戦記(ノンフィクション)ランキング(月間)
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1位カラ・クム砂漠の戦場からホラズム軍が離脱する。チンギス・カンは、スブタイとジェベ、バラ・チェルビの三人の将軍にその追討を命じた。ホラズム国の帝は西へと退却しながらも、モンゴル軍との戦を継続する。スブタイらは敵の誘いに乗ることを決断した。一方、ホラズム国の皇子ジャラールッディーンは、南の地で二万騎の指揮を任された。モンゴル国の将軍シギ・クトクがその討伐に向かう。皇子は原野に本営を置き、ジャムカの息子マルガーシもそこにいた。皇子が初めて大軍を率いてモンゴル軍との戦いに挑む。大国との戦いがついに最終局面をむかえる、好評第16巻!
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2位1793年のトゥーロン包囲戦から1815年のワーテルローまでのナポレオン自身が参加した会戦を戦略・戦術的に分析した、現在に至るまでナポレオン戦争について書かれた最も体系的・網羅的な書籍で、まさにナポレオン戦争の「バイブル」として名高い世界的名著『The Campaigns of Napoleon』。待望の翻訳復刊! 巻末の付録には主要会戦の各国の戦闘序列や、グランド・アルメ(大陸軍)の時期別の編制表、用語解説などが収録されており、史資料としても重要。また軍事面だけではなく、革命期から帝政期にいたる政治外交面についても詳述しており、この時代についての通史としても価値ある書籍となっている。 ※下巻には半島戦争からワーテルロー、訳者あとがき、補論、参考文献、索引、付録を収録。 ◆本書は2002年に信山社から翻訳刊行された『ナポレオン戦争 欧州大戦と近代の原点』(全5巻)を翻訳の見直しと図版の修正を加えて全2巻(上・下)に再構成したものである。
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3位2009年夏の刊行開始から10年、この11巻をもって『[証言録]海軍反省会』は完結である。最終11巻には113回から131回までの録音が残された17回分を収録した。統帥権問題、特攻、5・15事件などの論議の後、丁度、「文藝春秋」が平成2年12月号に掲載した、「昭和天皇独白録」が話題を呼んだことから、反省会のメンバーも大いに興味を抱き、3回にわたってその真偽を含めた厳密な論議を展開している。また、巻末には、全巻の総目次を掲載した。残された400時間分にわたる録音の活字化は、多くの回に裏方として参加し、発言者の声を聞き分けられる唯一の人物である編者なくしては成らなかった。貴重な記録が残された記念すべき一冊である。
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4位ヒトラーの破壊命令によってパリに危機が迫っていた。抵抗運動は勢いを増し、市街で激しい戦闘が繰り広げられた。自由フランス軍を率いるドゴールは、連合軍とともに一路パリ入城を目指す。作家ヘミングウェイは従軍記者団に加わり、解放の瞬間に立ち会うべくパリに向かう。砲弾が飛び交う文化の都は、戦火の荒波に翻弄されて――膨大なインタビューや資料をもとに、世紀のドラマを再現したベストセラー。
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5位『源田の剣』と並ぶ戦記の“幻の名著”『伊400と春嵐 全記録』が、その後の調査による大幅な加筆訂正を加え、約10年の歳月を経て「改訂増補版」として判型も新たに蘇る。3DCGによる伊四〇〇の口絵付き。
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6位米軍には理解できなかった日本軍の最後の一兵の戦い! ニミッツが後悔した「上陸戦史上の最高の1万人を超える死傷者数」この島を占領したのは疑問である! 米軍公刊戦史に『ペリリュー島日本守備隊は祖国のために全員忠実に戦死せり』と感銘をもって記された凄絶な日米攻防戦の全貌││四万四千の兵隊と数百両の戦闘車両を投じた米軍に対し、一万余の日本兵は知略闘魂の限りを尽くして出血を強いた。最後の一兵に至るまで勇戦した知られざるペリリュー洞窟戦を描く。〈解説/宮永忠将〉
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8位「俺たちが北東アジアの平和のために、大陸に渡り、多くの犠牲者を出し、満州地方で暮らしている人たちと共に創造した美しい満州国は、国連から認められる五族共和制国家にするべきであったのだ」(本文抜粋)。幻となった「満州共和国」。青年の高き志は日本に利用された! 亡父の体験談をもとに、傀儡国家「満州帝国」へ突き進む様を緻密に描き上げた戦記文学。
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9位活動写真の弁士を皮切りに、子役時代の高峰秀子らと映画で共演するなど昭和を代表する芸能人であり、文筆家としても知られた著者が、真珠湾攻撃から東京大空襲にいたる約三年半の日々を克明に綴った記録。終戦までの四ヵ月を収録した既刊『夢声戦争日記 抄 敗戦の記』の姉妹篇。 〈解説〉濱田研吾
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10位【ご注意】※お使いの端末によっては、一部読みづらい場合がございます。お手持ちの端末で立ち読みファイルをご確認いただくことをお勧めします。 ヨーロッパに展開された壮大、複雑、そして過酷な第二次大戦のすべてを、精緻に描き出す歴史大巨編。第15巻ではついに迎えたナチス崩壊と終局の日々の詳細な全貌を。 ※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字サイズだけを拡大・縮小することはできませんので、予めご了承ください。 試し読みファイルにより、ご購入前にお手持ちの端末での表示をご確認ください。
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11位徳川家の譜代として、主君を裏切ることなく代々奉公してきた大久保家。その家筋を誇り、子々孫々に至るまで忠勤にはげむことを説いた『三河物語』は、松平郷に興り家康に至るまでの徳川家九代の歴史を今に伝える重要古典である。著者の大久保忠教、通称彦左衛門は、歴史上名高い長篠の戦い(1575)や関ヶ原の戦い(1600)、そして自ら参戦した上田城攻め(1585)などの様子を生き生きと描写し、ときには「天下のご意見番」として、主君への憤懣をも隠さない。当時の俗語で書かれた難解な原文を、読みやすい現代語訳で送る。
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12位一見、関わりなど無いように思える「発酵」と「戦争」。 しかし太平洋戦争末期からの食糧欠乏期、国民全体が発酵食品にいかに救われたか、 また食糧のみならず爆薬・燃料・薬品をもつくる驚異のパワーを、 古今東西の豊富な事例で紹介。その幅広さには、「発酵」の豊かさと 無駄のない強靭さ、無限の可能性が感じられる。 【目次】 第一章 戦争と発酵食品 納豆/味噌/醤油/食酢/漬物/食パン/鰹節/チーズ/甘酒/チョコレート/紅茶/缶詰/軍隊調理法 第二章 戦時下の酒 日本酒/焼酎/泡盛/ビール/ワイン/ウイスキー/酒保/密造酒 第三章 戦争と知られざる発酵 小便から発酵で爆薬をつくる/発酵で爆薬ニトログリセリンを生産/芋を発酵させて爆撃機の燃料をつくる/傷病兵のための抗生物質の発酵生産/海藻を発酵させて軍需用品の沃素をつくる/戦争と堆肥/戦争と柿渋 第四章ウクライナとロシアの発酵嗜好品 ウクライナとロシアの伝統発酵料理/ウクライナのワイン/ロシアのワイン/ジョージアのワイン
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13位1941年6月22日、ドイツ軍はソ連に電撃侵攻を開始! スターリングラードを始めソ連各地で泥沼の戦いが繰り広げられた。ヒトラーとスターリンの思惑が絡み合う独ソ戦を、多くの資料を読み解いた著者が、わかりやすく詳細に解説する。
