城南宮を尋ねた帰り、桜の季節までに評伝を読んでおこうと思いたって、辻邦生著のこの本を選んだ。
藤原鎌足を祖とする裕福な領主の家に生まれたが、母の願いで官職を得るために京都に出た。
馬術、弓道、蹴鞠、貴族社会の中で身につけなくてはならないものは寝食を惜しんでその道を極めた。
流鏑馬では一矢も外さない腕を見せ、蹴鞠は高く蹴り上げた鞠を足でぴたりと止めて見せた。
当時の社会で歌の会に連なることも立身出世の道だった。武芸が認められて鳥羽院の北面の武士になり、歌の道でも知られてきた。
鳥羽上皇の寵愛を失った待賢門院を慕ったことや、突然従兄の憲康を亡くし、その失意から出家したといわれてはいるが、辻邦生著の「西行花伝」は著者の想像力と、残る史実を基にした壮大な芸術論で、西行が歌の中で見出した世界が、語りつくされている。
そんな中で出家の動機がなんであろうと、その後、この世を浮世と見て、自然の移り変わりを過ぎ行くものとして受け止める心境を抱く切っ掛けが、出家ということだった。
「惜しむとて 惜しまれぬべき此の世かな 身を捨ててこそ 身をも助けめ」
引用ーーー人間の性には、どこか可愛いところがある。そうした性の自然らしさを大切に生きることが歌の心を生きることでもある。肩肘張って生きることなど、歌とは関係がないーーー
「はかなくて過ぎにしかたを思ふにも今もさこそは朝顔の露」
時代は院政から武家に政がうつっていき、保元・平治の乱が起き、地方領主は領地境で争っていた。
西行は、待賢門院の子、崇徳帝の乱を鎮めるために力を尽くし、高野山に寺院を建立し、東大寺再建の勧進行のために遠く陸奥の藤原秀衡を訪ねたのは70歳の時だった。
「年たけてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山」
こうして出家したとはいえ時代の流れに関わり続けながら、それを現世の姿に捕らえ、歌は広く宇宙の心にあるとして、四季の移り変わり、人の世の儚さを越えた者になっていった。森羅万象のなかで、花や月を愛で、草庵を吹く風の音を聴いて歌を読み人の世も定まったものではないと思い定めた。
そうした西行の人生を、辻邦生という作家の筆を通して感じ取ることが出来た。
「仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば」
「なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな 」(百人一首86番)
「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」
と詠んだ時期、春桜が満開の時に900年の後、西行墳を訪れ、遠い平安・鎌倉の時代に生きた人の心が少し実感になって感じられた。
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読書って、出会った時の体力と精神力の充実度で、読める・読めないということに繋がる時がある。
辻さんの本は、気力充実、且つ、心に遊びがある時に手に取れると、スゴく良い時間になってくれる。
その意味で、いいタイミングで読めて大変楽しめました。
【たとえば鳥が空を飛んでゆく。それは日々気にもとめずに見る平凡な風景である。だが、なぜ〔その〕鳥が〔その〕とき〔そこ〕を飛んだのか、と考えはじめると、平凡な風景が突然平凡ではなくなり、何か神秘な因縁に結びついた「現象(あらわれ)」に見えてくる】
西行法師、として生き切ったのではなく、佐藤義清として自身の生涯と格闘していたのだな~と、とても身近に感じれた一冊でした。
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10数年ぶりに読み返してみた。「利休にたずねよ」があまりにもつまらなかったので、もう歴史小説は自分には合わないのかと思ったが、読み返した本書はやっぱり面白かった。辻邦生作品の中でも「背教者ユリアヌス」と並ぶ傑作だろう。
物語は歌人西行の生涯を弟子の藤原秋実が、西行その人や、さまざまな周辺の人から聞き取っていくという形で進む。
前半は恋物語が基軸。終盤は保元の乱がクライマックスとなる。
歴史的事実からは踏み外さず、そこに小説としての肉付けを丹念にしていく姿は素晴らしい。大著だが多くの人に読んでほしい。
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西行の歌の弟子藤原秋実が記す形を取った西行の物語。序の帖に始まり二十一帖に至るまで、西行を時代の流れの中心におき、彼の秀歌と併せて語ってゆく。//前半は物語の筋が読めず少し退屈感を覚えた。中ほどから、平安末期の乱れた世の激変を活き活きと描き面白くなる。皇族・女性・僧侶・源平の武士達が、史実にフィクションを織り交ぜて西行と係ってゆく。西行の人生観も深みを示す。//西行は十五帖で、「我を捨て、この世の花とひとつに溶ける」と説き、二十帖で「歌こそが真言、森羅万象の中に御仏の微笑を現前するもの」と現す。この生き方の基本は終生変わらない。しかし西行は浮世を捨てたわけではない。我を捨ててこの世の花に染み込んで浮世を楽しんでゆく。//西行の歌は、浅学な私でもまだ分かり易い。「ゆくへなく 月に心のすみすみて 果てはいかにか ならむとすらむ」//しかし歌にて世の中を変えるという本書の中の西行は、非現実的で理想主義。
