高橋源一郎は、72歳になった自分自身を起点に、「老いるとは何か」を真正面から見つめる。本書に通底するのは、老いを美化も克服もしない、しかし絶望とも同一視しない、独特の距離感である。老いとは「もうろく」だと彼は言う。つまり、一生懸命に考えることができなくなっていく過程そのものだ、と。
第1部で語られる哲学者・鶴見俊輔の「もうろく帖」は、その象徴だ。69歳から77歳にかけて書かれた記録は、「役に立たなくなる自分」を引き受ける試みでもあった。うつ病を「もうろくの稽古」と呼び、癌で入院し、自分がよぼよぼの老人であることを認めるには「日々の努力」が必要だと言う。その姿は、老いとは衰退ではなく、自分という拠点から少しずつ撤退していく作業であることを教えてくれる。受信はできるが、発信ができない状態で3年9か月生きた鶴見の晩年は、なおも人間が好奇心を持ち続けられる存在であることを示している。
老いは個人の問題にとどまらない。第2部で描かれる吉本隆明の晩年は、偉大な思想家であっても、老いの前では例外ではないという事実を突きつける。書斎の机の前に座りながら、自分がどこにいるのかわからなくなる瞬間。精神は活発であるが、身体と外界との回路が閉ざされていく苦しさ。妄想や子ども時代への郷愁は、老いが人を「内側の世界」へと押し戻していく過程でもある。
有吉佐和子の『恍惚の人』が描いたのは、老いる本人ではなく、老いを引き受ける家族の物語だった。異物となっていく夫、疲弊する妻と娘。老いは個人の病ではなく、家族全体を静かに侵食していく文明病であるという指摘は、いまの超高齢社会の日本において、より切実な意味を持つ。
私小説作家・耕治人の章は、とりわけ胸に迫る。認知症で変わっていく妻と、癌を抱える自分。「あたしもう洗濯ができないわ」という言葉、排泄物の世話、この世で会う最後の日――。老いは尊厳を奪うが、それでも作家は「老いを観測する義務」を手放さない。妻の記憶から自分が消えていくことを、冷静に、しかし深く悲しみながら見つめる視線が、老いの現実を最も誠実に語っている。
特別編「二人の俊」では、詩人・谷川俊太郎や金子光晴の若々しい老いが示される一方で、高橋自身の実弟である「トシちゃん」の死が静かに語られる。身近な死は、思想や文学よりも直接的に、「老いと死」が他人事ではないことを突きつける。老いるとは、他者の死を見送り続けることでもあり、そしていつか自分もまた見送られる側になるという事実を引き受けることなのだ。
本書を読み終えて強く残るのは、老いとは「自分を失うこと」でありながら、同時に世界との関係を組み替え直すプロセスでもある、という感覚である。国家や社会から町内へ、友は少なくなり、発信力は衰える。しかし、ゆっくり読むこと、花の美しさに目を留めること、壊れていく自分を観察することは、なお可能だ。
『僕たちはどう老いるか』は、老いの処方箋を示す本ではない。むしろ、「まっすぐ老いや死に向かっていく」覚悟を持ちながら、それでも最後まで考え続けようとする人間の姿を描いた記録である。老いから逃げないこと。そのこと自体が、老いた人間に残された、最後の知性なのかもしれない。