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民俗学
民俗学って何だ? 戦後の民俗学を発展させた泰斗による、決定的テキスト。人々の日常への探究は、いかに始まり、どう展開し得るか。これを読めば全体像がわかる!ハレとケ、山民/海民、カミとホトケ、ケガレ、女性と子ども……。人々の営みを学として探究するための最重要事項を、初歩から核心まで明快平易に講義。近世の萌芽から柳田国男、南方熊楠、折口信夫らに至る研究史をふまえ、さらには都市の民俗などアクチュアルな学問としての可能性を展望する。【本書より】 民俗学は二〇世紀後半、世界の文明民族の間で必然的に起こった学問である。イギリス、ドイツ、フランスなどヨーロッパ文明社会の知識人たちが、同じ民族の内部で、キリスト教以前の文化や、先住民族の遺習などに気づき、それらが辺境の地域社会に残存していることを研究対象にしてスタートさせた。日本においては、ほぼ同時期に、本居宣長や平田篤胤、菅江真澄などの国学者や知識人たちが、田舎の習慣に古代を求めたり、他界観、神観念についての考えを深めたりしており、さらに明治時代末に至り日本の近代化、工業化に対する批判の姿勢をもった柳田民俗学が出発したのであった。 各国の民俗学のあり方には、それぞれ特徴があり、一括することは難しい。しかし共通している点は、古習の残存をとらえるという観点ではなく、むしろ現代社会に現実に生きている民俗の意味を問うということであり、日本の民俗学にはそのための枠組みとして、「常民」や「ハレ・ケ」の概念が用意されたが、近年それだけでは不十分であることからつぎつぎと修正意見もだされてきている。民俗学は出発の時点においてまず都市化を経験しており、民俗が外在的にも内在的にも変容しつつあることを大きな前提としていた。民俗はつねに変化しているからこそ、変化の相のなかにプロトタイプや変化のプロセスを探ることが可能になっている。民俗の消滅は変化の仕方であり、そこに原則をとらえる必要があるだろうし、一方に民俗の再生、再生産、創造という認識もなされてくる。近代化・都市化に応じての民俗のあり方が現代民俗学にとって不可欠の視点となっているのが現状の認識といえるだろう。【本書の内容】1 民俗学の成立と発達2 日本民俗学の先達たち3 常民と常民性4 ハレとケそしてケガレ5 ムラとイエ6 稲作と畑作7 山民と海民8 女性と子ども9 老人の文化10 交際と贈答11 盆と正月12 カミとヒト13 妖怪と幽霊14 仏教と民俗15 都市の民俗※本書の原本は、1990年に放送大学教材として刊行されました。 -
世阿弥
現存する最古の演劇といわれる、能楽。 今から約600年前の室町時代に、世阿弥(1363~1443?)は、当時の大衆芸能を芸術へと昇華させ、『井筒』『高砂』『砧』『実盛』『葵上』など今も上演される名作を遺し、『風姿花伝』を始めとする世界初の演劇論を執筆しました。 これほどまでの偉業をなしえたにもかかわらず、肖像画の1枚もない。 世阿弥とは、一体どんな人物だったのでしょうか? なぜこの時期に、これほどまでの仕事をなしえたのか――。 その時代背景や彼の思想哲学を、父・観阿弥や、禅竹、金剛などライバル達との作品比較、伝書から見る芸論などから細やかに考察。 晩年、大衆に拒絶され、自身も佐渡に流された世阿弥の生涯も辿りながら、彼が求めた「老いの美学」についても検証します。 本書は『世阿弥』(1972年 中公新書)より、舞台写真、資料写真を新たに差し替え、解説を加筆、文庫化したものです。 解説「異端者としての世阿弥」 土屋恵一郎(明治大学長) -
ジャンヌ・ダルク 超異端の聖女
痛快で、やがて悲しい――。ジャンヌ・ダルクの生涯を一言であらわすならば、このようになるでしょうか。時は15世紀、英仏100年戦争の末期。フランスを二分する未曾有の国難のなか、パリを追われた失意の国王シャルル7世のもとに彗星のごとくあらわれたのが、ジャンヌ・ダルクです。甲冑を身にまとい馬上の人となった彼女は破竹の勢いで敵方を打ち破り、またたくまにシャルル7世をランスでの戴冠に導きます。しかし華々しい栄光もつかの間、ジャンヌはイギリス軍に引き渡され、異端者として生きたまま火あぶりにされてしまうのです。「声」に導かれるまま生まれ育った村を旅立ったのが16歳、火刑台に立たされたときには19歳でした。本書は、100年戦争の政治的背景から、中世におけるお告げや聖女の系譜など、彼女が生きた当時の世界を浮かび上がらせることで、ジャンヌ・ダルクの全体像をあざやかに、しかも親しみやすい筆致で描きだします。名もない羊飼いの娘だったジャンヌを突き動かした「声」、ついにはシャルル七世をも動かし、フランスを熱狂させたものとは、いったい何だったのでしょうか。カトリックの聖人は数多くいますが、異端者として火刑にまでなりながら、500年後に聖女として認定されたのは彼女だけです。「普通の女の子」が国を救い、国家意識を創ることを可能にしたヨーロッパ中世とは、そして彼女を「守護聖女」として今なお現役で生かしているフランス人の心性とはいったいどのようなものなのでしょうか。異端にして聖女、華やかで苛烈なジャンヌ・ダルクの世界に、あなたも飛び込んでみませんか?(原本:講談社現代新書、一九九七年)【本書の内容】プロローグ序 章 ジャンヌ・ダルクとはだれか第1章 ジャンヌ・ダルクの先駆者たち――カリスマと聖女第2章 神の「声」を聞いた少女第3章 中世の政治と宗教――少女戦士はいかにして誕生したか第4章 戦場の乙女第5章 ジャンヌの最期/エピローグ/あとがき/学術文庫版あとがき/おもな参考文献 -
雨の科学
「雲から雨が降る」という、一見あたりまえの自然現象の仕組みと奥深さを探究した、気象学の入門書。 なぜ雨は、滝のようにつながって落ちてこないのか。雨粒はどんな形をしているのか。小雨の雨粒と、大粒の雨粒は、どのくらい大きさが違うのか。雲粒と雨粒の境目はどこにあるのか。なぜ、雨が降りやすい雲と、降りにくい雲があるのか。水蒸気が凝結するための「雲粒の種」とは。自己増殖し、自己組織化して雨を降らせる、生物のような積乱雲の生涯とは――。 傘とレインコートで日常的な雨対策をし、冬にも豪雪に見舞われる日本列島の降雨事情は、地球上でも特異なものだという。その地形的特質から、近年多発する集中豪雨のメカニズムとエルニーニョ現象、温暖化のカギを握る雲の種類、さらに、「人類の夢」である人工降雨や気象の人工調節の可能性まで、雲・雨・雪の研究に尽くした第一人者が、平易に解説する。北海道大学名誉教授・藤吉康志氏が巻末解説を執筆。〔原本:『雨の科学――雲をつかむ話』2005年5月、成山堂書店刊〕〈目次〉1 地球に降る雨のミクロな特徴第1章 雨粒の形と大きさ第2章 雨の強さと雨粒の大きさ分布第3章 雨が降る雲、降らない雲第4章 多くの雨は雪が融けたもの第5章 雨の降り方は人間活動によって変わる2 雲の組織化第6章 積乱雲の生涯第7章 生物のような積乱雲第8章 集中する豪雨第9章 人工衛星から観る雲の群第10章 地形の働きによる降雨の強化と集中3 雨の気候学第11章 気候域と雨量第12章 亜熱帯域の降雨第13章 雨のテレコネクション第14章 雨の経年変化第15章 水惑星の水問題解説 藤吉康志索引 -
江戸の大普請 徳川都市計画の詩学
1603年の開幕の頃、江戸は、東の卑小な要塞でした。徳川家は、雅都・京師に負けない町をつくろうと考えた。東の比叡山「東叡山」こと寛永寺、東の琵琶湖「不忍池」、清水寺を真似た「清水堂」、三十三間堂、大仏などを次々とつくり、江戸の威厳を創出しようとしたのです。そのほか様々な施設が、次々と江戸に配置されていきます。本書は、江戸の風景を再現し、そこにこめられた意味を読み解。江戸散策ガイドにもなります。 -
滑稽の研究
「のらくろ」の巨匠が「滑稽とはなにか」?」を真摯に探求する! 国内外の美学、修辞学、論理学等の著作から滑稽論を渉猟し、理論的バックボーンを追求。また、芸能・文芸・絵画の史料にその発祥を求める。滑稽理論の実例として、実作者ならでは、自身の作品を豊富に使用。また、愛弟子の長谷川町子ほか同時代作家の作品も、あたたかな解説とともに掲載する。 -
ミットフォード日本日記 英国貴族の見た明治
