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日本妖怪異聞録
妖怪に秘められた敗者たちの怨み声を聞く。 大江山の酒呑童子、那須野の妖狐・玉藻前、是害坊天狗、大魔王・崇徳上皇…… 妖怪は山ではなく、人の心に棲息している。妖怪とは幻想である。そして、自分たちの否定的分身である。国家権力に滅ぼされた土着の神や人々の哀しみ、怨み、影、敵が形象化されたものである。 酒呑童子、玉藻前、是害坊天狗、崇徳上皇、紅葉、つくも神、大嶽丸、橋姫。日本妖怪変化史に燦然と輝く鬼神・妖怪たちに託されたこの国の文化史の闇を読み解く。 酒呑童子は山の神や水の神と深いつながりを持っている。彼ら鬼たちは龍神=大蛇=雷神のイメージと重ね合わされており、酒呑童子が大酒飲みと描かれているのは、近江誕生説にしたがえば、彼がヤマタノオロチ=伊吹大明神の血を引く異常な「人間」であったからである。酒呑童子は仏教によって、もともと棲んでいた山を追われてしまう。それは山の神が仏教に制圧されたプロセスと同じであろう。(中略)酒呑童子の物語から、土着の神や人びとの哀しい叫び声が聞こえてくる。征服者への怨み声が……そしてその声は、自然それ自体が征服されていく悲鳴であるのかもしれない。――<「第一章 大江山の酒呑童子」より> -
塩の道
生活学の先駆者として生涯を貫いた著者最晩年の貴重な話――「塩の道」、「日本人と食べもの」、「暮らしの形と美」の3点を収録した。日本人の生きる姿を庶民の中に求め、村から村へと歩きつづけた著者の厖大な見聞と体験がここにはある。日本文化の基層にあるものは一色ではなく、いくつかの系譜を異にするものの複合と重なりである、という独自の史観が随所に読み取れる本書は、宮本民俗学の体系を知るための最良の手引きとなるだろう。 -
日本人とは何か
日本人とは何か。われわれは一体何を望み、何でありたいのか。長い西欧体験にみがきぬかれた知性が、鋭い洞察力を駆使して日本人のありように迫り、将来のあるべき方向を模索した日本人論八編を収録。十数年前に書かれたこれら諸論文は、その歳月を忘れさせる先見の明に貫ぬかれていて、今日の私たちが直面している諸問題をあざやかに浮彫りにしており、日本人と日本文化について思索するすべての人に知的興奮を与えずにはおかない。 -
熊野詣 三山信仰と文化
院政期の上皇が、鎌倉時代の武士が、そして名もなき多くの民衆が、救済を求めて歩いた「死の国」熊野。記紀神話と仏教説話、修験思想の融合が織りなす謎と幻想に満ちた聖なる空間は、日本人の思想とこころの源流にほかならない。仏教民俗学の巨人が熊野三山を踏査し、豊かな自然に育まれた信仰と文化の全貌を活写した歴史的名著が、待望の文庫化。 -
ベルギー大使の見た戦前日本 バッソンピエール回想録
ことしは日本とベルギーが国交を結んでから150年。その間、バッソンピエールが在任した18年間は、日本の運命を決する致命的な諸契機が、歴史のページに次々に刻みこまれていった時代でした。大正天皇の病気、関東大震災、ワシントン、ロンドン両条約における軍縮問題、満洲事変と国際連盟脱退、相次ぐ要人の暗殺、五・一五事件と二・二六事件……。それらを外交官としてつぶさに観察した希有な記録、それが本書です。 -
イソップ寓話 その伝承と変容
動物に仮託して人間生活の諸相を描いたイソップ寓話。「兎と亀」「蟻ときりぎりす」「牛のまねをする蛙」「狐とぶどう」――西欧はもとより日本においても、これらの話を知らぬ者はいまい。では、イソップその人についてや、イソップ寓話の成立についてはどうか? 古今の文献を駆使してその成立と伝承の歴史をたどり、わが国への伝来とその変容、普及の過程を究明する。(講談社学術文庫) -
漱石人生論集
『吾輩は猫である』を1905年に発表し、文壇に登場してから絶筆となった1916年の『明暗』まで、10年余りの作家活動で人生を深く考察した夏目漱石。その読み手として著名な直木賞作家・出久根達郎氏が、「漱石の作品のすべてが人生を論じている」として選んだ随筆、講演、書簡などから、人間と人生を凝視した警句と人生訓を読み取る。(講談社学術文庫) ※この電子書籍の底本である、講談社学術文庫の原本は、2001年4月に講談社より講談社文芸文庫として刊行されました。『漱石人生論集』は、講談社学術文庫を底本とし電子化した電子書籍のほかに、講談社文芸文庫を底本とし電子化した電子書籍も配信中です。電子書籍の講談社文芸文庫版には、電子書籍の講談社学術文庫版に収録されている「解説」(出久根達郎)が収録されていません。 -
近世日本国民史 桜田事変
春雪舞う、芝愛宕山上に会合したる水薩脱藩浪士、三々五五時刻を見計らい下山、大老の襲撃の機を窺う。時に万延元年三月三日午前九時。この日上巳を賀すべく井伊直弼に登らんとして桜田門外に来るや、彼の義盟十八士、降りしきる雪を衝いて行列を襲う。満目白皚々の積雪原を血に染めたる一瞬の激闘は終り、大獄の元凶斃れ、佐幕の諸侯驚愕し、その方嚮に迷い、天下の志士その志を得、ここに明治維新遂行の序幕は上がったのであった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 安政の大獄 前篇
井伊大老の水・尾・越藩主に対する措置は、専断調印に劣らぬ刺戟を至尊に与え、遂に「賜勅水戸」の緊迫事態を招く。直弼その出処は齊昭にありと猜定、京都の気勢を挫く第一着手として水戸を圧迫。次いで京都不逞の徒を退治せんとする刹那九條関白の辞職の報に接し驚愕、直ちに酒井所司代の赴任を急がせ、奸賊の手先召捕りを間部老中に訓令、上洛を促す。かくして九月七日の梅田雲濱捕縛を皮切りに暗雲惨憺たる一大悲劇は開始された。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 井伊直弼
安政五年四月二十三日、継嗣問題切迫の瀬戸際、疾雷耳を掩うに及ばぬ迅速をもって井伊直弼大老に就任。主眼は水戸派退治・反一橋派であり、勢い紀州派と不可分に絡む日米修好通商条約の幕府責任調印を断行。違勅面責のため登城したる慶喜・齊昭・慶恕・慶永らを罰する決意を固め、五年六月二十五日慶福継嗣を発表。七月四日将軍家定危篤、五日急遽面詰登城組の処分裁決を発表。七月六日家定死去。時局は暗転緊迫の度を加え来った。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 田沼時代
世にいう「田沼時代」とは、田沼意次が側用人ないし老中として実権を握っていた明和四年から失墜する天明六年に至る十九年間をさす。本書は、この間の幕政腐敗の因を賄賂の問屋意次の執政によるとしつつも、彼のオランダ癖が期せずして蘭学の恢弘を促し、前野良澤・杉田玄白・大槻玄澤ら蘭学者を輩出、山師平賀源内の活躍を助長、さらに工藤平助による北方脅威論に及ぶなど、時代を歴史の流れの中で据え開国気運の胚胎の必然を説く。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 徳川幕府思想篇