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14位21世紀の日本人は「あの戦争」から何を学ぶべきなのか? 書籍の刊行から10年を経て、いまも読み継がれる名著、待望の電子化! 対米戦争の目的は何だったのか? 陸軍エリートはどこで間違えたのか? 特攻、玉砕、戦艦大和……開戦から敗戦までの疑問を徹底的に掘り下げ、20世紀日本最大の失敗を最高のメンバーが論じた。その議論は戦略論、組織論、日本人論、エリート論など広範囲にわたり、戦後70年を過ぎたいまなお、輝きを失わない。 議論された人物、歴史的な出来事などに詳しい注がついているので、近現代史の入門書としても最適。 【目次】 <第一部>座談会 あの戦争になぜ負けたのか 1.対米戦争の目的は何だったのか 2.ヒトラーとの同盟は昭和史の謎 3.開明派・海軍が持つ致命的欠点 4.陸軍エリートはどこで間違えた 5.大元帥陛下・昭和天皇の孤独 6.新聞も国民も戦争に熱狂した 7.真珠湾の罠 大戦略なき戦い 8.特攻、玉砕、零戦、戦艦大和 <第二部>あの戦争に思うこと ●空しかった首脳会議(半藤一利) ●八月九日の最高戦争指導会議(保阪正康) ●私の太平洋戦争観(中西輝政) ●果たされなかった死者との約束(戸高一成) ●戦わなかった戦争から学ぶということ(福田和也) ●戦争を決意させたもの(加藤陽子)
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15位山本五十六戦死後に連合艦隊司令長官をつとめ、最後の軍令部総長として戦艦大和の水上特攻など断末魔の帝国海軍の各作戦を命令した海軍大将が語った貴重な記録。そこに描かれた海軍内部の生々しいやりとりから見えてくる「海軍の失敗の本質」とは何か。
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16位第二次大戦中、空爆を行った米軍搭乗員の処刑を命令した容疑で、B級戦犯として起訴された東海軍司令官・岡田資中将は、軍事法廷で戦う決意をする。米軍の残虐な無差別爆撃を立証し、部下の命を救い、東海軍の最後の名誉を守るために。司令官として、たった一人で戦い抜いて死んだ岡田中将の最後の記録。『レイテ戦記』を書き終え、戦争の総体を知った大岡昇平が、地道な取材を経て書き上げた渾身の裁判ノンフィクション。
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17位「勇猛果敢の眞実」ともいふべきものの自己証明の文学--と、三島由紀夫氏が絶賛したアンガウル玉砕島兵士の証言。 二十倍にものぼる圧倒的な米軍との四十日間におよんだ〝鉄と肉体〟の凄惨なる戦いを赤裸々に描き、南海の島に斃れた千百余名の戦友たちの〝声なき叫び〟をつたえる感動のノンフィクション戦記。
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18位B-29を一夜で5機撃墜! 海軍航空の最高撃墜記録を達成──昭和20年5月、首都上空。夜間戦闘機「月光」単機で空前絶後の戦果をあげた予備士官搭乗員の熾烈なる戦い。
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19位昭和十五年十一月二十五日朝、元老西園寺公望死去を報じる新聞には、野村吉三郎海軍大将の「超大型」駐米大使就任の記事が載った。その朝、引き揚げ日本人客を乗せアメリカから横浜に帰港した新田丸から、二人の米国人神父が上陸する。出迎えたのは予備役海軍少将山本信次郎だった……。対日輸出禁止、渡航制限など、最悪の時期を迎えた日米関係を打開すべく水面下ではさまざまな動きが進むが、現実に進行したのは、相互理解の拒否、善意の拒絶、強圧と屈服要求だった。
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20位インド洋を横切り、アフリカ大陸を回りこんで大西洋を北上する3万キロの隠密行! 第二次大戦中、五回に渡って行われた遣独潜水艦作戦の全貌を描いた著者最後の戦史小説 太平洋戦争勃発後、連合国側に陸路・海路を封鎖され、日本と同盟国ドイツとの連絡は途絶した。この苦境を打破するため、海軍は潜水艦を単独でドイツに派遣する“遣独潜水艦作戦”を敢行した。 マラッカ海峡を抜けてインド洋を横断し、アフリカ大陸を南下、喜望峰を回りドイツ占領下フランスの大西洋岸の港まで、はるか3万キロを連合国側の厳重な対潜哨戒網をかいくぐって往復するという、過酷極まりない作戦。 伊30、伊8、伊34、伊29、伊52。五次に渡る作戦の中で、無事に日本に帰還したのは第二次の伊8一隻に過ぎなかった。 「文藝春秋」連載中から大きな反響を呼び文藝春秋読者賞を受賞。そして本作が著者最後の戦史小説となった。 解説・半藤一利
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22位1巻 660円 (税込)【WedgeONLINE PREMIUM】 終わらなかった戦争 サハリン、日ソ戦争が 戦後の日本に残したこと“ 1945年8月15日。終戦記念日として知られるこの日に、終わらなかった戦争があった――。樺太(現ロシア・サハリン)での地上戦、日ソ戦争である。 「沖縄が〝唯一〟の地上戦」と言われるが、北海道のさらに北、日本領「南樺太」でも地上戦があったことは広く知られていない。 8月9日以降、ソ連軍は、日ソ中立条約を一方的に破棄し、侵攻。8月15日を経てもなお、戦闘は終わらなかった。この間、多くの人が亡くなり、沖縄戦同様、死の逃避行や集団自決もあった。長らくサハリンに残留を余儀なくされ、ソ連崩壊後にようやく日本に帰ることができた人もいた。 終わらなかった戦争は戦後の日本に何を残したのか。また、現代においても、様々な困難が立ちはだかる日本とロシアの関係はどうなっていくのか。 未来を切り拓くために過去の悲劇を学ぶとともに、歴史の忘却に抗いたい。 この記事は月刊誌『Wedge』2025年8月号「終わらなかった戦争 サハリン、日ソ戦争が 戦後の日本に残したこと」の電子版です。 REPORTAGE サハリンと向き合う街・稚内 平和を希求する人々の想い(編集部) MAP 樺太・千島列島の国境変遷の歴史(編集部) PART 1 南樺太、千島列島での戦闘から現代日本が得られる教訓(麻田雅文 成城大学法学部 教授) INTERVIEW 「戦争」は人ではなく国の戦い 南樺太からの引き揚げ体験(重延 浩 テレビマンユニオン 会長) Part 2 異国で生きた日本人 シベリア民間人抑留者の声なき声(石村博子 ノンフィクションライター) Part 3 帰国支援は私の〝責務〟 人生を変えたサハリンとの出会い(斎藤弘美 日本サハリン協会 会長) COLUMN 1 家族が離れていても海を越えつなぐ交流 COLUMN 2 「なぜロシア出身?」次の世代でも交流を 現代編 1 国境 BORDER 国境を越える人々の「匂い」と「記憶」 それぞれの〝命がけの旅路〟(村山祐介 ジャーナリスト) 現代編 2 教育 EDUCATION ドイツが続ける「歴史との対決」と極右政党躍進という試練(熊谷 徹 ジャーナリスト) 現代編 3 対話 DIALOGUE 「残留孤児」を育てた中国 未来の日中関係に必要な視点(富坂 聰 ジャーナリスト) Part 4 安保戦略のアップグレードで「オホーツク核要塞」に対峙を(小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター 准教授) Part 5 日本に必要な「多元的視点」 ロシアとどう向き合うべきか(加藤 学 国際協力銀行 エネルギー・ソリューション部長) Interview2 子ども時代を〝置き去り〟に 若者が孤独感を強める理由 萩原建次郎 駒澤大学総合教育研究部 教授 Part 5 居場所のない女の子たちを「自業自得」だけで片付けないで 編集部 Part 6 「一億総生きづらさ時代」に一筋の光はあるのか? 菅野久美子 ノンフィクション作家
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23位戦争は、何も知らない子どもの心まで深く傷つける。私たちはそのことを身に染みて知っている最後の世代だ。だからこそ、私たちの戦争体験を、しっかりと語っておきたいと思う。――黒柳徹子黒柳さんも僕も、小学生時代はまるまる戦争と重なる。意味がよくわからぬまま「玉音放送」を聞いたことや、戦争が大嫌いという点もいっしょである。――田原総一朗ふたりが語る戦争体験と平和への願い。
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24位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 戦争を生き抜いた著者がつづる生と死の物語 戦記ドキュメンタリー完全復刻! 昭和19年、南太平洋ニューブリテン島中部、部隊は壊滅的打撃を受けたものの、ひとり生き延び、仲間の鈴木と合流することに成功する。そして断崖を通り抜け道なき道を進み、敗走を続けた。敵に追われ、飢えや渇き、暑さに苦しみながらも九死に一生を得た著者が綴る、生と死の物語。戦記漫画の傑作を6編収録。