幕末維新の激動期に外交官として活躍した著者は、明治39年、英国皇族の首席随行員として再び来日。その様子を日記体で綴り、感想を添えて故国へ送った。40年ぶりに見た日本はいかに変わったか。徳川慶喜公、東郷平八郎提督や当時の高官との会見、宮中晩餐会、歌舞伎見物、日本各地での大歓迎の様子、大きく変貌した明治の姿などを生き生きと描き出す。 -
日本の食と酒
日本人は何を食べていたのか。本書は京都・山科家の日記や奈良・興福寺の文書をひもとくことで、中世の公家と僧侶の食生活を再現し、その背景をなす製法の歴史へと接近する。中世から近世にかけて日本酒としてのかたちを整えていく酒。醤(醤油)、味噌、納豆といった大豆発酵食品……。日本の食文化を最も特徴付ける発酵技術と発酵文化の歴史を追い、その原点に迫る。これが日本食の原型だ! (講談社学術文庫) -
幻の東京オリンピック 1940年大会 招致から返上まで
東京が招致しながら、自ら返上した1940年のオリンピック。「皇紀2600年記念」として構想されたこの大会は、招致のためのヒトラーやムソリーニとの取り引き、満洲事変への厳しい国際世論など、最初から戦争と政治に振り回された。また、「満州国」は参加できるのか、天皇の開会宣言は可能なのか、など問題山積みのまま、準備は遅れに遅れる。そんな中、招致に尽力したIOC委員・副島道正は「返上やむなし」と腹を決める。(講談社学術文庫) -
川の文化
日本中の子供たちが親から聞かされる叱責の言葉――お前は川の橋の下から拾われてきた――が、意味するところは何か? 民俗学者による「川と日本人」をめぐる調査と考察。島国日本は、「海の国」であると同時に、豊かな「川の国」でもある。大小の河川は、上流から河口まで、多彩な風景と、文化・風土をかたちづくってきた。舟運と川船、川の狩猟、渡しと橋、年中行事、信仰と伝承など、豊富な事例で語りつくす。(講談社学術文庫) -
出雲神話
国引き、八岐大蛇、国譲りなど、日本神話では最も重要な舞台であるにもかかわらず、大和朝廷に対抗したという出雲国の実態は未だ明らかになっていない。比較神話学、民俗学、宗教学、歴史学などの様々な知見からなる議論をまとめ、記紀や風土記、神賀詞などの資料を読み解き、出雲神話の虚像と実像を浮かび上がらせる最良の入門書!(解説・三浦佑之) 【本書で扱うトピック】 八岐大蛇の神話にはどのような意味があるか? なぜ、記紀と風土記の内容は、大きく異なるか? 大和朝廷と出雲国は、実際に敵対関係にあったか? なぜ、出雲は死者や他界と結びつけられてきたか? いかにして、オオクニヌシは国家的英雄神となったか? なぜ、古代出雲は宗教王国だったといえるか? 【目次】 まえがき 1 出雲神話の謎 2 二つの出雲神話 3 出雲国造家の台頭と自家の売りこみ 4 スサノオの神話 5 オオナムチの神話 6 国譲り神話と諸氏族 7 出雲土着の神々 参考文献 解説 -
日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ
■日本が敗れたのはアメリカにだけではない。中国に対する「戦略的敗北」、その根本的構造を明らかにする!■ 1937年7月7日、中国の盧溝橋(現在の北京市の南西)近くで響いた十数発の銃声をきっかけに、日中両国は戦争に突入した。 国際法上の都合から宣戦布告なしに始めたこの戦争を、当時の日本人は「事変」と矮小化して呼んだが、8年間におよそ100万人もの兵員を中国に動員して膨大な死者をともなった近代日本最長の戦争を定義するには、不釣合いに軽い言葉だったといえるだろう。 いま日本人が昭和の戦争を振り返るとき、その関心の度合いは1941年から始まる太平洋戦争に比べればはるかに低い。 真珠湾攻撃より以前に、すでに日本はかつてないほど長期で大規模な戦争に突入していたということが、あらためて認識されるべきである。 本書は、日中両国の戦略の質的な違いをより明確にし、この戦争の構造をより正確に理解するために、「殲滅戦」と「消耗戦」という二つの概念を対比させて、この戦争の様相と、両国の勝因と敗因をよりくっきりと浮かび上がらせていく。 殲滅戦を支えるのは、軍事力や産業力などの「ハードパワー」である。一方、消耗戦の場合は、政治力や外交力、さらには国家の文化的な魅力をも含む「ソフトパワー」の戦いとなる。日中戦争とは、究極的にはこの二つのパワーの相克であった。こうした視点をもつことで、この戦争の本質のみならず、日中両国の現在もなお変わらない国家的な性格までをも見通すことができるであろう。 【本書の内容】 はじめに 序章 殲滅戦争と消耗戦争 第一章 開戦への歩み 1 満洲事変と抗日運動 2 盧溝橋事件と日中開戦 第二章 破綻した戦略 1 上海攻撃から南京虐殺事件へ 2 将介石の戦略はなぜ生まれたか 第三章 傀儡の国 1 欺かれた汪兆銘 2 南京「傀儡」政権の樹立 第四章 見果てぬ夢 1 太平洋戦争の勃発 2 日本の敗戦と汪政権の最期 第五章 二つのパワー 1 日本のハードパワー 2 中国のソフトパワー 第六章 『検閲月報』を読む 1 発掘された『検閲月報』 2 第一期―第二期の『検閲月報』から 3 第三期の『検閲月報』から おわりに 主要参考文献 年表 *本書の原本は、2007年7月に講談社現代新書より刊行されました。 -
自然魔術
イタリア・ルネサンス後期に活躍した自然探求者・技術者の著作。古代ローマの学者プリニウスの『博物誌』と並び称される。動植物の生成、磁石、女性美、蒸留、芳香、火薬、料理、狩猟、光学など、見聞と著者自身による実験観察をもとにした知識の万華鏡。黒魔術と言われる錬金術についても否定的に言及している。本書は博物誌としての歴史的意義とルネサンスから近代への思想的転換期を現している書物の抄訳。 -
すし物語
1300年にわたる「すし」の日本史から、江戸時代の名店探索、米や魚の蘊蓄、地方特有のすし文化まで、多様な鮓・鮨・寿司を紹介。(講談社学術文庫) -
近世日本国民史 徳川幕府鎖国篇
島原の乱の原因はヤソ教徒の反乱か、苛斂誅求の結果か―。関ヶ原の役から三十年余の間に徳川幕府の一切の仕組は整頓せられ、爾来二百有余年の泰平は維持せられた。本篇はその間における歴史過程、特に、従来の歴史家に閑却せられてきた宗教的弾圧と鎖国政策との至緊至切の関係を説きつつ、何故に幕府当局者は鎖国令を徹底励行せしめるに至ったか、かかる形勢を馴致せしめたる徳川幕府の自存主義の是非を後世史家の問う雄篇である。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 元禄時代 世相篇
元禄時代は、徳川幕府盛運の絶頂期であり、精神的にも物理的にも泰平の気運が行きわたっていた。江戸は武士の都であり、大阪は町人の府であり、上方文化はこの大阪の富と京都の歴史の上に花開き、世にいう平等文学が流行し、浮世草子の西鶴、浄瑠璃戯曲の近松を生み、芭蕉は東依西托の後、安心立命の地を俳諧一途に定めた。時代の要求は絵画・音楽・舞曲その他百般の工芸美術の発展を促し、元禄百花爛漫の文化を現出したのだった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 明治三傑 西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允
大久保利通、参朝の途次紀尾井坂にて凶刃に斃る。時に明治十一年五月、木戸孝允病死後一ヶ年、西郷隆盛自刃より八ヵ月、共に手を携えて維新回天を成就したる後袂を分って朝野に分離し、互いに死闘を演じたる三人、年を隔てずして逝く。絶大の大史筆ここに至って明治の重大事件の綱領を口述せんと期すも既に齢に余裕なく多く三傑の回想感慨に耽ける状、恰も沖天の火炎燃えつくしてなお余燼を存するに似て、通史の興味まさに津々。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
近世日本国民史 織田信長(二) 織田氏時代 中
天正三年五月、織田徳川連合軍は長篠において武田軍と対陣。死なせる信玄、生ける信長を走らすか。勝頼もとより勇者にして軍事巧者たるも、信玄遺将を統率する能わず、ただ武田嫡々相伝の御旗・無楯にこの一戦必勝を誓う。対する信長は鉄砲の威力を最善に利用したる斬新戦術を用い、甲斐の常勝軍を大破、背後の憂を断ち、時代の主人公となるも、一敵減ずれば一敵生ず、毛利氏と本願寺は鎌信の入洛を急ぐなど、信長の覇図なお多難。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