山崎闇齋・山鹿素行・熊澤蕃山らは共に元禄以前における徳川時代の思想界の代表者であり、その立論に異同あるも国家的自覚心の鼓吹者となった。加うるに徳川光国を開山とする水戸史学は、彼らの高尚、空遠なる理論よりも実行可能性を追究、宗教的熱血を帯びるに至った。本篇は、かく朱子学と史学の濫觴が、一川を左岸と右岸に沿って流れ、維新の大河氾濫に至るを望見しつつ、日本固有思想が国民間に醗酵し、凝結したかを物語る名篇。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 徳川幕府統制篇
元和二年(1616)四月家康逝きて、慶安四年(1651)四月家光没するまでの三十七年、すなわち秀忠・家光の二代間に、徳川幕府はあらゆる方面において、中央集権の設備結構を成就。対皇室、対公家、対大名、対外国、対庶民、いずれも幕府中心主義、幕府安全第一主義、幕府至上主義から演繹せらざるものではなく、かつそれらはあたかも潮の押し寄するがごとく、歩一歩ずつ、すべての権力を江戸なる幕府の将軍に集注し来らしめたのだった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
弥勒
世界が終わるとき、やってくる。 蘇我馬子も藤原道長も惚れ込んだ弥勒(みろく)信仰。五十六億七千万年後に降臨し人々を救う、未来仏とは何か? 広隆寺の国宝として有名な、弥勒菩薩半跏思惟像。弥勒とは、五十六億七千万年後に現れて衆生を救うという、阿弥陀や釈迦と並ぶ仏のことである。古代日本に伝わると、災害や飢饉と結びつき、末法思想(メシアニズム)として全国の民衆に広がった。戦後民俗学の泰斗が、中国・朝鮮との比較を通して、日本独自の弥勒信仰の歴史と民俗を復元し、日本文化の原型を描き出す。宗教民俗学を土台にした日本文化論! 【目次】 はじめに 第一章 民間伝承としての弥勒 第二章 宗教運動と弥勒 第三章 比較宗教論における弥勒 第四章 日本仏教における弥勒 第五章 鹿島信仰と弥勒 第六章 朝鮮半島と沖縄の弥勒 第七章 世直しと弥勒 第八章 大本教の中の弥勒 まとめ -
キリスト教入門
キリスト教抜きに世界のスタンダードは理解できない! 旧約・新約聖書を丁寧に解説、「救世主」「アダムとイヴ」「三位一体」「クリスマスツリーと十字架」「原理主義」「進歩主義とグローバリゼーション」などのキーワード/トピックから、キリスト教理解を立体的に組み上げる。信仰生活のリアル、各宗派とのかかわり方など、実践的なガイドも盛り込んだ、非キリスト教文化圏に住まう「普通の日本人」のための最良の入門書! 混迷の時代、普遍宗教が示す未来とは? [目次] はじめに 教養としてのキリスト教 キリスト教を読む キーワードで考えるキリスト教 三次元で読むキリスト教 知の道具箱 おわりに 学術文庫版へのあとがき -
モーツァルトのオペラ 「愛」の発見
重厚なベートーヴェンやワーグナーに比べ、軽妙洒脱・癒やし音楽の旗手と捉えられがちなモーツァルト。しかしその美しい旋律の陰には、残酷な<仕掛け>がいくつも潜んでいた――。 ≪後宮からの逃走≫~≪魔笛≫に至る喜劇オペラの比較と恋愛描写の変遷を、熱狂的モーツァルティアンである著者が、細部に亘って吟味・考察。既存の論評を鮮やかに覆す、画期の書! 本書は、『恋愛哲学者モーツァルト』 (新潮選書 2008年3月刊行)を改題したものです 内容紹介 男と女の幸福な関係について、 モーツァルトほど考えた作曲家がいただろうか? 目次 はじめに 「時代の子」としてのモーツァルト 第一章 モーツァルトとオペラ史における愛の発見 第二章 愛の勝利 《後宮からの逃走》と青春の輝かしき錯覚 第三章 「昔はあんなに愛し合っていたのに」 《フィガロの結婚》と喜劇の臨界点 第四章 悪人は恋人たちの救世主 《ドン・ジョヴァンニ》と壊れた世界 第五章 臍をかんで大人になる? 《コシ・ファン・トゥッテ》と男女の化学結合 第六章 清く正しく美しく 《魔笛》と市民社会のイデオロギー 注釈 文献ならびにCD、DVDガイド あとがき 学術文庫版あとがき -
日本の珈琲
珈琲は、いつ、どのようにして日本に伝わり、広まったのか。世界の珈琲発見伝説・珈琲の異名熟字一覧・日本初の珈琲店の話から、江戸時代の長崎での交流、海外渡航者、はたまた海外漂流者の体験まで――膨大な史料を渉猟し、驚きに満ちた珈琲の歴史を明らかにする。生活文化史の古典である幻の名著、待望の復刊!(序・古波蔵保好/解説・旦部幸博) [本書の内容] 序によせて 古波蔵保好 一、珈琲の始まり 二、世界の珈琲 三、日本の珈琲の始まり 四、珈琲研究に手掛かりを与えた人々 五、日本の珈琲文献 六、珈琲異名熟字ほか 七、日本への渡航者と珈琲 八、海外漂流者の珈琲記事 九、海外渡航者の珈琲記事 十、新日本と珈琲 十一、その後の日本の珈琲 十二、珈琲の栽培 あとがき 解説 旦部幸博 -
北条時宗と安達泰盛 異国合戦と鎌倉政治史
生まれながらに執権の地位を約束された若き執権北条時宗と、彼を支え無謀にも思える大胆な幕府改革を試みた硬骨の政治家安達泰盛。二人が中核を担う13世紀の日本に、ユーラシア大陸を席巻したモンゴルの嵐が迫る――。 「救国の英雄」では決してなかった時宗の素顔とは? 泰盛の弘安徳政は、幕府が構造的に抱えていた限界にどのように挑んだのか。二人を主人公に、絵巻や彫刻、宗教など多様な視点を取り入れ、血なまぐさい権力闘争相次ぐ政治史を、著者ならではの手腕で立体的に編み上げた労作!(原本:日本放送出版協会、2001年) はしがき――時代、世界、個人 プロローグ――若君誕生 第一章 時宗誕生前後の幕府政治 第二章 北条得宗と御家人安達氏 第三章 蒙古襲来のなかで 第四章 絵にみる時宗時代 第五章 時宗と日中禅宗世界 第六章 時宗死後の政治改革 エピローグ――記憶のなかで あとがき 付録1 書評と紹介 川添昭二著『北条時宗』 付録2 研究余滴 大河ドラマあやかり本の大罪 学術文庫版あとがき 主要人物の生没年 安達泰盛の経歴 北条時宗の履歴書 -
大久保利通
