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4.0精神科医が自分を振り返り自らに「発達障害」という診断を下したとき、自分というもののあり方、他者との関係や理解はどのように見えてくるのか。 ASD(自閉症スペクトラム)、ADHD(注意欠陥多動障害)、DCD(発達性協調運動障害)などの診断名で呼ばれる「発達障害」は病気ではないし、必ずしも「障害」ではない。脳のスペックの傾向であり、そのスペックに適した環境に置かれていないがゆえの不適応と考えるほうがはるかに実態に近い。 私のスペックは、たとえば精神科医、牡羊座、A型、DCD、右利き、日本人、大学教授などさまざまに表される。しかし、その中の一つに焦点をあて人としての本質として前景化した形で周りから名指されてしまうと、その「分かられ方」は自分からは切り離され、独自の存在として扱われることになる。 物事を認識すること、人を理解することにおいて、人間の思考の営みは常になにかを捨て去り、排他的に対象を輪郭づけようとするのではないか。ゆで卵が生卵からゆで卵に変貌する臨界点はどこにあるのか。 人工的に作られた名前が必ずしも「定義」から出発しているとはかぎらず、定義もまた定義づけられた瞬間からその「過不足のなさ」は揺らぐことになる。 人を了解すること、人を説明すること、それらの間にはなにか質的な違いがあるのではないか。また自分が自分を分かるということはじつは大きな謎であり、他人のことが分かることの謎へと連続的に連なっている。 本書は、著者による発達障害の自分史を事例としてつつ、「私」あるいは「私」と他者との関係の「分かり方」を考察する。名指すことによって分かるのでなく、繰り返し語らい合い、ともに眼差すことによって「分かる」ことへと接近するだろう道筋を探って。
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-万葉の花、正月の花、花と祭り…… 日本人の生活と文化に花はどのように生きてきたか 日本人にとって花とはいったい何であろうか――。豊かな実りへの願望をこめて開花を待ち、四季折々に花を愛で、その移ろいに「あはれ」を感じ、いけ花という芸術を生んだ日本人。その心の原点を、万葉集、古今和歌集など古典の世界に渉猟し、各地の祭りや正月、雛祭り、端午の節供、重陽の節供など年中行事の民俗に探訪する、花をめぐる生活文化史。 本来、ハナは、実りの先触れ・前兆といった意味をもつのであり、サクラという語は、サは田の神・穀霊のことで、クラは神座の意であったから、田の神の依代と考えられての呼称とみられる。その花は、田の神の意志の発現であると信じられたに違いない。それは、田仕事にとりかかろうとする時期に、パッと咲くみごとな花に名づけられたのであろう。――<本書「花見の伝統」より> ※本書は、1985年4月、雄山閣出版より刊行された『花の民俗学〈新装版〉』を原本としました。
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-なぜ生まれ、いつ消えた? 東京、大阪、鹿児島、和歌山、鳥取、富山、神戸……全国の「花街」誕生の経緯を辿ることで明かされる、人間たちの欲望の正体、そして近代都市形成の秘密! 【本書の主なトピック】 [富山]明治維新で「殿様御殿」は遊蕩の巷に様変わり [東京]『にごりえ』の《白山》で確立された花街開発・営業のノウハウ [鳥取]尚武勤倹の城下町に生まれた「駅前遊郭」《衆楽園》 [大阪]内閣も巻き込んだ「松島遊郭移転疑獄事件」の顛末 [神戸]田圃を瞬く間に盛り場に変えた《西新開地》 [鹿児島]湯煙に消えた(?)謎の赤線を追え! (花街関連用語集付き) 【目次】 はじめに 第一章 花街の立地と形態 1 遊廓と花街 2 地図のなかの花街 3 花街の空間的類型 第二章 城下町都市の空隙、市街地化のフロンティア 1 和歌山城丸の内の再開発 2 鳥取藩主の庭園《衆楽園》 3 富山藩主の別邸《千歳御殿》 4 「にごりえ」のあとさき 5 鹿児島の墓地再開発 6 神戸市近郊の《西新開地》 7 再び「新開町」をめぐって 第三章 近代東京における地区指定の転回 1 江戸‐東京の「慣例地」 2 《白山》の指定と開発のはじまり 3 大正期の地区指定 4 昭和初年の「置土産」 5 ウォーターフロントの花街 第四章 近代大阪における新地開発 1 岸本水府の花街案内 2 江戸から明治へ 3 新遊廓《飛田》の誕生 4 《今里新地》の開発 5 新地の開発史 第五章 謎の赤線を追ってーー鹿児島近郊の近代史 1 消えた遊廓とひとつの謎 2 都市近郊の近代 3 近郊の名所とメディア・イベント おわりに 文献一覧 図表出典一覧 花街関連用語集
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3.0修験者たちによって天龍川水系に伝えられ、中世に始まるとされる民俗芸能「花祭」。湯を沸かし神々に献じ、すべてを祓い清める冬の神事に、人々は夜を徹して舞い続け、神と人と鬼とが一体となる。信仰・芸能・生活・自然に根ざした祈りを今に伝える奥三河地方の神事を昭和初頭、精緻に調査し、柳田や折口にも影響を与えた、日本民俗学の古典的名著。(講談社学術文庫)
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-◇土地の名前、不思議な説話。そのすべては、古代びとの生きた確かな証◇ 奈良時代の初期、『古事記』や『日本書紀』とほぼ同時期に編述された、官撰の地誌『風土記』。 地方に律令政治による統治を行きわたらせようとした朝廷が、令制国の国庁にそれぞれの地理、産物、文化、歴史についての調査を命じ、その記録を献上させたものである。 各国ごとに編纂された『風土記』だが、その多くは散逸してしまい、現在まで遺されているのは、ごく数ヵ国のものに限られる。 『播磨国風土記』はその一つであり、本書は兵庫県南西部の地名の由来、大国主の伝説や景行天皇求婚譚などの説話、古代人の生活・習俗などを生き生きと伝える最重要史料である。 本書は漢文で書かれた原文からの訓下し文に、詳細な訳註つき。 さらに懇切な解説も加えた、「風土記」の世界を味わいつくす全訳注! 