お地蔵さん 救いの説話・歴史・民俗
だから〈お地蔵さん〉は愛される! 地獄の救済者にして子どもの守護者、そのうえ私たちのどんな祈願でも受け入れてくれる万能利益者〈お地蔵さん〉。それはなぜ、どのようにして、「無宗教」を自認する日本人の最も身近かつ典型的な信仰対象となったのでしょうか。地蔵信仰のありさまを生き生きと伝える説話や絵図などの民間伝承資料から、その誕生と成長の歴史を辿ります。 [目次] はじめに 日本人と〈お地蔵さん〉 1 日本人は無宗教か 2 日本人と〈お地蔵さん〉 第一章 地蔵菩薩 1 特異な菩薩=地蔵 2 地蔵の教義的特徴 第二章 地蔵菩薩から〈お地蔵さん〉へ 1 地蔵信仰の起源 2 地蔵信仰の伝来 第三章 地獄の地蔵――地獄の救済者〈お地蔵さん〉 1 古代の地蔵説話のなかの「地獄の地蔵」 2 中世の地蔵説話のなかの「地獄の地蔵」 3 近世の地蔵説話のなかの「地獄の地蔵」 第四章 娑婆の地蔵――生きている〈お地蔵さん〉 1 生身の地蔵 2 姿を変える地蔵 3 身代わり地蔵 第五章 子どもと地蔵(一)――遊びと〈お地蔵さん〉 1 子どもと遊ぶ子ども好きの地蔵 2 「子捕ろ」遊びの起源伝説 3 罪人を乞う地蔵 4 子どもを守る地蔵 5 作善としての子どもの遊び 第六章 子どもと地蔵(二)――賽の河原の〈お地蔵さん〉 1 賽の河原の信仰 2 『富士の人穴草子』に見える賽の河原 3 賽の河原地蔵和讃 4 絵に描かれた賽の河原 5 楽園的イメージの賽の河原 6 賽の河原と墓地 7 賽の河原の唱導 第七章 さまざまな地蔵――万能利益者〈お地蔵さん〉 1 さまざまな霊名をもつ〈お地蔵さん〉 2 霊名と現世利 3 個人的現世利益が中心の地蔵信仰 地蔵信仰関係参考文献抄 あとがき 学術文庫版へのあとがき 〔*本書の原本『お地蔵さんの世界――救いの説話・歴史・民俗』は、2011年に慶友社から刊行されました。〕 -
論語 現代に生きる中国の知恵
「あなたは、論語ときいただけで、とてもちかよりにくい、むずかしい本だというふうに、頭からきめていはしませんか――」。中国史学の碩学が人生の指針となる名句を厳選。孔子や弟子の姿を活写し、珠玉の教えをやわらかく軽やかに読者に語る、論語入門の古典的名著。 論語は、孔子の一生の経験が結晶したような本だと本書の著者、貝塚茂樹は語る。中国史学を専門とする著者ならではの、当時の社会や時代背景を踏まえた解釈によって、幾多の苦難を味わってきた人間孔子の姿が、また一本気な愛すべき子路や自信家で秀才の子貢、夭折した顔回など弟子たちの姿が、そして彼らが交わした言葉が活き活きと血の通ったものとしてよみがえる。その言葉の数々は、二千五百年の時を超えて今なお私たちに生きていくうえで必要な知恵を授けてくれる。 論語から著者が受けた感動をそのまま伝えようと試みた、親しみやすくも偉大な入門書。(原本:講談社現代新書、1964年) 【本書の内容】 はじめに――『論語』の読み方 1 学而編――学問の勧め 2 為政編――理想の政治 3 八イツ編――伝統の擁護 4 里仁編――徳について 5 公冶長編――聖賢の言行 6 雍也編――幸福について 7 述而編――教育について 8 孔子の追憶 9 孔子の政策論 解 説(加地伸行) -
裁かれた戦争
兵士はなぜ、敵に突撃していくのか――。 46歳・哲学教師の身で自ら従軍し、戦争を成り立たせる人間の心理とメカニズム――侮辱を旨とする軍隊および英雄讃美の銃後においても駆動する「操兵術」――の機微を戦場から明らかにしつつ、それを拒絶する方途を提言。『幸福論』の著者による渾身の反戦論! フランス文学の権威による名訳の誉れ高い一冊が待望の文庫化。 (解説:田中祐理子) [目次] 愛国心/美/鍛冶場/義務 優柔不断/組織/ゲームのルール/メカニズム 人身御供/メドゥーサの顔/人間の尊厳/プラトン 名誉/決闘/普遍的なエゴイズム/利害 猛々しい精神/情/曖昧な情念/反抗 感嘆/自己欺瞞/お偉方/権力 野心/情念を静めるには/決定論/狂信 悲劇/人間嫌い/憎悪/中庸 教養/ノイローゼ/安全/ペシミズム リヴァイアサン/屍/主権者/判断 ヘラクレス/剣闘/ドグマ/法と力 条約/魂の偉大さ/国/否と言うこと 原因から/意志すること/人類(ユマニテ) 訳者あとがき 解説 「戦争に養分を与えない」ために 田中祐理子 [*本書の原本は1986年に小沢書店より刊行されました。再刊にあたり、訳者の遺した赤字をもとに、訳文を改めたところがあります。] -
ペンギンの世界
氷点下60度、猛烈なブリザードのなか115日も絶食し、抱卵・包雛する。ひとたび海に出ればエサを追いかけ564mまで潜水し、甲殻類・魚類・イカの消費量は年間2000万トン超! 世界最大のペンギン飼育国・日本で50年以上も研究を重ねた著者が、その驚異的な能力や生態を多彩な図版とデータから教示する。「かわいい」だけじゃ、もの足りない。もっと深く広く知りたい人のための、懇切丁寧な「ペンギン学」の決定版! 目次 プロローグ ペンギン大国日本 第1章 どこでどんな生活をしているのか 南極ペンギン/バード岬/世界最悪の子育て/叫ぶ50度/レイン・フォーレストの妖精/穴掘りペンギン 第2章 生活のリズムと体のしくみ 生活史/寿命/死因/保温・熱交換システム/大食と絶食/ダイビング・ギヤ 第3章 海でのくらし イルカ泳ぎ/移動潜水・探索潜水・捕食潜水/深い潜水・ふつうの潜水/食事時間/ハイテクでペンギンを追いかける 第4章 なぜ飛ばなくなったのか 祖先は空を飛んでいた?/なぜ飛ぶことをやめたのか/古代ペンギンの生活 第5章 ペンギン、人に会う 北のペンギン、南のペンギン/最初に会った人々/「のろまな歩く食料」から「愛すべき生きもの」へ/南極のペンギンは増えている?/がんばる動物園・水族館 エピローグ 助け、見守る人々 もっと詳しく知りたい人のために あとがき 学術文庫版あとがき「ペンギンは警告する」 *本書の原本は2001年7月に、岩波新書より刊行されました。文庫化にあたりデータや数値の更新と写真の差し替えを行い、文庫版あとがきを加えました。 -
天文学の誕生 イスラーム文化がもたらしたもの
イスラームは天文学を必要とし、天文学はイスラームなくして発展し得なかった。 論証と幾何学により天文現象をモデル化しようとした古代ギリシアの試みは、2世紀エジプト・アレクサンドリアのプトレマイオスに受け継がれ、その主著『アルマゲスト』において、天動説による宇宙モデルはひとつの完成を見た。 しかし、その後のローマ帝国において人々が必要としたのは、天文学という知的探求そのものではなく、占星術とホロスコープであり、星々の位置を定める手段のみであった。ギリシア科学やプトレマイオスによる幾何天文学を展開・発展させる者がヨーロッパ世界において現れるのは、コペルニクスの登場まで待たねばならなかった。 だが、地動説を打ち立て天文学のみならず科学を大きく転回させたコペルニクスは、明らかにプトレマイオスの天文学を受け継いでいた。7世紀には断絶を迎えていたはずの幾何天文学は、16世紀のコペルニクスまで、いかにしてたどり着いたのだろうか。 実は『天球回転論』では、サービト・イブン・クッラ、バッターニー、ザルカーリー、イブン・ルシュド、ビトルージーらイスラーム世界の学者への言及がされている。コペルニクスは、イスラーム地域の天文学者たちの成果を、参照すべき先人の業績とみなしていたのである。 イスラーム世界、とりわけアッバース朝では、それまでのペルシアの伝統を受け継ぎ、翻訳事業を振興し、占星術を重視した。他方で、異教徒との議論において自らの教義の正当性を揺るがぬものとするため、世界の仕組みについての合理的な説明を厳密に組み立てる「論証」が求められた。そうした要請のもとイスラームの学者たちは、古代ギリシアやインドの知的達成に学び、その中でプトレマイオスは再発見されたのである。さらに彼らは、天体モデルの整合性を追究し、観測結果に基づいてプトレマイオス天文学の修正を目指し、より厳密な幾何天文学を構築しようとした。その集大成を、地動説という形で成し遂げたのがコペルニクスだったのである。 コペルニクスの登場が近代天文学、ひいては近代科学の始まりであるとするならば、イスラームによる天文学研究は、近代科学の礎となる重要な活動であったと言える。 本書は、イスラーム世界において天体への考察が科学として磨き上げられていった歴史を、簡明かつ鮮やかに描き出すものである。 *本書の原本は、2010年に岩波科学ライブラリーより刊行されました。 -
