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臨済録のことば 禅の語録を読む
問「仏とは何ぞや」 答「三斤の麻」 一見ちんぷんかんぷんなこの問答。禅問答とはこのように不可解で、それを考え抜くことこそが修行だと思われてきた。しかし、問答が生まれた唐代の文脈に戻すと、思いがけないほど明晰で合理的なやりとりが立ち上がってくる。「ありのままで仏であり、仏性とともに躍動し、己れの外に何ら求める必要のない自己」を説いた臨済の生きたことばが、今あざやかによみがえる! 唐代の禅僧、臨済義玄(?―866 / 867年)のことばを集めた『臨済録』は、我が国の臨済宗では「録中の王(語録の王)」とも称されてきた。しかし「聖典」となる以前、『臨済録』が本来伝えようとしたものは何だったのか。有名な「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す」は、何を意味しているのか。 夏目漱石や西田幾多郎、鈴木大拙など明治以降の知識人にも愛好され、欧米社会に輸出されて今やZENとして広く愛好されている禅理解は、いかなる解釈も受けつけぬ問答を旨とする宋代禅を起点としている。活気ある唐代禅から深淵な宋代禅へのダイナミックな転換、さらに日本の近代禅に続く禅問答の思想史を踏まえたうえで原典に向き合ったとき、『臨済録』の世界が了解可能な経験として、その豊かな姿を現し始める――。唐代禅の重要な特徴は「激烈な聖性否定の精神が、平凡な日常性の肯定と表裏一体になっている」ところにあると著者は言う。 いきいきとした現代語訳で、臨済のやりとりが目の前で繰り広げられているかのように、あざやかに描き出される。清新な語録の世界!(原本:『『臨済録』――禅の語録のことばと思想』岩波書店、2008年) 【本書の内容】 プロローグ――古典としての禅語録 第1部 「柏樹子」の思想史――書物の旅路 第一章 唐代の禅 第二章 宋代の禅――圜悟と大慧 第三章 『無門関』から日本近代の禅理解へ 第2部 『臨済録』導読――作品世界を読む 第一章 臨済の説法 第二章 事(じ)已(や)むを得ず――臨済院の説法 第三章 傍家波波地(ぼうけははじ)――自らを信じきれぬ者たち 第四章 未だ見処(けんじょ)有らざりし時――若き日の臨済 第五章 仏法無多子(むたす)――黄檗との因縁 第六章 ふたたび「祖師西来意」――祖仏と別ならず 第七章 無事(ぶじ)是れ貴人(きにん)――修行の否定と平常無事 第八章 無位の真人(しんにん) 第九章 空中の鈴の響き――臨済と普化 エピローグ――鈴木大拙と二〇世紀の禅 -
室町幕府論
〔あなたはまだ、義満の"本当の凄さ"を知らない〕 朝廷権力の「肩代わり」から「主体」の政権へ――室町幕府を読み直す画期的論考! かつて京都には百メートルを超える巨大な塔が建っていた。この「大塔」、眩く輝く金張りの仏閣、華やかな祭礼― 首都京都の強大な経済力を背景に空前の「大規模造営」を為した室町幕府は、朝廷を凌ぐ威光を確立したのである。 弱体政権論を覆し、足利政権が「権力」と「権威」を掌握してゆく過程とはいかなるものであったか。 絶頂の義満時代を軸に、鋭い筆致で描き出す! 【本書より】 「当時の人々は相国寺大塔を見上げ、また北山第の意匠に驚かされつつ、新たな天下の到来を実感していたのである。」 【本書の内容】 はじめに 第一章 天龍寺―足利尊氏・義詮の時代 1 軍事政権としての室町幕府 2 荒廃する朝廷社会 第二章 相国寺―足利義満の時代2 1 後円融朝の失政 2 足利義満の朝廷改革 第三章 相国寺大塔と北山第―足利義満の時代2 1 相国寺大塔 2 北山殿足利義満 3 財政史から見た義満の権力 第四章 南北朝期の公武関係―研究史的考察 1 「京都市政権」という罠 2 権限吸収論批判 第五章 復興期の社会―足利義持の時代1 1 復興ビジネス 2 室町時代の首都圏 第六章 守護創建禅院―足利義持の時代2 1 守護による寺院創建 2 足利義持の政治 3 公武統一政権 おわりに―虚空を突く大塔 あとがき 参考文献一覧 索引 *本書の原本は、2010年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
「民都」大阪対「帝都」東京 思想としての関西私鉄
阪急創業者・小林一三は、「政治中心」の東京に対して、大阪を「民衆の大都会」と呼んだ。 ターミナル・デパート、高級住宅地……国鉄に対抗し「官」からの独立を志向する関西私鉄は、沿線に市民文化を花開かせ、「民衆の都」大阪は東京を凌駕する発展を見せた。 だが、大正から昭和への転換、昭和天皇行幸を機に、街は次第に「帝都」へと変質してゆく―。 権力の装置=「国鉄」と関西私鉄との葛藤を通し、「都市の自由」の可能性とその挫折を描く、原武史の代表作。 第20回(1998年) サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞。 [解説(鹿島茂)より] 「横軸としての鉄道に、縦軸としての天皇が交差することによって、思考の座標軸が形成され、二つのパラメーターが思考の軌跡をさまざまに描き出す」 [本書の内容] はじめに―昭和大礼の光景 第一章 私鉄という文化装置 「帝国」と「王国」 『細雪』から 関東私鉄と関西私鉄 第二章 「私鉄王国」の黎明 第五回内国勧業博覧会 法の抜け穴 二つの風土 第三章 「阪急文化圏」の成立 往来ふ汽車を下に見て―小林一三という人物 民衆の都 沿線文化の確立 反官思想の結実―阪急デパート 第四章 昭和天皇の登場 「大大阪」の誕生 昭和大礼と都市空間の変容 官民協力奮励セヨ―一九二九年の行幸 第五章 阪急クロス問題 「官」の巻き返し 逆風 小林一三、社長を辞任す 第六章 「帝都」としての大阪 大阪市民たるもの 天皇のまなざし 一生一代の御奉公 おわりに―「紀元二千六百年」の光景 解説=鹿島茂 ※本書の原本は1998年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
生命誌とは何か
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私とはなにか、私たちはどこからきてどこへ行くのか――。この根源的な問いにたいし、分析と還元を旗印とする科学、とりわけ「生命科学」は、有効に答えてきただろうか。「生命誌」は、科学によって得られる知識を大切にしながら、生き物すべての歴史と関係を知り、生命の歴史物語を読み取る作業である。博物学や進化論、DNA、ゲノム、クローン技術など、人類の「生命への関心」を歴史的に整理し、科学を文化としてとらえる。(講談社学術文庫) -
インド思想史
インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』にはじまり、世界的にも類がないほど深遠な思想を生みだしてきたインド。ウパニシャッド、ジャイナ教、仏教、マハーバーラタ、正統バラモンの六派哲学、ヒンドゥー教から、近代のガンジーやタゴールに至るまで、3000年以上にわたる複雑で多様な思想の全領域をコンパクトに大観する。 アーリヤ人の侵入や農村社会の成立、王朝の興亡など、それぞれの時代の社会変動の影響も踏まえつつ、各思想大系の特質を明らかにすることで、〈解脱〉をもとめてやまない人類の思索の歴史が描き出される。 世界的なインド哲学、仏教学者であり、比較思想の開拓者でもあった著者による、半世紀以上にわたって読み継がれてきた不朽の概説書。原本:『インド思想史 第2版』岩波書店、1968年) 第一章 アーリヤ人の侵入とリグ・ヴェーダの宗教 第二章 農村社会の確立とバラモン教 第三章 都市の興隆と自由な思索の出現 第四章 国家統一と諸宗教の変動 第五章 統一国家崩壊後における諸宗教の変遷 第六章 クシャーナ帝国時代における新思想 第一節 時代の趨勢 第二節 仏 教 第三節 ジャイナ教 第四節 南インド文化の開花 第七章 集権的国家における諸哲学学派の確立 第一節 正統バラモン系統 第二節 仏 教 第三節 ジャイナ教 第八章 諸王朝分立時代における諸学派の継続的発展 第一節 バラモン教およびヒンドゥー教 第二節 仏 教 第九章 回教徒の侵入と思想の変化 第一節 中世的宗教の発展 第二節 近代的思惟の発展 第十章 外国資本主義制圧下における思想運動 第十一章 〔附論〕科学思想 -
読書国民の誕生 近代日本の活字メディアと読書文化
日本人はなぜ、いつ、「読者」になったのか? そして何を、どのように、読んできたのか? 出版資本と鉄道による中央活字メディアの全国流通、旅行読者の全国移動、新聞縦覧所と図書館という読書装置の全国普及――官・民による、これら三つの全国的要素の融合から、明治期に活字メディアを日常的に読む習慣を身につけた国民、すなわち「読書国民」が誕生してくる過程を、出版文化研究の第一人者が活写。私たちの読書生活の起源がここにある! [目次] はじめに ■第一部 流通する活字メディア 第一章 全国読書圏の誕生 第二章 「中央帝都の新知識」を地方読者へ――新聞社・出版社による地方読者支援活動の展開 ■第二部 移動する読者 第三章 車中読者の誕生 第四章 「旅中無聊」の産業化 ■第三部 普及する読書装置 第五章 読書装置の政治学――新聞縦覧所と図書館 第六章 図書館利用者公衆の誕生 あとがき 学術文庫版へのあとがき [主なトピック] ○暴力沙汰まで! 「東京vs.大阪」新聞市場争奪戦争 ○過疎地域を開拓せよ! 新聞社・出版社による地方読者支援活動 ○駅は戦場! 漫画雑誌の隆盛はここから始まった ○お部屋訪問! 温泉地の貸本屋 ○「情報にお金を払う」習慣を生んだ新聞縦覧所 ○自由民権運動は下からの「読書国民」の創出 ○読書の価値を再発見した日清戦後の一等国意識 ○まるで監獄……帝国図書館の規律空間 ○樋口一葉も友人と……女性が一人で行けない図書館 -
女神誕生 処女母神の神話学
