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4.2
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-時代劇でおなじみの名奉行や悪代官の意外な実像から、驚くほど便利な江戸の暮らしまで、研究者ならではの視点で江戸の風もあざやかに切り取った短編集。 桜吹雪で知られる「遠山の金さん」の父は、とある試験を転機に異例の大出世を遂げた名官吏だった!? 「おれがわるかつた」、「ゆるせゆるせ」とざっくばらんに詫びる「暴れん坊将軍」吉宗の肉声に、文字通り女房を「借金のカタ」に差し出してしまった旗本、年利一二〇〇%の超高金利金融「烏金」利用者の実態に、宛名に記された「殿」と「様」の格付けをめぐるひと悶着……。 読めばもっと江戸が好きになる。第一人者の篋底から取り出された珠玉の掌編の数々! (原本:『大江戸世相夜話』中公新書、2003年) 【本書の内容】 はしがき 遠山金四郎の入墨 遠山金四郎の入墨/遠山金四郎父子/江戸の受験参考書/名奉行の「条件」/官職名の由来/銭形平次と目明/親の歳を間違える金四郎 お代官様――悪の代名詞 将軍吉宗の肉声/遊芸を許す田沼意次/お代官様――悪の代名詞/秘薬「熊胆」の値段/「謙譲の美徳」の裏側 二十二時間・二十三日間・三年間/白いカラスは吉兆か/殿と様はどちらが偉いか 大御所の犯罪 大御所の犯罪/無 尽/談合体質の根深さ/拾った金は誰のものか/象をめぐる暗闘/国民の生命の重み/女房を借金のカタに置いても 女髪結い繁盛記 便利すぎて困る/女髪結い繁盛記/江戸の贈答事情/江戸の高利貸し/証文の怖さ または、江戸の女性はしたたか/地獄の沙汰も金次第 放蕩息子の矯正 読み書き算盤/放蕩息子の矯正/「うろたえる」老人たち/天明七年のポスター/上流女性をどう呼ぶか 初出一覧 あとがき 学術文庫版あとがき
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5.0カーバ神殿を擁する巡礼地・メッカ。七世紀初頭、アラビア半島の灼熱の岩肌に囲まれたこの地が、なぜ都市に発展し、世界の<聖地>となったのか。ムハンマドの生涯や、コーランはじめ文化、風習、儀礼など、ムスリム知識人が守った伝承“ハディース”から、多角的に考察。西欧的学問の思考からは見落とされてきた、イスラーム精神の本質に迫る。 目次)) 序 章 西欧的知の枠組/多様化する世界/「常識」をこえるイスラーム/イスラームとは/イスラームの成立/イスラーム的知の枠組/オリエンタリズムの克服 一 前 史 メッカの歴史地理/考古学の成果/ソロモンとシバの女王/紀元前のアラビアの歴史/紀元前後のアラビア/一神教革命 二 系図と部族 父系の系図/「部族」の概念/メッカは「部族社会」か/氏族の系図/クライシュの子孫ではない人々/マワーリー/ハリーフ/個人の社会 三 メッカのはじまり カーバ神殿/アブラハムとメッカ/ジュルフム族のメッカ追放/フザーア族とキナーナ族/クライシュ族のクサイイ 四 メッカの発展 牧民社会メッカ/集団意識の実態/イーラーフの制度/フムスの概念/ウカーズの定期市 五 メッカの社会 急成長するメッカ/ムハンマドの生涯/平等な人間関係/メッカの商人/アラビア文字の文書 六 メッカとイスラーム 自由都市/ムハンマドに対する例外的措置/預言者と信徒/メディナ/イデオロギーとしてのイスラーム おわりに 学術文庫版あとがき 内容抜粋) イスラームが勃興した七世紀から十四、五世紀までのイスラーム世界にわりあてられた(教科書の)ページ数は、同時期のヨーロッパ史のそれの半分以下なのだ。筆者の見解では、この時代のイスラーム世界とヨーロッパ世界をくらべれば、人口といい、政治力といい、経済力といい、文明の力ともいうべきものといい、前者が後者を圧倒していた。わりあてページ数は逆でなくてはいけない、と信じている。 ――――「序章」より *本書は1991年に中公新書より刊行されたものを一部、加筆修正したものです。
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3.8本書は、ビッグデータの専門家としてさまざまなメディアで活躍する著者の話題作です。 現代の戦争は、実際の兵器を用いた侵攻も含め、すべて「目に見えない戦争(インヴィジブル・ウォー)」である――これが本書で明らかにされる事実です。その実態が多くの具体的な事例や事件を題材にして語られます。 まずは、デジタル空間における国家の諜報・妨害活動。活動家、テロリスト、ハッカーなど、表面的には国家の委託を受けていない個人によるサイバー攻撃は、国際法上の「戦争」の資格を満たしていません。しかし、今や他国に対する攻撃の要は、相手国の国民の自国政府に対する信頼を切り崩すことにあります。その典型例が2016年のアメリカ大統領選におけるロシアの介入であり、2022年のウクライナ侵攻でも同じ手法が用いられているはずです。こうした情報空間の分断とデマゴギーがもたらす効果は何でしょうか。 続いて取り上げられるのは、自律型致死兵器システム。人の手を交えずに人命を奪う危険な新兵器です。ドローン兵器やキラーロボットなど、現在の戦場における主力兵器のそばに人間の姿はありません。しかし、その使用に規制をかける動きは鈍く、これらの兵器に対抗できる手段を開発するしかないのが実情です。その手段が攻撃してくる相手に対する「逆ハッキング(ハックバック)」ですが、その開発は国家ではなく民間企業によって行われています。 「目に見えない戦争」が一方の西側諸国、他方の中国とロシアという対立の中で進行していることに異論はないでしょう。両陣営は異なる戦略をとり、西側諸国は経済的競争力を高めることを、中国とロシアは経済的な価値のある資源を政治的・軍事的に管理することを目指しています。二つの体制の対立に直面する今、ヨーロッパは、そしてアジア諸国はどうすればよいのか? この喫緊の問いに答えるための材料を本書は惜しみなく与えてくれるでしょう。 【本書の内容】 [1]兵器としてのコード [2]情報戦 [3]人工知能軍拡競争 [4]ハックバック [5]主導権をめぐる戦い [6]「条件つき防衛態勢」
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4.0〈わが国初のノーベル賞に輝く湯川博士、生涯の記念碑的作品〉 〈1946年の初版*以来、学問に志す多くの若者達の心をとらえ続けてきた名著!〉 「中間子」を発見し素粒子物理学を大きく前進させた著者が、現代物理学の物質観を、そして同時に、今日の自然科学的なものの見方・考え方を、だれにもわかる平易な言葉で説く、不朽の科学入門。 「目に見えないものの世界」への旅立ちを伝える諸篇には、深く豊かな知性が光り、「真実」を求めてのあくなき思索が生み出した珠玉の言葉には、ひとつの確かな思想がある。 現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。現実は予想できぬ豹変をする。あらゆる平衡は早晩打破せられる。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。(本書「真実」より) *本書の原本は1946年に甲文社より刊行されました。 【本書の内容】 第一部 1.理論物理学の輪郭 1 自然哲学 2 近代物理学 3 現代物理学 2.古代の物質観と現代科学 1 古代インドの自然観 2 現代の物質観との対比 3 因果と時間の問題 3.エネルギーの源泉 1 物質の構造 2 放射線の本体 3 力とエネルギー 4 原子内のエネルギー 5 太陽のエネルギー 4.物質と精神 1 二つの通路 2 物理学的世界 3 物質から精神へ 4 科学の根源 第二部 1.半生の記 2.ガラス細工 3.少年の頃 4.二人の父 第三部 1.物理学に志して 2.科学と教養 3.真実 4.未来 5.日食 6.眼の夏休み 7.読書と著作 8.話す言葉・書く言葉 9.『現代の物理学』 10.『物質の構造』 11.『ピエル・キュリー伝』 12.目と手と心 13.目に見えないもの 14.思想の結晶
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3.0憂鬱(メランコリー)――この厄介なる気分を、人類はどのように捉え、対処し、表現してきたのか? 古代から現代に至る芸術・医学・哲学を渉猟し、時に死や恐怖と、時に創造的知性や天才と結びつけられ、また治療の対象ともなってきた「メランコリー」の系譜を明らかに。さまざまな災厄に見舞われる現代という時代――親しい人との別れ、死や病への恐怖、ストレスフルな仕事や人間関係、経済格差、パンデミック、気候変動……――を知的に捉え、生き抜くためのパースペクティブは、その「遺産」のなかからもたらされる。 泰斗による決定版文化史。 [本書の内容] 第1章 古代から中世へ 1 古代の苦悩 2 病理から気質へ――四体液説 3 天才の憂鬱――プラトンからアリストテレスへ 4 医学の中世 5 土星のメランコリー 第2章 ルネサンスと宗教改革 1 幾何学の憂鬱 2 宗教改革 3 遠近法の誕生 4 宗教的メランコリー 第3章 近代の始まり 1 モンテーニュ 2 デカルト 3 治療されるメランコリー 4 バロックの想像力 第4章 現代へ 1 精神医学と悪魔 2 精神分析の登場 3 喪とメランコリー 4 根源的な喪失