【本書「まえがき」より】 〈国家神話〉として再構成されたものではなく、在地に生きる古代の人々の、生きた神話や伝説、また習俗・社会などのありさまが、断片的ながらも窺える……本書は日本古代の人々の、生きた姿を、少しでも明らかにしようと努めたものである。 【本書の内容】 まえがき 凡例 一 賀古郡(一) 二 賀古郡(二) 三 印南郡 補説「印南郡」の存否 四 餝磨郡(一) 五 餝磨郡(二) 六 餝磨郡(三) 七 餝磨郡(四) 八 揖保郡(一) 九 揖保郡(二) 十 揖保郡(三) 十一 揖保郡(四) 十二 揖保郡(五) 補説「言挙げ」について 十三 揖保郡(六) 補説『万葉集』と播磨 十四 揖保郡(七) 補説 天日槍 付、粒丘銅牙石 十五 讃容郡(一) 補説 鹿の話 十六 讃容郡(二) 補説「異剣」伝説について 十七 宍禾郡(一) 補説「大神」「伊和大神」について 十八 宍禾郡(二) 補説 葦原志許乎神について 十九 神前郡(一) 補説 大汝神少比古尼神 二十 神前郡(二) 補説 百済人 二十一 託賀郡(一) 補説 盟酒 二十二 託賀郡(二) 補説 女性神 二十三 賀毛郡(一) 補説 地名起源記事の種類と性格 二十四 賀毛郡(二) 補説 根日女の話 二十五 賀毛郡(三) 補説 延喜式と風土記 二十六 美なぎ郡 補説 於奚袁奚天皇と「詠辞」 解説 鉄野昌弘 播磨国風土記地図 *本書は訳し下ろしです。訳者の遺稿に補遺を施しました。
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4.0「世界に固定した実体は存在しない。あらゆるものは“空”である」。 ものへの執着と、輪廻の恐怖から人々を解放した「般若経」。 1世紀半ばといわれる成立以降、数々の翻訳や加筆により、分散や繰り返しも多く、理解が難しかった大経典に、<空思想>の泰斗が正面から対峙。素朴で力強い思想の魅力を描きつつ、仏教思想史における位置と意味を明らかにする! 本書の原本は二〇〇二年八月、中公文庫BIBLIOより刊行されました。 目次 まえがき 序章 説話と思想 玄沙出家 『ヴィシュヴァーンタラ・ジャータカ』 布施太子の入山 常悲菩薩本生 サダープラルディタ(常悲)とダルモードガタ(法来) 哲学の発生 第一章 大乗仏教への道 シャーキヤ・ムニと大乗の菩薩 出家と在家 ストゥーパ (舎利塔)とヴィハーラ(精舎) 教団の分裂 ジャータカ (本生話)とアヴァダーナ(譬喩) 第二章 般若経の背景」 ボサツと菩薩 僧院の仏教 すべてがあると主張する者――有部の哲学(1) 区別の哲学――有部の哲学(2) 三世実有・法体恒有――有部の哲学(3) 第三章 「般若経」の出現 『八千頌般若経』の成立 過去仏・現在仏・未来仏 アクショービヤ如来 哲人マイトレーヤ (弥勒) 「般若経」の発展 第四章 「般若経」の思想(1) 仏母の発見 菩薩大士 大乗――声聞・独覚の批判 本来清浄――実在論批判 第五章 「般若経」の思想(2) 不二 般若波羅蜜 廻向――ふりむけの思想 巧みな手だて 菩薩の階位 縁起と空 参考文献 内容紹介 たとえば私の目の前にある机という個物は机という本体をもっていない。なるほど私がその前にすわってその上で原稿を書けば、それは机である。しかし私がそれに腰かければそれは椅子以外の何であろうか。(中略)そのようにさまざまな認識とさまざまな効用が起こるのは、その机に机の本体がないからである。机は机として空であり、本体は思惟における概念にすぎない。愛情は凡夫にとっては迷いの絆きずなであるけれども、菩薩や仏陀にとっては有情を見捨てない慈悲である。どうしてそこにただ煩悩という本体だけを認めることができようか。―――第五章「般若経」の思想(2) より
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-攘夷の嵐が吹き荒れる幕末。先に欧米に約した開市開港の実施延期を要請するため、幕府はヨーロッパに使節団を派遣した。文久二年、総勢三十八名のサムライたちは、西洋事情調査の命をも受けて、仏・英・蘭・露など六ヵ国を歴訪。一年にも及ぶ苦難と感動に満ちたこの旅を、彼らの日記や覚書、現地の新聞・雑誌の記事等をもとに、立体的に復元する。(講談社学術文庫)
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-公卿的天皇から軍服姿の天皇へ 近代天皇像の形成過程を追う 幕末から明治へ、時代は激しく動き世の中は一変する。その中で、俄にクローズ・アップされる天皇の存在。天皇は、維新後、夥(おびただ)しい回数の行幸と巡幸を繰り広げた。雲の上の見えない存在から見える天皇・見せる天皇へ。薄化粧をした女性的天皇からヒゲを蓄えた軍服姿の天皇へ。維新の前と後の全く対照的な天皇像を通して、明治とはどのような時代であったかを解明する。 孝明天皇は、攘夷の成功を祈願するために賀茂社と石清水八幡宮に行幸した以外は、御所の外に出たことのない、一般の人びとの前には、姿をあらわしたことのない<見えない>天皇だった。いっぽう明治天皇は、巡幸や行幸などで、積極的に民衆と接したように<見える>天皇だった。父と子で、なぜこれほどまでに違ったのか。それは幕末と明治とでは、求められる天皇像が、大きく異なったからである。――<本書「はじめに」より>
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-国文学に通暁し、実作と研究双方のよき理解者たる文芸評論家が、渾身の情熱を注いで正面から俳聖に挑む。全句の訓詁注釈を通して実景、実感、伝記的事実、言葉の意味、詩性――芭蕉の世界に迫り、「軽み」論から「いのち」と「かたち」へ、日本人の魂に根ざす文学的本質へと読者を誘う。今日の俳句・短歌隆盛の礎となった不朽の一冊。(解説・尾形 仂)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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3.9モンテヴェルディからバッハまで 実り豊かな古楽の花園 名曲の数々、音楽の花園、実り豊かなバロックの世界。装飾的で即興性を重視、ドラマの原理が支配する宇宙。モンテヴェルディのオペラ、ヴィヴァルディのソナタ、クープランのクラヴサン曲、バッハのカンタータ。華やかな宮廷舞曲や多様な世俗器楽や厳かな宗教音楽。音楽ファンを虜(とりこ)にするバロック音楽とはどんなものか。その特徴と魅力をあまさず綴る古楽への本格的な案内書。 最近バロック音楽がひろく聞かれるようになりましたものの、まだ後期バロック音楽に偏している気味が強いようです。初期や中期バロックの作品、またフランスやイギリスの作品、さらに中世やルネサンス期の音楽も、もっともっと聞かれてよいはずです。ひろく、しかも実り豊かな古楽の花園に分け入り、未知の音楽の喜びを見いだされるために、この本が少しでもお役に立つことができれば、執筆者としてこれに過ぎる喜びはありません。――<本書「はじめに」より>
