高橋源一郎のレビュー一覧
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岩波新書はとても難しいイメージで手にする機会がなかった。とても軽いお誘いを受けるかのような題名だったので、読んでみようと思いレジに向かったのがこの本との巡り合いだ。
感想としては、岩波新書の本で自分が興味ある分野の本をもっと読んでみたいなという気にさせてくれる本だった。
この本は大学の講義の一貫として3人の著者を招いて哲学、憲法、人生相談について明治学院大学の学生さんが、それぞの著者の作品を読んで自分たちが感じた事を赤裸々に話し合う場を記録に収めたものであった。また、各学生さんが他の岩波新書の本を読んでの感想が掲載されていた。堅苦しくなくざっくばらんな感想なので、岩波新書のな堅苦しさを崩してくれたのかもしれない。 -
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ロッキング・オン社長、渋谷陽一責任編集の雑誌『SIGHT』(1991年〜2014年)の年末恒例特集として組まれていた高橋源一郎・斎藤美奈子対談の再録(2011年〜14年)、19年の『すばる』誌での対談、21年の語り下ろしを収録。
『サイト』誌上の書評対談といえば大森望と北上二郎の「読むのが怖い!」が名物企画であったが、当時の編集者曰く「取り上げられている本を一切読まなくてもおもしろい」つまり、「読み物を論評する」を超えて、「これ自体がおもしろい読み物である」というわけだが、この本にも十分当てはまる。副題にある「読んでしゃべって社会が見えた」気分にさせてくれる。
【蛇足】高橋「2009年に民主党政権が発足した後の言論空間は明るくてポジティブでした。支持率が70%を超えていた、信じられない時代です。」斎藤「政治の話が楽しかったですよね。」中略
斎藤「だけど、結局全然変わらない。」高橋「それで、2012年末に民主党政権が退いて、また安倍政権になって……。」
呪詛を吐いてるだけで、リベラル陣営の失敗には言及しない女々しさ。 -
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戦争について考えさせる。
母親が満州からの引き揚げ者だったこと、大阪で祖母が父を連れて飛行機からの射撃の玉から命がらがら逃れたこと、広島原爆当時福山にいて被害者を見ていること。
断片的にしか聞いていなかったが、今は聞くことが出来ない。
人間の長い歴史にすれば、ほんの少し前のことだ。
そして残念ながら、歴史は繰り返されるものだ。
教訓を得る、学習する。
賢いホモサピエンスの頭脳であれば、容易いことのはずなのに。
本書では、戦時中の作家の活動も伺えるが、基本は大きな流れに抗う人は少なかったようだ。
そして現在。教科書の近現代の歴史の記述だが、日本と中国や韓国との内容対比が、心をざわつかせる。
また、勇ましい政治家の言動も。
大切なものは何か。
少なくとも、本能的に戦力だけを充実させることではないだろう。
気になったことば。
教科書は、ただ、文字の書き方や社会で生きてゆくための知識を与えるものではない。もっと大切な仕事がある。それは、「そこ」あるいは「ここ」で共に生きてゆくために必要なものを教えることだ。そして、この場合「そこ」あるいは「ここ」は、わたしたちの「国」なのである。
ぼくたちは、幼い頃から、個々に、懐かしいそのようなもの、「くに」に触れている。童話やお伽話や、母の膝枕で聞いた昔話だ。半分まどろみながら、耳から入ってくるそれらのことばは、いつの間にか、ぼくたちの感受性をつくり上げてきた。
ぼくたちがなにかを感じる、なにかを懐かしいと思う、そのよりどころは、そんな、いまとなってははっきりとは思い出すことができない「ことば」たちなのだ。
戦前の小一の教科書は、こんなことばで始まる。
「ツヨイ コハ、ナキマセン。
イタクテモ ガマンシマス。
ツヨイ コハ、コハガリマセン。
クライ トコロ デモヘイキ デス。
ツヨイ コハ、イヂワルヲ シマセン。
トモダチニ シンセツ デス。」
そして、「私の家族」が紹介され、「ヨソノオバサン」が来たときの礼儀についての「ぶん」があり、突然、こんなページが現れる。
「テキノタマガ、雨ノヤウニトンデ 来ル 中ヲ、日本グンハ、イキホイヨク ススミマシタ。テキノシロニ、日ノマルノ ハタガタカク」 ヒルガヘリマシタ。
『バンザイ。バンザイ。バンザイ。』
勇マシイ コエガヒビキワタリマシタ。」
2年生の本には
日本 ヨイ国、キヨイ 国。
世界ニ一ツノ神ノ 国。
日本 ヨイ国、強イ 国。
世界ニカガヤクエライ国。」
