学術・語学 - 講談社学術文庫作品一覧
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-キリスト教史の最も重要な1章 イエスの受肉からコンスタンティヌスによる「公認」までを描き、その後の西欧精神史に決定的影響を与えた最初のキリスト教会史! イエスの出現から「殉教の時代」を経てコンスタンティヌス帝のミラノ勅令による「公認」まで、キリスト教最初期300年の歴史。以後記される教会史の雛形となって著者エウセビオスを「教会史の父」と呼ばしめ、アウグスティヌスの著作とともに現代に至るキリスト教世界の価値観の原点ともなった『教会史』全10巻を全訳、詳細な註と解説を付す。 エウセビオスの『教会史』は、イエスの出現からはじまってキリスト教が帝国の「公認宗教」と認知されるまでの、教会形成と発展の過程における歴史を語ったものである。その歴史とは、キリストについて「証しする」ことがキリストのために「殉教する」ことと同義語であった時代の歴史であり、キリスト教側の弁証家や護教家が、ユダヤ教や諸宗教にたいして、自己が奉ずる宗教の「存在理由」を明確かつ強力に主張するために、それを「定義した」時代の歴史でもある。――<「訳者はしがき」より> ※本書の原本は1986~1988年、山本書店から刊行されました。 ※文庫版上下巻を合本したものです
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-鎌倉時代後期、13世紀後半の日本には「飛礫(つぶて)」や「博奕(ばくち)」に象徴される、底知れぬ力が渦巻いていた。 その源となった「未開」と「文明」、「農業」と「非農業」の対立は、幕府では御家人と御内人、朝廷では持明院統と大覚寺統の政治的対立として、また宗教においては日蓮と叡尊・忍性の対立、さらには荘園支配をめぐる対立として、社会のさまざまな局面にあらわれる。蒙古襲来は、せめぎあいの緊張が高まる日本に訪れた危機だった。 未曾有の外寇によって対立の均衡が崩れた時、後戻りのできない大転換が始まる。それは単に鎌倉幕府の滅亡にとどまらない、近世・近代の日本社会の在り方にもつながる日本社会の大変動だった――。 戦後歴史学を代表する歴史学者、網野善彦が遺した唯一の時代史にして無二の全体史。【解説:清水克行】 「未開」と「文明」、「農業」と「非農業」が激突する十三世紀後半の日本。蒙古襲来によってその均衡が崩れたとき、決して後戻りのできない大転換が始まる――。網野史学唯一の時代史にして無二の全体史。 遍歴する職人や商人、海民など非農業民に光をあてることで、これまでにない中世日本の姿を描き出した網野善彦(1928-2004年)。鎌倉時代後期の法制・経済・宗教・文学の総体に過不足なく言及された本書は「網野によって書かれた唯一の時代史叙述であるだけでなく、網野史学にもとづいた貴重な「全体史」の試み」である(清水克行氏「解説」より)。 『中世荘園の様相』に続く二冊目の単著となる本書は、前著で描かれた若狭国太良荘をはじめとする荘園の百姓や支配者たちをめぐる悲喜こもごもはもちろん、非農業民である職人の活動や「悪党」に接近する後醍醐天皇、あるいは活発な中世の海上交通、「弘安徳政」など、その後の仕事に結実するエッセンスが凝縮されている。網野史学を彩る個々の魅力的なテーマが通史叙述のなかで立体的に組み上げられ、大きく転換していく時代のうねりがダイナミックに立ち上がる。 圧倒的スケールで繰り広げられる空前絶後、唯一無二の時代史。(原本:小学館、二〇〇一年) 【本書の内容】 まえがき〔小学館ライブラリー版〕 飛礫・博変・道祖神――はじめに 二つの世界、二つの政治 「蒼い狼」の子孫 文永の役 建治元年―日本 弘安の「徳政」と安達泰盛 百姓と「職人」 訴人雲霞のごとし 転換する社会 鎌倉幕府の倒壊 一三世紀後半の日本 参考文献 解 説(清水克行) 年 表
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3.3本書は、ジャーナリストとしてのカール・マルクス(1818-83年)が執筆した代表作、待望の新訳です。書名にあるルイ・ボナパルト(1808-73年)は、よく知られているとおり、ナポレオン1世の甥にあたります。1836年に武装蜂起を起こしたものの失敗して国外追放処分を受けたルイは、4年後にもクーデタを試みて失敗、終身禁固の刑を宣告されました。6年後の1846年に脱獄してイギリスに亡命しましたが、そこに勃発したのがヨーロッパ全土を巻き込む1848年の革命でした。 急遽フランスに帰国したルイは、同年9月には憲法制定議会の議員に選出され、貧困層のあいだに根強く残るナポレオン崇拝を利用して、12月には大統領選挙で勝利します。そうして、3年後の1851年12月2日にはクーデタを起こし、反対派の議員を逮捕して議会を解散、国民投票で圧倒的な支持を得ると、ついに翌1852年12月には皇帝に即位し、ナポレオン3世(在位1852-70年)として第二帝政を開始することになるのです。 本書は、この過程をジャーナリストとしてつぶさに見ていたマルクスが、1848年の革命から1851年のクーデタに至る歴史を追いながら、何が起きたのか、なぜナポレオンは次々にみずからの野望を実現することができたのかを分析したもので、ルイが皇帝になった1852年に雑誌で発表されました。ここに見られるのは、巧みに民意を利用して選挙に大勝し、政治と憲法をほしいままにしていくプロセスにほかなりません。同じ光景は、それから150年以上を経た今日、さまざまな国で再現されているものだと言えるでしょう。 ――こうした背景を踏まえつつ、数多くの巧みな翻訳を送り出してきた訳者が「慣れない畑」にもかかわらず育て上げた豊かな果実が、この新しい翻訳です。底本は、1869年にハンブルクで単行本として出版された改訂第2版を用いました。 本書の日本語訳としては岩波文庫(1954年)と平凡社ライブラリー(2008年)のものが広く親しまれてきましたが、第2版の翻訳である前者はいかんせん古いと言わざるをえず、後者は新しいものの第1版の翻訳で、必ずしも一般的とは言えません。そのような状況が長らく続いてきた中、練達の訳者による第2版の新訳、たくさんの人たちのニーズに応える、まさに待望の1冊になることでしょう。 [本書の内容] 政治党派一覧 関連年表 はじめに ルイ・ボナパルトのブリュメール18日 訳者あとがき
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4.01300年以上読まれた「統治の教科書」不朽の古典、全文完全新訳。 とても読みやすい平明な訳文と、背景となる歴史がよくわかる解説でおくる、決定版! □よき君主は諫言に傾聴する□ 唐王朝(618-907年)の第二代皇帝にして、王朝の最盛と謳われる七世紀「貞観の治」をなした皇帝・太宗が、広大な版図を治め、王朝を栄えさせるために、臣下と議論を交わし、ときには痛烈な諫言を受け入れた様を描いたのが、この『貞観政要』全十巻四十篇です。 「私の非が明らかにならない理由は、官僚たちが従順で、皇帝の機嫌を損うのを憚かっているためだろうか。そうならないように、私は虚心に外からの忠告を求め、迷いを払いのけて反省しているのである。言われてそれを用いないのであれば、その責任を私は甘んじて受け入れよう。しかし、用いようとしているのにそれを言わないのは、いったい誰の責任であるか。今後は、各自が誠意を尽くせ。もし私に非があれば、直言して決して隠さないように」(本書 巻二「任賢」より) □「人の上に立つ者」のために書かれた□ 太宗が死して60年余が過ぎ、国史編纂に携わる歴史家の呉兢によって編纂されたこの書物は、唐王朝が変革のときを迎えようとする時代にあって、貞観の治世を手本とするよう、当時の皇帝に上進されたものでした。 □日本人も古代から読み継いだ□ 平安時代の日本にも伝わると、以来江戸時代を経て現代に至るまで、統治者の心構えを説く必読書として読まれ続けてきました。 徳川家康も明治天皇も読んだと言われる、「主君のための教科書」です。 □ビジネスの智恵として□ 現代にも通じる、人材育成、組織統治、コミュニケーション術の要諦を説く一冊として注目されています。 □歴史学の眼で「全文」を読み解く□ 『貞観政要』が描くのは「理想の君主」像だけではありません。 長く皇帝の座にあった太宗は、やがて怒りやすくなり、傲慢で贅沢になり、直言を嫌がるようにもなっていきます。 ・なぜ編者・呉兢は、そのようなことまで記したのか ・唐王朝はいかなる歴史の中で築かれたか ・実像の皇帝・太宗はどのような人物であったか 歴史学者ならではの鋭い分析とわかりやすい解説で、本書の「本当の意義」を読み取ることができます。 【本書は訳し下ろしです】
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4.0鋭い人間洞察が時を超えて突き刺さる、不滅の君主論! 人間は利のために動く。君臣の間に愛はない。 徹底した現実主義的人間観に基づく実践的君主論にして、春秋戦国の乱世下に法家が磨き上げた統治思想の極致。 「矛盾」「守株」など秀逸な譬えを交える軽妙さ、 理想的統治を語る峻厳さ、 儒家への鋭い批判、 そして不合理な現実政治への悲憤― 抑揚に富んだ語り口を生き生きと伝える碩学の名訳で、全文を読む。 【本書「解説」より】 人間性一般についての洞察の鋭さ、権力の場における人間関係の分析の綿密さ、独裁国家という枠内でではあるが、君主の心術探究の深刻さ、という点ではいずれも韓非のほうがマキャベリより一段と精彩があり、ルネサンス期のマキャベリと比べても、不思議に古くないのである。韓非の眼がその時の瑣々たる政治現象をつきぬけて、人間の本質に迫っている故であろう。 【本書の内容】 [第一巻] 初見秦/存韓/難言/愛臣/主道 [第二巻] 有度/二柄/揚権/八姦 [第三巻] 十過 [第四巻] 孤憤/説難/和氏/姦劫弑臣 [第五巻] 亡徴/三守/備内/南面/飾邪 [第六巻] 解老 [第七巻] 喩老/説林上 [第八巻] 説林下/観行/安危/守道/用人/功名/大体 [第九巻] 内儲説上七術 [第十巻] 内儲説下六微 [第十一巻] 外儲説左上 [第十二巻] 外儲説左下 [第十三巻] 外儲説右上 [第十四巻] 外儲説右下 [第十五巻] 難一/難二 [第十六巻] 難三/難四 [第十七巻] 難勢/問弁/問田/定法/説疑/詭使 [第十八巻] 六反/八説/八経 [第十九巻] 五蠹/顕学 [第二十巻] 忠孝/人主/飭令/心度/制分 解説・年表・地図 *本書は1969年に筑摩選書として、1996年にちくま学芸文庫より刊行された『韓非子』(上下巻)を原本とするものです。
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-イスラームは天文学を必要とし、天文学はイスラームなくして発展し得なかった。 論証と幾何学により天文現象をモデル化しようとした古代ギリシアの試みは、2世紀エジプト・アレクサンドリアのプトレマイオスに受け継がれ、その主著『アルマゲスト』において、天動説による宇宙モデルはひとつの完成を見た。 しかし、その後のローマ帝国において人々が必要としたのは、天文学という知的探求そのものではなく、占星術とホロスコープであり、星々の位置を定める手段のみであった。ギリシア科学やプトレマイオスによる幾何天文学を展開・発展させる者がヨーロッパ世界において現れるのは、コペルニクスの登場まで待たねばならなかった。 だが、地動説を打ち立て天文学のみならず科学を大きく転回させたコペルニクスは、明らかにプトレマイオスの天文学を受け継いでいた。7世紀には断絶を迎えていたはずの幾何天文学は、16世紀のコペルニクスまで、いかにしてたどり着いたのだろうか。 実は『天球回転論』では、サービト・イブン・クッラ、バッターニー、ザルカーリー、イブン・ルシュド、ビトルージーらイスラーム世界の学者への言及がされている。コペルニクスは、イスラーム地域の天文学者たちの成果を、参照すべき先人の業績とみなしていたのである。 イスラーム世界、とりわけアッバース朝では、それまでのペルシアの伝統を受け継ぎ、翻訳事業を振興し、占星術を重視した。他方で、異教徒との議論において自らの教義の正当性を揺るがぬものとするため、世界の仕組みについての合理的な説明を厳密に組み立てる「論証」が求められた。そうした要請のもとイスラームの学者たちは、古代ギリシアやインドの知的達成に学び、その中でプトレマイオスは再発見されたのである。さらに彼らは、天体モデルの整合性を追究し、観測結果に基づいてプトレマイオス天文学の修正を目指し、より厳密な幾何天文学を構築しようとした。その集大成を、地動説という形で成し遂げたのがコペルニクスだったのである。 コペルニクスの登場が近代天文学、ひいては近代科学の始まりであるとするならば、イスラームによる天文学研究は、近代科学の礎となる重要な活動であったと言える。 本書は、イスラーム世界において天体への考察が科学として磨き上げられていった歴史を、簡明かつ鮮やかに描き出すものである。 *本書の原本は、2010年に岩波科学ライブラリーより刊行されました。
