高橋源一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
戦争の報道が毎日のように続く。「いくつの砲弾が飛ばなければならないのか あまりに多くの人々が死ぬ前に」。
あの大国の大統領の顔が毎日のように画面に映し出される。いい加減にしろよ。お前はどれだけの人を殺せば気が済むのか。戦争の親玉よ。
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コロナ禍がようやく終息に向かおうとした頃、ロシアがウクライナに侵攻した。続いてガザでの泥沼の戦争にまた火が付いた。そして2026年、アメリカとイスラエルがイランを攻撃し始めた。日本では武器輸出を認める方針が出された。またもや世界は、戦争が日常になってしまった。
かつて日本は戦争の反省に立ち、新しい出発を遂げたのではなかったか。憲法「改正」は、戦争を正当化しようとするたくらみにしか思えない。そんなことはやめてほしい。
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この本は高橋源一郎が2019年から2022年にかけて「小説トリッパー」誌に発表した文章をまとめたもの。
第1章では、教科書の言葉というものが検証される。われわれが生まれて初めて「公式に」言葉と向き合うのが、小学校一年生。教科書を手にする時だ。この章ではまず現代の日本と戦前の日本の国語の教科書が紹介される。「歴史」というものも、たいていの人にとって、まずは教科書を通じて教えられる。日本の歴史教科書、韓国の歴史教科書、ドイツの、フランスの歴史教科書が続いて紹介される。今更ながら、先の大戦については、各国でこれほどまで捉えられ方(教えられ方)が違うか、と思わされる。
第2章で最初に取り上げられるのは、1944年日本文学報国会編集による『詩集 大東亜』。近代日本を代表する詩人189名が、「大東亜」を謳う。「大きなことば」で。これらの詩はかなり不気味で恐ろしい。これに対置する形で紹介されるのが、昭和17年に出た、山本和夫さんという方が編集した『野戦詩集』。この本は「太平洋戦争開戦前夜、中国大陸に出征した兵士六人が、戦場でひそかにつくり、持ち帰った詩を集め」ている。「小さなことば」で書かれたここでの詩は、静かで、永遠である。
第3章で考察されるのは、大岡昇平『野火』、そして猫田道子『うわさのベーコン』。後者はおそらくほとんどの人にとって未知の作品だが、戦場での人間の心理がどういうものかを知る手掛かりを与える。興味深い。
第4章では、東京大空襲の日を振り返る向田邦子の「ごはん」、林芙美子が中国戦線に従軍した時の記録『戦線』、同じく林の戦後に発表された「ボルネオダイヤ」という短篇、戦地での慰安所を描く古山高麗雄の「白い田圃」、故郷の朝鮮を回想する後藤明生『夢かたり』など、戦争を題材にした日本の小説が読み込まれる。
最後の第5章は、「「戦争小説家」太宰治」。意外と気づかれないことが多いが、太宰治が作家として活動していた時期は、ほとんどが戦時中であった。「書くことが難しかった時代に生きて、なぜ、彼は、あれほどの傑作を書きつづけることができたのだろう」。 「十二月八日」という、日本の近代史上もっとも呪われるべき日付けをタイトルに冠した短篇に、作者がこめた意味とは?
太宰治が昭和の初め、左翼活動に加担したことはよく知られているが、実はこんなところに、彼の思想が垣間見えるような気がする。 -
Posted by ブクログ
自分の老いについて考えようと思い、老いの本を読むのだが、読んでいるといつも親の老いについて考えてしまう。母が1年前に亡くなり、父はまだ生きている。父が亡くなって初めて、自分の老いが、死が、グッと迫ってくるような気がする。親が生きてくれている間は、自分の老いや死をちょっと遠くのものに考えられるとするなら、親は最後までありがたい存在だ。
鶴見俊輔、耕治人、谷川俊太郎。
弟さんとの思い出。
老いの続きが死であることを改めて気付かされた。え、いまさら⁉︎
母の死を経験してるというのに、老いと死があまり自分の中でつながってないようで変だ。ものすごく鈍感。老いは認めざるを得ないが、死はまだ認めたくないってこと?それは父の死?自分の死? -
Posted by ブクログ
あれ?なんでこの本読んだんだろ?ってことあるよね(あるある)
いや、この本は三宅香帆さんのYouTubeで批評とは的な話の流れでおすすめされてた本で、それで読んだんだけどね
高橋源一郎さん(好きな人)✕斎藤美奈子さん(好きな人)が、この30年(2021年発行)の小説を読んで色々話をしたら、なんとなく社会が見えてきたという内容なんですが、ほぼほぼ純文学系の小説の話なんで、100冊以上の本が出てくるんだけど、もう3冊くらいしか読んだことあるやつないのw
だからもうちんぷんかんぷん
いやそりゃそやろ!
