高橋源一郎のレビュー一覧

  • 「不適切」ってなんだっけ

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    ネタバレ

    「サンデー毎日」連載(2021年10月31日~2024年3月3日)の「これは、アレだな」の第3弾。

    著者の対談は雑誌でいくつか読んでいましたが、時事エッセイは初めて読みました。毎回取り上げられた各項目は少々軽薄なタイトルですが、内容はかなり重たいというか、著者の深い洞察力が感じられます。

    例えば「老人はみんな死ね」という項目では・・・
    このタイトルを見て、以前に、変な形の眼鏡を掛けて、マスコミから持てはやされていたイェール大学経済学部アシスタント・プロフェッサーの成田祐輔なる人物が、近年の日本の財政的な諸問題を解決するには「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」などの発言を繰り返し行っていたのを思い出しました。
    ただ高橋源一郎氏は、御年73歳で、38歳の成田某のような他人事として、この問題を取り上げたのではない。

    きっかけは友人が銀行から突然「70歳を超えたので、ローンの残額を全額払うように」という連絡があったそうだ。本人も、とある理由で地方に仕事場を借りたときに不動産屋から、70歳を超えているのでと、いろんな条件をつけられたり、インターネットを開設する段になって、業者から「65歳を超えているので、奥様に確認をとりたい」等など、身近な問題が起きている。
    ローンや賃貸やネットだけではなく、70歳を目安に、この国では一気に住みにくくなるようだと言う。

    そして映画「プラン75」の話へ発展してゆく。
    映画の内容は、少子高齢化が進んだ近未来の日本で「長生きする老人」のために、社会は疲弊してゆく。そのため75歳になると「生死の選択権」を与える制度が国会で可決される。それが「プラン75」・・・本人曰く「なんだか生命保険にありそうな名前で微妙な気持ちになる」
    「この映画での倍賞千恵子の演技が素晴らしいというか、その老い方があまりにリアルなのだ。顔や口もとの皺、たるんだ皮膚、鈍い動き、そのすべてが老人とはこういうものだという現実を突きつけてくる・・・そして『プラン75』を選択した者は、ある施設に向かう・・・その施設で亡くなった者たちが残した者は、集められ、分けられる。迎え入れから最後の分別まで、画面を見ながら、どこかで見たような風景だと思った・・・最後に気づいた。それはナチスの強制収容所(の映像)で見かけた風景だった」

    さらに話は「棄老」の物語である深沢七郎の「楢山節考」の話へ展開し、著者曰く「プラン75」と「楢山節考」にはまったく同じシーンがある。それは最後に日に家を出るときの作法を教えるシーンだという。
    「楢山節考」では、その作法を教えるのは、経験のある村人たちで、深い共感といたわりに満ちたものだが、「プラン75」では、それを伝えるのは、そのサービスのために作られたコールセンターの係員だという。
    私は、きっとこれが現実になった時には、人工音声に代わっているだろうと思います。

    以上は一例ですが、軽いタイトルとは裏腹に深い洞察に満ちた話が満載です。

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    2024年12月10日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    親鸞。
    学生時代に吉川英治の小説で読んで知った。
    のちには五木寛之の小説で読んだ。
    でも、親鸞の言葉を記した歎異抄を読むのは、初めてだ。

    「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」。
    他力本願。
    念仏。

    これらの言葉はもちろん小説を通して知っていた。
    でも、意味が分かっていたか、と言われれば、怪しいものだ。
    今回の高橋源一郎さんの訳を通して、改めて考えた。

    この新書にも、いや、歎異抄自身にもあるが、
    「意味もわからず念仏を唱えるだけで浄土に行けるなんて、おかしい!怠けてる」
    そう考える。多くの人はそう考える。
    努力もしないでいい思いができるわけがない、と。

    親鸞は違う。
    もっと深い。
    今回そこを考えた。
    努力したから、勉強したから、これだけやったからその引き換えに浄土に行けるだと?
    阿弥陀様はそんなもんじゃない。
    何を勘違いしてるんだ。
    お前がやったことはそんな偉いことじゃない。
    人間は無力だ。
    学があるやつが浄土に行けて、字も読めない者は行けないというのか。
    阿弥陀様は、浄土はそんなものではない。
    無心で念仏を唱えさえすれば、浄土に行きたい、と思いさえすれば、だれでも行ける。

