みすず書房で現代史の史料編纂に携わってきた著者が二・二六事件について前史から収束までをまとめた作品。
事件を起こした青年将校たちの手記や省部・参謀本部の日記などを通して事件の周辺人物が局面ごとに何を考えていたのかを丹念に追っている。
また昭和初期の陸軍内の派閥争いや青年将校が「昭和維新」を求めた心情
...続きを読む的背景を描き出し、
単なる「皇道派のクーデター」という歴史的事件としてだけではなく当時の軍人のあり方といったものが伝わってくる。
特に自分たちの部下とともに死地へ赴くという軍隊特有の苦悩からの救いを求めて天皇への信仰が隊付将校の中で深まっていくという分析や
軍隊の擬似家族的な構造の中で陸軍の若きエリートたちが「昭和維新」へ傾いていく思考の解明は、手記や生存者への聞き取りと史料にはないナマの声の収集を丹念に行ったからこそ生まれる知見である。
一方で関係人物の評価についてはかなりの先入観があるように感じられる。
真崎甚三郎に対する記述はかなり辛辣である。
いまではほぼ否定されている「真崎黒幕説」を中心に事件の深層に迫っているが、論証はかなり勇み足な部分もある。
また法律論争や正規の手続きといったものを嫌い、粗末なプロットしか用意できていない段階で性急に武力クーデターをおこなった
青年将校については「純粋な思い」ゆえに真崎に騙された日のような記述が多い。
著者の感情がこもりにこもっている研究書であり、局面や人間に対する評価については割り引いて読む必要があるかと思う。
それでも著者によって整理された各人の手記の内容を追っていくだけでもかなり楽しめる。