高橋源一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
感動とか心揺さぶられるとかではない。
それなのに、この本を見つけられて良かったな、と読んでいる最中から思えた。
何故なら、次の読書のヒントを沢山受け取れたと思えたから。
視界が開けた感覚もある。
著者は多方面に色んな引き出しを持っていて、読んでいて色んな好奇心がムクムクと湧いてきた。
早速紹介されていた本を探してみよう。なければ関連図書も合わせて探してみようと、気になるジャンルや本のタイトルをメモメモ。
それにしても、何か出来事などがあって、それを「これは⋯アレだな」と別の似ている事柄に結びつけられる能力、記憶力が凄かった。着眼点も。
よほど色々な本や映画を網羅していなくては難しいだろうと思う -
Posted by ブクログ
ここ最近で読んだ中で、圧倒的に1番感動した。
この本のことを誰かに紹介するとしたら、一言で済む。
「民主主義って、文学のことなんだよ」
「『ことば』に殺される前に」の感想にも書いたが、高橋源一郎さんの文章は、いつも知性と節度に満ちている。いつもそこに感動する。
「Ⅰ 自分の足で歩く」に収められた文章は、どれも哀しみが、それも怒りと戸惑いと混乱を通過した後の、だけど諦めることに抵抗した哀しみが通底している。そのことは僕に、radioheadのアルバム"KID A"を聞いた時のbjorkのコメントを思い出させた。
『あのアルバム(Kid A)は、もの凄く酷い光景を目撃してし -
Posted by ブクログ
高橋源一郎さんの「ぼくたちはどう老いるか」を読んだ。簡単な言葉で書かれているんだけど、中身は深奥までずしんと響いた。
鶴見俊輔の「もうろく帖」、ハルノ宵子の「隆明だもの」、有吉佐和子の「恍惚の人」、耕治人の晩年の私小説、谷川俊太郎の死、高橋源一郎の弟の死などを取り上げ多角的に「老いる」ことについて、自分自身、家族、社会にとってどうなのかが書かれている。
この中で一番衝撃的で考えさせられたのは耕治人の私小説だった。経済的に苦しい親類もいない夫婦二人の人生の終わりが描かれている。
長年売れない貧乏作家を文句も言わずに支えてきた妻が認知症で壊れていく様子。ガスの付けっ放し、夜中にご飯の支度、糞尿の垂 -
Posted by ブクログ
高橋源一郎は、72歳になった自分自身を起点に、「老いるとは何か」を真正面から見つめる。本書に通底するのは、老いを美化も克服もしない、しかし絶望とも同一視しない、独特の距離感である。老いとは「もうろく」だと彼は言う。つまり、一生懸命に考えることができなくなっていく過程そのものだ、と。
第1部で語られる哲学者・鶴見俊輔の「もうろく帖」は、その象徴だ。69歳から77歳にかけて書かれた記録は、「役に立たなくなる自分」を引き受ける試みでもあった。うつ病を「もうろくの稽古」と呼び、癌で入院し、自分がよぼよぼの老人であることを認めるには「日々の努力」が必要だと言う。その姿は、老いとは衰退ではなく、自分とい