高橋源一郎のレビュー一覧

  • 誰にも相談できません

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    在学時に存在を知っていれば、授業を履修していたのに。とWikipediaを読みながら何も考えていなかった大学生活を悔やんだ。

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    2024年10月06日
  • 「書く」って、どんなこと?

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    書くことを容易いことだと思って始めた人にとってのハウツー本ではない、「書く」ということについて話している。

    すてきな授業だった。

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    2024年09月08日
  • さようなら、ギャングたち

    購入済み

    今まで読もうとして後回しにしていて、ようやく読んだ。とても面白かった。様々な引用も調べてもいいが、わからなくても面白く読めた。『カンディード』や『旅のラゴス』とか冒険譚を読んできて、直前にはぶっ飛んだ『みどりいせき』も読んでいて、この本も先にどんなわくわくがあるのだろうとどんどん読める、ハチャメチャな詩学的美学的衒学的宇宙的ドタバタで真面目で狂気的な楽しい本だった。まだ先が読みたいほどだ。ハードボイルドで幼稚で高尚でやらしくていたずらで面白かった。他の方のコメントに「哀しみ」という文句を見て同感です。たとえば、観覧車の自己廃棄の哀しさ。たとえば、女の。たとえば、女の子の。それから、言葉にできないこと、わからないことも書かれていて、これもたとえば、観覧車。私。教えること。それから、そういえば、美は、木星にはあるが地球にはないとか。今後は冷蔵庫を見るとヴェルギリウスを思い出しそうだが、恥ずかしながら何を書いた人だっけ、調べてみよう。気があればどんどん読書に広がりが持てる、文学入門書でもあるかも。

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    2024年08月24日
  • 「書く」って、どんなこと?

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    「書く」ときに「なに」が起こっているのか?作家のみんなは分かっているが誰もその事については書かない。でも高橋源一郎はこの本で「それ」を書いてしまった。僕も「それ」を体験してみたい。「それ」によく似たことは、もしかしたらあったかもしれないなかったかもしれない。でも気持ちいいだろうな、「それ」は。いつかやってやる「それ」を。

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    2024年08月11日
  • 「不適切」ってなんだっけ

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    たまたま偶然出会った本ですが大当たり!
    高橋源一郎さんてこんなに面白い方だったんですね。失礼ながらも掘り出し物に当たった気分。
    これはアレじゃないかなとテーマごとに本(文化芸術から漫画までも)や映画(昔の名画からアニメまでも)や音楽(ジャズから帰ってきた酔っ払いまでも)作品を比較してあれこれと語るエッセイ。とにかく高橋源一郎さんは大変な読書家であることに驚きと感心するばかりです。好奇心も旺盛であられるのでしょう。色んなことを良く知っていらっしゃる。だから芋づる式に面白い話も尽きないわけですね。ここで紹介されている作品を書き出したらノート見開き4ページになりました。気になる作品が満載。
    この本が3作目だとか。1作目2作目も早く読みたい!

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    2024年07月13日
  • ゆっくりおやすみ、樹の下で

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    ネタバレ

    さるすべりの館、すごく行きたい!!自然に囲まれて広い屋敷に住むのって本当に憧れます!!題名からは想像も付かないストーリーにびっくりしました。

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    2024年06月26日
  • だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな

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    著者とは何度も面識があり会話も少しさせて頂いた関係でたまたま書店で見つけてタイトルに惹かれ購入。色々な本や人物のエッセイとかレビューって感じの本だった。とっても読みやすく一気に読めた。樹木希林さんやアンダーヘアーの話は特に面白かった

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    2024年06月04日
  • 転換期を生きるきみたちへ

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    (2016/10/15)
    中高生に、とあるが、我々大人が読んでも十分学べる内容。
    物事の考え方を、平易なことばでみごとに説明してくれている。

    小田嶋さんの成功者村上龍への食いつきは面白い。「会社員」という仕事がないと。
    村上龍は成功しているから会社員をはずしていると。
    確かに、13歳のハローワークに上がっている仕事で食っていける人はごくわずか。
    みな「会社員」として何とか生きている。

    白井さんの「意味」には際限はない、というのはなるほど。
    本能的欲求は限度があるが、誰も持っていないものを持つ、という欲求には切りがない。
    そこにはまったら最後だな。

    戦争中における「国」とは、国民でなく国体だ、と書く山崎氏。
    ・・まあこれは先日読んだ伊藤氏の本で、掟を破られて黙っているのはおかしい、で反論されそうだが。

    中年日本にアベノミクス成長戦略は怪我をする、という想田氏。
    勝手に中年になってしまったのだ。少子化を進めて。

    学べます。

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    2024年05月28日
  • 「ことば」に殺される前に