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-本書は、20世紀を代表するドイツのユダヤ系思想家であり、フランクフルト学派の中心人物テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ(1903-69)の波乱に満ちた生涯と、その不屈の思想を丁寧にたどる決定版ガイドです。 フランクフルト・アム・マインに生まれ、哲学、社会学、心理学、音楽学を貪欲に学んだ早熟の天才アドルノは、わずか21歳で哲学博士号を取得。コーネリウスのゼミで終生の友人ホルクハイマーと出会い、戦後にフランクフルト「社会研究所」の所長に就任します。ここに集った研究者たちとともに形成されたのが、後に「フランクフルト学派」と呼ばれる思想潮流です。 ナチス政権下で教授資格を剥奪されたアドルノは、イギリスを経て1938年にアメリカへ亡命します。1949年に帰国した後、ホルクハイマーと共に社会研究所を再建、亡くなるまでその活動を続けました。 近代合理性の闇を暴き、西欧文明の自己批判を徹底したアドルノ。アメリカの大衆文化批判、反ユダヤ主義への応答、そして「新しい主体」や芸術と哲学の連帯を模索する彼の思想は、現実とのすさまじい緊張関係の中から生み出されるもので、安易な解釈を許しません。 本書では、音楽への情熱、クラカウアーやベンヤミンとの友情、ホルクハイマーとの共同作業など、その思想を育んだ生涯をたどり、主要著作『啓蒙の弁証法』『否定弁証法』『美の理論』の読解を通して、危機の時代に生きた知の巨人の核心に迫ります。アドルノ研究の泰斗による、最良の概説書です。 [本書の内容] まえがき プロローグ 肯定的なアドルノを求めて 第一章 音楽の揺りかご 第二章 星々の友情 第三章 否定弁証法のオリジン 第四章 亡命のオデュッセウス 第五章 理性の原史をたずねて――『啓蒙の弁証法』の射程 第六章 新たな「唯物論」へ――『否定弁証法』と「客観の優位」 第七章 『美の理論』の告げるもの エピローグ パウル・ツェランとアドルノ 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 あとがき 学術文庫版あとがき アドルノ略年譜 *本書の原本は、1996年に「現代思想の冒険者たち」第15巻として小社から刊行されました。
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-中世アジアの海の世界を鮮烈に描いた書籍の決定版! 苛烈な略奪を繰り返し諸国を悩ませた前期倭寇。その結果生まれた倭人居留地「三浦(さんぽ)」は、朝鮮に巣食う「腫瘍(しゅよう)」とまで呼ばれ、後期倭寇は、アジアに進出してきたヨーロッパ勢力をも巻き込み、銀をめぐる密貿易で世界史に躍り出る……。彼ら倭寇・倭人は日本のものとは明らかに異なる「倭服」に身をつつみ「倭語」を操る、国籍や民族を超えた集団だった。14世紀から16世紀にかけて東アジアの海を舞台に、国家や民族集団からドロップアウトし、しばしば暴力をともないながら、自由に、どこまでもしたたかに生きた人々を描き出す。 「倭人は帯方の東南、大海の中に在り」。邪馬台国の史料としてよく知られる『魏志倭人伝』。ここからおよそ1200年後の朝鮮王朝の記録に、再び「倭人」は現れる―― 14世紀後半、女性や子供にも容赦ない前期倭寇の略奪が『朝鮮王朝実録』に恐怖の記録として生々しく克明に記された。倭寇に苦しむ朝鮮王朝がとった懐柔策によって15世紀に誕生したのが、倭人居留地の三浦である。エネルギッシュで、自由奔放で、論理を越えた倭人がひしめく三浦は、猫のひたいほどの場所でありながら、周辺の朝鮮社会に巨大な経済的影響をあたえ、やがてソウルの政財界まで巻きこんだスキャンダルを引き起こしていく――。 三浦を中心に、倭寇王の後継者として豊臣秀吉が登場するに至る中世東アジアの海域世界を描いた『中世倭人伝』。文庫化にあたって、原本には入れられなかったソウルの倭人たち、江南沿海域を中心とする後期倭寇の猖獗、石見銀山の爆発的増産によって世界を駆け巡った日本銀、さらに16世紀ヨーロッパの古地図に描かれた、銀と海賊に特徴づけられる日本像などの論考を増補し、倭人たちが躍動する海の世界を大きく広げた決定版登場!(原本:岩波書店、1993年) 【本書の内容】 学術文庫版はしがき I 中世倭人伝 「魏志倭人伝」によるプロローグ 一 国境をまたぐ地域 二 「三浦」──異国のなかの中世 三 密貿易の構造 中華の崩壊によるエピローグ 文献案内 あとがき 『中世倭人伝』韓国語版刊行によせて II 倭人群像 一 三浦の鎮城と関限――薺浦を中心に 二 倭人たちのソウル 三 三浦の乱時のソウル倭館 四 石見銀山と倭人ネットワーク 五 海賊、銀山、ザビエル――ヨーロッパ製古地図を読む 六 琉球王国と「倭寇」 七 中世日朝貿易における経典の輸入 学術文庫版あとがき
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5.0清朝末期、半世紀にわたって権力を握り続けた西太后を、側近として見つめた女性による迫真の手記。 満洲人外交官の父親のもと、フランスで語学力を身につけた著者・徳齢は、1903年から1905年まで、通訳兼女官として晩年の西太后に仕えた。そこで目にしたのは豪華な食事と太后自ら演出した劇に時を費やす贅沢な日常だった。普段は離宮・頤和園で過ごし、正式な宮廷行事の時のみ、何十人もの女官や宦官を連れた大行列で紫禁城に赴いた。西太后はキリスト教を嫌い中国古来の風習を誇りにしながら、写真など西欧技術には関心をもち、ロシアから来た曲馬団にも大興奮。聡明な著者に心を許し、戊戌の変法の内幕や、自ら「生涯唯一の誤り」という義和団の乱の真相を語る。そして、後にアメリカで文筆家として大成する著者のジャーナリスティックな視線は、陰険な宦官たちや、不遇の皇帝・光緒帝の実像など、宮廷の人々にも向けられていく。 本書の原著Two years in the Forbiddencityは英語で執筆され、西太后が没して3年後の1911年、辛亥革命の年に上海で刊行されて、いまも版を重ねている。 [日本語版原本:『西太后に侍して』生活社1942年、研文社1997年] 目次 訳者序文 第一章 序の巻 第二章 宮中にて 第三章 宮中の芝居 第四章 西太后との午餐 第五章 西太后の覲見 第六章 西太后に侍して 第七章 宮廷の事ども 第八章 宮眷たち 第九章 光緒皇帝 第十章 皇后様 第十一章 私どもの服装 第十二章 西太后とコンガー夫人 第十三章 西太后の画像 第十四章 光緒皇帝の万寿節 第十五章 中秋節 第十六章 万寿山の離宮 第十七章 召見の間 第十八章 新年の行事 第十九章 海の離宮 第二十章 結びの巻 解 説 (加藤徹)
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4.22世紀後半ローマ皇帝となったマルクス・アウレリウスはまたストア派の哲学者でもあった。万有は神的理性(ロゴス)に統率されるという合理的存在論に与する精神構造を持つ一方で、文章全体に漂う硬質の無常観はどこから来るのか。自身の心に向かって思念し、心内の軋み・分裂・矛盾をごまかすことなく真摯に生きた哲人皇帝の魂の声。碩学による待望の新訳。(講談社学術文庫)
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-17世紀にガリレオやニュートンによって近代科学が成立するが、18世紀になると自然哲学の勢いは衰え、代わって博物学が時代を代表する学問となった。ヨーロッパでは王侯貴族から市民までが博物学に熱狂し、珍奇な動植物や鉱物を収集・分類することが流行する。こうした情熱の背景には「神の創造した自然を理解することが神を理解することになる」というキリスト教的信念があった。 本書は、この博物学の黄金期を、スウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ(1707―1778)を中心に描く。リンネは「分類学の父」と呼ばれ、生物を「属名+種小名」の二語で表す二名法を確立し、現代の学名体系の基礎を築いた人物である。彼の代表作『自然の体系』や『植物の種』は、生物を階層的に整理する画期的な試みであり、後世のダーウィンにも影響を与えた。 世界のすべてを知り尽くしたい――万物を収集、分類、記述しようとする欲望は、どこから出てきたのか、鎖国日本を含む全世界をめざしたリンネの弟子たちは何を行ったのか。 18世紀の知的熱狂と探究心、そして自然を体系化しようとした人類の壮大な試みを、リンネを軸にコンパクトにまとめた一冊。博物学の意義とその文化的背景を理解するための格好の入門書。 [本書の内容] プロローグ 博物学の時代 第1章 すべての植物を分類しつくす 第2章 植物はどのようにとらえられてきたか 第3章 学名の誕生 第4章 最高の学問としての博物学 第5章 世界を分類しつくしたい――リンネとその野望 第6章 地球の裏側までも――リンネと使徒たち 第7章 リンネ博物学の遺産 エピローグ リンネからダーウィンへ
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4.0戦争の陰で暗躍し、鉄砲や大砲、ミサイルや核兵器まで売り捌き、巨万の富を得た武器商人たちの実態を暴くノンフィクション! 武器商人は、戦争の危機を煽り、国防の必要を訴えるとともに、「愛国者」として政治家に取り入り、大量の武器を売り込んできた。資本主義が発展する中で、科学技術とともに軍需産業が拡大すると、彼らは資本家となり、巨万の富を築き上げるだけでなく、国際的な独占資本となった――。国内外の実話をもとに、黒幕たちの系譜と実態を暴き、戦争が起きる仕組みを明らかにする。(解説・小泉悠) 〇本書に登場する人物 ・アメリカの大統領リンカーンを激怒させたJ・P・モルガン ・明治の戦争成金となった、大倉財閥の始祖である大倉喜八郎 ・ダイナマイトを発明した利益で、平和賞を創設したノーベル ・史上最も有名な、謎多き伝説の武器商人である騎士ザハロフ ・大砲の王者として数世代かけて巨大企業をつくったクルップ ・火薬から原水爆まで、アメリカ有数の財閥となったデュポン 【目次】 1 「死の商人」とは何か 2 サー・バシル・ザハロフ――「ヨーロッパの謎の男」 3 クルップ――「大砲の王者」 4 IGファルベン――「死なない章魚」 5 デュポン――火薬から原水爆へ 6 日本の「死の商人」 7 恐竜は死滅させられるか あとがき〔一九六二年改訂版への〕 あとがき 解説 暴力を理解し、しかし飲み込まれないために 小泉悠
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4.0■世界の真理は、単純明快! てこの原理からE=mc2、量子力学まで全部わかる!■ 中学校理科から量子力学まで物理学全体を見渡し、歴史のエピソードや文学作品を引きながら「基本の基本」をわかりやすく伝授。さらに、人間の思考は自然の論理をどこまで捉えられるのか、という根源的問いにまで誘う。宇宙物理学の先端で研究に取り組み、科学とは何かを深く問い続けてきた名手が放つ、画期的入門テキストにして深遠なメッセージ。 「文系のための物理学入門」の決定版! □単純、簡明、統一、原理主義□ 物理学者は、多様で複雑に見える自然だが、真理は意外に単純明快であり、論理を忠実にたどっていけば必ず真理に到達できると信じている。アインシュタインが述べたように、「神は老獪だが、意地悪ではない」のである。そのための自然を解剖していく手法は、本書に書いたような原理・法則・原則に則っている。どのような建築物もレンガ一つひとつの積み重ねから成り立っているように、壮大な物理学の成果も、最も基本的な原理の上に構築されているのである。―本書より (本書は2011年にPHPサイエンス・ワールド新書より刊行された『物理学の原理と法則』を大幅に改稿・加筆し文庫化したものです)