太古の「大女神」、「大母神」から、処女であり母でもある「処女母神」へ――。普遍的な女神の変質は何を意味するのか。そして処女母神アマテラス、アテナ、マリアは、なぜ至高女神の地位を得たのか。時代も地域も異なる神話の共通点から、人類社会の原像を見出し、神話の新たな可能性を探る比較宗教学の試み! スサノオとの宇気比によって生じた男神の母となったアマテラス、脚にかけられた精液を羊毛で拭き取り、それを捨てた大地から生まれた子の母となったアテナ、そして「主の言葉によって」母となったマリア。処女懐胎神話はほかにもギリシア神話のダナエや釈迦の母マーヤー、『マハーバーラタ』のクンティなど枚挙にいとまがない。しかし、それらの母の多くが、子の誕生時に亡くなるか、あるいはその後の場面から姿を消してしまうのに対し、至高女神として君臨するアマテラスをはじめ、アテナもマリアも、それぞれの宗教のなかで主導的立場を占めつづける。 時間的にも空間的にも異なる信仰にあって、なぜ、彼女たちは「処女にして母」という超越性とともに、それぞれの宗教のなかで燦然と輝く存在となったのか。 また、「処女母神」は、農耕や牧畜が始まった社会で生まれた新たな女神であり、それ以前には旧石器時代の石像に象徴される、自然の富の授与者としての「大女神」や「大母神」が広く存在していた。そんな「大女神」の系譜をひく処女女神アルテミスは、いかにして現代の優美な「ダイアナ」に変容していったのだろうか。 比較神話学の手法によって、男性が生み出した神話の向こうに遠く浮かび上がる女性の姿を繊細にとらえ、単純な二項対立を超えた社会における男女の在り方を多彩な視点から描き出す、唯一無二の試み。 (原本:『女神の神話学――処女母神の誕生』平凡社(平凡社選書)、1999年) 序章 女神とは何か 第1部 「大母神」と「処女母神」 第一章 大母神から職能女神へ――旧石器時代の洞窟女神から考える 第二章 女性の神話学 第三章 処女母神の神(話)学 第2部 日本の女神と女性 第四章 女性のなかでただ一人――アマテラス神学生成の比較神話学的考察 第五章 なぜ「妹の力」だったのか 第3部 ギリシアの女神と女性 第六章 女神とポリス――アテナとアテナイ 第七章 アルテミスからダイアナへ――西洋における山野の女神像の変遷 第八章 女による暴力と女への暴力――ギリシア悲劇の暴力性と女性像 第九章 女たちを笑う男たち――ギリシア喜劇の女性像 注 文献一覧 初出一覧 あとがき 学術文庫版あとがき -
世界鉄道文化史
鉄道とは、人類のドラマである! その胸躍る軌跡のすべて 鉄道誕生から約二〇〇年――そこには、爛熟する豪華列車もあれば、等級制が生み出す人間模様もある。廃線問題が起こる一方で、座席や照明は進化し、激化するスピード競争はついにリニア開発までいたりついた。他に類を見ない独特な文化を生み運んできた鉄道の全軌跡を、第一人者が新聞や文学、写真や絵画を渉猟して描き切る、壮大にして無二の世界史! 「二等車は一等車の上流と三等車の大衆を分かつ、ちょっと曖昧な漠とした中間ゾーンであるだけに乗客心理は微妙であった。誰でも二等車に乗ると、あるいは乗れる身分になると、ほっと安心する。それでいい気になって、不遜な態度で乗務員に接する、知らぬ男女の二等客が思わぬ不倫関係で突如途中下車してゆく……」(「第六章 等級制と社会」より) [本書の内容] 第一章 のびゆく鉄道 第二章 コンパートメントと大部屋式 第三章 無謀なスピード競争は終わったが、スピードはわが命 第四章 鉄道旅行の時代 第五章 鉄道快適化物語 第六章 等級制の人間模様 第七章 日本にもあった「一帯一路」 第八章 鉄道はデザインの宝庫 第九章 超高速時代と反芻 第一〇章 豪華列車からクルーズ列車へ 第一一章 芸術が描いた鉄道 第一二章 リニア新時代と鉄道の公益性 -
小三治の落語
2021年10月、落語家・柳家小三治が亡くなった。 古今亭志ん朝、立川談志と並ぶ、日本が誇る話芸の名人は、生涯、寄席を活動の場とし、TVやCMなどでの露出はなかったものの、落語ファンからの圧倒的かつ、熱狂的な支持を集めていた。 それほどまでに人を虜にした、人間国宝「小三治の落語」とはいったい、何だったのか。 小三治の芸論、哲学、技術は? 彼は過去から何を受けとり、何を後に遺したのか。 50年来の落語ファンにして、30年に亘り小三治の高座を追い続けた著者による『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』(2014年に単行本、16年に+α文庫化)を改題、増補改訂。 底本に収録した「小三治の高座」は、追悼番組までの映像・音源発売をすべて拾い上げた91席を、丹念に採取・検証。 また、新章「近代落語史における小三治の存在」も書き下ろし収録。 「柳家小三治」という落語家人生を総括しながら、現代落語史を解読する! 目次 はじめに 第1章 小三治から見た近代落語史 第2章 「小三治落語」の演目 第3章 小三治インタビュー 落語協会会長就任について 小三治「茶話会」会見 あとがき 参考文献および参考映像 演目索引 *本書は、『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』(2014年単行刊刊、2016年 講談社+α文庫刊)を改題、新章を加えて加筆修正された、増補改訂版です。 -
平安王朝
■桓武天皇による平安遷都から摂関政治前夜まで、■ ■明と暗が交錯する歴史を名手が生き生きと描く!■ 貴族たちの豊かな古典文化に彩られた九~十世紀、しかしその繁栄の底流では律令体制の解体が静かに進行し、中央は全国統治の力を失いつつあった。 平安遷都から摂関政治前夜まで、古代国家の崩壊と封建社会の誕生のあいだの長い転換期を政治・社会・文化から多面的に捉え、 表舞台で脚光を浴びる者のみならず、闘争に敗れ表舞台から去っていった人々の姿にも目を配りながら、光と影が交錯する歴史像を描く、無二の論考。 ■ゆるやかに時は移り、世は変わる。―本書より■ 「社会の根本的な変化は、奥底の流れとしてきわめてひそかに、しかもおだやかに進んでいた。したがって、地方や被支配層の発展あるいは国家体制の転換をはっきりと具体的に示す史料は極端に少ない。このもどかしいまでに悠長で不透明な移り変わりこそ、この時代の特徴である」【「まえがき」より】 解説=佐藤全敏(東京女子大学教授) *本書の原本は、一九六九年刊「日本歴史全集」第四巻を元に改訂された「日本の歴史文庫」第四巻として、1975年に刊行されました。 ■本書の内容■ 第一章 律令体制崩壊の端緒 1 平安時代の前奏曲 2 桓武朝の権力と政治姿勢 3 律令体制の矛盾 4 長岡京の暗い影 6 桓武朝の蝦夷征討 第二章 宮廷と詩文と密教と 1 平城朝の悪戦苦闘 2 「平安的なもの」の発展 3 花開く唐風の詩文 4 巨人、最澄と空海 5 渡海僧と仏教の貴族化 第三章 良房・基経の時代 1 承知の変と良房の権力把握 2 反抗者と疎外者 3 基経の天皇廃立 4 律令政治の衰退 5 地方勢力の胎動 第四章 寛平・延喜の治 1 「寛平の治」とその挫折 2 菅原道真の運命 3 延喜の荘園整理令 4 「古今和歌集」なる 5 延喜の太平とその暗転 第五章 承平・天慶の乱と「天暦の治」 1 武者の起こり 2 平氏一族のあらそい 3 東西二つの謀反 4 将門・純友の末路 5 藤原氏と後宮 6 「天暦の治」の内幕 7 退廃の栄え 8 藤原氏の時代へ -
ええじゃないか 民衆運動の系譜
江戸や大坂など大都市の市中で、あるいは木曽街道の宿場町や四国の農村で、「エエジャイカ、エエジャナイカ」と歌い踊る人々。このお祭り騒ぎは、幕末の日本を観察したイギリスの外交官、アーネスト・サトウの回顧録に記され、島崎藤村の『夜明け前』にも描写される。 徳川時代の末期、慶応3年(1867)夏頃から翌年にかけて、日本の多くの地域で引き起こされたこの熱狂は、いったい何だったのか。日本史上でもあまり類例のない、この不思議な現象の全貌を、各地の史料を掘り起こして明らかにした労作。 さらに、中世の神社史、特に伊勢神宮史に業績のある著者は、この「ええじゃないか」という事象を、古代の常世神や志多羅神信仰から、「永長の大田楽」、近世の伊勢踊りへと至る民衆運動の系譜の中に位置づけ、また、近世の伊勢信仰と「おかげ参り」の大流行、そして幕末の「世直し」との関連のなかで考察する。〔原本:『ええじゃないか――民衆運動の系譜』新人物往来社、1973年刊〕 -
パラダイムとは何か クーンの科学史革命
トーマス・クーンという名前を知らない人でも、また科学史や科学哲学などの分野に縁のない人でも、「パラダイム」という言葉なら聞いたことがあるに違いありません。 いまや日常語として「物の見方」「考え方の枠組み」の意味で使われているこの言葉は、もともと1962年刊『科学革命の構造』というクーンの著書の中で語られたもので、「一定の期間、研究者の共同体にモデルとなる問題や解法を提供する一般的に認められた科学的業績」を意味していました。 この概念は、それまでの「科学革命は17世紀に起きた1回きりの大事件」という科学史の常識を覆す衝撃的なもので、「<科学>を殺した」といわれたほど、大きな影響を及ぼしました。 パラダイム・シフトは歴史上何回も起こり、それは社会・文化の歴史と密接な関係があるとするクーンの見方は、フーコーが人文科学的知の布置の変化を考古学的方法によって解き明かしたと同じスタンスで、「知」の連続的進歩という通念を痛撃しています。 本書は二十世紀終盤の最大のキーワードとも言うべき「パラダイム」の考え方を面白く、わかりやすく説くものです。 ●主な内容 第1章 <科学>殺人事件 第2章 科学のアイデンティティ 第3章 偶像破壊者クーンの登場 第4章 『科学革命の構造』の構造 第5章 パラダイム論争 第6章 パラダイム論争の行方 【原本】 『現代思想の冒険者たち クーン パラダイム』1998年 講談社 -
天皇陵 「聖域」の歴史学