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5.0本書は、現象学を前人未踏の域に導いたフランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティ(1908-61年)の生涯と主要著作をていねいにたどる至高の概説書です。『モードの迷宮』(サントリー学芸賞)や『「聴く」ことの力』(桑原武夫学芸賞)など、多くの支持を得てきた著者が、みずからの出発点にある哲学者と真摯に向き合い、全力で格闘した稀有なドキュメントがここにはあります。 フランス西部のロシュフォールで生まれたメルロ=ポンティは、高等師範学校でサルトルやボーヴォワールと知り合うい、そしてフッサールの現象学と出会いました。初めての著作が『行動の構造』(1942年)と題されたように、メルロ=ポンティは「生活世界」に注目した後期フッサールを引き継ぐとともに、その中心に身体をもつ人間を据えることで独自の道を歩み始めます。その最大の成果が主著『知覚の現象学』(1945年)です。 戦後はリヨン大学で教鞭を執ったあと、1949年にはソルボンヌの教授、そして1952年には異例の若さでコレージュ・ド・フランスの教授となったメルロ=ポンティは、サルトルとの共同編集で『レ・タン・モデルヌ(現代)』誌を発刊し、『ヒューマニズムとテロル』(1947年)などでマルクス主義に関する考察を続けることで現実と向き合いました。さらにサルトルの実存主義、ソシュールの言語学を取り入れたメルロ=ポンティは、1960年代にはさらなる高みに到達し、『シーニュ』(1960年)を発表しましたが、翌年、惜しまれながら急逝します。残された遺稿は『見えるものと見えないもの』(1964年)や『世界の散文』(1969年)として公刊されました。 これら燦然と輝く著作の数々を激動する時代の中で繰り広げられた生涯に位置づけつつ精緻に考察していく本書は、まさに著者の「主著」と呼ぶべきものです。このたび学術文庫版として新たな装いをまとうことで、永遠の生命を得ることでしょう。 [本書の内容] まえがき プロローグ 現象学の地平へ 第一章 構 造――〈行動〉の研究 第二章 運 動――〈身体〉の現象学 第三章 スティル――〈変換〉の現象学 第四章 偏 差――〈隔たり〉の現象学 第五章 可逆性――〈肉〉の存在論 エピローグ 現象学の臨界点 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 あとがき 学術文庫版あとがき メルロ=ポンティ略年譜
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4.020世紀フランスにあらわれた綺羅星のごとき哲学者たちのなかにあって、ひときわ大きな輝きを放ちながら早世したモーリス・メルロ=ポンティ(1908-61年)。エドムント・フッサールの現象学と出会い、身体を中心に据えることで独自の地平を切り開いたその思想は、その後の現代思想の基盤となるとともに、哲学はもちろんのこと看護学や認知科学、芸術の領域にいたるまで今なお幅広く影響を与え続けている。 本書は、日本にメルロ=ポンティを紹介した第一人者たる著者が、『行動の構造』の公刊に先立つ思想にはじまり戦後の後期思想に至るまで、真正面からメルロ=ポンティの全容をとらえようと試みた書物である。 主要著作のひとつひとつが大部であることが、この知の巨人の全貌を捉えがたくしている大きな理由だが、『行動の構造』、『知覚の現象学』、『シーニュ』、『眼と精神』、『見えるものと見えないもの』など主要著作のほとんどの邦訳を手掛けてきた著者ならではの精緻な読解によって、途方もない構想とその可能性があざやかに浮かび上がる。 前人未到の境地に達したメルロ=ポンティの思考は、なぜ、いかにして可能だったのか。比類なき学識をもつ著者だからこそなしえた、思想的文脈、歴史的背景を踏まえた分析で、その思考の形成過程をも解き明かしていく。 知の巨人が知の巨人に肉迫した、無二の概説書。(原本:岩波書店、1984年) 【本書の内容】 まえがき 1 思想の形成 2 『行動の構造』をめぐって 3 『知覚の現象学』をめぐって 4 戦後のメルロ=ポンティ 5 メルロ=ポンティの言語論 6 メルロ=ポンティの社会理論 7 後期思想の検討 注 文献表 あとがき 解 説(加國尚志) 年 譜
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4.0漢意(からごころ)を否定し、われわれは現に日本人を支えてきた秩序によって生きるしかないという神道論を展開。文芸においては物のあわれを主張した宣長。その思想を追うことは、今日のわれわれ自身を知り、未来に生かすべきものと、同時に克服すべきものも見出すことだと著者はいう。日本思想史に決定的な影響を与えた宣長の本質を鮮やかに浮き彫りにした名著。(講談社学術文庫)
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3.5人間はなぜ物語を必要とするのか? 精神分析、政治、戦争、神話、歴史、そして昔話、小説、うた――。 物語は社会のいたるところにある。 平家物語などの「語り物」やアイヌのユカラとの対比、源氏物語の婚姻制度と母殺しの阿闍世コンプレックス……日本列島の物語を起源から、そして世界文学との比較から考える。 「もの」とはなにか。 「語り手」は誰なのか。 物語理論の金字塔となる、伝説の東大講義18講、待望の文庫化! 【目次】 I 物語理論の進入点 1講 ものがたり と ふること 2講 うたとは何か 3講 うたの詩学 4講 語り手を導きいれる II 物語理論の基底と拡大 5講 神話から歴史へ 6講 神話的思考 7講 語り物を聴く 8講 口承文学とは何か 9講 昔話の性格 10講 アイヌ語という言語の物語 III 物語理論の水面と移動 11講 物語人称 12講 作者の隠れ方 13講 談話からの物語の発生 14講 物語時称 15講 テクスト作りと現代語訳 IV 物語理論の思想像 16講 『源氏物語』と婚姻規制 17講 物語と精神分析 18講 構造主義のかなたへ
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-重厚なベートーヴェンやワーグナーに比べ、軽妙洒脱・癒やし音楽の旗手と捉えられがちなモーツァルト。しかしその美しい旋律の陰には、残酷な<仕掛け>がいくつも潜んでいた――。 ≪後宮からの逃走≫~≪魔笛≫に至る喜劇オペラの比較と恋愛描写の変遷を、熱狂的モーツァルティアンである著者が、細部に亘って吟味・考察。既存の論評を鮮やかに覆す、画期の書! 本書は、『恋愛哲学者モーツァルト』 (新潮選書 2008年3月刊行)を改題したものです 内容紹介 男と女の幸福な関係について、 モーツァルトほど考えた作曲家がいただろうか? 目次 はじめに 「時代の子」としてのモーツァルト 第一章 モーツァルトとオペラ史における愛の発見 第二章 愛の勝利 《後宮からの逃走》と青春の輝かしき錯覚 第三章 「昔はあんなに愛し合っていたのに」 《フィガロの結婚》と喜劇の臨界点 第四章 悪人は恋人たちの救世主 《ドン・ジョヴァンニ》と壊れた世界 第五章 臍をかんで大人になる? 《コシ・ファン・トゥッテ》と男女の化学結合 第六章 清く正しく美しく 《魔笛》と市民社会のイデオロギー 注釈 文献ならびにCD、DVDガイド あとがき 学術文庫版あとがき
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4.0革命後、ジャーナリズムが勃興したフランスで一気にブレイクした「生理学」シリーズ。現代の「スーパー・エッセイ」のたぐいですが、バルザックの観察眼にはなかなか唸らせられます。冒頭の定義があります。「役人とは生きるために俸給を必要とし、自分の職場を離れる自由を持たず、書類作り以外なんの能力もない人間」現在と同じではありませんか! 付録に、一九世紀の役人文学3篇を追加。(講談社学術文庫)