歴史を書くと言うことは、歴史を検証することてす。
「歴史教科書」は、その「国民」に、「あなたたちは、こういうものなのだ」と告げるために書かれている。あるいは、公に、ときにはひそやかに、「我々は」と言う「声」で語るのです。
歴史が重視されるのは、歴史が『過去についての省察」だけでなく、未来をどのように設計し、どのように生きていくかを提示する役割をもっているからです。そのためある歴史家は「すべての歴史は現代史だ」と言いました。歴史は皆さんのすぐそばにあり、皆さんの未来に立派な道しるべとなるでしょう」
これは、検定版韓国の歴史教科書――高等学校韓国史からの抜粋だが、日本の歴史教科書では、第三者的に淡々と書かれているらしい。
「戦争」は「正しい」のだろうか。
「戦争」の、いちばん大きな「当事者」たち、たとえば、「国家」にとっては、「正しさ」を証明するために「戦争」が行われる。
どんな戦争も「正しさ」の衝突だ。
逆に言うなら、「正しさ」がどんなふうに現れるのかを知るためには、「戦争」で起こることを見ればいい。
政治家の言葉は遠く感じる。彼らは質問に対して答えるつもりはなく、ただ自分の言いたいことをいう。彼らは、「ことば」というものを、絶対に相手を理解するためには使わない。目の前にいる人間を見ないでしゃべる。いや、見ているのに、見ていないのである。いや、ちがう。彼らの目には、なにも、つまりぼくたちのことなどなにも映ってはいないのだ。
彼ら政治家たらのことばは、だから「遠い」。とても「遠い」。
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「ことば」の持つ大きな力。
強い、人を支配する、人々を大きな目標に駆り立てるために使われる「ことば」。個人的な経験や記憶から導き出された「ことば」。「ことば」は人の心や体を動かしていく。
ニッポンの人たちは、どんなふうに「ことば」を使ったのだろう、とりわけ、「戦争」というような特別の期間には。
そのことがわかれば、ぼくたちは、いま自分がどんな「ことば」を使っているのか、あるいは、使うべきなのか、あるいは、使わされているのかを知ることができる。
髙橋さんはまず、たくさんの教科書を読む。戦時下の日本の教科書では、かたき討ちの話や良い日本人の定義や、国民としての覚悟など、どの教科書も、戦争に向かう言葉でうめられている。そして、次に読むのはドイツ、フランスの歴史の教科書の、ナチスへの長い記述だ。この教科書で、どんな授業が行われているのか。かなり驚かされた。
高橋さんは、「学校」とは、「国家」が生まれたばかりの人間を「国民」という形に「鋳造」してゆく場所であり、そのためのもっとも大切な手段が「教科書」であると言う。そしてその本質が、もっとも濃く現れているのが「歴史教科書」だと言う。
「歴史教科書」はその「国民」に、「あなたたちは、こういうものなのだ」と告げるために書かれている。あるいは、公に、ときにはひそやかに、『我々は」という「声」で語るのである。
ぼくたちは、ぼくたち自身が責任をとれない場所に生まれるのだ。けれども、その後、ぼくたちは、やはり、その特定の空間で生きることについて、自分自身で責任をとるしかないのだ。
学生時代に歴史の授業は、よく言われるように、昭和はもう時間が足りなくて駆け足で。自分で調べてみて初めて知ることがあまりにも多かった。自分は教科書にある、どんな声を聴いてきたのだろう。ドイツの教科書とは違う、短い記述の中で、どんな言葉が聴こえるのだろう。いろいろ考えているうち、家永裁判を改めて調べてみたくなった。
日本の文学作品の中にある「声」も多くの記述から説明されていたが、これによって太宰治への見方がかなり変わった。 -
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ネタバレ雑多な本。
問いかけと投げ出しと思索の途中段階とが乱れている。
だが、考えようとするとごたまぜにならざるを得ない事柄があるので、むしろ誠実な作りだと感じた。
@ 以下コピペだが、【 】はメモを挿入。
◯戦場なんか知らなくても、ぼくたちはほんとうの「戦争」にふれられる。そう思って、この本を書いた。
◯教科書を読む。「戦争小説」を読む。戦争詩を読む。すると、考えたこともなかった景色が見えてくる。人びとを戦争に駆り立てることばの正体が見えてくる。
◯古いニッポンの教科書、世界の教科書を読み、戦争文学の極北『野火』、林芙美子の従軍記を読む。 太宰治が作品に埋めこんだ、秘密のサインを読む。戦意高揚のための国策詩集と、市井の兵士の手づくりの詩集、その超えられない断絶に橋をかける。「彼らの戦争」ではなく「ぼくらの戦争」にふれるために。
