少しはイギリスの歴史(せめて近代史)を学ぼうと思い、手にとった一冊。先ず、経済発展を供給側の事情(労働者、技術、素材等)から読み解くのではなく、需要側(消費者、或いは彼らの生活の変容等)の変化に帰せて理解するという著者の視点が面白い。この視点を表現するべく、本書はイギリスの家族構成やライフサイクルといった話からスタートする。例えば、イギリスは早い時期から単婚核家族/晩婚の社会であり、更に14歳前後から約10年に渡りどこかよその家に奉公に行く(著者はこれをライフサイクル・サーヴァントと呼ぶ。例えば徒弟)という家族の特徴があったが故に、若者はロンドン等の都会を目指した等。そしてこのシステムを土台として都会に人が集まり、社交という文化やファッションという世界が生まれ、それが需要の基盤となった、という流れ。
また、本書はイギリスの衰退論に関しても議論を展開している。著者の結論としては、経済成長の指標だけを見ると必ずしもイギリスの成長は他欧州国に見劣るものではなく、故にこの「衰退感」を生んでいるのは、常に右肩上がりの成長を求める「成長パラノイア」という考え方なのではないかというもの。確かにイギリスは第一次産業革命で他国よりも先に経済発展を果たしたが故に、重工業に代表される第二次産業革命時には、既存の制度や慣習等が足枷となり、他国程の成長を実現できなかったという点はよく指摘される。一方で、自国の成長率のみを見ると必ずしも衰退している訳ではなく、この衰退感は他国との相対的な成長率の比較により生み出されていると考えるのが妥当である。これは今の日本が置かれている状況と酷似しているように思え、またこの成長パラノイアという考え方が、近年のナショナリズムの根底に流れているようにも思える。
総じて、歴史的な事実を学ぶことに加え、需要側の視点を押さえるというのが本書から得た学びであった。例えば、第四次産業革命とも言われる近年のAIの急速な発展は、まだまだ需要側が成熟していない(どう使えばよいのか分からない)状況にあるように思える。この不安定感故に、AIで自動生成した画像/動画を使ってYoutubeで収益を上げる等の、到底社会に何か付加価値を生んでいるとは思えないお金の稼ぎ方をする人が出てくる訳である。次第に需要側が成熟し、AIによる付加価値創出の型のようなものが出来上がってくればこのような事例は淘汰されるはずだが…。近年はどうも供給側が需要を引っ張っていくパターンの方が多いように思える。勿論、両者揃っての市場である訳なので、どちらが完全に優位という訳ではないのだが、何だか人の生活やニーズとかけ離れた技術やサービスが多く提案され、生活者側が四苦八苦しているように感じてしまう。大きく捉えると、これはイギリスの第一次産業革命の成り立ちと逆であり、これが今の時代の特徴であるとも言える。この、「供給主導の市場」という大きな視点を持ちつつ、世の中のニュースを長期的に眺めてみると、何か面白い発見ができるかもしれない。
以下、特に印象に残った箇所
・ジェントルマンというのは、近世以降のイギリス社会の支配階層のことで、女性はレディと呼ばれました。膨大な不動産を所有して、その貸し賃で、上流の生活をする人たちのことです。具体的には大地主がそれにあたりました(中略)毛織物業の経営者やその労働者である織布工のように、自ら労働をえ報酬を得れば、原則として、ジェントルマンの地位を失うとされていました(p.37)
・ぜいたく禁止法は、中世から近代にうつっていく近世という時代に、中世の身分制秩序が崩れていくのを止めるために、世界中の国で出された法です。これがイギリスでは、世界で最初に全廃されました。この点は経済史としても、生活の歴史という点から見ても大きな意味があります(p.52)
・給料が上がった翌日は喜んで寝て暮らすというパターンから、給料が上がったといってますます働くというパターンに変わっていくのは、いつのことだったでしょうか(中略)もともとは経済の発展のためには低賃金が望ましいという考え方が、重商主義にはありました。つまり労働者は、痛めつけて食えないようにしておけば、必死に働きに来るけれども、食えるくらいの給料を与えてしまうと、働きに来なくなるという発想でした。それが、アダム・スミスの前後になると、賃金を高くすればするほど、人は働くと見るようになったのです(中略)ここに見えるのは、賃金の上昇分を消費の拡大に向けはじめた労働者の姿であり、それを「ぜいたく」として非難するのではなく、需要の拡大として評価する新しい経済理論の展開です(p.89〜91)
・「神の時間」から「商人の時間」へという有名なテーゼです。「時間」は、神が人間に試練の期間として与えたものであるので、これを利用して利子をとってはならないという「神の時間」の概念が、宗教改革以後に、逆に、「時はカネなり」という「商人の時間」にすり替えられるという話です(p.118)
・そもそもイギリスをはじめ、ヨーロッパ全体が、毛織物の世界であったのに対して、産業革命は綿工業からスタートした、と誰もが言います。このパラドックスをまず頭に置いておく必要があります。伝統的な毛織物業は、なぜ爆発的な発展をしなかったのか、ということです。毛織物業を展開していこうとするとき、近世では輸送コストの問題もあったのでしょうが、植民地で羊を飼うという発想はありませんでした(中略)それに対して綿織物は、海外でまさに世界システムを通じて、原料を手にいれることができました。カリブ海、インド、のちにはエジプト、アメリカ南部などに劇的な変化を起こして、そこから綿花を手に入れるという方法を取りましたから、綿業は劇的に発展することができました。それが発展のための前提条件ということです(p.160)
・鉄も大いに使うし、コットンも使うし、アジアにあるような陶器も使うという生活のパターンができて、そのうえに乗っかって産業革命が成立するということです。そのような生活ができるということは、消費需要がある、つまり、生活様式の変化が、かなり先行しているということになります。この変化を前提にして、生産の革命が成立していくと、私は考えています(p.167)
・一度、産業革命が起こってしまうと、二回目の産業革命は実際にはなかなか起こらない。ドイツやアメリカ、日本は後から産業革命を起こしたから、はじめから第二次産業革命のようなものになっている。ドイツやアメリカで第二次産業革命が起こったとき、第一次産業革命の定着していたイギリスは、にわかに転換することができなかったというわけです。イギリスの社会も、教育も、技術も、産業構造も、すべてが「陳腐化」していったのです。一度できたさまざまな制度や枠組み、急には転換できず、のちの歴史展開をきめていくという考え方は、マルクス主義者ではない「制度学派」と呼ばれる研究者グループのあいだでも、「経路依存」として知られています(p.236)
・サッチャーは、労働組合の力が強くて、福祉に傾いたこの国は衰退している、だから、あらためて「ブルジョワ」革命をやると言いました。いわゆる新自由主義的な経済学にもとづいて、経済合理主義を徹底する、ということです(p.244)
・だからわれわれにとって問題なのは、成長パラノイアということであって、俗に衰退と言われているものはそれほど悲惨なことではない、というのが長年歴史研究に携わってきた私の結論のひとつです(p.250)