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4.0―「政府は貧しい人々の面倒を見るべきか?」 これは、世界47ヵ国を対象にして、アメリカのピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が2007年に行った調査に含まれる質問の一つです。この質問に「面倒を見るべき」と答えた人の割合が最も高かったのはスペインで、実に96%にのぼりました。では、その割合が最も低い59%だったのは、どの国でしょう?――それが、日本にほかなりません。つまり、約4割の日本人は、貧しい人や困っている人を自分で助けないばかりか、公の力で助けることにも同意していないのです。では、次の質問はどうでしょう? -「社会の多くの人は信頼できるか?」 これは、2019年に行われた第7回「世界価値観調査(World Values Survey)」にある質問です。この質問に「信頼できる」と答えた人の割合は、オランダでは58.5%、ドイツでは41.6%だったのに対して、日本では33.7%。しかも、「信頼できるか」どうかの対象を「他国の人」に変えると、オランダの15.4%に対して、日本は実に0.2%、という驚くべき結果になります。つまり、日本人は日本人同士でも信頼していないし、他国の人はほとんど信頼していない、ということです。 本書は、こうしたさまざまな調査の結果を紹介しながら、「おもてなしの国」と言われ、自分たちでもそう思っている日本人が、本当は「やさしくない」ことを明らかにします。この「やさしくない国」をもたらした歴史的・社会的な要因を探ったあと、このまま進んでいった先にはどのような国が待っているのか、その姿が浮かび上がってくるでしょう。すぐに「自己責任」や「自助」が叫ばれる現状を変えるには、どうすればよいのでしょうか。長年ヨーロッパで教育・調査に携わってきた気鋭の著者がクリアに描く日本の姿と、明るい日本を実現するための方策――本書には、確かにこの国の「今」と「未来」があります。 [本書の内容] 序 章 人にやさしくない、貧しい国ニッポン 第1章 他人を信頼しない日本人 第2章 そもそも、なぜ人は他人を助けるのか 第3章 日本人の社会参加 第4章 利己主義の社会的帰結 第5章 日本はベーシック・インカムを導入すべきか
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3.8平安時代の人々は病気に罹ると怨霊・物の怪の所為とそれにおびえ、加持祈祷を大々的に行った。また仏教の伝来、遣唐使の派遣は海外の伝染病をもたらした。そして疾病の蔓延は人々を苦しめ、政治を動かし、大きく変えもした。 寄生虫に冒され、結核やポリオも病んだ縄文・弥生の人々、贅沢病ともいえる糖尿病で苦しんだ藤原家一族、江戸時代猛威をふるったインフルエンザやコレラ。 その他、天然痘、麻疹、梅毒、眼病、脚気など、各病気と当時の人びとがいかに闘ってきたかを、歴史上の事件、有名な人物の逸話を交え、〈病〉という視点を軸に展開していきます。 日本武尊の死因・脚気の原因はいつ明らかにされたか? もし武田信玄がガンで急死しなかったら? 具体的な謎解きをまじえ、読者の興味を引き付けながら、それらの病が日本の歴史に及ぼした影響をさぐってゆきます。 医学史研究の第一人者が語る病気の文化史であり病気の社会史です。 原本 『病が語る日本史』講談社、2002年刊 ●主な内容 第一部 病の記録 骨や遺物が語る病/古代人の病/疫病と天皇/光明皇后と施療/糖尿病と藤原一族/怨霊と物の怪/マラリアの蔓延/寄生虫との長いつきあい 第二部 時代を映す病 ガンと天下統一/江戸時代に多い眼病/万病のもと風邪/不当に差別されたらい・ハンセン病/脚気論争/コレラの恐怖/天然痘と種痘/梅毒の経路は?/最初の職業病/長い歴史をもつ赤痢/かつては「命定め」の麻疹 第三部 変わる病気像 明治時代のガン患者/死病として恐れられた結核/ネズミ買い上げ--ペスト流行/事件簿エピソード/消えた病気/新しく現れた病気/平均寿命と死生観 関連文献 あとがき
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4.0
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3.3蛇と猪。なぜ山の神はふたつの異なる神格を持つのか? 日本古来の社の祭神の起源は、祖霊としての蛇神であった。6~7世紀、中国から将来された易・五行による新たな神々が、原始蛇信仰の神々と混淆し、山の神は複雑な相貌をもつようになる。神島の「ゲーターサイ」、熊野・八木山の「笑い祭り」、御田神社の「烏喰神事」などの祭りや習俗を渉猟し、山の神にこめられた意味を読み解く。(講談社学術文庫)
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-紀元1~2世紀頃、インドで興起した大乗仏教。それまでの教理を批判し、自利よりも利他行を強調する考え方は広く中国・日本にも及ぶ教えとなった。同時代にその教理は「法華経」「涅槃経」「華厳経」などの経典にまとめられたが、日本では「法華経」「勝鬘経」とともに「維摩経」の三経を仏教の根本として聖徳太子が注釈を加えている。本書の主題「維摩経」はやはり紀元1~2世紀頃の成立とされ、支謙(3世紀)、羅什(4~5世紀)、玄奘(7世紀)らが漢訳するなど、大乗経典のなかでも特に重要な経典であったが、もともとサンスクリット語で記された原典はこれまで存在が知られていなかった。それが2001年、大正大学の研究チームによってチベット・ポタラ宮の書庫でサンスクリット語写本が発見され一大ニュースとなった。その経典のなかで教えを説くのは、在家仏教者でありながら悟りを開いたとされるの「ヴィマラキールティ(維摩詰)」である。病を得た維摩のもとへ、世尊シャーキャムニの指示により訪ねてくる弟子・シャーリプトラ、マハーカーシュヤパや文殊菩薩たち。そこで繰り広げられる弟子や文殊たちと維摩との真理に関する問答。核心にあるのは「空」「煩悩即菩提」の思想であり、菩薩とはなにか、仏国土とはなにかという大問題が展開されるが、それぞれの場面は芝居仕立てによって読む者・聞く者を強く惹きつけていく。本書は、サンスクリット語原典写本からの和訳を引用しつつ、人びとに強烈なインパクトをもたらす大乗仏教の利他行思想を紹介する。
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-有史以来、格差は存在した。近代以降、上流階級が自らの力を見せつけるために、余暇や服装・家具・住宅・美食などの代行消費をするようになる。その虚栄心が消費の本質である。有閑階級は消費を牽引するので、社会的に保護される一方、下層階級の消費を減少させ、新しい思考や適応に必要な努力を削ぐ。消費社会に内在する格差の構造を見事に抉りだした社会経済学の古典です。読み易い訳文、充実の訳注、「附論」付き増補新訂版。(講談社学術文庫)
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4.0ユーラシアの遊牧民が、世界史のなかで果たしてきた役割の大きさについては、近年、広く知られている。黒海沿岸にまで黄金文化を展開したスキタイや、歴代の中華王朝を脅かした匈奴や鮮卑、突厥などの存在、さらに13世紀にモンゴルが築いたユーラシアの東西にまたがる大帝国は世界史の転換点になったといわれる。 しかし、こうして語られる壮大な歴史像に、本書の著者は心を躍らせる一方で、不満も感じてきたという。そのなかに「遊牧民の姿は見えなかった」というのだ。 ユーラシア大陸を人体に見立てれば、モンゴル高原がその心臓部にあたるという。そこに暮らす遊牧民たちの動静が生み出す人と物の流れが、血流のように各地に行きわたり、人種、民族、宗教の垣根を越えて新しい細胞を目覚めさせてきたのだ。本書は、30年以上モンゴル各地の遺跡を発掘してきた著者が、その成果を集成した「遊牧王朝全史」である。 近年の考古学は理系研究者との協業により、新たな知見を次々もたらしている。例えば、出土人骨の最新のゲノム解析では、多数の東ユーラシア人を少数の西ユーラシア系エリートが統治していた匈奴という遊牧王朝の実態がわかってきている。また、歯石からは摂取していた乳の種類もわかるという。さらに、権力の源泉となる鉄はどこから来たのか、モンゴル帝国が営んだカラコルム首都圏の実態は――。文献史料には表れてこない、遊牧と騎乗の起源の探究に始まる「馬と遊牧のユーラシア史」を知る必読の書。 目次 はじめに 第一章 始動する遊牧民族――青銅器・初期鉄器時代 1 遊牧民の登場 2 家畜馬の到来 3 エリート層の形成 4 遊牧王朝の萌芽 第二章 台頭する遊牧王権――匈奴、鮮卑、柔然 1 ゴビ砂漠の攻防 2 シン・匈奴像 3 単于の素顔 4 みずから鮮卑と号す 5 カガンの登場 第三章 開化する遊牧文明――突厥、ウイグル 1 トルコ民族の勃興 2 大国の鼻綱 3 突厥の再興 4 ウイグルの興亡 第四章 興隆する遊牧世界――契丹、阻卜、モンゴル 1 契丹と阻卜 2 モンゴル部族の登場 3 最初の首都 第五章 変容する遊牧社会――イェケ・モンゴル・ウルス 1 国際都市の繁栄 2 大造営の時代 3 亡国の影 おわりに 参考文献 索引