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-初期般若経典に、初めて論理的学説を与えた古代インドの名僧・龍樹(150-250、あるいは100-200)。主著『中論』は約450の偈、27の章から、あらゆるものの存在を否定しつくし、反対論者への反駁も執拗にして圧倒的だった。その非常に難解で、さまざまな解釈や誤解を生む古典的名著を、「聖なるもの」「俗なるもの」という2方向のヴェクトル概念を用いて、根気強く考察。インド哲学の泰斗が若かりし頃に記した、エネルギー溢れる筆致が、「俗」から「空」、「悟り」「聖なる世界」へ解脱の境地へと誘う! はじめに、より 現代に生きるわれわれにとって『中論』が何を教えるのか? 千数百年後のわれわれにまで、直截に伝わるほどの気迫を込めて、龍樹が追求したものはなんだったのか。 さまざまな領域、次元でさまざまな見解があり得るであろう。 しかし、どのような場合においても龍樹が言わんとしたところをできる限り正確に受けとめることから出発しなければならない。 (巻頭言要約) 目次 はじめに 第1章 『中論』における「聖なるもの」と「俗なるもの」 1 『中論』の歴史的位置 2 『中論』の思想的位置 3 『中論』における世俗と最高真理 第2章 「空」の構造 1 「俗なるもの」の構造 2 「俗なるもの」の否定(一) 3 「俗なるもの」の否定(二) 4 「俗なるもの」の否定(三) 5 「俗なるもの」の否定(四) 6 「俗なるもの」から「聖なるもの」へ 7 「聖なるもの」から「俗なるもの」へ 8 「俗なるもの」の聖化(一) 9 「俗なるもの」の聖化(二) むすび あとがき 学術文庫版あとがき 索 引 本書の原本は1986年11月、「空」の構造 『中論』の論理 として、第三文明社 レグルス文庫より刊行されました。
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3.0参政権の平等と民衆の政治参加という理想を追い求めた古代ギリシアの人々。しかし、政治の暗黒面を避けて通ることはできなかった。それが賄賂である。では賄賂とは、いつから、なぜ、「犯罪」とされるようになったのだろうか――。 紀元前5世紀なかばに直接民主政の骨格を完成した都市国家アテナイを、国力の絶頂期に導いたペリクレスは、「賄賂になびかない政治家」として知られる。友人からの供応を嫌い、宴会の招きに応じることもなかったという。それが贈収賄の温床になることを知っていたのである。 しかし、賄賂と贈与はどう違うのか。古代ギリシアはもともと、贈与交換が重視される社会だった。贈与の機能は多様であり、現代ならば、それは謝礼、賃金、報償、あるいは賄賂となるが、それは総じて「贈り物」と呼ばれたのである。そのなかで、私的な利益を誘導する賄賂への態度は、民主政の始まりによって一変したわけではなかった。賄賂を断罪する姿勢があらわれるのは、ギリシア人がペルシア戦争という未曽有の困難に直面し、賄賂が公共性にとって破壊的な結果をもたらすことに気づいたときだった。アテナイのパルテノン神殿の建設という大公共事業に際しても、贈収賄事件を実証する記録は1件も見当たらないという。 〔原本:『賄賂とアテナイ民主政――美徳から犯罪へ』山川出版社、2008年刊〕 目次 1 賄賂と贈与 2 贈り物は神々をも説得する 3 ペルシア戦争という転機 4 さまざまな賄賂 5 罪と法 6 賄賂と民主政 あとがき 学術文庫版あとがき
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3.5宇宙の歴史は有限か無限か? 「この宇宙」はどのように生まれたのか? 時間以前には何があったのか? …… 宇宙の謎をめぐる人類の探究の歴史を、ケプラーのSF的宇宙探索物語、パスカルの無限空間への恐怖、ニュートンの普遍力学、カントのコペルニクス的転回、ラプラスの魔、パースの進化論的宇宙論といった魅力的なトピックとともに、コンパクトかつ深く辿る! ビッグバン宇宙論や多宇宙論など、物理学の最新成果を踏まえた、哲学の泰斗による「新しい自然哲学」構築の試み。 解説は、『なぜ宇宙は存在するのか』の野村泰紀氏(理論物理学/カリフォルニア大学バークレー校教授)。 [目次] ■講義 自然哲学の行方 第一講 コスモロジーの自立 (われわれの生きる宇宙/…新しい自然哲学の時代のとばぐち/…) 第二講 ケプラーの夢 (伝統的思考法からの独立/…世界初のサイエンス・フィクション/…) 第三講 無限宇宙の永遠の沈黙 (…沈黙する宇宙と人間の孤独/…パスカルの根源性と先駆性) 第四講 時空をめぐる論争 (ニュートン力学が切りひらいた問い/カントによる時空論の総合/…) 第五講 レヴォリューションーー回転か革命か (世界観の転換/…時空やカテゴリーは固定的か) 第六講 決定論の崩壊 (ラプラスの魔/…非決定論の方へ) 第七講 ビッグバンの方へ (「人類の偉大な一歩」/…哲学に役割は残されているか/…) ■補講 宇宙の時間、有限か無限か 補講一 有限説と無限説 (カントの「誤り」を超えて/…宇宙の歴史は無限か/…) 補講二 カントのアンチノミー (アンチノミーが暴くもの/…ゼノンのパラドクスから一九世紀の数学・論理学へ) 補講三 パースの宇宙論 (進化論的宇宙論ーーカオスからコスモスへ/…現実の「外」へと目を向ける方法) ■解説 新しい自然哲学は未解決問題に挑めるか 野村泰紀 ■人名索引
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5.0本書は、20世紀の日本を代表する哲学者・田中美知太郎(1902-85年)による生前最後の単行本です。 古代ギリシア哲学の専門家として、数々の著作や翻訳を送り出すとともに、日本西洋古典学会の設立に携わるなど、日本の哲学界の大きな礎を築いた著者が最後に残したのは、「古代哲学史」という単刀直入なタイトルを冠した1冊でした。全三部から成る本書の第I部では、万物の始源は「水」だと説いたタレス(前585年頃)に始まり、アナクシマンドロス、アナクシメネス、ヘラクレイトス、エンペドクレス、アナクサゴラスなどを経て、ソクラテス、プラトン、アリストテレスに至る哲学史の流れを大づかみにしてみせる「西洋古代哲学史」が収録されています。文庫版で100頁にも満たない分量で要点を的確に押さえた思想史を描く力量は、まさに出色です。 第II部では、古代哲学をより深く知りたいと願う読者のために碩学がアドバイスをする、という趣きを帯びています。残された哲学者たちの著作に触れる時に注意すべきこと、そして参考書や研究書を含めた読書案内まで、実践的な哲学ガイドとして役立つことでしょう。 そして、第III部には、著者が何度も改訂を繰り返してきたヘラクレイトスの残された断片の日本語訳が収録されています。ここに読むことのできる言葉は、時に謎めき、時に不思議な魅力を放つ、古来、多くの人たちを惹きつけてきたものです。 著者がその最期に読者に向けて贈った本書には、長年月にわたる研鑽の果実が惜しみなく凝縮されています。近年は政治論や文明論などに光をあてられることの多い偉大な学者の神髄に触れられる絶好の1冊です。学術文庫版には、田中美知太郎に思い入れを抱いてきた國分功一郎氏の解説を収録し、文字どおりの決定版となります。 [本書の内容] I 西洋古代哲学史 古代アトム論の成立 II 古代哲学 一 古代哲学 二 III ヘラクレイトスの言葉 あとがき 解 題(國分功一郎)
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5.0《すべての性欲を解き放て!》 第三帝国が企てた「快楽」と「生殖」をめぐる大衆動員の実態とは? ナチズム研究をリードする著者による衝撃的論考の増補文庫化! 産めよ殖やせよ。強きゲルマン人の子らを━ナチスは人間の欲望、とりわけ性欲を解放させることで、人々を生殖に駆り立て、社会を支配せんとした。 「厳格で抑圧的なナチズム」という通説のイメージを、膨大な同時代資料を渉猟することによって覆し、性と権力、快楽と大衆操作が絡み合い展開した「欲望の動員」の実態に光を当てる、決定的研究! 【本書「はじめに」より】 本書はこのような観点から、第三帝国下の「性-政治」の実態を描き出そうとするものである。そこでの性と権力の複雑なからみ合いを、体制側の狙いと個々人の実践との齟齬や矛盾にも留意しつつ、性教育、同性愛、裸体文化、婚外交渉などの争点ごとに検証していきたい。その際とくに、従来の一般的な見方とは異なって、ナチズムが市民道徳への反発から性的欲求の充足を奨励し、ある種の「性の解放」を促進したプロセスに注目する。ダグマー・ヘルツォークの研究が明らかにしているように、彼らにとって性は生殖のためだけのものではなく、快楽や喜びをもたらす一種の刺激剤でもあったのであり、それを徹底的に活用した点にこそ、この運動の動員力を説明する手がかりがあると考えられる。その意味で本書は何よりも、生殖と快楽の問題にとりつかれた体制の「欲望の動員」のメカニズムを解明することをめざしている。 【本書の内容】 はじめに 第一章 市民道徳への反発 第二章 健全な性生活 1 性的啓蒙の展開 2 性生活の効用 第三章 男たちの慎み 1 男性国家の悪疫 2 結婚を超えて 第四章 美しく純粋な裸体 1 裸体への意志 2 ヌードの氾濫 3 女性の魅力 第五章 欲望の動員 1 新しい社交 2 悪徳の奨励 3 道徳の解体 おわりに 補章 注 図版出典 あとがき 学術文庫版あとがき 索引 *本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。
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4.0一六世紀、スペイン人によるアメリカ大陸征服史が始まる。黄金を探すコロンブス、ピサロ、コルテス……。抵抗する、モクテスマ、トパック・アマルなどのインディオたち。栄華を誇った帝都と文明は、いかに滅ぼされたのか? 西欧と非西欧の壮絶なる戦いの記録を、既存の、スペイン人主体の史料では触れられなかった「敗者の視点」から再検証、植民地時代から現在へ続くラテンアメリカの被征服史を辿る。 プロローグ 黄金の夢 第一章 コロンブスの目指したジパンゴ 第二章 冒険者バルボア 第三章 メキシコの発見 第四章 首都の攻防 第五章 対決 第六章 「悲しき夜」 第七章 英雄の敗北 第八章 太平洋と中央アメリカ 第九章 南の海の探検 第一〇章 カハマルカの悲劇 第一一章 クスコ占領 第一二章 征服者たちの争いとインカ 第一三章 アラウコの国とパンパ 第一四章 ムイスカの黄金 第一五章 エル・ドラードとアマゾンの国 エピローグ 征服者たちの黄昏 あとがき 年表 民族と地域 人名検索 2002年小学館より刊行されました