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3.7トーマス・クーンという名前を知らない人でも、また科学史や科学哲学などの分野に縁のない人でも、「パラダイム」という言葉なら聞いたことがあるに違いありません。 いまや日常語として「物の見方」「考え方の枠組み」の意味で使われているこの言葉は、もともと1962年刊『科学革命の構造』というクーンの著書の中で語られたもので、「一定の期間、研究者の共同体にモデルとなる問題や解法を提供する一般的に認められた科学的業績」を意味していました。 この概念は、それまでの「科学革命は17世紀に起きた1回きりの大事件」という科学史の常識を覆す衝撃的なもので、「<科学>を殺した」といわれたほど、大きな影響を及ぼしました。 パラダイム・シフトは歴史上何回も起こり、それは社会・文化の歴史と密接な関係があるとするクーンの見方は、フーコーが人文科学的知の布置の変化を考古学的方法によって解き明かしたと同じスタンスで、「知」の連続的進歩という通念を痛撃しています。 本書は二十世紀終盤の最大のキーワードとも言うべき「パラダイム」の考え方を面白く、わかりやすく説くものです。 ●主な内容 第1章 <科学>殺人事件 第2章 科学のアイデンティティ 第3章 偶像破壊者クーンの登場 第4章 『科学革命の構造』の構造 第5章 パラダイム論争 第6章 パラダイム論争の行方 【原本】 『現代思想の冒険者たち クーン パラダイム』1998年 講談社
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5.0絶景、奇怪、絢爛。"物神【フェティッシュ】の聖堂"のスペクタクル! 現在も世界各国が競って開催する万国博覧会。 それは、サン=シモンという男が思い描いた「産業という宗教」を奉ずる者たちが、物神たる機械と商品の数々によって荘厳した神殿として創められた。 万博というものを、単なる近代産業技術のひとこまとしてではなく、来たるべきユートピアとして構築され、資本主義文明の展開そのものを懐胎した運動であったことを活写する、この著者だからこそ書けた万博論の決定版! 【本書「まえがき」より】 もしこの万博理念の形成過程史が解明され得るなら、それは、むしろ実際の万博の歴史よりも、絶対に面白いはずだ。なぜなら、それは単なるモノの歴史ではなく、モノに関するイデアの歴史、さらに言うなら近代文明についての観念の歴史となるはずだからである。 【本書の内容】 まえがき 万博の神学、あるいは万博史の逆説 第1章 サン= シモンの鉄の夢 第2章 転向サン= シモン主義者ミシェル・シュヴァリエ 第3章 パリ万国博覧会にむけて 第4章 万博理念の確立 第5章 サン= シモン主義のユートピア、一八六七年パリ万 国博覧会 第6章 アミューズメントとしての万博会場 第7章 博覧会場の外で 第8章 新たなユートピア〈恒久的万国博覧会〉にむけて 文献目録 ※本書の原本は、『絶景、パリ万国博覧会』として1992年に河出書房新社より、その後2000年に小学館文庫より副題「サン・シモンの鉄の夢」として刊行されたものです。
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3.0景色にまぎれた不自然な段差、小さな抜け道。かすかな違和感に導かれ、古地図を広げて一九世紀のガイドブックや文学作品を繙けば、モーパッサン、ランボー、ゾラが暮らした時代の空気がみるみる立ち上る! 当時の風習や世相までをも、ユーモラスな視点で活写。中世から一九世紀を自在に飛び回る旅へ、中世・ルネッサンス研究の泰斗が貴方を誘う。 (一部抜粋) 本書は、パリ街角のさりげない光景のなかに、この都市の記憶を、あるいはこういってよければ、パリという馥郁(ふくいく)たる香りの酒瓶の底に沈んだ澱のようなものをたどろうとした試みである。「神々は細部に宿れり」をモットーにして、半ば意識的に、モニュメントとはいいがたい些細な「モノ」をめぐるささやかなる探偵旅行を展開してみた。――「プロローグ」より 目次 プロローグ 1章 三つの壁、三つの時代・ 1 中世に飛ぶ 2 古地図のなかのパリ 3 入市税関の時代 ●コラム『タブロー・ド・パリ』 2章 パサージュを渡り歩く 「昔の香りただようショワズール小路よ」/ヴァリエテ座の楽屋口 /パサージュ対ギャルリー/ジュフロワ小路からヴェルドー小路へ /「ソルボンヌ小路」を発見!/セピア色のパサージュ ●コラム『ナナ』 3章 昔のガイドブックから 1 『パリ= ディアマン』一八六七年版 ●コラム『居酒屋』 2 局留め便、ひとむかし前のメール ●コラム『肉体の悪魔』 3 写真館の時代 「小さな肖像」/ランボーを撮った写真家/「立体写真」ブーム 4章 まぼろしの公衆トイレを求めて 5章 記憶の場としてのマルヌ川 1 『居酒屋』の時空間 2 マルヌ川の岸辺で思うこと 3 思いがけず廃線歩き 6章 印象派の散歩道 学術文庫版付録「青春のカルチエ・ラタン」 あとがき 本書は2002年、講談社現代新書より刊行された『パリ歴史探偵術』を改題、一部、加筆修正したものです。