◯目次
まえがき【たのしい知識】
第1章 戦争の教科書
1・ニッポンの教科書
あたらしいこくご 教科書なんかつまらないとずっと思っていた 【鶴見俊輔】【本居宣長、賀茂真淵】 教科書の中にある、もうひとつのことば、戦争のことば【ルソー、ソクラテス、孔子】 ぼくたちの父や祖父は、子どもの頃、こんな教科書を読んでいた【山中恒】
2・ドイツの教科書、フランスの教科書
人の心を萎えさせるような、断固とした「声」 歴史をためらいがちに語る「声」
3・その壁を越える日
植民地からの「声」【韓国】 ぼくたちがたどり着く場所
第2章 「大きなことば」と「小さなことば」
戦争と記憶、庶民の戦争【母の「自伝」】 『この世界の片隅に』の語り方【こうの史代、片渕須直】 戦争なんか知らない【古市憲寿】 「大きなことば」と「小さなことば」 「大東亜」なことば【高村光太郎、安藤一郎、小野忠孝】 「ひとすぢのもの」 【長田恒雄、北園克衛、堀口大學】 「小松菜つむ指の露深き黒土に濡れ」【鈴木初江】 「こつこつと歩いて行く」【高村光太郎、瀧口修造】 ぼくたちは戦場へ行った 幻の詩集【山本和夫】 加藤さんのことば 西村さんのことば 長島さんのことば 佐川さんのことば 風木さんのことば 最後に、山本さんのことば
第3章 ほんとうの戦争の話をしよう
1・正しい戦争の描き方
ほんとうの戦争の話をしよう【大岡昇平「野火」】 死の国にて
2・彼らの戦争なんだぜ
「遠い」ということ 統合失調症とされた作家たちのことば【宮本忠雄、カフカ「変身」】 すべてが「遠い」小説【猫田道子「うわさのベーコン」】 『野火』がたどり着いた場所
第4章 ぼくらの戦争なんだぜ
その1・ごはんなんか食べてる場合じゃない【向田邦子】
その2・女たちも戦争に行った
「平時」の思想【鶴見俊輔】 彼女は戦争に行った【林芙美子】
その3・ぼくたちが仮に「戦場」に行ったとして、最後まで「正常」でいるためには【古山高麗雄】
「私」は撃たない
その4・戦場から遠く離れて【後藤明生、金子光晴】
ふたつの「国」と「ことば」の間に生まれて 夢の世界をさまよって【藤原てい、谷川雁】
第5章 「戦争小説家」太宰治
加害の国の作家【ドミートリー・ブィコフ】 ずっと戦争だった 小さな二つの小説 「真の闇」の中を歩く【十二月八日】 文学のために死んでください【散華】 純情多感の一清国留学生「周さん」のこと【惜別、魯迅】
あとがき -
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これから小説を書こうとする人に向けた指南書。ただ、「書き方」を教えるというよりも、一小説の書き手として、小説を書くとはどういうことかを伝えようとした本、という印象で、とても好きな本だった。
著者は、「私の知っている限り、『小説教室』や『小説の書き方』を読んで小説家になった人はひとりもいません」と言い切った上で、その理由を、「小説家は、小説の書き方を、ひとりで見つけるしかないから」だとする。それぞれの章では、自分の小説の書き方を見つけるコツとなる習慣や考え方を説明していく。
「小説に書けるのは、ほんとうに知っていること、だけ」「自分について書きなさい、ただし、ほんの少しだけ、楽しいウソをついて」といったことを鍵としているところからも、自分だけにしか書けないこと、他の人には書けないことを書くことを小説を書くこととして、大事にしているのだろうと思う。小説というのは「書くもの」ではなくて、「つかまえるもの」だという。
そのためのコツとして、徹底的に考えること、そして、自分が書いた言葉や、他人の書いた言葉を好意的に受け止めようとすることが大切なのだろう。それが「小説と、遊んでやる」「ボールを受け止める」といった言葉で表されている。
こうした小説を書き始めるための心構えの中で、具体的なアドバイスとして出されているのが「まねる」ことだった。小説の書き方というのは、赤ん坊が母親の言葉を真似るように、別の人の小説を真似るところから始まる。人の言葉をまねることを繰り返すことで、誰から教わったのかも分からない言葉をそのうち話すようになる。小説もまた、そういうもので、そのうち自分の中から生まれてくるもので、ただ、そのためには、小説を考え続けなければいけない。そういった本だった。 -
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新書のわりに分厚い。480ページもある。
余談・独り言(!)・引用箇所の量もさることながら、やたらと著者の「問いかけ」にぶつかるのだ。
