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Posted by ブクログ
昭和50年=1975年、子供が生まれ、入籍。作品が文庫化し儲かる。
昭和52年=1977年、マキ、癌手術。家の問題。
昭和55年=1980年、不安神経症の診断。森田療法。
といった、いわば「「ガロ」以降」の私生活を、1983年から「小説現代」に連載した、というか、売ったというか。
子が生まれて5年ほどの記録だ。
ほぼ同時期の記録を藤原マキが、1982「私の絵日記」、1987「幸せって何?ーマキの東京絵日記」として出している。
この2冊は持っているので、続けて読むつもり。
つげの持つ、旧来の男性的子育て価値観/神経症的・心配し過ぎな子育て価値観、をマキ側から光を当てられる、結構稀有な題材だと思うなぁ。
この日記の単行本が再販や文庫化されなかったのは悶着があったからだというが、むべなるかな。
近所付き合いや、母や弟との交流、妻との諍いやら久しぶりのセックスの日付まで。こりゃ喧嘩になるわけだわ。
しかしすべてが実話かどうかはわからないし、おそらく藤原マキの著作との齟齬や合致もあるだろう。
そのへんもこの日記集の終わりのほうで、自分が私小説が好きなのは覗き見することで慰藉されるからだと書かれており、それが読み手の意識に連帯を促す、という作りだ。
個人的には、4歳児を育てている中で、もうひたすら子が愛おしく感じられたり、子がいることで何もかも嬉しく感じられたりする半面、自分のコンディションが悪いと一転して鬱陶しさの芽のようなものがぐんぐん育つという状況や、数年先に予想される落胆がじわじわしみ込んでくる感触とか、15年前から10年間ほど悩まされたパニック障害とかについて思い返されたりして、全然他人事ではなかった。切実な読書になった。
たぶんというかほぼ100パー、「つげ義春全集」の打ち水的文庫化企画だが、つげファンは引退して金を自由に使えるんだろうか。
そういう作家の年齢ーファンの年齢層、みたいなことも頭の片隅に置いてしまう。水木しげるとか、大友克洋の全集とかもさ。
Posted by ブクログ
「私小説は、いわば生活報告だからだ。」(あとがき)
まず、この捉え方が面白い。
この本も、つげ義春の私小説的な日記。かなり辛かった時期の「不安」とのせめぎ合いが延々と記録されていて生々しい。『無能の人』の原点になるような内容もあって興味深かった。
つげの日記を読んでいると、鈴木大拙の「貧の美を活動的に鑑賞する」という表現を思い出した。禅の「わび=貧」の世界観が、実生活から滲み出ている感じがする。後に仏教書に惹かれていったことも頷ける。
職業としての漫画との距離の取り方も独特で、そもそも漫画描くのそんなに好きじゃないっぽいんだけど、次の一文には、作家としての矜持というか、彼の作品全体に通底する本質を見た気がした。
「くどい書きこみは、あらかじめ完結性が期待される〈物語〉と〈意味〉が生じ、現実の約束ごと、道理から自在であるべき表現の究極の目的が薄められるものだ。」
天才肌ですね〜
Posted by ブクログ
昭和50年から55年までの日記。つげさんは文章もいい。
かなり赤裸々に夫婦間のいざこざや経済的な問題や不安神経症について書かれている。
後半はほとんど不安神経症の記録となっており、読んでいて気が滅入った。息子の誕生や住居の購入などの大きなイベントもあった期間なのに、それよりも日常の、子育てや、妻との諍いや、病気のつらさに記述の大部分が費やされている。一部創作が混ざっていて妻の藤原マキさんが書いた日記と食い違う部分もあるようだが。
本書を「私小説」と評する声もある。漫画の元ネタになっていると思しき箇所もいくつかあった。
表紙のデザインに違和感。つげ義春といったら「ねじ式」だからこれでいいだろ、みたいな安直さを感じる。
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