    善行悪行も同じ。善行をしたから浄土に行けるのではない。
    善行も悪行も自分の意志だけではどうにもならないもの。
    阿弥陀様はそんなものは見ていない。

    唱えること、浄土に行きたいと思うことがすべてなのだ。

    人間は無力だからこそ他力本願で、念仏を唱える。
    無心だろうが、苦痛だと思おうが(親鸞自身そういってる)構わない。
    とにかく現世の苦しさ辛さから逃れたい、浄土に行きたい、と思うことが大事。
    その思う手段として念仏を唱えるのだ、と。

    ・・・高橋さんの訳を読みながら私なりに解釈したのは上記。

    そう、思えばいいんだったら念仏も唱えなくてもよさそうだけど、
    人間おろかだから、何かしないと違うことを考えちゃう。
    だから唱えて、祈るのだ。

    ・・・今の私にピンとこないのは、
    そうまでして浄土に行かなくてはいけないのか、ということ。
    これはわからない。
    今がそれだけつらい、苦しい、ということか。
    宗教なんてそういうものなのかもしれない。

    でも、私は私自身で生き方を考える。
    読書がその支えだ。





    1(アミダのお誓い;ジゴクこそわたしにふさわしい場所;悪人だからこそゴクラクに行けるんだ;ジヒってなんだ;いくらネンブツをとなえても誰も救えない;ネンブツはアミダからの贈りものだ;ネンブツは自由だ;ネンブツは、「修行」でも「善行」でもない;ぼくは告白した)
    2(もしくは、ぼく自身のための序文;アミダのお誓いの不思議な力;信じてもいいし信じなくてもかまわない;「人を千人殺してみろ」と「あの方」はいった;みんなを救う、ひとりも捨てない;アミダの「ホンガン」という「船」に乗り、ぼくらの「苦海」を渡り、いつかジョウドの岸辺にたどり着く;ほんとうの「回心(エシン)」は生涯にただいちど
    ジョウドのかたすみに転生(テンショウ)したって大丈夫
    寄進やお布施なんか必要ない)

    その二 ジゴクこそわたしにふさわしい場所その三 悪人だからこそゴクラクに行けるんだその九 ぼくは告白したその十三 「人を千人殺してみろ」と「あの方」はいったその十四 みんなを救う、ひとりも捨てないその十五 アミダの「ホンガン」という「船」に乗り、ぼくらの     「苦海」を渡り、いつかジョウドの岸辺にたどり着く*宗教ってなんだ(『歎異抄』(タンニショウ)を「翻訳」しながら考えたこと)ネンブツと文学/ただひとりのために/正しそうなものには気をつけろ

    宗教ってなんだ(『歎異抄(タンニショウ)』を「翻訳」しながら考えたこと)

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    2024年11月28日
  • 「書く」って、どんなこと?

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    考えずに書くこと、考えて書くこと。
    余計なテクニックとか、文法とか難しいことは一旦忘れて原稿に向き合う。そのときに社会の検閲から逃れるべくこの世界の存在を疑ってみること、それを考え続けること。そんなことを思いながら書き続ける。

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    2024年11月25日
  • 誰にも相談できません

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    在学時に存在を知っていれば、授業を履修していたのに。とWikipediaを読みながら何も考えていなかった大学生活を悔やんだ。

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    2024年10月06日
  • 「書く」って、どんなこと?