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-「あるはある あらぬはあらぬ」――遺された断片を読み解き、哲学史上最大の謎に迫る、大家による哲学ミステリー! 紀元前五世紀前半に活躍したパルメニデスの詩的断片をめぐって後世になされた数多の解釈は、どれも道を踏み誤っている。遺されたテクストを丹念に読み直し、「あるもの」をめぐるすべての論証を「帰謬論法」として捉えてみれば、「あらぬものはあらぬ」と、否定に否定を重ねる道の彼方で、「あるもの」の本性に肉迫することができるだろう――。最新の考古学的発見をも参照しつつ、政治家・立法者でもあった哲学者の全貌を復元せんとする独創的な試みは、やがて誰も予想しなかった意外な結末へと辿り着く。古代哲学最大の難問を解き明かす、著者畢生の書! [目次] プロロゴス 第一章 海上を放浪する国 第二章 序歌 第三章 真理の道 第四章 思惑の道 第五章 二つのヘーローオン エピロゴス パルメニデス断片テクストならびに翻訳 注 参考文献 事項索引 人名索引
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3.8人間は自分たちだけで文明への階梯を上がって来たのではない。一万五〇〇〇年前、東南アジアいずれかの川辺での犬との共生。ニッチを見出す途上にあったお互いの視線の重なりが、弱点を補完し合い、交流を促し、文明と心の誕生を準備した。オオカミは人間を振り返らないが、犬は振り返る。人間は幻想や感情で判断するが、犬は論理的に判断する。犬は人の言葉を理解し、人の心を読み、人の窮地を救う――人間と犬、運命共同体としての関係の特異性と起源を探る。
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4.11932年、国際連盟がアインシュタインに依頼した。「今の文明においてもっとも大事だと思われる事柄を、いちばん意見を交換したい相手と書簡を交わしてください。」選んだ相手はフロイト、テーマは「戦争」だった――。宇宙と心、二つの闇に理を見出した二人が、戦争と平和、そして人間の本性について真摯に語り合う。養老孟司氏・斎藤環氏による書きおろし解説も収録。
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-「非有機的生」とは何か? 言うまでもなく、人間も含めた生物は有機体であり、その本質は「有機性」にある。しかし、人間がすべて有機性によって説明されるのかといえば、決してそんなことはない。 例えば、自然の中には有機性をそなえた生物もいれば、有機性をもたない鉱物もある。しかし、人間が自然の中にあるものを加工し、改変を加えてみずからの有機的生のために利用するとき、それらの対象は総体として非有機的な「自然」として捉えられている。その結果、その「自然」の一部である人間もまた非有機的なものとして捉え返され、政治はそのような対象としての人間を操作し、駆動していくだろう。ここにあるのは「生政治」と呼ばれる問題にほかならない。 このように単純な二項対立としては捉えられない有機性と非有機性は、技術や政治のみならず、思想や文学、芸術など、どこにでも見出される。目次を見れば明らかなように、本書をなす各章で扱われる対象は実に多様である。そこには、西洋/東洋、精神/身体、概念/図像、制作/生成、樹木/リゾーム、自我/魂、戦争(war)/闘争(combat)、権力/力、超越性/内在性、二元論/一元論、物質/理念、実体化/非実体化といった幾多の二項対立が広がっているが、それらはすべて有機的生/非有機的生という二項対立と交錯し、重なり、ずれながら、一つの巨大な問題系を照らし出していく。 これまで身体、知覚、イメージといった問題を中心にして哲学や思想を、歴史や政治を、そして文学や芸術を多彩に、細やかに、そして大胆に論じてきた著者は、みずからの思索の全体を「非有機的生」という言葉を携えて俯瞰し、整理し、編み直してみせる。本書は、長年にわたる執筆活動を経てきた著者の集大成にほかならない。 [本書の内容] 見取り図──なぜ非有機性か 序 章 (非)有機性についての混乱を招きかねない註釈 第I部 総 論 第一章 東洋、生成、図像 第二章 芸術と器官なき身体 第三章 人間あるいはシンギュラリティ 第II部 各 論 第一章 倒錯者のエチカ 第二章 ブランショの革命 第三章 知覚、イメージ、砂漠――仮説的断章 第四章 顔と映画 第五章 映画の彼方、イメージ空間 第六章 時間の〈外〉とタナトス 第七章 反〈生政治学〉的考察 第八章 知覚されえないが、知覚されるしかないもの 終 章 問いの間隙と分岐
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5.0世界の見方が変わる文章術! 「ねっとりとした春」「唇は美しい蛭(ひる)の輪のように滑らか」「現実から立ち登る朦朧(もうろう)たる可能性の煙」……作家たちが発見し、創作した選りすぐりの比喩表現を、「感覚」「自然」「文化・社会」「顔」「体」「心」の項目別に整理。イメージ豊かな日本語を味読しつつ、ワンランク上の文章を書くための必携事典。――すぐれた比喩は、新しいものの見方の開拓である! 【目次】 比喩に関する二、三の覚書ーー序に代えて 第一章 感覚の表現ーー視覚/聴覚/嗅覚/味覚/触覚 第二章 自然の表現 第三章 文化・社会の表現 第四章 顔の表現 第五章 体の表現 第六章 心の表現 あとがき 学術文庫版へのあとがき 出典作家索引 主要イメージ索引 【本書の主な内容】 ■感覚 [光と影]夜そのものに蒔絵をしたような綾 [痛痒]自分の頭が三角になる ■自然 [風景]富士山はどてら姿の大親分 [草木]夢のしたたりのように咲き迸(ほとばし)る花 ■文化・社会 [言語]言葉は瞬間の虹 [社会]賑やかな街区は飴の中の砂糖のよう ■顔 [目]プルーンの種のような我が子の眼 [頬]片頬に刃のような冷笑 ■体 [尻]西瓜が破れたような創口(きずぐち) [肌]膚(はだえ)は春の曙の雪 ■心 [恋情]一筋の暗渠のような愛 [厭悪]未練が線香の煙のように糸を曳く [*本書の原本は『比喩表現の世界ーー日本語のイメージを読む』(筑摩選書、2013年)です。]