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25位沖縄本島に無数あるガマ(壕)。戦後、その洞窟で遺骨を掘り続けている人々がいます。そこからは、学用品や日用品も掘り出されます。それは、アメリカ兵から身を隠して暮らし、爆弾や毒ガスを投げ込まれて息絶えた人々の存在を、いまに伝える痕跡なのです。そのなかから、「すずり」「目覚まし時計」「アルバム」をめぐる現在と過去の物語を描きます。モノたちから浮かび上がるのは、最期の瞬間まで人間であろうとした命の証です。
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26位1982年9月、著者は戦後三十七年にして初めて現地を訪れ、“悪魔の部隊”の痕跡を辿った。日本陸軍が生んだ世界最大規模の細菌戦部隊の本拠地「平房」に生々しく残っていた悪魔の爪痕!!マルタは本当に全員殺されていたのか? その遺族は? 特設監獄のあとはどうなったのか?第一部、第二部が加害者の証言の上に成っているのに対し、本書は徹底した現地取材に基づく被害者の側からの衝撃の告発の書である。
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27位1941年12月8日、真珠湾攻撃に参加し、1945年8月18日の日本海軍最後の空戦まで戦い抜いた歴戦の搭乗員は、その日、まだ25歳だった。戦死率8割という消耗戦を生き残った若者たちは、あの戦いの最中に何を思い、戦後の混乱のなかでどのように生き抜いていったのか。150人以上の搭乗員たちにインタビューしたジャーナリストによる、平成の若者の祖父たちの激闘と苦闘の記録である。
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28位本書には士官や下士官兵が体験した「武蔵」の艦内生活や苛烈だった戦闘の実相が余すところなく描かれている。 投稿者は「正」が八十九名、「続」が百二十六名の合計二百十五名で、中には母親や妻子、兄弟たち三十二名による追悼文も含まれている。一隻の軍艦に関してこれほど多くの人たちの原稿が編まれた手記集は、海外は知らず日本には存在しないだろう。 話題は昭和十九年十月二十四日に生起した対空戦闘、その後のフィリピン方面の陸上戦、輸送船「さんとす丸」の遭難のほかにも、「武蔵」の各分隊と戦闘配置、親と子や兄弟のこと、海軍入隊前の思い出や戦後の生活、「武蔵会」設立の事情などが語られている。中でも特筆すべきは、「武蔵」の沈没地点であるフィリピン・シブヤン海への慰霊の旅を回想した文章である。そこには夫や親を喪った遺族の想いが切々と綴られ、読む人の胸に切々と迫るものがある。 二百十五名が想いの丈を籠めて綴った正続二巻の復刻版『嗚呼 戦艦武蔵』と『続!! 嗚呼 戦艦武蔵』が、「武蔵」戦没者の魂を慰めるとともに、未来永劫に日本人の精神を伝え続けてくれることを願ってやまない。 ――軍艦武蔵会顧問 手塚正己(編纂者)
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29位戦火の時代に青春を迎え祖国のため、父母のため、愛する人のため学窓から海軍に身を投じ、懊悩相剋の果て特攻に殉じた若き学徒兵の魂の絶唱!戦没学生の墓碑銘。
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30位井上成美が統率した日米、世紀の海空戦! 史上初めての空母対空母の決戦「珊瑚海海戦」の5日間の攻防。人間井上の戦略観を基底に日米文明の対決を描く。錯誤の海戦の全貌とは
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31位盧溝橋事件にはじまり太平洋戦争下におこった事件から、戦後の占領政治の舞台裏まで、海軍記者が追及する戦時下と戦後の「怪事件」の真相。電探で負けた日本海軍、南方の陸軍病院で起きた怪事件、戦場から逃げ帰った将軍たち……。「歴史は足で書くものでなければならぬ。」をモットーとした名物記者の、今なお知られざる戦争の実態と真相に迫る取材秘録。
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32位歴史とは、前の事実を踏まえて後の事実が生まれてくる一筋の流れである――明治維新、日露戦争、統帥権、戦艦大和、特攻隊。悲劇への道程に見える一つ一つの事実は、いつ芽吹き、誰の思いで動き出したのか。ベストセラー『昭和史』『幕末史』と並ぶ、わかりやすく語り下ろした戦争史決定版! 日本人の心に今もひそむ「熱狂」への深い危惧が胸に迫る。
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33位峠の山賊、国境の地雷原をやり過ごし、不肖いよいよ戦場へ! 直後、不肖を大規模な砲撃が襲った。轟く砲音、飛び散る弾丸、「アカン、目が見えん」…不肖・宮嶋、ついにここまでか!? タリバンと北部同盟の激戦続くアフガニスタンで、まさに命がけの従軍取材。果たして不肖の眼に、正義はいかに映ったか?
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34位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 One year after World War II ended, in 1946, two young Japanese children, a sister and her brother, somehow defied the odds and survived a month long dangerous journey from the former Japanese colony of Manchuria in northeast China to their hometown in Japan. Iku was only 10 years old. She and her 6-yr. old brother traveled 340 miles on land, mostly on foot, day and night, with little food, clothing, or money while holding each other’s hands. What kept them going every day? It was the promise that they made to their mother? “Never let go of each other’s hand and safely return to Japan to be reunited with everyone.” They simply wanted to see Mommy again. This is a true story of war, not of who’s on the right side and who’s on the wrong side, or who was crueler than the other, but how war impacts people everywhere, including innocent children, like Iku and her siblings. Most importantly, this book demonstrates how love, courage and determination can see us through the most difficult times. 70 years after the end of World War II, Iku finally decided to let her daughter, Izumi, tell her story to the whole world, hoping her ordeal will play a small part in contributing to world peace. All the illustrations in this book are done by Iku herself. Originally published in Japanese in 2016, this English version is now available to spread Iku’s inspiring story across the world.