今年7月、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」が日本で23件目のユネスコ世界遺産に指定された。しかし、この世界遺産を構成する古墳の多くは、その被葬者さえ特定されていない。最大規模を誇る仁徳天皇陵や、履中天皇陵、允恭天皇陵などには、本当にその天皇が眠っているのだろうか。天皇陵は、いつ、どのように定められ、管理されているのか、近世・近代史を専門とする著者が、「天皇陵の歴史」と問題点を解き明かす。江戸時代中期、各地の古墳を独自に探査した蒲生君平。幕末期、尊王思想の高まりの中で、陵墓の比定と修補を願い出た宇都宮の藩主・戸田忠至。こうした近世の研究成果の上で、明治政府は、全天皇と皇族の陵墓を決定していった。神話に語られる天皇の実在を「証明」するためにも、墓の確定は欠かせなかったからである。神武天皇陵や仁徳天皇陵はどのように決められたのか、明治天皇陵はなぜ京都にあるのか、大正天皇陵の参拝に大混雑した鉄道と町、昭和初年に新たに皇統に列せられた南朝第3代の長慶天皇の陵はどう探したのか、さらに天皇陵の祭祀の場としての意味、著者が発見した資料「陵墓参考地一覧」からわかること――など、あらゆる論点から天皇陵を検証し、今後の科学的・考古学的調査の必要性を訴える。〔原本:『天皇陵論―聖域か文化財か―』 新人物往来社、2007年刊〕 -
アイヌの世界観 「ことば」から読む自然と宇宙
動植物を神格化し、自然も神も人も、すべては平等である――! アトゥイ(海)、アペ(火)、コロ(支配)、カラ(創造する)、ウク(受取る)・・・・・・。驚くべき自然観察者であるアイヌ。その、名付けの意味、語源、語彙構成や使用法を丹念に拾いながら、彼らの宇宙観、霊魂観、動植物観を言語学的に分析。認識人類学的アプローチで、”アイヌ文化”を旅します。本書は1994年から長らく講談社選書メチエの一冊として刊行されてきました。今回、学術文庫に収録するにあたり、補章として「現代に生き続けるアイヌの世界観」を追加しています。*コ「ロ」、カ「ラ」、ウ「ク」=「 」内字は小文字です目次プロローグ第一章 アイヌの宇宙観1 モシリ(世界)2 アイヌ・モシリ(人間の世界)の誕生3 カムイ・モシリ(神々の世界)4 ポクナ・モシリ(下方の世界)5 アイヌの他界観6 相補二元的宇宙観第二章 霊魂とカムイ1 霊魂の観念2 カムイの概念3 語彙素構成からみる神性の認識4 人間的なカムイ像5 カムイとジェンダー6 人間との関係第三章 アイヌの植物命名法1 植物名が語る認識のプロセス2 基本名からみる命名のプロセス3 対照名からみる命名のプロセス4 類別的認識5 植物観と神格化第四章 動物の分類と動物観1 動物の個別名と包括名2 個別化の原理3 類別カテゴリーの外延4 類別化の原理5 動物分類と空間分類の連繋6 動物のシンボリズムと神格化の基盤第五章 諸民族との比較1 日本上代における世界観との比較2 北方諸民族における世界観3 アイヌの世界観第六章 世界観の探究――認識人類学的アプローチ1 言語と文化2 イーミックな観点とエスノ・サイエンス3 「もの」の名称から認識の体系へ4 象徴体系としての世界観5 メタファーとしての動物6 言語の象徴表現と世界観7 認識人類学の意義補章 現代に生き続けるアイヌの世界観あとがき学術文庫版あとがき索引 -
元号通覧
「明治」は10回も元号候補になっていた――。「大化」にはじまり「大正」に至るまでおよそ1300年、240を超える元号をすべて網羅しています。『書経』や『文選』などの出典や改元の理由はもとより、候補に挙がった元号も出典とともに示した本書は、まさに日本の元号が一望できる、元号の辞典といえるものです。 世にも稀なこの一冊を執筆した人物こそ、文豪森鴎外(1862-1922年)でした。森鴎外、本名森林太郎は、陸軍軍医の最高位にあたる陸軍軍医総監、陸軍省医務局長を辞したのち、1917年に帝室博物館総長兼宮内省図書頭として再び官職につきました。歴代天皇の諡号(おくりな)の出典を考証した『帝謚考』(1921年)を刊行したあと、文字通り最後の命を燃やしながら取り組んだ仕事が本書(原題『元号考』、文庫化にあたって改題)です。実に病没する数日前まで手を入れ続けたものの未完に終わりますが、晩年に歴史小説さらに史伝に転じた鴎外の考証学的執念もうかがえます。 本書をひもとけば「明治」同様、「大正」も採用までに3回、候補になっていることがわかります。また15世紀に初めて候補になった「明治」に対し、江戸時代の元号「天明」や「天保」は古代から繰り返し提案されていることもうかがえます。人気の元号候補はなにか、それはどの典籍からの引用なのか。あるいは時代によって典拠の流行りすたりがあるのか。即位以外に大災害や飢饉、疫病などでも改元されますが、いつどんな理由で改元されたのか……。『天皇の影法師』(1983年)で本書に光を当てた猪瀬直樹氏による解説とあわせて、元号をめぐる知的好奇心を存分に満たしてくれる一冊です! -
『孫子』の読書史 「解答のない兵法」の魅力
華々しい戦史も、将軍たちの勇壮な逸話も、ましてや必勝の極意もない小さな兵法書は、なぜ2400年にわたる世界史的ベストセラーになりえたのか? 曹操、蒋介石、毛沢東、山鹿素行、吉田松陰、旧陸海軍、公安警察、労働組合、電通、そしてイギリス軍やアメリカ軍へと読み継がれてきた歴史を辿りつつ、形篇や勢篇、行軍篇など実際のテキストを吟味し、その「魅力」の源泉に迫る! 【目次】 はじめに 中国王朝名一覧 ■第一部 書物の旅路ーー不敗への欲望 第一章 戦いの言語化ーー『孫子』の原型 第二章 成立と伝承 第三章 日本の『孫子』ーー江戸時代末期まで 第四章 帝国と冷戦のもとで ■第二部 作品世界を読むーー辞は珠玉の如し 第一章 帝王のためにーー『群書治要』巻三三より 第二章 形と勢ーー永禄三年の読み 第三章 不確定であれーー銀雀山漢墓出土竹簡「奇正」 第四章 集団と自然条件ーー西夏語訳『孫子』より おわりに 参考文献 学術文庫版へのあとがき 【本書の主なトピック】 □『孫子』古典化の秘密は非万能・抽象・非戦志向にあり □日清・日露戦争の勝利で進んだ『孫子』の聖典化 □米軍を『孫子』研究に向かわせた毛沢東率いる人民解放軍の脅威 □電通PRセンター初代社長が仕掛けた企業経営者向け『孫子』キャンペーン □帝王・皇族は『孫子』から何を学んだのかーー『群書治要』 □なぜ勝ち負けが生ずるのかーー形篇・勢篇 □無限に変化し、不確定であれーー銀雀山漢墓出土竹簡「奇正」 □”China Rising”で『孫子』は21世紀世界の必読書へ -
拷問と処刑の西洋史
啓蒙主義と人権思想を生んだヨーロッパの「光」の歴史の裏には、数多の人間を血祭りに上げてきた、陰惨たる「闇」の系譜があった! 火刑、斬首、車裂き……親指詰め、ハシゴ吊るし、「スペインのブーツ」……王殺しや異端審問、魔女裁判を通して発明された拷問と処刑のシステムを、社会の秩序回復と体制強化のための非人間的な権力装置として読む、異色にして出色の文化史。 【目次】 序 章 ヨーロッパ史の光と影 第一章 王殺しの記憶 第二章 異端審問と「死の祭典」 第三章 魔女裁判の歴史 第四章 拷問という権力装置 第五章 裁判と処刑の実態 終 章 ヨーロッパ史の闇の系譜 あとがき 処刑関係略史 参考文献 学術文庫版へのあとがき 【本書の主なトピック】 ●15分で失神……究極の拷問具「ボック」とは? ●斬首、絞首、火刑、生き埋め、車裂き……最も重い刑罰は何? ●水審……沈んだら「無罪」、浮いたら「魔女」確定 ●映画やメルヘンにも登場、「鉄の処女」伝説の虚実 ●マリー・アントワネットの母作成、「拷問図説マニュアル」 ●太陽王ルイ14世の治世を脅かした「パリの黒ミサ事件」 ●舌を抜いたらおいくら? 拷問と処刑のお値段 -
ベルクソン哲学の遺言
フランスの哲学者アンリ・ベルクソン(1859-1941年)は、1937年2月8日に記した遺言状で「私は、公衆に読んでもらいたいものすべてを刊行したと宣言する」と断言し、生前に刊行した7冊の著書以外の死後出版を厳に禁じた。 ベルクソンが自身の著書として指定したのは、4冊の主著『意識の直接与件に関する試論』(1889年)、『物質と記憶』(1896年)、『創造的進化』(1907年)、『道徳と宗教の二源泉』(1932年)、2冊の論文集『精神のエネルギー』(1919年)と『思想と動くもの』(1934年)、そして『笑い』(1900年)である。現実には死後、遺稿集や書簡集のほか講義録まで出版された。それらが研究上、重要な資料をなすことは言うまでもない。だが、その一方で哲学者の遺志が無残なまでに裏切られたことも否定しようのない事実である。 本書は、どこまでも遺言状に忠実であろうとする。ベルクソンが自身の著書として指定した著作だけを愚直に、真摯に読んでいくこと。その当たり前の営みによってのみ浮かび上がるものがあることを、本書の読者は知ることができる。すでに定評を得た本書に新たな書き下ろしを加えた「完全版」を、ここに満を持してお届けする。 [本書の内容] 第I章 遺言状 1 生涯を貫くシンフォニー/2 単純なひとつの行為/3 自伝的遺書/4 哲学に欠けている「正確さ」 第II章 ほんとうの障碍物に出会う 1 「持続」は障碍物だということ/2 「持続」を語る困難/3 持続という問題への入口/4 予見不能であるとは 第III章 砂糖が溶ける時間 1 映画フィルムは回転する/2 砂糖水ができるまで/3 誤った回顧から解放されること 第IV章 直観が〈正確〉であること 1 思考を誂える/2 「直観」という努力/3 直観の対象/4 「直観」を定義する困難 第V章 〈記憶〉についての考え方 1 持続において思考する例/2 「記憶」と「過去」との関係/3 それ自体で在る過去/4 脳と記憶 第VI章 〈器官〉についての考え方 1 哲学はいかに〈努力する〉のか/2 持続において思考する例/3 器官としての「眼」/4 進化の原因としての持続 第VII章 持続が目指すところ 1 飛躍の結果としての人類/2 直観と本能/3 潜在的本能による仮構機能/4 持続において思考する例 第VIII章 哲学の目的 1 神秘主義と機械主義/2 〈停止〉を〈運動〉それ自体に送り返すこと/3 持続において思考する例/4 手仕事の効用、感覚の教え/5 〈深さ〉において思考する喜び 補 章 哲学の未来のために 1 科学の半身たるべき哲学/2 「共感」という事実/3 この地上に生きている哲学 -