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    書くことを容易いことだと思って始めた人にとってのハウツー本ではない、「書く」ということについて話している。

    すてきな授業だった。

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    2024年09月08日
  • さようなら、ギャングたち

    購入済み

    今まで読もうとして後回しにしていて、ようやく読んだ。とても面白かった。様々な引用も調べてもいいが、わからなくても面白く読めた。『カンディード』や『旅のラゴス』とか冒険譚を読んできて、直前にはぶっ飛んだ『みどりいせき』も読んでいて、この本も先にどんなわくわくがあるのだろうとどんどん読める、ハチャメチャな詩学的美学的衒学的宇宙的ドタバタで真面目で狂気的な楽しい本だった。まだ先が読みたいほどだ。ハードボイルドで幼稚で高尚でやらしくていたずらで面白かった。他の方のコメントに「哀しみ」という文句を見て同感です。たとえば、観覧車の自己廃棄の哀しさ。たとえば、女の。たとえば、女の子の。それから、言葉にできないこと、わからないことも書かれていて、これもたとえば、観覧車。私。教えること。それから、そういえば、美は、木星にはあるが地球にはないとか。今後は冷蔵庫を見るとヴェルギリウスを思い出しそうだが、恥ずかしながら何を書いた人だっけ、調べてみよう。気があればどんどん読書に広がりが持てる、文学入門書でもあるかも。

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    2024年08月24日
  • 「書く」って、どんなこと?

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    「書く」ときに「なに」が起こっているのか?作家のみんなは分かっているが誰もその事については書かない。でも高橋源一郎はこの本で「それ」を書いてしまった。僕も「それ」を体験してみたい。「それ」によく似たことは、もしかしたらあったかもしれないなかったかもしれない。でも気持ちいいだろうな、「それ」は。いつかやってやる「それ」を。

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    2024年08月11日
  • 「不適切」ってなんだっけ

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    たまたま偶然出会った本ですが大当たり!
    高橋源一郎さんてこんなに面白い方だったんですね。失礼ながらも掘り出し物に当たった気分。
    これはアレじゃないかなとテーマごとに本(文化芸術から漫画までも)や映画(昔の名画からアニメまでも)や音楽(ジャズから帰ってきた酔っ払いまでも)作品を比較してあれこれと語るエッセイ。とにかく高橋源一郎さんは大変な読書家であることに驚きと感心するばかりです。好奇心も旺盛であられるのでしょう。色んなことを良く知っていらっしゃる。だから芋づる式に面白い話も尽きないわけですね。ここで紹介されている作品を書き出したらノート見開き4ページになりました。気になる作品が満載。
    この本が3作目だとか。1作目2作目も早く読みたい!

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    2024年07月13日
  • ゆっくりおやすみ、樹の下で

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    ネタバレ

    さるすべりの館、すごく行きたい!!自然に囲まれて広い屋敷に住むのって本当に憧れます!!題名からは想像も付かないストーリーにびっくりしました。

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    2024年06月26日
  • だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな

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    著者とは何度も面識があり会話も少しさせて頂いた関係でたまたま書店で見つけてタイトルに惹かれ購入。色々な本や人物のエッセイとかレビューって感じの本だった。とっても読みやすく一気に読めた。樹木希林さんやアンダーヘアーの話は特に面白かった

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    2024年06月04日
  • 転換期を生きるきみたちへ

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    (2016/10/15)
    中高生に、とあるが、我々大人が読んでも十分学べる内容。
    物事の考え方を、平易なことばでみごとに説明してくれている。

    小田嶋さんの成功者村上龍への食いつきは面白い。「会社員」という仕事がないと。
    村上龍は成功しているから会社員をはずしていると。
    確かに、13歳のハローワークに上がっている仕事で食っていける人はごくわずか。
    みな「会社員」として何とか生きている。

    白井さんの「意味」には際限はない、というのはなるほど。
    本能的欲求は限度があるが、誰も持っていないものを持つ、という欲求には切りがない。
    そこにはまったら最後だな。

    戦争中における「国」とは、国民でなく国体だ、と書く山崎氏。
    ・・まあこれは先日読んだ伊藤氏の本で、掟を破られて黙っているのはおかしい、で反論されそうだが。

    中年日本にアベノミクス成長戦略は怪我をする、という想田氏。
    勝手に中年になってしまったのだ。少子化を進めて。

    学べます。

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    2024年05月28日
  • 「ことば」に殺される前に

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    高橋源一郎先生の本は、いつも知性と節度で満ちている。
    一人称代名詞を、「ぼく」から「おれ」に替えて書かれたものも、一見荒々しく想いをぶつけているように見せているけれど、それでも、そこには節度がある。その節度に、僕は大人の知性を、僕よりも長く生き長く考えてきた人の信頼を見る。