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35位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 イ・ヒジャさんのアボジ(父)、イ・サヒョンは1944年2月15日に日本軍からの徴用命令を受けた。京城(ソウル)で、輜重兵第49連帯特設勤務大101中隊に編入され中国へ送られる。1945年6月11日中国南部全県で破傷風のため死亡。日本政府は徴用者の戦死を、家族に知らせなかった。朝鮮に残された家族は夫や父の帰りを待ち続けた。ヒジャさんがそれを知ったのは、1989年、『被徴用死亡者連名簿』によってだった。
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36位関東大震災下に起きた大杉栄虐殺事件。その犯人として歴史に名を残す帝国陸軍憲兵大尉・甘粕正彦。その影響力は関東軍にもおよぶと恐れられた満洲での後半生は、敗戦後の自決によって終止符が打たれた。いまだ謎の多い大杉事件の真相とは? 人間甘粕の心情とは? ぼう大な資料と証言をもとに、近代史の最暗部を生きた男の実像へとせまる。名著・増補改訂。
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37位沖縄戦史の「神話的悪人」として記録される赤松大尉。太平洋戦争末期、彼は渡嘉敷島の村民から食糧を強制的に徴発し、さらに三百数十名の住民に集団自決を命じた、とされる。果たしてそうした事実は本当に存在したのか? 極限的状況に立たされた「人間」とは一体何なのか? 本書では、膨大な資料と現地踏査、そして真実をあくまでも理性的に追究しようとする著者の真摯な思いが、惨劇の核心を白日の下にさらしていく。迫真の長編ノンフィクション。
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38位太平洋戦争開戦直前の日米交渉、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、山本五十六連合艦隊司令長官機の撃墜、大和特攻……。約40年前、戦史研究家の野村實がもらした言葉、「あのころに、どれだけ米軍が日本側の暗号を読めていたのか、実は本当のところはほとんどわかっていないんだよ」という一言から、著者(原)の「暗号解読の実像を明らかにする」研究の旅は始まった。以来、何度もの米国の新たな史料公開の度に、暗号解読の事実発見を繰り返し、一歩一歩、実像に近づいて行った。本書では、貴重な米国史料を多数実例として示しながら、太平洋戦争時の米軍の日本外交暗号、日本海軍暗号の解読ぶりを明らかにする。また、当時の暗号についての基礎知識を、電波工学の権威である北村新三が解説し、日米の暗号戦のすべてを描いた、決定版的一冊である。
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39位戦争とは、平和とは、戦後日本とは、いったい何だったのか。戦争体験は人々をどのように変えたのか。徴兵、過酷な収容所生活、経済成長と生活苦、平和運動への目覚め……とある一人のシベリア抑留者がたどった人生の軌跡が、それを浮き彫りにする。著者が自らの父・謙二の語りから描き出した、日本の20世紀。
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40位敗戦、占領を経て、復帰後は基地と観光の島と化してしまった沖縄で、女であるがゆえに負わなければならなかった過去に口を固く閉ざし、沖縄戦の深い傷痕をかかえて生きてきた女たちが、ひとりひとりの命こそが宝である世の中を願って、その胸のうちを語った。戦争の惨禍を知る人々が次第に少なくなる中、決して忘れ去られてはならない記憶の数々。
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41位『みちのく植物図鑑』(津軽書房)や『青森の自然』(北方新社)などの著書がある石川茂雄氏が、日中戦争下で召集された際に記録した従軍手帖や多数のメモ、写真(ネガ)などをもとに、当時の軍の様子や市民の暮らしをまとめた一冊。 長年歴史を探究してきた子息の検証により、一兵士のきわめて精緻な記録が、70年の歳月を経て、当時の写真と文面で蘇る。 近年の戦争記録において希少な史料性の高さも特徴。
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42位戦後70年、命の重さを問う渾身の人間賛歌。 ブラック企業に追い詰められ多額の借金を背負った達希(27歳)は発作的に飛び降り自殺を図り、15年前に死んだ祖父の霊に助けられる。祖父は生前心残りの「人探し」を一緒にすることを条件に隠し財産で借金の肩代わりを提案。そこから祖父の霊とのボルネオへの旅が始まる。 そこで出会ったのは、個性豊かな人々と悲惨な戦争の記憶。将校でも戦闘機乗りでもない大多数を占めた一般兵士の彼らの戦死とは、飢えや伝染病で命を落とす悲惨なものだった。 やがて一行は赤道の街に到着。そこには、この旅に祖父が託した本当の目的が隠されていた。今まで決して口にすることのなかった、「知られざる謀略事件」とは・・・・。そして、そこに隠された、祖父の過去にまつわる真実とは・・・・・。
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43位話題のNHKスペシャルの書籍化 誰が、なぜ選ばれたのか? 極秘資料が明かした選別の実態。 15年に及ぶ取材で隊員約4000人の本籍地や経歴を徹底調査。 浮かび上がってきたのは、選別の実態と職員たちの心情、 そして当時の日本人の特攻への熱狂――「一億特攻」の真実に迫る。
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44位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 従来の市史などの記述を検証しながら、半世紀を経て明らかになる水島空襲の実像。貴重な図版を多数掲載。
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45位対米戦の切り札として太平洋戦争開戦の年にデビューした新鋭中攻―本来の対艦攻撃任務に加え、陸上爆撃、偵察、輸送、対潜哨戒、さらには人間爆弾「桜花」の母機として活躍した一式陸攻の4年余にわたる闘いの全容を描く初めての通史。未発表を含む写真・図版290余点掲載。
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46位太平洋戦争は今なお謎に満ちている! 東京大空襲にも真珠湾攻撃にも、史実ならざる「真相」があった。『下山事件 最後の証言』の著者にして大藪春彦賞受賞作家が長年の取材に基づき「あの戦争の闇」を照射する、驚愕のノンフィクションノベル。(講談社文庫)
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47位後戻りできなかったのは、なぜか 1941年12月8日、真珠湾攻撃――日米開戦は不可避だったのか。近年新たに公開された史料を元に、日・米・英・独・ソなど各国が行っていた諜報活動=「情報戦」の実態と、数多の人物たちの思惑と欲望が複雑に絡み合いながら、真珠湾攻撃にもつれ込んでいくまでの様を生々しく描く。昨年12月8日に放送され好評を得たNHKスペシャルの書籍化。 ■目次 プロローグ 開戦前夜 第1章 謎のスパイ・ニイカワ 第2章 スパイ・マスターの誤算 第3章 チャーチルの影 第4章 コード・ブレイカー 第5章 独ソ戦錯綜する情報 第6章 ダブル・エージェント 第7章 ポイント・オブ・ノーリターン 第8章 真珠湾潜入 第9章 ワシリエフ文書 第10章 N工作 エピローグ スパイたちのその後
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48位昭和21年2月9日、元陸軍大佐棚橋真作はGHQからの出頭命令に接して、古式通りの割腹自殺をとげた――著者は、その死に疑問をいだき、間近に迫っていたインパール作戦の陽動作戦として実施された「ハ号作戦」に参加した第55師団の生き残りの人々の証言や日録を克明に調べていくうちに花谷正師団長の部下への自決強要の問題が浮かび上がってくる。軍隊という巨大な組織の冷酷無残な非人間性を描いた戦記文学の傑作。著者のインパール五部作の一冊。
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49位英軍の援蒋ルートを、インドのアッサム地方攻略によって遮断する。これが、インパール作戦の目的であった。昭和18年における、日本軍の後退ムードを断ち切るためには、絶好のカンフル剤となる作戦ではあったが、度重なる図演の上でも、成功の確率は皆無であった。しかし、陸軍は、第十五軍司令官・牟田口廉也中将を核として、昭和19年初頭、その決行に踏み切る。それこそは、日本陸軍の指揮・命令系統の崩壊の始まりであった。旧陸軍出身の著者が、経験に基づいた分析を加えながら、日本陸軍最悪の作戦の様相を描く、書き下ろし戦史。
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50位アジア太平洋戦争において死没した日本兵の大半は、いわゆる「名誉の戦死」ではなく、餓死や栄養失調に起因する病死であった──。戦死者よりも戦病死者のほうが多いこと、しかもそれが戦場全体にわたって発生していたことが日本軍の特質だと著者は指摘する。インパール作戦、ガダルカナル島の戦い、ポートモレスビー攻略戦、大陸打通作戦……、戦地に赴いた日本兵の多くは、無計画・無謀きわまりない作戦や兵站的な視点の根本的欠落によって食糧難にあえぎ、次々と斃れていった。緻密な考証に基づき、「英霊」たちのあまりにも悲惨な最期を明らかにするとともに、彼らを死へと追いやった責任を鋭く問う、告発の書。
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51位現地での撮影写真、多数収録! 数々のスクープ写真で知られる報道カメラマンの不肖・宮嶋こと宮嶋茂樹さん。 2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、日本メディアのほとんどが現地入りを躊躇していた3月5日、ポーランドから陸路でウクライナ入り。 3月12日にはロシア軍が13キロまで迫っていたキーウへ。以降4月17日に出国するまで、ブチャ、イルピンなど各地で取材を続ける。 5月中旬には再びウクライナへ。東部ハルキウを取材。 激戦地の取材から見えてきた「戦争の真実」とは? ※本書には、遺体を含む戦争のショッキングな写真が掲載されています。ご了承の上、御覧下さい。
