ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで100万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
7pt
科学・哲学・宗教の三面をあわせもつ普遍的な仏教思想、唯識。「すべては心の中の出来事にすぎない」とする、この大乗仏教の根本思想は、八種の識が世界を生み出し、心に生じる感情や思考は表層に現れると説く。不可思議にして深淵な心の構造を深層から観察・分析し、その秘密を解く唯識思想とは何か。この古くて新しい思想を解説する最良の唯識入門。
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
仏教初学者で唯識論の勉強をしたいと思い本書を手に取りました。結論から言えば大変満足しています。文庫本でページも300ページ弱ですからすぐ読めるかと思いましたが、思った以上に中身が濃かったです。これは良い意味で期待を裏切ってくれました。線を引いた箇所の数があまりにも多いので、本書の良さを端的に説明でき...続きを読むないのですが、唯識思想だけでなくそのほか仏教全般にも通じる智慧を本書は多数散りばめている印象を受けました。「唯だ心(識)だけが存在する」、しかし識は「非有非無」、つまりあるけれどないものです。座禅では「心を無にする」といいますが、まさにその状態は心がありません。つまり心は空だというわけですが、その先があって、心を無にすることで、絶対的な真如の存在を覚知できるということのようでした(もちろんものすごい修行が必要だと思いますが)。 本書によれば、唯識論は宗教と科学と哲学の3つを含んでいるとのこと。科学的な側面として、本書では量子力学の話をされていますが、確かに最近話題になっている量子コンピューターなどは、仏教的な側面があると感じています。これまでのコンピューターがゼロかイチの値をとるビットの集合体で情報を表していたのに対して、量子コンピューターでは量子ビットがゼロとイチを同時にあらわすことができます。ゼロでもありイチでもある、あるいはゼロでもなくイチでもないわけです。量子力学が発展すればするほど、仏教の宇宙観が世界的に広まるのではないかと個人的には期待しています。
【読もうと思った理由】 仏教について勉強したいと思い、その中でも「唯識」というものに興味が湧き、この本が分かりやすいと聞いて手に取りました。 【感想】 全体を通して、自分にとってはかなり難しい内容に感じました。 唯識の思想の根本原理?であると思われる「唯識(唯、心(識)があるのみ)」や「一人一宇宙...続きを読む」といった考え方については、すごく共感し、自身でも同じように考えたことがあったので、スッと入って来ました(今後、より強く心がけていきたい) また「無我」というものについても考えてみましたが、確かに「自分」というものはありそうで、確かに無いのか…?とも感じました。瞑想をしてみて「思考は自分の思い通りにはならないし、勝手に湧いてくるもの」ということは、既に実感していたので、これについても個人的にはスッと頭に入って来ましたし、受け入れられました。 難しい内容ではあったけれど、全編通して興味深く、面白い内容でした。 もっと仏教的な思想に沼っていきたい。 【以下、本文からの切り取り】 唯識とは、「唯だ識、すなわち心だけしか存在しない。自分の周りに展開するさまざまな現象は、すべて根本的心、すなわち阿頼耶識から生じたもの、変化したものである」と主張する思想です。
唯識について誰もが分かる本ではないかと思う。 かつ、分かるが故に分からないというところまで案内される。 末那識や阿頼耶識の存在はヨーガをしないと分からないし、五識や意識の本当の使い方も仏教でいう修行を行わなければ分からない。 何より、正聞熏習と無分別智の両方の理解と実践が欠かせない。 それを行っても...続きを読むなお仏様には届かないのだからとてつもない。 仏教哲学の中の唯識は特に論理的で腑に落ちる。 しかし腑に落ちても末那識や阿頼耶識まで落ちているのか、そもそも意識して理解できているのか、本当のところは分からない。 私たちは私たちのことも分からないのに、何かを分かったかのように振る舞う。 私たちも自分を分からないと思えて初めて学びが始まると思う。
難解であったけど面白かったです。自分がみているもの、聞いているもの、嗅いでいるものなどはみんな心から生み出されている。感じさせられていると。自分や他者は実は存在しないと。