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-本書は、紀元1世紀、帝政を迎えた古代ローマに生きた詩人マルクス・マーニーリウスによる、天文学・占星術について記された最古の文献の一つです。作者マーニーリウスについては『アストロノミカ』の著者であること以外、確かなことは知られておらず、本作に見られる記述から初代皇帝アウグストゥスから第二代皇帝ティベリウスの時代に書かれたことを推測できるにすぎません。 古代において、天文学と占星術のあいだの区別は存在しませんでした。執筆当時のローマを見れば、アウグストゥスが生まれた日に占星術師プブリウス・ニギディウスが「地上世界の主が生まれた」と断言したと伝えられ、アウグストゥス自身も天文学や占星術を利用していたことが知られています。未来を知ることができる技術がとりわけ政治家にとって重要な意味をもつことは想像に難くないでしょう。だからこそ、マーニーリウスは本作の第一巻の序歌にこう記しました。 「生きた身ながら果てしない大空を巡ること、そして星座や 逆行する惑星の動きを知ることは喜ばしい。 だがこれらの知識だけでは不充分だ。大宇宙の心臓部さえも知悉すること、 それが星座を介して生物を生み出し支配する方途を 認識すること、そしてアポッローンの調律に従い それを詩に語ることはいっそう激しい喜びとなる。」(1.13-19) つまり、星座の分布や天体の動きに関する知識だけでなく、それらがいかなる力をもって地上に働きかけるのかという問題にまで踏み込んでいく必要がある、言い換えれば「天文学」の知だけでなく「占星術」の知をも身につけて初めて宇宙について知ることができる、と詩人は宣言しているわけです。 それゆえ、本書には古代の宇宙に関する知識のすべてが書かれています。「教訓詩」と呼ばれる韻文としてそれを綴った本作は、きわめて貴重な古典にほかなりません。残念なことに、本作にはラテン語原典から韻文の形で日本語に訳出したものは存在しませんでしたが、気鋭の訳者を得て、ここにその偉業が成し遂げられました。星空を眺め、宇宙に思いを馳せながら、ぜひ手にしていただきたい1冊です。 [本書の内容] 第一巻 第二巻 第三巻 第四巻 第五巻 訳者解説 訳者あとがき 図 表
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3.5紀元前338年、ギリシャ敗戦! その後「民主政」はどうなった? 教科書に載らない歴史の真実を明かす、第一人者によるアテネ「亡国」のドラマ。 * 紀元前338年、アネテやテーベを中心とするギリシア連合軍は、フィリポス2世とアレクサンドロス率いるマケドニア軍に歴史的な大敗を喫した。アテネが誇る民主政はしかし、それを契機にかつてない平和と繁栄を謳歌する――。デモステネスら政治家たちの闘いの跡を追いつつ、アレクサンドロス躍進の陰で「黄昏」と呼ばれたアテネの実像を明らかにする、第一人者による画期の書! * [目次] はじめに 序章 「黄昏のアテネ」に迫る 1 「黄昏のアテネ」とデモステネス 2 「政治家」と「政治グループ」 第1章 決戦へ 1 デモステネスの生きた時代 2 デモステネスの前半生 3 反マケドニアの政治家として 4 「宿敵」アイスキネスとの対立 第2章 敗戦――マケドニアの覇権 1 戦後処理 2 デモステネスの活躍 3 アレクサンドロスの時代の幕開け 4 マケドニアの傘の下で 第3章 対決――「冠の裁判」 1 裁判が始まるまで 2 「弁論家の戦い」 第4章 平穏――嵐の前の静けさ 1 デモステネスの隣人たち 2 アテネ民主政の姿 3 動乱の前ぶれ 第5章 擾乱――ハルパロス事件 1 ハルパロス事件とは 2 事件当時のアテネの情勢 3 ハルパロス裁判 4 裁判の背後の人間模様 第6章 終幕――デモステネスとアテネ民主政の最期 1 民主政アテネの最後の闘い 2 愛国者たちのそれぞれの最期 終章 1 デモステネスの遺したもの 2 「黄昏」の民主政 史料について 主要参考文献 関連年表 あとがき 学術文庫版へのあとがき
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-「雲から雨が降る」という、一見あたりまえの自然現象の仕組みと奥深さを探究した、気象学の入門書。 なぜ雨は、滝のようにつながって落ちてこないのか。雨粒はどんな形をしているのか。小雨の雨粒と、大粒の雨粒は、どのくらい大きさが違うのか。雲粒と雨粒の境目はどこにあるのか。なぜ、雨が降りやすい雲と、降りにくい雲があるのか。水蒸気が凝結するための「雲粒の種」とは。自己増殖し、自己組織化して雨を降らせる、生物のような積乱雲の生涯とは――。 傘とレインコートで日常的な雨対策をし、冬にも豪雪に見舞われる日本列島の降雨事情は、地球上でも特異なものだという。その地形的特質から、近年多発する集中豪雨のメカニズムとエルニーニョ現象、温暖化のカギを握る雲の種類、さらに、「人類の夢」である人工降雨や気象の人工調節の可能性まで、雲・雨・雪の研究に尽くした第一人者が、平易に解説する。北海道大学名誉教授・藤吉康志氏が巻末解説を執筆。〔原本:『雨の科学――雲をつかむ話』2005年5月、成山堂書店刊〕〈目次〉1 地球に降る雨のミクロな特徴第1章 雨粒の形と大きさ第2章 雨の強さと雨粒の大きさ分布第3章 雨が降る雲、降らない雲第4章 多くの雨は雪が融けたもの第5章 雨の降り方は人間活動によって変わる2 雲の組織化第6章 積乱雲の生涯第7章 生物のような積乱雲第8章 集中する豪雨第9章 人工衛星から観る雲の群第10章 地形の働きによる降雨の強化と集中3 雨の気候学第11章 気候域と雨量第12章 亜熱帯域の降雨第13章 雨のテレコネクション第14章 雨の経年変化第15章 水惑星の水問題解説 藤吉康志索引
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3.0「神」の言葉を聞き、崩壊した世界を再生させるために女性となって「神」の子を身ごもる……そんな妄想に襲われた一人の男は、みずからの闘いを生々しく書き綴った。それは、1903年に公刊されて以来、フロイト、ラカン、カネッティ、ドゥルーズ&ガタリなど、幾多の者たちに衝撃を与え、20世紀の思想に決定的な影響を及ぼした稀代の書物である。世界を震撼させた男が残した壮絶な記録を明快な日本語で伝える決定版。(講談社学術文庫)
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4.0「真空の哲学」の核心 〈認識論的切断〉とは 「認識論的切断 coupure epistemologique」とは何か。『マルクスのために』『資本論を読む』でマルクス研究を一新し、フーコー、デリダ、ブルデュー、ドゥルーズらを育てたルイ・アルチュセールは、精神的肉体的苦闘、あるいは自身の「認識論的切断」を経て、いかなる地平に到達したのか。その思想的全生涯をもれなく論じた、第一人者による決定版! 形而上学の名前で呼ばれうる西欧哲学がその可能性を出し尽くしつつある現在、この伝統的思考様式を可能にした条件と地平を露出させ、同時にそれとはまったく異質の軌道がどういうものでありうるかを、われわれは徹底的に考えることを要請されている。そのひとつの模範的思索をアルチュセールはわれわれに遺産としてのこしてくれたのである。そのバトンを受けとるのは、われわれである。――<本書より>
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3.5※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ソーシャル、モバイル、クラウド、スマート……。爆発的発展を遂げる情報化社会は、有史以来、軍事・外交の「秘匿」を担った暗号の役割を、「認証」へと一変させた。情報セキュリティを担う現代暗号の特性とは? 「共通鍵暗号」「公開鍵暗号」「零知識対話証明」の数理も平易に解説。暗号の歴史と倫理、その技術基盤のすべてがわかる格好の入門書。(講談社学術文庫)
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3.5アーネスト・サトウの名は、幕末明治の日本に訪れたイギリスの外交官として知られている。しかしサトウが、日本の「近代登山の幕開け」に大きく寄与したことを知る人は案外少ない。本書は、サトウの登山家としての著作を抜粋・編集。富士山、日本アルプス、日光と尾瀬、吉野と熊野。描かれる明治の登山道は、現在はすでに廃れて使われなくなっていたり、逆に今もそのままの景色が読み取れるなど、興味をそそる。詳細な地図も掲載。
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3.0ヨーロッパのラテン語・ギリシア語とインドのサンスクリット語に共通の祖となる、失われた起源の言語――。そんな仮想の言語の話し手として「アーリヤ人」は生み出された。そして、それは瞬く間にナチス・ドイツの人種論に繋がる強固な実体を手に入れる。近代言語学の双生児「アーリヤ人」は、なぜこれほどまでに人々の心を捉えて離さないのか。 言語学誕生の歴史から、「すべての起源」インドに取り憑かれた近代ヨーロッパの姿が克明に浮かび上がる! 「インド学」はインドで発達した学問ではない。18世紀末からサンスクリット語文献を集めてきたヨーロッパを中心に発達してきた。私たち日本人が抱く「インド」イメージもまた、近代ヨーロッパという容易には外しがたい眼鏡を通して形成されている。 植民地インドで「発見」された古典語サンスクリットの存在は、ラテン語やギリシア語との共通性から、ヨーロッパとインドに共通する起源の言語の存在を想像させた。類稀な語学の才に恵まれたイギリス人ウィリアム・ジョーンズ(1746-94年)によるこの「発見」によって、近代言語学は誕生する。同時にオリエンタリズムがヨーロッパを席巻し、『シャクンタラー姫』をはじめとするサンスクリット語文献が次々にヨーロッパで翻訳された。 その奔流のなかで『リグ・ヴェーダ』を英訳したのが、ドイツ出身で英国オックスフォード大学に職を得たフリードリヒ・マックス・ミュラー(1823-1900年)である。彼は比較言語学の成果から、『リグ・ヴェーダ』の成立年を紀元前1200年頃と推定し、「アーリヤ人の侵入」を紀元前1500年頃とした。日本の教科書でもよく知られる記述の源は、ここにある。 19世紀ヨーロッパで言語学とともに誕生した「アーリヤ人」は、20世紀にはナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を生み、さらにはインダス文明が発見されたインドに逆流して、考古学的成果と対峙しながらさらなる波紋を生んでいく――。 近代言語学の双生児「アーリヤ人」は、なぜこれほどまでに人々の心を捉えて離さないのか。なぜ言語は常に民族という概念を呼び寄せずにいられないのか。言語学誕生の歴史をひもとくことで「起源」というロマンに取り憑かれ、東洋を夢見た西洋近代の姿を克明に描き出す。インドの実像に目を開く一冊。(原本:『新インド学』角川書店、2002年) 【本書の内容】 第1章 インド学の誕生ー―十八世紀末から十九世紀初頭のインド・カルカッタ 第2章 東洋への憧憬ー―十九世紀前半のヨーロッパ 第3章 アーリヤ人侵入説の登場ーー―十九世紀後半のヨーロッパ 第4章 反「アーリヤ人侵入説」の台頭――二十世紀のインド 第5章 私のインド体験ー――多様性との出会い 補 章 出版二十年後に
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4.021世紀の経済大国・IT大国として存在感が高まっているインドは、18世紀半ばから20世紀半ばまでの200年間、植民地としてイギリスに支配されてきた。 このイギリス支配の基礎を築いたのが、イギリス東インド会社である。しかし、その存在があまりに大きいために全体像はつかみにくく、特に日本では、その規模と活動範囲がずっと小さいオランダ東インド会社に比べても、イギリス東インド会社についての研究や著作は非常に少ない。しかし著者は、現在のインドの経済成長と今後の可能性を見るとき、東インド会社にさかのぼるイギリスのインド支配の歴史と遺産を見直すことが必要だという。 1600年にエリザベス1世がロンドンの商人に特許を与えたことに始まるイギリス東インド会社は、商社として発足しながら独自の軍隊を持ち、領土の支配者に変身していった。1858年に実質上消滅したときには、すでに商業的な機能さえもたない完全な植民地統治機関になっていたのである。 オランダやフランスとの貿易競争、会社経営と企業統治の実態、会社の軍隊と国王軍・インド政府軍の関係、さらに巨大な官僚制を支えた社員採用と社員教育や、歴代総督のプロフィールまでを通観する。 巻末に東京大学名誉教授で『東インド会社とアジアの海』の著者、羽田正氏が解説を執筆。〔原本:2009年 中央公論新社刊〕 目次 はじめに 第一章 商社の時代 一 イギリス軍インド会社とは何者か 二 オランダ、ポルトガルとの競争 三 アウトサイダーの挑戦 四 統一東インド会社の誕生 第二章 商社から領土の支配者へ 一 フランスの挑戦 二 ベンガルでの領土獲得 三 社員の不正蓄財 第三章 ベンガルの支配者から全インドの支配者 一 会社経営における商業原則の後退 二 会社と政府によるインドの共同統治 三 企業統治の変遷 第四章 インド貿易の自由化 一 会社を牛耳った「海運族」 二 私貿易人 第五章 会社の軍隊 一 会社軍と国王軍 二 会社軍 三 会社軍の部隊編制 四 二つの英軍の統合の試み 五 会社軍将校の勝利 六 インドの大反乱後も傭兵頼みのインド政府軍 第六章 インドの高級官僚―ジェントルマンリー・ルーラー 一 社員の採用と行政官教育 二 東インド会社一家 三 公開試験の時代へ 四 ICSはインドにおける超エリート 第七章 三億人の支配者インド総督 一 その起源 二 ベンガル総督 三 会社の時代の総督│クライヴからカニングまで 結びにかえて あとがき イギリス東インド会社関連年表 解説(羽田正)