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52位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 (目次より) ●今こそ日本主導で人道外交を 難民危機で試される人間の安全保障 長 有紀枝 ●国際秩序を作り替えようとするロシア 「ポスト冷戦期」の終焉と日本の危機 岩下明裕 ●キャンセル・『指輪物語』・反体制 ロシア兵は悪の鬼「オーク」なのか 上田洋子
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53位【ご注意】※この電子書籍は紙の本のイメージで作成されており、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。お手持ちの端末で立ち読みファイルをご確認いただくことをお勧めします。 今なお続く現実から、目を背けるな。 2022年2月に始まった、ロシアによるウクライナ侵攻。 ジョージ・バトラーは渦中のウクライナにおもむき、 市井に生きる老若男女の声に耳を傾けた。 体中に銃弾をあびた元兵士、 息子を虐殺された母、 砲声の中で遊ぶ幼い兄弟――。 彼らはなぜ、勇気と決意を奮いおこせたのか? 現代の大きな悲劇についての証言を、 フルカラーのスケッチとともにお届けする。 ※この作品はカラーが含まれます。 (底本 2025年1月発売作品)
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54位祖国の荒廃をこの一戦に賭けて、世界注視のうちに歴史が決定される。ロジェストヴェンスキー提督が、ロシアの大艦隊を率いて長征に向かう圧倒的な場面に始まり、連合艦隊司令長官東郷平八郎の死で終わる、名高い〈日本海海戦〉の劇的な全貌。ロシア側の秘匿資料を初めて採り入れ、七ヶ月に及ぶ大回航の苦心と、迎え撃つ日本側の態度、海戦の詳細等々を克明に描いた空前の記録文学。
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55位第二次大戦の末期、人間魚雷「回天」に搭乗し必死の出撃をした青年達がいた。若き特攻隊員が命を賭して守りたかったものは何か。手紙や証言を通して、彼らの一途な想いと覚悟の本質に迫る感動のノンフィクション。
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56位戦没商船2,568隻!!―843万総トン、六万数千人の船員が海の藻屑と消えた。武器、弾薬、食糧が届かず、数十万の将兵が南の島々で飢え死にした。硫黄島に水が届いていれば……。
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57位戦争の足音が近づく昭和十二年から昭和十九年に発表された珠玉の短篇集。戦争の不条理を訴えるものや、現在のミサイル戦を予見する異色作品を多数収録。
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58位かつて世界三大兵学校のひとつと称され、若者たちの憧れとなった最高の教育機関が広島・江田島に存在した。卓越したリーダーシップと世界でも通じる人間性を養うその教育を、最後の生徒だった著者が克明に再現する。 ※本書は二〇〇六年に講談社より刊行された単行本『江田島海軍兵学校 究極の人間教育』に、書き下ろしを加えたものが底本です。
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59位満州で軍隊生活を送り、 敗戦後シベリア抑留を体験した著者は、 その経験を絵巻物として遺した。 その絵巻物を原典のまま書籍化。 いつ内地に帰れるのだろう このシベリアでは絶対に死にたくない 32メートルの絵巻物として保存された郵便局勤務だった若者の記録 戦後77年、約60万人のシベリア抑留体験者の多くが亡くなり、 さまざまな経験が風化しつつあるなかで、貴重な史料的価値がある本書。 ウクライナへのロシア侵攻が深刻な事態を迎えている今、 戦争の現実とはどういうものかを多くの読者に伝える、時宜に見合った書籍といえる。 ■目次 ●第一章 夢多き学生時代から軍隊へ ●第二章 厳しかった満州軍隊 ●第三章 終戦からシベリアの抑留・強制労働 ●シベリア抑留についての解説・資料編 ・シベリア抑留とは何だったのか 有光健 ・戦争は最大の罪悪である。しかし・・・・ 中島裕 ・シベリア抑留の女性たち 渡辺えり ・父にシベリア抑留談とロシアの侵攻 小林玄徳 ・戦争体験を風化させないために 田所智子 ・おわりに 絵巻物のレプリカ作成を手掛けて教えられた残酷な戦争 ■画と文 澤田精之助(さわだ・せいのすけ) 1921年、山形県村山市楯岡生まれ。楯岡町役場勤務を経て仙台逓信講習所入学。 1941年に徴兵、1942 年に満州黒河省に下士官候補生として奉天第549 通信教育隊に配属される。 1945 年の敗戦後、シベリア抑留。シベリア鉄道でカラガンダ収容所に送致され炭鉱で働く。 1948 年、舞鶴に帰還後、山形県村山市村山郵便局に勤務。 復員後、書道を為し、1975 年には第2回山形県総合書道展で最初の県知事賞を受賞。 『シベリア抑留者の想い出』の制作を継続し、1984 年に完成させる。1985 年没。 ■編者 下山礼子 1950 年、山形県村山市楯岡生まれ。澤田精之助の姪。 10 歳の時に父と観た映画『人間の條件』(小林正樹監督)に描かれた「戦争における人間性」に衝撃を受ける。 学生時代には遠く離れたシベリア鉄道の旅に思いを馳せた。 2015 年、澤田精之助作の絵巻物に出会い、シベリア抑留の史実に触れ、叔父と父からの大切なメッセージに気づく。 2019 年、自宅(澤田精之助の生家に隣接)に「小さな小さな平和祈念館」を開設。 「命・戦争・平和」について語り継ぐ活動を続けている。
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60位所長・小寺の誠意と情熱、日比混血のローカル社員フランク・佐藤や出向社員石山たちの努力で本社の要求を満たし、業績をあげたマニラ事務所は「支店」に昇格した。小寺の抱く理想、若い石山と女学生レオノールとの国際恋愛、そして支店の業績も、いまや順調に実を結びはじめるかに見えた。だが、本社の思惑と支店の考えのズレ、日本人とフィリッピン人の間の感情のもつれ、そして今に尾を引く戦争の傷跡、次々と新たな難問が生じ、ついに最悪の事態が……。
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61位慶長五(1600)年九月十五日、日本国内における史上最大の戦闘、関ヶ原合戦が行われた。動員された兵士数は実に15万人超、全国各地の大名が真っ二つに分かれ、まさに天下分け目の決戦となったこの戦いだが、豊臣政権崩壊の原因から戦後処理に至るまで、合戦の前後も含めて考えると多くの謎が残されたままである。なぜ家康は朝鮮に渡海しないですんだのか、なぜ家康暗殺計画は未遂におわったのか、なぜ上杉・直江は西に向かう家康の背後を突かなかったのか、なぜ秀吉の縁戚である小早川秀秋は裏切ったのか、なぜ敵中突破を図った島津家が本領を安堵されたのか……。本書は通説では語られていない関ヶ原合戦の謎あれこれを新進気鋭の歴史作家が徹底分析。本戦前の家康の虚虚実実の駆け引きの真相から、本戦前後の局地戦にまつわる謎、さらには戦後処理の真相まで新史料をもとに謎を大胆に解き明かす。「関ヶ原合戦」の常識を覆す一冊。
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62位人生に勝つ逞しき男のバイブル!零戦と空戦に青春を賭けた強者の記録。世界のエース“サカイ”がおくる100万部突破の超ロングセラー決定版。
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64位太平洋戦争時、日本で唯一地上戦が展開された沖縄戦の全貌。四十三年ぶりに復刊した本書は、十八万の米上陸部隊を迎え撃ち潰滅した第三十二軍司令部唯一の生き残りである著者が苛烈な戦いの経緯を描くとともに、現代日本人にも通じる陸軍の宿痾を鋭く指摘した「日本人論」でもある。 〈解説〉戸部良一
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65位第二次世界大戦における最激戦地の一つ沖縄。軍民合わせ20万人もの尊い命が犠牲となった。本書のタイトルの「鉄の暴風」とは、1945年3月26日から3カ月間にわたり途絶えることなく続いた艦砲射撃や空爆のすさまじさを表現した言葉だ。1950年の初版刊行以降、沖縄戦を象徴する言葉として定着した。地形が変わるまで打ち込まれた砲爆弾、壕に逃げ込んだ住民を炙り出す執拗な火炎放射、そして民間人にまで及んだ自死の強制。本書は行動を軍とともにした記者たちが自らも体験したその壮絶な戦場の実態を、生存者をたずね克明に記録したもの。現代史第一級の史料を初文庫化。
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66位戦後、米軍から最大の評価をうけた沖縄守備隊の戦い。その専守持久戦を主導した高級参謀八原博通大佐―軍首脳部の攻勢一辺倒の重圧の中で、孤立しつつも冷静、合理的な判断を下した作戦主任の戦略思想とはなにか。陸大に最年少で入校、米国留学の経歴を持つ男の真実の姿を、沖縄戦の全貌とともに描く話題作。
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67位田原さんがふたりの孫に語って聞かせた日本の近現代史。「私の知らないこといっぱいあって、この本を読んで、戦争のこと勉強して、すごくよかった」トットちゃん。――黒柳徹子さん(女優、ユニセフ親善大使)すいせん!小学校5年生の夏に終戦を迎えた著者が、同じく今年5年生になった双子の孫、朗人くんと正人くんに、日本の戦争史を語ってきかせました。イラストもたくさん使ってわかりやすく解説しています。
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68位米政府が隠した原爆開発者の被曝可能性。 なぜ「原爆の父」は2か月後の爆心地を訪れたか? なぜ急転直下、長崎に投下されたのか? 戦後76年間つづく情報操作に挑む! 米政府による原爆放射線の医学的影響の隠蔽【いんぺい】と検閲。 一度は投下を止めたプルトニウム原爆をどうしても使いたかった理由とあわせて、タブーの解明に挑む!