近代日本の陽明学
◇暴走する独善的正義 その思想的起源を暴く!◇ 善意に基づく使命感。時としてテロリズムへと人を導いてしまう心性は、陽明学と水戸学が交錯しながらこの国の精神に組み込まれたものであった。 大塩平八郎にはじまり、井上哲次郎、三宅雪嶺、新渡戸稲造、そして山川菊栄と三島由紀夫へと至る系譜をたどりながら、日本の近代特有の屈折を読み解かんとする、新鮮にして驚くべき視点による思想史探究。 スマッシュヒットとなった選書メチエ版に、近代日本における朱子学・陽明学というより俯瞰的な視野による「増補」を加え待望の再刊なる! 【本書の内容】 学術文庫版序文 プロローグ―靖国「参観」の記 エピソードI 大塩中斎―やむにやまれぬ反乱者 1 「乱」と呼ばれて 2 陽明学ゆえの蜂起? 3 知己頼山陽 エピソードII 国体論の誕生―水戸から長州へ 1 藤田三代の功罪 2 『大日本史』の編集方針 3 自己陶酔する吉田松陰 エピソードIII 御一新のあと―敗者たちの陽明学 1 陽明学を宮中に入れた男 2 陽明学を普遍化させた男 3 陽明学をキリスト教にした男 エピソードIV 帝国を支えるもの―カント・武士道・陽明学 1 明治のカント漬け 2 武士道の顕彰 3 陽明学の復権 4 白い陽明学、赤い陽明学 エピソードV 日本精神―観念の暴走 1 ある国家社会主義者のこと 2 西洋思想で説く東洋の革命 3 碩学か幇間か エピソードVI 闘う女、散る男―水戸の残照 1 水戸の血と死への美学 2 「青山菊栄」の戦後 3 「その日」まで 4 その日 5 アポロンが演じたディオニュソス 6 それから エピローグ 増補 I 近代における朱子学・陽明学 II 亘理章三郎と西田幾多郎の陽明学発掘作業 III 中江兆民の自由論 IV 渋沢栄一の自由論 主要参考文献 あとがき 主要登場人物略伝 本書関連年表 索引 *本書の原本は、2006年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
数学の考え方
数学には人類の長いあいだの経験が集積されている。細かい計算や技巧の歴史としてではなく、ものの見方、考え方の歴史としてその道程を振り返るとき、目のまえには見たことのない数学の「風景」が広がるだろう。数学の歴史は私たちの思想の歴史にほかならない。数を数えることから現代数学までを鮮やかにつなぐ、数学入門の金字塔。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
西洋哲学史
哲学の勉強に、なぜ西洋哲学史全般の知識が必要なのでしょうか。哲学も学問である以上、勉強の仕方というものがあり、少なくとも哲学で使う概念がどのようなものかを、哲学者たちに教わる必要があります。本書は、一冊で完結する西洋哲学通史として、重要な哲学者の、それも必要不可欠と思われる考えに絞り、古代・中世・近世・近代・現代の区分に従って問題の展開が論理的に理解できるよう書かれています。(著書「まえがき」より) -
アテネ 最期の輝き
紀元前338年、ギリシャ敗戦! その後「民主政」はどうなった? 教科書に載らない歴史の真実を明かす、第一人者によるアテネ「亡国」のドラマ。 * 紀元前338年、アネテやテーベを中心とするギリシア連合軍は、フィリポス2世とアレクサンドロス率いるマケドニア軍に歴史的な大敗を喫した。アテネが誇る民主政はしかし、それを契機にかつてない平和と繁栄を謳歌する――。デモステネスら政治家たちの闘いの跡を追いつつ、アレクサンドロス躍進の陰で「黄昏」と呼ばれたアテネの実像を明らかにする、第一人者による画期の書! * [目次] はじめに 序章 「黄昏のアテネ」に迫る 1 「黄昏のアテネ」とデモステネス 2 「政治家」と「政治グループ」 第1章 決戦へ 1 デモステネスの生きた時代 2 デモステネスの前半生 3 反マケドニアの政治家として 4 「宿敵」アイスキネスとの対立 第2章 敗戦――マケドニアの覇権 1 戦後処理 2 デモステネスの活躍 3 アレクサンドロスの時代の幕開け 4 マケドニアの傘の下で 第3章 対決――「冠の裁判」 1 裁判が始まるまで 2 「弁論家の戦い」 第4章 平穏――嵐の前の静けさ 1 デモステネスの隣人たち 2 アテネ民主政の姿 3 動乱の前ぶれ 第5章 擾乱――ハルパロス事件 1 ハルパロス事件とは 2 事件当時のアテネの情勢 3 ハルパロス裁判 4 裁判の背後の人間模様 第6章 終幕――デモステネスとアテネ民主政の最期 1 民主政アテネの最後の闘い 2 愛国者たちのそれぞれの最期 終章 1 デモステネスの遺したもの 2 「黄昏」の民主政 史料について 主要参考文献 関連年表 あとがき 学術文庫版へのあとがき -
日常性の哲学 知覚する私・理解する私
日常は哲学的な問いに満ちている――日常的観点からは当然のように思われることでも、哲学の歴史をひもとけば、これをめぐって多くの紛糾した議論がなされてきた。 何の変哲もない代わり映えしない風景。昨日も今日も変わらない出来事の繰り返し。それらを見て聞いて普段通りと感じる〈私〉の繰り返し。私たちの日常は、日々繰り返している物の知覚と出来事の理解から成り立っている。 本書は、このように私たちの日常の秩序を支える純然たる物としての物の知覚と、物の世界での出来事の理解を、哲学史にでてくる概念や専門用語を使わず、日常の言葉で哲学的に省察する。世界の見え方を刷新する画期的論考。 *『知覚する私・理解する私』(勁草書房、1993年)を改題・増補して文庫化。 [主な内容] はしがき 第一章 知覚における対象性成立の論理 第二章 知覚的質と本当に在るもの 第三章 因果的理解と行為 第四章 法則の概念と出来事の始まり 本文の哲学史的背景についての注解 注 あとがき 学術文庫版あとがき -
文章作法事典
「情報を鼓動とともに」「見知らぬ読者になりすます」「ばれるように嘘をつく」「望遠レンズで迫力を」「ギュッと締めて、フワッと放す」――。 わかって書いたら全然違う! よい文章を書くための基本作法から、効果を高める表現技術、そして読み手への配慮や書き手の心構えまで。日本語文体・表現の泰斗が、習熟度別3段階、59項目でまとめる、実用に役立つ、「名文」作成のための究極マニュアル。 【目次】 文庫版へのまえがき 一 〈書く〉 文章をはっきりと 1 [わかりやすい表現] 読まれなければ始まらない 2 [あいまいな表現] 誤解の芽を摘む 3 [文と文の接続] 関係は書き手がつくる …… 二 〈練る〉 表現をゆたかに 25 [情報待機] サスペンスをつくりだす 26 [漸層・漸降] 上りと下りは勢いが違う 27 [倒置表現] 計画的に取り乱す …… 三 〈磨く〉 文体をしなやかに 46 [書き出し] もう読まずにはいられない 47 [結び] ギュッと締めて、フワッと放す 48 [視点] カメラワークを意のままに …… あとがき -
中国思想史
昭和11年(1936)に『支那思想史』の書名で刊行され、戦後は『中国思想史』と改題してたびたび再刊されて今世紀まで読み継がれてきた概説書の、初の文庫化。孔子・老子に代表される古代思想はもちろん、その後の儒教・仏教・道教の相互交渉、朱子学・陽明学の成立、清代の考証学の確立まで、2000年以上におよぶ中国思想の幅広い歴史を、コンパクトに通観する。 著者によれば、維新以後この種の著作は数種出ているが、いずれも学者の伝記とその著書の解題を並べたものにすぎず、思想推移の跡をたどるに不便である、という。そこで本書では、思想変遷の過程を明らかにし、異質な思想が接触し変化する歴史を描くことに多く筆を割いている。 なかでも本書の大きな特徴は、四書五経の研究を深めた学問「経学」の変遷や、儒教や宋学への仏教の影響について大胆に説き明かしていることで、一人の研究者がこれほどの広い視野で中国の思想史を捉えた書物は、その後著されていない。 学術文庫のロングセラー、『孫子』『墨子』『諸子百家』等の著者、浅野裕一氏(東北大学名誉教授)が巻末解説を執筆。〔原本:岩波書店、1936年・1957年・2005年刊〕 -
言語的思考へ 脱構築と現象学
20世紀的思考を乗り越え、21世紀哲学の開幕を告げた、画期の書。 デリダやウィトゲンシュタインによってかえって「謎」と化してしまった言語の本質を、現象学的方法によって取り戻す著者オリジナルの試み。 「原理」を提示し、認識の「普遍洞察性」(共通了解の普遍性)に近づいていくという哲学的思考のエッセンスは、こうして再興される! * * * [目次] 1章 現代の反形而上学――『声と現象』のマニフェスト (ヨーロッパ思想の自己克服/脱構築的マニフェスト/根源概念の禁止/エクリチュールと主体の死) 2章 デリダ的脱構築と懐疑論 (「純粋自我」の逆説/懐疑論の本質/差延と超越性) 3章 「現象学的」言語理論について (形而上学の解体/言語ゲーム/「言語」の現象学/ハイデガーの言語意味論) 4章 エクリチュールと「作者の死」 (言語の信憑構造/言語の「意味」とは何か/エクリチュールの構造/文学テクストの本質) 5章 一般言語表象 (一般言語表象と言語の多義性/指示理論について) 6章 「意味」の現象学 (「意味」の存在論/「発語」の現象学/規則のパラドクス) 7章 「正義」のパラドクスと「否定神学」 (否定神学/正義のパラドクス/倫理の現象学) 終章 現代的「超越項」 (「語りえないもの」の複数性/現代的「超越項」について) あとがき 学術文庫版へのあとがき -
渋沢栄一「青淵論叢」 道徳経済合一説