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-開国に揺れる万延元年(1860)の「桜田門外の変」から、明治4年(1871)の広沢真臣惨殺まで、暗殺事件でみる幕末維新史。 維新前夜の傑物で英雄豪傑と称される清河八郎や、肥後藩の儒学者で明治政府に出仕した横井小楠といった「大物」から、勤皇派の恨みを買って三条河原でなぶり殺された目明しの「猿(ましら)の文吉」といった弱者まで、30の事件を取り上げる。田中光顕や谷干城が語る坂本龍馬の最期、若き伊藤博文が山尾庸三とともに風説を信じて斬り捨てた相手、佐久間象山の息子が仇討ちを狙っていると聞かされた暗殺者・河上彦斎の平然ぶり、幕吏への情報漏洩が疑われて殺された絵師・冷泉為恭の妻とのロマンスと、まさに秘話の集成である。 明治33年(1900)に生まれ、故郷・土佐の歴史を中心に多くの著作をなして司馬遼太郎の信頼も厚かった著者は、「暗殺は文明と野蛮を問わず、古代から現代まで人間社会の一現象として起こる」といい、「明治維新とか、昭和維新とか、変革を呼ぶ時代に暗殺の頻度が多いことは既に歴史が証明している」という。本書はまさに「昭和維新」が叫ばれたテロの時代、昭和5年(1930)に発表され、その後、何度も版を変えて読み継がれてきた。 巻末には、100件を超える事件が並ぶ「維新暗殺史年表」。幕末維新史の研究者、一坂太郎氏が解説を執筆。 〔原本:1967年白竜社刊、1978年新人物往来社刊、1990年河出書房新社刊〕 目次 暗殺談議――序に代えて 大老 井伊直弼 土佐藩参政 吉田東洋 島田左近と宇郷玄蕃 本間精一郎 目明し 猿の文吉 平野屋寿三郎と煎餅屋半兵衛 国学者 塙次郎・鈴木重胤・中村敬宇 播州家老森主税と用人村上真輔 江州石部事件 多田帯刀と村山加寿江 千種有文家臣 賀川肇 儒学者 池内大学 清河八郎 雙樹院 如雲 大藤幽叟 大坂町奉行与力 内山彦次郎 絵師 冷泉為恭 因州藩暗殺事件 姉小路公知 佐久間象山 水戸藩士 住谷寅之介 一橋家用人 原市之進 坂本龍馬と中岡慎太郎 御陵衛士頭 伊東甲子太郎 秋月藩士 臼井亘理 パークス要撃事件 奥羽鎮撫使参謀 世良修蔵 参与 横井小楠 兵部大輔 大村益次郎 参議 広沢真臣 維新暗殺史年表 解説(一坂太郎)
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4.3臨床の場に身を置きつづけながら、綺羅星のような著作および翻訳を遺した稀代の精神病理学者木村敏(1931-2021年)。その創造性は世界的に見ても人後に落ちない。 著者の名を世に広く知らしめるとともに、社会精神医学的な雰囲気を濃く帯びていることで、数ある著作のなかでもひときわ異彩を放つ名著に、畏友・渡辺哲夫による渾身の解説を収録。 「異常」が集団のなかでいかに生み出され、また「異常」とされた人々のうちでなにが生じているのか、社会および個人がはらむ「異常の構造」が克明に描かれる。私たちはなぜ「異常」、とりわけ「精神の異常」に対して深い関心と不安を持たざるを得ないのか。「自然は合理的である」という虚構に支配された近代社会が、多数者からの逸脱をいかに異常として感知し排除するのか。同時に患者のうちで「常識の枠組み」はどのように解体され、またそのことがなぜ「正常人」の常識的日常性を脅かさずにはおかないのか――。 「あとがき」に刻印された「正常人」でしかありえない精神科医としての著者の葛藤は、社会における「異常」の意味を、そして人間が生きることの意味を今なお私たちに問いかけ続けている。(原本:講談社現代新書、1973年) 【本書の内容】 1 現代と異常 2 異常の意味 3 常識の意味 4 常識の病理としての精神分裂病 5 ブランケンブルクの症例アンネ 6 妄想における常識の解体 7 常識的日常世界の「世界公式」 8 精神分裂病者の論理構造 9 合理性の根拠 10 異常の根源 あとがき 解 説(渡辺哲夫)
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4.0ジャーナリズムで、また学問の世界でも普通に使われる用語、「イスラーム世界」とは何のことで、一体どこのことを指しているのだろうか? ムスリムが多い地域のことだろうか、それとも、支配者がムスリムである国々、あるいはイスラーム法が社会を律している地域のことだろうか。ただ単に、アラビア半島やシリア、パレスチナなどの「中東地域」のことを指しているのだろうか? 本書は、高校世界史にも出てくるこの「イスラーム世界」という単語の歴史的背景を検証し、この用語を無批判に用いて世界史を描くことの問題性を明らかにしていく。 前近代のムスリムによる「イスラーム世界」の認識、19世紀のヨーロッパで「イスラーム世界」という概念が生み出されてきた過程、さらに日本における「イスラーム世界」という捉え方の誕生と、それが現代日本人の世界観に及ぼした影響などを明らかにする中で、著者は、「イスラーム世界」という概念は一種のイデオロギーであって地理的空間としては存在せず、この語は歴史学の用語として「使用すべきではない」という。そして、地球環境と人類史的視点から「新しい世界史」を構想し叙述する方法の模索が始まる。 本書は刊行当時、歴史学者・イスラーム学者の間に議論を引き起こし、アジア・太平洋賞特別賞を受賞した。文庫化にあたり、原本刊行後の議論を踏まえて「補章」を加筆。〔原本:『イスラーム世界の創造』東京大学出版会、2005年〕
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4.3マムルーク朝のバイバルスとともに、イスラーム史上の英雄と称されるアイユーブ朝のサラディン。アラブと十字軍の50年以上にわたる覇権争いに終止符を打ち、十字軍から聖地エルサレムを奪回した「イスラーム世界の英雄」として知られる彼は、同時代のアラビア語史料や伝説に「アラブ騎士道の達人」「慈悲深い高潔な人物」と謳われ、ヨーロッパでも智者、果敢な騎士、寛大な性格の人物と評されました。アラブ側は異教徒と勇敢に戦った英雄として、ヨーロッパ側はアラブ騎士道の体現者として、サラディンを描きつづけています。そのような伝説に彩られた人物の実像とはどのようなものだったのでしょうか。本書は、サラディンが、どのような政治・経済・社会状況にあって、どのように考え、どのように行動したかを明らかにします。さらに、伝説と事実を峻別したうえで、架空の伝説も人々の願望の表れとしてとりあげ、「人間としてのサラディン像」をあざやかに描き出す、「英雄」の実像に迫った本格的伝記です。 〔原本/1996年、講談社選書メチエ〕 【本書の内容】 プロローグ――サラディンの生きた時代 第一章 修行時代 1 誕生 2 カリフ権力の衰退と十字軍の侵攻 3 少年サラディン 4 ヌール・アッディーンとの出会い 5 エジプト遠征 第二章 エジプトの若きスルタン 1 アイユーブ朝の創設 2 バイナル・カスラインの戦い 3 サラディンの補佐役たち 4 イエメン征服の謎 5 シリアへの進出 6 新体制の確立 第三章 カイロからエルサレムへ 1 エジプト経済の繁栄 2 聖戦(ジハード)へ向けて 3 エルサレム奪回 4 アッカーをめぐる攻防 5 サラディンの死 エピローグ――サラディン以後
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-国引き、八岐大蛇、国譲りなど、日本神話では最も重要な舞台であるにもかかわらず、大和朝廷に対抗したという出雲国の実態は未だ明らかになっていない。比較神話学、民俗学、宗教学、歴史学などの様々な知見からなる議論をまとめ、記紀や風土記、神賀詞などの資料を読み解き、出雲神話の虚像と実像を浮かび上がらせる最良の入門書!(解説・三浦佑之) 【本書で扱うトピック】 八岐大蛇の神話にはどのような意味があるか? なぜ、記紀と風土記の内容は、大きく異なるか? 大和朝廷と出雲国は、実際に敵対関係にあったか? なぜ、出雲は死者や他界と結びつけられてきたか? いかにして、オオクニヌシは国家的英雄神となったか? なぜ、古代出雲は宗教王国だったといえるか? 【目次】 まえがき 1 出雲神話の謎 2 二つの出雲神話 3 出雲国造家の台頭と自家の売りこみ 4 スサノオの神話 5 オオナムチの神話 6 国譲り神話と諸氏族 7 出雲土着の神々 参考文献 解説
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-花の都フィレンツェの驚異的絶頂の世紀を描く 万能の文化人アルベルティとともに、ヨーロッパを照らした「人文主義」の光源を探る 輝かしき15世紀(クアトロ・チェント)。繁栄をきわめるメディチ家と有力家族たちが、パトロンとなって花開く芸術。贅美溢れるモノの帝国にして、聖なる雅都となったフィレンツェ。社交と祝祭、聖と俗、科学と魔術、中世と近代が渾然一体となった都市を動かしていた思想とコードとはなにか。ダ・ヴィンチをして劣等感に臍を噛ませた万能人アルベルティを通して描く新ルネサンス像。〈解説・山崎正和〉 聖ベルナルディーノの言葉「イタリアは世界でもっとも知性的な祖国、トスカーナはイタリアでもっとも知性的な地方、そしてフィレンツェはトスカーナのもっとも知性的な都市である」は、わたしの確信を代弁している。昨今では、フランスやドイツやイギリスのルネサンスを、イタリアとひとまとめにして連続的に論ずる流儀がはやりのようだけれど、あんな北方の、田舎臭い文化活動、青白く屈折した意識の覚醒を「ルネサンス」と呼んで、個人と家族と都市がスクラムを組んで絢爛たる文化を開花させたイタリアと一緒にしてほしくないものだ。――<「あとがき」より>
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4.0――皇帝ジギスムントが宮中伯ルートヴィッヒに向かって命令する。「囚人を受け取り、よろしく異端者として扱え」。今度はルートヴィッヒがコンスタンツの帝国代官に向かって命令する。「我ら双方によって断罪されたる者としてこの者を受け取り、よろしく異端者として焼け」。―― 1415年に異端として裁かれた宗教改革の先駆者、ボヘミアのヤン・フス処刑の克明な描写にはじまる本書は、中世のヨーロッパで異端審問がどのようにして生まれ、そして制度として定着していったのかを、具体的なエピソードを丁寧に積み重ねながら、当時の人々の息遣いもあざやかに描き出す。法も手続きも無視して「すべて殺せ」という13世紀の異端狩りの熱狂から、ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』にも登場した、世界で最も有名な異端審問官ベルナール・ギーによって組織化・マニュアル化された14世紀の冷徹無比な異端審問を経て、15世紀末スペインでの過酷な弾圧に至る、その道のりの背後には、いかなる時代精神が見いだせるのか。 西洋中世史不朽の名著『異端カタリ派の研究』(岩波書店、1989年)の著者が、多彩な史料を駆使して知られざる中世世界への扉を開く!(原本:講談社現代新書、1996年) 【解説(轟木広太郎・ノートルダム清心女子大学准教授)より】 本書は、一三、一四世紀における異端審問の成立と制度的確立の経緯を、およそ関連するすべての種類の史料を博引旁証しながら描き切った労作である。……ヨーロッパ中世という日本人にはどこか掴みどころのない、しかしそれでいて魅惑的な個性を放つ時代の雰囲気を初学者に感得させると同時に、このテーマに興味を持つ専門家にとってもいまだ探求のヒントを数多く掘り出すことのできる鉱脈たり続けていると思う。(本書「解説」より) 【本書の内容】 第一章 薪と硫黄の匂い――異端審問とは何か 第二章 剣と火と異端者――異端審問の誕生まで 第三章 異端審問創設の頃 第四章 異端審問の制度化 第五章 審問官ベルナール・ギー 第六章 裁かれる者たち 第七章 スペインの火刑台 あとがき 参考書目抄 解説「異端審問と交差する四つの歴史の道筋」(轟木広太郎)