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69位昭和20年4月7日、3,333名の兵を乗せた戦艦大和は沖縄に向け、最後の特攻に出撃した。同日午後0時32分、暗雲をつきやぶり無数の米軍機が突然襲いかかった。大和艦上の主砲に続き副砲、高角砲が連射された。機銃も火を噴いた――。翌8日早朝、佐世保港に260余名が生還した。出撃時と同様、対岸にはまだ桜が咲いていた。生き残った兵士たちは、その戦後をどう生きていたのか。さまざまな伝説を生んだ戦艦大和。歴史家も見逃がした真実を百数十名の兵士たちの証言を得て描くヒューマン・ドキュメント。新田次郎文学賞受賞作。
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70位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 勝者の視線から語られる歴史の中で忘れられてきた残留日本人の姿。太平洋戦争の勃発で彼らとその子たちの運命は大きく変わっていった。『満州国の近代建築遺産』で第42回土門拳賞を受賞した著者の最新作!
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71位「十五歳の手記募ります」 太平洋戦争勃発から50年、朝日新聞の読者投稿欄で女性の戦争体験記の募集が始まり、4千におよぶ手記が集まった。 兄の名誉の戦死を望んでしまった――。 風船爆弾に貼る補修紙の花びら形に癒やされ息抜きをしていた青春、 引き揚げの途中で子を産み埋めた女性、 子供を産めず「非国民」の声におびえたこと、 「名誉の死」に涙を堪えるしかなかった日。 朝日新聞に寄せられた女性たちが伝える戦争の真実、再編集のうえ復刊。 【目次】 一、 敵は日本人だった――戦時体制下の強圧 二、 地獄の劫火を見た――焼夷弾の雨の下で 三、 暗い青春――耐えるしかなかった日々 四、 温かい心――ささやかな自己主張 五、 沖縄で――国内戦を体験した少女たち 六、 別れ――夫・親子・兄弟、そして 七、 被害者そして加害者――国の内と外から あとがき 連載を終えて
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72位「自分が最も奉公したのは戦略・戦術ではなくロジスチックス(戦務)である」。海軍という巨大組織を十分かつ効率的に運用するためのマニュアルの全貌が明らかに。前巻に続き、戦略と戦闘の関係、勝敗と戦果について述べた「海軍応用戦術」、艦隊の令達、通信、偵察警戒といった任務の規範を示した「海軍戦務」、演習の手順を示した「同別科」を収録。 目次 海軍応用戦術 緒 言 第一章 総 説 第一節 戦略と戦闘の関係 第二節 戦闘の目的及種別 第三節 戦闘の勝敗及戦果 第四節 戦闘に於ける攻撃の正及虚実 海軍戦務 緒 言 第一章 令 達 第一節 令達の種別 第二節 令達の要義 第三節 令達の文法 第二章 報告及通報 第一節 報告及通報の種別 第二節 報告及通報の要義並文法 第三章 通 信 第一節 通信法の種類 第二節 通信線の系統 第四章 航 行 第一節 航行の種別及要義 第二節 航行の方法 第五章 碇 泊 第一節 碇泊の種別及要義 第二節 碇泊の方法 第六章 捜索及偵察 第一節 捜索及偵察の要義 第二節 捜索の種別及方法 第三節 偵察の種別及方法 第七章 警 戒 第一節 警戒の要義 第二節 航行中の警戒法 第三節 碇泊中の警戒法 第八章 封 鎖 第一節 封鎖の種別及要義 第二節 封鎖中の警戒法 第九章 陸軍の護送及揚陸掩護 第一節 護送及揚陸掩護の要義 第二節 護送の方法 第三節 揚陸掩護の方法 第十章 給 与 第一節 給与の要義及品目 第二節 給与の種別及方法 (附録) 艦隊戦務用図書の分類 海軍戦務 別科 演 習 第一節 演習の目的及要義 第二節 演習の階級及其範囲 第三節 演習の計画及実施 第四節 演習の審判及講評
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73位昭和19年3月、パラオ島からフィリピンに向かった2機の大型飛行艇が、荒天のため洋上に墜落した。機内には古賀連合艦隊司令長官と福留参謀長が分乗していた。参謀長以下9名は漂流するも一命をとりとめたが、米匪軍とよばれるフィリピンゲリラの捕虜になる。果たして参謀長の所持する海軍の最重要機密書類は敵方に渡ってしまったのか……。戦史の大きな謎に緻密な取材で挑戦する、極上の記録文学。「海軍甲事件」「八人の戦犯」「シンデモラッパヲ」もあわせて収録。
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74位日本海海戦を勝利に導いた旧日本海軍の名参謀・秋山真之による幻の戦術論が一世紀の時を経て全容をあらわす。「海軍基本戦術」「海軍応用戦術」「海軍戦務」のうち本巻は「海軍基本戦術」を収録。第一編では、基本である艦隊の構成要素、編制、そして艦隊、戦隊の運動法について、第二編では日本海海戦の戦例を引き、丁字戦法、乙字戦法を講述。 目次 海軍基本戦術 第一篇 緒 言 第一章 戦闘力の要素 第一節 総 説 第二節 攻撃力 第三節 防禦力 第四節 運動力 第五節 通信力 第六節 結 論 第二章 戦闘単位の本能 第一節 総 説 第二節 戦艦の本能 第三節 巡洋艦の本能 第四節 通報艦、海防艦及砲艦の本能 第五節 駆逐艦、水雷艇及潜水艇の本能 第三章 艦隊の編制 第一節 総 説 第二節 戦隊の編制 第三節 水雷戦隊の編制 第四節 大艦隊の編制 第四章 艦隊の隊形 第一節 総 説 第二節 戦隊の隊形 第三節 水雷戦隊の隊形 第四節 大艦隊の隊形 第五章 艦隊の運動法 第一節 総 説 第二節 戦隊及水雷聨隊の運動法 第三節 大艦隊の運動法 第四節 結 論 海軍基本戦術 第二編 戦 法 第一章 兵 理 第一節 兵戦の三大元素 第二節 力の状態及用法 第三節 優勝劣敗の定理 第二章 戦法上の攻撃諸法 第一節 戦闘に於ける攻撃と防禦 第三節 斉撃及順撃 第四節 戦闘距離に基ける攻撃法の種別 第三節 正奇の方術的攻撃法 第三章 戦 法 第一節 決戦に於ける戦法 第二節 追撃戦法 第三節 退却戦法 第四節 戦闘戦法 第五節 大艦隊の戦法 第六節 水雷戦隊の戦法 解説 戸髙一成
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75位「海軍基本戦術」 第一編では、基本である艦隊の構成要素、編制、そして艦隊、戦隊の運動法について、第二編では日本海海戦の戦例を引き、丁字戦法、乙字戦法を講述。 海軍基本戦術 第一篇 緒 言 第一章 戦闘力の要素 第一節 総 説 第二節 攻撃力 第三節 防禦力 第四節 運動力 第五節 通信力 第六節 結 論 第二章 戦闘単位の本能 第一節 総 説 第二節 戦艦の本能 第三節 巡洋艦の本能 第四節 通報艦、海防艦及砲艦の本能 第五節 駆逐艦、水雷艇及潜水艇の本能 第三章 艦隊の編制 第一節 総 説 第二節 戦隊の編制 第三節 水雷戦隊の編制 第四節 大艦隊の編制 第四章 艦隊の隊形 第一節 総 説 第二節 戦隊の隊形 第三節 水雷戦隊の隊形 第四節 大艦隊の隊形 第五章 艦隊の運動法 第一節 総 説 第二節 戦隊及水雷聨隊の運動法 第三節 大艦隊の運動法 第四節 結 論 海軍基本戦術 第二編 戦 法 第一章 兵 理 第一節 兵戦の三大元素 第二節 力の状態及用法 第三節 優勝劣敗の定理 第二章 戦法上の攻撃諸法 第一節 戦闘に於ける攻撃と防禦 第三節 斉撃及順撃 第四節 戦闘距離に基ける攻撃法の種別 第三節 正奇の方術的攻撃法 第三章 戦 法 第一節 決戦に於ける戦法 第二節 追撃戦法 第三節 退却戦法 第四節 戦闘戦法 第五節 大艦隊の戦法 第六節 水雷戦隊の戦法 「海軍応用戦術/海軍戦務」 「自分が最も奉公したのは戦略・戦術ではなくロジスチックス(戦務)である」。