オイディプース王
ギリシア悲劇の最高傑作と評される本作は、詩人ソポクレース(前496頃-前406年頃)によって、前441年から前432年のあいだに書かれたと推定される。 フロイトの「エディプス・コンプレクス」をはじめ、後世に多大な影響を及ぼし、今日まで読み継がれてきた本作のあらすじは、よく知られている。 ――劇の冒頭、オイディプースはテーバイの王として登場する。かつてスピンクスによるテーバイの危機を救った王は、新たに疫病が国を襲った今、神のごとき救い主として市民たちの嘆願を受け、自信にあふれた姿でこれに対処しようとしている。それは劇の最後で、父を殺し、母と交わって恥ずべき子供をつくったことが判明し、わが手で目をつぶし、みずから呪われた身となる男とはあまりにも対照的な姿である。そして、冒頭の姿がオイディプースの「非・真実」、最後の姿が「真実」であり、詩人は「非・真実」と「真実の対照」を示しているように見える。しかし、冒頭の姿はスピンクスを退治した功績によるものである以上、「非・真実」とは言いきれない。ここにあるのは真実を恐れると同時に真実を求めるオイディプース自身に重なる。訳者は言う。 「この劇においてわれわれの心をはげしく揺さぶるのは、真実を恐れて逃げようともがき、かえって真実に引きつけられて破滅するオイディプースの姿である。父を殺し母と交わる定めを告げられたとき、誰がこれを恐れずにいられようか。〔…〕だが真実にたいする恐怖が真実を見失わせるのはオイディプースだけではない。〔…〕われわれの中には暗い未知のものがある。われわれは、自分が何者なのか本当に知っているのか。日常の生活において見せかけ(非・真実)の中で暮らしているのではないか。〔…〕 『オイディプース王』がわれわれの心を揺さぶってやまないとすれば、それはわれわれ自身の中にオイディプースが宿るからにほかならない。」(「訳者解説」より) このあまりも有名な作品には数々の日本語訳があり、文庫版も複数存在している。しかし、1990年に『ギリシア悲劇全集』のために訳し下ろされた名訳が、顧みられないままになっていた。キケロー『国家について 法律について』に続き、碩学が残した貴重な仕事を学術文庫に収録し、後世に継承するべく、ここに刊行する。 [本書の内容] [プロロゴス] [パロドス] [第一エペイソディオン] [第一スタシモン] [第二エペイソディオン] [第一コンモス] [第二スタシモン] [第三エペイソディオン] [第三スタシモン] [第四エペイソディオン] [第四スタシモン] [エクソドス] [第二コンモス] ヒュポテシス(古伝梗概) 訳者解説 -
遊清五録 現代語訳
幕末の志士・高杉晋作は、上海への旅でその見聞を世界に広げ、改革の意志に覚醒した。24歳の感性でつづられた貴重な渡航日記、初めての文庫版。高杉晋作研究の第一人者、一坂太郎氏による現代語訳と訳注・解説に加えて、晋作の略伝も収録。 文久2年(1862)、長州藩士・高杉晋作は、幕府の上海使節団に加わるよう藩主から命じられ、およそ2カ月間、上海に滞在する。そこで晋作が見たものは、西洋列強に侵食された清国の惨状と、欧米の露骨なアジア戦略だった。清国人はことごとく外国人にこき使われ、イギリス人やフランス人が街を歩けば、みな道を譲る。孔子廟は折からの太平天国の乱を鎮圧するイギリス軍の陣営として外国兵に蹂躙されていた。晋作は、気脈を通じた上海城の衛兵・陳汝欽との筆談などを通して、外国に内政干渉の隙を与える内乱の恐ろしさとともに、洋式軍隊の威力を痛感。このままでは日本も中国の轍を踏むとの危機感を抱く。この思いが帰国後の晋作を突き動かし、奇兵隊結成など尊攘運動の原動力になっていく。 「航海日録」「上海淹留日録」「内情探索録」「外情探索録」「長崎淹留雑録」などからなる「遊清五録」のほか、桂小五郎らに長州産物の海外輸出を提案する「長崎互市の策」、上海渡航の簡潔な報告「形勢略記」などを併録。『高杉晋作の「革命日記」』(朝日新聞出版、2010年)所収の「遊清五録」をもとに、大幅に改訂・加筆して文庫化。 目次 〈解説〉『遊清五録』について 遊清五録 遊清五録序/航海日録/上海淹留日録/続航海日録/内情探索録/外情探索録/外情探索録・巻の二/長崎淹留雑録 長崎互市の策 測量記 独断にて蒸気船オランダ国へ注文つかまつり候一条 形勢略記 〈付録〉 『遊清五録』を追って 高杉晋作の生涯 あとがき――『遊清五録』と私 -
恋する武士 色と権力の日本中世史
日本史上、約700年にわたって権力の座にあった「武士」とは、いかなる存在だろうか。1970年代以降の中世史や社会史の研究の進展によって、「武士像」は大きく書きかえられてきた。王朝国家の中央「軍事貴族」として登場してきた武士は、必ずしも古代王朝の「貴族」と対立する存在ではないという。そうした武士の「闘う存在」としての側面だけではなく、「色恋模様」から、武士の本質と武家社会の裏面史に迫る異色作。 中世社会においては、「恋」は「権力」に直結する問題だった。その成就、ひいては婚姻関係、感情のもつれなどが、権力の失墜あるいは強化をもたらし、以後の家格にも影響を与えたのである。 多情多恨の女房歌人・和泉式部の最後の男性、藤原保昌。秀歌の褒美に鳥羽院の女房・菖蒲御前を賜った源頼政。分不相応の恋の切なさを断ち切って出家した佐藤憲清あらため西行。将軍源頼家に恋女房を横取りされて激昂した御家人・安達景盛。夫唱婦随の「権力の夢」に破れた北条時政と牧の方の陰謀事件。近世の歌舞伎の題材にもなった婆娑羅大名・高師直の無軌道な邪恋。『吾妻鏡』『太平記』などに語られる逸話の数々は虚実ともどもだが、まさに「恋は歴史を紡ぐリンケージとして作用した」ことを示している。 『恋する武士 闘う貴族』(山川出版社、2015年)の第1部を原本として文庫化。 目次 はしがき 第一章 王朝武士の色とりどり 1 王朝武者の恋の系譜 2 内乱期、武士の恋模様 第二章 鎌倉武士の懸想 1 懸想の顛末 2 色々の執心 第三章 動乱期南北朝と修羅の恋 1 「偕老の契り」と修羅の諸相 2 武将たちの恋の深淵 学術文庫版のあとがき -
神秘学入門
魂の深奥にふれる学び──神秘学が導く、高次の自己への旅 神秘学は、哲学・芸術・科学・政治など、人類文化の根幹に深く関わってきた知の体系です。本書はその神秘学の基本的な考え方と歴史的展開を、古代ギリシア哲学から現代に至るまで、わかりやすく解説します。神秘学は、単なる知識の提供ではなく、思考と感情を喚起することで「目に見えない世界」への認識を深めます。それは別の世界への逃避ではなく、日常の中に眠る「高次の人間」を目覚めさせ、生き方が変わらざるをえないような学びです。 ゾロアスター教以来の西洋のグノーシス的二元論と、儒教・仏教・道教・シャマニズムなど東洋の一元論的世界観を対比し、影響関係をたどることで見えてくる、神秘学の普遍性と多様性。シュタイナー研究の第一人者が、シュタイナーの思想を縦糸として古今東西の神秘学をたどり、魂を探る旅への扉をひらきます。(解説:若松英輔) [本書の内容] I 神秘学とは 1 神秘学の原風景 2 古代の秘儀参入 3 古代東方 4 魂の遍歴者たち 5 アカシャ 6 一元論 7 後天開闢 8 ガイア II 美学としての神秘学 9 美学者シュタイナー 10真・善・美 11アストラル・ヴィジョン 12フォルク 13恨の美 14南溟の果て あとがき 解 説 若松英輔 *本書の原本は、2000年にちくまプリマーブックスとして筑摩書房から刊行されました。 -
読む哲学事典
