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Posted by ブクログ
本シリーズのタイトルになっている「セオロジー」は神学を意味しますが、著者はその中身を「それぞれの宗教に関わる者が行う、時代の状況への主体的な対応としての学」と定義しています。とりわけ著者は、ますます人びとの欲望を駆り立てている現代社会のありかたを問いなおすための視点を、仏教思想のうちに見いだすことをもくろんでおり、そのような問題意識のもとで本書の意味での「セオロジー」が展開されます。
シリーズ第一巻の本書では、仏教にかぎらず、ひろく宗教にまつわるさまざまな事象の根底に「聖なるもの」を見いだすことができるという、基本的な発想が語られています。たとえば葬儀において、死者は「不浄なるもの」として忌避されつつも、その浄化がおこなわれるとみなすことができます。また龍樹の『空論』では、「俗なるもの」の否定することによる彼岸への道筋が説かれるとともに、そこからふたたび此岸へと返ってくることで、聖化された「俗なるもの」としてのありかたが示されていると著者は論じています。葬儀は社会を生きる多くの人びとによってになわれている宗教現象であり、龍樹の『空論』は個人の修行によって明らかにされる宗教的な真理ですが、両者はともに「聖なるもの」にかかわっているという共通点があります。
こうして、「聖なるもの」への志向によって宗教を定義するという考えかたが提出されます。しかし著者は、われわれの行為が、現状認識と目標と手段という三つの要素によって成り立っているとしたうえで、宗教的な行為は「聖なるもの」を目標とする合目的的行為とみなす理解は、やがて否定に立ちいたることになるだろうと、本書につづく議論の見通しを提示しています。
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ビジネス・実用
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