海軍という巨大組織を十分かつ効率的に運用するためのマニュアルの全貌が明らかに。「海軍応用戦術」では戦略と戦闘の関係、勝敗と戦果について、「海軍戦務」では、艦隊の令達、通信、偵察警戒といった任務の規範を示す。他に演習の手順を示した「同別科」を収録。 「海軍応用戦術」 緒 言 第一章 総 説 第一節 戦略と戦闘の関係 第二節 戦闘の目的及種別 第三節 戦闘の勝敗及戦果 第四節 戦闘に於ける攻撃の正及虚実 「海軍戦務」 緒 言 第一章 令 達 第一節 令達の種別 第二節 令達の要義 第三節 令達の文法 第二章 報告及通報 第一節 報告及通報の種別 第二節 報告及通報の要義並文法 第三章 通 信 第一節 通信法の種類 第二節 通信線の系統 第四章 航 行 第一節 航行の種別及要義 第二節 航行の方法 第五章 碇 泊 第一節 碇泊の種別及要義 第二節 碇泊の方法 第六章 捜索及偵察 第一節 捜索及偵察の要義 第二節 捜索の種別及方法 第三節 偵察の種別及方法 第七章 警 戒 第一節 警戒の要義 第二節 航行中の警戒法 第三節 碇泊中の警戒法 第八章 封 鎖 第一節 封鎖の種別及要義 第二節 封鎖中の警戒法 第九章 陸軍の護送及揚陸掩護 第一節 護送及揚陸掩護の要義 第二節 護送の方法 第三節 揚陸掩護の方法 第十章 給 与 第一節 給与の要義及品目 第二節 給与の種別及方法 (附録) 艦隊戦務用図書の分類 「海軍戦務 別科」 演 習 第一節 演習の目的及要義 第二節 演習の階級及其範囲 第三節 演習の計画及実施 第四節 演習の審判及講評
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76位明治海軍は軍令部創設によって伸長、日清、日露戦争で連合艦隊の大活躍を生む。勢いに乗り巨艦を増強、太平洋戦争へと突入するが、軍事力の中核はすでに空母や航空機に転じつつあり、対応できなかった日本は惨敗! 本書は海軍軍令部の栄光と悲劇の歴史をたどり、そこで活躍した参謀たちの姿を描く野心作。
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77位一機一艦、必中の肉弾攻撃。レイテ湾の米艦隊めがけ史上初の体当りを敢行――。世界を震撼させた神風特別攻撃隊の第一陣であった。祖国の明日を信じ、流星に似た光芒を放って突入する情況を、つぶさに活写する「特攻発動!」。他に太平洋の空に海に、決然と死についた若人たちの真情と祈りを万感の想いをこめて描く特攻戦記四篇。
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78位昭和17年12月1日、広島県江田島の海軍兵学校74期1,020人が入校した。太平洋戦争のはじまった翌年の入校だが、志願の動機は、短剣を下げた兵学校の格好よさ、待遇が圧倒的であった。入校式は、白亜の大講堂で、当時の海軍兵学校長井上成美中将により、「兵学校生徒を命ず」の歯切れよい命課告達がなされた。これより昭和20年3月30日の卒業式まで2年4ヶ月にわたる74期海軍兵学校生徒の日々が始った。
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79位日本海軍のリーダーたち──海軍良識派とは!? 海軍三羽烏といわれた米内光政、山本五十六、井上成美に代表される海軍良識派の系譜を辿り、日本海軍の歴史と誤謬を明らかにする。
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80位ベトナム戦争の従軍経験から『輝ける闇』『夏の闇』その他多くの作品が生まれた。 ベトナム戦争を取材するため、開高健が朝日新聞社の臨時海外特派員としてベトナムを訪れたのは1964年~65年のこと。このとき開高健はジャングルでベトコンに包囲され、集中砲火を浴び、九死に一生を得る経験をする。その後68年、73年にもベトナムを訪れているが、「ヴェトナムでは徹底的に教え込まれることがおびただしくあった。三度訪れて、三度とも、それぞれ異なる場所と異なる様相で、とことん注入されることがたくさんあった。」(『開口閉口』より)。とことん注入されたものを素材にし、テーマにして、『ベトナム戦記』や『サイゴンの十字架』などのルポルタージュが生まれる。『輝ける闇』『夏の闇』などの純文学の傑作が生まれる。そして多くのエッセイが生まれることになるのである。“ベトナム”をキーワードに数多くの開高作品を収録した。 【収録数】ルポルタージュ:2作 小説:10作 エッセイ他:38篇 付録:担当編集者などによる解説6点、ベトナムで死を覚悟して座り込む開高健の写真など5点 【ご注意】※この作品はカラー写真が含まれます。
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81位太平洋戦争の実像は、日清・日露戦争に始まる「五十年戦争」の終局としてはじめて明らかになる――。真珠湾攻撃から戦艦大和の建造、史上最大のレイテ沖海戦まで、海戦史の第一人者が明かす日本現代史の深層。
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82位「坂の上の雲」で注目される日本海海戦。何がその戦局を分けたのか? 丁字戦法や東郷ターンの陰で公式戦史から消された勝利の真因を、豊富な写真・海戦図とともに解き明かす。日本海軍史の第一人者が描く、単純化された「英雄譚」とは一味違うダイナミックな海軍史!
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83位※この作品は過去に文庫版として配信された『もうひとつの核なき世界』と同内容の新書版となります。 日本人が知るべき真実の書、待望の新書化! 米国政府の軍事費拡大、劣化ウランで被爆したイラク帰還兵の存在など、オバマ前大統領の「核なき世界」演説の裏にあった「核」をめぐる事実の数々を、唯一の被爆国であり、未曾有の原発事故を経験した日本人に示した名著が、新章を加えて待望の新書化。 オバマ演説から8年。トランプ政権となった今、「核なき世界」は葬られるのか。さらに政府が憲法改正へと突き進む今、日本人は何を注視し、何をするべきか。『ルポ 貧困大国アメリカ』『沈みゆく大国アメリカ』など、ベストセラーを生み続ける国際ジャーナリスト堤未果氏による警告の書。 (底本 2017年8月発売作品)
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84位昭和の日本海軍で、山口多聞と並び称される闘将・角田覚治。その「見敵必戦」の信念が遺憾なく発揮されたのは、ミッドウェーの敗北から四カ月後に起こった南太平洋海戦である。機動部隊がぶつかり合う決戦の最中、第二航空戦隊司令官の角田は一時的に指揮権を譲られると、果敢に反復攻撃を試みて勝利をつかみとった。責務を誠実に担い、部下思いでも知られた提督の生涯を描いた力作。文庫書き下ろし。
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85位サイバー戦争は既に始まっている!戦時と平時の境界が消滅、国家の中枢機能やインフラを破壊!三大国の思惑と戦略思想を比較分析する 第1章 陰の戦い 第2章 アメリカのサイバー戦 第3章 ロシアのサイバー戦 第4章 中国のサイバー戦 第5章 サイバー戦の政策
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86位排水量2500トン、全長118メートル、速力35ノット、航続力18ノット5000浬、魚雷16本。護衛に輸送に獅子奮迅。ただ一隻、太平洋戦争を生きぬいた雪風に代表される艦隊型駆逐艦、激闘の記録!