〈『論語と算盤』よりも明快!〉 渋沢栄一「最後の肉声」を現代語訳。 読めば、2021年大河ドラマ『青天を衝け』が、ぐっと味わい深くなる! ■怒濤の人生を回顧し、現代人に希望を託す、畢生のメッセージ■ 時勢が緊迫する昭和のはじまりにあって、人生の黄昏を迎えていた「日本資本主義の父」は、 後世に何を言い遺こそうとしたか。 「家訓」にはじまり、倫理観、経済観、政治観、人生観など広汎なテーマについて32項目にわたって、 幕末維新の経験をふまえ、日本の明日を憂いながら語り尽くした談話集「青淵論叢」を、 渋沢という人物を知り尽くした鹿島茂が読みやすく現代語訳し、さらに懇切に解説。 「金というものは社会の力を表彰している役にたつ道具ですから、これを貴ぶのは正当なことですが、しかし、必要な場合にはよくこれを消費しなければなりません。消費はもちろんよいことなのです。よく集めてよく散じ、もって社会を活発にし、それによって経済界の進歩を促すのはまさに有為の人が心がけなければならないことなのです。真に経済のよくわかった人は、よく集めてよく散じるようでなければなりません。よく散じるとは正当に支出することです。金を善用することです」(本書「富者の要務」より) 「江戸の封建主義に代わって明治・大正の資本主義が登場しても、官は官のもの、民は民のものという疎外的分担体制はよりひどくなっている。 これは、自分にも責任があるのだから、なんとしても最終解決しなければならない。 では、どうすればいいのか? これが、日本の資本主義をほとんどゼロから独力で作り上げた渋沢が古希にあたって再度、自分に問いかけた疑問だったのである」(本書「編訳者解説」より) 【本書の主な項目】 立身出世の秘訣/信用を得る人得ない人/叱言(こごと)の云い方/真の成功とは何か/予の人物鑑識法/大国民は斯う有り度い/外来思想と咀嚼消化の力/国家観念と世界主義/政治経済と道徳観念/道徳と経済の合一説/事業経営に必須の条件 ほか -
経済学の思考法 稀少性の経済から過剰性の経済へ
格差拡大、雇用不安、デフレ、グローバリズムの停滞……。「構造改革」以降、実感なき好景気と乱高下する日本経済。過剰な貨幣発行がもたらす問題、「複雑な“経済現象”」と「理論重視の“経済学”」の乖離など、現代資本主義が直面する困難を徹底的に検証。 アダム・スミスから金融理論、リーマンショックからアベノミクスまで、経済学の限界と誤謬を提示する。 内容抜粋 「経済学」がひとつの思想でありイデオロギーであるとすれば、今日の支配的な経済学の考え方とは異なった「経済」についての見方はできないか。「稀少な資源の配分をめぐる科学」というような経済学の典型的な思考方法ではない、別の思考様式はないのか、ということだ。―――学術文庫版「はじめに」より 目次 学術文庫版「はじめに」 第1章 失われた二〇年――構造改革はなぜ失敗したのか 学術文庫付論 第2章 グローバル資本主義の危機――リーマン・ショックからEU危機へ 学術文庫付論 第3章 変容する資本主義――リスクを管理できない金融経済 第4章 「経済学」の犯罪――グローバル危機をもたらした市場中心主義 第5章 アダム・スミスを再考する――市場主義の源流にあるもの 第6章 「国力」をめぐる経済学の争い――金融グローバリズムをめぐって 第7章 ケインズ経済学の真の意味――「貨幣」の経済学へ向けて 第8章 「貨幣」という過剰なるもの――「稀少性」の経済から「過剰性」の経済へ 第9章 「脱成長主義」へ向けて――現代文明の転換の試み あとがき――ひとつの回想 学術文庫版あとがき 2012年刊行、講談社現代新書『経済学の犯罪』を改題、 大幅加筆修正したものです -
古代エジプト文明 世界史の源流
◆2025年「ラムセス大王展」開催!◆ ◇ラメセス二世がなぜ最強のファラオなのか・最高によくわかる!◇ ―すべての道はナイル河谷へ通ず― アフリカ最奥から到来した人々が築いた文明は、オリエントや古代ギリシアなど周辺世界に決定的影響をもたらしながら三千年の栄華を誇った。 古王国時代からローマ帝国時代まで強大なファラオたちを核にして展開した歴史は、まさしく西洋世界の源流となったのである。 古代エジプト研究をリードする著者が、古代エジプト文明を西洋世界の源流のひとつとして捉え、最新の研究成果をふんだんに盛り込みながら、教科書では描かれきれない新たな歴史像を描き出す! ◯異民族「ヒクソス」の実像&彼らとラメセス大王が戦った「最古の戦争」カデシュの戦いとは? ◯一神教の「起源」はモーセか、アクエンアテンか? ◯エジプト王国最後の象徴クレオパトラの実像は? ◯謎の民族「海の民」の正体とは? ◯「エジプトの神々」と「来世信仰」は世界にどのように広がったか? 【本書の内容】 プロローグ 序章 古代エジプト文明の誕生 第1章 ミノア文明と古代エジプト文明 第2章 異民族ヒクソスの時代 第3章 アクエンアテン王の宗教改革と多神教世界 第4章 アマルナ時代とアマルナ文書 第5章 ラメセス二世vs. ヒッタイト 第6章 ラメセス三世と「海の民」 第7章 アレクサンドロス大王とアレクサンドリア 第8章 女王クレオパトラ七世のエジプト 第9章 古代ローマ帝国と皇帝たちのエジプト文化 終章 古代エジプト文明は世界史の中へ 補章 「タニスの遺宝」が語るエジプト文化の変容 注 図版出典 参考文献 古代エジプト文明年表 索引 【本書より】 たとえ我々に馴染みのある教科書の中の記述はわずかであったとしても、世界史の中において、古代エジプトの果たした役割は、決して少なくはない。世界史の主人公がエジプトであった時期は確かに存在した。(中略)古代ギリシア世界も、強靱で巨大な古代ローマ世界も、あるいはビザンツ帝国もフランク王国でさえも、古代エジプトという強固な礎なくしては、世界史に名を残すことはなかったであろう。本書を読破した後、あなたは古代エジプトとはすでに失われてしまった過去の文明ではないことに気づくはずである。古代エジプト文明の血脈は、人々の記憶の中へと潜り込その後も世界史の中で脈々と流れ続けているのである。 *本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
日本料理史
寿司も天ぷらも精進料理も、その起源は海外にあった! 古代から現代まで、和食の料理体系の全貌を描く! いまや世界中で愛される日本食は、どのように生まれ、現在の姿になったのか。本格的に米を採り入れた弥生時代、茶の湯と懐石料理の戦国時代、料理文化が花開いた江戸時代、西洋料理が入ってきた明治時代、そして国際化・多様化の進む現代へ――。食器、調理法、食事作法から国家・社会・経済との関わりまで、沖縄・北海道を含むあらゆる日本の食文化を網羅する通史。増補決定版! 【目次】 はじめに――和食という料理 序 章 食の意義と日本料理 第一章 日本料理の前史と文化――先史時代の食文化 第二章 古代国家と食事体系――日本料理の源流 第三章 中世料理文化の形成と展開――大饗、精進、本膳そして懐石 第四章 近世における料理文化の爛熟――自由な料理と庶民の楽しみ 第五章 明治の開化と西洋料理――西洋料理の受容と変容 第六章 大正・昭和の市民社会と和食――日本料理の変容と展開 終 章 料理からみた日本文化 補 章 平成・令和の食――メモ風に コラム1 スシ コラム2 テンプラ コラム3 スキヤキ おわりに 学術文庫版あとがき 参考文献 索 引 -
風俗画入門
古代から近代まで、人々の暮らしや心情を映し出す風俗画は、壁画、絵巻、屏風、浮世絵、漫画、落書など、様々な形で残されてきた。中国の影響から独立、展開し、近世に花開くその歴史は、高松塚古墳壁画から鳥獣戯画、洛中洛外図屏風、見返り美人図、北斎漫画までをも包み込む。古代の落書の精神は平安時代の絵巻に昇華し、仏教的な厭世観(憂世)は刹那主義的な現世肯定の精神(浮世)に受け継がれている。 日本美術史の第一人者が語り尽くす、類いまれな戯画全史。カラー図版多数掲載! 【目次】 第一章 風俗画の東西 第二章 唐美人の移入 第三章 やまと絵の風俗画 第四章 鎌倉、室町時代 第五章 戦国から桃山へ 第六章 桃山風俗画の満開 第七章 初期風俗画の爛熟 第八章 風俗画としての浮世絵 あとがき 学術文庫版あとがき 参考文献 -
中世ヨーロッパの色彩世界
明日、何を着ていこう――冠婚葬祭をのぞけば、服選びで色がもつ意味を気にする人はいないだろう。ところが中世ヨーロッパではそうはいかない。たとえば緑は恋を、青は誠実さを意味し、黄は忌避される色だった。中世の色は現代よりもはるかに饒舌で、絵画や文学で描かれた人々の衣服の色には、単なる色の美しさや好みを超えた、さまざまな意味が託されている。中世の人びとはどんな色に囲まれ、どんな気持ちで色を身につけていたのか、あるいは目の前の人物が纏う色から何を読みとっていたのか。 多彩な史料から複雑で精緻な色彩コードを読み解き、中世人の日々の感情生活を豊かに描き出す。あの絵画もこの伝説もいっそう深く理解できる、色が語る中世世界への招待!(カラー口絵付き。電子書籍版はオール・カラー図版) 待ちに待った初めての逢瀬。恋焦がれた女性が鮮やかな青に緑のオウムをちらしたドレス着て現れたら、相手の男性は有頂天になるだろう。なぜなら、そのドレスの意味するところは「誠実にあなたを愛します」。ところがある日、夢に現れた彼女が全身緑の衣をまとっていたら、悲嘆に暮れてしまうかもしれない。青が意味する誠実さに対し、緑は恋の色であると同時に変動の色でもある。彼女の心変わりが青を脱がせ、緑を着せたのだ――。 このように単なる色の好みや色づかいの美しさを越えて、中世の色は複雑な精神世界を織りなしている。「中世の色は饒舌であり、中世の人びとは意味もなく色をつけることはない」。たとえば黄色には負のイメージがつきまとい、縞柄は道化師や娼婦、気まぐれな運命女神のものである。権威と権力を示す赤、醜い色からやがて「悲しみの色」として大流行する黒……。 ブリューゲルやジョット、ヤン・ファン・エイクの絵画、数々の華麗な装飾写本の挿絵に、アーサー王物語をはじめとする騎士物語、貴族の家計簿や財産目録など多彩な史料から、当時の染色技術も視野にいれつつ、色彩に込められたメッセージを読み解き、色から見えてくる中世世界を描き出すのが本書である。 グリーンゲイブルスのアンはなぜ「赤毛」を嫌ったのか、ルーレットやバカラなどのカジノ台はなぜ緑のフェルトでおおわれているのか、囚人服は縞柄で、スーツにダークカラーが多いのはなぜなのか。現代社会に今なお息づく色彩に秘められた歴史に迫る!(原本:『色で読む中世ヨーロッパ』講談社選書メチエ、二〇〇六年) 【本書の内容】 序 章 色彩文明の中世 第1章 中世の色彩体系 第2章 権威と護符の赤 第3章 王から庶民までの青 第4章 自然感情と緑 第5章 忌み嫌われた黄 第6章 子どもと芸人のミ・パルティと縞 第7章 紋章とミ・パルティの政治性 第8章 色の価値の転換 終 章 中世人の心性 -