高橋源一郎さんと斎藤美奈子さんの対談なんだから、出てくるの純文学系に決まってるだろ!
分かってた!分かってたのに読んでしまった〜w
だがしかーし!
面白かった(なんでやねん)
うーん二人の批評するときの言葉のチョイスというか、表現の仕方みたいなんが、すごくこうビッときたんよな〜
わいも二人みたいな言葉を操りたいな〜と思ったのだ!
あ、後たまには純文学系も読んでみるか〜ともちょっと思いました
ちょっとね -
Posted by ブクログ
一回の読書で一、二編読めば変な満腹感に襲われる。エログロナンセンスをポップでサイケにゴテゴテに盛り込んだ作り…と、思い浮かんだ言葉を書き連ねてこれを見返せば、映画「オースティン・パワーズ」シリーズ(ジェイ・ローチ監督/1997~2002年)を連想してしまったが、そういう感じではない…けれども、この変な満腹感は似たようなものという気もする。
登場人物に孤独感、疎外感が与えられているかどうかといった辺りに、両者の違いはあるわけで…と考えるも、しかし、それは(漱石以来の)日本文学か、(徹底してエンタメの)アメリカ映画かというジャンルの違いだけで、やっぱり大して差は無いのかも、とも思えてきたり。脳内堂々巡りに陥る。 -
Posted by ブクログ
☆3.5 センスを高めよポエム
インテリ源ちゃんの本なので、一筋縄にはいかないよなと思ひつつ読んだのですが、思ったとほりでした。
さいしょから、猫田道子のヘンな日本語の小説『うわさのベーコン』や、これはたしかにヘンで面白いのですが、AV女優のウンコ・マムコ文章、北朝鮮=ディズニーランド説をぶちあげる薬キメ人の文章を引用してるのだ。
もちろん村上春樹やケストナーなどの示唆的な文章も引用してゐるのだが、キョドってしまひますよね。常人には。
すみません。私が代はりに謝っておきます。
これが高橋源一郎です。
それに目をつむれば、まあまあ示唆的な文章ですよ。書き手にとって、ほんとうのことしか書けないってのは、やはり事実ですからね。保坂和志もほめてました。 -
Posted by ブクログ
初高橋源一郎作品。読み始めは、なんやこれとりとめがなさすぎるって思ってたけど、読んでいくうちに、なんかちゃんと小説としてつながってるなと思えて(そらそう)、言語論にも通ずるものを感じ取った(特に第1章)。感じ取ったとは言いつつ言葉の概念ぶっこわされたような感じ。名付けることでその人やモノを認識するわけやけど、その名前の一つが「中島みゆきソング・ブック」で、人名のなかに「中島みゆき」っていう別の人名が入り込んでて「!?」ってなって、なんか急に概念揺さぶりに揺さぶられて、名前の中に他の人の名前が入ってたらそれはその人の名前とは言われへんのかな、いや言えるか、いやいや言える?みたいな、反語に反語を重ねるような、なんかとにかく概念を揺さぶられた作品でした。「なんか」を多用せずにはおられない軽い混乱に陥れられる揺さぶられ方。それを言葉だけでやってのけるこの作品すごい。。加藤典洋さんの解説ありがたい。文章が一方通行じゃないって話がスーッと入ってきた。