高橋源一郎のレビュー一覧
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源一郎さんは好きなんだけど、やはり難しくてよくわからない部分が多々ある。
鶴見俊輔さんの「もうろく帖」私小説の耕治人さん、最後の谷川俊太郎さんの話は途中でついて行けなくなった。まあ、私の理解力が原因だけど。
しかし吉本隆明さんについて書かれたハルノ宵子さんの「隆明だもの」は読んでみたい。有吉佐和子さんの「恍惚の人」、大昔に読んだ記憶はあるが(当時私が若すぎた)、改めて先見の明に驚くばかり。
読んでいる途中、施設に居る義父に会いに行った。
とりあえず私が誰かはわかっているし、会話も成り立っているふうだが、記憶はほとんど飛んでいる。
あんなに強行で暴力的な人だったのに、今はちんまりしたじーさん。
あれだけ嫌悪しまくった嫁(ワタシ)に頼らざるを得なくなった年寄り、おそるべしと言う感じだが、もはやケンカの相手にもならないのでどうでもいい。
恍惚の人の昭子のようにはなれないけどね。
そこで我が身のことに気持ちを移すと、どうにもどんよりしてきてしまう。
日ごろから「長生きはしない」と言っているが、自分の希望通りに死ねるわけでもなく、ただただ気持ちが落ち込むばかり。
源一郎先生に人生相談しようかしら・・・ -
Posted by ブクログ
作品紹介・あらすじ
傑作『日本文学盛衰史』に先立ち一九九六年に連載され、五年間の熟成期間を経て二一世紀最初の年末に単行本が刊行された『ゴヂラ』――。
二〇世紀末の西武池袋線石神井公園駅付近の一見平凡な住人たちが同時多発的に異様な状況に巻き込まれてしまう。
これは局所的ではなく、世界全体に同時多発的に起きている異変なのだ。
夏目漱石と森鴎外が結託して悪事を教唆し、詩人は石神井の町から出られなくない、火星人が石神井に襲来する……
あまりに逸脱した展開に、「作者からのお知らせ」までもが入りこむ。
そして、はたしてゴヂラは現れるのか?
世紀をまたいで書き上げられた怪作、初めての文庫化。
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不思議な作品。
著者は何を書きたかったのか。舞台となる上石神井だったのか、まるで脈絡のない物語だったのか、夢と現実のはざまだったのか。
途中で著者本人が「作者からのお知らせ」として「本作はいきあたりばったりで書いている」といった旨を告白している。まさにその言葉通り、作者が喘ぎながら、いきあたりばったりに物語が進む。でももしかしたら「作者が喘ぎながら、いきあたりばったりに進む物語」を書きたかったのかもしれない。
ここまで書いてみると、まるで負のイメージしかないようだけれど、他の方も感想に書かれていたように、とんでもなく読みやすい。スイスイと本の頁に印刷された文字に吸い込まれていくように読み進めてしまう。そして理由はわからないのに、面白い。だから不思議な作品、という感想が一番ぴったりくるように思う。
しかし、こうも思えてくる。この作品に登場する人物には自主性に欠けているように思われる。まるで「誰かに本の中に書かれてしまっている」かのように。脈絡がないように見えるのも、いきあたりばったりに思えるのも、彼らに自主性がないからなのかもしれない。やっとゴヂラが登場する終章で、主人公の男はそんな「世界の秘密」に気がつく。僕は高橋源一郎の作品を読むと大抵、なんとも言えない寂寥感に包まれることが多い。本書でもこの終章でそんな気持ちに襲われた。 -
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・本屋でこの本の増補版「はじめに」を読み興味を持ったので、改めてちゃんと読み始めた。
・AIの誕生以降、文学賞の応募数字が飛躍的に伸びているという話は聞いていたし、実際、文学に限らずあらゆる芸術分野で「AIとの共生、距離感」は大きなテーマだと思うし、正に今過渡期、という様相だと思う。
・個人的にはこうした分野でのAIへの導入には肯定的ではある。その一方で問題にすべきなのは「受け手」の方でもある、と思う。
・特に賞レースにおいては審査員の判断基準をどうおくか?どうすべきか?というのは非常に悩ましい所があるのではと察する。
・その上で、高橋先生の賞での審査基準を過去の選評を含めて改めて所信表明するというのは意義深いし、めちゃ興味深かった。
・読んでいて単純に面白い、というのももちろん、ある。 -
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大変な人生を歩んできた著者が、投書された相談に様々な回答をする。一貫しているのは、とことんやるだけやりきって、落ちるなら落ちきって、周りから見放されるなら見放されるまでされきって、初めてスタートラインにたてるということ、そして親から子へは、子が自立できるようなかたちで愛情をそそぐことが第一であること、だ。それができないならバッサリやられるのだが、それがなんだかすがすがしく、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなるほど。言葉はきつくても、最後にはなぜかほっこり涙を拭くことができる、そんな一冊だ。
【併せて読みたい】『般若心経』神谷美恵子『生きがいについて』(それでも悩んだら) -
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高橋さんの回答が私によく染み込みます。
笑ってしまったり、そうだそうだと合いの手を入れながら読んでいます。
高橋さんの回答のなかで特に好きなもの2つ
『家族は永遠に続くものでも、何があっても守られるべきものでもないと思います。それに参加する者が、互いに誠実であるときだけ持続できるものです。そうでなければ、家族もまた存立の意味を失います。』
事故に巻き込まれ妻子を失い、自らも大きな障害が残ると医師から宣告された知人の方を紹介し、
『そのとき、彼がどう感じたと思われますか?あまりに悲惨な運命を呪い、希望を完全になくしたと?