難局への対応から家庭での素顔まで 維新の指導者像を語る貴重な証言集 維新の立て役者、大久保利通の実像を伝える証言集。明治43年10月から新聞に96回掲載、好評を博す。討幕、新政府樹立、近代化への政策施行、西南戦争……。政治家としての姿から西郷への思いや家庭での素顔まで、興味深い秘話、逸話、情味溢れる憶い出が語られてゆく。強い責任感、冷静沈着で果断な態度、巧みな交渉術など多様で豊かな人間像がゆかりの人々の肉声から蘇る。 本書は、大久保利通に身近に接した人々によって語られた、いわば肉声で綴られた大久保メモリーである。『報知新聞』の記者松原致遠が、それぞれの人物にインタビューして記事にまとめたもので、時には会話体で、時にはモノローグのかたちで、大久保利通についての想い出が語られる。……『報知新聞』には明治43年10月1日から(翌年4月17日まで)、全部で96回にわたって掲載されたものである。――<本書「解説」より> -
源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究
「平家物語史観」を乗りこえ 内乱が生んだ異形の権力 鎌倉幕府の成立にせまる 屍を乗り越え進む坂東武者と文弱の平家公達――。我々がイメージする源平の角逐は、どこまで真実だったのか? 「平家物語史観」に基づく通説に対し、テクストの精緻な読みと実証的な探究によって、鋭く修正をせまる。さらに、源平合戦の実像や中世民衆の動向、内乱の歴史的所産としての鎌倉幕府の成立過程までを鮮やかに解明した、中世史研究の名品。 現在でも、武士を暴力団にたとえ、その武力を超歴史的に批判するような見解は目についても、肝心の武士が「戦士」として行動する「戦争」や「武力」の在りかたについては、まだまだ未解明な部分が多い。……「源平合戦」にロマンを感じておられた方は、少々失望されることになるかもしれないが、本書としてはできるだけ現実的・冷静に、治承・寿永内乱期の戦争の実態を復元し、そのうえで、たんに戦乱の被害者にとどまらない中世民衆の動向や、内乱の歴史的所産としての鎌倉幕府の成立を、検討していきたいと考えている。――<本書「はじめに」より> -
松と日本人
松はいつの時代にも、日本人には特別な存在でした。奈良時代より松明(たいまつ)として照明に使われ、平安貴族は、贈り物や文を、〈雅(みやび)〉なしきたりとして、松の折り枝を結んでいました。神が宿るといわれた聖なる木は、いかに私たちの美意識や文化に影響を与えてきたのでしょうか。『古事記』『万葉集』『日本書紀』などの文学、『源氏物語絵巻』や仏画、和歌での描写を渉猟し、そこに隠された、日本人の死生観や宗教観を探ります。 本書の底本は、人文書院より一九九三年に刊行されました。 目次) 第一章『魏志倭人伝』の植生と松 第二章 やまとたけると松 尾津崎の一つ松 磐代の浜松 童子女(うない)の松原 聖徳太子と飛仙 第三章 正倉院絵画の松 東大寺領の山境絵図 藤をまといつかせた松樹「樹下囲碁図」 第四章 のびやかな松と平安時代 宇治平等院鳳凰堂扉絵の松 雅のしきたり・松の折り枝 「源氏物語絵巻屏風屏風の松 第五章 松明と明かり 第六章 人の死と松 第七章 日本人と松 あとがき 主な参考文献 学術文庫版あとがき -
日本の修史と史学 歴史書の歴史
現存する最古の歴史書『古事記』、『日本書紀』にはじまり、『大鏡』などの「鏡物」、『平家物語』などの軍記物語、鎌倉幕府による『吾妻鏡』や江戸幕府の『本朝通鑑』、『徳川実紀』、水戸藩が編纂した『大日本史』、そして『大日本史料』をはじめ現在まで続くものもある明治政府の歴史編纂事業にいたるまで、この国では1300年以上にわたってそれぞれの時代に、さまざまな人々の手で歴史書が編まれてきました。これらの編纂にあたった人々は、どのような目で歴史を眺め、そしていかなる態度で歴史を書いたのでしょうか。歴史に向き合う姿勢はどのような変遷を遂げてきたのでしょうか。 本書は、古代から現代にいたる歴史書を、時代を追って50以上にわたって取り上げ、それぞれの成立事情や特色を平易に解説したものです。歴史叙述の変遷の軌跡から、この国の歴史そのものが照らし出されます。 六国史研究の大家であるとともに、東京大学史料編纂所所長をも務め自身も史料の編纂に携わった、戦後の日本史学の礎を築いた著者が贈る、第一級の史学入門! (原本:至文堂、1966年) 【本書で取り上げられている主な歴史書】 『帝紀』、『旧辞』、『古事記』、『日本書紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『類聚国史』、『日本紀略』、『本朝世紀』、『扶桑略記』、『栄花物語』、『大鏡』、『今鏡』、『水鏡』、『増鏡』、『愚管抄』、『将門記』、『陸奥話記』、『平家物語』、『保元物語』、『平治物語』、『太平記』、『梅松論』、『釈日本紀』、『神皇正統記』、『吾妻鏡』、『百錬抄』、『六代勝事記』、『五代帝王物語』、『元亨釈書』、『善隣国宝記』、『本朝通鑑』、『寛永諸家系図伝』、『武徳大成記』、『東武実録』、『武徳編年集成』、『御撰大坂軍記』、『寛政重修諸家譜』、『徳川実紀』、『続徳川実紀』、『続徳川実紀』、『後鑑』、『大日本史』、『中朝事実』、『武家事紀』、『藩翰譜』、『読史余論』、『古史通』、『史疑』、『折焚く柴の記』、『続史愚抄』、『野史』、『大勢三転考』、『古事類苑』、『大日本史料』など。 -
ベートーヴェン 巨匠への道
1792年、ウィーンの地に立った一人の青年音楽家は、その後いかなる道のりをたどって、「楽聖」となったのか。 師ハイドンはじめ同時代の音楽家たちとの出会い、《エロイカ》《第十交響曲》創作の謎、家族関係の苦悩と波乱の生活、各界の理解者や奇人らとの友情、そして恋人…… 音楽のあり方を根本から変え、傑作を生み出し続けたその生涯に、音楽評論の名手が全角度から光を当てる、珠玉の二十話。 【本書の主な内容】 青春のボン/ベートーヴェンの愛―婚約説をめぐって/第十交響曲のゆくえ/《シンフォニアエロイカ》の謎/ 「メルツェルさん、さようなら」―メトロノーム考/ 《ウェリントンの勝利》の顛末/べートーヴェンと宗教―フリーメーソンだったのか?/イギリスへの夢―ニートとの交際をめぐって/オペラのライヴァル―同時代人ウェーバー/「第三の故郷」ボヘミア/ヴァイオリン・コンプレックス/コントラバスとマンドリン/ダンス音楽への愛着/「歓喜」の背景―日本人とベートーヴェン など ※1987年刊『ザ・ベートーヴェン』(春秋社刊)の文庫化 -
ロシア正教の千年
時に激しく弾圧され、また、時にロシア愛国主義を鼓吹し、人々の精神的支柱となってきたロシア正教の1000年の歴史を、政治と社会の流れの中でとらえた労作の文庫化。 西暦988年、キエフを中心にロシアの国家的統一を果たしたウラジーミル1世は、ビザンチン帝国に範を求めて東方キリスト教(ギリシア正教)を国教に採用した。以来、ロシアはビザンチン文明圏に属し、モスクワは「第三のローマ」としての存在感を高める一方、西欧文明の恩恵から隔絶されることになった。同じキリスト教を共有しながら、ローマ法、ルネッサンス、宗教改革を経験せずに近代への向かうのである。 ロシア革命による「無神論体制」の誕生と、ソヴィエト政権の熾烈な迫害は、宗教者たちを厳しく追い詰めたが、それゆえにこそ、ナチス・ドイツとの大祖国戦争では、スターリンに協力しソヴィエト愛国主義の先頭に立つが、戦後はふたたびフルシチョフの弾圧を受ける。ゴルバチョフ政権下でようやく「宗教ルネッサンス」を迎えるが、ソヴィエト体制の崩壊は、正教会にも深刻な分裂の危機をもたらしたのだった。 文庫化にあたり、「プーチン政権下の正教会」を大幅に加筆。 〔原本:『ロシア正教の千年――聖と俗のはざまで』日本放送出版協会刊、1993年〕 -