◇◆◇「愛とは何か」を解るために、「暴力とは何か」を考える。◇◆◇ ◇◆◇さまざまな概念を対にして展開する、縦横無尽な思考の一大パノラマ!◇◆◇ 本質と時間/愛と暴力/ここと私/正義と詩人…… ある概念と別の概念を対にしてみると、思いもよらない連関が生まれ、ありふれた言葉から豊かな哲学の問題が立ち上がってくる! 現代哲学の重要論点のみならず、文学、芸術、宗教、科学、政治を自由闊達に横断。一人ですべての項目を書き切った事典にして、どこから読んでも愉しめる上質の哲学エッセイ。 【本書より】 哲学事典を引く人が、「存在」とか「記憶」とかの意味をまったく知らない、などということは考えにくい。求められているのは日常では一見自明な言葉に哲学者が見出す亀裂であり、それを通して見えてくる思いがけない意味連関ではなかろうか? 概念間の連関が重要なのだ。ゆえに、哲学事典は一貫した視点で、一人が全項目を書くべきなのだ。 これは、すべてを網羅するという事ではない。多くの知識を蓄える事が問題ではない。問題は、越境的な精神の自由を確保する事なのである。本書では、諸概念の連関を強調するため、事項を単独で説明するのではなく、一対の概念に対して説明をした。読者は、関連する事項説明をたどることによって、梁と梁が大きなドームをなすイスラム建築のように、あるいはたがいに連関して図形を構成する夜の星空のように広がる、概念の天蓋が見渡せよう。 【本書の内容】 愛と暴力 アキレスと亀 一者の実在性/真理と悲劇 イロニーとユーモア 運と偶然 可能性と反実在論 共同感覚と感覚質 言語と意味/ Sinn(意)とBedeutung(指示)/実在論と反実在論 検証主義とプラグマティズム ここと私/意識と想像的なもの/想像的な私と象徴的な私 自然とユートピア/美と判断力 自由と問題 正義と詩人 全体論と解釈/現象学と志向性/心的な用語(mental term)と命題的態度 疎外論と物象化論 存在と存在論/数と算術/性質と類似性/実体と普遍論争 知識と信念 超範疇と超越論的 美のイデアと芸術 文化相対主義と普遍的正義論 弁証法と(再)定義/観念論とヘーゲルの弁証法―意図と欲望 保守主義と左翼 法と革命 本質と時間/時間様相―過去現在未来/期待と希望 メタ言語と主体性 ヨブの苦しみと罪の名 歴史と伝統/ヘーゲルの歴史観/反時代的 索引 *本書の原本は、2006年に講談社現代新書より刊行されました。(増補あり) -
明代二大茶書 張源『茶録』・許次ショ『茶疏』 全訳注
唐代に、陸羽によって著された世界最古の茶書『茶経』に次いで、明代に書かれた最重要茶書二書の全訳注版です。 日本の煎茶道や最近盛んになりつつある中国茶の源流ともいえるのが、明代に行われていた「喫茶」です。 明代には、茶の文化が隆盛をしており、数多の茶書が著されましたが、それ以前の茶書の剽窃や焼き直しがほとんどでした。 そういった中にあって、本書で取り上げる『茶疏』と『茶録』は、独自の探究によって書貴重な貴重な茶書です。 製茶法、貯蔵法、茶器の選択、飲み方、客人の迎え方、などなどを具体的に描きます。 茶を、おいしく、楽しく、清らかに飲むやり方を追究します。 中国のみならず、日本にも伝わり、江戸時代には上田秋成『清風瑣言』をはじめ、多くの書物にも引用され、おおきな影響を与えています。 全訳注として、 【訓読】【現代語訳】【原文】【注釈】 を加えました。 喫茶愛好家必携の一冊です。 理解を助ける図版も収録しています。 本書は、訳し下ろしです。 【目次】 まえがき 1 張源『茶録』 張源『茶録』について 凡例 茶録引 顧大典 採茶 造茶 弁茶 蔵茶 火候 湯弁 湯有老嫩 泡法 投茶 飲茶 香 色 味 点染失真 茶変不可用 品泉 井水不宜茶 貯水 茶具 茶盞 拭盞布 分茶盒 跋茶録 沈周 2 許次しょ『茶疏』 許自しょ『茶疏』について 許自しょ伝 凡例 題許然明茶疏序 桃紹憲 茶疏小引 許世奇 凡例 産茶 今古製法 採摘 炒茶 収蔵 置頓 取用 包せき 日曜頓置 択水 貯水 煮水器 火候 烹点 秤量 湯候 甌注 とう滌 論客 茶所 洗茶 童子 飲時 宜輟 不宜用 不宜近 良友 出遊 権宜 虎林水 宜節 辯訛 攷本 -
中国の神話 神々の誕生
「子は怪力乱神を語らず」。孔子に代表される儒教の合理的精神のもと、早くに歴史の中に取り込まれ、断片的にしか伝わることがなかった中国神話。『山海経』や『楚辞』、甲骨資料などわずかに残された痕跡から、一つ目、一本足で猿面の山神を主人公に、古代中国史の泰斗が神話世界を大胆に復元する! 最古の地誌であり、儒学の厳しい検閲の網を逃れて現代にまで生き残った、さまざまな怪物が登場する『山海経』。そこには一本足で、声は雷のごとく、黄帝が生け捕りにして皮をはいで鼓をつくり、その骨をばちに打ち鳴らすと五百里四方にとどろいたという山の怪物が登場する。また別の個所では楽園の番人を殺して不死の木の実を盗んだ罪によって、足にかせをはめられ、両手と髪を縛ってある山の木に逆さ吊りにされた怪物も現れる。このいずれもが「き」という音で呼ばれる、本書の主人公である。 司馬遷が『史記』で歴史のはじめにおいた黄帝と、その強敵である蚩尤はともに風雨、とりわけ風を呪術的に自在に操る力を持っていた。風の神は同時にふいごを使う鍛冶神にも通じ、そして「き」もまた、鍛冶と深いかかわりがあったという。 多くは猿面で一つ目、一本足で表象されるこの山神を出発点に、柳田國男や折口信夫の民俗学的手法や日本神話、時にはバビロニアのマルドゥク伝説からもヒントを得ながら、古代のはるか遠い祖先神をめぐるひとつの物語として中国の神話を大胆に復元し、さらにその後、儒教化によって神話が歴史へ、呪術が宗教へと変容するまでを描く。神話世界を冒険するかのようなスリリングな魅力に満ちた一冊。 (原本:『中国の神話――神々の誕生』筑摩書房、1971年) 第一章 異形の神像 第二章 瞽師の伝承――中国の語部 第三章 風の神の発見 第四章 鍛冶師と山の神 第五章 文化的英雄の誕生――三皇五帝 第六章 神話の世界の消失 第七章 乱――エピローグ あとがき 解説 蜂屋邦夫 -
漢詩の名句・名吟
漢詩は、平安時代から現代まで、多くの日本人の心をとらえてきた。その歴史・地理的な背景や、日本の漢詩受容を押さえて、丁寧に作品を読み解き、漢詩の豊かな抒情の世界に遊ぶ。奔放自在な「詩仙」李白、謹厳実直な「詩聖」杜甫、閑寂の自然詩人・王維など、珠玉の名作を読む醍醐味を味わいつつ、自由闊達に読むことをも可能にする最良の入門書。 [本書の内容] 序章 漢詩をどう読むか I 李白と酒 II 月の光 III 登楼・重陽 IV 杜甫の律詩 V 蘇州詩話 VI 閑寂・江南の春 VII 旅愁・シルクロード VIII 唐詩と日本人 -
自然科学の歴史
地質学者として大学の教壇に立った著者は、多くの学生が、高校の自然科学4教科、地学・物理学・化学・生物学のうちの二つくらいしか履修していないことに気付いた。しかし、自然科学のさまざまな分野を独立の学問として学ぶだけでは、その学問の意味を本当に理解することはできない。全体を見渡す「自然科学史」の視点から、個別のテーマが自然科学の発達史のなかでどんな位置にあるかを知ることが必要なのである。 本書は、この4分野をそれぞれ、宇宙・地球観の歴史、物質観の歴史、技術の歴史、生命観の歴史に区分し、人間と科学・技術の歴史として描き出す。 古代、どの文化圏でも、最初に生まれた科学は天文学と医学だった。古代ギリシアの自然哲学に始まったヨーロッパ科学は、中世にはアラビア人が伝統を受け継いで発展させ、シチリア島やスペインでそれらをヨーロッパに伝えた。一方、古代以来、中国の科学と技術はヨーロッパを凌いでいたが、中世末期に中国から伝来した技術を背景に、ヨーロッパにルネサンスと科学革命が起こる。やがて産業革命は蒸気機関と、さらに電気の時代を生み出していく。そして20世紀末に至り、人類は核エネルギー開発による放射能汚染と、遺伝子操作という「神の領域」に触れる難題を抱え込むようになったのである。『自然科学史入門』(1998年、東海大学出版会刊)を改題して文庫化。 目次 まえがき 序章 科学史概観 第一章 宇宙・地球観の歴史 1 古代自然哲学における天文学 2 ニュートンによる天体力学の完成 3 二〇世紀初期までの地球観 4 現代の宇宙論 5 二〇世紀後半の地球観 第二章 物質観の歴史 1 哲学的原子論と錬金術 2 科学革命と近代的原子論・分子論 3 有機物質の化学 4 物質の究極的構造の解明│現代物理学の誕生と発展 5 二〇世紀後半の合成有機化合物 第三章 技術の歴史 1 技術の起源と古代の技術 2 中世から近世初期の技術 3 産業革命と技術の近代化 4 電磁気学の発展とその応用 第四章 生命観の歴史 1 古代・中世の医学 2 生物学の近代化 3 産業革命後の生物学 あとがき 自然科学史年表 人名索引 -
徳政令 中世の法と慣習