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    高橋源一郎先生の本は、いつも知性と節度で満ちている。
    一人称代名詞を、「ぼく」から「おれ」に替えて書かれたものも、一見荒々しく想いをぶつけているように見せているけれど、それでも、そこには節度がある。その節度に、僕は大人の知性を、僕よりも長く生き長く考えてきた人の信頼を見る。

    最もグッときたのは【メメント・モリ】。
    幼い子供たちの、「ままのおなかにもどりたいな」「しにたくないから?」という衝撃的な会話から始まり、『生きている者には死にゆく者にかけることばなどなくていいのだ』、『ひとりで「死」に向かう者を、癒してくれるのは、彼の懐かしい「死者」たちなのだ』に至る、深い深い話。
    身近な人を亡くしたことがあるとか、亡くそうとしている人には、必ず感じるものがあると思う。

    【メイキングオブ『「悪」と戦う』第8夜】
    ・私たちは、自分のことしか知らない。
    ・なのに、小説は、作者自身ではない他の「ぼく」について書こうとする。
    ・それは、小説が、正しくあることよりも、他の「ぼく」と繋がることを最大の使命としているからだ。

    【帯に記載のあった本文抜粋】
    「かつて、ツイッターは、中世のアジール(聖域)のように、特別な場所、自由な雰囲気が感じられる場所であるように思えた。共同体の規則から離れて、人びとが自由に呼吸できる空間だと思えた。だが、いつの間にか、そこには、現実の社会がそのまま持ちこまれて、とりわけ、現実の社会が抱えている否定的な成分がたっぷりと注ぎこまれるような場所になっていた。(中略)「ことば」は人を殺すことができる。だが、そんな「ことば」と戦うことができるのは、やはり「ことば」だけなのだ。」(本文より抜粋)

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    2024年04月10日
  • ぼくらの民主主義なんだぜ

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    学校教育の授業の現場で扱いにくい話題は、性、宗教、そして政治。それは塾でもさほど変わらない。入試過去問題の文章にそれらが扱われていても、何となく回り道せざるを得ない(平安古文なんか大変!)。しかし、日常の会話でも取り上げにくいそれらこそ、実は、教育の現場で語られるべきものだとも思う。オープンに議論するという土壌のないこの国で、民主主義を考える機会が確保されていると言うことはできない。◆この本は、朝日新聞に月一回掲載の「論壇時評」の最近四年分をまとめたもの。扱われる言説の範囲はいわゆる「論文」だけにとどまらず、雑誌の記事やインターネット上の発言、YouTube の動画までに及ぶ。難しい言説だけを取り上げて高所から見下ろすのではない、著者の柔らかな姿勢が伝わってくる本だ。◆一冊の本としてあらためて読むと、著者の一貫した姿勢が伝わってくる。戦争の過ちと犠牲の上にようやく作り上げてきた民主主義を、現代の私たちが大切にしていない事実を考察する。「反知性主義」とも言われる、ヘイトスピーチやバッシング、国家全体の右傾化が、民主主義を虚構に過ぎないと暴こうとする。しかし、それらの「思想」もまた、自己肯定のための虚構に過ぎない。どちらを「現実」として選択するかは、私たち次第なのだ。戦後七〇年を迎える今夏、この本を、学校の夏の課題に埋もれることなく、「ぼくらの」という言葉の意味を、自分の頭で考える契機としてほしい。(K)

    紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2015年6月号掲載

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    2024年02月23日
  • 居場所がないのがつらいです みんなのなやみ ぼくのこたえ

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    心に響く言葉がたくさんあります
    ちょっとウルっとしてしまったり、ニヤリと笑ったり、目から鱗状態になったり
    ページをめくるとよく知っているけど気づいていない現実に出会う

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    2024年02月22日
  • 別冊NHK100分de名著 メディアと私たち

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     私たち自身がどのような視点やバイアスを持ってメディアやネットの情報に接しているかを考えさせられる。特に日本人特有の「空気」について論じた『「空気」の研究』に興味を持った。戦艦大和の出撃が決定された「空気」や、身近なものでは会社の会議で最高決定権を持つ人の発言への忖度など、個人の意思に反していても集団になると正反対の決定が下される恐ろしさときたら。『世論』も皮肉なことにナチスドイツが研究し、悪用されてしまった事実が悲しいが、それこそが良書の証なのだろう。『一九八四年』は言わずもがな。未読の3冊すべて読みたくなる。

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    2024年02月05日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
    で知られる歎異抄。この言葉の意味、わかるようでやっぱりよくわからない。
    ただ、この本のおかげで少しはわかった気がするし、そもそもわからなくてもよい気がする。この本に出てくる親鸞は、穏やかに、そういうことではないんだよと言ってくれそうです。

