高橋源一郎のレビュー一覧
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翻訳家・柴田元幸さんと作家・高橋源一郎さんの対談本です。
柴田元幸さんの翻訳のお仕事に触れたのは、オースターのニューヨーク三部作とミルハウザーをひとつ、といったくらいです。印象としては、「透明な触媒」としての翻訳、です。翻訳者の癖というか、翻訳者自体の声や匂い色、もっというと人となりって、どうしても翻訳された作品からかすかにではあっても感じられがちだと僕は思っていて。それが柴田さんの翻訳だと、翻訳者は薄いフィルターとしてだけあって、外国人の作者のほうを大きく、そして近く感じるんです。翻訳者の存在が、無色無臭っぽい。
柴田さんは翻訳を、原文が自分の中を通り抜けていく通過時間がゼロに近ければ近いほどいい、という考え方を本書で明らかにします。なるほど、体現なさっているなあとしっかり感じさせられるのでした。そして、村上春樹さんとお仕事仲間です。このあたりは、同志、と表現しても良いのかもしれません。
いっぽう、僕にとって高橋源一郎さんのイメージは「競馬に詳しい人で、どうやら作家だ」というところからスタートしています。高校生の頃に日本テレビの深夜番組に出てらっしゃって、その頃の僕は現代作家にうとかったですし、ネットもなかったですから、彼がどういう人なのか知る由がなかった。なので、先入観として、作家の仕事は二の次の人なのかなあと見えてしまっていました。それが、だんだん年月の経過とともに、競馬に詳しい人、というよりも、作家、としての色合いのほうが僕の目には濃くなっていきました。
本書を読むと、序章こそ言わんとしているものがよく伝わってきませんでしたが(序章は、文庫へ版を変えたときに最終章の位置から移したものなので、全体を踏まえて抽象的に述べられている言葉だからはっきり飲み込みづらかったのかもしれません)、エンジンがかかってからは明晰な眼力で「小説」を透徹して見ていることに、読んでいてびりびりくるくらいです。小説のコードに従う従わないか、コードを全否定するのは原理主義であり自爆テロみたいなもの(理想主義で、なおかつ完璧主義なのを原理主義というのですね)、近代文学において強い敵と戦うのが文学のテーマだったがある時期から戦う相手である「権威」が無くなってしまった、自他の分別をはっきりした非対称性の文学とその反対の対称性の文学(対称性の文学のほうが現代日本の文壇で勢いが増してきたのですが、そもそもアメリカ文学のほうでは対称性の性格が強い文学が主流)、リーダーフレンドリーの良さと悪さ……などなど。
しかしながら、これほど厳しい美的感覚で「小説」をとらえてしまうと、自己規制や禁止条項だらけになってきて、書けるものの範囲が狭まりそうです。高橋さんの論理は筋が通っているし、ひとつの立場として見事な高さにまで築き上げられている(そこにはかなりの労力がかけられているでしょう)。だからこそ、オーソリティを持った意見として受け取りやすい。そして、そう無条件に受け入れてしまうと、高橋さんと同じ苦しみを背負ってしまうことになります。
だから、読者は(そして書き手でもあるならば)彼のような見事な論理と美意識も、単にひとつの視座にすぎない、と踏まえたほうがいいと思うのです。本書で語られた、ほとんど隙のない文学論も、文学へ一方向か二方向から強い照明を当てたに過ぎないと言えるかもしれない。上手な光の当て方であっても、自分は自分として、また違った光を文学へ当てて眺めていいのではないでしょうか。高橋さんは、綿矢りささんの短編に非常に感銘を受けたと述べていますが、その感想は、これまでの彼の視座からは見えなかったものが世に出てきたことへの驚きを多く含んでいました。
つまりは、彼を驚かすためには、彼の視座を忠実にトレースしててはいけない。というか、書き手は自分なりに自由であっていい部分はあるので、反論の言葉が見つからないといって、飲み込まなくてよいのです。
といった前提で読む、高橋さんによる大江健三郎論がおもしろい。「言語のセンスがとても変わっている」のは、僕もはじめて読んだときに、文章を追えなくてなんだこれはと思ったから、つよく頷いたものでした。大きい狂気を抱えている人、というのもなるほどと。理知的な人というようなイメージで見られがちですが、高橋さんによれば、無意識のほうがずっと強い人だということでした。
僕はまだ、高橋源一郎さんの小説作品に触れたことがありません。でも、好奇心はつよく持っていますから、そのうち何か手に取ると思います。柴田元幸さんの翻訳作品ではブコウスキーの『パルプ』が積読なので、こちらも楽しみなところなのでした。 -