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4.0薩英戦争と下関戦争、開港をめぐる激しい外交戦、熱い政治談義、刺激的な国内旅行そして戊辰戦争― 英国青年外交官が「幕末日本」を全身で体感する! 攘夷の嵐が吹き荒れ、政局が緊迫する文久二(一八六二)年、一人のイギリス人通訳官が日本の地を踏んだ。 西郷隆盛ら雄藩・幕府の要人、果ては天皇、あるいは市井の人々との出会いを重ね、日本文化の奥深さに魅了され、そしてときには命の危険を乗り越えながら、彼は日本史上の最大転換点を目撃する。 日本人が長く読み継いできた幕末史の第一級証言を、英国外交史研究を踏まえた新訳で読む。 イギリス外交史、日英関係史を研究する訳者が、これまでの研究蓄積を踏まえ、本書の歴史的意義を問い直す、懇切な解説掲載。
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3.5※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 『トリマルキオの饗宴』は、古代ローマが生んだ風刺小説の金字塔『サテュリコン』の最も有名な場面である。そこに描かれた山海の珍味と美酒、かしずく少年奴隷たち、黄金の腕輪と銀の尿瓶……解放奴隷の成金富豪が催す饗宴の一部始終を解読。厖大な文献、考古・美術資料を駆使して、繁栄を謳歌するネロ帝時代の社会と、人々の人生観を再構築する。(講談社学術文庫)
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3.5本書は通称「イブン・ジュバイルの旅行記」、原題「旅路での出来事に関する情報覚え書き」の全訳です。才智あふれるジュバイルが美文で綴ったこの「旅行記」は、12~13世紀にあっては優れたメッカ巡礼案内として広く読まれ、また後にはイブン・バットゥータ(14世紀)などの旅行記のお手本とされ、多くの旅行記編者が都市の記述を「借用」してきました。そして現在、中世イスラム社会の事情を知る上では欠かせない、貴重な文献となっています。 敬虔なイスラム教徒で、ムワッヒド朝のグラナダ太守に書記として仕えていたジュバイルは、太守が戯れに「酒盃七杯飲むべし」と下した厳命に抗えず、禁を犯してしまいます。それを悔いた太守が盃七杯に金貨を満たして与えると、ジュバイルは罪を償うためにその金貨を元手にメッカ巡礼に旅立ちました。キリスト教徒の巡礼者と同船してアレクサンドリアへ。メッカでは大モスクやカアバ神殿の威容に触れ、メディナからバグダッドへ。そして「東方の真珠」ダマスクスでウマイヤ大モスクに圧倒され、十字軍支配下にあったエルサレムでは、かのサラーフ・アッディーン(サラディン)の勝利の目撃談に触れる……。ベドウィンの襲撃、船の難破に遭うなど、艱難辛苦の旅を詳述した「旅行記」ですが、十字軍時代の地中海東方事情を知るための基本図書でもあります。 〈原本:『旅行記』関西大学出版部、1992年〉 【目次より】 まえがき(監訳者による) 1 グラナダ~エジプト 2 メッカ巡礼 3 聖都メッカ 4 メディナ~バグダード 5 マウシル~アレッポ 6 ダマスクス 7 アッカ 8 シチリア~アンダルス
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3.5著者のトマス・ア・ケンピスは14世紀終盤ドイツで生まれ15世紀後半まで生きた修道士。神秘思想家として数々の著作を残している。その著作は文章のわかりやすさ、章節の短さなどから普通の庶民にとって読みやすいこと、また救いに繋がる安らぎと瞑想を誘う深みを与えてくれることから、中世以降現代まで『聖書』に次ぐ多くの読者を獲得したと言われている。 内容構成は全四巻、章としては114章を数えるが、それぞれの章は数ページからなるものが多く、どの章も深い味わいを持っている。「キリストにならい、世の空しいものを軽んずべきこと」「自身について謙遜であるべきこと」「過度の親しみを避けるべきこと」「艱難の効用について」「心配ごとはすべて神にゆだねるべきこと」「自愛が、最高善からとりわけ人を引き離すこと」「誰がいっているのかということよりも、何がいわれているかに心を用いよ」など、生き方の知恵としてキリスト教徒でない日本人の心にもひびき、参照すべき項目が多い。
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3.5インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』にはじまり、世界的にも類がないほど深遠な思想を生みだしてきたインド。ウパニシャッド、ジャイナ教、仏教、マハーバーラタ、正統バラモンの六派哲学、ヒンドゥー教から、近代のガンジーやタゴールに至るまで、3000年以上にわたる複雑で多様な思想の全領域をコンパクトに大観する。 アーリヤ人の侵入や農村社会の成立、王朝の興亡など、それぞれの時代の社会変動の影響も踏まえつつ、各思想大系の特質を明らかにすることで、〈解脱〉をもとめてやまない人類の思索の歴史が描き出される。 世界的なインド哲学、仏教学者であり、比較思想の開拓者でもあった著者による、半世紀以上にわたって読み継がれてきた不朽の概説書。原本:『インド思想史 第2版』岩波書店、1968年) 第一章 アーリヤ人の侵入とリグ・ヴェーダの宗教 第二章 農村社会の確立とバラモン教 第三章 都市の興隆と自由な思索の出現 第四章 国家統一と諸宗教の変動 第五章 統一国家崩壊後における諸宗教の変遷 第六章 クシャーナ帝国時代における新思想 第一節 時代の趨勢 第二節 仏 教 第三節 ジャイナ教 第四節 南インド文化の開花 第七章 集権的国家における諸哲学学派の確立 第一節 正統バラモン系統 第二節 仏 教 第三節 ジャイナ教 第八章 諸王朝分立時代における諸学派の継続的発展 第一節 バラモン教およびヒンドゥー教 第二節 仏 教 第九章 回教徒の侵入と思想の変化 第一節 中世的宗教の発展 第二節 近代的思惟の発展 第十章 外国資本主義制圧下における思想運動 第十一章 〔附論〕科学思想
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-「キリスト教のライバルは存在するか」。『聖なるもの』(一九一七年)で知られるドイツの宗教学者ルードルフ・オットーは、ヒンドゥー教の一派、ヴィシュヌ派こそが値すると考えた。「救済」をめぐって驚くほど類似が見られる両者の徹底的な検討を通して、宗教の本質に迫る。比較宗教学の古典。 「ヌミノーゼ」と名付けられた、非合理的な神秘経験を宗教経験の本質として析出した『聖なるもの』。ルター派の敬虔なプロテスタント神学者ルードルフ・オットー(1869-1937年)による洞察は、その後ミルチャ・エリアーデやロジェ・カイヨワに引き継がれ、宗教を研究するうえで重要な柱となる「聖と俗」をめぐる研究の土台を築いた。 『聖なるもの』と同時期に研究が進められていたと考えられるのが、本書『インドの宗教とキリスト教』である。18世紀後半、英国による植民地化を通じてサンスクリット文献がもたらされたされたヨーロッパでは、『リグ・ヴェーダ』や『バガヴァッド・ギーター』など次々にそれらの翻訳がおこなわれ、ヨーロッパの起源のひとつとしてオリエントへの関心が急激に高まっていた。 そのような文脈のなかで、オットー自身も『ヴィシュヌ・ナーラーヤナ』などのサンスクリット文献の翻訳・注釈に取り組み、そしてヒンドゥー教、そのなかでも彼が「献信の宗教」と呼ぶヴィシュヌ派に、キリスト教に匹敵する救済論を見出す。ルター派とヴィシュヌ派の比較の末に見いだされる、真の救済とは―。 オットーが終生、一貫して求めたものは、「聖なるもの」の普遍的な弁証であった。ルター派という一つの神学に自らの立場を置きながら、他の神学にも心を開き、あまつさえ神学を有しない宗教体験に対しても視野を開いたオットーの独自性がいかんなく発揮されたインド宗教研究の古典にして比較宗教学の名著。(原本:『インドの神と人』人文書院、1988年) 【本書の内容】 序 第一章 キリスト教のライバル―ーインドの恩寵(恵み)の宗教 第二章 神をめぐる戦い――シャンカラとラーマーヌジャ 第三章 救済の問題ー―いかにして達成されるか 第四章 インドの恩寵の宗教とキリスト教――異なる精神、異なる救い主 結 び 補 説 一 隠れたる神と献信者の神 二 贖いと贖罪 三 本源的堕落の理念 四 同一性神秘主義の同一体験 五 神は個人的存在ではない 六 すべては恩寵から 訳者あとがき 学術文庫版あとがき
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-「彼は大名の座から逃げようと思えば逃げられる境遇にあった。事実一度は逃げ出した。しかし四囲の情勢から過重な大任を引き受け、進んで戦乱のなかに身を投じて行った――」。 のちに「越後の龍」、「軍神」とまで称され、戦上手の代名詞となった上杉謙信は、どのようにして歴史の表舞台に躍り出たのか。本書は、謙信の単なる一代記にとどまらず、謙信の父であり、文字通り戦いに明け暮れる生涯を送った「戦の鬼」長尾為景の下剋上を中心に、複雑な越後の政治情勢から丁寧に説き起こす。家督を継いだ謙信は、独立心旺盛な国衆の反乱や裏切りに苦しみつつも、武田信玄や、北条氏康ら戦国の雄との対陣を繰り返し、やがては織田信長をも破る強国へと越後を導いていく。その苦難の道のりは、思わず引き込まれてしまうような血の通った文章で活写される一方で、いたずらに対象を美化することなく、透徹したまなざしで戦国武将上杉謙信の実像に迫る。早逝が惜しまれる研究者による、刊行から半世紀経てもなお色褪せることのない謙信伝の古典!(原本:人物往来社、1966年) 解説(山田邦明・愛知大学教授)より ......歴史の大きな流れをどうつかみ、具体的に現れる事象をどう評価するか、個々の人間の動きや、彼らが織りなすドラマをいかに表現するか、そうしたことを考えさせてくれるものとして、活力にあふれた本書は大きな価値を持ち、光彩を放っている。
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3.8復讐に取り憑かれた伍子胥、人心を操り権力に固執した王莽、女のために国を売った呉三桂……。極め付きの裏切り者たちが行き着く先は? 『史記』『戦国策』『三国志』『世説新語』等の史料から、歴史を動かした個性溢れる悪漢たちを描き切る。春秋時代から明末清初まで、二五〇〇年にわたって興亡の絶えない中国をかき回した反逆者たちの数奇な人生。 中国古典の第一人者・井波律子氏による評伝集にして、中国史・中国文学のファン必携の一冊。 【主な登場人物】 ・母国の君主に父兄を殺され、敵国の呉に奔った伍子胥(ごししょ) ・品行方正を装い、世論を操作して王朝を簒奪した王莽(おうもう) ・三世代かけて国を滅亡させた諸葛亮のライバル司馬懿(しばい) ・貴族に出し抜かれ、皇帝になりそこなった繊細な桓温(かんおん) ・反乱を引き起こすも、夢半ばで息子に殺された安禄山(あんろくざん) ・英雄を処刑したため、中国史上最も忌み嫌われた秦檜(しんかい) ・恋人を奪われて激怒し、身を売り国をも売った呉三桂(ごさんけい) ほか、呉起、始皇帝、商鞅、張儀、蘇秦、趙高、則天武后、楊貴妃、項羽、劉邦、諸葛亮、永楽帝、朱元璋、李自成など多数。 【目次】 はじめに 第1章 復讐の鬼――伍子胥 第2章 自立するコスモポリタン――戦国時代のパフォーマー 第3章 頭でっかちの偽善者――王莽 第4章 持続する裏切り――司馬懿 第5章 気のいい反逆者――王敦と桓温 第6章 危険な道化――安禄山 第7章 極め付きの「裏切り者」――秦檜 第8章 恋に狂った猛将――呉三桂 年表 参考文献 あとがき