    ー「シンラン」にはわかったのだ。「ふつうの人」のこころの中にはそんなものはないのだということが。「念ずるこころ」も「菩提心」も「慈悲心」も、「ふつうの人」にとっては贅沢品なのだということが。そんなものよりもっと単純で、もっと根本的なものが、そこにはあるのだ。ただ「つらい」があるだけだ。「死んだら楽になれるのかなあ」という淡い思いがあるだけだ。

    上記の解説から、浄土真宗が民衆に広まった理由がよくわかる。やさしくやさしく書かれていて、宗教って本当はとびきり人間に優しいものなのかもと思えるような内容だった。

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    2024年02月04日
  • ぼくらの戦争なんだぜ

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    分かりやすい文体で読み手に問いかける。戦争は、穏やかな顔をしてやってくる。気がつかねばならない。大きい言葉、大きい声に、と。印象的だったのは太宰治の作品に隠された反戦の文意。恥ずかしながら知識不足で今回初めて知ったのが詩集「大東亜」。高村光太郎や室生犀星などが詠んだ国策の詩。「正しさ」に向かって人々が、言葉が動員されたと。それに対して、無名の兵士詩人たちの詩のすごさ。
    印象的だったのは、「敗戦当夜、食事をする気力もなくなった男は多くいたが、しかし、夕食を整えない女はいなかった」という文章。日常を捨てない、ということの大切さ、正常な感覚を非常時に捨てないことが、戦争への道を阻止する大きな手段だということがよく分かる。

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    2024年02月02日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    歎異抄は読んだことがあるがこれは平易な、しかも切実な言葉で訳されていて肚に落ちる。いろんな分野に博識な筆者だが親鸞の理解力に脱帽。

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    2024年01月15日
  • 高橋源一郎の飛ぶ教室 はじまりのことば

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    読んでいて、ああ、そう、それ。みたいな感じに何度もなった。自分とは全く違う時代、違う環境を生きてきた人なのに、途中そう感じずに、何か近くにいる感覚というか、不思議な心地良さがあった。作家だから当たり前なのかもしれないけど、ああ、言葉にするの上手いな、と唸ってしまうこともしばしば。また読み返したい。次は、源一郎さんがラジオの前にするみたいに、線引っ張りながら、付箋つけながら読んでみたい。そして自分も言葉で表現することに挑戦してみたいと思った。

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    2023年12月31日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    文化人×仏教ものは回避がちなのだけど周囲の評判がよかったので読んでみた。
    これはすごくいい。高橋氏が『歎異抄』を自分のことばで現代語訳をしている。これは高橋氏の読み方、受け取りなのだ。それを自分が読みながら、自分の読み方、受け取り方を確認していくような、ここは一緒だな、似ているな、違うなと対話していくような読書経験ができる。
    「あとがきのあとがき」、「名前を呼ぶこと」がこの本の意図をしっかり語ってくれている。高橋氏ならではの文学、演劇からのことばのうけとめはとてもよかった。
    これを教科書的に正しい一つとして読むと言うのではない。あくまでも『歎異抄』を読んだひとりの人間の受け取りを聞くのだ。
    ”できうるなら、みなさんも自ら「翻訳」することで、『歎異抄』ではなく、みなさんひとりだけの『タンニショウ』に出会えるといいと思う。あらゆる本は、いや人間が作る者はすべて、そのように「一対一」の関係の中で出会うべきものなのだから。”
    『歎異抄』を知らない方が初見で良さを分かるよさはことばの魅力中心かもしれない。そして高橋氏の出会った「フジイクン」を感じるのだろう。高橋氏もあくまで自分は宗教的な見方でこれを書いているのではないとされている。
    親鸞聖人の教え、真宗になじみのある方は一層感じるところが深くあるだろうと思う。おすすめ。

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    2023年12月14日
  • だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな

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    「これはアレだな」第二弾。源さんの興味関心の幅広さに驚きます。70過ぎて益々盛ん。さすがモノンクル。兎に角刺戟的な本です。

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    2023年11月01日
  • 高橋源一郎の飛ぶ教室 はじまりのことば

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    どれも珠玉のような、そして心温まる87話と、おまけというにはもったいないような著者自身によるの短編作品。どのお話にも、著者の人柄が色濃くにじみ出ている。

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    2023年10月01日
  • NHK「100分de名著」ブックス 太宰治 斜陽 名もなき「声」の物語

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    高橋さんの、話し言葉による文章が、とても良かった。
    読みやすい。
    言いたいことが伝わりやすい。
    そして私は太宰治の作品が好きだ。

    私は『津軽』を読んで太宰治のイメージが変わった。
    そして『斜陽』を読んでまたも太宰治のイメージが変わった。
    さらに本作を読んで、太宰治という人の印象がまたまた変わってゆくのを感じた。