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初めてのレビュー。記憶に新しい去年を振り返って、2012年は辻邦生を知ったのが大きな収穫。
「西行花伝」を読んで、それよりずっと以前に書かれた「背教者ユリアヌス」も知った。
平安末期から武士社会に移る時代に「もののあはれ」の美意識を求めた西行と、キリスト教が台頭し始めた時代、純粋さゆえ裏表を使い分けるキリスト教を受け入れられず古代ギリシャ・ローマに美を求めたユリアヌス。勝ち負けで片付けるなら、どちらも時代を生きる中で易くない道を選択したようにみえる。
「西行花伝」の最終章近くで、平家を倒し後白河院から権勢を奪い勝ち進む鎌倉殿の幻影を夕刻の大磯で西行の夢に現れさせている。その時の西行のつぶやきが「心なき 身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮」の歌で、頼朝とて飛び立つ鴫に涙したであろうと西行は幻の中で思ったのだとこの作中では構成されている。かつて大磯の鴫立つ沢に行って教科書で習ったような感慨にひたったけれど、こんな見方もあったのか・・。作者は西行を描くにあたって、この歌を単に世捨て僧の心の情景にはしていない。
勝利や成功に役立たない心を切り捨てるのは「心なき心」であり、『人は常にあらゆる動機で心を失う。』 のであれば、西行にも 『世を捨てたいという思いで、私とても、もののあはれに震える心を失っているのかもしれない。』 と言わせている。その矛盾を埋めるのが西行の多くの歌なのだろうか?
純粋さゆえ、周囲に利用され、キリスト教と対峙し、背教者の汚名を着せられながらも自分の哲学に従って突き進んだユリアヌスが、若くして戦死するのも哀れ。 次第にゾロアスター教や原始的儀式にひかれていくユリアヌスだが、それは西行にとっての歌と同じなのかしら。洋の東西も時代も違うけれど。
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西行法師の生涯を、周辺人物・時には西行自身の独白というカタチで追うフィクション。700ページという読み応えある本でした。
風流に生き、恋に生き、詩歌に生き、遁世の身でありながらこの世を愛し続けた西行。彼の世界観はまさにこのようであったのではないかと、フィクションながら感動させられます。
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桜にこめた辻の複雑な思い。
構想に年月を掛け、何度も吉野に足を運び書き上げた。
辻の書く文章は本当に美しい。
西行と魂を交感させながら書かれた西行の世界。
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西行という人についてずっと知りたかったが、ページ数が多く(700頁)、ずっと後回しにしていた一冊。
平安時代の美しい情景が目に浮かび、歌が満ち溢れていてそれだけで心が癒され楽しめます。
元々は武士であり、仕事も流鏑馬や蹴鞠などの芸術的才能にも優れていたという事にまずは驚き。にも関わらず早くより歌人として生きる事を決心して出家し修行の道を選んだあとも、世の争いを治めるべく僧でありながら政治にも多く関わっていたとは。
究極の悟りに至る姿に感銘を受けます。
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素敵な言葉がありすぎて、忘れないように付箋を貼って行ったら、付箋だらけになってしまいました。自分の大切な世界を全力で守り、熱いところも有りながら、清清しい空気も感じる事が出来ました。日本語はこんな偉人たちによって練り上げられ、奥深い物になって行ったんですね。
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西行に歌の道を学んだ藤原秋実が、師の亡きあとそのすがたを思い起こし、また生前に交流のあったさまざまな人物のもとを訪ねて、西行の生涯をたどるという形式で書かれた歴史小説です。
待賢門院との恋や、崇徳院の悲運などをくぐり抜けて、西行が歌の世界になにを求め、現世(うつしみ)とどのように切り結んだのかというテーマが、全編にわたってえがかれています。
西行が崇徳院に「歌による政治(まつりごと)」の道に入るように説得しながらも、けっきょく院は重仁親王を王位に就けたいという思いを振り切ることができず、恨みにとらわれたまま崩御することになります。「歌による政治」の具体的な内実は、院の崩御のときまで読者に明確に示されていませんが、その後西行がことばをうしなうという経験によってあらためて世界に出会いなおすにいたったことがえがかれており、いわば「うたのはじまり」というテーマにつながっていることが明かされます。こうしたテーマにつながることで、日本文化史の深層に「うた」を見いだし、その豊かな地下水脈のうちに西行を位置づけるような解釈の枠組みに沿って本作を理解することができるのではないかとも考えたのですが、勅撰集についての本書の叙述をあらためて読みなおしたところでは、当方の解釈が先走りすぎていたかもしれません。