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-『なぜ世界は存在しないのか』でその名を轟かせたマルクス・ガブリエルをはじめ、「哲学」が注目を浴びることが多くなっています。出版界を眺めれば、古典や現代哲学の日本語訳、初心者向けの入門書、専門家の研究書などなど、幾多の書籍であふれかえり、何を手にすればいいのか、本当に「哲学する」ことを教えてくれるのはどの本なのか、すぐには分からないのが現状だと言わざるをえません。本書は、実力者として知られる著者が、入門書から一歩でも二歩でも先に進み、自分自身で「哲学する」ことを求める人に向けて、そのために役立つモデルを提供するものです。 哲学を始めるには、まず過去のさまざまな哲学者たちの議論を知ろうとすることでしょう。そのための入門書や解説書はたくさんありますが、そこで展開される思考が、今ここで生きている自分と、あるいは自分が生きているこの現実と、どのように切り結ぶものなのかは、誰も教えてくれません。本書でも、デカルト、スピノザ、ライプニッツといった17世紀に生きた哲学者たちを取り上げますが、目的は彼らの思想を手軽に知ることではなく、それを自分の問いにするとはどういうことのなのかを示すことにあります。 本書が表題に掲げる「夢」と「虹」は、いずれも、存在しているのか、存在していないのかを明確には言うことのできない、曖昧なものです。「夢」については、第I章で取り上げられる『千一夜物語』の「目覚めて眠る男」が恰好の題材になります。それは、バグダードを舞台にして、ハサンという男がカリフ(イスラームの最高指導者)のアル・ラシードに騙される物語です。酩酊から醒めたとき、ハサンはカリフとして丁重な扱いを受けます。これはアル・ラシードが悪戯で命令したからなのですが、はじめは困惑していたハサンも徐々にその気になり、自分は本当にカリフなのだと思うようになるのです――さて、ハサンが体験したのは「現実」なのでしょうか、それとも「夢」なのでしょうか。ここには、まさに「哲学する」ための最高の問いがあります。 本書は、このように「夢」と「虹」という題材から始め、さらには「身体」と「時間」という私たちとは切っても切れないものに進んで、最終的には「存在」を取り上げ、マルクス・ガブリエルの議論と対決します。各章の末尾には、みなさんが「哲学する」ための練習問題を設けることで、さらなる一歩にいざなってくれるでしょう。中には難しいところもあるかもしれません。でも、本書を手ががかりにして根気よく思考していったとき、そこには見たこともない光景が広がっていることでしょう。 [本書の内容] 第I章 夢――デカルトとライプニッツから始める 第II章 虹――現象と幻想の存在論的距離 第III章 私の身体――因果と表象の二重性 第IV章 時 間 第V章 現実の存在論
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3.0妖怪博士の妖怪退治!! 「コックリ」「天狗」「狐憑き」から、「妖怪屋敷」「西瓜(スイカ)の幽霊」「経を誦(よ)む古木」まで、全国の妖怪事象を蒐集しつつ、御一新の世になお蔓延る迷信を一網打尽にせんとした奇特な哲学者を突き動かしたものとは一体何だったのか? 「妖怪学講義録」「おばけの正体」など、妖怪学の創始者・井上円了の精華をオリジナルに厳選した、決定版アンソロジー。 [目次] 編者序文 妖怪談 妖怪学講義録 『妖怪学雑誌』論説 (真怪論/妖怪学と諸学との関係/忘憂術/論怪) おばけの正体 補遺 (妖怪学講義細目/妖怪学講義参考書目/井上円了調査地一覧) 注
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5.0唐6代目皇帝、玄宗(712-756年)。名君と呼ばれ、100万人国家を築いた56歳のとき、22歳の楊玉環(のちの楊貴妃)と出会う――。唐王朝の権力闘争、玄宗による華麗なる「開元の治」、安史の乱、国家転覆までの100余年を、『旧唐書(くとうじょ)』『新唐書』『開元天宝遺事』『唐会要』といった文献や、白居易、杜甫の詩歌など豊富な原資料や図版から、詳細なエピソードを採取、検証。平安時代より清少納言、紫式部をも魅了した"世界三大美女"の生涯を、唐の歴史とともに読み解く!*本書の原本は、一九九七年、中公新書より『楊貴妃 大唐帝国の栄華と暗転』の書名で刊行されました。目次 はじめに 第一章 玄宗とその時代 玄宗登場/花は舞う長安の春 第二章 玉環から楊太真へ 鉄牛につながれた橋/女の闘いの渦/女道士楊太真となる 第三章 楊貴妃の栄華 三千の寵愛一身にあり/楊氏六家の栄え/宮中の行楽 第四章 天下大乱 安禄山反す/李林甫と楊国忠/滝関の攻防 第五章 玄宗蜀幸 馬嵬事変/国破レテ山河アリ/安史の乱の背景 第六章 長恨歌の世界 玄宗の晩年/比翼連理の誓い 第七章 余聞・遺事 楊貴妃の最期/日本渡来伝説/宦官高力士/『梅妃伝』をめぐって/画題となった玄宗・楊貴妃 第八章 楊貴妃と文学 楊貴妃と中国文学/楊貴妃と日本文学玄宗・楊貴妃略年表
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3.0政治は腐敗し、外交は失敗、 弱者は迫害され、正義は堕落した。 救いなき国に「予言者」、現わる! 急激な国力膨張、不自然な繁栄の反動で社会が歪み、傾国の途についた紀元前九~八世紀のイスラエル。抗えぬ苦難の日々の中、命を賭して予言者が起ち上がる! 旧約の宗教思想上、特筆すべきエリヤ、アモス、ホセア、イザヤ、ミカ、エレミヤを取り上げ、その生涯や、神・罪観を比較検証。経済・思想的に多難な今こそ手にしたい一冊。 目次 まえがき エリヤの宗教改革 1 序言 2 予言者エリヤの時代的背景 3 対カナン文化の問題 4 アハブ時代の宗教および道徳問題 5 エリヤの宗教改革運動 6 結語 アモスの宗教 1 彼の人物 2 彼の時代 3 神観 4 祭儀の問題 5 罪観 6 審判 ホセアの宗教 1 彼の人物と時代 2 彼の家庭 3 神観 4 罪観 5 審判 6 結語 イザヤの贖罪経験――イザヤ書第六章の研究 1 彼の見た幻 2 神観 3 贖罪 4 召命 5 審判 ミカの宗教思想 1 序言 2 彼の人物と時代 3 彼の神とイスラエルの罪 4 審判と希望 5 結語 エレミヤの召命経験――エレミヤ書第一章の研究 1 序言 2 彼の生い立ち 3 万国の予言者 4 あめんどうの枝 5 煮え立っている鍋 6 結語 神とエレミヤ 「主の僕」の歌 〈付 録1〉旧約聖書の方法論について 〈付 録2〉政治の世界における預言者の論理と倫理 解 題 田島 卓(東北学院大学准教授) *本書の原本は1997年3月、『豫言者の研究』として、新教出版社より刊行されました。 文庫化にあたり、読みやすさに配慮して、豫言を予言と新字に代えるほか、旧字を随時、常用漢字に置き換えています。またルビの追加を行い、明らかな誤植は訂しています
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4.5批評界に大きな衝撃を与えるとともに、文学批評はもちろん、哲学・思想の領域にも深い影響を与えた巨人ポール・ド・マン(1919-83年)。ド・マンを領袖とする「イェール学派」は、第一世代に属するハロルド・ブルーム、ジェフリー・H・ハートマン、J・ヒリス・ミラー、第二世代に属するバーバラ・ジョンソン、ショシャナ・フェルマンの名とともに無数の輝かしい成果をあげてきた。その原点に位置するのが本書『読むことのアレゴリー』(1979年)であり、そこで全面的に展開されたド・マンの「脱構築批評」は文字どおり世界を震撼させた。 本書の一貫した主題は、言語の「比喩性」の観点から「読むこと」の本質を考察することにある。テクストに普遍的=不変的な意味を見出そうとする「字義性」に基づく発想をド・マンは虚妄として暴き出す。その帰結として高らかに宣言されるのが、言語はすべて比喩的である、というテーゼにほかならなかった。つまり、言語は絶えず自身とずれていく。それゆえ、語りは決定的な終結を迎えることに必ず失敗し、コミュニケーションはディスコミュニケーションとなる。例えば、アメリカのテレビドラマ『All in the Family』の一話で靴紐の結び方を聞かれた男が口にする「What’s the difference?」という言葉に見られるように、言語は常に「字義どおりの意味(literal meaning)」と「比喩的な意味(figurative meaning)」のあいだで宙吊りになり、意味の決定不可能性に直面するわけである。本書は、このことをルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにも見出される本質的な特性として示し、それらのテクストがみずからを脱構築し、さまざまな内部矛盾を遂行してしまうさまを鮮やかに浮かび上がらせる。 ド・マンの主著にして現代批評理論・現代思想の領域に聳え立つ一大金字塔──その定評ある明快な日本語訳を文庫版で手にできる快楽がここに生まれた。 [本書の内容] 序 文 第I部 修辞(学) 第1章 記号学と修辞学 第2章 文 彩(リルケ) 第3章 読むこと(プルースト) 第4章 生成と系譜(ニーチェ) 第5章 文彩のレトリック(ニーチェ) 第6章 説得のレトリック(ニーチェ) 第II部 ルソー 第7章 隠 喩(『第二論文』) 第8章 自 己(『ピュグマリオン』) 第9章 アレゴリー(『ジュリ』) 第10章 読むことのアレゴリー(『サヴォワの助任司祭の信仰告白』) 第11章 約 束(『社会契約論』) 第12章 言い訳(『告白』) 人名・作品名索引
