講談社文芸文庫の検索結果
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槐多の歌へる 村山槐多詩文集
夭折の天才画家の迸(ほとばし)る詩魂 個性主義芸術の時代あるいは生命主義芸術の時代と呼ばれた一九一〇年代に、彗星のごとく画壇にデビューし、二十二歳で早世した天才画家・村山槐多。彼は生得の詩的才能にも恵まれていた。人生と社会の矛盾に打ち拉(ひし)がれながらも、野生の生命力の回復を希求する詩魂は、鮮烈な色彩感覚と結びつき独自の世界を構築した。放浪、デカダンスのうちに肺患により短い生を駆け抜けた槐多の詩、散文詩、短歌、小説、日記を精選収録。 酒井忠康 時代の一隅を、嵐のなかで哮(たけ)り狂ったように、その野性的ともおぼしき詩魂の光を放って、彼は疾走した。そして燃え尽きたのである。――〈「解説」より〉 -
マス・イメージ論
カフカ、小島信夫、中島みゆき、山岸涼子ら、文学・漫画・CM・歌謡曲などを全体的な概念として捉え、「現在」を読み解く斬新な評論。新しい時代を予見した格闘の書! ――文学、少女漫画、現代詩、歌謡曲、テレビCM……。マスメディアを通して現れた言葉やイメージを産み出している「現代」という名の作者をめぐって、果敢に挑んだ評論集。小島信夫、高橋源一郎、萩尾望都、糸井重里、中島みゆきらの諸制作品を、個別の批評方法から離れて解析・論述し、「戦後思想界の巨人」の新たな側面を示して反響を呼んだ。来るべき時代を予見し、今さらに輝きを増す画期的論考。 -
月光・暮坂 小島信夫後期作品集
かつての作品の引用から、実在する家族や郷里の友人らとの関係のなかから、ひとつの物語が別の物語を生み出し、常に物語が増殖しつづける<開かれた>小説の世界。<思考の生理>によって形造られる作品は、自由闊達に動きながらも、完結することを拒み、いつしか混沌へと反転していく。メタ・フィクションともいえる実験的試み9篇を、『別れる理由』以降の作品を中心に自選した作品集。物語のあらゆるコードから逸脱し続ける作品世界!〇小島信夫 私は、彼女がいなくなると、何か安心したように、いっきょに、たいへんな速さで娘時代から幼い頃へとさかのぼり、そのあたりのところに、自分が停滞するというか、そんな状態に見舞われた。その時代から、ゆっくりと先へ進みはじめ、不意に彼女がカチンと音を立てる。我に返ると、それがほかならぬこの私であった。――<「月光」より> -
贈答のうた
「うたはあのようにも詠まれてきた。/ひとはあのようにも心を用いて生きてきた。」ーー歴代の勅撰和歌集、私家集、さらに物語や日記文学の中で、華やかな独詠の陰に埋もれがちな贈答のうた。詠み交す事で深化増幅する人の心と精妙に響き合う贈答歌に光をあて、自在な口語訳を付しつつ読み解く。王朝人の豊饒な言葉の贈物への密やかな答歌とも評された名著。野間文芸賞受賞作。 -
わが文学生活
編集者によるインタビュー、また「群像」および「小説現代」で長く担当した編集者との対談を、作家自らが構成した貴重な文学的自伝。高い芸術性と人気を備える小説家、洒脱な随筆や座談の名手、ヘンリー・ミラーや井原西鶴の作品の現代日本語への翻訳者、豪腕アンソロジスト……多彩な相貌が臨場感を湛えて語られる本書は、吉行淳之介を知るための必読書となろう。 -
自伝の世紀
文学の長い歴史のなかで成長を続けた小説ジャンルといえども、20世紀になるとその地位がゆらぎ、あたかも生命体のごとくに、老化衰退の様相を呈し始める。その間、自伝ジャンルは、「私」のイメージの拡大とともに、目ざましい急成長をとげる。本書は、自伝ジャンルこそ20世紀文学の中核的位置を占めるものである、という主張を基軸に執筆された、著者畢生の自伝論である。芸術選奨受賞作。 -
猛犬 忠犬 ただの犬
こよなく動物と自然を愛し続けた著者の自伝的小説。少年から青年へと成長していく過程でさまざまな犬との出会いと別れを綴った作品。……「動物文学」というカテゴリーを確立し、国民の支持を得た戸川幸夫の原点ともいうべき自伝的小説。もの心つく前から動物好きであったという著者が、さまざまな気質の犬と育った幼い頃から、運命的な犬との出会いをする旧制高校時代までを、愛情を持った動物への的確な観察眼で描き切る。それは犬への鎮魂歌であるとともに、おのれの成長の証であった。動物文学の第一人者が犬と語り続けた自伝的小説。 -