市川團十郎代々
2002年5月の十三代目市川團十郎襲名を控えて、江戸時代前期にさかのぼる市川團十郎家の歴史を、豊富な絵画資料と歌舞伎研究の第一人者の解説で読む。 歌舞伎を観ることは、役者を観ることである。そして、江戸歌舞伎の中で常に特別な位置を占め、最も大きく重い名前とランク付けされてきたのが、「市川團十郎」の名跡だった。並み居る役者の中から、まず卓越した天性と技量を持って抜け出した初代。親譲りの荒事を様式的に練り上げた二代目。「歌舞伎十八番」を公表して團十郎の名と権威を改めて確立した七代目。近代化の苦悩の中で歌舞伎界のリーダーとして縦横の活躍を見せた九代目。生来の美貌で戦後の歌舞伎を立て直した「海老さま」十一代目・・・。それぞれの時代を生きた個性豊かな十二人の團十郎を豊富な役者絵や舞台写真をまじえて活写する。「歌舞伎十八番」演目解説、團十郎デザインのいろいろ、市川團十郎家系図、関係年表も完備。巻末解説を、元国立劇場理事で十二代目と長く親交のあった織田紘二氏が執筆。〔原本:『市川團十郎代々』講談社刊、2002年〕 -
西洋中世の愛と人格 「世間」論序説
ヨーロッパ中世の社会を、伝説、民話、さらには法や経済などさまざまな位相から総合的に再構築し、共同体のあり方を生き生きと描き出した西洋史学の泰斗、阿部謹也(1935-2006年)。晩年は西洋史家ならではの視点から、「世間」を軸にした独創的な日本人論を展開したことでも知られる。 なぜ、日本人は「世間を騒がせて申し訳ありません」と謝罪するのか。無実ならば決して謝罪せず、世の中が納得するまで主張を続ける西洋との違いはどこから生まれるのだろうか。日本古来の「世間」と対比させつつ、西洋の「社会」を構成する「個人」や「愛」がヨーロッパで成立する過程を描き出した本書は、代表作『「世間」とは何か』を著者の本領たる西洋中世史から裏づける作品であり、一連の「世間論」の原点でもある。 著者は本書でこのように述べている。「大切なのは、わが国では、「社会」と「世間」という二つの用語の世界があるということを、まず認識することである」――。日本の共同体があらゆる水準で崩壊しつつある今こそ読みたい、人と人とのつながりの根源を照らし出す一冊。(原本:朝日新聞社、1992年) -
日本語と西欧語 主語の由来を探る
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」(川端康成)は英語で「The train came out of the long tunnel into the snow countory」(サイデンステッカー)。世界を表現する際の「視点」 の違い。英語は「神の視点」を得ることによって主語の誕生を準備したが、「虫の視点」を持つ日本語にはそれは必要なかった。英語の歴史を踏まえ両言語と文化の違いを考察。 -
江戸幕末滞在記 若き海軍士官の見た日本
王政復古直前に来日したデンマーク人が、フランス公使ロッシュの近辺で見聞した貴重な体験を綴る。将軍慶喜との謁見の模様やその舞台裏、横浜の大火、テロに対する緊迫した町の様子、また、日本人のきれい好きから悪習や弱点までも指摘。旺盛な好奇心、清新な感性、鋭い観察眼と洞察力。若き海軍士官が幕末日本の姿を鋭く鮮やかに描く。(講談社学術文庫) -
いろはうた 日本語史へのいざない
いつ、誰によって、どんな目的で作られたのか。その源流は何か。どのような人たちに伝承、利用されてきたのか――。日本の言語文化史の中核であった「いろはうた」に秘められた日本語の歴史と、そこに見えてくる現代語表記の問題に迫る。日本語をめぐる知的な営為のあり方を探り、従来の国文法を超克した日本語の姿を描く、日本語史研究の古典的名著。 -
日本動物民俗誌
山海の神か、田の神か。贄か、神使か、妖怪か――。 サル・キツネ・オオカミ・クマからネコ・トリ・ムシ・サカナまで、日本人は動物たちをいかに認識し、どのような関係を取り結んできたのか。膨大な民俗資料を渉猟し、山/海、家畜/野生、大きさ、人との類似などの基準によってその歴史と構造を明らかに! 25種の動物ごとの章立てで、「事典」的なニーズにも対応。 (解説:小松和彦) 【本書に登場する主な動物たち】 [キツネ]気高き神の使者は、やがて商業神、憑きものへ [イヌ]化け物の正体を見破る特異な辟邪力 [ネズミ]経典荒らしが転じ、仏法の守護者に? [オオカミ]なぜオオカミだけ? 「産見舞い」に赤飯を [ネコ]擬人化の果てに、愛する人の形代に [サカナ]山神はなぜ毒棘持ちのオコゼを愛したのか [ウサギ]ウサギvs.サルvs.カエル「動物餅争い」の結末は? [カニ]甲に浮かぶ悲運の英雄たちの無念 …… -
張騫 シルクロードの開拓者
武帝から西域出使の命を受け、未知なる国へと出立した張騫(ちょうけん)(?-前114)。13年もの旅を経て帰国後、下級官僚から大中大夫への大昇進、失態から死罪宣告されるも、並ぶ者なき唯一の「西域専門家」として復権を遂げる――! 文化・物資の東西交流の大道を築いた英雄の波瀾万丈な出使記録と、シルクロード開通の功績を丹念に考察。 NHKの名番組「シルクロード」(1981)(1985)、「大黄河」(1986)を手がけたNHKプロデューサーにして中国文学研究者が、軽やかな筆致で描写。知られざる張騫の生涯と功績から、中国視点でのシルクロードを活写する。 本書の原本は1991年9月、筑摩書房 ちくまライブラリーより刊行されました。 目次 プロローグ 天の河へ行った男 語り継がれる張騫 第一章 張騫登場の背景 匈奴の馬蹄に戦く漢王朝 耳よりな情報と武帝の経略 奇特な応募者張騫――出身と時代風潮 第二章 第一次張騫出使―経過と成果 拘留十年、節を通す はじめて飲んだ葡萄酒――パミールを越えて 13年目の帰国と報告 第三章 第二次張騫出使――経過と成果 不倒翁の面目 烏孫内属 広がる波紋・張騫効果 第四章 人跡たえぬ流砂の道 葡萄・珍宝そして音楽――西域から漢へ 汗血馬来る――李広利の大宛遠征 絹の威光と穿井法――漢から西域へ 第五章 張騫につづくもの――西域経営の功労者 烏孫の「女王」解憂公主 最初の西域都護――鄭吉 虎穴に入らずんば虎子を得ず――西域に殉じた班超 エピローグ 墓前に思う 解 説 井上文則(早稲田大学教授) -