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-◇◆◇「愛とは何か」を解るために、「暴力とは何か」を考える。◇◆◇ ◇◆◇さまざまな概念を対にして展開する、縦横無尽な思考の一大パノラマ!◇◆◇ 本質と時間/愛と暴力/ここと私/正義と詩人…… ある概念と別の概念を対にしてみると、思いもよらない連関が生まれ、ありふれた言葉から豊かな哲学の問題が立ち上がってくる! 現代哲学の重要論点のみならず、文学、芸術、宗教、科学、政治を自由闊達に横断。一人ですべての項目を書き切った事典にして、どこから読んでも愉しめる上質の哲学エッセイ。 【本書より】 哲学事典を引く人が、「存在」とか「記憶」とかの意味をまったく知らない、などということは考えにくい。求められているのは日常では一見自明な言葉に哲学者が見出す亀裂であり、それを通して見えてくる思いがけない意味連関ではなかろうか? 概念間の連関が重要なのだ。ゆえに、哲学事典は一貫した視点で、一人が全項目を書くべきなのだ。 これは、すべてを網羅するという事ではない。多くの知識を蓄える事が問題ではない。問題は、越境的な精神の自由を確保する事なのである。本書では、諸概念の連関を強調するため、事項を単独で説明するのではなく、一対の概念に対して説明をした。読者は、関連する事項説明をたどることによって、梁と梁が大きなドームをなすイスラム建築のように、あるいはたがいに連関して図形を構成する夜の星空のように広がる、概念の天蓋が見渡せよう。 【本書の内容】 愛と暴力 アキレスと亀 一者の実在性/真理と悲劇 イロニーとユーモア 運と偶然 可能性と反実在論 共同感覚と感覚質 言語と意味/ Sinn(意)とBedeutung(指示)/実在論と反実在論 検証主義とプラグマティズム ここと私/意識と想像的なもの/想像的な私と象徴的な私 自然とユートピア/美と判断力 自由と問題 正義と詩人 全体論と解釈/現象学と志向性/心的な用語(mental term)と命題的態度 疎外論と物象化論 存在と存在論/数と算術/性質と類似性/実体と普遍論争 知識と信念 超範疇と超越論的 美のイデアと芸術 文化相対主義と普遍的正義論 弁証法と(再)定義/観念論とヘーゲルの弁証法―意図と欲望 保守主義と左翼 法と革命 本質と時間/時間様相―過去現在未来/期待と希望 メタ言語と主体性 ヨブの苦しみと罪の名 歴史と伝統/ヘーゲルの歴史観/反時代的 索引 *本書の原本は、2006年に講談社現代新書より刊行されました。(増補あり)
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4.7ヨーロッパはなぜ世界の覇権をとったのか? その基層をなす社会構造の特殊性は中世に準備されていた。中国やローマ帝国が目指した世界帝国を否定し、国民というまとまりの上に立つ国家という独自の道を、中世一千年をかけて形成したのである。そのとき、神・自然・同胞、三つに対する考え方の変化が起こった。政治史・経済史・法制史などに分化した理論をぶちこわし、人間の移動や、文字に残っていない民衆の「話し言葉の世界」をひっくるめて、現在に続く世界史の転換と相関を、語りかけるように読み解く。わたしたちは歴史から何を学べるか? 【原本】 『ヨーロッパ中世の社会史』(岩波書店、1985年) 【目次】 第一講 中世社会史への誘い 第二講 民族大移動期の世界史的意義(4~8世紀) 第三講 西ヨーロッパ的生産様式の形成と普及(8~11世紀) 第四講 西ヨーロッパ中世都市の特色(11~13世紀) 第五講 中世西ヨーロッパ社会に共通した特質(13~16世紀) 第六講 国家権力の質的変化について
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-ヨーロッパは、没落していくことをみずから欲せざるをえない。 そして没落していく者としてのみ、到来する者となるだろう――。 アガンベン、エーコ、ネグリ、エスポジト……イタリアの思想家が世界を席巻するなか、その隆盛を牽引してきた最も重要な哲学者でありながら、日本ではいまだその全容を知られていない、マッシモ・カッチャーリ(1944年生)。クザーヌスやブルーノなどの異端的な思想を愛し、ニーチェに基づく「否定の思考」を信条とする著者が耳を傾けてきた「希望に抗する希望の声」とは、いかなる声なのか。一筋縄ではいかない知性に裏打ちされたヨーロッパ論にして共同体論。 本書は、ヨーロッパがいかにして自らを「ヨーロッパ」として同定するに至ったかを、古典古代のテクストに準拠しつつ、中世から近代、そしてさらにはシモーヌ・ヴェイユやカール・シュミットなど現代において提出されてきたさまざまなヨーロッパ像と突き合わせながら丹念に読み解いていく。 エピローグにおいて、カッチャーリは「ヨーロッパの唯一の未来」を示唆する。冷戦終結後、ヨーロッパの統合と拡大が一気に進むなか、EU誕生の翌年にあたる1994年に本書は刊行された。その後、国際情勢は大きく変動し、いまやヨーロッパはロシアの脅威にさらされる一方で、中国をはじめとする新たな国家の台頭をうけ、各国でこれまでになく右派勢力が拡大し、EUも大きく揺らいでいる。40年の時を経た今、本書の対となる書物『アルキペラゴス(多島海)』とあわせてカッチャーリが示したヨーロッパ像、そしてヨーロッパの未来は、分かりやすくはないからこそ、そこに開かれる可能性を示唆している。イタリアが、そしてヨーロッパが誇る知性が描きだすヨーロッパとは――。 【本書の内容】 第1章 ヨーロッパの地理哲学 第2章 戦争と海 第3章 英雄たち 第4章 歓迎されざる客 第5章 不在の祖国
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3.5フロイトが創始した精神分析を刷新し続けた不世出の存在、ジャック・ラカン(1901-81年)。1953年から最晩年の1980年まで続けられたセミネールでは何が起きていたのか? 主著『エクリ』をも読み解きつつ、セミネールの全展開を時系列順に通観していく本書は、ラカンを「哲学」として読むことによって前人未到の眺望を獲得していく。気鋭の哲学者が渾身の力をそそいで完成した、平易にして画期的な本格的概説書!※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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-我々の現代性の黎明期、日中戦争の前/日米戦争の後、江戸川乱歩と横溝正史――二人は探偵小説の夢を創造する。個人の日常生活を成立させるリアリズムの場に深い〈穴〉があき、あるいはリアリズムの〈場〉が〈死者〉の声に触れて崩れるとき、人間に関わる真実が独特の顔をして垣間見えることがある。だが、この真実を表象する手段は限られている。乱歩と正史はこの真実を寓喩――殺人とその不可能図形によって描き出す。
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4.0地球上に生まれた瞬間から40億年近く、あらゆる生物は太陽の光、月の満ち欠け、潮の流れに同期しながら、体の中にリズムを奏で続けてきました。我々の小さな細胞がなぜ、宇宙のサイクルに呼応してしまうのか。眠り、刺激、脳波、心臓――体内で繰り返し起こるリズム発生のメカニズムとは? 「繰り返し」に安らぎを感じてしまう人間の本能を、生命の神秘にまつわる21の視点から解き明かします。 本書は1994年10月に中公新書より刊行された『いのちとリズム』を改題、加筆したものです。 目次 1天体の動きとリズム 2サーカディアンリズムの進化 3サーカディアンリズムの分子生物学 4眠りのリズム 5刺激の伝達のリズム 6脳波のリズム 7心臓の拍動 8非線形振動 9線虫の運動のリズム 10受精波 11細胞分裂のリズム 12細胞という繰り返し構造 13細胞性粘菌の集合のリズム 14ベローソフ-ジャボチンスキー反応 15体節という繰り返し構造 16進化のリズム 17DNAの繰り返し構造・ 18遺伝子の繰り返し構造 19非平衡系と生命現象 20繰り返しと心の安らぎ 21文化とリズム おわりに 参考文献 講談社学術文庫版あとがき
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-知ることを求め、懐疑へと沈む人間。 本書はその真実を掴まえた。 ――古田徹也(東京大学准教授) 世界も、他人の心も、決して本当に知ることはできない。もし、心からそう考える人がいたら、不安に押しつぶされてしまうだろう。人間の実存に関わるこうした考えを初めて哲学的に追究したのはデカルトである。それ以来、この哲学的懐疑論は近代哲学のかたちを決定づけてきた。だとすれば、哲学自体はこの懐疑論を克服できないのだろうか? ウィトゲンシュタインやオースティンの日常言語哲学から、ソローやシェイクスピアなどの文学、また映画、音楽をも横断し、これ以上なく透徹した論理と文体が、哲学の限界を切り開く。言語哲学、認識論、道徳理論を揺さぶり、大陸哲学と分析哲学を調和させ、哲学に人々の日常の「声」を呼びもどすとき、そこに立ち現れるものは何か。 アメリカ哲学の巨人が遺した、哲学史に残る傑作! [本書の内容] ペーパーバック版への序 序文 第1部 ウィトゲンシュタインと人間的知識の概念 第1章 規準と判断 第2章 規準と懐疑論 第3章 オースティンと実例 第4章 物の何たるか(何と呼ばれるか) 第5章 自然と慣習 第2部 懐疑論と世界の存在 第6章 伝統的認識論の探究(プロローグ) 第7章 ウィトゲンシュタインの言語観についての補説 第8章 伝統的認識論の探究・結び 第3部 知識と道徳性の概念 第9章 知識と道徳性の基礎 第10章 道徳性の不在 第11章 規則と理由 第12章 道徳の自律性 第4部 懐疑論と他者の問題 第13章 承認と忌避のあいだ 訳注 訳者解題 『哲学探究』出典索引 人名〔著作名〕索引
