野間宏。真空地帯があまりに面白くて、デビュー作の暗い絵がどうしても読みたくって読みました。
「暗い絵」「顔の中の赤い月」「残像」「崩壊感覚」「第三十六号」「哀れな歓声」の六編を収録。
デビュー作である「暗い絵」は正直よくわからなくて、でも、ブリューゲルの絵についての冒頭の長々とした記述が異様なも
...続きを読むのであることは伝わりました。
一枚の絵についての描写が、こんなに長く冒頭に続く小説は珍しいのではないでしょうか。
この描写を読んでいると、永遠に暗い絵の風景が広がり続けるんじゃないかという錯覚すら覚えます。
でもストーリーとしては、筆者の経緯や、歴史的背景を知っていないとわかりにくいものだったと思います。それを知っていてもよくわからなかったです。でもよかった。
暗い絵以外は、分かりやすいものが多かったです。なかでも「崩壊感覚」はとてもよかったです。久々にクラクラした小説でした。
私が長年知りたいと思っていたことの一つに、戦争によって転換を迫られた価値観があります。
敗戦によって何かを奪われたり、大きな喪失感を覚えたりすることによって価値観が変化したり、男性であれば兵営生活や野戦による経験、女性であれば身近な人の死や苦しい生活の経験などを通して築かれていった価値観というものにとても興味がありました。
この小説には、そういったものを知る糸口が示されていたように思います。ああ、これこれ。これが知りたかったの。という感じで、スッと自分の中に入っていきました。坂口安吾の白痴なんかも、それに近いものがあったんですが、どうも腑に落ちないような部分があったりして。でもこれは違いました。
野間宏の人生や社会活動には賛否両論あると思いますが、私は小説は好きです。久々に、安部公房以来のヒットでした。ただ現在出版されているもので、容易に手に入るものが少ないというのが非常に残念な点です。