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-政治には関与せず無気力。日々、絵を描き芝居を観て祝宴に列し、女性とみれば女優に修道女、宮廷の侍女から街の娼婦まで口説かずにはいられない。そんな愛欲に溺れる己に苦しみ、罪悪感から神にすがっては懺悔する…。 華やかなりしスペイン帝国をみるみるうちに凋落の一途へと導いた、国王フェリペ4世(1605-65 在位 1621-65)。 悪名高き意志薄弱な王は、いかに誕生したのか。その放埒な生活と晩年の不如意な人生と死を第1部に。凋落するスペイン帝国の実態を第2部に構成。様々な噂話やエピソードかスペイン・ハプスブルクの影を活写する。 目次 はじめに 第一部 第1章 スペイン国王フェリペ四世、誕生 王子の誕生と教育/王子の理想像/結婚、そして王位継承へ/寵臣オリバーレスと王家の人々 第2章 浮気な国王の放埒な宮廷生活 祝宴につぐ祝宴/王宮での日々/芝居を楽しむ/十七世紀式闘牛、マヨール広場にて/《狩猟をするフェリペ四世》/宮廷式求愛/宮廷画家ベラスケスと絵画コレクター/宮廷のおどけ者たち 第3章 フェリペ四世の告白できない告白 スキャンダルの始まり/女優〈ラ・カルデローナ〉との恋の戯れ/女子修道院に忍び込む/賢夫人イサベル王/ライバルは「ドン・フアン」/伯爵暗殺 第4章スペイン帝国の危機と王家の不幸 マントヴァ継承戦争とネーデルランド/カタルーニャとポルトガルの反乱/寵臣オリバーレスの失脚/権力の後継者ルイス・メンデス・デ・アーロ/イサベル王妃とバルタサール・カルロスの死/跡継ぎが生まれない!/「大地の息子」フアン・ホセ・アウストリア以後 第5章 世俗を逃れて/恩寵を求めて 神秘家マリア・コロネル/「余に天罰を!」/魂の国からのアドバイス 第6章 国王の晩年と黄昏れゆくスペイン 苦悩の晩年と国王の死/ハプスブルク家からブルボン家へ 第二部 17世紀スペインへの望遠鏡(テレスコープ) ハプルブルク・スペインのかたち/人々の生活とカトリック教会/異端審問と「アウト・デ・フェ」/黄金世紀、百花繚乱 《注》 あとがき 主要参考文献 人名索引 学術文庫版あとがき 本書は、『浮気な国王フェリペ四世の宮廷生活』(岩波書店 2003年3月刊)を改題、加筆・一部修正したものです。
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3.5イマヌエル・カント(1724-1804年)が1795年に発表したこの小著の日本語訳の主なものは四種類あります(高坂正顕訳(1949年)、宇都宮芳明訳(1985年)、中山元訳(2006年)、池内紀訳(2007年))。それらはすべて『永遠平和のために』というタイトルで出され、多くの読者の手にされてきました。 では、なぜあえて新しい訳を出すのか――練達の訳者は、思案した末、やはり新しい日本語訳が必要だという結論に達して、本書を仕上げました。その一例は、本書第1章のはじめにある「Friede, der das Ende aller Hostilitaten〔原文はaにウムラウト〕bedeutet」という個所です。既存の訳の訳文を一覧にすると次のようになります。 (高坂正顕訳)「平和とはあらゆる敵意の終末を意味し」 (宇都宮芳明訳)「平和とは一切の敵意が終わることで」 (池内紀訳)「平和というのは、すべての敵意が終わった状態をさしており」 (中山元訳)「平和とはすべての敵意をなくすことであるから」 これらの日本語を読むと、カントは誰もが「敵意」を捨て、心のきれいなよい人になった状態を「平和」と呼んでいる、と思うのではないでしょうか? そのとおりだとすれば、ほんの少しでも「敵意」を抱くことがあるなら、決して「平和」は訪れない、ということになります。しかし、そもそも「敵意」をまったく抱かないなどということがありうるのだろうかと考えると、カントは現実離れした理想を語っていたと感じられてきます。 でも、ここでちょっと考えてみよう、と本書の訳者は言います。原文にある「Hostilitaten」を「敵意」と訳すのは本当に正しいのだろうか、と。確かに「Hostilitat」(単数)は「敵意」だけれど、カントがここで書いているのは「Hostilitaten」という複数形です。これは「敵対行為、戦闘行為」を意味します。だから、この個所は次のように訳すべきでしょう。 (本書)「平和とは、あらゆる戦闘行為が終了していることであり」 上の四種の訳文とはずいぶん意味が異なるのではないでしょうか。こんなふうに、この著作は現実離れした理想を語ったものではなく、現実から離れずに「永遠の平和」というプロジェクトを提示したものなのです。カントの本当の意図は、本書を通してこそ明らかになるでしょう。 [本書の内容] 第1章 国どうしが永遠の平和を保つための予備条項 その1/その2/その3/その4/その5/その6 第2章 国と国のあいだで永遠の平和を保つための確定条項 永遠の平和のための確定条項 その1/永遠の平和のための確定条項 その2/永遠の平和のための確定条項 その3 補足 その1/その2 付 録
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4.018世紀、古典教養を学ぶため、貴族の子弟や家庭教師がこぞってイタリアへと旅した、「グランド・ツアー」。 フランス革命が始まって海外渡航が難しくなると、今度は湖水地方への国内旅行へとシフトチェンジ、 ガイドブック片手に風景観賞(ピクチャレスク美)で美意識を磨く。 はたまた馬車が流行りだせば、「自らの歩き、詩想を深めるべし」と徒歩旅行が大ブームに。結果、ワ-ズワスはじめ、世界的ロマン派詩人を次々生み出した――。 どんな時代もどんな状況でも、「旅で学ぶ」「旅で成長する」という信念を守り続けた英国人。 彼らは、なぜこれほどまでに旅に焦がれ続けたのか。 旅の効用とは、一体何なのか。 その飽くなき情熱と、彼らが愛してやまない理想郷「田園」の精神的意味を 様々な史料、図版とともに考察する。 学術文庫版解説・桑木野幸司「イタリアが造った英国の風景」 本書は『イギリス的風景 教養の旅から感性の旅へ』(NTT出版 2007年刊)を加筆修正、改題したものです。
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3.5本書の著者コルネリウス・ネポス(前100頃-前25年頃)について、その詳細はほとんど知られていない。北イタリアのティキヌム(現在のパヴィア)周辺に生まれたと考えられ、ローマが内乱状態に突入する中で、キケロ(前106-前43年)と手紙のやり取りをし、アッティクス(前110-前32年)と深交を結んだほか、詩人カトゥッルス(前84頃-前54年頃)はみずからの詩集『カルミナ』をネポスに献呈している。生涯の大部分をローマで過ごしたが、政治には参加せず、もっぱら文筆業に勤しんだことが推測できるにすぎない。 他の著作家たちによる言及から、ネポスがものした著作には、世界史の概略を語った『年代記(Chronica)』、古来伝わる著名人の言行や逸話を集めた『範例集(Exempla)』のほか、『カト伝』、『キケロ伝』などがあったことが知られるが、これらはすべて失われ、今日残っているのは、さまざまな分野で活躍した偉人たちの生涯を集成した『著名な人物について(De uiris illustribus)』(前35/34年)と呼ばれる著作の一部のみである。それが『英雄伝』の名で親しまれている本書にほかならない。 本書におけるネポスの記述は、取り上げられる英雄たちをもっぱら賞賛する点に加え、彼らの性格を照らし出すエピソードを紹介しつつ、そこから倫理的教訓を導き出す点に特徴がある。これは歴史書というより伝記文学の系譜に属するものであり、対象を賞賛する姿勢と矛盾しない形で、あるいはその賞賛をより引き立たせる効果を狙って主人公の短所や悲運に言及することで、いつの世にも変わらぬ人間精神の愚鈍さ、例えば名誉心や権力欲といったものの実相に読者の目を向けさせる効果をもつ。英雄たちがたどった波瀾万丈な人生をたどる楽しみにとどまらず、古典としての教えに満ちた作品を初の文庫版でお届けするものである。 [本書の内容] 序 文 一 ミルティアデス 二 テミストクレス 三 アリステイデス 四 パウサニアス 五 キモン 六 リュサンドロス 七 アルキビアデス 八 トラシュブロス 九 コノン 一〇 ディオン 一一 イピクラテス 一二 カブリアス 一三 ティモテオス 一四 ダタメス 一五 エパメイノンダス 一六 ペロピダス 一七 アゲシラオス 一八 エウメネス 一九 ポキオン 二〇 ティモレオン 二一 諸王について 二二 ハミルカル 二三 ハンニバル 二四 カ ト 二五 アッティクス 断 片 訳者解説 固有名索引
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3.0歴史を彩る「英雄」は、どのように語り継がれ、創作され、人々の記憶と歴史認識のなかに定着してきたのだろうか。特に、政争や戦乱の敗者が伝説を介し、復活し、再生する過程を、中世から近世、近代への長いスパンでたどっていく。その「蘇り方」は決して直線的ではなく、多くの屈折と虚像を伴うが、その道筋を追うことが、新しい歴史学の楽しみとなる。 たとえば、安倍晴明のライバル蘆屋道満や、酒呑童子退治の坂田金時ら、実在の疑わしい英雄は、歴史のなかでどのようにリアリティーを吹き込まれていったのだろうか。 そして、平将門や菅原道真らの怨念への畏怖が語らせる「敗者の復活」。坂上田村麻呂や藤原利仁、源頼光に託された、「武威の来歴」の物語。鎮西八郎為朝や源義経が、西国や東北、さらに大陸へと伝説を拡大させた「異域の射程」。本書はこれらを三つの柱とし、伝説のなかに中世史の再発見を試みる。江戸の浄瑠璃や歌舞伎、往来物から、近代の国定教科書まで、伝説の変貌の過程から「歴史の語られ方」を豊かに汲み上げる。〔原本:『蘇る中世の英雄たち――「武威の来歴」を問う』中公新書、1998年〕
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4.3ベートーヴェンはナポレオン戴冠の知らせを聞いて作曲中の第三シンフォニーの楽譜を床にたたきつけたといいます。「ボナパルト」なるタイトルを持つはずだったこの交響曲は標題をあらため、英雄交響曲《シンフォニア・エロイカ》として発表されました。ナポレオンに落胆したものの、革命の時代に終止符をうつ「英雄」を待望していたのです。 ドイツ人作曲家ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827年)の生きた18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパは、革命の進行する激動の世紀でした。この時代の人々にとって、自前の代表者をもちえないドイツですら、「英雄」とは実在する観念でした。どのようにして英雄像はリアリティを持ったのでしょうか。 馬上のナポレオンを目撃したヘーゲル。皇帝となったナポレオンに謁見したゲーテ。 ナポレオンという「英雄」は幻想にすぎなかったのか。ベートーヴェンの生涯をたどりつつ同時代の偉人たちをとおして、「英雄の世紀」を臨場感あふれる筆致で描きます。 西洋史の泰斗が達意の文章でおくる近代創成のロマン!! 【本書の内容】 はじめに 第一章 英雄(エロイカ)の世紀 第二章 啓蒙の賢人から普遍の天才へ 第三章 啓蒙都市民の誕生 第四章 ヨーロッパ国際関係のなかのドイツ 第五章 ナポレオン革命 第六章 ナポレオン・ショック 第七章 市民と英雄 第八章 古典主義からロマン主義へ 第九章 静穏の一八二〇年代 主要参考文献 学術文庫版あとがき 関係年表