伊東静雄
萩原朔太郎が「日本に尚一人の詩人がある」と激賞した伊東静雄の第一詩集『わがひとに与ふる哀歌』。その詩群に魅了された著者が伝記的通説を排除し、註釈に徹した画期的詩人論。『哀歌』全篇に用心深く隠された連繋を、「私」と「半身」というふたりの擬作者に割り振り、『古今和歌集』、ヘルダーリンの詩、セガンティーニの絵に範例を求めつつ詩人の「意識の暗黒部との必死な格闘」を読み解く。 -
反文学論
抜群におもしろい文芸時評の白眉――1977年から78年にわたり、初期代表作となる『マルクスその可能性の中心』、『日本近代文学の起源』と並行して書かれた、著者唯一の文芸時評集。100人近い現役作家を俎上に載せた短い<時評>と<感想>に、この類稀な批評家のエッセンスが凝縮し、横溢する。転換期に立つ「近代文学」の終焉を明瞭化した記念碑にして、これから文学にかかわる者の、必読の書。 ◎「……この『反文学論』は、著者の批評活動すべてが圧縮されたものだと言える。読者は、本書に対して、まるで「柄谷行人」という映画の予告編をみているような印象をもつであろう。そのことを可能としているのは、ひとえに本書が「文芸時評」という制約を受けていることによるのだ。」<池田雄一「解説」より> ※本書は、1991年11月『反文学論』(講談社学術文庫)を底本としました。 -
坂口安吾と中上健次
闘う知性が読み解く、事件としての安吾と中上――日本の怠惰な知性の伝統の中で、「事件」として登場した坂口安吾と中上健次。二人は、近代文学の根源へ遡行しつつ、「自然主義」と「物語」の止揚を目指す。安吾は、自らを突き放すような他者性に文学の「ふるさと」を見出し、中上は、構造に還元することなく、歴史の現在性としての「路地」と格闘する。闘う知性としての安吾と中上を論じた、74年から95年までの批評を集成した、伊藤整文学賞受賞作。 ◎「文学」とは、どんな秩序にも属さず、たえず枠組を破ってしまう荒ぶる魂であった。文学をやっている人がすべてそうなのではない。むしろその反対である。文学という枠組を吹き飛ばすようなもの、それが「文学」だった。私と中上は文壇において暴風雨のような存在であった。そして、われわれがともに敬愛していたのが坂口安吾である。(中略)私は安吾を高く評価していた。しかし、小説家としてではない。私にとって、彼の作品は、哲学であり、歴史学であり、心理学あり……、それらすべてをふくむ何か、要するに、「文学」であった。<「著者から読者へ」より> -
暗い絵・顔の中の赤い月
新人・野間宏、戦後日本に颯爽と登場――初期作品6篇収録のオリジナル作品集 1946年、すべてを失い混乱の極みにある敗戦後の日本に、野間宏が「暗い絵」を携え衝撃的に登場――第一次戦後派として、その第一歩を記す。戦場で戦争を体験し、根本的に存在を揺さぶられた人間が、戦後の時間をいかに生きられるかを問う「顔の中の赤い月」。ほかに「残像」「崩解感覚」「第三十六号」「哀れな歓楽」を収録する、実験精神に満ちた初期短篇集。 ――草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として吹き過ぎる。はるか高い丘の辺りは雲にかくれた黒い日に焦げ、暗く輝く地平線をつけた大地のところどころに黒い漏斗形の穴がぽつりぽつりと開いている。その穴の口の辺りは生命の過度に充ちた唇のような光沢を放ち、堆い土饅頭の真中に開いているその穴が、繰り返される、鈍重で淫らな触感を待ち受けて、まるで軟体動物に属する生きもののように幾つも大地に口を開けている。 -
男
男は黙ってよく働いている だいじにしなければなあと思う 歿後30年。 「男」をめぐる初の随筆選。 羅臼の鮭漁、森林伐採、ごみ収集、救急医療、下水処理、少年院、橋脚工事―― 日常の暮らしを支える現場で働く男性たちに注ぐ、やわらかく細やかな眼差し。 現場に分け入り、プロフェッショナルたちと語らい、自身の目で見て体感したことのみを凜とした文章で描き出す、行動する作家・幸田文の随筆の粋。 (収録作品) 男(濡れた男/確認する/切除/火の人/傾斜に伐る/都会の静脈/まずかった/ちりんちりんの車/救急のかけはし/並んで坐る/橋) ちどりがけ 当世床屋譚 植える 出合いもの いい男 男のひと 素朴な山の男 男のせんたく 男へ