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3.5竜巻と共に天に昇り、海底深く龍宮に潜る。天空から海底まで自在に駆ける霊獣は、古来、皇帝から人民まで、中国人が最も愛する瑞祥だった。この想像上の生きものは、いつ、どのように誕生し、人々の暮らしに浸透していったのか。中国・日本・インドの龍とギリシア神話のドラゴンとの比較。龍を食べる怪鳥、正倉院に収められた龍の骨と歯の正体。四方から財宝を寄せると言われた「銭龍」や、薬用「龍眼」、中国人が畏れる「辰年の怪」まで、長年に亘る中国取材や様々な文献史料から、龍の逸話を丹念に採取!! 本書は『龍の百科』(新潮選書 2000年刊)を加筆、改題したものです。 目次 一 龍は、どう考えられていたか 二 龍は、どう形づくられてきたか 三 龍は、どのように自然界に潜むか 四 龍は、どう変わってきたのか 五 龍は、どのように語られてきたか 六 龍は、どう暮らしにかかわるか おわりに 索引 学術文庫版あとがき
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-問「仏とは何ぞや」 答「三斤の麻」 一見ちんぷんかんぷんなこの問答。禅問答とはこのように不可解で、それを考え抜くことこそが修行だと思われてきた。しかし、問答が生まれた唐代の文脈に戻すと、思いがけないほど明晰で合理的なやりとりが立ち上がってくる。「ありのままで仏であり、仏性とともに躍動し、己れの外に何ら求める必要のない自己」を説いた臨済の生きたことばが、今あざやかによみがえる! 唐代の禅僧、臨済義玄(?―866 / 867年)のことばを集めた『臨済録』は、我が国の臨済宗では「録中の王(語録の王)」とも称されてきた。しかし「聖典」となる以前、『臨済録』が本来伝えようとしたものは何だったのか。有名な「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す」は、何を意味しているのか。 夏目漱石や西田幾多郎、鈴木大拙など明治以降の知識人にも愛好され、欧米社会に輸出されて今やZENとして広く愛好されている禅理解は、いかなる解釈も受けつけぬ問答を旨とする宋代禅を起点としている。活気ある唐代禅から深淵な宋代禅へのダイナミックな転換、さらに日本の近代禅に続く禅問答の思想史を踏まえたうえで原典に向き合ったとき、『臨済録』の世界が了解可能な経験として、その豊かな姿を現し始める――。唐代禅の重要な特徴は「激烈な聖性否定の精神が、平凡な日常性の肯定と表裏一体になっている」ところにあると著者は言う。 いきいきとした現代語訳で、臨済のやりとりが目の前で繰り広げられているかのように、あざやかに描き出される。清新な語録の世界!(原本:『『臨済録』――禅の語録のことばと思想』岩波書店、2008年) 【本書の内容】 プロローグ――古典としての禅語録 第1部 「柏樹子」の思想史――書物の旅路 第一章 唐代の禅 第二章 宋代の禅――圜悟と大慧 第三章 『無門関』から日本近代の禅理解へ 第2部 『臨済録』導読――作品世界を読む 第一章 臨済の説法 第二章 事(じ)已(や)むを得ず――臨済院の説法 第三章 傍家波波地(ぼうけははじ)――自らを信じきれぬ者たち 第四章 未だ見処(けんじょ)有らざりし時――若き日の臨済 第五章 仏法無多子(むたす)――黄檗との因縁 第六章 ふたたび「祖師西来意」――祖仏と別ならず 第七章 無事(ぶじ)是れ貴人(きにん)――修行の否定と平常無事 第八章 無位の真人(しんにん) 第九章 空中の鈴の響き――臨済と普化 エピローグ――鈴木大拙と二〇世紀の禅
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4.0幼いころに父を亡くした著者は、あるとき、幾晩か続けて大きな蜘蛛が風呂場の天井にいることに気づいた。母にそれをいうと「お父さんかもしれないから、いたずらしてはいけない」と言われてびっくりした、という。かつては、死んだ血縁の者が、場合によっては他の動物になっている、ということを多くの人が信じていたのである。 こうした「業報輪廻」の考えは、仏教思想の中心というよりも、ジャイナ教やヒンドゥー教など東洋の宗教全体の大きな前提になっているという。そして、キリスト教などの一神教がダーウィニズムの挑戦を受けて思想的な見直しを迫られているように、輪廻思想と仏教も、進化論やバイオテクノロジーなどとの対決を迫られている。アレキサンダーの東征や、匈奴の強大化などがもたらした紀元前後の数百年間の仏教の危機の時代を、「阿弥陀仏」という新たな信仰によって乗り切ったように、新たな神話を創生していく必要があるというのだ。 さらに、スーパーマンとしての観世音菩薩、イエスとブッダの説話の類似性、親鸞の仏陀観の変化など、仏教社会の倫理と道徳を支えてきた「輪廻の思想」をめぐる講演と随筆を集成。〔原本:1989年、人文書院刊〕 目次 1 輪廻の思想――インド・中国・日本 2 仏塔信仰と大乗仏教 菩薩の平和思想 ブッダとイエス 3 本願力ということ 親鸞の仏陀観 親鸞における信心の深化 4 マングース物語 人と猿と神 仏教における非神話化 不老長寿 脳死・堕胎・中有 王舎城の温泉 チベットの牧象図 言語同断 蚕と蜘蛛――追悼 抱石庵 久松真一先生 お盆の思い出 海外の三人の師 無相さんと私 武生の雪 木村無相『念佛詩抄』 山頭火と私
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3.6本書は、ジャーナリストとしてのカール・マルクス(1818-83年)が執筆した代表作、待望の新訳です。書名にあるルイ・ボナパルト(1808-73年)は、よく知られているとおり、ナポレオン1世の甥にあたります。1836年に武装蜂起を起こしたものの失敗して国外追放処分を受けたルイは、4年後にもクーデタを試みて失敗、終身禁固の刑を宣告されました。6年後の1846年に脱獄してイギリスに亡命しましたが、そこに勃発したのがヨーロッパ全土を巻き込む1848年の革命でした。 急遽フランスに帰国したルイは、同年9月には憲法制定議会の議員に選出され、貧困層のあいだに根強く残るナポレオン崇拝を利用して、12月には大統領選挙で勝利します。そうして、3年後の1851年12月2日にはクーデタを起こし、反対派の議員を逮捕して議会を解散、国民投票で圧倒的な支持を得ると、ついに翌1852年12月には皇帝に即位し、ナポレオン3世(在位1852-70年)として第二帝政を開始することになるのです。 本書は、この過程をジャーナリストとしてつぶさに見ていたマルクスが、1848年の革命から1851年のクーデタに至る歴史を追いながら、何が起きたのか、なぜナポレオンは次々にみずからの野望を実現することができたのかを分析したもので、ルイが皇帝になった1852年に雑誌で発表されました。ここに見られるのは、巧みに民意を利用して選挙に大勝し、政治と憲法をほしいままにしていくプロセスにほかなりません。同じ光景は、それから150年以上を経た今日、さまざまな国で再現されているものだと言えるでしょう。 ――こうした背景を踏まえつつ、数多くの巧みな翻訳を送り出してきた訳者が「慣れない畑」にもかかわらず育て上げた豊かな果実が、この新しい翻訳です。底本は、1869年にハンブルクで単行本として出版された改訂第2版を用いました。 本書の日本語訳としては岩波文庫(1954年)と平凡社ライブラリー(2008年)のものが広く親しまれてきましたが、第2版の翻訳である前者はいかんせん古いと言わざるをえず、後者は新しいものの第1版の翻訳で、必ずしも一般的とは言えません。そのような状況が長らく続いてきた中、練達の訳者による第2版の新訳、たくさんの人たちのニーズに応える、まさに待望の1冊になることでしょう。 [本書の内容] 政治党派一覧 関連年表 はじめに ルイ・ボナパルトのブリュメール18日 訳者あとがき
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3.020世紀を代表する、最も有名な前衛建築家、ル・コルビュジエ(1887-1965)。 「全ての建築家にとっての強迫観念(オブセッション)」「近代建築の言語そのもの」……。 スイスの若き時計工芸家は、なぜこれほどまでの世界的名声を勝ち得たのか。 師との出会いと決別、数多のコンペティション落選や学界との論争、生涯転身し続けた作風の背景――。 建築界の巨匠を“人文主義者”という視点で捉え直し、豊富な図版と共に、その全体像をクリアに描き出す! 「あなたが何か新しいことを考えたと思っても、 コルブ(=ル・コルビュジエ)はそれをもうやってしまっている」 ―イギリスの建築家アリソン・スミッソン(「序章」より) 目 次 序 章 ル・コルビュジエとは誰か? 第一章 見出されたもの 第二章 「開かれた目」と「ものを見ない目」 第三章 「建築を擁護する」 第四章 「彎曲の法則」 第五章 「直角の詩」 第六章 「開かれた手」 年譜 あとがき 学術文庫版あとがき 本書の原本は、1983年9月、岩波書店より20世紀思想家文庫として刊行されたました。
