高橋源一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ印象的とこメモ。
◆家族に不幸が続き怖い
『事故に巻き込まれ、妻子を失った知人がいます。彼に過失は一切ありませんでした。病院のベッドですべてを知った彼は、生きる気力を失いかけていました。そんな彼に医者はとどめを刺すように、「お気の毒ですが、大きな障害が残るでしょう」と宣言したのです。その時彼がどう感じたと思われますか。あまりに悲惨な運命を呪い、希望を完全になくしたと?
自分でも驚いたことに、彼にやって来たのは、凄まじい怒りでした。彼は、自分を奈落に突き落とした「運命」に向かって、こう叫んだそうです。
「人間というものが、そんなことでダメになると思ってるのか?なめてんじゃねえぞ。俺をひざまずかせたったら、もっともっと不幸をもってこい」
彼は恐るべき克己心でリハビリに励んで、仕事に復帰し、後に新しい伴侶を得ることになりました。
不幸や不運は誰にでもやって来ます。そのとき、慌てふためき、恐れおののく者たちは、さらに、不幸や不運の餌食となるのだと思います。
自分への不当な扱いを許してはなりません。人や組織はもちろん、それが運命であろうとも。あなたは憤るべきなのだと思います。運命に嘲笑されたくなかったら。』
◆高2の息子、視力を失う恐れ
『数年前、イギリスにある「子どもホスピス」を訪ねた時、数百の子どもたちの生命を見守ってきた女性園長が、不意に、わたしにこう尋ねました。「自分の生命が残り少ないことを知る子どもたちが何を心配するかわかりますか?」「わかりません」と答えると、彼女はこう言ったのです。「残される親のことです。自分がどれほど親を悲しませてきたか、そして、死んでしまったらどれほどの悲嘆にくれるのか、それが彼らを苦しめるのです」
わたしは、そんな、限界に近い場所に置かれた子どもたちを取材して、彼らの愛は、おとなよりもはるかに大きく、深いのではないかと思うようになりました。彼らこそ、ほんとうは親なのかもしれませんね。だったら、あなたのやるべきことはひとつしかありません。息子さんに負けないような愛を』
◆恋をしたことがありません。
『人間としてやらなければならない経験などないと思います。わたしたちはみんな「わたし」という、誰にもできない経験をしているのですから。いまいちばん楽しいと思うことをしてください。それで十分です。』
◆姉のと比べられコンプレックス
『わたしは、コンプレックスを抱くことは、傷でも闇でもなく、「常に謙虚であるように」と神様が贈ってくれた能力だと思うようになりました。コンプレックスがない人間なんかと、つきあいたくもいですよ!』
◆義母の介護にやりきれない
『作家の佐野洋子さんは、自らの「老い」に前にして、こう書きました。「私達はおびえている。自分達もまた、家族にとって、ストレスだけの存在になるのだ。いやもうなっているかも知れぬ。核家族に、老人は支えきれないのだ。」』
◆友達をつくらない息子。見ていて切ない。
『漫画家のしりあがり寿さんが、わたしたちは「友だちの呪い」にかかっているとおっしゃっています。小中学校など、そもそも偶然クラスが一緒なだけで、卒業してしまえば一生会わない、ただの「他人」なんだと。
いま、わたしには「友だち」といえる存在は数人です。彼らとは会う必要さえありません。わたしにとって「友だち」は、お互いの「孤独」を理解し合える者のことだからです。逆にいうなら、「孤独」を共有できない相手は、「友だち」ではなくただの「知人」にすきません。』
◆やる気がないけど、どうしよう
『あなたの理想的な一日とはどんなものですか」と質問されたら、ぼくは「なんの予定もない日」と答えます。
ある、高名な学者が、定年で大学を辞めた日、もう行かなくていいんだと思い、ふと空を見上げて、「空というのはこんなに青かったんだ」というショックを受けたそうです。
家庭生活を頑張る。子育てを頑張る。仕事を頑張る。自分を成長させようと頑張る。うーん、実は、頑張っているとき、ぼくたちの視野は確実に狭くなっていると思います。それは危険だ。そして、そんなとき、からだの方から「気をつけて!」と信号を送ってくる。その「信号」が「面倒くさい」という気分なんだと思います。休みましょう。ダラダラしましょう。それができない?じゃあ「頑張って」ダラダラしてください!』 -
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さよならクリストファー・ロビン
(和書)2012年09月06日 19:34
高橋 源一郎 新潮社 2012年4月27日
むかし高橋源一郎のファンだったことがある。かれのファンであったことで得たものと言えば柄谷行人を知ることができたことだろう。しかし柄谷行人を知ったことで高橋源一郎がなんだか嫌になった。
こんかい谷崎潤一郎賞を受賞したと聞いて久しぶりにこの小説を読んだのです。谷崎潤一郎賞がどういった賞か良くはしらない。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のイメージが強い。他では大西巨人が受賞の打診があったが拒否したという話を聞いたことがある。