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3.0キリスト教史の最も重要な1章 イエスの受肉からコンスタンティヌスによる「公認」までを描き、その後の西欧精神史に決定的影響を与えた最初のキリスト教会史! イエスの出現から「殉教の時代」を経てコンスタンティヌス帝のミラノ勅令による「公認」まで、キリスト教最初期300年の歴史。以後記される教会史の雛形となって著者エウセビオスを「教会史の父」と呼ばしめ、アウグスティヌスの著作とともに現代に至るキリスト教世界の価値観の原点ともなった『教会史』全10巻を全訳、詳細な註と解説を付す。 エウセビオスの『教会史』は、イエスの出現からはじまってキリスト教が帝国の「公認宗教」と認知されるまでの、教会形成と発展の過程における歴史を語ったものである。その歴史とは、キリストについて「証しする」ことがキリストのために「殉教する」ことと同義語であった時代の歴史であり、キリスト教側の弁証家や護教家が、ユダヤ教や諸宗教にたいして、自己が奉ずる宗教の「存在理由」を明確かつ強力に主張するために、それを「定義した」時代の歴史でもある。――<「訳者はしがき」より> ※本書の原本は1986~1988年、山本書店から刊行されました。
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-江戸や大坂など大都市の市中で、あるいは木曽街道の宿場町や四国の農村で、「エエジャイカ、エエジャナイカ」と歌い踊る人々。このお祭り騒ぎは、幕末の日本を観察したイギリスの外交官、アーネスト・サトウの回顧録に記され、島崎藤村の『夜明け前』にも描写される。 徳川時代の末期、慶応3年(1867)夏頃から翌年にかけて、日本の多くの地域で引き起こされたこの熱狂は、いったい何だったのか。日本史上でもあまり類例のない、この不思議な現象の全貌を、各地の史料を掘り起こして明らかにした労作。 さらに、中世の神社史、特に伊勢神宮史に業績のある著者は、この「ええじゃないか」という事象を、古代の常世神や志多羅神信仰から、「永長の大田楽」、近世の伊勢踊りへと至る民衆運動の系譜の中に位置づけ、また、近世の伊勢信仰と「おかげ参り」の大流行、そして幕末の「世直し」との関連のなかで考察する。〔原本:『ええじゃないか――民衆運動の系譜』新人物往来社、1973年刊〕
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5.0〈なぜ「占い」が儒教の核心的原理なのか?〉 〈大いなる矛盾に満ちた「中国的二元論」の思想史〉 哲学的であって通俗的、神秘的であって合理的― 陰と陽による二元論で世界を把握しようとする思考様式が、先秦から清朝に至るまでの哲学、世界観、歴史観を貫いていることを示す、碩学による無二の思想史。 易を知ることは、「中国的思考」の本質を理解することである! 【本書より】 ―最も中国独自のもの、それは易― 易には逆説めいたものがある。法則の中の破格を容認する。論理より象徴、数をよしとする。これは中国の学問芸術について見られる。易は人の運命を天道と一つに見る。中国の歴史の見方とつながるところがある。(第四章より) 【解題・三浦國雄】 「本書は『易経』というテクストに焦点を絞り、それがどのようにして成立し、漢代から清朝に至るまで、どのような解釈が施されたか(つまりどのように読まれたか)を解明しようとしたものである。その際、『易経』や注解および注解者の内部に降り立って分析する一方(「心理」や「意識」「無意識」の語がよく使われる)、そのような読解が生み出された根拠を注解者の内面とともに外面│すなわち彼らが生きていた時代相にも求めるところに本書の独自性がある。その結果として、本書のボリュームの大半を占める第一章(易経の成立)と第二章(易学の展開)がおのずから先秦から清代に至る思想史になっているのであるが、これは余人には真似のできない著者の独壇場と云ってよい」 【本書の内容】 第一章 易経の成立 第一節 通説とその批判 第二節 易の発生基盤 第三節 経 第四節 左伝に見える易 第五節 彖と象 第六節 陰陽 第七節 繋辞 第八節 十翼の完成 第二章 易学の展開 第一節 前漢の易 第二節 後漢の易学 第三節 王弼、それ以後 第四節 宋・明の易説 第五節 清朝の易学 第三章 筮法 第四章 易と中国人のものの考え方 解題 三浦國雄 ※1960年にサーラ叢書(平楽寺書店)より刊行された同名書の文庫化です。
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5.0ミシェル・ド・モンテーニュ(1533-92年)の名は『エセー』とともに知られています。全訳だけでも5種類を数えるほど日本ではなじみのある著作ですが、岩波文庫で全6冊という分量、そして著者身が全2巻の初版(1580年)公刊後も改訂を続け、1588年には第3巻を増補するとともに最初の2巻に加筆を行った版を出し、さらに没年まで改訂を進めたため、さまざまな時期に書かれた文章が混在した書物になっていることから、決して分かりやすいとは言えないこともまた事実です。 そうした事情ゆえ、これまで『エセー』の入門書や概説書が陸続と出版されてきました。しかし、本書はそのどれとも異なる、決定版と断言できる1冊になっています。 断言できる理由は明確です。『エセー』第3巻第2章で、モンテーニュは「ここでは、私たち、つまり私の本と私自身が一致してひとつの道を進んでゆく。よそでは作者のことをわきに置いて作品をほめたりけなしたりできるが、ここではだめである」と記しています。つまり、「私の本」である『エセー』と「私」であるモンテーニュは不可分であるというわけですが、ここに示されているのは、作者の意図を知らなければその著作を理解できない、といった単純なことではありません。直後には「そのことをわきまえずに私の作品を判断する者は、私をというよりも、むしろ自分自身を傷つけることになるだろう」という言葉が続いているのですから。 なぜ『エセー』をモンテーニュから切り離して読む者は「自分自身を傷つける」ことになるのか――本書は、この問いに答えるために、『エセー』をモンテーニュから切り離すことなく、ていねいに読んでいきます。『エセー』を一度も読んだことがなくても、モンテーニュについて何も知らなくても、名前を聞いたことがあるだけでも読めるように書かれています。むしろ、そのような人のためにこそ、本書は書かれました。 本書によって大著の全容を知ることができるのはもちろん、本書を通して『エセー』を読むことは人間が紡いできた精神の歴史そのものを読むことにほかならないと気づくでしょう。そのような著作は他にありません。そして、そのことをありありと伝え、実践する『エセー』についての書物も、これまでありませんでした。渾身の書き下ろしによる1冊、ここに自信をもってお届けいたします。 [本書の内容] 第I部 若すぎた世紀 第1章 宗教戦争 第2章 十六世紀ルネサンス 第3章 モンテーニュのほうへ 第II部 「自分」・「私」・〈魂〉 第4章 執筆開始 第5章 マニフェスト 第6章 だれが?――〈魂〉が 第III部 〈魂〉の軌跡 第7章 もうひとつの背景 第8章 ソクラテスへの視線 終 章 百姓のかたわらで
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 古典落語を中心に講談、浄瑠璃、歌謡などに現れる江戸の地名を採録。秋葉の原、池の端、永代橋、お歯黒溝、神楽坂、角海老、兼康、思案橋、痔の神様、とげ抜き地蔵。落語・講談・浄瑠璃・狂歌など大衆芸能にはその時代々々の地名が人々の日常を伴って生き生きと登場する。江戸・明治期のこれらの地名はその後どこへ消え、どう変わったのか。町名、橋・坂名、寺社、大名家、妓楼など1500余を収録し、解説する。(講談社学術文庫)
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4.0関孝和、貝原益軒、渋川春海、杉田玄白、平賀源内……。伝記を通して、江戸に花開いた科学や技術の発展の軌跡を紹介する。科学者小伝付き!(解説:池内了氏) 『解体新書』、『蘭学事始』で知られる杉田玄白が生まれたときは大変な難産でした。看護の人たちは母親に気をとられ、生まれたばかりの赤ん坊のことは忘れてしまいました。死産だろうと思われ、とり合わせの布に包んで横に置いたままにされたのです。しかし、ようやく落ち着き、赤ん坊を見ると元気で生きていました。その後の玄白は元気に育ちます。17,8歳のころ、医官である父に医業を学びたいと申し出ると、幕府の医師である西玄哲に入門することになりました。西玄哲は通訳の家の出身で、ポルトガルやオランダの医術を覚え医師となった人物でした。玄白はこの頃から西洋医術の優秀さに触れることとなったのです。――西洋医術の導入、日本人のための暦、エレキテル、鉄砲の大量生産……など。著名な杉田玄白や渋川春海から砲術家の坂本天山まで、江戸時代を代表する科学者たちの幼少時や師事した先生とのエピソード残した業績をコンパクトに紹介する伝記集です。科学者たちの生涯を通し、江戸時代の科学や技術の発展の過程を生き生きと描き出します。29人の科学者小伝付き。解説は池内了氏。 (原本:吉田光邦『江戸の科学者たち』、社会思想社(現代教養文庫)、1969年) 本書の内容 関流をめぐる人びと ――関孝和たちと会田安明―― 本草から大和本草へ ――貝原益軒―― 本草から博物学へ ――稲生若水・小野蘭山―― 日本暦の誕生 ――渋川春海―― 町人天文学者たち ――麻田剛立の一門―― 測地事業の推進者 ――伊能忠敬―― 幸福な蘭学の始祖 ――杉田玄白―― 異端の科学者 ――平賀源内―― 電気学の正統 ――橋本宗吉―― 最初の自然哲学者 ――三浦梅園―― 自然哲学の展開者 ――帆足万里―― 通訳から科学者へ ――本木良永・志筑忠雄・馬場貞由―― 桂川家の人びと ――名門の学者たち―― 宇田川家の人びと ――家学を守った人たち―― 悲劇の科学者たち ――シーボルトとその門下―― 職人と発明家 ――国友藤兵衛―― 哲学的な砲術家 ――坂本天山―― 農業技術の変革者 ――宮崎安貞・大蔵永常―― 科学者小伝 参考文献とあとがき 解説(池内了氏) 索引
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4.4
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-「主従」とは闘争である。 時代小説や歴史ドラマなどでおなじみの、「家中のトラブルが幕府に露見して改易される」といった筋書きだか、実際にはそうした事例はほぼなかった。 有力大名家に勃発した鍋島騒動、黒田騒動、対馬の柳川一件、伊達騒動……いずれも改易とはなっていない。 子細にその経過をみてみると、幕府が騒動に積極的に介入したというよりは、むしろ大名・家中の側から幕府に積極的に訴訟し、自ら幕府の介入を招いているような節がある。 では、大名や家臣たちはどうしてこのような危ない橋を渡ろうとしたのだろうか? 本書は、御家騒動を引き起こす当事者たちの行動の原理がいかなるものであったのかを探り、「忠臣が身命をなげうって悪臣を排除し、騒動の禍根を未然に絶って御家の危機を救う」勧善懲悪ストーリーとは一味違うリアリティを、幕藩制という時代相のなかから具体的に解き明かす試みである。 "大名家のスキャンダル"を歴史学の眼で徹底検証する、スリリングな歴史研究! 【本書より】 元禄以降の十八世紀には、主従不和や家中騒動が「公儀」に対する罪過である、という固定観念ができあがっているが、それ以前に生じた騒動に対してはそうした「色めがね」(固定観念)をはずして見直してみるべきではないか。家中騒動が「公儀」に対する罪過ではなかったからこそ、大名や従臣たちは将軍・幕府に騒動の調停を強く求めることができたのではないか、という逆の視点から騒動をみていくことが必要なのである。 そのためには、当時に作成された一次的な史料に基づいて騒動全体を見直すという作業が必要となるのはいうまでもない。 【本書の内容】 第一章 近世武士の主従観念と「御家」 第二章 主君を廃立する従臣たち 第三章 従臣を排除する主君たち 第四章 主君を選り好みする従臣たち 第五章 御家騒動の伝統化 補章 「御家騒動」のなかの女性たち *本書の原本は、2005年に中公新書より刊行されました。