裏切り者の中国史
復讐に取り憑かれた伍子胥、人心を操り権力に固執した王莽、女のために国を売った呉三桂……。極め付きの裏切り者たちが行き着く先は? 『史記』『戦国策』『三国志』『世説新語』等の史料から、歴史を動かした個性溢れる悪漢たちを描き切る。春秋時代から明末清初まで、二五〇〇年にわたって興亡の絶えない中国をかき回した反逆者たちの数奇な人生。 中国古典の第一人者・井波律子氏による評伝集にして、中国史・中国文学のファン必携の一冊。 【主な登場人物】 ・母国の君主に父兄を殺され、敵国の呉に奔った伍子胥(ごししょ) ・品行方正を装い、世論を操作して王朝を簒奪した王莽(おうもう) ・三世代かけて国を滅亡させた諸葛亮のライバル司馬懿(しばい) ・貴族に出し抜かれ、皇帝になりそこなった繊細な桓温(かんおん) ・反乱を引き起こすも、夢半ばで息子に殺された安禄山(あんろくざん) ・英雄を処刑したため、中国史上最も忌み嫌われた秦檜(しんかい) ・恋人を奪われて激怒し、身を売り国をも売った呉三桂(ごさんけい) ほか、呉起、始皇帝、商鞅、張儀、蘇秦、趙高、則天武后、楊貴妃、項羽、劉邦、諸葛亮、永楽帝、朱元璋、李自成など多数。 【目次】 はじめに 第1章 復讐の鬼――伍子胥 第2章 自立するコスモポリタン――戦国時代のパフォーマー 第3章 頭でっかちの偽善者――王莽 第4章 持続する裏切り――司馬懿 第5章 気のいい反逆者――王敦と桓温 第6章 危険な道化――安禄山 第7章 極め付きの「裏切り者」――秦檜 第8章 恋に狂った猛将――呉三桂 年表 参考文献 あとがき -
ハイデガー入門
「20世紀最大の哲学者」として今なお読み継がれるマルティン・ハイデガー(1889-1976年)。その影響力は、現代思想、解釈学、精神病理学、文学研究に至るまで、あまりにも大きく決定的だった。本書は巨人ハイデガーの思想の全容を1冊で理解できる最良の入門書、待望の文庫化である。『存在と時間』の明快な読解から難解な後期思想の見取り図を掲げ、さらには今日再燃しつつあるナチズム加担問題に大胆に切り込む名著。 「20世紀最大の哲学者」として今なお読み継がれるマルティン・ハイデガー(1889-1976年)。その影響力は、サルトルからフーコー、デリダに至る現代思想、ガダマーに代表される解釈学、ビンスワンガーやミンコフスキーらの精神病理学、そしてバタイユ、ブランショといった文学研究まで、あまりにも大きく決定的だった。本書は、その巨人ハイデガーの思想の全容を1冊で理解できる、と長らく定評を得てきた名著、待望の文庫化である。 著者は、ハイデガーの生涯を概観した上で、「「ある」とは何か」という前代未聞の問いを掲げた『存在と時間』(1927年)を豊富な具体例をまじえながら分かりやすく読解していく。その理解を踏まえて難解で知られる後期思想の世界に分け入り、読者をたじろがせる膨大な著作群に明快な見通しが示される。その上で、20世紀末に突如として勃発した、ハイデガーのナチズムへの加担問題という微妙な話題にも躊躇することなく取り組み、この問題をどのように考えればよいのか、最良のヒントを与えてくれる一書ともなっている。ここにある「学問と政治」の関係という問題は、温暖化問題や原発問題など、今日世界中で次々にクローズアップされてきていることは誰の目にも明らかである。ハイデガーについては、「黒ノート」と呼ばれる草稿の公刊を機に、再び反ユダヤ主義と哲学の関係が取り沙汰されるようになってきている。 このように、今日ますます切迫した問題と深く関わるハイデガーの思想にアクセスするための最良の第一歩として、本書は他に類を見ない価値をもっている。学術文庫版のための書き下ろしをも加えた決定版、ついに登場。 -
旧約聖書の思想 24の断章
昏迷きわまる現代に、旧約聖書は3000年の時を超えて何を語りかけるか。ニヒリズム、愛、終末等の主題のもとに旧約から24の断章を選び、ニーチェ、キルケゴールら数多の解釈、思想史を渉猟しつつ、新たな読みを提示。時に芸術の内に旧約を見、時に旧約からエイズや援助交際等、現代が抱える諸問題をも考究する。碩学が現代に甦らせる旧約の思想世界。 【目次より】 1.隠れた神 イザヤ書四五章15節 2.ニヒリズム コーヘレス書一章2節 3.偶像禁止の根拠 出エジプト記二○章4節、申命記五章8節 4.創造 創世記一章26―27節 5.愛児の献供(1)哲学者の解釈 創世記二二章1―2節 6.愛児の献供(2)地平の融合 創世記二二章14節 7.沈黙 イザヤ書六二章6―7節 8.知恵 創世記三章4―5節 9.他宗教との関係 出エジプト記二○章2―3節、申命記五章6―7節 10.「宗教」批判 サムエル記下一二章24―25節 11.罪と赦し 詩篇五一篇5―6節 12.頑迷預言 イザヤ書六章9―10節 13.西洋精神史との関係(1)文学・絵画の場合 士師記一六章17節 14.西洋精神史との関係(2)彫刻・音楽・思想の場合 出エジプト記三四章29節 15.西洋精神史との関係(3)アモラリズム ヨブ記三一章35―37節 16.愛(1)愛の3つの形 申命記一○章17b―19節 17.愛(2)新約における愛敵 箴言二五章21―22節 18.愛(3)旧約における愛敵 レビ記一九章18節 19.愛の秩序(1)愛の7つの形 申命記六章5節 20.愛の秩序(2)統合論と代贖論 ミカ書六章8節 21.終末(1)終末論の三類型 アモス書五章18節 22.終末(2)終末論の胡散臭さ アモス書五章24節 23.終末(3)義と愛 アモス書九章14―15節 24.終末(4)苦難の神義論 イザヤ書五三章4―5節 -
個性という幻想
生前にはアメリカの医学界を陰で支配しているとまで言われながら、没後はその名さえ忌み嫌われたハリー・スタック・サリヴァン(1892―1949)。1970年代にアメリカ精神医学の源流として再評価され、さらに近年、人間社会と精神疾患の関係を論じた先駆者として再注目される精神医学者の、本邦未訳の論考を中心とした著作集。 サリヴァンが生涯をかけて訴えたのは、人間同士の差異よりも、互いを結び付けているものに着目することの重要性だった。患者一人ひとりを診るのではなく、「人間集団に対する精神医学」を唱えたのである。しかし、「個性とは幻想である」という見解は当時、あまりにラディカルでほとんど危険思想のように受け取られた。今世紀になり、「トラウマ理論」や「発達病理学」といった学際的研究領域が確立してようやく、サリヴァンの提出した課題に科学として取り組めるようになったのである。 本書は、初出出典に基づいて訳出した日本語版オリジナルの論集で、徴兵選抜、戦時プロパガンダ、反ユダヤ主義、国際政治など、実社会に関する特に重要なものを選んだ。収録した12編のうち11編は、日本で唯一未訳の著書“The Fusion of Psychiatry and SocialSciences” にも収められている。 なお、編訳者の阿部大樹氏は、サリヴァン『精神病理学私記』で日本翻訳大賞を受賞。今年10月に京都で開催される「サリヴァン・フォーラム」にも登壇する予定。 目次 編訳者まえがき 第一部 精神医学とは何か 精神医学入門三講 社会科学百科事典『精神医学』 黒人青年についての予備調査 症例ウォレン・ウォール 個性という幻想 不安の意味 第二部 精神医学の応用 プロパガンダと検閲 反ユダヤ主義 精神医療と国防 戦意の取扱いについて リーダーシップの機動化 緊張――対人関係と国際関係 索引 -
