小説・文芸 - 講談社文芸文庫の検索結果
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ファウスト
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 (ファウスト)俺の喜びはただこの大地から生まれこの世の太陽だけが俺の悩みを照らすのだ。(メフィスト)それならためらうことはない。さあ契約だ。……地上にある限りの日々……人間がまだ見ぬものを見るのです。神ならぬ人間の身で世界のすべてを究めたい欲求に憑かれたファウストは、悪魔メフィスト―フェレスと契約を結ぶ。文豪ゲーテ畢生の対策が柴田翔の躍動する新訳で甦る。 -
夏目漱石論
「則天去私」「低回趣味」などの符牒から離れ、神話的肖像を脱し、「きわめて物質的な言葉の実践家」へと捉えなおしてまったく新しい漱石像を提示した、画期的文芸評論。 -
坂口安吾と中上健次
闘う知性が読み解く、事件としての安吾と中上――日本の怠惰な知性の伝統の中で、「事件」として登場した坂口安吾と中上健次。二人は、近代文学の根源へ遡行しつつ、「自然主義」と「物語」の止揚を目指す。安吾は、自らを突き放すような他者性に文学の「ふるさと」を見出し、中上は、構造に還元することなく、歴史の現在性としての「路地」と格闘する。闘う知性としての安吾と中上を論じた、74年から95年までの批評を集成した、伊藤整文学賞受賞作。 ◎「文学」とは、どんな秩序にも属さず、たえず枠組を破ってしまう荒ぶる魂であった。文学をやっている人がすべてそうなのではない。むしろその反対である。文学という枠組を吹き飛ばすようなもの、それが「文学」だった。私と中上は文壇において暴風雨のような存在であった。そして、われわれがともに敬愛していたのが坂口安吾である。(中略)私は安吾を高く評価していた。しかし、小説家としてではない。私にとって、彼の作品は、哲学であり、歴史学であり、心理学あり……、それらすべてをふくむ何か、要するに、「文学」であった。<「著者から読者へ」より> -
逆髪
漂流する現代家族をラディカルに描く傑作長篇!――かつて姉妹漫才で鳴らした鈴子・鈴江。今はカンペキ主婦に身をやつす姉と、独身の物書きとして芸界の周辺に生きる妹。正反対のようで同じ血縁という強烈な磁力に搦めとられて彷徨う二人の日常の背後に、狂女逆髪と盲人の琵琶法師の姉弟が織りなす謡曲「蝉丸」の悽愴な光景を幻視、富岡節ともいうべき強靭な語りの文体で活写。『冥途の家族』『芻狗』など、家族や性をテーマに書き続けてきた著者の到達点とされる傑作。 ※本書は、『富岡多惠子集6 小説5』(1999年6月、筑摩書房刊)を底本として使用しました。著者の一閲を得て誤植を正し、振り仮名を多少増やすなどしましたが、原則として底本に従いました。 -
恋ごころ 里見弴短篇集
14歳の夏休みに、養家の盛岡を訪れ、そこで知った親戚の少女に淡い恋心を抱いた思い出を語る表題作。家を出て、大阪での芸者との恋愛・結婚の経緯を清新に描いた「妻を買う経験」等、自伝とフィクションを綯い交ぜに、流暢な文体と精妙な会話で、人の心の機微を巧みに描いた名作5篇を収録。明治、大正、昭和の文芸界を悠々と生き抜いた「馬鹿正直」で「一徹」で「涙脆い」、白樺派最後の文士・里見弴の真骨頂。 人の生の営みの機微を描いた心温まる短篇集――“最後の文士”里見は、94歳の最期まで現役作家として活躍した。抒情的で穏やかな、哀愁を帯びた感動を与える私小説の世界。読売文学賞受賞の表題作他6篇。 -
芥川龍之介と太宰治
対照的な文学的軌跡をたどりながら、最終的にはともに自死を選んだ芥川龍之介と太宰治。「近代的自我」の問題を問うた福田恆存が、その問題意識から二人の傑出した作家に見出したものは何だったのか。初期の作家論を代表する「芥川龍之介I」をはじめ、戦後に書かれた「芥川龍之介ll」、太宰の死の前後に書かれた二つの評論を所収。独自の視点で描かれた傑作文芸評論集。