それらに対してたまに自答されることはあっても(それがまたごもっともな回答だから正直自分には入る余地がなかった笑)、基本的には読者参加型の形式を取っていた。
昨年のウクライナ侵攻を受け、各地で反対の声が上がった。
しかし、正直なところ当時の自分はモヤっていた。胸はザワついたが、現地に知り合いが、身近に避難民がいるわけでもない自分が気軽に「戦争反対!」を叫んで良いものなのか。安全地帯の自分が反対を表明しても結局他人事みたいに虚しく響くだけでは…?それ以前に自分は戦時を生きてこなかったから、戦争が何なのかを知らない。
戦後生まれの著者は、ご両親や親戚から戦時の話を聞いて、いや、彼の言葉を借りるなら「聞かされて」育った。
それを煩わしく思い、また何の疑問も持たずに生きてきた結果、気づけば「語り部」は皆この世を去っていた。煩わしく思ったのは、それが著者自身が経験したわけではない「彼らの戦争」の物語だったから。ん?何だか自分と近しいような…
したがって読書中は、本書の「問いかけ」一つひとつを咀嚼し、昨年の自問がちゃんと消化できていってるかを確かめていた。
開戦・国民の戦意高揚のために、「言葉」がどれだけの役割を果たしてきたのかを5章にわたって考察。調査対象は教科書・詩・文学etc. (「彼らの戦争」という意識のままでいられるのかを検証しているようにも見える) その間「戦争反対」のスローガンは一旦脇に置いている。そんな感触だ。
とりわけ興味深かったのが、林芙美子の日中戦争従軍記。(ほんの数作とは言え、太宰治も戦争文学を書いていたのには驚いたけど)
戦意高揚を扇動するような威勢の良い文章。中には「私は兵隊が好きだ」と呆れるほど断言しちゃっている詩もあって、『放浪記』と同じ作者とは到底思えない。
しかし戦後発表された短編では、意識の様相がガラリと変わっている。「彼女の戦争」、自分が見た戦争は何だったのかが、これまた明快に言語化されていたのだ…
ウクライナ侵攻で抱いたモヤモヤの正体も、高橋氏がちゃんと言語化してくれていた。
想像を絶するような光景を目にした時、我々は「かわいそうに」といった感想よりも前にどう感じて良いのか分からなくなる。頭脳では理解していても感覚がそれに追いついていない。「遠い存在」であるが故にうまく反応することができない。でも「考えたくない」「気が重くなる」とは表立って言えない…
そのうち政府高官が発するような「優等生の感想」しか言えなくなり、結局「彼らの戦争」として終結してしまう。
本書では重大な答えが導き出されるわけではない。その代わり著者の「問いかけ」一つひとつが胸に残る。
今回モヤモヤの正体を掴めだだけでも儲け物だったが、「問いかけ」はまだ山積みだ。 -
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やはり、どんなことがあっても戦時中という日常はあって欲しくない。
これまでの五十数年、折々に思ったことはあっても、言葉を選ばなければいけない本しか読めないことまであまり深く考えたことはなかったと、この本を読んで身につまされたように思う。
小学生の頃、あれは学校の映画鑑賞会だったか、はだしのゲンの実写版を観て、三國連太郎が演じたゲンの父親?が非国民と罵られる一幕が何故かそれだけ脳裏に残ってるのだけれど、その映画を観た帰り、家の近所まで来た時に強く風が吹き、何故なんだか小さい秋の歌がずっと頭に流れてる、そんな風景がやたら残ってるんだよな。
とにかもかくにも、戦争はやられてもいけないしやってもいけない、絶対に… -
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NHKラジオ番組の「飛ぶ教室」は時々聴いている。興味深い本が紹介されたり、ゲストの話がとても良かったり(伊藤比呂美さんのお話は本当に面白かった)、落ち着いて聴ける番組だと思う。本書は、その放送の最初のおしゃべりをまとめたもの。やはりあれは、ちゃんとしっかり考えた原稿だったのだ。短くてもの足りない時もあるけれど、味わい深いものが多い。
・指揮者ベンジャミン・ザンダーがTEDカンファランスで行った講演で、アウシュビッツ収容所の生き残りの女性の言葉を伝えていた。彼女は15歳の時アウシュビッツに連れてこられた。その時一緒に来た8歳の弟が靴をなくしたのを見て「なんてバカなの!」と言ったが、これが彼女が弟に最後に言ったことばになった。弟は生きて戻れなかったのだ。彼女は誓いを立てた。「生きて戻れるなら、それが最後のことばになるとしたら、耐えられないようなことばを二度といわない」と。高橋さんは「ことばを大切にしてくださいという、ザンダーのメッセージです」と結んでいる。