    最もグッときたのは【メメント・モリ】。
    幼い子供たちの、「ままのおなかにもどりたいな」「しにたくないから?」という衝撃的な会話から始まり、『生きている者には死にゆく者にかけることばなどなくていいのだ』、『ひとりで「死」に向かう者を、癒してくれるのは、彼の懐かしい「死者」たちなのだ』に至る、深い深い話。
    身近な人を亡くしたことがあるとか、亡くそうとしている人には、必ず感じるものがあると思う。

    【メイキングオブ『「悪」と戦う』第8夜】
    ・私たちは、自分のことしか知らない。
    ・なのに、小説は、作者自身ではない他の「ぼく」について書こうとする。
    ・それは、小説が、正しくあることよりも、他の「ぼく」と繋がることを最大の使命としているからだ。

    【帯に記載のあった本文抜粋】
    「かつて、ツイッターは、中世のアジール(聖域)のように、特別な場所、自由な雰囲気が感じられる場所であるように思えた。共同体の規則から離れて、人びとが自由に呼吸できる空間だと思えた。だが、いつの間にか、そこには、現実の社会がそのまま持ちこまれて、とりわけ、現実の社会が抱えている否定的な成分がたっぷりと注ぎこまれるような場所になっていた。(中略)「ことば」は人を殺すことができる。だが、そんな「ことば」と戦うことができるのは、やはり「ことば」だけなのだ。」(本文より抜粋)

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    2024年04月10日
  • ぼくらの民主主義なんだぜ

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    学校教育の授業の現場で扱いにくい話題は、性、宗教、そして政治。それは塾でもさほど変わらない。入試過去問題の文章にそれらが扱われていても、何となく回り道せざるを得ない(平安古文なんか大変!)。しかし、日常の会話でも取り上げにくいそれらこそ、実は、教育の現場で語られるべきものだとも思う。オープンに議論するという土壌のないこの国で、民主主義を考える機会が確保されていると言うことはできない。◆この本は、朝日新聞に月一回掲載の「論壇時評」の最近四年分をまとめたもの。扱われる言説の範囲はいわゆる「論文」だけにとどまらず、雑誌の記事やインターネット上の発言、YouTube の動画までに及ぶ。難しい言説だけを取り上げて高所から見下ろすのではない、著者の柔らかな姿勢が伝わってくる本だ。◆一冊の本としてあらためて読むと、著者の一貫した姿勢が伝わってくる。戦争の過ちと犠牲の上にようやく作り上げてきた民主主義を、現代の私たちが大切にしていない事実を考察する。「反知性主義」とも言われる、ヘイトスピーチやバッシング、国家全体の右傾化が、民主主義を虚構に過ぎないと暴こうとする。しかし、それらの「思想」もまた、自己肯定のための虚構に過ぎない。どちらを「現実」として選択するかは、私たち次第なのだ。戦後七〇年を迎える今夏、この本を、学校の夏の課題に埋もれることなく、「ぼくらの」という言葉の意味を、自分の頭で考える契機としてほしい。(K)

    紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2015年6月号掲載

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    2024年02月23日
  • 居場所がないのがつらいです みんなのなやみ ぼくのこたえ

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    心に響く言葉がたくさんあります
    ちょっとウルっとしてしまったり、ニヤリと笑ったり、目から鱗状態になったり
    ページをめくるとよく知っているけど気づいていない現実に出会う

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    2024年02月22日
  • 別冊NHK100分de名著 メディアと私たち

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     私たち自身がどのような視点やバイアスを持ってメディアやネットの情報に接しているかを考えさせられる。特に日本人特有の「空気」について論じた『「空気」の研究』に興味を持った。戦艦大和の出撃が決定された「空気」や、身近なものでは会社の会議で最高決定権を持つ人の発言への忖度など、個人の意思に反していても集団になると正反対の決定が下される恐ろしさときたら。『世論』も皮肉なことにナチスドイツが研究し、悪用されてしまった事実が悲しいが、それこそが良書の証なのだろう。『一九八四年』は言わずもがな。未読の3冊すべて読みたくなる。