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4.1文明開化とともに訪れた日本の近代化。そこには、劇的な社会変化に戸惑いつつも、たくましく生きる人々がいた。そんな彼らの姿と変貌する日本を描きつづけた在留フランス人画家ジョルジュ・ビゴー。日本で過ごした17年間に彼が残した多くの作品から漫画・挿画・銅版画など、百点を厳選。愛着とアイロニーに満ちた諷刺画を通して見る日本人論。(講談社学術文庫)
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3.71831年、英海軍の測量船ビーグル号に同乗したダーウィンが南米大陸沿岸や南太平洋諸島で目にした世界の驚異。進化論へと結実する着想を得た調査記録『ビーグル号航海記』はこの旅で誕生した。その記念碑的著作から動物・人類・地理・自然の記述を抜粋、細密な銅版画を豊富に交えて再編集。『航海記』のエッセンスを凝縮し、世界で愛された1冊。(講談社学術文庫)
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4.3麦芽やホップの役割とは? エールにラガー、ピルスナー。ドイツにチェコ、ベルギー、日本……それぞれどこが違う? 「生ビール」は何が「生」か? 「キレ」「コク」の正体は? そして何より、おいしく飲むためには――。自ら醸造会社を率いていた著者が、「一回きりのビール人生を楽しんでもらいたい」と起源、歴史、製法、見分け方、飲み方を余すところなく指南。この一杯のために生きている人すべてに捧げます。
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4.3世阿弥元清が、亡父観阿弥の教えをもとにまとめた『風姿花伝』。「幽玄」「物学(物真似)」「花」など、能楽の神髄を語り、美を理論化した日本文化史における不朽の能楽書を、精緻な校訂を施した原文、詳細な語釈と平易な現代語訳、解釈を深めるための余説で読み解く。息子の観世元雅に幽玄能の奥義を伝えるべく書きつづった『花鏡』の翻刻を併録する。(講談社学術文庫)
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5.0古代から近代まで、人々の暮らしや心情を映し出す風俗画は、壁画、絵巻、屏風、浮世絵、漫画、落書など、様々な形で残されてきた。中国の影響から独立、展開し、近世に花開くその歴史は、高松塚古墳壁画から鳥獣戯画、洛中洛外図屏風、見返り美人図、北斎漫画までをも包み込む。古代の落書の精神は平安時代の絵巻に昇華し、仏教的な厭世観(憂世)は刹那主義的な現世肯定の精神(浮世)に受け継がれている。 日本美術史の第一人者が語り尽くす、類いまれな戯画全史。カラー図版多数掲載! 【目次】 第一章 風俗画の東西 第二章 唐美人の移入 第三章 やまと絵の風俗画 第四章 鎌倉、室町時代 第五章 戦国から桃山へ 第六章 桃山風俗画の満開 第七章 初期風俗画の爛熟 第八章 風俗画としての浮世絵 あとがき 学術文庫版あとがき 参考文献
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5.0福沢諭吉は朝鮮侵略論者か、独立の支援者か――。「絶えざる転向」により多くの解釈を生むことになった福沢のアジア論。本書では、福沢と朝鮮で開化派と呼ばれた人々との関係と、『時事新報』の社説・論説を軸に、日朝清関係史のなかでそれを読み解いていく。そこに見えてきたのは、福沢のアジア論に貫徹する思想であり、「リベラルな帝国主義者」という19世紀的な立場が挫折してゆく過程であった。(講談社選書メチエ)
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5.0※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 津軽弁もウチナーグチも……方言は標準語よりも「世界標準」だった!? 「落ち葉が散りよる」と「散っとる」の違い? 「おかあさん干してある」ってどういうこと? 日本語はこんなに面白い! 世界の中の日本語を考えるとき、その「日本語」とは、いったいどこの言葉なのでしょうか? 北は青森県から南は沖縄県、さらにブラジルの日系人社会まで、各地で使われている方言の豊かな表現をとりあげ、さらに世界の言語との比較をすることで、日本語の多様性を発見する旅へと誘います。 その道のりでは、均一で単一な「標準語」だけが日本語なのでは決してないことが発見され、さらには、各地の方言が世界の言語と共通する普遍的なあり方をしていることさえも明らかになるでしょう。 世界の言語学の現場で研究が進展している言語類型論の手法を用いて、世界各国の言語と方言・標準語を自在に横断する、刺激的な日本語論です。 【本書の内容】 1.「あっこに花子ちゃんがいてる」―存在をいかに言い表すか 2.「桜の花が散りよる/散っとる」―標準語は世界標準じゃない! 3.「落ちよった!」―目撃者の文法・エヴィデンシャリティー 4.「生ちゅとーてーさやー」―テンスが伝えるのは時間だけじゃない 5.「花子、美人でら」―美しいのは今日だけ?現象と本質の違い 6.「おかあさん、干してある」―「シテアル」にひそむ地域差 7.「花子、元気ない」は「花子は元気だ」?―ふらふらする形容詞と形容動詞 8.「全部食べれれんかった」―可能をいかに言い表すか 9.「ねえ花子、明日学校来る↓」―質問が尻上がりイントネーションとは限らない 10.「みんなでシュラスカリア、アジューダしよる」―言語接触と日本語 ※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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3.7【平安最大の権力者は何を“後世に残すべきだ”と考えたか】 大河ドラマ『光る君へ』時代考証者が徹底的に読み解く! 原本写真多数掲載。 豪放磊落な筆致、破格の文体、そして抹消された箇所……平安時代最大の権力者は、自らの手で何を書き残したのか。 「披露すべきに非ず。早く破却すべき者なり」と道長が記したのはなぜか。 「望月の欠けたる事も無しと思へば」はいかなる場で詠まれたものだったか。 摂関期の政治、外交、儀礼の生々しい現場から家庭生活と精神世界までを描く世界最古の自筆本日記を、第一人者が徹底的に読み解き、宮廷社会の実像をさぐる。 