九鬼周造
「運命よ 私はお前と踊るのだ。」 理性と感情、男と女、東洋と西洋、二人の父、偶然と必然……幾多の対立に引き裂かれ、安定を許されなかった生のただなかで、日本哲学の巨星は何を探究しつづけたのか。その生い立ちから、留学、主著『「いき」の構造』『偶然性の問題』、最晩年の『文芸論』まで、その思索の全過程を、第一回中村元賞受賞の著者が明解かつ艶やかな筆致で辿る。九鬼哲学への決定版・入門書。 [目次] はじめに 第一章 出会いと別れ 第二章 「いき」の現象学 第三章 永遠を求めて 第四章 偶然性の哲学 第五章 偶然から自然へ 第六章 形而上学としての詩学 あとがき 学術文庫版へのあとがき -
花の民俗学
万葉の花、正月の花、花と祭り…… 日本人の生活と文化に花はどのように生きてきたか 日本人にとって花とはいったい何であろうか――。豊かな実りへの願望をこめて開花を待ち、四季折々に花を愛で、その移ろいに「あはれ」を感じ、いけ花という芸術を生んだ日本人。その心の原点を、万葉集、古今和歌集など古典の世界に渉猟し、各地の祭りや正月、雛祭り、端午の節供、重陽の節供など年中行事の民俗に探訪する、花をめぐる生活文化史。 本来、ハナは、実りの先触れ・前兆といった意味をもつのであり、サクラという語は、サは田の神・穀霊のことで、クラは神座の意であったから、田の神の依代と考えられての呼称とみられる。その花は、田の神の意志の発現であると信じられたに違いない。それは、田仕事にとりかかろうとする時期に、パッと咲くみごとな花に名づけられたのであろう。――<本書「花見の伝統」より> ※本書は、1985年4月、雄山閣出版より刊行された『花の民俗学〈新装版〉』を原本としました。 -
物語論
人間はなぜ物語を必要とするのか? 精神分析、政治、戦争、神話、歴史、そして昔話、小説、うた――。 物語は社会のいたるところにある。 平家物語などの「語り物」やアイヌのユカラとの対比、源氏物語の婚姻制度と母殺しの阿闍世コンプレックス……日本列島の物語を起源から、そして世界文学との比較から考える。 「もの」とはなにか。 「語り手」は誰なのか。 物語理論の金字塔となる、伝説の東大講義18講、待望の文庫化! 【目次】 I 物語理論の進入点 1講 ものがたり と ふること 2講 うたとは何か 3講 うたの詩学 4講 語り手を導きいれる II 物語理論の基底と拡大 5講 神話から歴史へ 6講 神話的思考 7講 語り物を聴く 8講 口承文学とは何か 9講 昔話の性格 10講 アイヌ語という言語の物語 III 物語理論の水面と移動 11講 物語人称 12講 作者の隠れ方 13講 談話からの物語の発生 14講 物語時称 15講 テクスト作りと現代語訳 IV 物語理論の思想像 16講 『源氏物語』と婚姻規制 17講 物語と精神分析 18講 構造主義のかなたへ -
官僚の研究 日本を創った不滅の集団
深夜におよぶ激務、たび重なる不祥事、「官邸主導」でゆがむ人事。近年では、官僚を志望する東大生も激減しているという。しかし、明治以来の政治・経済を動かし、日本社会の枠組を創ってきたのは、霞ヶ関のエリート官僚たちであり、そのパワーは今も不滅である。「官僚」とは、一体どんな人々なのか。その歴史と生態を、自らも官僚体験のある現代史家が、計量的・実証的に明らかにしていく。 明治初年の「官員さん」のうち、薩長出身者はどれほどの割合を占めたのか。華族・士族・平民の内訳は、どう推移したのか。上級官僚の実父はやはり官僚だったのか、あるいは軍人、商人が多いのか。帝大卒優位のなかに食い込んだ私学は? また、戦前の「革新官僚」と言われた人材のなかには、政党主導の戦後官僚社会であればたちまち弾き出されるような個性派や情熱家も多かった。毛里英於莵、奥村喜和男、菅太郎といった「奇才」や、女性官僚の第一号などの群像を紹介。 戦後は占領政策により「天皇の官吏から公僕へ」「中央集権から地方分権へ」と改革が進むなか、各省庁の「家風と作法」はしっかりと守られ、新たな「吏道」も探究されていく。 「文庫版のあとがき」として、平成・令和の変遷を加筆。〔原本=『官僚の研究:不滅のパワー・1868―1983』1983年、講談社刊〕 -
アルチュセール全哲学
「真空の哲学」の核心 〈認識論的切断〉とは 「認識論的切断 coupure epistemologique」とは何か。『マルクスのために』『資本論を読む』でマルクス研究を一新し、フーコー、デリダ、ブルデュー、ドゥルーズらを育てたルイ・アルチュセールは、精神的肉体的苦闘、あるいは自身の「認識論的切断」を経て、いかなる地平に到達したのか。その思想的全生涯をもれなく論じた、第一人者による決定版! 形而上学の名前で呼ばれうる西欧哲学がその可能性を出し尽くしつつある現在、この伝統的思考様式を可能にした条件と地平を露出させ、同時にそれとはまったく異質の軌道がどういうものでありうるかを、われわれは徹底的に考えることを要請されている。そのひとつの模範的思索をアルチュセールはわれわれに遺産としてのこしてくれたのである。そのバトンを受けとるのは、われわれである。――<本書より> -
万国お菓子物語 世界をめぐる101話
たかがお菓子というなかれ。甘さのかげに歴史あり。愛とロマン、政治に宗教、文化の結晶としての世界のスイーツ101の誕生秘話! すっかり日本でもおなじみとなったマカロン。原形は数あるお菓子の中でも大変古典的な部類に数えられます。 宗教の時代ともいわれる中世ヨーロッパ、その流れを引いた近世で政略結婚を含めた各国の交流が進んだ背景のもと、マカロンの旅も始まりました。まずイタリアのフィレンツェの名家メディチ家のカトリーヌ姫が嫁ぐ時に帯同した製菓職人の手によってフランスにもたらされました。それを機にフランス各地で作られるようになり、それぞれの地で銘菓として評価されていきます。17世紀~18世紀には各地の修道院でつくられるマカロンが有名となり、それを求めて時の皇太子ご夫妻が修道院を訪れたこともありました。――政略結婚によって他国へ伝わったマカロン、参拝記念として配られたレープクーヘン、名称をめぐって裁判にまで発展したザッハートルテ、また大航海時代、ポルトガルによってはるばる日本までやってきたカステーラ……。南蛮菓子からヨーロッパ・アメリカへ渡り、またアジアへ戻るお菓子にまつわる物語。ヨーロッパとアジアをつなぐトルコのロクムやちょっと切ない誕生経緯のハワイアン・バター餅など新たに9話を追加しました。製菓業界の第一人者がお届けする世界をめぐるお菓子101話。 (原本・吉田菊次郎『万国お菓子物語』、晶文社、1998年。文庫化にあたって新たに9話追加しました。) 本書で取り上げるお菓子 南蛮菓子 カステーラ ボーロ コンペイトウ ビスカウト 世界のお菓子 マカロン チョコレート シュトレン ザッハートルテ ポルボロン プディング スペキュラース 悪魔のお菓子と天使のお菓子 月餅 日本のお菓子 ショートケーキ 饅頭 お汁粉 どら焼き 外郎 ちんすうこう ほか -