ブリヤ=サヴァラン「美味礼讃」を読む
18世紀フランスの政治家・法律家にして稀代の美食家であったサヴァランが著した『Physiologie du Gout(味覚の生理学)』は、「ガストロノミー」、食というものについての総合学の聖典として、世界中で現在まで読み継がれている。 とりわけ日本においては、『美味礼賛』という邦題と、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」という警句とともによく知られるが、では実際にどのような事が書かれているのか、なぜこの本が、サヴァランという人物が、かくも偉大なものとされているのかについては、詳しく知る者は多くはないだろう。 日本の料理文化を大きく展開させた辻静雄が、食はもとより歴史・地理・美術・文学についての広汎な知見を総動員し、サヴァランの思考を辿り、料理の精髄を縦横無尽に語り尽くす! 【本書より】 「私は豚肉を食べています。それで……」と言ったら、ブリヤ=サヴァランは人となりなど言ってくれるどころか、絶句して卒倒してしまうんじゃないでしょうか。 【本書の内容】 第一講 ブリヤ= サヴァランと『味覚の生理学』 I ブリヤ= サヴァランはどういう人だったか II 『味覚の生理学』初版その他 III 『味覚の生理学』の構成、その他 第二講 食べ物と新しい歴史学 I 『味覚の生理学』の背景も知っておきたい II ブリヤ= サヴァランの対極にいた人たち III パリの食糧、その他 第三講 「おいしさ」とその表現 I 「教授のアフォリスム」を読む II ブリヤ= サヴァランが好んだ料理 III 「おいしい」という言葉/味の表現 第四講 ワイン事情 I ブリヤ= サヴァランとワインのことなど II 一九世紀のワイン事情 第五講 ガストロノミーとガストロノームの系譜 I ガストロノミーとグルマンディーズ II ガストロノームの系譜 あとがき 参考文献 ※本書の原本は、1989年に岩波書店より『ブリア-サヴァラン「美味礼讃」を読む』として刊行されました。 -
〈身〉の構造 身体論を超えて
前著『精神としての身体』で、心身二元論では我々が具体的に生きている身体のダイナミックスは捉えられないとした著者は、本書では、皮膚の内にとざされた身体という固定観念を取り払い、身体を超えた錯綜体としての〈身〉を追究。さらに、空間が均質化して「身体は宇宙を内蔵する」という身体と宇宙との幸福な入れ子構造が解体している今日、我々にとってどのようなコスモロジーが可能かを問う。 -
博徒と自由民権 名古屋事件始末記
〔変革が振り落とす人々の怒りと願いを甦らせる、鬼気迫る歴史研究〕 明治維新による社会変革の反作用として巻き起こった自由民権運動が政府の弾圧をうけ行き詰まると、各地で「激化事件」と呼ばれる過激活動が勃発した。 激化事件の代表的事例とされる「名古屋事件」では、実力による政府転覆を果たさんとして、その軍資金調達のために富豪からの強盗・紙幣偽造が企てられ、実際に実行犯20人による強盗事件が50数回ほど実行に移された。 そして、このような過激な活動の中枢は、「ばくち打ち」「博徒」と呼ばれる者たちによって担われていた。 渡世無頼の徒として、江戸後期より徒党を組んで東海道を闊歩した「アウト・ロー」たちは、なぜ、いかにして明治の世に「自由」を掲げ、暴力的な挙に及んだか。 自由民権運動の実態にまったく新しい角度から切り込んだ記念碑的研究の成果。 明治社会の光と影を、現代的問題関心から問い続ける松沢裕作氏による懇切な解説付き。 1979年『思想』「社会史」特集号に著者が発表した論文「変革期における庶民エネルギーの源泉」を併載。 [本書より] 自由党=国会開設運動と、博徒=無法者(アウト・ロー)とはいったいどこで、どう結びつくものなのであろうか。私はこの疑問を、名古屋事件に参加した博徒たちの足跡を幕末期までさかのぼって克明に調べることによって、解いてみようと思いたった [解説より] 研究史上の画期性とか、歴史像の刷新とかいった問題は、些末なことのように思えるほどの迫力が本書にはある。 [本書の内容] I 博徒の群れ II 尾張藩草莽隊 III 明治初年の博徒 IV 自由民権運動 V 名古屋事件 むすび その後の博徒 あとがき 付録・変革期における庶民エネルギーの源泉 博徒─草莽隊─「愛国交親社」の系譜に探る 解説 「乱世」との向き合い方(松沢裕作) *本書の原本は、1977年11月に中公新書より刊行され、1995年4月に平凡社ライブラリーに収められたものです。 -
仏教の歴史
およそ2500年前にインドで生まれ、アジア各地に伝播してさまざまな発展を遂げた世界宗教、仏教。インドで誕生した仏教が、中国を経て日本に伝わり近代に至るその軌跡を、仏教学の泰斗がコンパクトに通観する。 原始仏教の誕生から、仏滅後に部派仏教に分かれ、そこから大乗仏教、さらに密教が出現するインド仏教史。 ときに大規模な迫害にあいつつも、鳩摩羅什、さらには玄奘らの尽力による経典の翻訳を重ねながら、浄土教や禅宗など独自の哲学的な思想が花開いた中国の仏教史。 そして、朝鮮半島を経て欽明天皇の時代に列島に伝わり、奈良時代の皇室の仏教から平安時代の貴族仏教、そして広く民衆の仏教である鎌倉新仏教へと展開し、明治の廃仏毀釈を経て清沢満之らの新仏教運動に至るまでを描く日本の仏教史。 「唯識」や「中論」など難解に思われがちな仏教用語も、歴史的文脈のなかで平易に解説。世界中で多彩な展開を見せた宗教の全体像をつかむ、最良の入門書!(原本:仏乃世界社、1972年) 【本書の内容】 はじめに インド仏教史 仏教の成立/原始仏教の教理/仏陀滅後の教団/部派仏教の教理/大乗仏教の出現/新しい仏陀の出現/法華経と龍樹/唯識と如来蔵/密教の出現とチベット仏教 中国仏教史 中国仏教のはじめ/羅什以後の仏教/禅と念仏の興起/隋唐時代の仏教/唐より宋へ/宋代以後の仏教/中国の寺院 日本仏教 仏教の伝来/聖徳太子の仏教/奈良仏教/平安仏教/鎌倉の新仏教/宗派仏教の発展/明治の仏教 解 説(佐々木閑) -
ホメロスの世界
古代ギリシアの詩聖ホメロスと、その2篇の叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』。文学だけでなく、芸術と思想、道徳や人間観、社会規範など、西洋文明のあらゆる分野に影響を及ぼした「古典の中の古典」である。しかし、日本人にとっては読みにくく難解であり、挫折した読者は多いだろう。そんな「読まれざる古典」の世界を、古代ギリシア史の泰斗がやさしく案内する。 古代ギリシア人の著作の多くは、現在では世界的な古典になっているが、その古代ギリシア人自身の間で「古典」といえばただ1種類、ホメロスの叙事詩だった。ミュケナイ文明が崩壊し、文字の使用も途絶えた「暗黒時代」に、なぜこの傑作が朗誦によって残されたのか。著者は、ホメロスの奇跡的な天才だけでなく、それを支えた社会の構造も奇跡的だった、という。貴族と一般民衆の全体を聴衆とし、担い手としたからこその生命力を備えているのだ。 トロイア戦争における総大将アガメムノンと戦士アキレウスの「喧嘩」を発端とする50日間のドラマ『イリアス』。トロイア戦争に勝利し、故郷に凱旋するオデュッセウスの漂泊と冒険を描く『オデュッセイア』。神々と人間が入り乱れる物語の読みどころと、反映された史実、古代人の人間観が、この1冊で初めてわかる。1966年の初刊以来、半世紀にわたって読み継がれる定番解説書。〔原本:1996年、新潮社刊〕 目次 はじめに 第一章 ホメロスの背景 1 歴史的背景 2 吟遊詩人としてのホメロス 3 口承詩の筆記と原典の成立 第二章 『イリアス』について 1 アキレウスの怒り 2 アガメムノンの権力 3 アキレウスの友情 4 戦闘の栄光と悲惨 5 ヘレネの苦悶 6 ヘクトルの責任感 7 プリアモスによる閉幕 8 英雄の条件 9 死者の魂の行方 10 オリュムポスの神々 11 詩的な宗教 12 比喩の世界 第三章 『オデュッセイア』について 1 戦後十年目の世界 2 英雄叙事詩と民話 3 オデュッセウスの冒険談 4 桃源境での三日間 5 漂泊の精神的意味 6 漂流地はどこか 7 テレマコスの活躍 8 王妃と求婚者たち 9 オデュッセウスの帰国 10 夫妻の再会 11 詩篇の背後にある現実の社会 第四章 古典としての価値 -
ジャイナ教
ヒンドゥー教や仏教と並ぶインドの伝統宗教、ジャイナ教。 古代インドで仏教とほぼ同じ時代・地域に誕生したこの宗教は、やがて世界宗教としてインドから世界に広がっていった仏教とは異なり、いまもインドの地に深く根を下ろし、約2500年にわたりインドの文化や経済に大きな影響を与え続けている。 「ジナ(輪廻から“勝利した者”)の教え」を意味するジャイナ教は、紀元前6ー5世紀ごろ、24人目のジナとされるマハーヴィーラという祖のもとで、反バラモン主義運動として興った。輪廻と業(カルマン)を前提とし、厳しい苦行によってそこからの解放を目指す宗教である。 ジャイナ教の世界観では、宇宙は永遠に興亡を繰り返し、衰退の時代には救済者が現れて教えを説くとされる。人間はその世界での行為によって業が霊魂に付着し、果報を生むため、輪廻から逃れることができない。輪廻を断つためには、行為そのものをできる限り停止し、すでに付着した業を苦行によって落とさなければならないと考える。 本書では、不殺生・非暴力の徹底と無所有を中心的な教義とし、あらゆる存在に生命を認め、その生命を何より尊重するという希有な宗教、ジャイナ教について、その知られざる歴史、教義、戒律、白衣派と空衣派という二大分派の違い、そして出家者と在家信者の実践をわかりやすくまとめた。 [本書の内容] 第1章 序言 第2章 ジャイナ教の興起した背景 第3章 六人の自由思想家の教説 第4章 マッカリ・ゴーサーラ 第5章 祖師マハーヴィーラの生涯 第6章 白衣派の聖典 愛7章 空衣派の聖典 第8章 ジャイナ教の教義 第9章 ジャイナ教の生活 第10章 ジャイナ教の戒律 第11章 ジャイナ教の在家信者 第12章 不殺生の教えと霊魂の種類 第13章 現在のジャイナ教教団 第14章 ジャイナ教と仏教の比較 ジャイナ教を知るための文献案内 あとがき 解説 河﨑豊 *本書の原本は、2006年に現代図書から刊行されました。 -