原文写真・翻刻・現代語訳・解説がそろった、決定版! 【本書より】 『御堂関白記』独特の面白さがある。また、『御堂関白記』を記した藤原道長自体、日本史上でめったにいないほど、面白い人物である。それらの楽しみを、原本の写真とともにたどることは、他の史料ではちょっと味わえない面白さがある。 この本では、その日の記事に何が記されているかに加えて、その日の記事がどのように記されたのか、また、どのように書写されたのかに視座を据えて、記述のてんまつ、また書写のてんまつを明らかにしたい。本来、歴史学というのは、史料を読み込んでいき、それを読み解くというのが基本的な姿勢である。世間では古代史というと、好き勝手な推論を積み重ねている ものと思われているかもしれないが(実際、『御堂関白記』や道長についてもトンデモ本が流布しているらしいのは嘆かわしいかぎりである)、史料にどう向き合うかという姿勢を伝えることこそ、歴史学者の本来の使命であると考える。 結果的には、自分が楽しんだだけではなかったかと恐れているが、自分が楽しいことはきっと楽しんでくれる人もいるはずであるという思い込みに支えられて、この本を世に出す。 【本書の内容】 序 章 『御堂関白記』とは何か 第一章 権力への道 ――政権獲得、彰子入内・立后など―― 第二章 栄華の初花 ――敦成親王誕生、一条天皇崩御など―― 第三章 望月と浄土 ――摂政就任、威子立后、出家など―― 番 外 『御堂関白記』自筆本の紙背に写された『後深心院関白記』 終 章 再び『御堂関白記』とは何か 年譜/略系図/主な登場人物紹介/関係地図を掲載 *本書の原本は、2013年に講談社選書メチエより刊行されました。
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4.02次元=平面世界(フラットランド)の住人に、3次元=空間世界(スペースランド)はどう映るのか? 4次元以上の世界は、どう想像できるのか?「次元」の本質をとらえた古典的名著、待望の新訳!アイドゥン・ブユクタシによる3次元の外へ誘う写真シリーズ《フラットランド》 特別収録
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-ジークムント・フロイト(1856-1939年)とアンリ・ベルクソン(1859-1941年)。ウィーンとパリで同じ時代を生きた二人は、同じ知のネットワークに属していたばかりか、同じ対象に関心を抱き、独自の思索を展開した末、対極から同じ領域に迫ろうとした。しかし、彼らには直接の交流はおろか、著作での言及も皆無に等しい。この謎めいた事実は何を意味するのか──本書は、この問いに挑み、二人の知の巨人を隔てる深淵に肉薄する。 著者は言う。「精神医学にせよ、哲学にせよ、およそ学問的な企てが総じて追求しているのは、人間の幸福だと言っていいだろう。つまり、幸福を否定してくる不幸事の調査研究も含めて、人生の幸不幸の研究こそが、いっさいの学問の根本の任務なのである」(第V章)。この「幸不幸」という問題に決着をつけるために、著者は「フロイトとベルクソン」という問いに到達した。だが、その問いは著者が生み出したものではなく、「この二人の「無意識の発見者」から発せられていると強く実感される」ものだった。 本書は人間と切り離せないこの問題に向き合うすべての人への贈り物である。 [本書の内容] プロローグ 小林秀雄の声を聴いたこと/直覚された二人の関係 第I章 生 同時代人/誕生の頃/修学時代/無意識・心の基体の発見/ユングという体験/ミンコフスキーの精神病理学/晩年/再び、直覚された二人の関係に焦点を合わせる 第II章 夢 記憶の円錐体について/ベルクソンの「夢」の講演/『夢解釈』の裏側の世界/冥界への歩み、果てしなく/快原理のもろさ/刺激保護膜の無機物的性質/快原理の/夢の「彼岸・前史」/涅槃原理のほうへ/無意識から、無意識へ/ベルクソンという覚醒 第III章 抑 圧 ベルクソンの思索と「抑圧」メカニズム/抑圧されたものとエスについて/生命のダブル・バインド/円錐体という意味過剰の渦動/「一ツの脳髄」から「感想」の破綻(終焉)へ/現実原理/快原理と円錐体、エロース/死の欲動とエス/シュレーバー語のダブル・バインド/円錐体の時間とエスの時間/無機物(フロイト)と物質(ベルクソン)と 第IV章 自 我 自我制作を企てるか否か/ベルクソンの精神病観/フロイトの自我(概念)制作の必然について/フロイトの企ての特質/中断された投射メカニズム研究/投射から企てへ/オイフェミスムス/アナクロニスムに発する投射のメカニズム/記憶の円錐体と投射メカニズム 第V章 進 化 ベルクソンと進化/死後の霊魂の不滅について/トルストイの『イワン・イリッチの死』を再読する/『イワン・イリッチの死』と正宗白鳥/弛緩の至福/フロイトと退化/反復 エピローグ――エスが企てる
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3.0“彼は「侍(さむらい)」である”という表現が今日でもしばしば使われる。では、侍とはいかなる精神構造・姿勢を指すのか――この問いから本書は書き起こされる。主従とは、死とは、名と恥とは……。『葉隠』『甲陽軍鑑』『武道初心集』『山鹿語類』など、武士道にかかわるテキストを広く渉猟し、読み解き、日本人の死生観を明らかにした、日本思想史研究の名作。(講談社学術文庫)
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5.0江戸時代の大坂と言えば「天下の台所」、つまりは町人の都というイメージが強いだろう。司馬遼太郎は、幕府直轄の武士はわずか二百人と述べている。しかし、江戸時代のはじめからおわりまで、一貫して大坂は「武士の町」だったのだ! 大坂に武士はほんとうは何人いたのか? 武士たちはどうやって大坂の生活を楽しんでいたのか? 大坂城はどんな構造だったのか? 奉行所では何が行われていたのか? 大塩平八郎はなぜ決起したのか? なぜ「大坂は町人の町」という言説が生まれたのか? 「武鑑」や、大坂町奉行所の絵図面、代官たちの日記、幕府にのこされた数々の文書など、数多くの史料を駆使して、大坂という町で、いかに武士が生き、歴史を動かしていたのかに光をあてる快心作。
