高橋源一郎のレビュー一覧
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この本はすごい本だと思う。
『文章教室』というもの(本も含めて)に今まで縁がなかったし、今回もなんとなく教室を覗いてみただけ。そんな出会いだった。
なのに、片足を廊下に残してちょっと覗いた人間を教室の中に引っ張りこみ、座らせ、テキストに釘付けにし、講義にのめり込ませてしまった。
難しいし、「分かった?」と聞かれたら「なんとなく…」とぼそっと返すしかないけれど、引用されている文章も、それに対する高橋源一郎さんの文章も、私を揺さぶって何かを決定的に変えてしまったのではないかと思う。
いや、思いたい。
『文章教室』という教室のすごさ。
もっと言えば、文章のすごさということになるのかもしれないけど、とにかく圧倒される。
もっと読みたい。
もっともっと読みたい。
そして私が立っている場所のこと、そこから見えるもののこと、伝えたいことを伝えたい人に伝えられるようになりたい。 -
Posted by ブクログ
この人の文章読本は、
何冊目なのだろう。
たくさん出している。
でも、
これは今までのものより、
ちょっと違う。
何が違うか。
生きる、ということが、
言葉とどう関係しているかが、
中心に書かれてある。
初級向けの文章引用はない。
老年になって、
はじめて読み書きを覚えた言葉で、
書く、「遺書」。
鶴見俊輔の少年時代の、
「校長先生」の短い言葉の意味。
何度、書くの? と思わせる、
小島信夫著「残光」の、
文章のこと。
「小島さんは判っていたのじゃないか、ぼけて<やっと書ける文>のことを」
と新たな、小島信夫論の進展。
高橋源一郎がずっと思考している証拠が、
この本にある。
持続して考え続ける、
ということ。
それも、自身が「偉い人になりつつあるまわりの雰囲気、イメージ」を拒むというか、通過する重要性のことを、
鶴見俊輔の「校長先生」の短い言葉から学んでいるように、
思えるのです。
後半の鶴見俊輔論は、面白くないけれど、
僕は好きだな、この作家は。
っていうか、みんなの文章教室で、
あれだけ鶴見俊輔のことを書くというのは、
まあおそらく僕の読みが、まだ浅いからだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
タカハシさんの書く「小説」ではない(と一応されている)文章は、それでも紛れもなく「小説」であると私は思う。
いささか乱暴かもしれないけれど、「小説」が「読むひとそれぞれに何かを語りかけてくるもの」であり、一方たとえば「評論」が「読むひとに何かを教示するもの」であるとするならば、タカハシさんの書くものはすべて「小説」としか感じられないのである。
タカハシさんの「小説」ではない(と一応括られる)文章を読むと、タカハシさんの声が聞こえてくるような気がする。
語りかけられていることはひとつだけ。
「なにも気にせずおもったように書けばいいと思うよ、それでじゅうぶん」。
本文のことばを借りるなら、totalではなくてwhole。
いつもタカハシさんのことばには母性の香りがする。
そしてじぶんも何か書きたくなる。 -
Posted by ブクログ
タイトルの「非常時」であるが、直接的には大震災のことを指している。そして、非常時には「空気」に抗い、借りものでない自分自身のことばを必要とされると説く。その自分自身のことばを得るためには、そのことばの内容がどうであれ「考える」ことが必要になる。そこで、それまで「考え」てなどいなかったことに気が付くのだ。まずは非常時にあたって絶句してみるべきではないかというのだ。
実際のところ津波被害にせよ原発の問題にせよ、多くの人は自分自身の明確なことばを持ち合わせていない。これまでに何も向かい合ってきていないからだ。
そういうふうに言われるととてもレビューが書きづらいのである。
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本書の構成は次の通り。「あの日」以降のことばと「文章」についての本だ。
I. 非常時のことば
II. ことばを探して
III. 2011年の文章
いつもの高橋さんの文芸批評のようにいくつもの文章を選んでいる。『文章教室特別編』などという副題も付いている。それでもいつもと違ってより慎重にさらには必然性を持って選ばれているように感じる。ジャン・ジュネのパレスチナ難民キャンプでの虐殺現場を描写した「文章」や『苦界浄土』に書かれた「文章」は強い印象を与える。
もちろん、本書に書かれた文章は大震災の後に書かれている。そして、比喩的に取るべきなのか字義通りに取るべきなのか、やや不明であるがこう書かれている。
「「あの日」から読めなくなった文章があるということだ。
「あの日」までは、ふつうに、楽しく、読めたのに。時には、感動したり、たくさんのものを受け取ることができたのに、「あの日」から、読めなくなった文章がある。」(P.155)
それは、アドルノが「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」と書いたものと同じなのかもしれない。
そしてある種の文章が読めなくなった理由は、最後の方に書かれている。それは「死」と「死者」を突然思いだしたからだ。「あの日」のできごとは、自分が子どものとき、「死」に気が付いたときの感覚をもう一度呼び覚ますことであった。
「どの子どもたちも、ある時、「自分の死」というものを突然、理解する。いや、そのことを想像して、理解を拒む。子どもたちにとって、それが、初めて世界が不可解なものに見える瞬間であるといってもいい。その瞬間、世界はまったく理解不能なものに変貌してしまうのだ。
ぼくも、いまでも覚えている。
その「理解」は一瞬のうちにやって来た。
夜、布団の中で寝ているぼくに、その認識が、突然生まれた。ぼくは死ぬのだ。絶対的に、必然的に。そして、一度も味わったことのない、逃れることのできない恐怖が、ぼくを襲った。
朝になると、恐怖は、かき消すようになくなっていた。世界は、以前の優しさを取り戻していた。だが、夜になると、また恐怖がやって来た。そして、その度に、世界は、のっぺらぼうの怪物のように見えるのだった。」(P.189)
ああ、思い出した。
一方「考え」のないことば、あの日以降に顕在化された不自由さにとらわれ、そのことに気が付くことのないことばが溢れている。あからさまに「空気」を感じ取る機会も増えた。その中でできることは、一層「文章」と「死者」に対して真摯に対峙しようとすることだけなのかもしれない。それがことばを一時失うことになったとしても。