鈴木大拙 その生涯と思想
海外でもっともよく知られる日本の思想家は、いかに生き、何をどのように考えたか。 対立と混迷が深まる時代だから、 いまこそ世界には「大拙」が必要だ! 世界にもっとも知られた日本人思想家は、いかに生き何をどのように考えたか。 青年期からの西田幾多郎との濃密な交流をひとつの軸として、その霊性に満ちた生涯をたどりながら、東西を統合する新たな文明創造を期した思想の核心を読み解く。 大拙の孫弟子でもある著者が、もっとも重要なポイントにしぼって平易に語る、現代人のための決定的解説書。 [本書より] 禅体験に基づく「超個の個」の宗教哲学は、キリスト教の伝統的な神を失った欧米の思想界に、今後ますます大きな影響を与えていくであろうと思っております。 実際、大拙は、禅ないし仏教等に現われた「東洋的な見方」を、主客二元分裂以後しか見ていない西洋の人々に、何とかして伝えようとしたのでした。その伝道活動が欧米の世界に大きな影響を与えたことは、まぎれもない事実です。その意義は、人類の地球規模の思想史の中の画期的な出来事として、正当に評価されるべきでしょう。 [本書の内容] 第1章 大拙の生涯と西田幾多郎との出会い 第2章 自由への気概──禅に基づく自由論 第3章 釈宗演老師への参禅──アメリカ渡航まで 第4章 衆生無辺誓願度の覚り──大拙と西田 日米間の交流 第5章 浄土教への接近──学習院から大谷大学へ 第6章 戦争への悲嘆──大拙と西田の憂国の思い 第7章 日本的霊性について──絶対無条件の大悲に包まれて 第8章 日本禅宗史への視点──盤珪禅への敬慕 第9章 大拙の禅思想 I ──「即非の論理」と「超個の個」 第10章 大拙の禅思想 II ─ただはたらいてやまない境涯 第11章 東洋と西洋──二元分裂以後と以前 第12章 日本の復興を願って──華厳思想に基づく民主的社会の提言 *本書は、2023年にNHK出版より刊行された、NHKラジオ「宗教の時間」通年講座ガイドブック『鈴木大拙 願行に生きる その生涯と西田幾多郎との交遊(上・下)』を合本し、増補改訂したものです。 -
哲学の慰め
本書は、「最後のローマ人」と評されるアニキウス・マンリウス・セウェリヌス・ボエティウス(475/77頃-526年頃)が生涯の最期に残した著作である。 ローマ貴族の家に生まれ、アテナイに留学したあと故郷で研究・執筆を行ったボエティウスは、プラトンやアリストテレスの著作をラテン語訳したほか、神学者としては三位一体論を扱う著作を書き、音楽の理論書である『音楽教程』(講談社学術文庫)を、数学の理論書である『算術教程』をものして、四学科(幾何学、算術、天文学、音楽)の基本的な体系を中世に伝えた。 プラトンの『国家』で語られる「哲人政治」を理想としたボエティウスは、政治家としても東ゴート王国のテオドリック王のもとで宰相の地位にまで昇り、510年には西ローマ帝国の執政官となる。しかし、コンスタンティノープルとローマ教会の首位権をめぐる抗争、東ローマ帝国と東ゴート王国の対立に巻き込まれ、叛逆罪の嫌疑をかけられてパヴィアに投獄、処刑された。本書は、獄中で処刑直前に書かれたものにほかならない。 散文と韻文が交互に配され、人格化された「哲学」との対話形式を採った本書は、中世には聖書に次いで読まれた著作として知られる。研鑽を積んできたギリシア哲学を土台としつつ、自身の悲痛な体験を背景に抱えながら、理性によって俗情を克服し、徳と善の中で生きる境地を示した本書は、古代哲学の倫理学的な美しさを今に伝える古典である。 本書の日本語訳は、これまで4種類を数える。その中で最も古いものが、スピノザの翻訳で知られる畠中尚志(1899-1980年)による1938年のものである。「旧字体・旧かな遣い」のままになっていたこの名訳を、「新字体・新かな遣い」にして、お届けしたい。今日の読者にとって読みやすくなる工夫を施すとともに、『畠中尚志全文集』(講談社学術文庫)で熱意あふれる解説を執筆した國分功一郎氏が再び解説を担当した本書は、最新の校訂・研究に基づく他の訳書が存在する中でも、唯一無二の価値を持ち続けるだろう。 [本書の内容] 第一部 第二部 第三部 第四部 第五部 ボエティウス――生涯・業蹟・文献 解 説(國分功一郎) -
交流する身体 〈病い〉と〈ケア〉の現象学
病いに苦しむことと手を差しのべることは、同じ出来事の二つの現れである――。 パーキンソン病・統合失調症・小児・末期ガン・緩和ケア……〈ケア〉という営みは、病む人の苦しみに引き寄せられ、ときに痛みや辛さの表情に押し戻され、それでもその傍らにとどまり続ける態度のなかにすでに現れはじめている。看護学生と新人看護師の経験と語りを「鏡」として探る、来たるべき「ケア共同社会」への道しるべ。 [目次] 序 〈病い〉は患者のなかに閉じられているのか ■一 身体に耳をすます――看護学生の経験から 第1章 動かぬ身体との対話 第2章 押し戻す〈病い〉/引き寄せる〈病い〉 第3章 「患者の立場に立つ」ということ 第4章 〈病い〉の経験が更新されるとき ■二 二人でひとつの〈病い〉をつくる――新人看護師の経験から 第5章 看護がよくわからない 第6章 協働する身体 第7章 「気がかり」が促す実践 第8章 他者の痛みを感じとる――病名告知と〈病い〉経験 終章 〈ケア〉を捉えなおす 注および引用文献 あとがき 学術文庫版へのあとがき ケア共同社会への里程標 (*原本:『交流する身体――〈ケア〉を捉えなおす』NHKブックス、2007年) -
比叡山
その山のふもとに生まれ育ち、少年のころから、あらゆる小路を幾度となく歩いては、様々な風景を目にしてきた、著者にとっての母なる山・比叡山。 歴史を学んだのち、再び同じ路をたずね、峠を越え、川を渡りながら、仏教美術学者はあることに気づく。自然の山、川、その位置を度外視して、決して歴史は考えることができないのだとーー。 天台法華宗の根本道場にして、学山として数多くの高僧を輩出した比叡山。 その3塔16谷の霊谷を案内しつつ、歴史地理というユニークな観点から、1200余年にわたる叡山の宗教と歴史をひもとく! 本書は『比叡山 日本仏教の原型とその展開』 (角川選書 1975年9月刊)を底本とし、文庫化にあたり、ベストセラー『京都ぎらい』の著者であり、国際日本文化研究センター所長・教授の井上章一による解説を加えました。 目次 1 地文と人文のあやなす位置 2 霊峰比叡へはいる路 3 山上の霊所をめぐる路 4 最澄と比叡山 5 入唐求法の旅 6 天台法華宗の開立 7 比叡山寺の規模と構成・ 8 教学と法儀 9 回峰修験 10 一山大衆 11 僧兵強訴の歴史 12 山門派と寺門派のあらそい 13 巨大な経済をささえた山門領 14 東塔 15 西塔 16 横川 17 門跡寺院の出現 18 日吉山王社 19 門前町坂本 20 近江路の主要な末山 21 信長の焼き打ちとその再興 比叡山歴史年表 比叡山の道しるべ あとがき 解説 井上章一(国際日本文化研究センター所長) -
第二次世界大戦 忘れえぬ戦争
1939年9月1日早朝、ドイツ軍が宣戦布告なくポーランドへ侵攻。ここに第二次世界大戦の幕が上がった。 第一次世界大戦の惨禍を経て、パリ不戦条約や国際連盟の設立により平和を誓ったはずだった世界が、未 曾有の大戦へと突き進んでしまったのはなぜか。ファシズムの台頭、植民地主義帝国の衰退、アメリカ自 由主義の伸長、資本主義と共産主義の対立……列強各国の緊迫した外交とイデオロギーの衝突が、世界を ふたたび戦火に巻き込んでいく。その果てに待っていたのは、ホロコーストや原爆投下といった人類史上 最悪の惨劇であった。 ローズヴェルト、チャーチル、スターリン、ヒトラー、ムッソリーニ、ド・ゴール、ティトー――歴史を動 かした指導者たちは、あの時代に何を思い、いかなる決断を下したのか。日中戦争を起点とし、太平洋戦 争へと突き進んだ日本は、どのような運命を辿ることになったのか。名著『第一次世界大戦』(講談社学 術文庫)の著者が鮮やかに描く、「戦後秩序の原点」となった大戦争の全貌。 [本書の内容] 序 章 悲劇の発端 大戦の様相 I 「彼らの最も輝かしいとき」 ついにダウニング街一〇番地 フランス休戦の賦 野望、海峡に散る 静かな幕間 II 大戦における一九四一年 迫りくる独ソ戦 スターリン、沈黙を破る 宣戦の詔書 III 雪原のかなた、砂漠の果て 第二戦線を、いま 偶然とみえるダルランの存在 カサブランカの集いを経て IV 去りゆく者と、よみがえる者と 最初の三首脳会談まで みずからを解放したパリ クリミアの短い蜜月 V すべてが語り尽くされる頃 死のさまざまな影 米英ソ大同盟の最後の歩み あとがき 参考文献 解説 戦後を戦前、戦中にしないために(池上 彰) 略年表 *本書の初版は1986年に社会思想社より現代教養文庫として刊行された。文庫化にあたっては『歴史・人間・運命 山上正太郎歴史叙述集2』(2000年、文元社)所収版を底本とした。 -
御家騒動