自分でも驚いたことに、彼にやって来たのは、凄まじい怒りでした。彼は、自分を奈落に突き落とした「運命」に向かって、こう叫んだそうです。
「人間というものが、そんなことでダメになると思ってるのか?なめてんじゃねえぞ。おれを跪かせたかったら、もっともっと不幸を持ってこい」
彼は恐るべき克己心でリハビリに励んで、仕事に復帰し、後に新しい伴侶を得ることになりました。
彼は、普段は温厚な人物ですが、(彼にとっての)正義が蹂躙されたと思うときには、心の底から起こることができる人でした。あなたはどうですか?
(中略)
自分への不当な扱いを許してはなりません。人や組織はもちろん、それが運命であろうとも。あなたは憤るべきなのだと思います。運命に嘲笑されたくなかったら。』 -
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老いることについて、さまざまな視点から考えさせられる一冊でした。
私の祖父母もちょうど認知症を患っているため、家族としての大変さを身近で感じてきました。だからこそ、本書で語られる言葉の一つひとつが他人事ではなく、自分のこととして受け止めながら読み進めました。
老いは誰にでも訪れるものですが、そのときにどう向き合うのか、そして今をどう生きるのかを改めて考えるきっかけになりました。さまざまな先人たちの言葉や考え方に触れられたことも、とても良かったです。
今の自分だからこそ響く部分も多く、これから年齢を重ねるごとに、また違った受け取り方ができそうな気がします。人生の節目節目で読み返したいと思える一冊でした。 -
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戦争の報道が毎日のように続く。「いくつの砲弾が飛ばなければならないのか あまりに多くの人々が死ぬ前に」。
あの大国の大統領の顔が毎日のように画面に映し出される。いい加減にしろよ。お前はどれだけの人を殺せば気が済むのか。戦争の親玉よ。
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コロナ禍がようやく終息に向かおうとした頃、ロシアがウクライナに侵攻した。続いてガザでの泥沼の戦争にまた火が付いた。そして2026年、アメリカとイスラエルがイランを攻撃し始めた。日本では武器輸出を認める方針が出された。またもや世界は、戦争が日常になってしまった。
かつて日本は戦争の反省に立ち、新しい出発を遂げたのではなかったか。憲法「改正」は、戦争を正当化しようとするたくらみにしか思えない。そんなことはやめてほしい。
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この本は高橋源一郎が2019年から2022年にかけて「小説トリッパー」誌に発表した文章をまとめたもの。
第1章では、教科書の言葉というものが検証される。われわれが生まれて初めて「公式に」言葉と向き合うのが、小学校一年生。教科書を手にする時だ。この章ではまず現代の日本と戦前の日本の国語の教科書が紹介される。「歴史」というものも、たいていの人にとって、まずは教科書を通じて教えられる。日本の歴史教科書、韓国の歴史教科書、ドイツの、フランスの歴史教科書が続いて紹介される。今更ながら、先の大戦については、各国でこれほどまで捉えられ方(教えられ方)が違うか、と思わされる。
第2章で最初に取り上げられるのは、1944年日本文学報国会編集による『詩集 大東亜』。近代日本を代表する詩人189名が、「大東亜」を謳う。「大きなことば」で。これらの詩はかなり不気味で恐ろしい。これに対置する形で紹介されるのが、昭和17年に出た、山本和夫さんという方が編集した『野戦詩集』。この本は「太平洋戦争開戦前夜、中国大陸に出征した兵士六人が、戦場でひそかにつくり、持ち帰った詩を集め」ている。「小さなことば」で書かれたここでの詩は、静かで、永遠である。
第3章で考察されるのは、大岡昇平『野火』、そして猫田道子『うわさのベーコン』。後者はおそらくほとんどの人にとって未知の作品だが、戦場での人間の心理がどういうものかを知る手掛かりを与える。興味深い。
第4章では、東京大空襲の日を振り返る向田邦子の「ごはん」、林芙美子が中国戦線に従軍した時の記録『戦線』、同じく林の戦後に発表された「ボルネオダイヤ」という短篇、戦地での慰安所を描く古山高麗雄の「白い田圃」、故郷の朝鮮を回想する後藤明生『夢かたり』など、戦争を題材にした日本の小説が読み込まれる。
最後の第5章は、「「戦争小説家」太宰治」。意外と気づかれないことが多いが、太宰治が作家として活動していた時期は、ほとんどが戦時中であった。「書くことが難しかった時代に生きて、なぜ、彼は、あれほどの傑作を書きつづけることができたのだろう」。 「十二月八日」という、日本の近代史上もっとも呪われるべき日付けをタイトルに冠した短篇に、作者がこめた意味とは?
太宰治が昭和の初め、左翼活動に加担したことはよく知られているが、実はこんなところに、彼の思想が垣間見えるような気がする。