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ネタバレナンセンス小説と言えばいいのか。
形容し難い。作者独自の文体と固有名詞の洪水に酔うしかない。
これが、60年代なのか、60年代とは。30年代とは。90年代とは。終末思想。死体。
30年代、60年代、90年大門の30年周期、と考えると、2020年代は終末思想が蔓延するかもしれない、とか思った。テスラ、Twitter、ロシア、温暖化、プラスチック。
オチから逆算すると、なぜ我々は死体が見えないのか、という疑問に突き当たる。死体は本来そこら中に転がっているはずだ。ただ、それは見えないように巧妙に隠されている。もしくは、我々が見えないふりをしているだけだ。死体がなければこれだけの物質は生産されていない。死体がなければこれだけの思想は生まれていない。死体がなければ、生者は存在できない。
読んでいて頭がおかしくなりそうなのに、読むことをやめられない。これが小説なのだと言われればそうだし、こんなものは小説じゃないと言えばそれもそうだし。
痺れた。 -
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世の中で起こっていること、話題の事件などについて、過去の書籍や名言などとの共通点を見出し、解釈するという新たな理解手法。「鬼滅の刃」は「ヘンゼルとグレーテル」、日本の作品で言うなら「安寿と厨子王」、「YOUは何しに日本へ」は、黒船的なことも、日本の良さも外国人からいろいろなことを学ぶという点で「明治のお雇い外国人」。滝沢カレンのネーミング、文章、発言のセンスは谷崎潤一郎によく似ている、などなど。とても面白い。こういう解釈をするためには過去の作品の本質的なことを理解していなければならず、ある種の教養がいる。また、中で紹介される過去の名著など、読んでみたいものがたくさんあって良かった。
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「SIGHT」年末恒例企画「ブックオブザイヤー」は愛読していた。雑誌が休刊してしまって残念至極。どこかでまたやってほしいなあ。高橋源一郎さんと斎藤美奈子さん、最強コンビの一つだろう(豊崎由美さんと大森望さんというのも好き)。お二人の場合、小説などを論じつつ、その作品が書かれ読まれる社会的意味に斬り込んでいくところに特徴がある。
後半の長い対談は、平成を(さらには昭和を)俯瞰する視点で話されていて、なるほどなあと思うところが多かった。確かに文学は社会の鏡であり、しかもそれは時間がたってから鮮明な像を結ぶものなのだと納得させられた。
個々の作家についての評がやはり読みどころ。言われてみれば本当にそうだと思うのがいくつもあった。
・西村賢太さん 「フラットに書いているようでいて、苦悩を特権化してる感じ」 そう!主人公がDV男だという以外にもなんか苦手と思ってたのはこれだ。明治の書生ものから連綿と続く「オレだけがこんなに苦しんでる」ってやつ。(しかしこんなに早く亡くなるとは…。ご冥福をお祈りします)
・山田詠美さん 「詠美さんの作品って、もともと優等生なところがあるし、じつはすごく道徳的でしょ」「根本的にいい人なんだよね」 そうなんだよね~。アンダーグラウンドを描いてもにじみ出る真っ当感がエイミーの魅力。
・伊藤比呂美さん 「今日に至るまで、一貫して子育てや家族のことを書き続けてきたわけで…」「人生の実況中継だよね」 人生の実況中継!いやまさに!そこに全然ウソがない点が伊藤さんの凄さだ。今や老いに向かう姿も「中継」してくれていて、読むとなぜか安心する。
とまあ納得した箇所は多々あるが、今回もっとも膝を打ったのは、村上春樹についての論評。私が初期作品以外の彼の小説が苦手な理由がよーくわかった。
・「これ(「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」)、読んでも小説の中に入れない人、たくさんいると思うんだよね。表面でツルッと滑って。舞台の上を観ていて、凄い熱演で、でも熱演されればされるほど冷めていくみたいな。でも、本当は、読むのはその熱演の中身じゃなくて、何か別のもの、メタ・メッセージが……。」「あるんじゃないかなってみんな思うので、一所懸命読むわけですが。」「ただ、それが何かって言われると、なかなかわからない」 私のことだよ~。
・斎藤さんが、「すごく浅く言うとさ、自分探しものですよね」と斬り、主人公を動かすのはいつも女で「結局、女に甘えてません?」と言った後の高橋さんの答えに、もう膝を連打!