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-千年の「暗黒時代」の後、ルネサンスが花開く。エジプト、ギリシア、古代ヨーロッパの数多の神々が召喚され、<古代神学>が大興隆。ヘルメス、ゾロアスター、ピュタゴラスらの教説の神秘主義的刻印とは? 哲学・思想・宗教的諸説混淆(シンクレティズム)の精神風景を、オカルトも交え描く。15世紀フィレンツェで咲き乱れた神秘思想へのコンパクトで本格的な入門書。(講談社学術文庫)
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-遍歴の精神と鋭い自意識 多彩で豊穣な作品群 大航海時代、文学の世界でも、中世という枠を乗り越え、多くの人々が未知への探究心を抱き新しい旅へと出た。果敢な挑戦心、リアルな人間認識、横溢する創造力。個性が溢れ、新時代の息吹が躍動する多彩な作品群。『ドン・キホーテ』『阿呆船』『ガルガンチュア物語』や『ユートピア』『君主論』『エセー』等の作品を通して、ルネサンスという時代の特徴とその精神を解析する。 ルネサンスの文学は枠の緩んだ、あるいははずれたところから始まる。中世の文学が神への絶対の信仰と地上の君主への忠誠という厳しい枠のなかに置かれていたのにたいして、人間の欲望の解放とともに動き出す。チェリーニの『自伝』のなかの言葉「私は自由にうまれついていたのだから自由に生きるつもりである」こそが、ルネサンスの文学を流れる精神となる。――<本書「まえがき」より>
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4.0◆人生に一度は《モナリザ》をルーヴルで見たい?!◆ なぜ、数ある美術館のなかで、ルーブルだけが特別なのか。 世界中の人が憧れ《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》《ミロのヴィーナス》をひと目見たいと願っている。 だが、かつては時代遅れのみっともない美術館として「ルーヴルは国の恥」「若者よ、ルーヴルに行くな」と言われたこともあった。 1793年、フランス大革命によって成立した第一共和制政府が王室コレクションを「略奪」して公開する場所として誕生したこの美術館は、その後、さまざまなコレクションを吸収して肥大化した挙げ句、近代化に乗り遅れた「カオスの迷宮」となり果てていたのである。 それが、いかにして世界中から憧れられる場所となったのか? 繰り返される国内紛争と政権交代に翻弄された苦難の時代を経て、現代アート、モードや漫画をも「古典」と成して飲み込み 文化国家フランスを荘厳する「偉大なるルーヴル」が生み出されるまでの百年を、戦略と欲望、政治と資本が渦巻く歴史として描き出す。 なぜ《ニケ像》だけが大階段の前に据えられているのか? 印象派が十年間だけ所蔵された顛末とは? 豊富な図版と多彩なエピソード満載、驚くべき発見と鋭い洞察に満ちた興奮の美術史! 【本書の内容】 序章 ルーヴル美術館の現在 第一章 ルーヴル美術館の歴史―─誕生から巨大化への長い道のり 第二章 コレクションと展示室の発展―─第三共和政前期(一八七〇―一九一四) 第三章 一九二〇年代、「迷宮」からの再出発 第四章 ルーヴル美術館の「ナショナリゼーション」―─近代化に隠された意味 第五章 ルーヴルの「顔」―─ブランド・イメージの創出と《サモトラケ島のニケ》の秘密 第六章 ルーヴル・マジック、もしくは古典の誘惑 第七章 幕間劇 空白の二十年(一九三九―五九年)と一九三〇年代の「忘却」 第八章 「世界一の美術館」の誕生―─《モナリザ》とともに 第九章 「ルーヴルへの回帰」―─グラン・ルーヴル計画 第十章 グローバル・ブランド「ルーヴル帝国」への「進化」 第十一章 「ルーヴル美術館展」の歴史―─学芸員による展覧会活動 【本書より】 ルーヴル美術館は、過去の作品を祀るだけの神殿であることを止め、芸術作品を「解体」し、「変容」させていった。展示空間の大改革を進めることによって、過去の作品を「眠り」から目覚めさせ、新しい「後世」の形象を与えていったのである。翼を広げた《ニケ像》は後世、すなわち未来に向かって飛び立ったのであり、それは、そのまま、みずから変容しようとしていたルーヴルの姿に重なっていたと言ってよいだろう。
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4.1日本人論の「古典」として読み継がれる『菊と刀』の著者で、アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトが、1940年に発表し、今もロングセラーとなっている RACE AND RACISMの新訳。 ヨーロッパではナチスが台頭し、ファシズムが世界に吹き荒れる中で、「人種とは何か」「レイシズム(人種主義)には根拠はあるのか」と鋭く問いかけ、その迷妄を明らかにしていく。「レイシズム」という語は、本書によって広く知られ、現代まで使われるようになった。 「白人」「黒人」「黄色人種」といった「人種」にとどまらず、国家や言語、宗教など、出生地や遺伝、さらに文化による「人間のまとまり」にも優劣があるかのように宣伝するレイシストたちの言説を、一つ一つ論破してみせる本書は、70年以上を経た現在の私たちへの警鐘にもなっている。 訳者は、今年30歳の精神科医で、自らの診療体験などから本書の価値を再発見し、現代の読者に広く読まれるよう、平易な言葉で新たに訳し下ろした。グローバル化が急速に進み、社会の断絶と不寛容がますます深刻になりつつある現在、あらためて読みなおすべきベネディクトの代表作。
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5.0「天才」と呼んだ瞬間に見えなくなる、本当のすごさがわかる! 絵画・彫刻・建築・土木・軍事……多岐にわたるその仕事は、しかしほとんどが未完に終わった。 彼が生きた同時代において、その名声はかならずしも高いものではなかった。 後世にも驚異をもたらすその着想は、実は彼一人の独創ではなく、先達の知見を踏まえてのものだった。 では「天才」というのはまったくの虚像だったのか? いや、そうではない。 現代の美術史研究による精緻な分析によって、まったくあらたな、一人の類い希なる表現者の姿が立ち上がる! 「フレスコ画を描かない画家」だったということにはじまり、ルネサンス期のイタリア各地を転々とする、苦闘と挫折に満ちた創作の人生を追いながら、神格化されたレオナルド像の向こうにある、真価を見いだそうとする試み。 夢想家〈ファンタジスタ〉レオナルド・ダ・ヴィンチの実像をたずねる、スリリングで発見に満ちた探究の美術史! *本書の原本は、2003年に角川書店より『レオナルド・ダ・ヴィンチという神話』として刊行されました。 【本書の内容】 序 章 神格化されたレオナルド 第一章 フレスコ画を描かない画家 一 システィーナ礼拝堂の壁画に参加しなかったレオナルド 二 ヴェロッキオ工房で修業したこと、しなかったこと 三 超えられない先輩ボッティチェッリ 四 ≪東方三博士の礼拝≫―先達への挑戦 第二章 新天地ミラノでの活動 一 ミラノ着任の経緯 二 素描リストの意味 三 技師・発明家・建築家としての真価 第三章 宮廷芸術家の立場と活動 一 舞台美術家としてのレオナルド 二 音楽家・楽器製作者としてのレオナルド 三 スフォルツァ騎馬像制作 第四章 最後の晩餐 一 ついに勝ち得た最大の好機 二 ドラマの表現を完成させたレオナルド 三 成功と悲運 第五章 夢ファンタジスタ想家レオナルド 一 フィレンツェ帰還 二 ≪ジョコンダ(モナ・リザ)≫と晩年のレオナルド 三 絵画による世界の完全な視覚化を目指して 参考文献・図版出典一覧 図版目録 あとがき
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4.0ヘロドトスとトゥキュディデスは、ともに紀元前5世紀のギリシア、最盛期のアテナイに生きた歴史家である。しかし二人はいずれも、自らを「歴史家」とみなしてはいなかった。この時代、まだ歴史というジャンルは存在しなかったからである。ギリシアの文学的伝統のなかから「歴史叙述」という新たなジャンルを創設し、さらに「歴史学」への一歩を踏みだした二人の実像を描き、今後の課題を考える歴史学への入門書。 ペルシア戦争を主題として、ギリシアからオリエントの地理・歴史と伝承を網羅し、「歴史の父」と呼ばれるヘロドトスの著述は、東地中海世界を自由に飛翔するかのように想像をふくらませ、時に荒唐無稽なエピソードも盛り込まれる。一方、ヘロドトスより一世代ほど若いトゥキュディデスは、「先輩」のこうした手法を批判し、近代歴史学にも通じる史料批判で確かな事実を重ねて、アテナイとスパルタが覇権を争ったペロポネソス戦争を記録した。しかし、ヘロドトスは本当に、後世の歴史家が批判するように「嘘つき」だったのか? そして、トゥキュディデスが書かなかった事柄のなかには、どんな史実が隠されているのだろうか? 個性豊かな二人の天才歴史家に、再び教えを請うべき時が来ている。 [原本:『ヘロドトスとトゥキュディデス――歴史学の始まり』山川出版社2006年刊] 目次 1 二人の歴史家と二つの戦争 2 ヘロドトスは嘘つきか? 3 新しいヘロドトス像 4 ヘロドトスの描いた史実 5 トゥキュディデスの「ヘロドトス批判」 6 トゥキュディデスが書かなかったこと 7 歴史叙述から歴史学へ あとがき 学術文庫版あとがき