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    2024年02月05日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
    で知られる歎異抄。この言葉の意味、わかるようでやっぱりよくわからない。
    ただ、この本のおかげで少しはわかった気がするし、そもそもわからなくてもよい気がする。この本に出てくる親鸞は、穏やかに、そういうことではないんだよと言ってくれそうです。

    ー「シンラン」にはわかったのだ。「ふつうの人」のこころの中にはそんなものはないのだということが。「念ずるこころ」も「菩提心」も「慈悲心」も、「ふつうの人」にとっては贅沢品なのだということが。そんなものよりもっと単純で、もっと根本的なものが、そこにはあるのだ。ただ「つらい」があるだけだ。「死んだら楽になれるのかなあ」という淡い思いがあるだけだ。

    上記の解説から、浄土真宗が民衆に広まった理由がよくわかる。やさしくやさしく書かれていて、宗教って本当はとびきり人間に優しいものなのかもと思えるような内容だった。

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    2024年02月04日
  • ぼくらの戦争なんだぜ

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    分かりやすい文体で読み手に問いかける。戦争は、穏やかな顔をしてやってくる。気がつかねばならない。大きい言葉、大きい声に、と。印象的だったのは太宰治の作品に隠された反戦の文意。恥ずかしながら知識不足で今回初めて知ったのが詩集「大東亜」。高村光太郎や室生犀星などが詠んだ国策の詩。「正しさ」に向かって人々が、言葉が動員されたと。それに対して、無名の兵士詩人たちの詩のすごさ。
    印象的だったのは、「敗戦当夜、食事をする気力もなくなった男は多くいたが、しかし、夕食を整えない女はいなかった」という文章。日常を捨てない、ということの大切さ、正常な感覚を非常時に捨てないことが、戦争への道を阻止する大きな手段だということがよく分かる。

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    2024年02月02日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    歎異抄は読んだことがあるがこれは平易な、しかも切実な言葉で訳されていて肚に落ちる。いろんな分野に博識な筆者だが親鸞の理解力に脱帽。

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    2024年01月15日
  • 高橋源一郎の飛ぶ教室 はじまりのことば

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    読んでいて、ああ、そう、それ。みたいな感じに何度もなった。自分とは全く違う時代、違う環境を生きてきた人なのに、途中そう感じずに、何か近くにいる感覚というか、不思議な心地良さがあった。作家だから当たり前なのかもしれないけど、ああ、言葉にするの上手いな、と唸ってしまうこともしばしば。また読み返したい。次は、源一郎さんがラジオの前にするみたいに、線引っ張りながら、付箋つけながら読んでみたい。そして自分も言葉で表現することに挑戦してみたいと思った。

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    2023年12月31日
  • 一億三千万人のための『歎異抄』

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    文化人×仏教ものは回避がちなのだけど周囲の評判がよかったので読んでみた。
    これはすごくいい。高橋氏が『歎異抄』を自分のことばで現代語訳をしている。これは高橋氏の読み方、受け取りなのだ。それを自分が読みながら、自分の読み方、受け取り方を確認していくような、ここは一緒だな、似ているな、違うなと対話していくような読書経験ができる。
    「あとがきのあとがき」、「名前を呼ぶこと」がこの本の意図をしっかり語ってくれている。高橋氏ならではの文学、演劇からのことばのうけとめはとてもよかった。
    これを教科書的に正しい一つとして読むと言うのではない。あくまでも『歎異抄』を読んだひとりの人間の受け取りを聞くのだ。
    ”できうるなら、みなさんも自ら「翻訳」することで、『歎異抄』ではなく、みなさんひとりだけの『タンニショウ』に出会えるといいと思う。あらゆる本は、いや人間が作る者はすべて、そのように「一対一」の関係の中で出会うべきものなのだから。”
    『歎異抄』を知らない方が初見で良さを分かるよさはことばの魅力中心かもしれない。そして高橋氏の出会った「フジイクン」を感じるのだろう。高橋氏もあくまで自分は宗教的な見方でこれを書いているのではないとされている。
    親鸞聖人の教え、真宗になじみのある方は一層感じるところが深くあるだろうと思う。おすすめ。

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    2023年12月14日