永仁の徳政令――日本史上、飛びぬけて有名なこの法の本質を「「もとへもどる」という現象」と喝破し、躍動する13世紀の社会を深く鮮やかに描き出した不朽の名著、待望の文庫化! 日本人は「所有すること」をどのように捉えていたのか。サブスクリプション制やフリマアプリの登場によって、所有の概念がかつてないほど揺らいでいる今こそ読みたい、中世人の法と慣習を解き明かす一冊。(原本:岩波新書、1983年) 「今国家の債務を消すために、その他一切の債権債務を破棄する、つまり天下一同の徳政を実行すれば、日本経済は収拾のつかない混乱におちいるかもしれないし、意外にも大したことなくすぎてしまうかもしれない。いずれにせよ、少なくとも現時点ではそれが「夢のような話」にすぎないことはいうまでもない。 だが、中世社会ではそれは夢ではなかった。永仁徳政令B‐3条のように、あるいは室町幕府の徳政令がもっぱらそれを主張していたように、債権債務破棄の徳政令を発布するという現実的な道があったからである」(第一〇章「新しい中世法の誕生」より)。 日本の歴史のなかでも、単行法としてずば抜けて有名な法「永仁の徳政令」。永仁五(1297)年に出されたこの法は、21世紀の日本のみならず、制定された13世紀当時から有名な法であった。現在からは想像もつかないが、法の実在さえ法廷でまじめに争われた時代にあって、ある法の存在を同時代の人々が短時日のうちに共有したということ自体が、極めて異例のことであった。実際に、永仁の徳政令の立法からわずか二週間後には、この法に基づいた訴訟が起こされて、土地が返却されている。その後も、この法に基づいて多くの土地が売り主のもとに戻ることになった。 新幹線もSNSもない時代に、なぜこのようなことが可能だったのか。そしてなぜ徳政令は、現在もなお異色の有名法であり続けているのか。そもそも幕府自身は当初そう言っていなかったにもかかわらず、この法はなぜ「徳政」と呼ばれたのか。 永仁の徳政令にまつわる数々の謎を解き明かし、売買や贈与から浮かび上がる所有に対する意識や、「天下の大法」と呼ばれる社会規範の存在、幻の政治改革「弘安徳政」、さらにその背後にある合理主義的な政治的思潮の登場に至るまで、この不思議な法を軸に中世社会の本質に迫る。著者のエッセンスがふんだんに盛り込まれた日本中世社会史の金字塔! 【主な内容】 一 無名の法、有名の法 二 徳政令の出現 三 なぜ徳政なのか 四 天下の大法 五 贈与と譲与 六 消された法令 七 前代未聞の御徳政 八 人の煩い、国の利 九 徳政の思想 一〇 新しい中世法の誕生 あとがき 解 説(小瀬玄士) -
日本酒の世界
縄文時代中期のデンプン酒に始まり、農耕の神に捧げた弥生時代、 平安時代から熱燗を嗜み、戦国の世では酒で契りを交わし、江戸時代には新酒を求めて番船競争まで繰り広げる――。 古来、誕生から葬式まで、一生の儀礼にも欠かせないほど愛されてきた日本酒は、 いかに発生、発達してきたのか。 日本書紀や古事記など豊富な史料をもとに、時代ごとの「味」を調べあげ、 日々の暮らしと酒嗜みの変遷も考察。造り酒屋に生まれた発酵学の第一人者だからこそ書けた、日本酒大全! (内容の一部) 〇酒の肴の<肴>は、平安時代は衣類や武器のことだった!? 〇「ぐい呑み」は「ぐい!」と呑んでで、酒を喉ごしで味わうことから誕生した。この酒器でしずしずすすると、味の深さが半減する! 〇太平の世は辛口が流行り、乱世や不景気では甘口が流行るという論拠は? 〇酒宴の宴会は、神さまのご機嫌取りのために、滑稽な余興がうまれた! 〇酒の匂いを表現する語は70以上! などなど、史料に基づいた豆知識も豊富に収録。 目次 はじめに 第一章 日本の酒の誕生 第二章 神の酒から人の酒へ 一、神の酒、人の酒 二、風土記と万葉の酒 三、『延喜式』と朝廷の酒 第三章 日本酒の成長と成熟 一、僧坊の酒、酒屋の酒 二、元禄の酒、江戸の酒 三、近代日本酒の誕生 第四章 酒と社交と人生儀礼 第五章 酒商売ことはじめ 第六章 酒を競う 第七章 日本酒と器 第八章 日本酒、その嗜好の周辺 おわりに 学術文庫版あとがき *本書は1992年11月に中公選書より刊行された『日本酒ルネッサンス 民族の酒の浪漫を求めて』を改題、加筆修正したものです。 -
大乗仏教の誕生 「さとり」と「廻向」
人びとを救いのない業報の束縛から解放する、恩寵と救済の宗教――大乗仏教は、どのような思想的変転の中から出現したのだろうか。「さとり」と「廻向(えこう)」という大乗仏教のキーワードを軸に、その独自の論理を解明していく。 「マーヤー夫人の処女懐胎」と「マリアの受胎告知」など、ブッダとイエスをめぐる説話に驚くべき類似がいくつも見られるのはなぜだろうか。本書はまず、仏教とユダヤ教、キリスト教など、西アジアの諸宗教の影響関係を聖典文献学から探る。なかでも、ペルシアに栄えたゾロアスター教がメシア信仰や阿弥陀仏信仰、さらに大乗仏教の成立に与えた影響に着目する。 また、自分の積んだ善業の結果を「さとり」という超世間的なものに転換したり、自己の功徳を他人に振り向けたりする「転換の思想」すなわち「廻向」は、「業も果も本質的には空(くう)である」という「空の思想」に支えられている、という。そして、この阿弥陀仏信仰と「空の思想」を両輪として、大乗仏教は育まれたのである。 原始仏教と他宗教を比較する広い視野から、難解な思想を平易に説き明かす。巻末解説を、チベット学の今枝由郎氏が執筆。 『「さとり」と「廻向」――大乗仏教の成立』(講談社現代新書1983年刊、人文書院1997年刊)を改題して文庫化。 -
スウェーデンボルグ 科学から神秘世界へ
18世紀のスウェーデンが生んだ稀代の科学者にして神秘思想家、エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688-1772年)。この異才の存在こそが、カントに『視霊者の夢』(1766年)を書かせ、またバルザックをして『セラフィタ』(1834年)の執筆にむかわしめました。日本では、禅学の大家である鈴木大拙(1870-1966年)が紹介したことで知られています。 スウェーデンボルグは84年の生涯のうち、その半分を科学者として過ごします。11歳でウプサラ大学に入学したあと、イギリスやフランスに遊学して天文学や機械工学を学び、先駆的な航空機を含め多彩な発明品の設計図を残します。その後、スウェーデン国王カルル12世の知遇を得たことをきっかけに、王立鉱山局の監督官として59歳まで働くことになります。監督官として勤めるかたわら、地質学をはじめ数学、宇宙学、解剖学など多岐にわたる分野で精力的に執筆活動を続け、科学者として当時のヨーロッパに名を馳せますが、50代のときに大きな転機が訪れます。それが相次ぐ神秘体験でした。 スウェーデンボルグを科学者から神秘主義神学者へと変貌させた、神秘体験とは一体どのようなものだったのでしょうか。それはこの天才にとってどのような意味をもっていたのでしょうか。そして、彼が見た死後の世界とはどのようなものだったのでしょうか。科学から神秘世界へ、大きな飛躍があるように見え、ともすれば矛盾に満ちたものになりそうなその生涯は、実のところ極めて合理的な精神に貫かれていたのです。 2005年にユネスコの世界記憶遺産に認定された膨大な手稿も含め、スウェーデンボルグが遺した思考の軌跡を辿っていくと、そこにはこの思想家が持ち続けたたぐいまれな合理的思考の輝きと、ニュートンやカントをはじめとする当時の科学者や哲学者が、人間や魂、宇宙など世界の真理に迫るべく探求を重ねていた18世紀の時代精神が浮かび上がってきます。 日本ではいまだ知る人ぞ知る存在でありながら、ゲーテ、シェリング、ドストエフスキー、コナン・ドイル、エドガー・アラン・ポー、ボルヘスなど、綺羅星のごとき思想家や作家たちに影響を与え続けた巨人の生涯と思想の全貌を本書は活き活きと簡潔に描き出しています。ヨーロッパ思想の奥深さを知る、絶好の入門書です! -
出雲神話の誕生
記紀と『風土記』の記述の相違 神話に隠された秘密を明かす 記紀神話の3分の1以上を占める出雲神話。しかしその出典たる『出雲国風土記』には、記紀とは異なる舞台、神々の美しく雄大な詩が綴られていた。それらを抹殺し、出雲国を強大な国であるかのように仕立てあげた大和朝廷の策略とは、どのようなものだったのか。国引き説話や大神の麗しい物語が、支配者によってねじまげられ、被支配者たちに受け入れられていく過程を解き明かす。 出雲の弱小国がどういう理由で神代巻の3分の1も占めるとともに、それに基づいて起こった錯覚によって、1000年もの長い間、大和朝廷に対立する強大な出雲国を、われわれに想像させてきたのであろうか。まず読者のすべての方に申したいが、これまでの出雲観のすべてを完全に拭い去って、白紙の立場で新しく出雲を見直す心がまえを持っていただきたいと思う。――<本書より> -