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3.5著者はM・ウェーバーと並び称された経済史家である。ウェーバーが資本主義成立の要因をプロテスタンティズムの禁欲的倫理に求めたのに対し、著者は贅沢こそそのひとつと結論づけた。贅沢の背景には女性がいて、贅沢は姦通や蓄妾、売春と深く結びついていたというのである。かくて著者は断ずる。「非合法的恋愛の合法的な子供である奢侈は、資本主義を生み落とすことになった」と。(講談社学術文庫)
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4.0「恋愛作法の達人になるのは、ふふ、無理だろうけど、「恋する私」や「失恋した私」をながめる眼鏡くらいは、手に入るかも」(「シラバス(2019前期)」より) 「恋愛学」と学生の間で呼ばれた都立大学の人気授業を書籍化! 恋愛に正解はない――だからそれは自分や他人について考える絶好の機会になる。 オペラ、文学、哲学、映画、ドラマなど多彩な素材から繰り出される問いの数々と、出席者の等身大の声でつくりあげられた異色にして極上の授業の報告。 金曜4限の「ドイツ語圏ドイツ文化論」、学生たちがつけたまたの名を「恋愛学」。2010年頃に始まったこの授業は、「彼(彼女)にも受講してほしい」と口コミで広がり、ついには参加者200名超にも及ぶ人気講義になりました。 《カルメン》や《ドン・ジョヴァンニ》などのオペラ、太宰治の恋文、ヴィトゲンシュタインの哲学、『存在の耐えられない軽さ』にドラマ『あまちゃん』まで、多彩な素材をもとに恋愛について考えます。 授業を彩るもうひとつの重要な要素が授業のリアクションペーパー、通称「紙メール」。「草食化」、「恋愛離れ」というレッテルを貼られがちな20代の等身大の声を導きの糸に、授業は縦横無尽に展開していきます。 恋は、がんばったからといって上手くいくものではありません。相手の気持ちはもちろん、自分の気持ちもコントロールできない。「私は、私という家の主人ですらない」(フロイト)のが人間です。コントロールできない局面でどうふるまうか――。恋愛に正解はありません。だからこそ恋について考えることは、「私」やコミュニケーションについて考えを深める、またとない機会でもあります。 「パルラ・バッソ(低い声で語れ)」、「捨恋」、「オイラー図」、「136問題(「伝えたいことが10あったとする。文字情報で伝わるのは1。声の調子や表情や身ぶりなどで伝わるのは3。残りの6は伝わらない」)」……ユニークで一度聞いたら忘れられない合言葉の数々。思わず自分の恋も語りだしたくなる? 感情揺さぶる〈実況中継〉講義。 【本書の内容】 「あしたの天気は、晴れか曇りか雨です」――反証可能性 モテる男は叫ばない――136問題 「カタログの歌」――ドン・ジョヴァンニの哲学 めざせ10連敗!――ヴィトゲンシュタインの教え 「さあ聞け。男(女)が思ったが、言わなかったことを」 自分の無力に思い上がるな 手紙に書いたキス 恋愛のピリオド奏法 ふりをする――世界は舞台/そして男も女も役者にすぎない? なぜドン・ジョヴァンニはトリスタンになったのか 非接触系の愛――1対(1) 「絶望するな。では、失敬」 ……など。
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3.5本書は、現代最高峰の人類学者クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009年)の全貌を描いた決定版の誉れ高い1冊です。 ベルギーに生まれたレヴィ=ストロースは、フロイトやマルクスに触れた青年期を経て、南仏で高校教師になりました。その中で育まれた情熱を抑えられなくなった1935年にブラジルへ旅立ち、カデュヴェオ族やボロロ族、そしてナンビクワラ族の調査に乗り出します。その後、第二次世界大戦の勃発を受けて従軍しますが、1941年にはユダヤ人への迫害を回避するべくアメリカに亡命したレヴィ=ストロースに、ニューヨークで決定的な出来事が訪れました。それが言語学者ロマーン・ヤコブソン(1896-1982年)との出会いです。 のちに『音と意味についての六章』として公刊されるヤコブソンの講義の内容は、レヴィ=ストロースの中で若い頃からあたためられていた「構造」の概念と交錯しました。そうしてヤコブソンの勧めを受けて書き始めたのが、構造主義の誕生を告げる『親族の基本構造』であり、4年をかけて完成されたこの大著は1949年に刊行されることになります。 ここから旺盛な執筆活動を開始し、『人種と歴史』(1952年)、『悲しき熱帯』(1955年)、『構造人類学』(1958年)を生み出したあと、1959年にはコレージュ・ド・フランス教授に就任したレヴィ=ストロースは、一世を風靡した『野生の思考』(1962年)を発表すると、ついに全4巻に及ぶライフワーク『神話論理』(1964-71年)に着手しました。 その後も100歳で逝去するまで活躍し続けた偉大な人類学者が残した数々の仕事を、その生涯や時代との関係を描きつつ明快に解説してみせた本書は、1996年の刊行以来、概説書のスタンダードとして四半世紀にわたって読み継がれてきました。このたび、最新の書誌情報を追加するとともに、生前の著者と深い交流のあった小泉義之氏の書き下ろし原稿を併載した文庫版としてお送りいたします。 [本書の内容] 序 章 構造主義のエシックス 第一章 歴史の影のなかで 第二章 声とインセスト 第三章 旅の終わり 第四章 神話と詩のあいだに 第五章 幻想から思考へ 第六章 新石器のビルドゥングスロマン 1――南半球の森から 第七章 新石器のビルドゥングスロマン 2――北半球への旅 終 章 「構造」の軌跡 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 レヴィ=ストロース略年譜 解 説 小泉義之
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4.0本書は、近年ますます注目されるフランスのユダヤ系哲学者エマニュエル・レヴィナス(1906-95年)の思想を正面から考察し、批判的に継承することを企てた意欲作である。 著者自身が「愚直にレヴィナスの中心的問題の批判的論究を試みた」と言うとおり、本書でなされているのはレヴィナスの2冊の主著『全体性と無限』(1961年)と『存在とは別様に、あるいは存在することの彼方へ』(『存在の彼方へ』)(1974年)を丹念に読み解き、その考察を厳密に検討する、という当たり前の営為である。そこで問われるのは「他者が「絶対の他」であると共に私に対し無制限に責任を求めるものだというが、それは具体的にはどういうことを意味しており、またそれが事象において確認できるものか」、そして「彼のこのような極端な責任理解が、レヴィナス個人の倫理的立場の表明にとどまらず、われわれの倫理の分析としてどういう意味をもつのか」、「彼が力点を置く言語の問題において現れる他者と無制限の責任を求める他者との間に矛盾はないのか」という本質的な点にほかならない。 第一の主著『全体性と無限』を厳しく批判する論文「暴力と形而上学」(1964年)を発表したジャック・デリダ(1930-2004年)の議論をも検討しつつ、「他者」をいかにして言語化するか、という問題をめぐって第二の主著『存在の彼方へ』への転回がなされた意味は何かが考察される。第一の主著に胚胎していた問題を、第二の主著は克服しえたのか――著者は、レヴィナスが十分に突きつめずに終わった問題を「ケア」の理論を用いて発展させ、批判的な継承を試みる。この企てを通じて、レヴィナスの思想は今日を生きる私たちにとって生きた意味をもつようになる。 本書の原本が刊行されてから現在までの20年間に、レヴィナスの主要著作はほぼすべて日本語訳され、『全体性と無限』についても新訳がなされるようになった。進展する研究状況の中でも、本書は常に参照されるべき準拠点として、すでに「古典」の地位を確立したと言える。学術文庫として生まれ変わったことで、本書は輝きを放ち続けることだろう。 [本書の内容] 第I部 「顔」と形而上学──『全体性と無限』 第一章 「顔」──輪郭の描写 第二章 「選 び」 第三章 「同」と「他」 第四章 デリダの批判──「暴力と形而上学」 第五章 「教え」──倫理と学 第六章 「他」の言表──デリダの批判再び 第II部 方法の先鋭化──『存在の彼方へ』 第七章 「他」を語ることの困難──『存在の彼方へ』に向けて 第八章 絶対他把握の方法的問題 第九章 「感受性」と「語ること」 第十章 「顔」から「正義」へ 第十一章 レヴィナスへの批判と顔の倫理学の可能性
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