高橋源一郎のレビュー一覧
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ネタバレ小説書きに行き詰まったので拝読。
まず、ずっと高橋源一郎先生の語り口が柔らかくて、かわいらしい。読んでいて、ここまで暖かさがある文章は初めてかもしれない。面白さもあり、楽しみながら読んでいたが、これも最後まで読んで振り返ると、小説(広い意味で)を先生自身楽しく遊んだ結果なのではないかと思う。その楽しさがこちらにも伝わってきたように感じられ、面白い。
飛んできたボールを楽しみながらキャッチするのはなかなか難しい。それを面白いと言っていいのかわからないこともあり、抵抗してしまったところもあった。素直に楽しみ、遊んでいきたい。
自分が書く小説も同じように、楽しみながら遊びながら書いてみたい。読 -
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作品紹介・あらすじ
あたりまえを疑ってみると、知らない世界が見えてくる。
「ぼくは、先生の役割って、一つの狭い常識のなかで生きている人に、そうじゃないよと教えてくれて、でも、その答えは自分で見つけなさいよ、といってくれることだと思います。」(本書より)
〈目次より〉
1日目・たぶん、読んじゃいなよ!
カリキュラムにはのらない授業/ソクラテスはなぜ自分で書かなかったのか/想像力を生む場所/「絶対にありえないこと」を疑ってみる/自分で探さなければ、先生には出会えない/「自殺をしてもいいのか?」―鶴見俊輔さんの答え/正解が見つからない問いに、どう答えるか/「外側」から考える/常識ってなんですか? -
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作品紹介・あらすじ
なんだかどんどん「ヤバく」なる
「AI文学者」「ジャニーズ問題と玉音放送」「ひとしとたけし」「不適切にもいろいろあるが」など、話題に本質に迫るコラム満載!「サンデー毎日」人気連載「これは、アレだな」書籍化第3弾!
「毎回、そのとき話題になった事件や本を「これ」としてピックアップし、その問題をさらに深め、考えるために、どこかの時代、どこかの場所にある、「これ」と相棒の「アレ」を見つけ、それぞれを比較、検討してゆく。その作業をひたすら進めてきた。」(「本文」より)
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週刊誌「サンデー毎日」に連載されている高橋源一郎のエッセーをまとめた本で「これは、アレだな」「だ -
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ラジオ番組「飛ぶ教室」のことは
開始当初から存じ上げている。
一番最初に、こんなテーマ曲(?)ができました、
のピアノの不協和音の音楽を聴いた時から、
なんだか変な番組だなあ、
でもこれは面白そうな番組だなあ、
と思ったこともよく覚えている。
金曜日の夜の放送と言うことなので
初めは聴いていたのですが、夜のその時間には
すでに床に就いてしまう暮らしのリズムなので、
なかなか聴くことが出来ないことが多い。
でも、このオープニング・トーク集を読んでいる時には高橋源一郎さんの声がよみがえることがうれしい。
よし!いま一度、
「飛ぶ教室」LIVEの視聴者の一人になろう
と思っている。
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NHKラジオ金曜夜の「飛ぶ教室」のオープニングトーク集、
なのだそうだ。
印象に残るのは、著者の友人が逝去された際の語り。
思い出話になる。
それが何人もいる。
そういうお年頃。74歳。
それとどうしても印象に残るのが、
ルワンダの虐殺をラジオが煽動した、という語り。
元は仲の良い人たちが、どうしてあんな残虐なことができるのか。
日本人の朝鮮人虐殺も同じ。
いや欧米列強も似たようなことをしてきた。
なんで人は狂うのかなあ。正義の名のもとに。
ま、あとは、与太話、と言っては失礼だが、
徒然に語っている、という印象。
教養はあるのかもしれないが、
あえて読むほどでは、、
ラジオの、光 -
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著者が深夜ラジオ番組で語った最初の言葉の記録から。著者の実に個性的な人生が語られている部分が多く、簡潔な2頁ごとのエッセイになっており楽しく読むことができた。それぞれの文章に余韻が残る、印象的な終わり方が心地よい。この人は私の1年先輩のようであり、時代が重なっている分が私自身と照し合わせて理解し易かった。高校2年の時に初めてベトナム反戦デモに引きずられて参加したときの一線を越えたスリルある感覚というのは肌間隔として共鳴できる。3回の離婚歴や幼少期からの度々の引っ越しの経験(夜逃げも含む)、母親のさまざまな職種経験など面白い話が満載である。1967年4月10日の大阪国際フェスティバルで「トリスタ
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震災後、社会は変わった。社会というか、著作に書かれているように空気が変わった。
震災といえば、まだ311である。
あの衝撃は、以後の地震災害を未だ凌駕している。
音に出すのを慎重になった言葉、単語自体もいっぱいあった。言葉にならない、言葉が出てこない、まさに絶句した時間も長かった。
それは、死者やその身近にいる人びと、渦中にいる人の立場、心情を想像してだったと思う。
電力の大消費地である東京に住んでいる罪悪感も大きかった。加害者のような気持ちだった。
読後、この著作の内容を私は受け止められてない、ざわついた気持ちで、再度、ランダムに開いては読んでみた。
非常時、まずは自分を見つめる。足 -
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『DJヒロヒト』から遡って手に取る。『DJヒロヒト』は帝国日本の戦争の時代だったが、こちらは明治の「近代文学」誕生から大逆事件までを取り扱う。石川啄木が援助交際をしていたり、田山花袋がアダルトビデオの製作に参加していたりと奔放なパロディが反復されているようでいて、二葉亭四迷、島崎藤村、尾崎紅葉、夏目漱石、森鷗外らの「文学」に対する真摯さ、ことばと現実の距離をめぐる苦闘に対するリスペクトは一貫している。横瀬夜雨や北村三啞、川上眉山ら、「文学」に憧れ、「文学」の夢に破れたマイナー/ポエットたちの真剣さに対しても。
初出は『群像』1997年5月号~2000年11月号だから、ちょうどすが秀実が『