科学史・科学哲学入門
私たちが生きている現代世界において、決定的な役割を果たしているのは、「西欧近代科学」であるといえるでしょう。しかし一方で「科学」は、時間的・空間的な規定を受けており、普遍的・絶対的ではないことを認識する必要があります。 本書では科学の起源を問い直します。ラテン語の《scientia(知識)》に淵源し、古代ギリシアに生まれた「自然現象を自然現象として認め、ある原理的な体系から、そうした個々の現象の説明を与える」という思惟構造が、西欧で独自の発展を遂げたものです。 キリスト教敵世界では、「神の意志」と「理性による世界支配」が、自然界と人間界両方の秩序の根幹であるとの考え方が」だんだんと支配的になります。そして中世ラテン世界は、十字軍を経て、アラビア文化圏から流入したギリシア・ローマの「科学」的遺産を吸収し、本格的な「西欧・近代・科学」へと発展していきました。その流れの中で、アニミズムの否定、自然の世俗化、それが進展しての実証主義が支配的になります。魔術から技術へという流れです。そして未来はつねに「進歩」をもたらすものでなければならないというドグマのようなものが支配的になったのです。 そしてこの科学の考え方が、私たちの思考法をどのように呪縛しているのかを、点検していきます。「観測の問題」「言語による外界の把握」「造られた科学」「《整合性》と《簡潔性》」などなど、実際の例を取り上げながらやさしく解説していきます。まさに「科学史」の入門書といえる一冊です。 【原本】 村上陽一郎『科学・哲学・宗教』(レグルス文庫)第三文明社 1977年刊 【目次】 I 科学・哲学・神学 1 科学を準備したもの 2 科学のなかのヴェクトル 3 科学の反省 4 未来への展望 キリスト教の自然観と科学 1 キリスト教と近代合理主義 2 キリスト教からの科学の「離脱」 3 現代への示唆 II 科学的知識と信仰との異同 植木屋の譬え話 自然科学での実際の話 誰が素粒子を見たか 「見える」ことが「存在する」ことか 「……を見る」と「……として見る」 「……として見る」の基礎構造 「ことば」による把握 「……を見る」ことと「……を存在させる」こと 科学は何によって造られるか 自然科学的理論の「流行」 簡潔性と整合性 価値の世界との「整合性」 「心」の私秘姓 「こころ」の存在 こころと素粒子 自分の「こころ」と他人 人間の「こころ」の特殊性 こころの普遍化への二つの方法 あとがき 学術文庫版あとがき -
物理学の原理と法則 科学の基礎から「自然の論理」へ
■世界の真理は、単純明快! てこの原理からE=mc2、量子力学まで全部わかる!■ 中学校理科から量子力学まで物理学全体を見渡し、歴史のエピソードや文学作品を引きながら「基本の基本」をわかりやすく伝授。さらに、人間の思考は自然の論理をどこまで捉えられるのか、という根源的問いにまで誘う。宇宙物理学の先端で研究に取り組み、科学とは何かを深く問い続けてきた名手が放つ、画期的入門テキストにして深遠なメッセージ。 「文系のための物理学入門」の決定版! □単純、簡明、統一、原理主義□ 物理学者は、多様で複雑に見える自然だが、真理は意外に単純明快であり、論理を忠実にたどっていけば必ず真理に到達できると信じている。アインシュタインが述べたように、「神は老獪だが、意地悪ではない」のである。そのための自然を解剖していく手法は、本書に書いたような原理・法則・原則に則っている。どのような建築物もレンガ一つひとつの積み重ねから成り立っているように、壮大な物理学の成果も、最も基本的な原理の上に構築されているのである。―本書より (本書は2011年にPHPサイエンス・ワールド新書より刊行された『物理学の原理と法則』を大幅に改稿・加筆し文庫化したものです) -
食はイスタンブルにあり 君府名物考
かつて500年に亘り、栄華を極めたオスマン帝国。 東洋と西洋、イスラムとキリスト教という文明と宗教の交差が生み出した 大首都・イスタンブルで、当時、人々はなにを食べ、どんな暮らしをしていたのか? 1500坪の台所で260余名のコックが、年に600万円予算で贅を尽くしたトプカプ宮殿の献立。 食事が足りないと鍋を投げて暴動を起こした、屈強たるイエニチェリ軍団の食い意地。 施しこそ敬虔な信仰の証、と貧者への給食すら豊かだったこの帝国を、 当時の料理書や、市場で売られた食材物価表までたどって、細やかに検証。 オスマン帝国の興亡を「食」で大胆に考察する。 目次 巻ノ一 古都は食をはぐくむ 巻ノ二 遊牧の遺産 巻ノ三 ケバブのみがトルコ料理にあらず 巻ノ四 イスタンブルの市場めぐり 巻ノ五 君府料理尽し 巻ノ六 貧者の給食 巻ノ七 トプカプ宮殿の台所 巻ノ八 スルタンの食卓 巻ノ九 祝祭の饗宴 巻ノ十 「土」風から「洋」風へ 学術文庫版あとがき 今でも、トルコ語で「大鍋を覆す」といえば反乱を起こすことを指すが、事態がそこまでいかなくとも、俸給支払いの日のスープをイェニチェリたちが飲むのを拒むとなれば、帝都の騒擾につながりかねず、下手をすれば当面の政権の担当者たる大宰相の首が文字通り飛んでしまう。トプカプ宮殿の中庭でのイェニチェリへのスープの振舞いは、(略)、一大国事でもあった――― 巻ノ八 スルタンの食卓より 本書の原本は、1995年、NTT出版より刊行されました。 -
武士の町 大坂
江戸時代の大坂と言えば「天下の台所」、つまりは町人の都というイメージが強いだろう。司馬遼太郎は、幕府直轄の武士はわずか二百人と述べている。しかし、江戸時代のはじめからおわりまで、一貫して大坂は「武士の町」だったのだ! 大坂に武士はほんとうは何人いたのか? 武士たちはどうやって大坂の生活を楽しんでいたのか? 大坂城はどんな構造だったのか? 奉行所では何が行われていたのか? 大塩平八郎はなぜ決起したのか? なぜ「大坂は町人の町」という言説が生まれたのか? 「武鑑」や、大坂町奉行所の絵図面、代官たちの日記、幕府にのこされた数々の文書など、数多くの史料を駆使して、大坂という町で、いかに武士が生き、歴史を動かしていたのかに光をあてる快心作。 -
ルイ・ボナパルトのブリュメール18日
本書は、ジャーナリストとしてのカール・マルクス(1818-83年)が執筆した代表作、待望の新訳です。書名にあるルイ・ボナパルト(1808-73年)は、よく知られているとおり、ナポレオン1世の甥にあたります。1836年に武装蜂起を起こしたものの失敗して国外追放処分を受けたルイは、4年後にもクーデタを試みて失敗、終身禁固の刑を宣告されました。6年後の1846年に脱獄してイギリスに亡命しましたが、そこに勃発したのがヨーロッパ全土を巻き込む1848年の革命でした。 急遽フランスに帰国したルイは、同年9月には憲法制定議会の議員に選出され、貧困層のあいだに根強く残るナポレオン崇拝を利用して、12月には大統領選挙で勝利します。そうして、3年後の1851年12月2日にはクーデタを起こし、反対派の議員を逮捕して議会を解散、国民投票で圧倒的な支持を得ると、ついに翌1852年12月には皇帝に即位し、ナポレオン3世(在位1852-70年)として第二帝政を開始することになるのです。 本書は、この過程をジャーナリストとしてつぶさに見ていたマルクスが、1848年の革命から1851年のクーデタに至る歴史を追いながら、何が起きたのか、なぜナポレオンは次々にみずからの野望を実現することができたのかを分析したもので、ルイが皇帝になった1852年に雑誌で発表されました。ここに見られるのは、巧みに民意を利用して選挙に大勝し、政治と憲法をほしいままにしていくプロセスにほかなりません。同じ光景は、それから150年以上を経た今日、さまざまな国で再現されているものだと言えるでしょう。 ――こうした背景を踏まえつつ、数多くの巧みな翻訳を送り出してきた訳者が「慣れない畑」にもかかわらず育て上げた豊かな果実が、この新しい翻訳です。底本は、1869年にハンブルクで単行本として出版された改訂第2版を用いました。 本書の日本語訳としては岩波文庫(1954年)と平凡社ライブラリー(2008年)のものが広く親しまれてきましたが、第2版の翻訳である前者はいかんせん古いと言わざるをえず、後者は新しいものの第1版の翻訳で、必ずしも一般的とは言えません。そのような状況が長らく続いてきた中、練達の訳者による第2版の新訳、たくさんの人たちのニーズに応える、まさに待望の1冊になることでしょう。 [本書の内容] 政治党派一覧 関連年表 はじめに ルイ・ボナパルトのブリュメール18日 訳者あとがき -