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4.0武士とはいかなる存在であり、いかに成長して武家政権を築きあげたのか。著者ならではの、多彩な史料を駆使して描き出される500年の歴史! 鎌倉幕府の成立から江戸幕府の終焉までを考えても、武家政権が存続した期間は実に700年近くにも及ぶ。少なくとも「日本」という国号が使われるようになってからのこの国の歴史の半分は、武士が支配的であったことになる。彼らは一体なにもので、どのように成長し、そしていかなる政権を築きあげたのか。 8世紀に武をもって朝廷に仕える下級官人と規定された「武士」は、「兵(つわもの)」や「武者」として史料上に登場すると、戦乱を繰り返し、やがては朝廷にまでその力を及ばせ、公武にわたる政権を樹立するに至る。『今昔物語集』に見える平将門らの「兵」にはじまり、承平天慶の乱、前九年、後三年の合戦、保元・平治の乱、源平合戦、南北朝の動乱と、戦乱を重ねるごとに成長し、武家政権の到達点である足利義満の栄華にいたるまで、およそ500年の道のりを描き出す。 同時に、古文書や日記のみならず、説話集や軍記物、絵巻、遺跡の発掘成果などを駆使して、主従契約や一揆契約のありさま、親や主君の敵討ち、切腹、集団自決、殉死などの武士の作法、さらには武士の構えた宅や館など、様々な武士の存在形態を明らかにする。 芸能や文化を含む独自の幅広い視野で研究を重ねてきた著者による、決定版武士の歴史! 【本書の内容】 はじめに 第1章 武士の源流 一 兵たちの世界 二 京の武者と諸国の兵 三 兵・武者から武士へ 第2章 武士の成長 一 武士の家 二 武家と武士団 第3章 武家政権と武士 一 二つの武家 二 鎌倉幕府の成立と武士 第4章 北条政権下の武士 一 泰時の政治と鎌倉 二 鎌倉後期の武士の環境 三 絵巻に見る武士像 第5章 京の足利政権と武士 一 幕府の滅亡と室町幕府 二 南北朝の対立 三 室町幕府の体制 四 武士と武家政権の到達点 まとめと展望 コラム 伝説の武者像 コラム 為朝伝説の行方 コラム 能に描かれた武士
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3.7インドで誕生した仏教は、いかにして世界に広まったか。その鍵は、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教など他の一神教とは異なり、仏教は現地の言語に翻訳されることを積極的に認めたことにある。本書の著者、ジャン・ノエル・ロベール氏によれば、仏教が中国に伝播するのは、同じインド・ヨーロッパ語族のユーラシア西部に伝わるよりもずっと困難だったはずだという。 チベット、モンゴルから中国、朝鮮、さらに日本へ、また、東南アジアやヨーロッパでは全く別の姿を見せながらも「仏教」としてひとつのまとまりを見せる「世界宗教」の変遷と広がりを、フランス屈指の東洋学者が平易に解説する。 なお著者は、日本語、中国語はもちろん、チベット語、サンスクリット語、ラテン語、ギリシャ語など多くの言語に通じ、日本仏教の研究などにより、2021年、第3回日本研究国際賞を受賞している。 チベット文献学の第一人者で、著者と旧知の今枝由郎氏が翻訳し、充実した訳注と解説を付した。巻末には関連年表、索引も完備。著者による「日本語版のための序文」も掲載。 原著=Petite histoire du bouddhisme: Religion, cultures et identites,.Edition J’AI LU, Paris, 2008
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-何万、何億もの人々の批判に堪え、何百年もの世の変遷を超えて今に残る仏家の言葉を、悩み問題別に選定し、歴史的背景と思想的系譜を解説。インド仏教の理論性、中国仏教の実用性、日本仏教の情緒性の違いを味わいながら、仏教通史を学べる。 検索に便利な人名解説と名著リストも備えた、日々に役立つ画期の書! 目次 1 人 間 人/心/人生 2 世 間 自然/夫婦・家/国家・社会/歴史 3 学 問 真実/知恵 4 道 徳 感情/道徳 5 宗 教 修行・信仰/仏/各宗 付録 人名辞典 書目改題 仏家別名言 本書は『仏家名言辞典』(1971年12月 東京堂出版)を改題したものです。
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-諸宗教の多元的共存は可能か? 「仏教の神学」に挑む連続講義! ※以下全5巻の合本版です。 1『聖なるもの 俗なるもの』 宗教という営みは何を目標としているのか? キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、そして仏教。異なる世界を出発点としながらも、その上に伝達可能で整合的な知の体系を構築することは、神学的方法論によって可能になる。「聖なるもの」を問う、仏教学第一人者の野心的な講義がはじまる! 2『マンダラという世界』 聖書、インド思想、近代哲学、そして仏教。明快に語りおろす「世界」の本質。いま、社会の急激な変化に対して、仏教のうたう「普遍的な悟り」は有効なのか? 死すべき自分が「他者」の存在を理解できるのか? 各宗教の「世界」把握の方法論をたどり、現代日本に求められる世界観の体系を解明する。 3『仏とは何か』 あらゆる宗教の根源存在である「聖なるもの」は、仏教においてどのような姿でイメージされたのか。儀礼をキーワードに、仏・菩薩と人間との関わりかたの具体的なプロセスを通じて、いよいよ仏の本質へと迫る。 4『空の実践』 仏教の中核思想「空」とは何か。自己否定とそれを通してのよみがえりという「空」の実践のプロセスから、実践行為としての仏教の本質を考究する、碩学渾身の思考。 5『ヨーガと浄土』 仏教を構造的に分析し、宗教の普遍的本質にせまる画期的シリーズ最終巻。縁起・空・マンダラなど仏教の伝統的概念を更新し、混沌の21世紀にこそ必須の思想として再生をはかる。碩学畢生の「セオロジー」がついにここに完結する。