イノセントな世界観など小説として無駄を省きうまく書かれている様に思う部分もあった。しかし世界を描こうとする姿勢とともに理念の欠如が顕れていて奇妙に無垢さばかりが強調されている。内容の無さを感じてしまうところもあった。
『汝自身に専念せよ』が根本的な信条だとすれば、このイノセントなレトリックには奇妙に嫌な後味も感じる。
読み物としては、それなりに新味もあって他との差異はできているから商品としてあがめる分には良いと思う。しかし人を癒すということにはこのイノセントなレトリックでは無理だしそんなこと考えてもいないように見えてしまう。
僕は昔ファンだったけど今はあまり好きではないと思っているので最初から誉める気はない。それだけのことでもある。 -
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世論調査に関わっていたこともあり、「世論」、「空気の研究」は読んだことがあったが、表現が難解で最後まで読み切ることができなかった。
今回、大澤真幸さんらの解説を通じて、ようやく内容を理解することができ、爽快であった。
それと同時に、国単位での集団心理の特性は、今も昔も大きくは変わらないのだなと改めて感じた。
昔と比べると我々が接するメディアの種類は増え、かつ、メインに接するメディアも新聞TVから移り変わり始めている。
そのため、皆が同じメディアから情報を得て、同じように意見を形成していく形ではなく、それぞれがそれぞれのメディアから情報を得て、それぞれの意見を形成していくようになってきたと思われる。
そういった状況変化を踏まえた上でも、集団心理のなびきやすやというか、何色にでもなりうる特性は現代でも変わらないのだなと、感じた。 -
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「そこには常にそれ以上のことがある」このスーザン・ソンタグのことばに集約されているように思う。右だ左だリベラルだ保守ださらには善と悪、愛と憎しみなど、およそすべての単純な二元論で結論してはいけないということだ。かといってニヒリズムや相対主義、その他思考停止は、決して許さないという立場。
一見飄々とした高踏に見えるかもしれないが、実は静かにここまでできての知性主義と迫ってくるのを随所に感じる。どこまでも広げる想像力と深い思考、これらに瞬時の行動とコミットメントを要求されているのだ。あとがきを読めばそれは著者自身があえて踏み込んでいった姿勢というのがわかる。
知的であること、肝要であることのこれほどまでに過酷であることを知る。
「私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても、国と国との関係においても」美智子皇后つまり現在の上皇后のすさまじいとも感じる言葉。この本当の意味の知性に満ちた文章を得られただけでも貴重であった。 -
Posted by ブクログ
2019年11月17日三省堂経堂店で購入。ただいま奥さんが読んでる。
2020年5月19日に奥さんから回ってきたので、世界の名著の貝塚茂樹訳と並べて読み始める。本当なら、学習研究社版の中国の古典も見ておきたいのだが、屋根裏から出すのが大変で断念。
嫁から回ってきたのが2020年、しかしすぐに中断。再び取り出したのが今年2026年の春先だった。
しかし読み方が先を急いで、あまり頭に残らない。
その上、近頃思うように漢字が思い出せなくなっている。
自分の手で書かずにキーボードで済ませている。
そこで原文を世界の名著から筆写しながら、この新書を横に置いてチマチマと読み出した。
そこから約半年、新書入手から6年半かけて、ようやく読み終えた。
高橋源一郎訳は、その昔の橋本治の桃尻語訳とは趣きが違い、現代の世情を反映したところが多い。
それは文学作品と思想書の違いでもあるだろう。
貝塚茂樹訳よりもより身近に感じるように仕上げられているし、なるほどそう読むかと感心させられるところも多々あった。
漢字が日本にもたらされて以来、漢籍の知識は日本の古くからの伝統であった。
ところが、いまや高校でも漢文は必修ではないらしい。
まともに漢字も読めない首相が「美しい日本」と曰い、伝統を云々しているのを現首相引き継いでいるようでは、そりゃ日本の沈没からは逃れられない。
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Posted by ブクログ
なかなか骨太の内容の本なんだが、とても読みやすい。
4名の論客が、マスコミとメディアと世論の関係について、実に刺激的に論理を進めてくれている。しかも、その論理を進める際に引用しているのが、ちょいと昔の本なのだから、おもしろい。
・ハルバースタム著『メディアの権力』
・トクヴィル著『アメリカのデモクラシー』
・ベネディクト・アンダーソン著『想像の共同体』
・ブラッドベリ『華氏451』
それぞれの方の文章の後には、その内容に関する座談会の様子も収録されていて、これもまた私たちの理解を助けてくれる。
ここにあげられている本も読みたくなったなあ。
まったく本書の内容の紹介にはなっていないな。