未完のレーニン 〈力〉の思想を読む
◇◆資本主義の「外」は断じてあり得る!◆◇ 『主権者のいない国』『永続敗戦論』『武器としての資本論』著者が、はじめて世に問うた単著であり、 その政治学・思想史学の確固たる原点として記念されるべき主著、ついに文庫化。 ◆「革命」のコペルニクス的転回とはいかなるものか?◆ レーニンという思想史上の事件そのものである人物の思想、その核心を、 二つの著作『国家と革命』『何をなすべきか?』のテクストを鋭い視角のもと読み込むことで、 現代に生きる私たちに意義あるものとして、新たに捉え直す。 著者の政治思想研究の確固たる原点にして、いまいっそう強く響く、鮮烈な論考! ◇著者からのメッセージ◇ どう見ても間違った構造のなかに自分たちがいることに気づいているのに、それをどうすることもできないという苦悩こそ、新型コロナウイルスと同じように、世界中に広がってきた精神状態にほかならない。 だからこそ、「外部」は開かれうることの可能性をもう一度探求してみることの意義は、いままさに高まったのではないか。レーニンは、第一次世界大戦の勃発と、第二インターナショナルの破産という、それこそ苦悩の極みから起ち上がって、ボリシェヴィキ革命を成就させた。本書が取り組む彼のテクストは、今日のわれわれはまだ絶望するには早すぎることを教えてくれる。そのような意味で、本書の原稿が書かれた初発の問題意識から読者が何かを感じ取ってくれることを著者としては心から願っている。 ―「文庫版まえがき」より― ◆本書の内容◆ 第一部 躍動する〈力〉の思想をめぐって 第一章 いま、レーニンをどう読むか? 第二章 一元論的〈力〉の存在論 第二部 『何をなすべきか?』をめぐって 第三章 〈外部〉の思想―レーニンとフロイト(I) 第四章 革命の欲動、欲動の革命―レーニンとフロイト(II) 第三部 『国家と革命』をめぐって 第五章 〈力〉の経路―『国家と革命』の一元論的読解(I) 第六章 〈力〉の生成―『国家と革命』の一元論的読解(II) 第七章 〈力〉の運命―『国家と革命』の一元論的読解(III) 解説 《革命のテクスト》の文体 [國分功一郎] 付録 レーニンの生涯 ※本書の原本は、二〇〇七年に講談社選書メチエより刊行されました。 ※巻末付録は『現代思想の海チャート図 レーニンからバトラーまで』(法律文化社)を初出とするものです。 -
易学 成立と展開
〈なぜ「占い」が儒教の核心的原理なのか?〉 〈大いなる矛盾に満ちた「中国的二元論」の思想史〉 哲学的であって通俗的、神秘的であって合理的― 陰と陽による二元論で世界を把握しようとする思考様式が、先秦から清朝に至るまでの哲学、世界観、歴史観を貫いていることを示す、碩学による無二の思想史。 易を知ることは、「中国的思考」の本質を理解することである! 【本書より】 ―最も中国独自のもの、それは易― 易には逆説めいたものがある。法則の中の破格を容認する。論理より象徴、数をよしとする。これは中国の学問芸術について見られる。易は人の運命を天道と一つに見る。中国の歴史の見方とつながるところがある。(第四章より) 【解題・三浦國雄】 「本書は『易経』というテクストに焦点を絞り、それがどのようにして成立し、漢代から清朝に至るまで、どのような解釈が施されたか(つまりどのように読まれたか)を解明しようとしたものである。その際、『易経』や注解および注解者の内部に降り立って分析する一方(「心理」や「意識」「無意識」の語がよく使われる)、そのような読解が生み出された根拠を注解者の内面とともに外面│すなわち彼らが生きていた時代相にも求めるところに本書の独自性がある。その結果として、本書のボリュームの大半を占める第一章(易経の成立)と第二章(易学の展開)がおのずから先秦から清代に至る思想史になっているのであるが、これは余人には真似のできない著者の独壇場と云ってよい」 【本書の内容】 第一章 易経の成立 第一節 通説とその批判 第二節 易の発生基盤 第三節 経 第四節 左伝に見える易 第五節 彖と象 第六節 陰陽 第七節 繋辞 第八節 十翼の完成 第二章 易学の展開 第一節 前漢の易 第二節 後漢の易学 第三節 王弼、それ以後 第四節 宋・明の易説 第五節 清朝の易学 第三章 筮法 第四章 易と中国人のものの考え方 解題 三浦國雄 ※1960年にサーラ叢書(平楽寺書店)より刊行された同名書の文庫化です。 -
日本人の原風景 風土と信心とたつきの道
山に富み、森林に覆われ、海に囲まれた列島。そこに棲む日本人は自然の恵みを享受し、生計を立て、カミに礼を尽くしては人生の節目とした。また、参詣・巡礼に言寄せた遊山や漂白・旅の渡世は、楽も苦も味わう深さをもたらした。 近世に固まったそうしたスタイルは、しかし高度経済成長期を境に変容を余儀なくされる。見失われた日本人の暮らしと人生の豊穣はどんな形だったのか。民俗学者がフィールド観察と研究の蓄積をもとに語る。 -
上杉謙信
「彼は大名の座から逃げようと思えば逃げられる境遇にあった。事実一度は逃げ出した。しかし四囲の情勢から過重な大任を引き受け、進んで戦乱のなかに身を投じて行った――」。 のちに「越後の龍」、「軍神」とまで称され、戦上手の代名詞となった上杉謙信は、どのようにして歴史の表舞台に躍り出たのか。本書は、謙信の単なる一代記にとどまらず、謙信の父であり、文字通り戦いに明け暮れる生涯を送った「戦の鬼」長尾為景の下剋上を中心に、複雑な越後の政治情勢から丁寧に説き起こす。家督を継いだ謙信は、独立心旺盛な国衆の反乱や裏切りに苦しみつつも、武田信玄や、北条氏康ら戦国の雄との対陣を繰り返し、やがては織田信長をも破る強国へと越後を導いていく。その苦難の道のりは、思わず引き込まれてしまうような血の通った文章で活写される一方で、いたずらに対象を美化することなく、透徹したまなざしで戦国武将上杉謙信の実像に迫る。早逝が惜しまれる研究者による、刊行から半世紀経てもなお色褪せることのない謙信伝の古典!(原本:人物往来社、1966年) 解説(山田邦明・愛知大学教授)より ......歴史の大きな流れをどうつかみ、具体的に現れる事象をどう評価するか、個々の人間の動きや、彼らが織りなすドラマをいかに表現するか、そうしたことを考えさせてくれるものとして、活力にあふれた本書は大きな価値を持ち、光彩を放っている。 -