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辻邦生 「 西行 花伝 」
小説形式の西行論。ストーリテラーが 西行や西行に関係する人々の声を集めて西行像を作っていく構成。傑作。
今まで読んだ 西行論(白洲正子氏の恋愛側面、山折哲雄氏の宗教側面、吉本隆明氏の政治歴史側面)が 全て盛り込まれている。ただ 連歌「地獄絵を見て」の解釈が入ってないのが残念。
著者の人生観や芸術観が 西行像に組み込まれており、正義と不条理、雅な心、歌とは、運命とは、旅とは、権力論批判など 名言が多い。
この世に正しいことは存在しない
*全ての人は、自分は正しく生きていると思っている
*自分が正しいことをしてると思ってはいけない〜そんなものは初めからない〜正しいことなどできないと思った方がいい
*正しいものを求めるから、正しくないものも生まれてくる
雅であるとは、この世の花を楽しむ心
*余裕があるとき初めてこの世を楽しもうと思う。楽しもうと思う心が雅。雅とは余裕の心
*目的に達しても、またすぐ次の目的ができる〜目的に走っている人は満足するときがない。満足とは留まること。この世を楽しむには留まることが必要
西行にとって歌とは
*虚空に浮かぶ存在を、歌という土台石で支える
*歌によってこの世のはかなさを超え、永劫不壊の言葉の器に無光量の心を盛る
*歌によって生きる道を切り開く〜人々を無明の闇から救い出す
*歌こそすべての根本〜歌による政治がなければ、権力や栄華は人間にとって意味が分からなくなる
*歌を仏性として生きる
出家、運命
*森羅万象をいっそう美しく見るために浮世を離れる
*西行の心が天地自然と一体化し、自身への愛着が存在しない
*我を捨て、この世の花と一つに溶ける
*人間の願わしい姿=すべてを宿命に託すこと→もはや自分がどうなるかくよくよ求めず、与えられたすべてを引き受ける
*人の世の宿命は動かすことができない〜私たちにできることは、外面では宿命に従い、内面では問題にしないこと
旅
*旅に出て初めて森羅万象がすべて滅びの中に置かれていることを知る
*旅には明日の旅も、昨日の旅もない〜今日の旅しかない。今日の旅を心ゆくまで楽しむこと
*旅で六道輪廻の姿をまざまざと見た〜それを受け入れるほかない。受け入れるとは それを慈悲で包み自分の中へ同化すること
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かなり前に買って積読だった文庫本。
想像していたのとは全く違った西行像と小説の内容。院政、荘園、北面の武士、保元の乱、清盛と頼朝など日本史の授業で覚えた馴染みある時代感とその中で生き生きと描かれる西行の人間臭さ。和歌の世界は難しいが、歌がわからなくても西行の生きた時代がよくわかる素晴らしい作品でした。
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この世のあらゆるものは変成する、それが宿命であり我執をすてながら常世をみとめる。
そんな道理をしたがいながら、歌として世界の
姿をかたちとしてのこす
素敵だね。確かに勅撰集とかで歌が残されていなかったら日本文化はいまのままだったのだろうか?
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ずっと気になる存在だった西行さん。
そしてずっと気になっていた小説。
櫻とともに生きた方ですね。
西行さんが出家する前後が
一番興味があったので、ぐんぐん読めましたが
それにしても新院がもう…。
あそこの文章の壮絶さがもうね。圧巻でした。
美しい言葉や、色々な意味で胸に刺さる言葉が沢山でした。
Posted by ブクログ
長期間、ちびちびと読んだ。元はと言えば、夢枕獏の朝日の連載小説が似てる話だったので。構想はこっちのほうがよほどしっかりしている。重厚で読み応えあり。
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出家をするというのは、心が自由になるということなのかな、とこの小説を読んで何となく思った。
落ち着いた雰囲気の長編だからか、読みながら何となく別の考えに没頭してしまったりするので、小説の感想といえるのかどうかはわからないが、時々読み返して小説の世界に浸れるようになりたいと思う。
Posted by ブクログ
長い、そして文章の流れが少なくとも現在の私に合わない。
本作の出来云々とは違った次元で、単に好み等にマッチしなかったということでしょう。
しかし俗世と離れていた人のように勝手に思い込んでいましたが、なかなか、俗世の中を立ち向かって生き抜いた人という感を抱きました、本作を読んで。超越したいと思いつつも、そうは出来ない人々の格闘の物語だなと。