    というか、
    ぼんやりとしか現れていなかったものに、次第にピントが合ってゆく感覚。
    日本人におそらく年代問わず一番知られた『人間失格』という作品と、
    好きな作品である『津軽』や『斜陽』から受ける印象にギャップを感じていたが、
    そこを埋めるものとなり得そうな切っ掛けを掴んだ感覚。
    何度も繰り返した心中未遂と成し遂げてしまった心中というものが、
    『津軽』や『斜陽』を書いた太宰と結び付かなくて、
    そこを結ぶ糸を見付けられそうな感覚。
    『人間失格』を読み違えているような、
    違っていることは分かるのに何が違うか言えなかったのを、
    もう少しで言い表せそうな感覚。

    地方名士の生まれである自分を恥じていて、古い型から抜け出せぬ"男"という性にのびしろを見出だせず、ひたすら死を求め続けてしまったのだろうか。
    もしかしたら太宰は、今後の世の中を変えてゆくのは女性であり、男性はいつまでも古くさい型に捕らわれ続けるものだと幻滅していたのかもしれない。
    嫌悪する自分自身や、これからの未来を変えていくであろう女性たちを作品に描きながら、
    現実世界ではひたすらに死を求めてきた。

    だとすると、心中未遂も心中も、なにか確信犯的なものを感じてしまう。
    ほら、こんなにもダメな"男"である自分をご覧なさいと。
    こんなにもダメな世の中を作ってきた"男達"をご覧なさいと。
    私が死を選ぶ理由は全て、
    世の中が如何に絶望的であるかは全て、
    作品に書き表してきただろうと。

    『斜陽』のヒロインかず子が言う「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」は、『斜陽』の原型である太田静子の"斜陽日記"に見付けた言葉なのかもしれない。
    もしそうであるなら余計に、
    女性を主人公として、この時代にこの台詞を叫ばせたかったのだろうし、
    自分の抱え続けてきた内なる思いをここに見出だしもしたのかもしれない。
    そして『斜陽』の中で死を選ぶ直治の遺書。
    さらには作家として登場する上原。
    こちらも男性としての太宰の代弁者のように感じる。
    本当は性別なんて関係ないのにな…と、現代に生きる私は思う。
    でも単純に言ってしまえば、そんな時代だった。
    勿論、この時代を逞しく生き抜いた人々もいる。
    でも太宰治という人は、耐えられなかった。

    太宰の作品は好きだし、彼のユーモアと表現力に惹かれるし、作品を知りたい理解したいと思わずにいられないが、自ら死を求める生き方に共感は出来ない。
    世の中に、こんなに彼の文学に惹かれる読者が居るということが、ダメだと思う"男"という性と共に"生きる"ことを選択する理由にならなかったのだろうか。
    これほどまで敏感に世の中が見えていたにも関わらず、自分自身であるが故に分からなかったのか。
    (高橋さんも、太宰は敏感で繊細で見えすぎてしまうと述べている。)
    なぜ、これからを担うのは女性であると確信しながら、その愛すべき女性を道連れとする方法を選んだのか。
    そもそも、死にたい死にたいと思い続けている人間が、小説を書き上げるという生命力にも似たパワーを沸き起こすことが出来たのか。
    一度目、死ねなかった。
    ならばと、沸き上がる思いを作品にしてみる。
    その時に、生きるために作品を生み出していたのなら、何故そのまま書き続け、生き続けなかったのか。
    故郷にまで足を運び『津軽』も書いたのに。

    2022年7月22日発行の本作で、高橋さんは言っている。
    「……今だって"戦時"なのかもしれない。ぼくたちは、いつだって、そういう意味での"戦争"の下にいるのかもしれない。………そういうとき、いちばん困るのは、詩人や作家だ。なにより、ことばを使うのが仕事だからだ。そのことばに、自分の思いを乗せなきゃならないからだ。」
    そのあと本書に続く、太宰の"三井君の死"についての『散華』の内容がつらい。
    高橋さんの言葉を引用すると、
    「"散華"は、その言葉の意味を、戦争によって奪われたのである。」
    さらに続く"三田君からの4通目の手紙"。
    これを読んで鳥肌が立つ。
    戦争の為に死んでゆく三田君。
    やはり太宰は確信犯的に、大いなる文学の為に死んだというのか。

    分からない。
    "100分de名著"の高橋源一郎さんの回、見たかったなぁ。
    少なくとも、本作を読んで本当に良かった。
    まだ私は何も掴めていないし、何も見えていなかった。
    太田静子の『斜陽日記』もいつか読みたい。
    太宰の『散華』。
    これは必ず読まなければ。

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    2023年09月20日