「主従」とは闘争である。 時代小説や歴史ドラマなどでおなじみの、「家中のトラブルが幕府に露見して改易される」といった筋書きだか、実際にはそうした事例はほぼなかった。 有力大名家に勃発した鍋島騒動、黒田騒動、対馬の柳川一件、伊達騒動……いずれも改易とはなっていない。 子細にその経過をみてみると、幕府が騒動に積極的に介入したというよりは、むしろ大名・家中の側から幕府に積極的に訴訟し、自ら幕府の介入を招いているような節がある。 では、大名や家臣たちはどうしてこのような危ない橋を渡ろうとしたのだろうか? 本書は、御家騒動を引き起こす当事者たちの行動の原理がいかなるものであったのかを探り、「忠臣が身命をなげうって悪臣を排除し、騒動の禍根を未然に絶って御家の危機を救う」勧善懲悪ストーリーとは一味違うリアリティを、幕藩制という時代相のなかから具体的に解き明かす試みである。 "大名家のスキャンダル"を歴史学の眼で徹底検証する、スリリングな歴史研究! 【本書より】 元禄以降の十八世紀には、主従不和や家中騒動が「公儀」に対する罪過である、という固定観念ができあがっているが、それ以前に生じた騒動に対してはそうした「色めがね」(固定観念)をはずして見直してみるべきではないか。家中騒動が「公儀」に対する罪過ではなかったからこそ、大名や従臣たちは将軍・幕府に騒動の調停を強く求めることができたのではないか、という逆の視点から騒動をみていくことが必要なのである。 そのためには、当時に作成された一次的な史料に基づいて騒動全体を見直すという作業が必要となるのはいうまでもない。 【本書の内容】 第一章 近世武士の主従観念と「御家」 第二章 主君を廃立する従臣たち 第三章 従臣を排除する主君たち 第四章 主君を選り好みする従臣たち 第五章 御家騒動の伝統化 補章 「御家騒動」のなかの女性たち *本書の原本は、2005年に中公新書より刊行されました。 -
輪廻の思想
幼いころに父を亡くした著者は、あるとき、幾晩か続けて大きな蜘蛛が風呂場の天井にいることに気づいた。母にそれをいうと「お父さんかもしれないから、いたずらしてはいけない」と言われてびっくりした、という。かつては、死んだ血縁の者が、場合によっては他の動物になっている、ということを多くの人が信じていたのである。 こうした「業報輪廻」の考えは、仏教思想の中心というよりも、ジャイナ教やヒンドゥー教など東洋の宗教全体の大きな前提になっているという。そして、キリスト教などの一神教がダーウィニズムの挑戦を受けて思想的な見直しを迫られているように、輪廻思想と仏教も、進化論やバイオテクノロジーなどとの対決を迫られている。アレキサンダーの東征や、匈奴の強大化などがもたらした紀元前後の数百年間の仏教の危機の時代を、「阿弥陀仏」という新たな信仰によって乗り切ったように、新たな神話を創生していく必要があるというのだ。 さらに、スーパーマンとしての観世音菩薩、イエスとブッダの説話の類似性、親鸞の仏陀観の変化など、仏教社会の倫理と道徳を支えてきた「輪廻の思想」をめぐる講演と随筆を集成。〔原本:1989年、人文書院刊〕 目次 1 輪廻の思想――インド・中国・日本 2 仏塔信仰と大乗仏教 菩薩の平和思想 ブッダとイエス 3 本願力ということ 親鸞の仏陀観 親鸞における信心の深化 4 マングース物語 人と猿と神 仏教における非神話化 不老長寿 脳死・堕胎・中有 王舎城の温泉 チベットの牧象図 言語同断 蚕と蜘蛛――追悼 抱石庵 久松真一先生 お盆の思い出 海外の三人の師 無相さんと私 武生の雪 木村無相『念佛詩抄』 山頭火と私 -
デパートの誕生
劇場のように華やかな装飾。高い天窓からふり注ぐ陽光。シルクハットで通勤するしゃれた従業員。乗合馬車で訪れる客を待つのは、欲望に火を付ける巨大スペクタクル空間! 帽子職人の息子アリステッド・ブシコー(1810-1877)と妻マルグリットが、様々な施アイデアで世界一のデパート「ボン・マルシェ」を育て上げた詳細な歴史を、当時を描く仏文学作品や、19世紀初頭のデパート商品目録など稀少な古書から丹念に採取。 パリの世相や文化が、いかに資本主義と結びつき、人々の消費行動を変えていったのか、 仏文学者にして古書マニア、デーパート愛好家の著者だから描けた、痛快・ユニークなパリ社会史! 内容紹介) 客の目をくらませてしまえ!世界だって売りつけることができるだろう! 「白物セール」のときには、それぞれの売り場が白い生地や商品だけを優先的に並べたばかりか、上の階の回廊や階段の手擦りを白い生地で覆いつくし、造花も白、靴も白、さらに家具にも白のレースをかぶせるなど、全館をすべて白で統一し、 1923年の「白物セール」では、「北極」というテーマに従って、アール・デコ調にセットされたシロクマやペンギンが、ホールに入った客を出迎えるようになっていた。 ようするに、ブシコーにとって、店内の商品ディスプレイは、〈ボン・マルシェ〉という劇場を舞台にして展開する大スペクタクル・ショーにほかならなかったのである。 ――第二章「欲望装置としてのデパート」より *本書は『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書 1991年11月刊)に「パリのデパート小事典」を加筆し、改題したものです。 -
日本人の死生観
仏教学に民俗学の方法を接続し、日本人の宗教を深く掘り下げた五来重。本書は、厖大な著作を遺した宗教民俗学の巨人の「庶民宗教論」のエッセンスを知るのに最適な1冊である。 日本人の死生観とは、すぐに連想される「ハラキリ」や殉死など、武士道的なものだけではない。貴族や武士の死生観、いわば「菊と刀」ばかりでなく、「鍬」を持つ庶民の死生観は、一体どんなものだったのか。本書では、教祖・教理・教団から成る西洋起源の宗教や、文献研究と哲学的思弁にこだわる仏教学ではなく、仏教伝来以前からの霊魂観や世界観が息づく根源的な「庶民の死生観」を明らかにしていく。 著者によれば、庶民にとってあらゆる死者は一度は怨霊となる。それは鎮魂によって「恩寵をもたらす祖霊」に変えなくてはならない。そのための信仰習俗や儀礼の有様を探索し、日本列島を歩きに歩いた著者の視線は、各地に残る風葬や水葬の風習、恐山のイタコと円空仏、熊野の補陀落渡海、京都の御霊会、沖縄のイザイホウ、遠州大念仏、靖国神社などに注がれる。 巻末解説を、『聖地巡礼』『宗教と日本人』の著者・岡本亮輔氏(北海道大学准教授)が執筆。〔原本:角川書店、1994年刊〕 -
ローマの哲人 セネカの言葉
パクス・ロマーナ期、ローマ帝国で弁護士、元老院議員、財務官、法務官、そして皇帝ネロの顧問官を歴任したセネカ(?~65年)は、思想家として人生、死、貧困、徳、欲望と快楽、真の自由という、誰の人生にも関わるテーマについて普遍的なメッセージを遺している。「どうしてこんな面白いものが今まで日本ではほとんど読まれなかったのだ」――特定の他者にあてた書簡の形で著した十数篇の文章を、『清貧の思想』『ハラスのいた日々』の作家・中野孝次が晩年自らの翻訳で読み解く。道徳的退廃に陥った21世紀の日本を憂え、人として生きる術を説くいきいきとした箴言として提示した、現代人のためのセネカ入門。(原本:2003年岩波書店刊) -
伊勢神宮と出雲大社 「日本」と「天皇」の誕生
こうして「日本」は形づくられた! なぜ、大和は出雲を必要としたのか? 朝日と夕日、太陽と蛇、陸と海、現世と他界― 天武・持統の大和王権を守る「両端の象徴的霊威」をになうものとして伊勢・出雲をとらえ直し、日本の起原に鋭く迫る試み。 「神とは何か」という民俗学による理論的分析の視点と、歴史学による記紀をはじめとする文献研究、考古学の発見を融合させた、新しい古代探究! 【本書の内容】 第一章 伊勢神宮の創祀 第二章 〈外部〉としての出雲 第三章 祭祀王と鎮魂祭 終 章 〈日本〉誕生への三段階 ※本書の原本は、2008年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
中世の罪と罰
「やーい、お前の母ちゃん、でべそ!」 誰もが耳にしたことがありながら、よく考えると意味不明なこの悪口。そこに秘められた意味とは? ありふれた言葉を入り口に、今は遠く忘れ去られた日本の姿が、豊かに立ち上がる。 「お前の母ちゃん…」のような悪口が御成敗式目にも載るれっきとした罪であり、盗みは死罪、犯罪人を出した家は焼却処分、さらに死体の損壊に対しては「死骸敵対」なる罪に問われれた中世社会。何が罪とされ、どのような罰に処せられたのか。なぜ、年貢を納めなければ罰されるのか。それは何の罪なのか。10篇のまごうかたなき珠玉の論考が、近くて遠い中世日本の謎めいた魅力を次々に描き出す。 稀代の歴史家たちが、ただ一度、一堂に会して究極の問いに挑んだ伝説的名著、待望の文庫化!(原本:東京大学出版会、1983年)解説(桜井英治・東京大学教授)より本書を通じてあらためて浮き彫りになるのは、中世社会が、現代人の常識や価値観では容易に解釈できない社会だということ、つまりそれは私たちにとって彼岸=異文化にほかならないということである。……日本中世史研究がまばゆい光彩を放っていたころの、その最高の部分をこの機会にぜひご堪能いただきたい。【主な内容】1 「お前の母さん……」 笠松宏至2 家を焼く 勝俣鎭夫3 「ミヽヲキリ、ハナヲソグ」 勝俣鎭夫4 死骸敵対 勝俣鎭夫5 都市鎌倉 石井 進6 盗 み 笠松宏至7 夜討ち 笠松宏至8 博 奕 網野善彦9 未進と身代 網野善彦10 身曳きと“いましめ” 石井 進討論〈中世の罪と罰〉 網野善彦・石井進・笠松宏至・勝俣鎭夫あとがき 笠松宏至あとがきのあとがき 笠松宏至文献一覧解 説 桜井英治 -
箴言集
われわれの美徳とは、偽装された悪徳にほかならない――17世紀フランスの激動を生き抜いた公爵にしてモラリストが、人間の本性を見事に言い表した「箴言」。鋭敏な洞察と強靱な思考、そして豊かなユーモアによって紡ぎ出された一行が、神からの自立を果たした近代人の抱える「自己愛」という宿命を撃ち抜き、さらには現代のわたしたちの心に深く刺さる。原文が醸す空気までをも伝える新訳。【訳者まえがきより】彼の人間を見る目、そして自分自身を見る目は鋭く、個人的体験のいかんにかかわらず、神からの自立をとげ、人間中心主義を標榜する近代人の本質、本性を早くから見抜いていたと思われる。彼は、自分自身、そして自分の個人的運命さえも客観視できるだけの強靱な精神、心の余裕、ユーモアさえ備えており、だからこそ、彼の人間観察は現代にも通用する普遍性を獲得しているのである。【主な内容】書肆から読者へ 道徳的考察 削除された箴言 没後収録の箴言 さまざまな考察 ラ・ロシュフコー自画像
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