レヴィナス 「顔」と形而上学のはざまで
本書は、近年ますます注目されるフランスのユダヤ系哲学者エマニュエル・レヴィナス(1906-95年)の思想を正面から考察し、批判的に継承することを企てた意欲作である。 著者自身が「愚直にレヴィナスの中心的問題の批判的論究を試みた」と言うとおり、本書でなされているのはレヴィナスの2冊の主著『全体性と無限』(1961年)と『存在とは別様に、あるいは存在することの彼方へ』(『存在の彼方へ』)(1974年)を丹念に読み解き、その考察を厳密に検討する、という当たり前の営為である。そこで問われるのは「他者が「絶対の他」であると共に私に対し無制限に責任を求めるものだというが、それは具体的にはどういうことを意味しており、またそれが事象において確認できるものか」、そして「彼のこのような極端な責任理解が、レヴィナス個人の倫理的立場の表明にとどまらず、われわれの倫理の分析としてどういう意味をもつのか」、「彼が力点を置く言語の問題において現れる他者と無制限の責任を求める他者との間に矛盾はないのか」という本質的な点にほかならない。 第一の主著『全体性と無限』を厳しく批判する論文「暴力と形而上学」(1964年)を発表したジャック・デリダ(1930-2004年)の議論をも検討しつつ、「他者」をいかにして言語化するか、という問題をめぐって第二の主著『存在の彼方へ』への転回がなされた意味は何かが考察される。第一の主著に胚胎していた問題を、第二の主著は克服しえたのか――著者は、レヴィナスが十分に突きつめずに終わった問題を「ケア」の理論を用いて発展させ、批判的な継承を試みる。この企てを通じて、レヴィナスの思想は今日を生きる私たちにとって生きた意味をもつようになる。 本書の原本が刊行されてから現在までの20年間に、レヴィナスの主要著作はほぼすべて日本語訳され、『全体性と無限』についても新訳がなされるようになった。進展する研究状況の中でも、本書は常に参照されるべき準拠点として、すでに「古典」の地位を確立したと言える。学術文庫として生まれ変わったことで、本書は輝きを放ち続けることだろう。 [本書の内容] 第I部 「顔」と形而上学──『全体性と無限』 第一章 「顔」──輪郭の描写 第二章 「選 び」 第三章 「同」と「他」 第四章 デリダの批判──「暴力と形而上学」 第五章 「教え」──倫理と学 第六章 「他」の言表──デリダの批判再び 第II部 方法の先鋭化──『存在の彼方へ』 第七章 「他」を語ることの困難──『存在の彼方へ』に向けて 第八章 絶対他把握の方法的問題 第九章 「感受性」と「語ること」 第十章 「顔」から「正義」へ 第十一章 レヴィナスへの批判と顔の倫理学の可能性 -
論語物語
このうえなくわかりやすい言葉で、『論語』のエッセンスを読める!孔子が伝えたかったことは、こんなことだった。『次郎物語』で名高い作家にして教育思想家であった下村湖人が、人生をかけて読んだ『論語』を、そこに残された言葉をもとに、ひとつの物語として書き紡いだ。ページをひらけば、孔子や弟子たちが直接語りかけてくる!【本書より―永杉喜輔「まえがき」】湖人は生涯をかけて『論語』に学んだ。二千年以上も経た『論語』の章句を自由自在に使って、『論語』で養われた自分の思想を物語に構成したものが本書で、『論語』の精神を後世に伝えたい一念が結晶している。孔子と弟子たちが古い衣をぬぎすて、現代に躍り出す。その光景がみずみずしい現代語でたんねんに描かれている。【本書より―「序文」】 論語は「天の書」であると共に「地の書」である。孔子は一生こつこつと地上を歩きながら、天の言葉を語るようになった人である。天の言葉は語ったが、彼には神秘もなければ、奇蹟もなかった。いわば、地の声をもって天の言葉を語った人なのである。 彼の門人達も、彼にならって天の言葉を語ろうとした。しかし彼等の多くは結局地の言葉しか語ることが出来なかった。中には天の響を以て地の言葉を語ろうとする虚偽をすら敢てする者があった。そこに彼等の弱さがある。そしてこの弱さは、人間が共通に持つ弱さである。吾々は孔子の天の言葉によって教えられると共に、彼等の地の言葉によって反省させられるところが非常に多い。 こうした論語の中の言葉を、読過の際の感激にまかせて、それぞれに小さな物語に仕立てて見たいというのが本書の意図である。無論、孔子の天の言葉の持つ意味を、誤りなく伝えることは、地臭の強い私にとっては不可能である。しかし、門人達の言葉を掘りかえして、そこに私自身の弱さや醜さを見出すことは、必ずしも不可能ではなかろうと思う。 この物語において、孔子の門人達は二千数百年前の中国人としてよりも、吾々の周囲にざらに見出しうる普通の人間として描かれている。そのために、史上の人物としての彼等の性格は、ひどく歪められ、傷つけられていることであろう。この点、私は過去の求道者達に対して、深く深くおわびをしなければならない。 しかし、論語が歴史でなくて、心の書であり、人類の胸に、時処を超越して生かさるべきものであるならば、吾々が、それを現代人の意識を以て読み、現代人の心理を以て解剖し、そして吾々自身の姿をその中に見出そうと努めることは、必ずしも論語そのものに対する冒涜ではなかろうと信ずる。 -
東方的
地球をおおいつくそうとするひとつの世界システムに「地域の論理」たちは繊細なたたかいを挑む。閉ざされつつある世界に、新しい超空間への通路を開く。ボストーク――東の方。人間を乗せた最初の宇宙船の名前である。偉大なる叡智=ソフィアは、科学技術文明と近代資本主義が世界を覆い尽くす時こそが、真実の危機だと告げる。バルトーク、四次元、熊楠、マンダラ、シャーマニズム、製鉄技術、方言、映画とイヨマンテ……。多様なテーマで通底する「無意識」に、豊饒な叡智を探求する。/『東方的』は、……西欧的な知のあり方の行き詰まりを踏まえて、「東方的」な「ソフィア」(叡智)の方向に新たな可能性を見出そうとした、美しい希望の書物である。(略)その「明確なモチーフ」は……、「第四次元、あるいは日常的なリアリティを超えた高次元の霊的な世界が、われわれが普段住んでいる物質的な世界と接触した時、何が起こるか」ということに帰すのではないかと思う。――<沼野充義「解説」より抜粋>
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