「まあでも、いくら批判されてもへこたれないよね。だからもしかすると、最後の父権制はここにあるのかもね」「他の人たちはやっぱり自信がないっていうか、頼れるものがない感じ。でもこのふたり(村上春樹と大江健三郎)は、自分自身の中に重力がある」「このふたりは、後期資本主義でそういうの(近代文学をバックボーンに持った父権制)がいったん切れたあと、すごい力業で自分自身の上にそれを作り上げたんだよ」
この後二人が繰り出す言葉にいちいちうなずく。「ふたりとも自己肯定感がすごいよね」「どう見ても圧倒的な肯定感!」「みなぎる自信!」「全体から醸し出される、有無を言わせぬ自己肯定感!」
本当に、主人公がどんなに「ちっぽけな何もできない自分」と言おうとも、受ける印象はまったく逆。エッセイでも(こちらは愛読している)、村上さんはしばしば、「世界とうまく折り合えない自分」「理解されない自分」を書くけれど(そしてそこに共感してしまうけれど)、自己否定感はきれいさっぱりないんだよね。高橋さんは「ぼくは(村上作品は)誤読に支えられてるんじゃないかと思ってるんです」とまで言っていた。うーん。 -
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1.なぜ相変わらず私達国民はメディアや政府に騙されてしまうのか、対策はないのか、を考えるために読みました。
2.現代メディアは「単純化」という罠仕掛けてあらゆる情報を分かりやすく伝えています。ゆえに、視聴者は飛びつきやすく、自分が考えなくても「考えた気になってしまい」、結果として手のひらで転がってる状態になってしまいます。
本書では、4人の著者が自身のオススメの本を通して、日本のメディアがどのようにして国民に情報提供をしてきたのか、そして、国民がどう変化してしまったのかを述べています。
3.「真実は伝わりにくく地味であり、嘘は単純で分かりやすく伝わる」ということを普段から心がけて情報収集にあたっています。メディアはいわば伝えるプロなので、手段を問わず、視聴者を取り込んでいきます。それが仕事であり、自分の収入に直結するからです。しかし、そのメディアの方々どんな気持ちで仕事してるのだろう?正直、私はメディア、テレビの情報は一切信用しておらず、データも改竄されてることを前提にニュースをチェックしております。ここまでやるのはやりすぎではありますが、自分の疑問フィルターが弱い分、騙されやすいことも理解した上での対策です。今の日本人はこの疑問フィルターが強い人と弱い人が二極化しました。弱い人に訪れる未来は不幸です。
人生は決断の連続である以上、相手が誰であれ、後悔のない選択をしていきたいなと思いました。 -
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天皇そして憲法、朝鮮と韓国、さらにコロナ禍。これらについて、きちんと立ち止まって考えるということがないから、この本は確かに「たのしい」知識が満載だった。憲法9条は変えるべきなのか、変えないとしたらなぜなのかが少しわかった気がするし、日本人は、韓国、朝鮮の人たちと立場があの時変わっていたら、どう感じていたんだろうか、コロナはまたオミクロンが猛威を振るってあっという間に東京は13,000人を超えてしまった今日、この三つだけでなくさまざまなことを考え、考えたいのか考えなければいけないことだから考えるのか、わからないけどそういうことが満載の毎日をこれからも繰り返して行くんだな…
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ネタバレななめ読みなんで一部抽出した感想です。
これは著者の文章観を紹介する本だ。
いい文章とは何かを生き生きとした文章を通して感じる事ができた。
-1番うまい現代の作家は、スティーブジョブズだ-
このフレーズに続く「スティーブ・ジョブズのプレゼンの書評」の書評が最も印象に残った。
プレゼンではストーリーを話せ、と会社のSVによく言われる。
聞き手は内容も知りたいが、聞く事自体を楽しみたがっているからだそうだ。
なるほど…。これは仕事に限らずだよな。面白かったことを伝わるように伝えたい欲求は誰にでもあるんじゃないかな。
ならば、日常のカケラを拾い集めてギュッとピシッとできる技術を俺は身につけてみたいっす。