トマス・アクィナス『神学大全』
「挑戦の書」として『神学大全(スンマ)』を読む! 「スコラ学の代表的神学者」が書きあらわした、邦訳にして45冊に上る大著。 そのような物々しさに惑わされず、「ひとりの修道者としてのトマス」による「一冊の書物」として『大全』を読む。 すると、アクチュアルな探究者としてのトマスの姿が浮かび上がり、 彼から現代に生きる私たちへのメッセージが聞き取れる。 神とは何か。 創造とは、悪とは、そして人間の幸福とは? キリスト教の根源にトマスはいかに挑んだか。 斯界の第一人者が、やさしく、そして誠実に、核心を読み解く。 【本書より】 トマスの言う「神学」はその全体が知恵の探究であり、そして知恵のみがわれわれに人間の幸福をあきらかにしてくれるのですから、知恵の探究はそのまま真実の幸福への道を切り開く営みにほかなりません。言いかえると『神学大全』における知恵の探究は、トマスという一人の人間が、人間であることを学び、人間であることの完全な実現―それが「幸福」の意味です―をめざして行ったパーソナルな探究の記録であり、キリスト信者であろうとなかろうと、人間であることを真剣に受けとめる者にとってはけっして無縁な書物ではないと思うのです。 【本書の内容】 はじめに―『神学大全』をどう読むか 第一章 挑戦の書としての『神学大全』 第二章 神の問題―「五つの道」の意味 第三章 「交わり・即・存在」―人格[ペルソナ]のパラドックス 第四章 創造と宇宙論 第五章 「悪」の問題 第六章 すべての人が幸福を欲しているか? 第七章 トマスの政治哲学―「共通善」の復権 おわりに―「トマス主義者」ではないトマス ※本書は2009年に講談社選書メチエより刊行された同名書の文庫化です。 -
執権 北条氏と鎌倉幕府
北条氏はなぜ将軍にならなかったのか。なぜ鎌倉武士たちはあれほどに抗争を繰り返したのか。執権政治、得宗専制を成立せしめた論理と政治構造とは。承久の乱を制し、執権への権力集中を成し遂げた義時と、蒙古侵略による危機の中、得宗による独裁体制を築いた時宗。この二人を軸にして、これまでになく明快に鎌倉幕府の政治史を見通す画期的論考!【本書より】・鎌倉北条氏は、そもそもどのような家であったのか。・「得宗」とは、いったいどういう意味なのか。・これは事実自体がほとんど知られていないが、鎌倉将軍には実は四人目の源氏将軍が存在した。第七代将軍源惟康がその人である。鎌倉幕府が空前の強敵蒙古帝国と対峙したこの時期、なぜ鎌倉幕府は源氏の将軍を戴いていたのであろうか。―これらの問題を追究するためには、どのような方法が有効なのであろうか。まず、鎌倉幕府の通史や北条氏歴代の伝記を書くつもりはない。なぜならば、この本は北条氏という「一族の物語」ではなく、「一族の物語」の底を流れる「基調低音」を書くことが目的だと思うからである。表面的に幕府や北条氏の歴史をなぞっても、我々が求める答には辿り着けないはずである。そこで私は鎌倉北条氏歴代のなかからキー・マンとして二人の「執権」を選んだ。承久の乱で仲恭天皇を廃位し後鳥羽・土御門・順徳の三上皇を配流(流刑)した「究極の朝敵」、第二代執権北条義時と、蒙古帝国の侵略を撃退した「救国の英雄」第八代執権、北条時宗である。世間一般の評価に極端な隔りのあるこの高祖父(ひいひいおじいさん)と玄孫(ひいひいまご)の人生に注目することにより、答に迫りたいと考える。この試みが成功し、見事、解答に至れるかどうかは、わからない。「とりあえず付き合ってやるか?」と思った読者と共に旅に出るとしよう。【本書の内容】はじめに―素朴な疑問 第一章 北条氏という家 二章 江間小四郎義時の軌跡―伝説が意味するもの 第三章 相模太郎時宗の自画像―内戦が意味するもの 第四章 辺境の独裁者―四人目の源氏将軍が意味するもの 第五章 カリスマ去って後 おわりに―胎蔵せしもの -
金魚と日本人
1502年(文亀2年)、室町時代中期に中国から初上陸。元禄江戸で大ブームを起こして以来、金魚は日本人に愛され続けてきました。しかし、いったいなぜ、欧米ではさほど流行らなかった金魚が、本家・中国をしのぐ勢いで、日本では深く広く浸透したのでしょうか。そもそも日本の金魚のルーツはどこにあるのか。当時の日本社会は、金魚をどう受け止めたのか・・・・・・。金魚の飼い方や品種の解説ではなく、金魚と日本人の500年の歴史を、豊富な史料から検証。日本人の自然観や社会観を、金魚を通して考察します。本書の原本は、一九九七年に三一書房より刊行されました。 -
ビールの教科書
麦芽やホップの役割とは? エールにラガー、ピルスナー。ドイツにチェコ、ベルギー、日本……それぞれどこが違う? 「生ビール」は何が「生」か? 「キレ」「コク」の正体は? そして何より、おいしく飲むためには――。自ら醸造会社を率いていた著者が、「一回きりのビール人生を楽しんでもらいたい」と起源、歴史、製法、見分け方、飲み方を余すところなく指南。この一杯のために生きている人すべてに捧げます。 -
楊貴妃 大唐帝国の栄華と滅亡
唐6代目皇帝、玄宗(712-756年)。名君と呼ばれ、100万人国家を築いた56歳のとき、22歳の楊玉環(のちの楊貴妃)と出会う――。唐王朝の権力闘争、玄宗による華麗なる「開元の治」、安史の乱、国家転覆までの100余年を、『旧唐書(くとうじょ)』『新唐書』『開元天宝遺事』『唐会要』といった文献や、白居易、杜甫の詩歌など豊富な原資料や図版から、詳細なエピソードを採取、検証。平安時代より清少納言、紫式部をも魅了した"世界三大美女"の生涯を、唐の歴史とともに読み解く!*本書の原本は、一九九七年、中公新書より『楊貴妃 大唐帝国の栄華と暗転』の書名で刊行されました。目次 はじめに 第一章 玄宗とその時代 玄宗登場/花は舞う長安の春 第二章 玉環から楊太真へ 鉄牛につながれた橋/女の闘いの渦/女道士楊太真となる 第三章 楊貴妃の栄華 三千の寵愛一身にあり/楊氏六家の栄え/宮中の行楽 第四章 天下大乱 安禄山反す/李林甫と楊国忠/滝関の攻防 第五章 玄宗蜀幸 馬嵬事変/国破レテ山河アリ/安史の乱の背景 第六章 長恨歌の世界 玄宗の晩年/比翼連理の誓い 第七章 余聞・遺事 楊貴妃の最期/日本渡来伝説/宦官高力士/『梅妃伝』をめぐって/画題となった玄宗・楊貴妃 第八章 楊貴妃と文学 楊貴妃と中国文学/楊貴妃と日本文学玄宗・楊貴妃略年表 -
恐竜の骨をよむ 古脊椎動物学の世界
太古の地上を闊歩した恐竜たち。近年の発見や研究の飛躍的な進捗は、従来の恐竜像を次々と書き換えている。地中から発掘されるバラバラの骨から、見る者を圧倒する巨大な骨格はどのようにして復元され、生時の姿を推定することが可能になるのか。本書は、比較解剖学、機能形態学を駆使して現生の脊椎動物類と比較検証し、恐竜の運動能力や生活のさまを明らかにする。最新の知見にもとづき、「復元」の視点から描き出す恐竜の実像。 -
最暗黒の東京
明治中期の下層民の生活を克明に記録したルポルタージュ。徳富蘇峰の「国民新聞」に連載され、明治26年11月に民友社より刊行された。文明開化に沸き、日清戦争を目前にして「一等国」入りしつつあった明治日本の帝都には、すでに都市開発と経済成長に取り残された「貧民窟」がいくつも形成されていた。「東京論」の一つの視座として、また、現代の「格差社会」を考えるためにも必読の書。巻末解説を坪内祐三氏が執筆。(講談社学術文庫) -
逸楽と飽食の古代ローマ 『トリマルキオの饗宴』を読む
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 『トリマルキオの饗宴』は、古代ローマが生んだ風刺小説の金字塔『サテュリコン』の最も有名な場面である。そこに描かれた山海の珍味と美酒、かしずく少年奴隷たち、黄金の腕輪と銀の尿瓶……解放奴隷の成金富豪が催す饗宴の一部始終を解読。厖大な文献、考古・美術資料を駆使して、繁栄を謳歌するネロ帝時代の社会と、人々の人生観を再構築する。(講談社学術文庫)