高橋源一郎のレビュー一覧
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源ちゃんが最新の日本語を「メタメタに」斬りまくる
「萌えな」ことば、「官能小説な」ことば、相田みつおな」ことば、「漢な」ことば、などなど様々な切り口で源ちゃんが最新の現代日本語を「メタメタに」斬りまくったエッセイ集である。
戦後民主主義を男女交際の自由という観点で徹底的かつ全面的に謳歌したかの「青い山脈」(余談ながら私はこの名曲を「君が代」に代わる国歌にしたいとひそかに考えていたのだが、全く同じ意見を内田樹氏が抱懐していると知って嬉しくなった)で有名な「洋次郎な」ことばや、いま千葉の海岸沿いに住んで東京のアホ馬鹿富裕層をコテンパンにのしてゆく真木蔵人の「クロウドな」ことばも面白いが、さいき -
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「さよならクリストファー・ロビン」
作家はひとつのテーマをべつの語り口、べつの登場人物によって語るのだろうなとおもった。
高橋さんのばあいは、物語の登場人物が「じつはぼくたちは誰かによって書かれたものだ」って気づいちゃって、それでその世界の辻褄があわなくなって消えていく…みたいなあれだから、それはやっぱり「ペンギン村に陽は落ちて」を彷彿とさせるというか、もっというと「まんまじゃん」とも思うんだけど……だって「ペンギン村」も「プーさん」も、舞台とはいってもそんなのあからさまに物語をいれる「容器」なわけだし、
入ってるものはどっちも水なのに、グラスの色が違うからって「前のは赤い内容だったけど、こ -
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著者名だけを見て、対談集だと思い込み内容を知らずに
手に取ったのですが、これが存外面白かった。
「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」は知っていたけど、日本でも
内田先生がこのような企画をされていたんですね。知らなかった。
文章のうまい下手ではなくて、とにかく書かれている内容そのものに
力があるなと感じますね。だから川柳以下の文字数で綴られたような
極短の文章であってもグッと迫るものがある。
選者である内田樹先生と高橋源一郎先生の、それぞれ選んだ作品に
印を押しているのですが、お二人の選ぶ傾向が全く違っていることが
わかるのもまた面白い。
巻末に内田先生と、本家の「ナショナル・ストーリー・ -
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高橋源一郎が、野球について書くことで日本人の心のありようを描こうとした作品。
野球が消えてしまった世界で、野球に関して書かれた文章を探す者、野球選手になるため野球について知ろうとする少年、元野球の監督、そして1985年に優勝したとされている阪神タイガースの元選手たち……。
以前、友人の一人が檀一雄について書かれたエッセイや評論を読んでいて、でも檀一雄の作品はひとつも読んだことがなくて、それで檀一雄についてやたらと詳しく語っていた。
友人曰く「俺は堀を見て城を想像するのが好きなんだ」。
この作品で高橋源一郎がやろうとしたのも同じようなことなんじゃないだろうか。
高橋源一郎「いや、むしろ -
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高橋源一郎の連作短編集。バラバラに書かれているように見えるが、実はつながっている。
タイトルになっている『さようならクリストファー・ロビンソン』は3.11の前に書かれたものでもあるのだが、他は3.11以降に書かれている。『恋する原発』と並行して書かれたであろうこれらの連作に3.11の影響を見るべきなのだろうか。「アトム」がモチーフとして取上げられているのは関係があると見るべきなのだろうか。一方そこに余計な関係性や時間性を見ることは避けるべきなのかもしれない。いずれにせよ高橋さんの小説について上手く説明する自信はないのだけれど。
いずれにしても、どれもこれも実在と喪失について書かれているように -
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「小説家は小説を書くことで考えるんですよ」
高橋源一郎がニコ生思想地図において東浩紀に言った言葉だ。
聞いた瞬間、ずっと前から持っていた宝箱が開いたような気がした。
そうか、てっきり僕は考えてから書くんだと思ってた。
細胞が分裂するように言葉を生み出し、突然変異を待つ。
とにかく一所懸命、分裂、分裂、なのだ。
高橋源一郎は真面目な人だと思う。
室井佑月にとってはどうだか知らないが。
最初に読んだ高橋源一郎作品は「ジョン・レノン対火星人」で詩のような印象を受けた。
あとがきに、本作を最初に読んだとき詩のようだと思ったと書かれたいたが、僕は「ジョン・レノン対火星人」を読んでいたせ -
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日本人の「嘘みたいな本当の話」を集めることで、日本とは何かを見出そうとした、日本版ナショナル・ストーリープロジェクト。
収録されているそれぞれのストーリーももちろん面白いのだけれども、それ以上に内田樹氏の解説と、最後の批評的対談が面白い。
ポール・オースターのナショナル・ストーリー・プロジェクトでは、その人独自の社会・文化的背景を持つ個人が、それぞれのストーリーの中から浮かび上がってきたのに対し、本書の中で紹介されている日本人たちのストーリーは、ほとんど同じ形式を持ち、他の人にも共感してもらえること=「あるある!」と共感を持って読んでもらえるようなストーリー。
このことは、本書に収録されてい -