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被爆地長崎。敗戦後3年目の夏、華僑の女柳慶子と画家麻田晋は出遭った。原爆病に脅かされる2人はいたわり合い、自らの生を確かめるように愛し合い、10数年の苦痛の果てに死んで行った。著者の故郷長崎の、酷く理不尽な痛みを深い怒りと哀惜をこめて強靱に描く。原爆を告発した不朽の名作。野間文芸賞受賞。
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Posted by ブクログ
「樹影」。辞書によると、樹木のかげを意味する。 この題にこそ私は、著者の意図が凝縮されているとみる。つまり目に入る樹木の姿そのものだけではなく、その影、すなわち本体からは離れてはいるが、本体と同様に実存する影の存在も含めてこそ、その者が映し出す真実の姿を知りうるということを。 著者のあとがきや解説...続きを読むを読むと、この小説の登場人物で相愛関係だった画家の麻田晋と、華僑で喫茶店店主の柳慶子の2人にはモデルがいたらしい。ストーリー自体は佐多稲子による創作。だがモデルの存在が作中人物の造形にリアリティをもたらしている。 それにより作者は、既成の文学作品のような投下直後の被爆体験とは異なる形で、直接被災していないが何も知らされず爆心地に近づき放射能にさらされた者にまとい付く被爆の恐怖と苛立ちを2人に与え、今までになかった原爆文学として世に出せたのだろう。 それにしても、麻田晋と柳慶子の2人に佐多稲子が与えた背景は複層的で、この物語に独特の重厚感をもたらしている。まず麻田晋から見ていこう。 ・画家。日本画壇で最も権威のある会の1つD展の会員だが、美しい風景を求めて東京ではなく長崎という一地方在住にこだわる。 ・思想的または政治的背景はないに等しいが、戦前に知人とのつながりだけで治安維持法違反で未決勾留された過去あり。 ・原爆投下時の直接的な被害は避けられたが、翌日親類の捜索のために爆心地に入った。 ・終戦から3年後に柳慶子から移転開業する喫茶店の内装デザインを依頼され、彼女と知り合う。 ・柳慶子と知り合った時点で、妻と娘と息子がいる。 ・柳慶子と同じ肺の病気にかかり、肺にたまる空気を抜くために週一回程度病院に通う。 ・病院と自宅との間に作業場があり、結果的にそこが柳慶子との逢引の場となる。 ・造船所や炭鉱で働く者に絵を教えるのを楽しみにするなど、労働者にシンパシーあり。 ・急速に内臓の機能が悪化して入院し、回復せず1960年(だと思う)死亡。 ・最後の出品作は「木立」と「樹骨」という題。色彩の美しさで知られた彼の最後の作品は、灰色と白だけで樹木のみが描かれていた。 次に柳慶子も見ていく。 ・父は中国福建省出身。母は在日中国人二世。柳慶子自身は長崎生まれだが華僑と呼ばれる在外中国人で、法律上の日本人ではない。兄が1人いたが終戦直前に事故死。 ・兄の死により兄弟のなかの長となる。そのためか独立心が強く、臆せずにものを言う傾向あり。 ・原爆投下時の直接的な被害は避けられたが、数日後に爆心地を横切っている。 ・33歳の麻田晋と知り合ったとき、柳慶子は27歳。 ・(断定はしづらいが)麻田晋と肉体関係に進むきっかけを与えたのは彼女。 ・常に原因不明の頭痛に悩まされる。麻田の体調悪化を原爆症と結び付け、彼女が自分の体調不良にも同様に結び付けていたのか否かの直接的な記述は見当たらない。 ・華僑として日本社会で生きるうえで自身の“孤独”を感じていたが、麻田の最後の作品からも別の種類の“孤独”を感じ取る。 ・(麻田や父の死の後特に)中華人民共和国の歴史的変遷につれて、中国人としての自分の在り方が変化していく。 ・麻田が埋葬されて7年後、彼女も自宅で急逝。 このように、2人はほとんど異なるバックボーンをもつ。それにもかかわらず、なぜ2人はひかれあったのか?キーワードは(被爆を表とすれば、裏は)「孤独」と「虚無感」だろうか? しかし今後の読者のため、明言はあえて避けたい。だが原子爆弾という重いテーマを主題にしながらも、他方では大人の男女の実直な恋愛の一つの姿を描いているとも言えて、そう読みたい読者はそれでもいいのではないか。つまり一義的ではない複数の主題を巧妙に織り交ぜているという点で、佐多稲子の代表作と言ってもいい。
長崎で暮らす妻子ある画家と、喫茶店を営む華僑の女性の十年にわたる恋を描いた作品。 深く愛し合った二人がそれぞれに抱える絶対的な孤独、健康への不安の根底に、1945年8月9日に長崎に投下された原爆の存在がある。 戦後、深い傷跡から次第に回復していくかに見える長崎の町を舞台に、潜みつづけたまま癒えな...続きを読むい傷をさらす原爆という暴力が描かれていた。 また、画家と華僑の女性の恋の描写、絵画という美術に関わる描写、サークル活動、日中関係、華僑組織という複雑な様相が巧みに描かれていて、内容の濃い一冊だった。
再読。 地元の春節祭を機に10年振りに本棚から出しました。 激動を生き抜く女の生き様は、実に見事で有り、物悲しい。
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