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〈わが国初のノーベル賞に輝く湯川博士、生涯の記念碑的作品〉
〈1946年の初版*以来、学問に志す多くの若者達の心をとらえ続けてきた名著!〉
「中間子」を発見し素粒子物理学を大きく前進させた著者が、現代物理学の物質観を、そして同時に、今日の自然科学的なものの見方・考え方を、だれにもわかる平易な言葉で説く、不朽の科学入門。
「目に見えないものの世界」への旅立ちを伝える諸篇には、深く豊かな知性が光り、「真実」を求めてのあくなき思索が生み出した珠玉の言葉には、ひとつの確かな思想がある。
現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。現実は予想できぬ豹変をする。あらゆる平衡は早晩打破せられる。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。(本書「真実」より)
*本書の原本は1946年に甲文社より刊行されました。
【本書の内容】
第一部
1.理論物理学の輪郭
1 自然哲学 2 近代物理学 3 現代物理学
2.古代の物質観と現代科学
1 古代インドの自然観 2 現代の物質観との対比 3 因果と時間の問題
3.エネルギーの源泉
1 物質の構造 2 放射線の本体 3 力とエネルギー 4 原子内のエネルギー 5 太陽のエネルギー
4.物質と精神
1 二つの通路 2 物理学的世界 3 物質から精神へ 4 科学の根源
第二部
1.半生の記
2.ガラス細工
3.少年の頃
4.二人の父
第三部
1.物理学に志して
2.科学と教養
3.真実
4.未来
5.日食
6.眼の夏休み
7.読書と著作
8.話す言葉・書く言葉
9.『現代の物理学』
10.『物質の構造』
11.『ピエル・キュリー伝』
12.目と手と心
13.目に見えないもの
14.思想の結晶
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Posted by ブクログ
・『学問することの喜びがこの頃はことさら身にしみて感ぜられる.くる日もくる日も研究生活を続けていけるということは,「喜び」などというにはもったいない,本当に有り難いことである.』:同じ気持ちを持っている点では,自分もアカデミア向きの人間なのだと思った.
・『大学に勤めているおかげで,若い純真な人たちと一緒に教えつつ教えられつつ研究していけることである.(中略)数多くの新しい弟を持ったような喜びを感ずる.』:企業で研究するか?大学で研究するか?この気持ちを持てるかどうかではないか.
・湯川先生が中間子論を発表したのは27歳の時で,同じ歳なのに,こうも差がついているのかと思うと自分の凡才を痛感する... 凡才なりにのんびり頑張ろう.
Posted by ブクログ
湯川秀樹がノーベル賞を受賞(1949年)する前、30歳代半ば頃に書かれたエッセーが集められている。
中身は、科学の普及解説、生い立ち、考え方、書評など。
気にとまったことを並べると:
「目に見えないもの」である原子や電子、中間子などを考えるには、目と手だけでなく心(科学)が大事。
大学での進路は、最初は地質学を志そうとしていたが物理学にした。観察力よりも推理力が得意だった。実験物理学よりも理論物理学を選んだのは、当時の実験に必要なガラス細工が下手だったから。
実父は小川琢治(地質学者・地理学者)。家にあふれんばかりの書籍があって、子供の頃から本を読むのが好きだった。京大時代はいろんな分野を勉強し「潜勢力」を培った。
「学問の過渡期にあって、理論が過渡的だといってその価値を過小評価してはいけない。学者が保守的だからといって学問の進歩に対する貢献が少なかったと速断してはならない」。
自身は若くして有名な科学者になったが、考え抜く心の持ち主だったんだろうと思わせる。
Posted by ブクログ
理論物理学という学問をこころざし、その世界に魅せられて大きな業績を残しつつあった一人の若き科学者が、心を込めて書いた後進へのメッセージ。
初版が出たのが昭和21年。ひとつひとつのエッセイの終わりに(◯年◯月)とあり、それが昭和10年代の順不同であるところをみると、雑誌や学会誌か何かに発表された短文をテーマ別に取りまとめたものかもしれない。
第一部の最初のエッセイが昭和20年4月付けで、一番遅く書かれている。これが序文のように読める。時は太平洋戦争末期。学徒動員で出征させられた若者たちへの思いをつづった一文がある。
「時局多端早卒に筆を走らせ首尾一貫せぬが、動員学徒のしばらくの伴侶となり得ば筆者の望みは足りるのである。」
実際は出版される前に終戦を迎えたが、もし本当に物理学徒だった若者がこれを手にして出征していたら、きっと命ある限り大切に大切に持ち歩き、戦地の夜の心の慰めにしただろう。
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