高橋源一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
毎日新聞の「人生相談」コーナーが本にまとめられています。
2015年12月5日から2025年8月23日までの分から抜粋されているとのことで、本書が3冊目だそうです。
見開き1ページに相談と回答が掲載されていて読みやすく、時に熱く、時に軽妙洒脱に答えておられる高橋源一郎さんの回答には、唸らされたり笑わされたりします。
相談内容も世情の変化に伴って様々に広がっていて、今どきの人の悩みごとを知ることで世の中が分かる気もします。
108本もの人生相談が収められていますが、飽きませんw
わたしが他愛ない相談だと感じるものでも、相談者にとっては新聞に投稿してくるほどの(秘密の)悩み事だと思うと、人の置かれた環境や考え方は様々だなぁという気づきもあります。
ご自身も相談員になったつもりで、どう答えるか考えながら読むことをオススメします。
高橋源一郎さんの回答にツッコミも入れながら読むと、倍の倍、楽しいです♡w
〔作品紹介・あらすじ〕
「ネット上で彼の評判が悪いです」「婚活が実りません」「既婚を隠して恋愛中」「宗教への入信をしつこくせまる母」など、毎日新聞「人生相談」に寄せられたままならぬ悩みに人気回答者が全力回答!珠玉の回答108本を収録した、人気シリーズ第3弾! -
Posted by ブクログ
筆者のラジオ番組「飛ぶ教室」を愛聴している。だからか文章を読みながら高橋源一郎本人が朗読しているように感じながら読み進めた。
認知症になって世を去った父や祖母のことを思い起こすことも多かった。
人は老いる。死ぬまでその人生を生きなければならない。戸惑いながら、戸惑わせながら生きて死ぬ。偉い作家も、偉い思想家も最後は老いて死ぬ。
私は若い頃、老いていく祖母を見ていて人は老いるにしたがってどんどん幼児から赤ちゃん、そして生まれてすぐの新生児のようになるのだなと思ったことがある。
これを読んで、やっぱりそうなのだな、と思った。
人は生物として生きて死ぬ。老いるというよりずっと変化していく。変化が終わったら死ぬ。
生命はどこかからやってきて変化しながら80年、90年、時には100年過ごしてまたどこかに行くのだな、そんなことを思った。 -
Posted by ブクログ
感動とか心揺さぶられるとかではない。
それなのに、この本を見つけられて良かったな、と読んでいる最中から思えた。
何故なら、次の読書のヒントを沢山受け取れたと思えたから。
視界が開けた感覚もある。
著者は多方面に色んな引き出しを持っていて、読んでいて色んな好奇心がムクムクと湧いてきた。
早速紹介されていた本を探してみよう。なければ関連図書も合わせて探してみようと、気になるジャンルや本のタイトルをメモメモ。
それにしても、何か出来事などがあって、それを「これは⋯アレだな」と別の似ている事柄に結びつけられる能力、記憶力が凄かった。着眼点も。
よほど色々な本や映画を網羅していなくては難しいだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
ここ最近で読んだ中で、圧倒的に1番感動した。
この本のことを誰かに紹介するとしたら、一言で済む。
「民主主義って、文学のことなんだよ」
「『ことば』に殺される前に」の感想にも書いたが、高橋源一郎さんの文章は、いつも知性と節度に満ちている。いつもそこに感動する。
「Ⅰ 自分の足で歩く」に収められた文章は、どれも哀しみが、それも怒りと戸惑いと混乱を通過した後の、だけど諦めることに抵抗した哀しみが通底している。そのことは僕に、radioheadのアルバム"KID A"を聞いた時のbjorkのコメントを思い出させた。
『あのアルバム(Kid A)は、もの凄く酷い光景を目撃してしまった人が、それを何とか克服した後に作ったような音楽よね』
「Ⅱ 彼と彼女と彼らのことば」は、一転して、振り幅の大きな文章が収められている。
安倍元首相と百田尚樹のことばに対するツッコミは、絶妙な抑えの効いた英国的ブラックユーモアが最高だ。僕も「ねじれ国会」を問題視する政権やメディアの感覚を疑問視していた(それこそ正しい民主主義の状態では?)ので、ここまで明快に書いてもらえるとスッキリする。
その文章の中で書かれていた通り、文学とは「複雑なものを複雑なままで理解しようとする試み」であり、また「最初から最後まで、その対象と共感しようとする試み」であるなら、オバマ元大統領の広島での演説に「私」が存在しなかったことに違和感はあれど否定する気持ちにはなれないし、「美智子妃のことば」で紹介された美智子妃殿下の文章はまさに文学の金字塔とすら言えるものだと思う。特に、ことばを信じことばに生きる作家である高橋さんは、僕が感じる何倍も、この美智子妃殿下の文章の凄さを感じているであろうことが、高橋さんの文章からヒシヒシと伝わってくる。
「Ⅲ 丘の上のバカ」は、これまでより直接的に民主主義を論じる。高橋さん自身の、痛々しいほどのごく個人的な体験を通して。
齢65歳(くらいかな。もっとか。)を迎え、無意識に蓋をしていた若き日の出来事が、その意味を変えて再び意識の前景に現れた時、今頭の中にある思考と結びついて、ふと答えの断片を産み落とす。それを、静かに大切に、消えないように文字にした、そんな感じを受けた。
ビートルズの「fool on the hill」とは、ガリレオ・ガリレイのことだそうだ。一方、高橋源一郎の「丘の上のバカ」とは、古代ギリシャ、2500年以上前に、アテナイのプニュクスの丘の上に集まった人々のことだ。
「わたしたちの「民主主義」は、顔のない民主主義であり、わたしたちにできるのは、知らないだれかに、投票することだけだ。そして、投票が終わった瞬間、わたしたちには、もうなにもすることがないのである。
プニュクスの「丘の上のバカ」は、そこにいるのがだれかを知っていた。反対するものも賛成するものも、その理由も、彼らはよく知っていたのだ。」 -
Posted by ブクログ
高橋源一郎さんの「ぼくたちはどう老いるか」を読んだ。簡単な言葉で書かれているんだけど、中身は深奥までずしんと響いた。
鶴見俊輔の「もうろく帖」、ハルノ宵子の「隆明だもの」、有吉佐和子の「恍惚の人」、耕治人の晩年の私小説、谷川俊太郎の死、高橋源一郎の弟の死などを取り上げ多角的に「老いる」ことについて、自分自身、家族、社会にとってどうなのかが書かれている。
この中で一番衝撃的で考えさせられたのは耕治人の私小説だった。経済的に苦しい親類もいない夫婦二人の人生の終わりが描かれている。
長年売れない貧乏作家を文句も言わずに支えてきた妻が認知症で壊れていく様子。ガスの付けっ放し、夜中にご飯の支度、糞尿の垂れ流し、そして徘徊。妻の介護を献身的にしてきたが自身も癌の末期と判明し入院を余儀なくされてしまう。
老人ホームに入った妻に最期ひと目会いたくて病院へ連れてきてもらうが、「夫さんですよ」と付き添いの人に言われれても「そうかもしれない」と妻は言うだけ。その言葉に打ちのめされる。
あまりにも悲しい結末だけれども、これは特殊な例ではなく、日本中どこにでもあり得ることだと高橋源一郎さんは言う。
この本には「老いる」ことについて答えが書いているわけではない。考えても答えに近づくかどうかもわからないけれど、考え続けて行かなければならないことだと思う。