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87位最新鋭の航空母艦6隻を中核に、戦艦、巡洋艦、駆逐艦など合わせて70隻以上の大艦隊がハワイへ大遠征。洋上での燃料補給、浅海面での魚雷攻撃……、到底無理と思われた奇襲作戦は、いかにして成功したのか? いかにして不可能を可能としたのか? 真珠湾攻撃の作戦参謀が克明に回想する。「解説文」を執筆した呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長・戸高一成氏は、こう語る。「源田実は、日本海軍で、華やかなスター的な参謀であった。新しい海軍の姿を航空に見つけ、その発展につくし、現実の真珠湾作戦においては驚くべき成功を収めた。(中略)源田実と言う人物とその活動を再検討することによって、日本海軍の歴史を見直すことが出来るのではないだろうか」 ※本書は、1982年11月にサンケイ出版から刊行された『風鳴り止まず』の真珠湾作戦の部分を取り上げ、再編集して改題したものの電子書籍版です。
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88位ファシズムの暗雲に覆われた1930年代のスペイン、これに抵抗した労働者の自発的な革命として市民戦争は始まった。その報道記事を書くためにバルセロナにやってきたオーウェルは、燃えさかる革命的状況に魅せられ、共和国政府軍兵士として銃を取り最前線へ赴く。人間の生命と理想を悲劇的に蕩尽してしまう戦争という日常──残酷、欠乏、虚偽。しかし、それでも捨て切れぬ人間への希望を、自らの体験をとおして、作家の透徹な視線が描ききる。20世紀という時代のなかで人間の現実を見つめた傑作ノンフィクション。共和国政府の敗北という形で戦争が終結した後に書かれた回想録「スペイン戦争を振り返って」を併録。
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89位戦後、日本の歴史学においては、合戦=軍事の研究が一種のタブーとされてきました。 このため、織田信長の桶狭間の奇襲戦法や、源義経の一ノ谷の戦いにおける鵯越の逆落としなども「盛って」語られてはいますが、学問的に価値のある資料から解き明かされたことはありません。城攻め、奇襲、兵站、陣形……。歴史ファンたちが大好きなテーマですが、本当のところはどうだったのでしょうか。本書ではこうした合戦のリアルに迫ります。 ■第一章 合戦の真実 ■第二章 戦術――ドラマのような「戦術」「戦法」はありえたか ■第三章 城――城攻め・籠城・補給・築城 ■第四章 勝敗――勝利に必要な要素とは ◎内容例 本当に軍師は存在したのか? 川中島の戦いの勝者を考えるポイントは? 奇襲は有効だったのか? なぜ城攻めをするのか? 各城にどのくらいの兵力を置くか? お粗末すぎる日本の城壁 合戦のコストを考える 大将の討死は実は少ない 関ケ原の戦いと指揮系統 ほか……
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90位ロシアに完勝した東郷平八郎艦隊、アメリカに完敗した山本五十六艦隊。海戦・作戦行動から分析した「勝敗」の分岐点とは―
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91位人間の感情や自由をいっさい剥奪され、戦争遂行の尖端に立たされた兵隊たち。彼らはいかに戦い、いかに生き、そして死んでいったか……。日中・太平洋両戦争に取材し、兵隊たちの死の道程を凝視して、戦争の真実の姿を厳しく捉えた、25編の挿話。戦死者たちの冥福を祈りながら描かれた「悲しき戦記」である。
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92位ミッドウェー海戦で4隻の空母を失い、じり貧となった日本艦隊機動部隊は、決死のマリアナ沖海戦で壊滅的打撃をうけて、実質的に「機動力」を完全に失った。太平洋戦域は徐々に後退し、フィリピンが南方の石油供給確保のための最後の砦となった。制空権を完全に奪われ、残存航空機も少なくなった日本軍には、米空母を主目標にした航空機による「体当たり攻撃」という選択肢しか残されていなかった。こうして結成されたのが「神風(しんぷう)隊」、すなわち神風特別攻撃隊であった。本書はこの作戦に最初からかかわり、多くの若者を「雲流るる果て」に送り出した指導者2人がつぶさに語る痛哭と鎮魂の戦記であり、各国語に翻訳されて大きな反響をよんだ。
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93位※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 1945年6月29日岡山大空襲のその日、爆撃に遭った人々の姿を岡山医科大学皮膚科泌尿器科教室患者カルテから読み取る。
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94位昭和20年4月7日、アメリカのミッチャー中将指揮下の航空隊の4次にわたる爆撃により、沖縄特攻の目的を達することなく、戦艦「大和」は午後2時23分ついに撃沈された。乗員3333名中、生存者わずか260余名といわれる。海中に投げ出され、重油の海に浮かび助かった男たち。帰国した彼らを母国の桜が迎えたが、機密保持のため、隔離される。不沈といわれた戦艦「大和」の上で何があったのか。そして戦後生き残った男たちの胸に去来するものは何だったのか。その記憶を掘り起こし、足跡を丹念に追ったドキュメント。
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95位満州事変時の吉林総領事、上海事変直後の上海総領事、そして日中戦争勃発時の東亜局長と、悪化の一途を辿った日中関係の最前線にあって、軍部独走に抗しつつ和平の道を模索しつつも、最後は敗走のビルマ大使として終戦を迎えた外交官が、日記をもとに綴った第一級の記録。 〈解説〉加藤陽子
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96位米も食わずに戦って ぼろぼろになって死んだ仲間達 遠い遠い雲の涯に たばにして捨てられた青春よ 今尚太洋を彷徨する魂よ──飢餓と疾病の地獄から生還した詩人はこのように記した。ガダルカナルの戦いでは、日本軍の作戦遂行上の特徴的な欠陥が端的に表われていた。その犠牲となったのは数万の前線兵士であった。無謀な作戦、遅すぎた決断、愚かな上層部のツケは常に前線の将兵たちの生命で支払われる……怒りをこめて語りつぐべき悲惨な大戦の真実。
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97位まさに餓島の様相を呈したガダルカナル。武器、食糧の欠乏と風土病に苦しむ三万の将兵たちは、全滅の危機に瀕していた。玉砕か撤退か。万策尽きた日本軍は、いよいよ重大な決断を迫られる。最終話となる第四巻では、ガ島上の悲惨極まる避退行と、陸海軍合同による決死のガ島脱出が敢行されるまでを活写する。第2回(1980年)講談社ノンフィクション賞受賞作。
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98位ほとんどの兵隊は死に、運が良かった者は捕虜となった。日本人の戦い方に米軍兵士は怯えた──飢餓と悪疫の戦場から帰還し歴史に埋もれた人々を取材、その肉声で綴った新たな事実。
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99位戦後七十年の特別企画として、これまで「月刊文藝春秋」やその増刊に掲載された戦争体験者の手記や記事を再編集、戦後レジームからの脱却が叫ばれるいまあらためてあの戦争とは何だったのかを考えるシリーズ全四巻。
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100位東南アジアで元日本兵が語った祖国と戦争。 戦後60年を経てなお東南アジア各国に残る、日本人元兵士たち。 「どうして故郷へ帰らなかったのですか?」 その問いに古い記憶をたどりながら、ある人はやむなき事情で逃亡兵になったいきさつを、ある人は過酷な戦闘体験で日本と決別した経緯を語った。 タイ、ベトナム、インドネシア・・・・・・。現地に足を運んで聞き出した、14人の証言。しかし本書刊行時点では、そのほとんどが故人となっている。 日本に帰らない選択をし、戦後60年異国で年老いていった人たちの戦争体験を聞くために南へ! 彼らと50ちかく年の離れた著者にとって、「祖国とは何か?」という謎解きの旅であった。 あらためて「日本が海外で戦争することの意味」を考える、一級の資料にして珠玉のノンフィクション。(2014年発表作品)