・高橋さんは、自らの父を「最低の父親だった」と思ってきたが(これにはそれなりの事情がある)、ある日自分の幼い息子さんに歯磨きをさせていた時、自分がその父と同じ顔つきになっていたことに気づいて、ひどく動揺したそうだ。
「父もまた、いまのぼくが子どもに注ぐような愛情を隠しもっていたのではないか」「ぼくはすっかり父を忘れていたのに、父はぼくのことを忘れていなかった、そんな気がしたのです」
「親と子はいちばん近くにいる他人だと思います。親は子どもを理解しようとしてできず、子は親を理解しようともしません。なぜなら、子どもはいつも、親ではなく未来を見ているからです。そして、親はその後ろから、子の背中を黙って見つめるだけなのかもしれません。そして、子どもは、自分が親になって初めて、自分がそうやって見られていたことに気づくのです」
自分は子どものことを考えない日はないが、おそらく独り立ちしていった子どもたちは親のことなどほとんど考えないと思う。そう思うと寂しくなるけれど、自分だって若いころは親のことなど考えなかったわけで、それでいいんだろう。
・今回いちばん心に残ったのは、パンクロックバンド銀杏BOYZの峯田和伸さんのインタビューから紹介された言葉だった。ずっと心にモヤモヤしていたことがズバリ言葉になっている。胸を打たれた。
誰かが何かしでかすと、みんなが「謝罪しろ」という風潮。有名人が亡くなると、みんなが一斉に「ご冥福を」と声をあげること。どうして、みんな「関係ないね」といわないのか。
「世の中で何かが起こった。さっぱり関係ないはずなのに、『私はこう思う』とか、世界とすごくくっついちゃってさ。本来、自分と世界なんて違うじゃん。別に関係ないんだもん。世界と一個になろうとしてるんだよね。世界と一個になんかなれないよ。そんなの」
「ネットってさ、最初のころはすごい楽しみで『あっ、世界が近くなる』『もっとわからない世界が知れるようになる』ってワクワクしたんだけど、今はそんなにワクワクしない。広がると思ったのに、どんどん狭くなっちゃって」
その通りだとしみじみ思った。 -
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ネタバレノスタルジーとか郷愁を感じた。作者の昔話を読んでいるからかもしれない。過去の出来事と現在の出来事を自由に行き来して、自分なりに分類していて、人生経験の多さと、作者が若者ではないことを感じた。
いくつも、面白いエピソードがあるけれど、心に残ったのは、家族の話。特に自分の父親や母親の話。
もしかしたら、ぼくたちは、ある時期、たとえば十三や十四で「自分」というものになり、そこから先は、ほとんど変わらないのかもしれない。そして、いつかおとなになる、と思いながら日々を過ごし、ある日、突然、いた自分を見ておどろくことになるのかもしれません。
実は、私もそう思っていた。自分の心の内が文章になっているような不思議な感覚に囚われた。
もしかしたら、自分が小さい頃に思い描いたような、おとなになることはないのかもしれない。 -
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ラジオを聴いていて、楽しみにしているので買いました。文章はそんなに上手いと思わないが経験に基づく内容がとても面白い。途中まで読みましたが、病院の待合で読もうとあえてとってあります。まあ、何度も読んでも楽しいと思いますが。私には作家だった伯父(地方でささやかな創作活動をしていた)がいましたが、面白い本や、子供の知らないふしぎな世界を教えてもらった気がします。子供には、親以外にも人生の楽しみや滋味のようなものを教えてくれる大人が必要だと思います。源一郎さんはまさにそんな感じの大人。こんなおじさんがいたら楽しかったなぁという気持ちで読んでます。
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振り返ってみると、自分がTwitter を始めたのが2010年1月。ブログやmixiやFacebookにウンザリしていた自分にとって、しがらみも無く、自分の興味の対象である作家やミュージシャンの生の(と当時は思ってた)言葉をキャッチできるTwitter に一番興奮していた。本書に収録されている「午前0時の小説ラジオ」が始まったのが、2010年5月。それから10年以上経ってSNSは大きく様変わりしたけど、Twitter で出会った最良のもの(の一部)がここに再録されている。当時リアルタイムで読んだ感覚が少しだけ蘇ってきた。本当に貴重なものだと思う。
この『メイキングオブ「悪」と戦う』以来、作家高橋源一郎にすごく傾倒している。子どもの頃は競馬解説者だとばかり思ってたんだけどな 笑