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4.0■世界の真理は、単純明快! てこの原理からE=mc2、量子力学まで全部わかる!■ 中学校理科から量子力学まで物理学全体を見渡し、歴史のエピソードや文学作品を引きながら「基本の基本」をわかりやすく伝授。さらに、人間の思考は自然の論理をどこまで捉えられるのか、という根源的問いにまで誘う。宇宙物理学の先端で研究に取り組み、科学とは何かを深く問い続けてきた名手が放つ、画期的入門テキストにして深遠なメッセージ。 「文系のための物理学入門」の決定版! □単純、簡明、統一、原理主義□ 物理学者は、多様で複雑に見える自然だが、真理は意外に単純明快であり、論理を忠実にたどっていけば必ず真理に到達できると信じている。アインシュタインが述べたように、「神は老獪だが、意地悪ではない」のである。そのための自然を解剖していく手法は、本書に書いたような原理・法則・原則に則っている。どのような建築物もレンガ一つひとつの積み重ねから成り立っているように、壮大な物理学の成果も、最も基本的な原理の上に構築されているのである。―本書より (本書は2011年にPHPサイエンス・ワールド新書より刊行された『物理学の原理と法則』を大幅に改稿・加筆し文庫化したものです)
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-「物理帝国」の栄光と黄昏 アインシュタインの相対性理論、量子力学、そして原爆を生んだオッペンハイマーのマンハッタン計画から、コンピュータ、ニュートリノへーー。物理学が科学のみならず知・経済・社会のあらゆるシーンにおいて「王者」として君臨した時代を、自身も一線の物理学者として活躍してきた著者がダイナミックに活写。 「黄昏」も囁かれる時代の転換期、「ものの見方」を探究する物理学の現状とあるべき未来をも示す、無二の証言にして提言の書! [目次] はじめに 第一章 物理学の世紀ーー百年のうねり 第二章 原子の言葉ーー創造 第三章 物理帝国ーー展開 第四章 物理のデザインーー成熟 おわりに 学術文庫版へのあとがき
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-18世紀フランスの政治家・法律家にして稀代の美食家であったサヴァランが著した『Physiologie du Gout(味覚の生理学)』は、「ガストロノミー」、食というものについての総合学の聖典として、世界中で現在まで読み継がれている。 とりわけ日本においては、『美味礼賛』という邦題と、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」という警句とともによく知られるが、では実際にどのような事が書かれているのか、なぜこの本が、サヴァランという人物が、かくも偉大なものとされているのかについては、詳しく知る者は多くはないだろう。 日本の料理文化を大きく展開させた辻静雄が、食はもとより歴史・地理・美術・文学についての広汎な知見を総動員し、サヴァランの思考を辿り、料理の精髄を縦横無尽に語り尽くす! 【本書より】 「私は豚肉を食べています。それで……」と言ったら、ブリヤ=サヴァランは人となりなど言ってくれるどころか、絶句して卒倒してしまうんじゃないでしょうか。 【本書の内容】 第一講 ブリヤ= サヴァランと『味覚の生理学』 I ブリヤ= サヴァランはどういう人だったか II 『味覚の生理学』初版その他 III 『味覚の生理学』の構成、その他 第二講 食べ物と新しい歴史学 I 『味覚の生理学』の背景も知っておきたい II ブリヤ= サヴァランの対極にいた人たち III パリの食糧、その他 第三講 「おいしさ」とその表現 I 「教授のアフォリスム」を読む II ブリヤ= サヴァランが好んだ料理 III 「おいしい」という言葉/味の表現 第四講 ワイン事情 I ブリヤ= サヴァランとワインのことなど II 一九世紀のワイン事情 第五講 ガストロノミーとガストロノームの系譜 I ガストロノミーとグルマンディーズ II ガストロノームの系譜 あとがき 参考文献 ※本書の原本は、1989年に岩波書店より『ブリア-サヴァラン「美味礼讃」を読む』として刊行されました。
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-20世紀初め、マックス・ヴェーバーが自ら後継者に指名したドイツの経済学者の代表的大著。資本主義に関する特殊研究を数多く発表してきたゾンバルトは、本書では「経済生活における精神とは何か」を問う。原著:Werner Sombart,Der Bourgeois,Zur Geistesgechichte des modernen Wirtschaftsmenschen,1913
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4.0「情報を鼓動とともに」「見知らぬ読者になりすます」「ばれるように嘘をつく」「望遠レンズで迫力を」「ギュッと締めて、フワッと放す」――。 わかって書いたら全然違う! よい文章を書くための基本作法から、効果を高める表現技術、そして読み手への配慮や書き手の心構えまで。日本語文体・表現の泰斗が、習熟度別3段階、59項目でまとめる、実用に役立つ、「名文」作成のための究極マニュアル。 【目次】 文庫版へのまえがき 一 〈書く〉 文章をはっきりと 1 [わかりやすい表現] 読まれなければ始まらない 2 [あいまいな表現] 誤解の芽を摘む 3 [文と文の接続] 関係は書き手がつくる …… 二 〈練る〉 表現をゆたかに 25 [情報待機] サスペンスをつくりだす 26 [漸層・漸降] 上りと下りは勢いが違う 27 [倒置表現] 計画的に取り乱す …… 三 〈磨く〉 文体をしなやかに 46 [書き出し] もう読まずにはいられない 47 [結び] ギュッと締めて、フワッと放す 48 [視点] カメラワークを意のままに …… あとがき
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