唯識論を理解したくて手に取った。まだ理解できない箇所も多くあったが、初めて触れた唯識の世界の奥深さに心打たれた。自分の意識とは何かを考えるきっかけとなった。
唯識思想について書かれた入門書と言われて読みました。 わかりやすかった。 この本を読んでから末那識と阿頼耶識という言葉が聖闘士星矢のハーデス編にも出てくると聞いてすぐに聖闘士星矢を全巻買ってしまった。
2025年にコテンラジオに出会い、読書そっちのけで聞き続けていたとき、「最澄と空海」の回の参考文献として紹介されていたので読んでみた。 内容の60%も理解していないと思うが、最初に読むには良いのかなと感じた。現在別の唯識関係の本をうんうん唸りながら読書中。おもしろむづかしい。
私たちが認識している一切の存在は、客観的な外界にあるのではなく、すべて自分の心が作り出した表象にすぎない、と説くのが唯識の思想だそうだ。 唯識は、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識の六識に加え、末那識、阿頼耶識を加え八つの織を立てる。末那識は自分に執着する深層心理、阿頼耶識は心の最も深い基底にある、...続きを読む根本的な心で、過去のすべての経験が「種子(しゅうじ)」というエネルギーとして蓄えられるそうだ。 この阿頼耶識を正聞薫習(阿頼耶識の中に肥料を与えて目覚めさせる)し、無分別智の火を燃やして末那識を焼き尽くすことで心が知らず知らずのうちに浄化され、利他行が利自行となる。 著者は「心臓さん、肝臓さん、胃さん、六十兆の細胞さん、全ての臓器さん、ありがとう。このこころさん、ありがとう。どうか今日も元気で過ごさせてください」と手を合わせることにしているそうである。自分の体、自分の心というが、それらは決して自分のものでないからだという。まさに唯識の思想を体現していると頭が下がる。このような人に自分もなりたい。
ここまでの利他の精神を持つことは、私には到底出来そうにないが、考え方を知れたことは財産になった。また、定期的に読み返そう。60歳で再読した時にはどう感じるだろうか。
唯識論は、自己の解脱を目指すことばかりに走ってしまった小乗仏教に対するアンチテーゼとして生まれた大乗仏教において、虚無思想に陥ってしまいがちな「空の思想」に対応する形で生まれた。 識とは心のことである。すなわち、唯識論は、「唯だ心のみがある」とする教理である。しかし、その心として、仮にあるものとして...続きを読むいる。唯識無境(認識対象はない)→境無識無(認識対象も認識主体もない)→空と論理は展開する。 我々は、外界があってそれを認識していると思い込んでいる。しかし、唯識論は、外界というものは存在せず、これらは五識(五感)を通して知覚し、意識を用いて思考することで、感知しているものにすぎず、それはただ心(識)が生み出した鏡像にすぎないとする。その鏡像に対し、我々人間は、末那識にある煩悩や、阿頼耶識にある種子と呼ばれる無意識が投影していることで、色付けしてしまっている。これが苦しみを生み出すもととなっている。 これに対して、ヨーガ(念・定・慧)を通して、心をニュートラルにしてとらえることで、真如に達することができるとする。この過程は、転識得智とよばれる。その中身は、正聞熏習(正しい教えを何度も聞くことで、阿頼耶識に清浄な種子をそだてる)、無分別智の火を燃やす(汚れた種子を除去する)ことである。 そして、いきつくところは、平等性智を得る、すなわち、自他平等の智慧である。自分のエゴを出すことなく、他者の救済を行っていくことにつながる。これが大乗仏教が目指す、他者の救済につながっていく。 唯識論は、一言でいってしまえば、この世に自分も含め絶対的なものはない、それならば他者のために生きようとする哲学である。これは、デカルトの到達した「われ思うゆえに我あり」とは対照的な考え方である。
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
唯識の思想
新刊情報をお知らせします。
横山紘一
フォロー機能について
「講談社学術文庫」の最新刊一覧へ
「学術・語学」無料一覧へ
「学術・語学」ランキングの一覧へ
阿頼耶識の発見 よくわかる唯識入門
十牛図入門 「新しい自分」への道
《唯識》で出会う未知の自分 仏教的こころの領域入門
唯識の哲学
「横山紘一」のこれもおすすめ一覧へ
みんなの公開リストをもっと見る
一覧 >>
▲唯識の思想 ページトップヘ